『彼女の息抜きも兼ねて、二人で一日デートして来い』
彼女の名はエルフナイン。
純粋にして純朴な、幼い少女であった。
藤尭朔也は困惑していた。
麗らかな春の日差しに照らされた、住宅街の一角広々とした公園のベンチに一人腰掛け、これから待っている難局に頭を悩ませ、困惑していた。
特異災害対策機動部二課の――そしてS.O.N.G.のオペレーターとして職務について以来、子を儲けた事は疎か、未だ結婚すらしていない身であり、当然子育てなどはした事も無く。まだまだ遠い話題だと、これといって学ぶ機会さえ持った事はない。
だというのに――
「はぁ……参ったな」
――遠くから駆け寄る少女の姿を目にして、静かに溜息を吐く。あくまで当人には気付かれないように――そっと。
少女は満面の笑みを浮かべ、小さな手を大きく振るようにして、ようやくに藤尭のもとへとやってきた。
「遅くなりました!」
その少女は息を切らせながらも大きく頭を下げると、藤尭の横に腰掛けて、乱れた髪をそっと搔き上げるようにしては、藤尭の顔色を窺うように覗き込む。
それが大人の女性の見せる仕草であれば、あるいは心惹かれることも有り得たかもしれないが、残念ながら目の前の少女は幼く――それに対し欲情するような性癖など、藤尭は持ち合わせていないのだ。
汗で張り付く僅かな髪の毛さえ、少女特有の無邪気で健康的な粗さにしか感じられず、内心にまた一つ小さな溜息を吐くのであった。
「遅刻だぞ」
「はぅ……すみません」
少女の、いかにも落ち込んだ声と――それから表情に、藤尭は思わず「しまった」と、己の不注意を恥じた。
今日の、この時間は仕事ではない。いや、藤尭にとっては仕事の延長線上とも言えるのだが、この少女にとっては、そうではないのだろう。
「まぁ、仕事でも無いんだから、構わないけどな」
落ち込む少女へと、フォローするようにそう取り繕うと、藤尭は手持ちの端末を取り出して、地図を表示させた。
そこには事細かに情報が――宛らガイドブックへと貼り付けた付箋のように散りばめられており、藤尭の――やや神経質のきらいがある性格を、如実に表しているかのようであった。
それを「ほら」と少女へ見せると、「どこか行きたいところ、あるか?」と、ぶっきらぼうに訊ねる。
――我ながら、今の言い方は良くなかったか。と、いちいちに自らの言動を省みる藤尭では有ったが、しかし目の前の少女は予想に反して、キラキラと目を輝かせていた。
「これ、藤尭さんが調べてくれたんですか!?」
「下調べは重要だろ? 司令が言うには一応……デート、なんだからな」
驚きを隠せない少女に、鼻を鳴らすように言い放つつもりが、『デート』という単語に思わず藤尭は言い澱んでしまい、かえって赤面しそうになってしまう。
しかし、幸いにしてその少女――エルフナインは、そんな藤尭の様子に気付くこともなく、画面に表示された情報を夢中になって眺めていた。
「はぁ……参ったな」
そう――エルフナインに聞こえぬように呟くと、藤尭は三度目の溜息を吐いた。
そうして「何故、こんな事になったのか」と、数日前の出来事に、思いを馳せるのであった。
それは、数日前の――ようやくその日の仕事を終える頃の事。
藤尭は、当日発生した各地の事例を纏め上げ、レポートとして提出を終えた後、帰り支度をしているところだった。
コンソール周辺の不要物の片付けと、簡単な清掃。それから、周囲の職員たちへの通達や状況の確認を済ませ、いざロッカールームへ。と意気込んで立ち上がった時である。
「藤尭、これから帰りか」
「司令、お疲れ様です」
相変わらず、何を食ったらそんなにでかくなるのか。と、不思議でしょうがないようなその男。風鳴 弦十郎に声を掛けられて、藤尭は軽く挨拶をする。
比較的堅苦しさの少ないこの職場では、恭しく首を垂れたりだとか、長々と謝辞を述べて退勤のためのお伺いを立てる。などということは必要無く、軽い挨拶のみでそのまますんなりと帰ることが出来るはずであった――普段なら。
「ああ、お疲れさん。ところで明後日の休みについてなんだが……」
歯切れの悪い弦十郎の言葉は、如何にも何かトラブルを抱えている事を窺わせ、藤尭は内心「冗談でしょ……」と落胆し、身構える。
こんな時にもたらされる話は、得てしてロクでもない頼み事だったりするわけで、案の定というべきか、その不安は的中することとなった。
