後日、ガンプラ学園昼休み、多目的ホール裏にて。
「……はぁっ!? しくじった!?」
密会のはずだというのに、そんなのお構いなしに女子生徒の叫び声が響いている。
報酬という名目の金額が入った茶封筒を片手に。
「ああ、だから前払いも返しておくよ。依頼を失敗したのなら、これを受け取る資格はねぇからナ」
女子生徒の前に立つのは今も素顔を隠している壊し屋ウカジ。
受け取ったはずの前払い報酬を依頼人本人である彼女に突き返しているところだった。
「待ちなさいよ。一回負けたってだけで手を引くなんてこと」
「……その一回がでかかったんだよ」
女子生徒に背を向ける。
「おかげでズッタズタさ。俺の気分も心もナ」
歯ぎしり、そして拳を力強く閉じているために肉と筋肉が締め付ける音が聞こえてくる。
その音は彼の悲痛さをひどく感じさせるものだった。
心からの悔しさ、矛先がどこへ向けられているのかも定まっていない酷い苛立ち。
ウカジコウヤは激怒していた。
自身は敗北した。いや、決定的な部分で既に敗北していたという事実に。
「そういうわけだ。他をあたりナ」
「待てっていってるでしょ!」
女子生徒の呼びかけにも応えることなくその場を去っていくウカジ。
その姿に女子生徒も次第に怒りを覚え始めていく。
「……私に逆らえばどうなるか分かって」
「お前らの追っかけでも雇って、俺を徹底的に潰してやるってか?」
足を止めウカジは彼女がその先に言おうとしたことを口にする。
この学園ではガンプラバトル以外での暴力行為や権力を使っての排除は禁止されている。排除するのならガンプラバトルを通じなければならない。
そのルールさえ守っていれば、集団で襲わせようとも、そこに至るまでに如何に汚い手段を使っていようとも問題ではない。すべての雌雄を決するのはガンプラという存在なのだ。
この男はそれをわかっている。
しかし、ガンプラバトルを通じての暴力にウカジは怯む様子を見せない。
「ああ、いいヨ。好きなだけかかってきさせな」
ウカジは女子生徒へと見せつける。
「俺はもう負けねぇヨ。誰にも、自分自身にもな」
自身の覚悟の現れを。
今まで隠してきた素顔。フードもマスクも取っ払い、壊し屋ウカジではなく、一人のガンプラビルダーであるウカジコウヤとしての素顔を。
狼のように強いくせ毛のショートカットに刃物のような鋭さを見せる赤いメッシュ。そのメッシュと共に見えるのはギラリとしている鋭い目つき。
真っ向からの敵意を送り付けていた。
ウカジは宣戦布告を正面から受け止めた。どんな方法を仕掛けようとも、今まで通り壊し屋としても、一人のガンプラビルダーとしても相手をすると。
それだけ言い残し、彼はその場を後にした。
「……まあ、いいわ。私の言うことを聞かない役立たずなんてコッチから願い下げ」
ウカジの背中を見ることすら不愉快になった謎の女子生徒は背を向ける。
「別の手を打つ」
スマートフォンを取り出した。
すでに通話ボタンは押されている。そこに表示されているのは……カナタヒカリ達を確実に抹消させるための新たな刺客の名前であった。
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ガンブレ学園。放課後。
「……」
ヒカリはいつも通りボーっとしている。
机で寝そべっている視線の先には相棒であるサンダーボルトガンダムがいる。ヒカリは相棒の頭を人差し指で軽く動かしながら考え事をしていた。
昨日のバトルの後、ボロボロになったサンダーボルトガンダムをお礼の一貫として皆が修理をしてくれた。
自分が治すにはビルダーとしての能力が足りなさすぎる。複雑な壊れ方をしていたために、皆が腕を振るって治してくれたのだ。
皆の好意に関してはすごく嬉しかった。
……でも同時に複雑な心も抱いていたのだ。
サンダーボルトガンダムは自分の相棒だ。自分の相棒が傷ついているというのに、自分は彼を治せないからという理由で他の人の手を使って治してもらった。
今後もそうやって甘えるというのか?
