醜い獣、或いは。   作:いくらう

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独自解釈、独自設定、独自描写マシマシです。
よければお付き合いください。


果て無き狩路

 

 

 

 

 ――――神話の時代(In the Myth)神とは力であった(God is Force)

 

 

 

 炎(しか)り、雷然り、嵐然り。

 

 ヒトの想像の範疇(はんちゅう)に収まらぬあらゆる力を、人はいつしか神と呼び、名と形を与え、それを自らの()に置き、敬い、生きる指針とした。そうして、人々は繫栄してきた。

 

 時にその力に抗い、或いは従い、多くの場合は打ちひしがれるばかりではあったが、それでも人は神と共に、長きに渡る時を歩んできたのだ。

 

 だが、時を経るにつれ。人々が数を増し、多くの事を学び、自らの足で立つに足る力を得る中で、いつしか神は、その存在格の重みは、文明と言う灯りによって、薄まり忘れ去られていった。

 

 それは、ヤーナムの人々の間でも同様であった。

 

 何ら神を崇める訳でも無き<医療教会>が、この斜陽の街に根深く息づいていたのがその証拠だ。この街において神を奉ずるものはむしろ異端者であり、大多数の人々は自らに目に見える手を差し伸べる医療教会の庇護の元、血と生活を享受してきた。

 

 かつては、ヤーナムにも神を奉ずる習慣があったのだろう。もはや忘れ去られた信仰の存在は、この街に数多に残る石像たちが証明している。だが、それももはや形骸化したものだ。その由来も、自分たちが何を恐れ、畏れていたのか。それが、どこからやってきたのか。語れるものも、知るものも、()()()()に去っている。

 

 

 

 だが、今この瞬間。()()()()より忘却されることのない、呪いの集積、因果の淀み、悪夢の心臓であるこの漁村にて。人知を超えた力を振りかざし、激突する二体の怪物のことは――――

 

 

 

 ――――(ふる)きに(のっと)るならば、『神』と呼んでなんら差し支えないだろう。

 

 

 

 轟音。閃光。海と地の境目たる砂浜に、天の力たる雷が咆哮の命じに応じて降り注ぐ。

 

 聴覚、視覚を叩き潰す力の炸裂の中を迷いなく走り抜ける影の如き姿は一人の<狩人>。照らされる血と泥と海水に濡れたヤーナムの狩装束。縁がほつれた三角帽(トリコーン)。握りしめる鈍く輝くノコギリ鉈。その刃を、目前に迫る異形へと全力で振り下ろす。

 

 異形はそれを手にした臓腑の刃で真っ向から受け止めた。水死体の如き白い肌は枯れた古木の如くにしわがれて命を感じず、だが途方もないまでの力と、底の見えぬほどの呪いを内包する。

 獣を上回る身体能力。狩人じみた技巧。自ら()の領分で無き天の雷すら従える、上位者としての神秘、潜在能力を兼ね備えた存在。

 

 ――――<ゴース>の遺子。秘匿されし悪夢の心臓。ビルゲンワースの罪の応報。世に残されし、呪いの極点。

 

 それが万感の殺意を以って、一人の狩人へと襲い掛かる。降り注ぐ雨を轢殺(れきさつ)し、泥交じりの砂浜を踏み殺し、今まさに、その命を叩き潰すべく狩人へと迫る。

 

 対して狩人は、何の躊躇も無く前に出た。既に、この上位者に待ちの技は通じぬと、その身で十分味わった。ならばと、相手の攻撃にあえて合わせて、技の冴えで切り結ぶ。

 

 身体能力、神秘。この二点では、及ぶはずも無い。技も、ある意味では自分自身という手札を最大限活用する遺子と、目に見えて差がある訳でもない。

 

 ただ一つ、狩人が勝るものがあるとするならば――――

 

 

 

 交差する瞬間、狩人は小さく遺子の顔面に向け小包を放った。それを躱そうと遺子が首を動かす前に、手にしたノコギリ鉈を包みへと叩き込む。閃光が散る。アーチボルドの手になる、雷光ヤスリ。それが摩擦によりて弾け、雷を纏わせ、その光によりて遺子の視界を奪う。ほんのわずかに、ほころびが生まれる。そこに、滑り込む。

 

 

 

――――経験。生まれ出でたばかりの遺子と、既に何体もの獣を狩り、幾体もの上位者と見え、『三本の三本目』にまで到達し蒙を啓いたこの狩人との間には、今まで戦いから学んだ量には、明確すぎる差があった。

 

