それでは、プロローグを始めていきます。
プロローグ 可憐に咲き誇る花々
「みんなー! 私達『ツインフローラ』のライブに来てくれて本当にありがとうー! 今日は心の底から楽しんでいってねー!!」
シンオウ地方のとある小さな町、その町の中央に建てられたホールのステージに桃色の衣装を着た一人の長い黒髪の少女とパートナーポケモンの姿があった。少女の名前はナデシコ、彼女はシンオウ地方の『ソノオタウン』に建っているとても小さな芸能事務所――『レインボー』の所属アイドルで、まだまだ無名ながらもパートナーであるイーブイのサクラと共に日々レッスンやライブをしており、今日もこのホールでライブの真っ最中だった。
「さあ! もっともっと盛り上がっていこうー!」
「ブイブイー!」
『うおー!!』
ナデシコ達の声に会場に集まっていた数人のファンが声を張り上げて応えるが、その十数倍の収容人数を誇るホールのガランとした雰囲気はどうにも拭えず、ナデシコとサクラは内心落ち込んでいた。しかし、来てくれたファン達を楽しませるため、ナデシコ達は笑顔を絶やさずステージをいっぱいに使いながらライブの終了時間まで精一杯歌い踊った。
「……ふぅ、今日もいっぱい歌って踊ったなぁ……」
「ブイー……」
ライブ終了後、控え室に戻ったナデシコ達はとても疲れた様子だったが、その表情はとても満ち足りた物であり、彼女達が心から今日のライブを楽しみ、大成功だったと感じていた事は誰の目にも明らかだった。
「お客さんは初ライブの頃からいつも来てくれる皆さんだけだったけど、ファンの人を笑顔にするのが私達の仕事だし、これからもご新規さんを増やしながらあの人達も大切にしていかないとね」
「ブイ!」
「そして、最後にはトップポケモンアイドルとトップアイドルポケモンとして超満員のお客さんの前でライブをする! それが私達の夢だもんね!」
「ブイー!」
「これからもレッスンにライブと色々あるけど、『ツインフローラ』を有名にするためにも全力で頑張っていこう!」
「ブイブイ!」
ナデシコ達がこれからへ向けて決意を新たにしていたその時、控え室のドアがコンコンとノックされ、「どうぞ」とナデシコはドアの方へ体を向けながら答えた。すると、「失礼します」と言いながら短い茶髪の若いスーツ姿の整った顔立ちの男性が控え室の中へと入り、ナデシコ達の目の前でピタリと足を止めた。
「ナデシコさん、サクラ、今日のライブは本当にお疲れ様でした。新しいファンの方はゲット出来なかったみたいですが、今日来て下さったファンクラブの皆さんは大満足の様子でしたよ」
「ふふっ、それは良かったです。マネージャー――ヤグルマさんもお疲れ様でした。仕事とは言え、いつもヤグルマさんに頑張ってもらっているおかげで、今日みたいなライブが出来ているので、本当に感謝しています」
「いえいえ。私は『ツインフローラ』の最初のファンであり、マネージャーですからこのくらいは当然です。お互いにまだまだ新人ですが、これからも一緒に頑張っていきましょう」
「もちろんです。あの……ヤグルマさんから見たら、今日のライブは何点だったと思います?」
「そうですね……一般的なアイドルのライブの光景としては、満点には程遠いかもしれませんが、『ツインフローラ』もファンの皆さんも心から楽しんでいたように見えたので、そういう意味では満点だったと思います」
マネージャーが柔らかな笑みを浮かべながらそう告げると、ナデシコはニコリと笑い返しながら満足げに頷いた。
「ありがとうございます、ヤグルマさん。もっとも、私達は今のファンの皆さんも大切にしながら、もっともーっとファンを増やして、最終的にはトップポケモンアイドルとトップアイドルポケモンになるつもりなので、次のライブは満点以上を目指していきます!」
「ブイブイーッ!」