今後も自分の機体は酷く傷つくことはあるかもしれない。なのに自分は指をくわえてみてるだけだというのか?
それに自分の腕の方もだ。
今回も自分の腕が未熟なために無理な戦いを相棒に強いてしまった。その罪悪感が今も自分の胸に焼き付いている。
「……もっと頑張らないと」
サンダーボルトガンダムの目を見て、ヒカリはそう呟いた。
「ヒカリ君! 今日も元気ッスね!」
友人があまりいなかったのだろうか。
同じクラスであるコミネサクラが、ぎくしゃくと緊張した姿で彼に声をかける。
どう見せても元気には見えないだろうが、おそらくショウタあたりから、『アイツはボーッとしてる時が多いけど大抵元気だから気軽に声をかけちゃっていいぜ』的なアドバイスをしてくれていたのだろう。
その気遣いは本当ありがたいことではある。
でも今日ばかりは少しタイミングが悪い。今日は考え事をしていたのだから。
「今日の放課後、空いてるッスか!?」
「……空いてるけど?」
放課後に何かをする予定なのだろうか。
特に予定もないし、今日も彼女の実家である料理店桜坂へと向かう予定だった。たぶん、皆も集まってるだろうからバトルとかメンテナンスのアドバイスを聞きに行こうと。
「実はショウタさんから頼まれたんスよ。ヒカリが暇なら引っ張ってきてくれって」
ショウタからの頼み?
今日は何か用事があるのだろうか?
「いいよ」
「それじゃあ、一緒に行きましょう!」
初めての友人のコミュニケーションがうまくいったことに隠し切れない喜びを露わにしている。桜のような満開な笑みは見ていて心地いい気分になる。
彼の中で芽生えていた不安も少し拭われたような気分になった。
ヒカリは自身の相棒をバックの中にしまうと、サクラと共にショウタがいるという体育館まで向かうことになった。
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数分後。サクラとヒカリは体育館へ到着。
「みんなーっ! 今日も張り切っていくぜぇえっ!!」
ヒカリは困惑していた。
放課後の体育館はバトルエリアとしても活用されていたはず。体育館に連れてこられたのだから、何かバトルに関係する行事でも行うのかと思っていた。
ところがどっこい。
体育館にあったバトルフィールドはすべて撤去されている。
その代わり体育館にいるのは……数百人以上はいる生徒たち。
そして体育館の窓全てにはカーテンが閉められ辺りは真っ暗。真っ暗になった体育館をカラフルなスポットライトやフラッシュが照らしている。
そしてステージには……派手な衣装でキャピキャピな歌を熱唱しているアイドルがいる。
何がどうなっている?
ヒカリの困惑は熾烈を極めていた。
「あ、いたいた!」
会場に入ったサクラはヒカリが迷子にならないよう誘導しながら、ショウタ達のいる観客席へと近づいていく。
「お、来たな!」
そこにはいつもバトルをエンジョイしているショウタのグループのメンバーに、そのリーダーであるショウタ本人。
……全員、カラフルな装飾が散りばめられた法被を身に纏い、両手にはビームサーベルを意識したようなサイリウムがある。
皆が立ち上がってヲタ芸とやらのダンスを披露している中、おそらく無理やり連れてこられたであろうツキヨが震えながら椅子に座ってサイリウムを振っている。
うむ、楽しんではいるのだろうが観客たちの声が耳に響いて体に障っているのだろう。顔色の悪さからそれが伺える。
「あと2曲だ! しっかりと気を引き締めろよ、お前ら!」
ショウタの掛け声にグループの皆が雄たけびを上げる。
……あと2曲という単語を聞いた途端、ツキヨの体は真っ白になった。
無理をしなくていいのに。とヒカリはツキヨの背中を優しくさすっていた。
「しかしビックリですよ! セーラさんの生ライブを見れるなんて! ガンブレ学園の生徒って噂は本当だったんスね!」
「セーラ……?」
クエスチョンマークのジャングルが生い茂っている中、聞いたこともない名前にヒカリは混乱を極めていく。
「ネットライブで有名なガンプラアイドルっすよ! 3年前くらいから活動を始めて、たくさんのファンを持っているんです!」
セーラ。巷では有名なネットアイドルのようだ。
動画サイトのチャンネルをメインに動いているようで、ガンプラは勿論ガンダムのメディアに広く顔を出しているオタクアイドルのようだ。
皆を引っ張っていくような、どこかボーイッシュかつ少年っぽい元気の良さがファンのハートを掴み、固定ファンをしっかりと持っている。
ちなみにショウタのグループ。
ガンプラバトルをエンジョイするグループであると同時、ガンプラアイドルであるセーラのファンクラブでもあるようだ。
そんな有名なアイドルとやらが何故、この学園でライブを?