 もはや貯めなど感じさせぬほど完成された、狩人の歩法。それを以って、まるですり抜けたかのように狩人は振るわれた臓腑武装を掻い潜り、後の先でもって脇腹を引き裂く。

 

 遺子の悲鳴を置き去りにして、狩人は動き続けた。振り向きざま三本のナイフを投擲し更に横に飛び退きながら散弾銃を発砲。即座に『加速』し、飛び散る水銀弾を壁代わりに距離を詰める。血を流しながら振り向く遺子の側頭部にナイフが命中。しかし咄嗟に頭を振り払った遺子の行動により突き立つことはない。薙ぎ払われる臓腑武装。へその緒が伸縮し、散弾の壁と狩人を一息に消し飛ばさんと迫る。狩人は左手を、夢の中から散弾銃と引き換えに引き出した<ガラシャの拳>を握りしめ、側方から迫る臓腑武装に向けて振るい叩き落とした。

 

 叩き落とされた臓腑武装はしかしその破滅的威力を維持したまま、地面に墜落し泥と砂をぶちまける。しかし狩人はそれを意に介さず、衝突によってぐちゃぐちゃに壊れた拳を遺子の胸へと叩き込んだ。

 

 当然、遺子には通じぬ。枯れ木の様な肉体で、岩盤の様な存在感を以ってその拳を受け止める。その余りの重みに呆れたように狩人が一度息を吐き、臓腑武装が戻る前にと僅かに雷光を残したノコギリ鉈を振るうもそれが届く前に遺子は跳躍。空中で臓腑武装を掴み替え、その刃を下向け急降下。狩人は即座に跳躍し回避。遺子着陸の衝撃によって飛び散る泥水を見据えつつも潰れた左腕で器用に懐の輸血液を取り出すとそれをそのまま握り潰し、直に左手を治療し再び散弾銃の持ち手を握り締めた。

 

 直後、構える暇も無く狩人の足元が肉色に輝く。泥水の向こうでは地面に手を着いた遺子。狩人は再『加速』。即跳躍。炸裂する神秘からどうにか逃れ、体勢を立て直すべく両の足で泥砂を踏みしめて滑る。そこで、遺子の姿が無い事に気づく。自身の顔に、影がちらつく。

 

 ――――上!

 

 狩人は視線を向けることも無く、加速の速度を以って全速力で駆け出した。次瞬、狩人のいた地点が突如として血肉交じりの炸裂を生じ、それは駆ける狩人を追うかのように連続で発生する。地面越しの神秘炸裂によって狩人の意識を下へ誘導した遺子の二の手、再跳躍によって上空へ移動してからの連続臓腑投擲。

 

 神秘によってか、不条理なまでの跳躍時間で滞空した遺子による臓腑の投擲は止まらない。雨の中を、さらなる速度で飛来する臓物は、天より来る流れ星のよう。土に降り注ぎ炸裂する姿など、尺度は小さくとも隕石の衝突の似姿だ。そしてそれは数を重ねるごとに、より正確さを増し狩人に着弾すべく迫る。

 

 だがしかし、狩人は無防備にその着弾を受けることは無い。遂に自身に目掛け降り来った臓腑が着弾するかと思われた刹那、それは呆気なく二つに分たれ、狩人の背後に二つの炸裂を生み出した。

 

 未だに滞空しながらに、驚愕する遺子。その目に映るは駆ける狩人、そしてその周囲を飛び交う刃。降りしきる雨の中で刃の煌めきを閃かせているのは、狩人が振るう得物の一つ<仕込み杖>。最も人の様式美に(のっと)った狩り道具であり、同時に最も扱いの難しいとされる狩り道具の一つ。あまりにも元となった杖らしさを――つまり、人らしさを――残したが故に獣に対するには殺傷力が小さく、真に熟達した一握りの狩人こそが好み扱った武具。

 

 獲物として並の獣など比較にならぬ、真なる上位者の皮膚を一撃で断ち切ることは出来ずとも、矢継ぎ早に飛来する臓腑の(つぶて)を打ち落とすのにこれ以上の武具はあるまい。

 

 そして、史上最も熟達した狩人に等しいかの<狩人>がそれを振るえば、それはまさに斬撃の結界となりて臓物どころか降り注ぐ雨すらも斬り散らす。

 

 その光景を目の当たりにした遺子は臓腑の投擲を止めて武装を確と握り、今までの滞空が嘘のように重力に身を任せ落下しはじめた。その瞬間を見逃す狩人ではない。それを理解できぬ遺子ではない。二者の殺意が、着地の瞬間に交錯する。

 