「頼みたい事がある。お前に適役だと思うんだが」
「頼みたい事……ですか?」
普段の様子からは想像もつかないような、困惑――あるいは躊躇いを浮かべた表情で、弦十郎は藤尭へと打ち明ける。そして藤尭もまた、内心の想いはともかくとして、上司に対してそうそう簡単には「無理です」「お断りです」などとも言えず、止むを得ず話を聞くこととなったのだった。
「彼女……エルフナインくんの事だが、どう思う?」
「エルフナインですか? よく頑張ってると思いますよ。ところどころ抜けてる部分はちらほらありますが」
唐突で、意図も主旨も掴めない質問に、藤尭は少しだけ逡巡した後、仕事ぶりについてひとまず総評を伝える――が、どうやら弦十郎が聞きたかった事とは少しばかり外れていたらしい。
弦十郎は改めて「無理をしている様子は無いか」だとか、「思い悩んでいる様子は無いか」だとか、新たな質問を藤尭へと投げ掛ける。
その都度「特にこれといって」と言葉を返すものの、実際よくよく考えてみると、藤尭としてもそこまでしっかりエルフナインの事を見ていたわけでは無かったのだと、今更ながらに自覚するのであった。
「キャロルから受け継いだ知識や想い出があるとはいえ、まだほんの子供だ……無理しちゃいないかと気に掛かってな」
と、弦十郎は頭をカリカリと掻いて、ため息を吐く。
確かに言われてみれば、エルフナインは時折身の丈に合わない無理や無茶をする節があった。
LiNKERの製法を知るために、昼夜解析作業に明け暮れた事。それに、パヴァリアの錬金術師たちに対抗するため、愚者の石をシンフォギアのペンダントへと組み込んだ時も、エルフナインは今にも倒れそうなくらいに、自らを追い込んでいた。と、藤尭も記憶している。
「確かに……それに、自分の研究室でも、普段から夜遅くまで籠って何かしているようですし、無理――してるかもしれませんね」
以前誰かからそんな話を聞いたことがある。
錬金術に関する情報を集め、一人きりで夜遅くまで研究に明け暮れている。という話は、藤尭だけでなく、弦十郎たちもまた、同様に聞いたことがあるのだ。
あの少女の事である。それが何か悪巧みをしていると、そういった可能性はまず無いだろう――が、やはりその無理こそが心配になるからこそ、弦十郎も普段から共に仕事をしている藤尭へと訊ねたのだろう。
「そこで……だ。さっきも言った通り、頼みたい事があってな」
――あぁ、ここでさっきの話に戻るのか。と、藤尭はうんざりした気持ちを押し殺し、ひとまず話だけでも聞かなければと覚悟を決める。
なるべく平静を装い「何ですか?」と答えたつもりだった――が、弦十郎よりもたらされたその『頼み事』は、藤尭にとってはあまりに予想外の話で、然しもの藤尭とて驚きの声を上げずにはおれなかった。
『彼女の息抜きも兼ねて、二人で一日デートして来い』
それが、弦十郎から藤尭へと下された命令であった。
街路樹の立ち並ぶ繁華街の歩道を、エルフナインと並び歩きながら、藤尭はその言葉を頭の中で何度も反芻する。
エルフナイン自身も同様に、そういった指示を弦十郎から受けているらしく、「そんな事言われても、困っちゃいますよね」と苦笑いを浮かべる――とはいえ、その言葉を肯定してしまうのは、どうにも「エルフナインの相手をするが困る」と受け取られそうに思えて、藤尭は喉まで出掛かった言葉を飲み込むと、どちらともつかないような「んー……」と言う声を上げるのであった。
仕事柄、安定した休みをそうそう取れるわけでも無く、帰宅時間もまばら――特異災害がらみの事件や事故があれば、数日は帰れない事だってある。それどころか、時には海外へしばらくの間滞在することも珍しくはない。
そんな環境が災いしてか、藤尭自身もここへ勤めてからは、これといって誰かと交際したりだとか、デートに出掛けたりなどは殆どしたことが無い。生来の凝り性で上達した料理の腕も、宝の持ち腐れと言うのが相応しいほどに、発揮する機会などは無かった。
片や、想い出と知識と。それから肉体をキャロルから得ただけの、この世に生まれてまだ何年も経っていないであろう少女――エルフナインに、そういった交際経験などあるはずもなく。どこまでもこうした事に不慣れな二人は、デートと言うよりは職務の一環。謂わば接待のようなものとして、この休日を過ごさねばならないのであった。
遠くで獣の声がする。