「聞いて驚くなかれ、セーラは何と、この学園では5位の成績を収めているのさ!」
なんと、彼女はガンプラバトルの腕の技術も高く成績優秀。この学園では5位という成績を収める天才肌のようだ。
なるほど、学園5位という記録も持っているとなって、ガンブレ学園の生徒となればよいイメージアップに使える。こうして、皆の意欲を広めるためにライブを行ってるという事だろうか?
「ふぅーん」
「相変わらず興味なさそうっすスね……」
無理もない。何せ彼はアイドルのことなど微塵も興味ない。
というか音楽関連自体にそれといった興味がないようだ。普段聞いているのもお店で聞いて気になった洋楽をたまに耳にする程度である。
「ひっひっひ」
「何がおかしいのさ」
何故か笑みを浮かべるショウタを見る。
「いや、お前のその興味なさげな顔があとで驚くことになると思うと……って感じてな」
「???」
ますます首をかしげるヒカリであった。
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数分後。ライブは終了した。
明るくなった会場。セーラが会場から去った後も観客席からは歓声が続いている。
ファンクラブの皆も熱狂。
そんな中、体力を使い切ったのかツキヨはエネルギーの尽きたサイリウムを持ったまま真っ白になっていた。
その姿はまるでフェイズシフト装甲がダウンし、機体の色が落ちたストライクのような姿であった。
うん、頑張った。
健気な彼女にますます好感が持ててしまう。
「よし、じゃあお前ら。いつもの場所に行っといてくれ」
「おう!」
皆からの返事が聞こえ、一斉に会場を去っていく。
「じゃあお前ら、行くぞ!」
「「「?」」」
ヒカリとサクラ、そして真っ白なツキヨは3人同時に首を傾げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
会場からまだ声が聞こえてくる中。
今4人はなんと……
ガンプラアイドル・セーラの控室前に来ています!
「ちょっと! 大丈夫なんスか!? 怒られたりしないんですか!?」
「まあ、見てなって」
控室前に到着すると、警備員の男に声をかける。
……やけに親しげに話している。警備員のおじさんも不審者を見るような目から次第に柔らかい目つきになっていく。
数秒後、警備員のおじさんは快く道を開ける。
「さてと」
ノックを軽くした後にショウタは何の遠慮もなく控室に入る。
「あ、ちょっと!?」
サクラも慌てて彼を追う。ヒカリとツキヨもそれに合わせて控室の中に。
……控室の中にはステージ衣装のまま水を飲んでいるセーラの姿。
「あわわわ、本物……!!」
本物のネットアイドルを前にサクラは動揺を隠せない。
「……」
セーラはこちらをじっと見つめている。
次第に近づいて来る。
ショウタとセーラの距離はかなり近くなる。
「よっ! 相変わらず元気だな、ショウ吉!」
「そっちもな!」
するとどうだろうか。
突然2人は気兼ねなくハイタッチを交わしたのだ。
「え……?」
突然の事態にサクラは固まっている。
「ん、ショウ吉……?」
そんな中、ヒカリの顔つきが変わる。
その呼び方に何か既視感があったようだが。
「おおおー!!」
すると今度は目をキラキラさせながらセーラがヒカリの元へ。
「ヒカ坊じゃん! 相変わらずボーっとしてるなー、お前―っ!」