 遺子が咆哮し、空中で臓腑武装を振りかぶった。いかなる攻撃をも上から叩き潰す気迫と、それを成しえる力を秘めた一撃。落下の威力をも加えたそれは、先の臓腑投擲を隕石とすれば正に迫る星が如き。それでも狩人は止まらぬ。手にした仕込み杖を夢へと送り、次に握りしめるは、斧。

 

 遺子と衝突するその瞬間に僅かによろめくような歩みを踏んだ狩人はそのまま()()()()()()()、横に一回転しながら、全力で斧を振りぬいた。

 

 受けたあまりの衝撃に、遺子が大きく吹き飛ばされる。その瞳は交錯の瞬間を一分の見落としもなく捉えていた。狩人の振るった斧の柄が遠心力によって伸び、遺子の振るった臓腑武装を真っ向から弾き返した瞬間を。

 

 ――――狩人が武具のひとつ、<獣狩りの斧>。かつては森で木こりが振るっていたであろう斧を、獣に対して振るうべく生まれ変わらせた狩り道具。並の剣では歯が立たぬ獣の皮膚をその重みによって断ち切り、頭蓋を砕き、多くの獣を打ち倒してきた特に普及した得物のひとつ。

 

 並の狩人が振るっても獣に致命を与えうるそれは、変形させることにより柄を伸ばし、遠心力によって更に破壊力を向上させた今、比類なき剛力を持つかの狩人の手によって上位者とも真っ向から打ち合うほどの力を発揮する。

 

 怒りと共に遺子が振るう臓腑武装の刃。それに対して、一撃。あまりの衝撃に海岸を理不尽な金属的衝突音が満たし、遺子の手より武装が離れる。だが驚愕するそぶりもなく、へその緒で繋がった武装を遺子が腕の動きで引き戻し、そのまま振るう。二撃。またしても全力で振るわれた斧に臓腑武装は弾き返される。

 

 そして、狩人が踏み込み、三撃。しかし遺子はその場を飛び退き致命的な縦斬撃を回避する。もはや斧では遺子に届かぬ間合い。それを即座に見て取り遺子は態勢を立て直すべく砂を踏みしめる。その様な余裕を狩人は許さぬ。

 

 夢へと去った斧を握っていた手に握られるのは、再びの<ノコギリ鉈>。投擲した毒メスや火炎壺を伴い、加速に乗って狩人は迫り、折りたたまれたノコギリによって二度の斬撃を遺子の腹に見舞う。飛び散る青ざめた血に顔を濡らし、更には投擲物を身に受けたたら踏む遺子に狩人は手を緩めぬ。鋸から鉈へ。振り(かざ)す一撃で、頭蓋を砕く。狩人が息を止める。目を細める。遺子が顔を上げる。見据える。狩人の瞳に危険が映る。

 

 遺子の振り抜いた左手が鉈の横っ面を叩いた。溜めの無い、しかし強力な一撃に鉈は弾かれ砂浜を抉る。遺子の手の甲から血が滲み、狩人は驚愕に退避を一手遅らせた。

 

 即座に遺子が懐に入る。そして、二撃。短く握った臓腑武装によって、狩人の腹に二度の斬撃を見舞う。即座に狩人は理解する。己の、先ほどの二度の斬撃。これはその焼き直し、模倣、複写だ。

 

 いや、鉈を弾いた左の裏拳。あれもまた、自身が<ガラシャ>によって行った弾き(パリィ)の模倣ではないか。その気づきに背筋に悪寒が走る。学習している。唯一、遺子が狩人に劣っていた"技"を、この狩りの中で急速に習得し始めている――――!!

 

 戦慄に心中を染めながらも、狩人はもう一度手を遅らせることは無かった。即座に散弾銃を握り締め、発砲。遺子の追撃を防ぎ、再び己が攻める側に回らんと画策する。

 

 だが、遺子には通じぬ。今までへその緒の伸縮に任せ最大射程で振り回すばかりだった臓腑武装のへその緒を短く持って高速で振り回し、それによりて迫る水銀散弾を全て弾き散らす。

 

 『まただ』と狩人は(ほぞ)を嚙んだ。これもまた、降り注ぐ肉片を仕込み杖にて撃ち落とした、狩人の杖術の模倣だ。

 

 己の手札を切れば切るほど、それは遺子の血肉となり、自らの首を絞めてゆく。己の技術によって瞬間瞬間の勝利を重ね、遺子を討ち果たす選択肢は失われた。ならば。

 

