人は私を畏怖と憐憫と侮蔑と嘲笑をこめて「魔王」と呼ぶ 作:いにまに
「ほら、すずか。 みんな待ってるんだから、早くしなさいよ。 置いてくわよ」
「アリサちゃん、待って…、きゃっ」
慌てて追いつこうと駈けだしたら、ちょっとした段差に蹴躓いちゃった。
そんな私に呆れながらも、心配して私のそばまで戻ってきてくれるアリサちゃん。
「あー、もう、ドジなんだから。 気をつけなさいよ」
「てへへへへ、ありがとう、アリサちゃん」
照れ隠しに笑いながら、差し出されたアリサちゃんの手を握る。
(暖かい…)
「ほら、急ぐわよ。 遅れてるんだから」
「あ、うん」
ちょっとぶっきらぼうな口調だけど、私を気遣ってくれているのが繋いだままの手の平から体温で伝わってくる。
急かすように手を引く力も歩調も、無理なく、私を労るように…、導くかのように…。
アリサちゃんの優しい心根に触れて、私はいつものように自然と笑みが溢れた。
◇
「ゼミのますますの隆盛を願って、乾杯っ!」
「「「乾杯っ!」」」
居酒屋の一室で嚥下する音の後、大きな拍手が鳴り響く。
ビール、酎ハイ、ウーロン茶…、人それぞれ思い思いの甘露で宴の始まりを祝し、心を浮き立たせていた。
「いやー、今日はめでたい! こんなうれしいことはない! 月村君とバニングス君。 この二人の才女が私の研究室に来てくれたのだから」
「サ、サンキュー…。 えっと、みなさん、これからよろしくお願いします」
「新入生なので勝手が分からず、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「構わん、構わん。 大いに迷惑をかけたまえ!」
大学生になって、アリサちゃんと一緒に入った研究室。
今日はそこの新入生歓迎会。
乾杯前から上機嫌だった教授は、もうすっかり出来上がっていた。
私たちが入ったのが、本当に嬉しいみたい。
私とアリサちゃん、小・中・高とずーっと二人で首席だったということもあって、どこのゼミからも引っ張りだこだったから。
初めて研究室を訪ねに行ったときも、凄い喜びようだったし。 …どん引きするほどに。
一年ぐらいはのんびりと暇な学生していたかったんだけどね。
でも、ゼミどころかサークルからの勧誘もひっきりなしで、あまりにも煩わしくなったから、アリサちゃんと二人で相談して早々にココに決めて入っちゃった。
サークルじゃなくゼミにしたのは、ナンパとかそういうのが無いといいなぁと思ってのことなんだけど…。
「美女キターーー!!! 潤いキターーー!!!」
「これで我が研究室はあと10年戦える!!!」
「金髪碧眼と大和撫子! しかも巨にゅ…ガハッ!」
「黙れっ! このセクハラ男っ!」
ゼミもあんまり変わらなかったかな…?
胸のこと言った男性には、アリサちゃんが空のグラスぶつけてた。
「まあ、こんな男共だけど、害はないから安心してね」
「そうそう、言うだけで度胸はないから」
あ、こんなんでも女性陣との関係はそれなりに良好みたい。
うーん、あと心配していたことも杞憂に終わりそう。
えっとね、女性陣が私たちを受け入れてくれるかな?って。
私たちって、ほら…、目立つから…。 そういうことも前にあったし。
うん! このゼミ、やっていけそう!
「どうしたの、すずか? そんな気合い入れるみたいにガッツポーズしちゃって」
「え? あ…、み、見てた?」
小さくこっそりやったのに。
握った手を胸の前でムンッって感じに、女の子版ガッツポーズ。
「んふふー、見ちゃったー。 なになに? なに気合い入れたの?」
「えーっとね、大学生を頑張っていこう!って。 このゼミ、凄く楽しそうだから」
「そうね、ここの雰囲気、結構いい感じだもんね」
嬉しそうな笑顔。
アリサちゃんも気に入ったみたい。
でも、なぜか急にその笑顔に陰が差した。
「…なのはも一緒だったら良かったのに」
「あ…、…うん、そうだね」
アリサちゃんがポツリと零したのは、私たちの旧知の親友のこと。
小学校の卒業と同時に異世界に旅立った、魔法を使う女の子。
「なのは、あっちでちゃんとやって行けてるのかしら」
「うん、義兄さんの話だと、元気にしてるみたいだよ」
「そう…。 あー、もう! それなら手紙ぐらい寄越しなさいってのよっ!」
あ、あれ? アリサちゃん?
「い、忙しいんだよ。 きっと」
「それは分かってるわよ…。 でも、気になるじゃない? 時間がないなら、メールで一言だけでもいいのに…」
「そ、そうだね」
大丈夫…、かな?
「でも、ユーノって律儀よね。 こっちに来たら、わざわざ挨拶しに訪ねに来るし、…あれっ? なのはも一緒に来たっけ?」
マズイッ! 記憶の混濁、矛盾の認識…、暗示が解ける!
