ガンプラは、もはや動く時代。
ある研究の副産物として生まれた技術。それは、特定の素材を動かすという発見だった。
特定の素材を使用し動かせるものとは、ガンプラ。
この技術は、当時の一部のファンから、熱狂的なまでの支持を受けた。
そしてファンとの協力を経て確立した娯楽が、世に生まれ落ちた。
その名も、ガンプラバトル。
幾年もの月日をかけて、ガンプラバトルは徐々に徐々に世間に浸透していった。
元々ガンプラを作っていたファン、一部のコアなファン、浅いファン、ガンダムを知らぬ若い世代、一般世間。
——そして、最終的に世界へと浸透した。
爆発的人気を誇ると言っても良いほどブレイクした娯楽は、同時に新たな需要を生み出した。
それは、職業。モデラーやガンプラビルダーと呼ばれる職人が、より欲される世の中へとなったのだった。
そういった事情から、世界各地に学校が設立された。
この学校も、そのうちのひとつ。
ガンブレ学園関西校。
ここはガンプラビルダーを目指すタマゴたちを育成する教育機関。
もちろん、機動戦士ガンダムシリーズをこよなく愛する者、ガンプラという存在に興味を示す者も多数入学している。
今日はその入学式。
数千を超える生徒たちが集っている今日。
「ふぁ~……」
今、ここであくびをしている少年もその一人。
未来あるガンプラビルダーたちが集結していた。
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入学式終了後、ひとまずのトイレ休憩がやってくる。
入学式自体は終わったようだが、この後にガンブレ学園ならではのイベントが始まるらしい。その準備なども含めての休憩時間のようだ。
「ふぅ……」
大きなあくびをしたおかげで目がトロンとしている少年が一人。
この少年の名前は“カナタ ヒカリ”。
見ての通り普段から少し気が抜けている。放っておけば上の空でどこか彼方を見つめているような少年である。苗字のように。
「おーい、ヒカリ~!」
そんな少年を呼ぶ少し大柄な男。
少年と同じく、ガンブレ学園の制服に腕を通している。
この大柄な男の名前は“サクマ ショウタ”。
この学園の2年であり、ヒカリの古くからの腐れ縁である。
「あっ、久しぶりショウタ」
「おいおい。俺、今はこの学園の先輩なんだぜ? 名前じゃなくて先輩ってよんだらどうだ?」
ショウタは自他ともに認めるガンダムオタクであり、歴代のTVアニメシリーズは勿論、劇場作品にOVAにネット配信放送はすべて閲覧……そして、東京のお台場イベントにも毎回顔を出している根っからのガンダムファンである。
ガンプラもたくさんの数に手を出しており、彼の実家には、ガンプラ専用倉庫が用意されているくらいである。父親もガンダムが大好きということも影響しているのだろうか。
あと、ジムが大好きと言っていた気がする。
「俺とお前の仲じゃん。名前でいいかなって」
「あっはっは。相変わらずだな、お前」
この少し冷めたような、というか面倒気なところはヒカリの性格である。
ギャグに返してのツッコミも少しばかりテンションが低かったり、周りのノリにはなぁなぁで流したりなど、結構流されているタイプだ。
「しかし、驚いたぜ。お前がガンブレ学園に来るなんてさ」
何を唐突に?
ショウタは疑問を浮かべて彼に聞く。
「家も近いし、友達がいるところのほうが楽しいだろうし……それに、将来とかもよく考えてるわけじゃないから、ここでいいかなって」
「おいおい」
随分と適当な理由だったことにショウタは驚く。
気持ちはわかるが、将来設計をそんな適当に考えていいのかと心配になってしまいそうだ。
……まあ、そこは個人の自由だ。
本当に危なくなったら再度注意するくらいでいいだろう、と思った。
「それにしても……ガンブレ学園に入るってことはそういうことだよなぁ」
ヒカリを見ながら、何か物思いにふけっている。
「お前がついにガンダムデビューか……ってことは、何かガンダム作品を見てきたってことだよな! なぁ、何を見たんだよ?」
やっぱり王道で宇宙世紀か。それとも比較的見やすい平成世代のSEEDや00か。
それとも少し変化球でOVA作品などから入ったのか?
ワクワクしながらショウタは質問する。
……ガンブレ学園に入学する生徒に対してする質問にしては少しばかり愚問のような気がするだろう。しかし、この質問をするには少しばかり理由があるのだ。
「見てないよ?」
ヒカリは即答する。
「え?」
「ガンダム作品は……まだ一つも見てないけど」
そう、あんな質問をした理由。
そして、この学園に入学すると聞いて驚いた理由。
彼のこの質問の回答が答えである。
「おいちょっと待て! 嘘だろ!? ってことは、ガンプラのことも・・」
「はい、お静かに!」
どうやらトイレ休憩の時間は終了のようだ。
“あとでな”と一言だけサインを残してショウタも移動する。彼は2年であるため、ショウタがいる場所とはかなり離れた場所なのだから、急いでダッシュしている。
「……?」
そんなショウタを眺めているときの事だった。
一人の少女が目に入る。
猫耳フードのブカブカなパーカーを羽織っている。
……猫耳? ずいぶんと個性的な格好だ。背丈に合っていないサイズのパーカーが何とも言えない味を出している。
それに、小さい。
明らかに高校生というには身長が小さい。
その見た目はどちらかと言えば、小学生後半を思わせるような気もする。
(あれも先輩なのかな?)