そんなやる気満々の『ツインフローラ』とは対称的にヤグルマが少し心配そうな表情を浮かべていると、ナデシコ達はキョトンとしながら顔を見合わせた。そして、『ツインフローラ』が揃ってヤグルマへ視線を戻すと、ヤグルマの口からとても信じられない一言が飛び出した。
「……ナデシコさん、サクラ。実は……しばらくの間、『ツインフローラ』にレッスンやライブの予定は無いんです」
「無いって……それはどういう事ですか!?」
「ブイー……!?」
「……詳しくは、事務所に帰ってから社長が直接お話しなさるそうなので、まずは事務所に戻りましょう」
「分かり……ました」
「ブイ……」
ヤグルマの言葉に答える『ツインフローラ』の様子は、さっきまでとはまったく違い、とても不安げな物であり、控え室内にもとても重苦しい雰囲気が立ちこめていた。しかし、ヤグルマの口から語られた言葉の真意がどうしても知りたかったため、『ツインフローラ』は再び顔を見合わせてコクンと頷いた後、気持ちを切り替えながら事務所に戻る準備を始めた。そして、しっかりと気持ちと準備を整えた後、「行こう」と真剣な表情でサクラとヤグルマに声を掛け、ナデシコは事務所に戻るためにライブ会場を後にした。
数時間後、ソノオタウンにある事務所に戻ると、『ツインフローラ』は微かに怒りの色が浮かんだ表情で事務所のドアを開けて中へと入り、そのまま革張りの椅子に座っている黒い短髪の爽やかそうな印象の男性の目の前まで進むと、一度深呼吸をしてからペコリと頭を下げた。
「クロガネ社長、お疲れ様です」
「ブイ」
「ああ、お疲れ様。さっきヤグルマ君から聞いたが、今日のライブも大成功だったようだし、これからもトップを目指して頑張ってくれたまえ」
「はい、もちろんです。ところで社長、さっきヤグルマさんからしばらくレッスンやライブをしないと言われたんですが、これはどういう事ですか!?」
「ブイブイ!」
「ああ、その事か。なに、君達にはこれから長期間に渡ってやってもらいたい事があってね、そのためにレッスンやライブの予定は入れてないんだよ」
「長期間に渡ってやってもらいたい事……ですか?」
「ああ、その通りだ。ナデシコ君、世間で最近動画サイトに動画を投稿するのが流行りなのは知ってるかな?」
「あ、はい……他の事務所のアイドルや俳優さん、他にも一般の人達もやってる奴ですよね?」
「そうだ。それで、君達『ツインフローラ』にも知名度向上のためにやってもらおうと思ってるんだが……やってみる気はあるかな?」
「はい、私達の夢のためにもそれはやってみたいとは思いますけど……レッスンやライブを無しにしてまでやる内容なんですか?」
「ああ、何故なら――」
クロガネはとても楽しそうな笑みを浮かべると、『ツインフローラ』の二人の目を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。
「君達には、これからとある地方でポケモンリーグの優勝を目的とした旅をしてもらうからだ」
「……え、えええー!?」
「ブイー!?」
「……は!?」
クロガネの言葉に『ツインフローラ』とヤグルマが驚きの声を上げる中、クロガネだけは落ち着き払った様子で話を続けた。
「およそ一週間後、『ツインフローラ』にはヤグルマ君を連れて『ヤマト地方』という地方に行ってもらい、旅の様子を生配信しながらジム巡り並びにポケモンリーグの優勝を目指して旅をしてもらう。そして、無事に優勝を果たした暁には、その会場で『ツインフローラ』の生ライブを――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん……何かな?」
「ポケモンリーグの優勝を目指すって……私達がですか!? 私達、ポケモンバトルをまともにやった事無いですし、旅の様子を生配信するなんて無理ですよ!」
「いや、ポケモンバトルなんて誰でも最初は初めてだし、旅の様子はヤグルマ君が撮影するからまったく問題は――」