 狩人は既に次の手に移っていた。己の血を握りこむ。手の内に、血の弾丸を生み出す。遺子は既に咆哮の命じを下していた。天が応え、雷が閃く。遺子の頭上へ。

 

 跳躍した遺子が、臓腑武装を掲げ持つ。そこへ降り注いだ雷が、遺子によって掌握され輝きを放った。それを、振り下ろす。莫大な電荷を纏った臓腑武装が、へその緒によって射程を伸長し、狩人へ叩きつけられる。

 

 上位者の子たる遺子の、神秘と、力と、技。その全てを重ねた一撃。狩人は驚愕した。しかしそれは刹那の驚きだった。すでに血液弾と水銀弾を装填された狩り道具を握った左腕で、真正面から迎撃する。

 

 電荷同士が反発し、火花のように雷が散った。大きく弾かれた臓腑武装。用いた狩り道具――――<小さなトニトルス>ごと炭化し、崩れる狩人の左腕。もはや人には成しえぬ力に、狩人は人の叡智と狂気と執着と、己の技で抗い、退けた。その代償は、あまりにも大きかった。

 

 遺子は臓腑武装を弾かれた衝撃など無かったかのように、空を踏んで狩人へと襲い掛かる。臓腑武装は既に手の内へ。迫る遺子は、すでに致命の間合い。狩人は動かない。肉の刃が、その肩口に食い込んだ。

 

 鮮血が吹き上がった。袈裟に入った臓腑武装は胸を抜け、狩人の鳩尾まで達していた。狩人がマスクの中に血を吐き、それが喉元へと流れ出す。遺子の死人の肌を鮮血が濡らし、降る雨がそれを流す。潮に塗れた砂浜に、狩人の血潮が染み込んでゆく。空の輸血瓶が二本、そこに落ちて突き刺さる。

 

 遺子は目を見開いた。ごぼごぼと血を吐きながら、狩人が爛々とした目で遺子を見上げていた。

 

 ぴゅう、と場違いな、風の抜ける音。

 

 遺子はその瞳にて危機を察知し、その場から飛び退こうとする。だが、狩人の体を半ばまで裂いた臓腑武装が抜けぬ。遺子にそれを手放すことはできなかった。未だ繋がり続ける、母との縁。対する狩人は、咥えていた。古びた秘儀、<連盟>で得た縁、小さな笛を。

 

 砂浜を裂いて、大蛇のあぎとが狩人と遺子を飲み込んだ。

 

 ――――<マダラスの笛>。禁域の森に生きた双子と友誼を結んだ、大蛇を呼び出す笛。腑分けされた獣を食って育った大蛇は、悪夢を越えて笛に応える。果たして、音によりて彼方への呼び声とするそれは、狩人の用いる鐘と何が違ったのであろうか。

 

 だが、今まで数多の獣を、狩人を喰らってきた大蛇の頭部は内側より裂かれ、炸裂した。不条理なまでの腕力を振るいて、遺子は蛇の咥内より逃れたのだ。蛇の肉片と血がぶちまけられて砂浜を赤く染め、しかしそれも悪夢の中に消えてゆき、遺子は臓腑武装に付着した血と肉を振るって払う。そこに狩人の姿は、無い。

 

 そう、遺子は咥内より逃れた。狩人は? 蛇に飲まれたか? 蛇と共に裂かれたか? そんな、相打ち覚悟の秘儀であったか?

 

 ……否。狩人は己に入れていた。かつて手渡された女医療者の精製液と、悪夢の実験棟で手にした聖女の血を。狩りを諦める事など、毛頭認めていなかった。

 

 途方もない暴力を振るい終え一瞬硬直した遺子の頭部に瓶がぶつかり、砕けた。黒い粘性の液体が付着し、遺子の肉眼の視界を塞ぐ。だがしかし、上位者たる遺子の啓かれた瞳は、己の背後に立つものを認め、空を引き千切るような威力で臓腑武装を振りぬかせた。

 

 背後に立つは狩人。微動だにしない。遺子の刃が迫る。だが、限界まで狩人は構えていた。己の狩人としての歴史の中で、最も直近に手に入れた仕掛け武器を。(やつ)しの弓を。

 

 臓腑武装が届く生死の(ふち)で、狩人の放った矢がほんの僅かに早く遺子の胸に突き立った。

 

 愚かなものだ、弓で獣を挑むなどと。そう嗤ったものは畏れたのだろう。弓で獣を狩って見せたなどと。しかし嗤ったものも、嗤われたものも既にいない。そしてこの狩りの後に、それを嗤うものが現れることは無いだろう。それを証明するような一矢であった。