辺りに漂う空気には、僅かに獣の発するそれらが混じり、時に鼻を突くような刺激臭すら感じられる。大自然を意識したような造りの土地を、宛ら蛇のように伸びる整備された道路には、親子連れから夫婦・カップル。そして、孫でろう子供を連れた老夫婦が行き交っている。
そんな風景に、エルフナインは俄かに表情を輝かせて、あちこちを見回しては感嘆の声をあげるのであった。
「すごいです藤尭さん! 動物が沢山いますよ!」
「あんまりはしゃぐと転ぶぞー」
目を輝かせては、飛び跳ねる様に先を行くエルフナインに、藤尭は相変わらずの調子で声を掛けては、その後に続く。
しかし、そんな藤尭の心配も知らず、初めて見る動物たちの姿に、エルフナインはきゃあきゃあと声を上げるのであった。
生まれて初めて――ただの知識としてではなく、自らの目で珍しい動物たちを見たのだから、その喜び様も無理からぬ事なのかもしれない。
何せ、彼らと来たら生きているのだ。生きて動き、食事をし、けたたましい声を上げては、時に駆けまわる。
初めての動物園は、エルフナインにとって感動の宝庫とも言えるのだろう。
そう考えればこそ、藤尭の心も寛容になり、むしろその様子が微笑ましくすら思えてくる。
「藤尭さん! 見てください! 大きな鳥ですよ! ボク、フラミンゴって初めて見ました! こっちには孔雀もいますよ! わぁ……すごく綺麗!」
時に説明書きを興味深そうに読んでは、動物の様子を観察する。そうしてまた、次のケージへ移ると、「ふんふん」と声を上げてその動物の知識を取り入れていく。
研究者らしい横顔で、その記録を脳に焼き付けるよう……けれど、そうかと思いきや、年相応の少女のらしくはしゃぎ回るエルフナインの様子に、気付けば藤尭もまた「本当だな」「すごいな」と、笑って答えていた。
まるで、この世界に特異災害など初めから存在しないかのように。平和な時間に没頭するように、二人はあちこちに動物たちを見て回っていく。
力強い風貌のゴリラ。二階建ての建物程もあろうかという大きなキリン。勇ましい姿でケージ内をうろつくライオンに、のんびりと過ごすシロクマ。大小様々な鳥や哺乳類たちを眺めながら進んでいくと、やがて前方に人だかりの出来たケージが見えてくる。
藤尭は、おもむろに園内マップを取り出すと、現在地とそのケージの位置を照らし合わせるようにして、ようやくに目的の動物へと辿り着いたことを確認するのだった。
「エルフナイン、見えてきたぞ」
「えッ? もしかして……あーッ! カピバラさん! カピバラさんですよ! 藤尭さん!」
ずんぐりとした毛むくじゃらの身体に、如何にも眠たそうな目をして、カピバラたちはのんびりと佇んでいる。
「カピバラさん。か……」と苦笑する藤尭を後目に、エルフナインは駆け出していく――足元の段差に気付くことなく、カピバラたちに気を取られ。
「わッ……!」
躓いたエルフナインの身体は、見る間に前のめりに倒れ込んでいく。
視界目いっぱいに広がる舗装された地面は、如何にもザラついて固そうな表面を、エルフナインの眼前に「これでもか」と突きつける様に迫り、エルフナインは思わず目を固く閉じた。
――しかし、いつまで経ってもその身体が地面に倒れ込むことは無く、そのザラついた地面が顔に押し付けられる事も無く。気付けば肩から下げたバッグの紐が、身体に少し食い込んでいるだけで、まるで宙づりのような状態になっていた。
「ったく……だから言ったろ。転ぶぞって」
エルフナインが段差に躓いた刹那。咄嗟に追いかけた藤尭は、既のところでエルフナインのバッグを掴み、地面に直接倒れ込む事だけは防いだのであった。
とはいえショルダーバッグの細長くも頼りない肩紐が、千切れることなく耐えてくれたのは、幸運としか言いようがないだろう。
心配からか、呆れてなのか、藤尭の表情もやや不機嫌そうである。
「すみません……」
改めてエルフナインをしっかり抱き起すと、地面に触れてしまったスカートの裾を軽く手で払い、藤尭は砂を落としてやるのだった。。
どうやら怪我はせずに済んだ様子ではある――が、その失態にどうやら随分と落ち込んでいるらしく、さっきまで輝いていた表情は、今やすっかり暗く翳を落としている。
「ま、初めての動物園だもんな。はしゃぐ気持ちもわかるさ」