「大ありですよ! というか、どうしてこの『シンオウ地方』じゃなくて、『ヤマト地方』なんですか!?」
「そうだな……新規ファンの獲得という理由ももちろんあるが、他にも『ヤマト地方』には様々な伝承や豊かな自然があるから、それらを旅の中で紹介する事でリポーターとしての仕事なども増やしていきたいからだよ。君達としても夢を叶えるためにライブ以外の仕事が増えてくれた方が良いだろう?」
「それは、そうですけど……」
「それに、配信時間は朝から夕方までで寝起きなんかは撮らないし、野宿は基本的にさせない方向で考えているから、そこは安心してくれて良い。後はマネージャーとアイドルを一緒に旅に出すという事が、世間からどう見られるかや旅の最中に暴漢などに襲われる危険性についてだが……まあ、ヤグルマ君と手持ちのポケモン達は強いし、ポケモンセンターで取る部屋ももちろん別々にするから、『ツインフローラ』の安全性は確保されているよ」
「私達の安全性はって……それだとヤグルマさん達の安全性はどうなるんですか!?」
「問題ないよ。さっきも言ったが、ヤグルマ君自身もボディーガードとしては申し分ない強さだし、手持ちポケモン達のレベルも結構高い。だから、ヤグルマ君の事を心配する必要は全くないよ」
「で、でも……」
「それに……ヤグルマ君はかつてこの『シンオウ地方』を旅していたトレーナーでもあるから、旅についての知識やポケモンの捕獲技術にも詳しい。だから、これを機に君もトレーナーとしての知識や技術を教えてもらうと良いだろうね」
クロガネがニヤリと笑いながらヤグルマへ視線を向けると、『ツインフローラ』も釣られたように視線を向け、ヤグルマはそれに対して半ば諦めたように小さく溜息をついた。
「……だから、私を『ツインフローラ』の旅について行かせようとしていたんですね。旅のスタッフ兼トレーナーのサポート役として」
「その通りだが……ヤグルマ君、君の意見はどうだ? もし君が自分には荷が重いと思うなら、その役目を担うトレーナーを外部から連れてくる事にするが……」
「いえ、是非ともやらせて頂きます。『ツインフローラ』とは、同じ新人同士としてここまで一緒にやってきましたから、この役目は私以外には務まらないと思うので」
「……そうか、なら頼んだよ」
クロガネは計画通りといった様子でニヤリと笑うと、今度は未だ困惑顔の『ツインフローラ』へ視線を移した。
「それで、君達はどうしたい? まあ、別に無理強いをするつもりは無いから、嫌なら嫌だと言ってくれて構わないよ。その時は、この企画自体をポシャらせるだけで、君達に別の何かを強いたり求めたりはしないからね 」
「え、でもそれだと……」
「そう、君達は今まで通りレッスンやライブをしながら夢を叶えるために頑張る毎日に戻るだけ。だから、断ったところで君達が損をするわけでは無い。もっとも、新たなポケモンとの出会いのチャンスなどを失う事にはなるため、『ツインフローラ』の新たな可能性を見つける事も出来なくなるがね」
「『ツインフローラ』の……新たな可能性……」
「ブイ……」
『ツインフローラ』は揃って呟いた後、同時に顔を見合わせながらお互いの目をジッと見つめた。そして、同時に覚悟を決めたような表情を浮かべながらコクンと頷くと、クロガネの方へ向き直った。
「クロガネ社長、私達やります!」
「ブイ!」
「ふふ……そうか、それならこの企画は予定通り君達に任せるとしよう。『ツインフローラ』、ヤグルマ君、君達の旅がより良い物になるように祈っているよ」
「「はい、ありがとうございます!」」
「ブッブイ!」
『ツインフローラ』とヤグルマの返事にクロガネが満足顔で頷く中、『ツインフローラ』とヤグルマはお互いに向き合うと、ニコリと微笑みあいながら握手のためにスッと手を差しだした。
「ヤグルマさん、改めてよろしくお願いします」