どうみても後輩だし、高校生のまねごとをして紛れ込んでいるようにして見えない。
……が、職員が誰一人注意しないということは、この学園の生徒であることは間違いないのだろう。
人間見かけによらずとはよくいう。
深く追求することはせずに、ステージに立った職員のほうを見る。
「入学した皆さんに特別イベント……」
ステージに用意された巨大なスクリーン。
そのスクリーンに映し出された大きな文字。
「ガンプラバトルを実際に体験していただきます!」
なんと、初日でガンプラバトルを体験できるというイベントであった。
初日から在学生や職員たちによる歓迎会のようなものである。みんなで楽しくガンプラを作ること、そして作ったガンプラで戦う事の楽しさを知ってもらうための一大イベントなのだ。
一斉に生徒たちの歓声が沸き上がる。
……ガンダムの事は勿論、ガンプラの事に関して一かじりもしたことがないヒカリは、そこまではしゃぐほどの楽しさがあるのだろうかと首をかしげている。
まあ、それに関しては一度やってみればわかることである。
生徒たち羅列にのまれ、どんぶらこと隣のイベントフロアにまで移動していった。
……しかし、この歓迎会。
“地獄”が待っていることを、彼はまだ知らなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
イベントフロア。
ここには今回だけ特別に、ガンプラバトルを行うためのバトルシステムが多数配置されている。
それだけじゃない。実際にガンプラを作るという体験コーナーも当然用意されている。最近発売されたガンプラから旧キットまで幅広く用意されているのである。
その規模の凄さ。学園が出来上がるまでの実績。
ガンプラビルダーという存在がどれほど世界に影響を与えたのかがわかる。
しかし、このヒカリという少年。
「おいおい! お前、まさか!? マジのマジなのか!?」
ショウタは慌てふためくようにヒカリの肩を掴む。
「お前、ガンダムはおろか、ガンプラすら調べてないのか!?」
「うん」
即答で返事した。
そんな呑気に返事をしている場合かと言いたくなった。
ここはガンブレ学園。
ガンプラビルダーを育成するための学園機関だというのに、このヒカリという少年はガンダムについての知識を一切持っていないのである。
それもそのはずだ。
この少年は昔から、これといった趣味を持たずになぁなぁと過ごしてきたのだ。
小学校の頃も図書館で絵本を適当に読むか、木陰の下でお絵かきをしていたか。中学校の頃は必要最低限の勉強をして、周りに連れられ適当に付き合っているだけだった。
ゲームはおろか、アニメは音楽にもそれといった興味はない。見たことがないとまでは言わないが、ドハマリした作品がゼロという徹底ぶり。
そんな彼がガンブレ学園に入学すると聞いた時には趣味の一つでも見つけたのかと安堵したが、その安堵はあっという間に崩れ去ってしまった。
「まずいって! さすがにガンプラのことを何もわかっていないのは……」
「お前が楽しいって言ってたから」
学園生活はそれなりに楽しんでる。
その一言だけで彼はここの入学を決めてしまったのである。
「ああー……まぁ、仕方ねぇか」
ヒカリの無趣味な一面は昔からだ。
だったら、やることはひとつだ。
「よっしゃ、俺がガンプラを作ることと動かすことの楽しさを一から教えてやるよ! そうだな、ひとまずは……」
彼が手に取ったのは見本のガンプラ。
ここから全てが始まったの代名詞。
ファーストガンダム。
すべてのガンダムの始まりとなったモビルスーツ。
「これがガンプラだ」
まずはガンプラを触ってどういうものなのかを体験させる。
意外と動く。
プラモデルと聞いたから窮屈そうなイメージがあったが、案外関節を無理に曲げて変なポーズを取らせても何の支障もないことに驚いた。
何より、出来に驚く。
所詮は玩具だろうと思っていたが侮れない。ポーズを取らせてみると、テレビから飛び出して来たような立体感が込みあがってくる。
「それじゃあ今からガンプラを作りに……って、うっ」
するとショウタは突然腹を抑え始める。
「すまんヒカリ……ちょっとトイレに行ってくる」
「トイレ休憩になんでいかなかったのさ」
「いや、お前に挨拶くらいはと」
どうやら自分に気を遣って我慢していたようだ。とはいえ、その我慢の限界が思ったよりも早くやってきてしまったようであるが。
「すぐ戻るからここで待っててくれ!」
ショウタは即座にその場から立ち去った。
今日はあいつの全力疾走を何度も見ているような気がする。このガンダムという機体もあんな風に走ったりするのかなとちょっと想像してみたりする。
ガンプラを作る、か。
これほどのクオリティのものが出来上がると考えると、確かにワクワクするかもしれない。
「おい」
少し作ってみようかな。
彼が帰ってきた後にいろいろなことを聞いてみようと胸が高鳴っていた。
「おいって言ってるだろ」
ここで呼ばれていることに気が付いた。
……在学生だろうか?