――少し、言い方がきつかったかな。と悩み、藤尭はそうとだけ言うと、エルフナインの髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でまわす。
宛ら娘を見守る父親のように、穏やかで優しい笑みを浮かべる藤尭へと、エルフナインは「やーめーてーくーだーさーいー」と間延びした拒絶を示すも、満更でもない様子で、照れたような笑顔を見せるのであった。
やはり、互いに恋愛としての感情があるわけではない――が、それでも親子愛にも似た感情はどうやら芽生え始めているのかもしれない。
事実それからは、まるで親子の様に二人は手を取り合い、転ばぬようにと気を遣って歩くのだった。
そうしてひとしきり動物たちを眺めた二人は、園内で軽食を摂ると動物園を後にした。
もちろん出口前の土産売り場では、幾つかのぬいぐるみを既に購入済みである。
出口から外に出る頃には既に、藤尭は次の目的地を端末に表示しており、自慢げにそれをエルフナインの鼻先へと突きつけるのであった。
「さて、次は……」
「水族館、ですねッ!」
そう笑い合うと、二人は次の目的地――水族館へと向かいバスに乗る。
時刻は既に正午を回ってはいるものの、まだまだ水族館を楽しむ程度の時間は優にあるだろう。
藤尭はあらかじめ用意しておいたパンフレットと、水族館のサイトとを照らし合わせては、「今からなら、水族館のショーには間に合いそうだぞ」とエルフナインに指し示す。エルフナインもまた、そこに記されたショーのスケジュールを見て、「楽しみですね!」とはしゃいで見せた。
斯くして二人は水族館でもまた、様々な生き物たちを眺めては感嘆の声を上げ、イルカやアシカたちのショーを満喫するのであった。
やはりそれらを初めて見るエルフナインにとっては、巨大な水槽の中を縦横無尽に泳ぎ回る魚たちの迫力も、巨大なサメの恐ろしさも。愛らしいラッコたちの様子も、ペンギンたちの行進も、全てが新鮮で、感動に溢れていたのだろう。
その全てに一喜一憂し、ショーでは子供の様に声を上げては、イルカやアシカたちを応援していた。幸いにして、ちびっこたちに混ざるように、ショーの役者としてお手伝いをさせられることは無かったものの、安心した藤尭とは対照的にエルフナインはすっかり落胆して、嘆くのであった。
そうして様々な生き物やショーを眺め、土産物を買い込んだ後水族館を後にした二人は、今夜の夕食を決めあぐね、ぼんやりと並んで歩いていく。
夕暮れともなり、誰もが帰宅を始める頃には、エルフナインの声もすっかり枯れたように掠れてしまっていた。
「声、大丈夫か?」
「うぅ……声を出し過ぎたかもしれません」
手渡されたのど飴を口の中で転がしつつ、エルフナインはそう嘆きながら項垂れる。
藤尭は、そんなエルフナインの様子に「ホムンクルスって新陳代謝あるのか?」「ちゃんと人と同じように治るのか?」と心配になってしまうものの、それを直接聞くのもデリカシーに欠けるだろう。と気を遣って、ただただ横顔を眺めていた。
「こうして見ると、普通の女の子だよなぁ」
「へあッ!?」
唐突な藤尭の言葉に、エルフナインは思わず赤面すると、両手で顔を覆うようにして顔を伏せてしまう。
まさかそんな言葉が飛び出してくるとは予想だにしていなかったせいか、耳の辺りまで真っ赤にしている。
「ぼ、ボクはちゃんと、普通の女の子になれてますでしょうか……」
指の隙間からちらりと除くようにして、エルフナインは藤尭の顔を窺うと、藤尭は「なれてるから、安心しろ」と優しく声を掛けた。
すっかり夕陽の逆光に隠れてしまった藤尭の顔は、それでも微笑んでいるようにエルフナインの目に映り、その表情も、言葉も、どうしようもなく嬉しくなってしまうのだった。
エルフナインは「えへへ」と言って笑った後、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
その目が遠くを見据えるように、ふっと細くなったことに気が付いて、藤尭は黙ってエルフナインの言葉に耳を傾けた。、
「でも、今日が終わったら、こんな楽しい時間も終わってしまうんですね……」
明日からはまた、いつも通りの日常が始まる。
これからもまだ、特異災害に向かい合う日々は続いていくし、エルフナインも藤尭も、変わらぬ多忙な日々を送ることになるのだろう。
ただの平凡な少女で居られる『今日』という日は間もなく閉じて、想い出になってしまう。