 

 受けた矢に、遺子は怯み、姿勢を崩す。虚を突かれたこと、何よりも――上位者には到底理解しえぬ、おぞましき人の遺志の継承。人として生まれ、今も半ば狩()として在る赤子と、上位者の胎より這い出した、悪夢の心臓たる赤子には、決して超える事の出来ない溝が、確かにあった。

 

 その事実を、二体の怪物は知ることは無い。もはや、生まれた隙はあまりにも致命的すぎた。既に弓剣を夢へと送った狩人が構えるは、この悪夢(ゆめ)からは遥か未来の、偏屈者ども(火薬庫)の最高傑作、複雑極まる鉄の塊。

 

 <パイルハンマー>。攻撃手段――――狩りの幅を広げるための仕掛けではなく。人知を超えた威力を生み出すために、形作られた機構。手段と目的を取り違えたもの達の熱狂が生み出した、人の業の結晶。叩きつけた拳、その衝撃で、仕掛け武器が起動する。3つの血晶石、その全てを炎の属性に偏らせた、ただ一撃のための力が、炸裂した。

 

 

 爆発がほんの一時、降り注ぐ雨を吹き散らした。

 

 

 崩れた姿勢の遺子に対して、最大限の力を溜め込んだ上での一撃。浴びせた油さえも利用して炎の威力を途方もなく高めたそれは、あまりにも無慈悲に、遺子の上半身と下半身を分かち吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 凪のように静かに、しかし止まず寄せ返す波打ち際。肌を濡らすような穏やかな雨の中、掠れ、散りゆく遺子の名残に目を向けることも無く、狩人は歩いた。

 

 葬送は成されたのか。それは真に弔いたりえるものなのか。かの助言者が尊んだそれを、確かに遂げることが出来ているのか。半ば、()へと踏み込んだ狩人には確信できることではなかった。

 

 目前には、巨大なる、偉大なるものの亡骸。人ならざる形質、白肌、触手、しかし確かに存在する、女の顔。

 

 <ゴース、あるいはゴスム>。その亡骸の上に湧き上がる影。それこそが悪夢の心臓、ゴースの遺()か、或いは、真なるゴースの遺()なのか。三本の三本目を得て瞳を(ひら)きながら、未だ、人の(くびき)を外さぬ狩人にはわかりえなかった。

 

 故に、音もなく降る雨のように、穏やかに右手を振りぬいた。影は散り、その掌の中には、得体の知れぬ寄生虫のみが残った。

 

 そのまま立ち尽くし、遠い輝きを眺め、思案に耽る。この地、遺子、ゴース、この血、己、狩人、ヤーナム、獣、悪夢、全てを。

 

 遺子が己に立ちはだかった意味。己が遺子に挑んだ意味。母胎の内での微睡みから目覚めたそれの、眠らずして悪夢の深淵へと昇り来た己の。

 

 しばらくして――意味のある、或いはない、数多の悪夢的思索を経て――狩人は理解した。遺児が求めるのは母の亡骸ではなく、羊水たる満ち満ちた海でもない。霧の向こうに輝く太陽の如き光の輪郭。すなわち、夜明けに他ならぬのだと。

 

 

 

 そう、傲慢に納得して、身勝手に結論付けて、己に言い聞かし、狩人は踵を返した。背にした上位者の躯は変わらず、動くことはない。霧がかった空に輝く光に、もはや振り返ることも無い。

 

 狩りはまだ終わっていないのだから。地の底で、海の(へり)で、悪夢の淵で、それは成された。だが、まだ空に座すものが残っている。我が元へたどり着けと、切実に願うものが己を待ちわびている。

 

 それはおそらく、最もおぞましき戦いになろう。血と、肉と、夢と、呪詛。全てが渦巻く、凄惨な殺し合い。

 

 もはや遠き、波打ち際の静寂を背にしながら狩人は思った。その戦いを超えた先、己は、遺子が夢見たような、少し明るい夜明けに(まみ)えることが出来るのだろうか?

 

 

 ――――否。空より見下ろし、運命を手繰る魔物を狩り滅ぼしたとて、夜が明ける保証など無い。それこそ、終わりなき夜への、第一歩となるやもしれぬ。悪夢とは、巡り終わらぬものであり、月など、この夜空にある星の中で最も近くにある、たった一つにすぎぬのだから。

 

 

 

 そう、果てなど無い。狩人たる己が、その瞳で狩るべきものを見定めることが出来るうちは。

 

 

 

 獣狩りの夜が、終わることはない。

 

 

 

 





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