少しガラの悪い男子学生たちがこちらを見下ろしている。
「お前、新入生か?」
「そうですけど」
そういう質問をするということは在学生なのは間違いない。
少し身構えながらもしっかりと挨拶はする。
挨拶とは大事なものであり、どれだけ気が抜けてても、ヒカリは挨拶だけはしっかり徹底していた。
「そのガンプラ、お前が作ったのか?」
「いや、これは」
「ちょうどいい!」
男子学生の1人がバトルシステムを指さした。
「どうだ? ガンプラデビューに一戦やってみないか?」
デビュー……
戦わせることもガンプラビルダーの一貫。そこにも面白さがあるとショウタは日々自慢げに語っていたような気がする。
丁度いい機会だと思う。
少しばかりシステムに触れてみるのもいいかもしれない。
「いいよ」
やり方は隣にいるガイドさんに聞く。
ガイドさんの指示を受けながら、ガンプラを配置し、自分も操縦の準備に入っていた。
「おいおい、あれ……」
その時、後ろのほうから不吉な声が聞こえる。
「また、やってるよ……」
「おい、止めたほうがいいんじゃねえか?」
「やめとけ、俺らも狙われるぞ」
知らぬふりしてどこかへと消えていく。
「?」
何の心配をしていたのだろうか?
初心者が戦うことに不安を覚えているのだろうか。
「おおっ!?」
驚いた。
目の前の風景が……変わっていく。
これは、コックピット……というやつなのか?
まるで、その中に放り込まれたような気分である。
パイロットの気分を味わえる。
遊園地のアトラクションとは全く違う風景にテンションが上がる。男の子というのはロボットのコックピットには一度は憧れを持つものである。
この後にどんなワクワクが待っているのだろうか。
期待を膨らませ、ヒカリは目の前を見た。
「……っ!?」
しかし、目の前を向くとそこに広がったのは。
さっきまで綺麗だったのに……粉々にされているガンダムのプラモ。
そして、そのガンプラのプラモを徹底的につぶそうとする男子学生のガンプラ達。
恐ろしいほどの重火器を背負ったドム、ゼロ距離で必要以上にヒートホークで殴り続けるザク。
「おらよっ!」
しまいには砕け散っていくガンダムの首根っこを掴み、引きちぎっていくブルーディスティニー1号機のプラモ……
何だ、これ——?
さっきまで綺麗だったプラモが粉々にされている?
「はっはっは! やっぱたまんねぇな!」
「この間はひどい目にあったからな! ここで憂さ晴らしさせてもらうぜ!」
憂さ晴らし?
何を言ってるんだ?
八つ当たりとでも言いたいのか?
「しかし、何の装備もされていないガンダムで戦場に出るなんて馬鹿だよなぁ!」
「本当だぜ! ガンプラビルダー向いてねぇよ!」
「ガンプラが可哀そうだもんなぁ!? ひゃっはははは!」
ガンプラが可哀そう?
自分のせい?
「やめろ、テメェらっ!!」
そのバトルステージに突然、何者かが割り込んできた。
ショウタだ。一方的なバトルを見て黙っていられなくなったようだ。
「歓迎会での暴動はご法度じゃねぇのかよ!」
「暴動じゃねーよぉ? 教えてやってるんじゃねえか」
男子学生は、ステージ上のボロボロのガンダムを雑に引っ掴み、振り上げ——
「力こそが正義! 蹂躙こそが娯楽! 悔しいか、悲しいか? テメーのその泣きっ面がサイコーの楽しみってなぁ!!」
そして、叩きつける。
バキャッ
無情にも、ボロボロになったガンダムが砕け散った。
大笑いしながら、男子学生はその場から離れていく。
「ひでぇ……」
「相変わらずだな、しかも歓迎会にまで手を出しやがるなんて」
「可哀そうだけど」
在学生たちは誰もそれを止めようとしない。
ただ遠目で見つめ続けるだけだ。
「ヒカリ?」
呆然と粉々になったガンダムの前で立ち荒んだヒカリに声をかける。
——何が楽しいんだ?
せっかく作ったものを粉々にして、それを笑って……それを繰り返して。
壊すだけ。ただ作って壊すだけ。
それを繰り返し、楽しむだけ。
面白くない。
何も面白くない。
せっかく作っても、こんな風に壊されて……意味があると思えない。
この世界が、楽しいと思えない。
この学園……選んだのは間違いだったのだろうか。
普通の学園に通うことのほうが、まだ……
「可哀そう」
目の前で粉々になったガンダム。
それが一人の少女の手で一つずつ拾われる。
「……?」
その少女にヒカリは視線を向ける。
「大丈夫?」
見たことがある。
猫耳フードの少女。明らかに高校生には見えない小柄な少女が、バラバラになったガンダムを拾い上げ、こちらを見上げている。
目を奪われた。
彼女のその背に、純白の翼を幻視した。
(後編へ続く)