それが悲しくて、寂しくて、もっとこうしていたくて。
けれど、藤尭は「そうだな……」とだけこぼすと、またしてもエルフナインの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「ま……これからも、たまにはこんな風に過ごす日があっても良いだろ。勿論エルフナインが嫌だって言うんなら別だけどな」
冗談半分に笑いながら口にしたそれは、半分照れ隠しのつもりではあったのだが、純粋にして純朴なエルフナインに、そんな事は通用するはずも無く――
「い、嫌なんかじゃありません! ボクもまた、こうして藤尭さんと遊びたいです!」
――と、必死に、懸命に、真っ直ぐに。本心からの素直な想いを吐き出されてしまい、藤尭はかえって気恥ずかしくなって、思わず口ごもってしまうのだった。
日はすっかり傾いて、地面には二人分の小さな影と大きな影が並んでいる。
街の喧騒が夜のそれへと変わりつつある中、二人は再び歩き出した。
まだまだこの後には、美味しくも楽しいであろう夕食の時間が残っている。
折角のデートなのだから、他にも土産物の一つや二つ、買ってやらなければならないだろう。
自分自身でも予想外の心情の変化に戸惑いながらも、藤尭はそっと――エルフナインには聞こえないように「はぁ……参ったな」と呟いた。
けれど、その表情はどこまでも穏やかで、「さ、行きましょう」と手を引くエルフナインの後を、まるで父親のようについて歩いていくのであった。
「聞いたわよ、エルフナインちゃん。昨日彼とデートだったんですって?」
「はうッ……そ、それは弦十郎さんが、ですね……」
解析作業もひと段落し、ようやくもう少しで昼になろうかという頃。友里から掛けられた思わぬ言葉に、エルフナインは飛び上がるようにして声を上げる。
その後ろでは藤尭もまた、僅かにびくりと身体を震わせたように見えたのは、気のせいだろうか。
何と答えたものか――としばらく逡巡しては、藤尭へちらりと視線を向ける。が、しかし、藤尭の方は素知らぬ振りを決め込むようにそっぽを向いてしまい、エルフナインは小さく「あうぅ……」と呻いては、答えあぐねていた。
そんな二人を見て、友里は小さくため息を吐く。
大体のあらましは弦十郎たちからも聞いていたため、エルフナインへと向けた言葉は、ほんの悪戯心のようなものであった。
しかし、こうまで仲良くなっているとは、友里としても意外であり、予想外で。思わず苦笑いを浮かべざるを得ない。
「さ、お昼にしましょうか」
呆れたような声でそう呟き、端末を閉じると、友里はすっくと立ち上がる。
その視線につられて時計を見ると、いつの間にかすっかり昼の休憩時間となっていた。
慌てて端末を閉じると、エルフナインは幾つかの貴重品だけを手に立ち上がり、藤尭の方へと振り返る。
その様子に、眼差しにエルフナインの意図を言外に察し、藤尭は戸惑いながらも「え、俺も?」と訊ねると、エルフナインは満面の笑みで大きく頷いた。
「はい、藤尭さんといっしょがいいです!」
そうしてなおも戸惑う藤尭の手を取り、半ば強制的に立ち上がらせると、「早く行きましょう」と急かすのであった。
そんなエルフナインの誘いを無下に断るわけにも行かず、相も変わらぬ自作の手作り弁当を抱えると、藤尭もまた二人と共に食堂へと向かっていく。
やがS.O.N.G.本艦の通路に、三人分の笑い声が聞こえてくる。
共に並び歩いていく姿は、宛ら親子のように目に映り、弦十郎もまた優しい眼差しでそれを見送っていた。
「案外に、上手くやってるじゃないか」
「そうですね」
弦十郎の言葉に、緒川も笑顔で頷いた。
これからも、時折そうしてエルフナインの息抜きを頼もうと思っていた弦十郎ではあったが、どうやらその必要な無いらしい。
きっとあの二人は、これからもそうして休日を過ごすようになるのだろう。
――そうとも。
その証拠に、閉じ忘れた藤尭の端末上には、次のデートのためであろう観光地やデートスポットが幾つも表示されており、事細かにチェックとメモが記されているではないか。
今度の休みか、その次の休みか。はたまたそのもっと先になるのかは分からない。
けれど、弦十郎さえ与り知らぬところで、二人は共に出掛け、笑い合うのだろう。
出来る事ならば、その姿を偶然街角で見かけたい。と、弦十郎は切に願う。
――幼気な少女の、無邪気な笑顔を思い浮かべながら。