「あれっ? 私、この前なのはに会った? あれっ? 手紙も…届いてる? …受け取った? あれっ? なのは? あれっ? 私? あれっ?」
「アリサちゃん!」
慌ててアリサちゃんの手を握り、こちらに振り向けさせる。
…手が冷たくなってる。 緊張し始めている!
「すずか…、あれっ? 違う…、すずか…さん…、…あ、ああっ、、な、なのはさん! わ、わた、わた、敬語っ! なのはさんを…、呼び捨て…、いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!! ここここころころころされ…」
「アリサちゃん! 私の目を見て!」
だめっ! 完全に解けた! 掛け直さないと!
「ど、どうしたの! バニングスさん!」
「きゅ、救急車呼んだ方が…」
はぁ…、こんな人が多いところでなんてツイてないわ。
目を瞑り、ほんの少しだけ嘆息する。
それだけで気持ちを切り替え、目を開くと同時に気合い一閃!
「ザ・ワールド! …なんちゃって」
ちょっと気恥ずかしくなって、語尾に茶目っ気を持たせてみました。
でも、効果は抜群。
私たちのいる宴会座席の一室の全員が、彫像のように固まっている。
夜の一族の持つ魔眼の力。
視界に映る者すべてに干渉できる力。
って、ヤバッ! 注文を取りに来た店員がふすまを開けた状態で止まってる!
これ、人は止めても時間が止まるわけじゃないから、怪しまれる前に事を済まさないと。
うんしょっと、アリサちゃんをこっち向けて、んー、時間もないし、前と同じ暗示でいいや。
えーっと、アリサちゃんはツンデレ、ツンデレ、ツンデレ、ツンデレ…、私たちは親友、なのはちゃんも親友、気心が知れた気さくな友達、友達、ともだち…。
こうしてアリサちゃんの目を覗き込むこと、およそ10秒。
パンと柏手を一回…、そして時は動き出す…。 なんちゃって。
「あ、あれっ?」
「どうしたの? アリサちゃん」
「んー、ごめん、ぼーっとしてたみたい」
うん、問題なし。 完璧!
「バニングスさん、大丈…夫?」
「えっ、あ、ちょっと疲れたのかな? 大丈夫です」
「そ、そう? 凄く取り乱してたような気がするんだけど…?」
面倒くさいからアリサちゃん以外は暗示掛けなかったけど、人は自分の都合にいいことだけを勝手に選んで納得してくれるから、これで問題なし!
あと、出来れば早めに中座させておいた方がいいかな?
「アリサちゃん、疲れたんなら先に帰る?」
「大丈夫よ、これぐらい! それに私たちの歓迎会なのに、それを無下にするわけにもいかないでしょ」
「そうだね。 でも、辛くなったらちゃんと言ってね。 迷惑が掛かるなんて考えずに。 友達なんだから」
「はいはい、その時は頼りにするわね、すずか。 …ありがとう」
最後、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いてたけど、夜の一族の聴力嘗めないでね。
「うん、アリサちゃん。 こちらこそ、ありがとう」
アリサちゃんの顔がほのかに朱に染まった。
…計画通り。
◇
後日、翠屋。
「っと、いうことがあったの」
「ず、ずるい! ずるい、すずかちゃん! それって、私が前に話した理想のアリサちゃん像じゃない! ずーるーいー! 私もそのアリサちゃんに会わせて!」
海鳴に里帰りしてたなのはちゃんに、この前の新歓のエピソードを話して聞かせたんだけど、もう効果抜群!
地団駄踏んでまで悔しがってくれた。
そう、暗示後のアリサちゃんは、なのはちゃんが理想とする姿。
勝ち気でリーダーシップがあって、それでいて優しいところがあって、そしてかなりの照れ屋さん。
そうなのはちゃんが熱く語る…いわゆるツンデレアリサちゃんを、私も見たくなって力を使ってみたんだけど…。
あれはいいものだわ。
だから、あれは私だけのもの。 なのはちゃんが会う前に、いつものアリサちゃんにちゃんと戻した。
あ、噂をすれば…。
カラン♪
「いらっしゃい、アリサちゃん」
「桃子さん、機嫌麗しゅうございます。 あ、あの、なのはさんとすずかさんは? わ、私、少し遅れてしまって…」
「アリサちゃん、こっちですよ~」
「あ、す、すずかさん、遅れてしまいまして申し訳ありません。 なのはさん、お久しぶりです。 お元気そうで安心しました」
「…」
「あ、あの、お待たせして申し訳ありません。 お、お詫びにここの代金は私が持ちますから」
「うぅ、すずかちゃんのいじわる~」
「なのはちゃんも魔法でそうすればいいのに」
「私の魔法はそんなに便利じゃないよぅ」
「え、あの、その、えっと…、ほ、ほら、私が遅れたのが悪いんですから、な、仲良くしましょう。 ディナーも奢っちゃいますから」
ふふふ、今のなのはちゃんとアリサちゃんの顔…、とってもかわいい!