ヒカリに抱き着いたかと思うと頭を鷲掴みにして撫でまわしてきた。
……自分より少し高いくらいの背丈。そしてこの対応。
その呼び方。
「もしかして、ヒビ姉?」
「イグザクトリー!」
親指を突き立て、セーラは満面な笑みで肯定する。
「え、え? どういうことっスか?」
今もなお、サクラの困惑は止まらない。
「ああ……、ナノハ ヒビク。 俺とショウタの幼馴染……」
「ええええーーーーッ!?」
衝撃のカミングアウト。
サクラはあまりの衝撃に尻もちを付きそうになった。
「中学校の頃に引っ越したはずじゃ」
「ああー、うん。飛ばされた親についていったんだけど、向こうの職場とウマが合わなかったみたいで結局戻ってきたんだよ」
大笑いしながら笑み浮かべるセーラもとい、ヒビク。
この懐かしい姉御肌。ヒカリは懐かしい気分になる。
ナノハヒビク。自分が幼少期の頃、ショウタ以外に彼を可愛がっていた年上の幼馴染がもう一人いたのだという。
それがこのボーイッシュな少女。ナノハヒビクなのである。
ヒビクはショウタの友人であり、彼とは幼稚園からの付きあいだったそうだ。
ショウタと同じく面倒見の良い一面が強く、誰にでも気兼ねなく喋る人懐っこい性格の人だ。
まさしく、類は友を呼ぶ。
ショウタの同族、というかコピーではないかと言えるぐらいに性格が一緒の彼女であった。
「髪も染めたの?」
小さい頃は天然茶髪のポニーテールだったはず。
だが今は金髪の長髪だ。大きなリボンも特徴的。
「ああ、これカツラだよ。オフの時はいつも通りと変わらんぜぇ」
なるほど。
ヒカリはポンと腕を叩いた。
「ところでどうよ~。ヒカ坊~?」
ポーズを取りながらヒカリに挑発するヒビク。
「数年ぶりにあった幼馴染の姉ちゃんは~? 綺麗になった?」
「前よりうるさくなった」
「ぐはぁっ!!」
相変わらずオブラートに包まない言葉にヒビクは胸を押さえ倒れこむ。
「ふっ……さすがヒカ坊……相変わらず正直者だぜ。容赦がない……!」
ちなみに彼女は意外とハートが弱く打たれ弱い。
このように、ヒカリの容赦ない本音で毎回ハートがぶっ潰れるのがお約束であった。
久しぶりに再会した幼馴染。
お姉ちゃんのような立場である彼女とのコミュニケーションにヒカリは少し喜んでいた。
「……むー」
そんな中、ツキヨが少し不貞腐れているように見えた。
頬を膨らませている。
……ヤキモチであった。
初めての友達であるヒカリには思い入れが強い。だから、友達がとられたような気分になって自然にそれが表情に出てしまったのだろう。12歳の少女らしい対応である。
「おおお! この子たちが例の!?」
すると今度はヒビクはツキヨとサクラの元へ。
「可愛い子たちじゃん! このこのぉ~!」
2人を抱きしめ、頬ずりを始める。
「あわわわわ……」
「セーラさんが間近に……間近に……!」
2人とも違う意味で緊張していた。
「二人とも名前は!?」
「アマナツキヨ……」
「コミネ、サクラっす……!」
「じゃあ、ツッキーとサッキーだな! よろしく!」
……もう打ち解けやがった。
といっても一方的なような気もするが。
「ヒビ姉。気持ちはわかるがそろそろ行くぞ。次の仕事まで時間ないんだしな」
「ああ、そうだった!」
2人から離れたヒビクは人差し指を天井に向ける。
「それじゃあ行くとしますか!」
高らかに彼女はそう宣言した。
「「「?」」」
ヒカリ達はまたしても首をかしげる一方であった。