「ブイブイ!」
「はい、こちらこそ改めてよろしくお願いします」
微笑みながら固く握手を交わす彼らの表情には、お互いへの信頼の色が浮かんでおり、その様子から彼らの絆がとても深い物なのがハッキリと見て取れ、それを見るクロガネの目にも安心の色が浮かんでいた。そして、『ツインフローラ』とヤグルマは握手を終えると、彼らは仕事終わりの疲れを感じさせない程、やる気に満ちた目で件の企画についての楽しそうに相談を始めた。
「それにしても……今日は色々な事があったなぁ……」
その日の夜、ナデシコは自室のベッドに腰掛けながら今日の出来事を振り返り、その出来事の内容の濃さに思わずクスリと笑った。
「まさか、こんな私がポケモンリーグの優勝を目指してジム巡りをする事になるなんてね……。それも、マネージャーのヤグルマさんがサポート役として付いてきてくれるわけだし、こんな事他の事務所なら絶対にあり得ないよね。いや、その前に事務所にたった一組しか所属していないアイドルコンビを旅に出すわけも無いのかも……?」
顎に軽く手を当てながらそんな事を考えていたその時、ベッドの上で丸くなって眠っているサクラの小さな寝言が耳に入り、ナデシコはサクラの方へ視線を向けた。そして、サクラのサラサラとした毛並みを優しく撫でながらサクラやヤグルマとの出会いについて思い返した。
一年前、ナデシコが『ソノオのはなばたけ』へ一人で遊びに行くと、綺麗な花々の中に何かが隠れている事に気付き、ナデシコは警戒をしながらもそれへと近づき、息を潜めながらその正体を確認した。すると、そこには小さな鳴き声を上げながらその場にうずくまるイーブイの姿があり、イーブイがここにいる事に珍しさを感じていた。しかし、イーブイが後ろ足を怪我している事に気付くと、ナデシコはすぐにポケモンセンターへと連れて行くためにイーブイを優しく抱き上げ、急いで『ソノオタウン』ヘと戻った。そして、そのままポケモンセンターへ向かって走っていたその時、ナデシコは向かい側から歩いてきた人物と強くぶつかり、イーブイを抱きかかえたまま転びそうになったが、ぶつかってしまった人物が素早くナデシコの腕を掴み、軽く抱き締める形でスッと自身の方へ引き寄せた事でナデシコはどうにか転ばずに済んだ。ナデシコは軽くでも知らない人物から抱きしめられた事に恥ずかしさを覚え、頬を軽く赤らめていたが、その人物が自分から離れると同時に急いで気持ちを落ち着け、ぶつかってしまった事についての謝罪と助けてもらった事への感謝の言葉を口にした。すると、その人物は優しい笑みを浮かべながらぶつかられた事を気にしておらず、逆にナデシコに怪我が無いかを訊き始めため、ナデシコはその人物の事を不思議に思いながらも怪我をしていない事を告げ、イーブイをすぐにでもポケモンセンターへ連れて行くためにお礼もそこそこにその場を立ち去ろうとした。しかし、その人物はナデシコの腕の中にいるイーブイの様子に疑問を抱き、ナデシコにその事について問い始めた。そして、ナデシコがそれについて正直に答えると、その人物は背負っていたリュックから『いいきずぐすり』を取りだし、素早くイーブイの治療を始めた。その手慣れた様子にナデシコはただそれを見ているしか無かったが、その人物が治療を終えてイーブイが嬉しそうに鳴き声を上げると、ナデシコはイーブイが元気になった事を喜び、イーブイの事を愛おしそうに抱きしめた。そして、その人物がイーブイに対して声を掛けながら頭を軽く撫でていたその時、偶然そこに通り掛かったのが、ナデシコとサクラがアイドルコンビとして所属し、ヤグルマがそのマネージャーとして雇われる事になる芸能事務所『レインボー』の社長であるクロガネだった。クロガネはその奇妙な組み合わせの一団に興味を持ち、ナデシコ達に声を掛けてその事情を聞きだした。そして、話を聞き終えた後にナデシコと後のサクラの組み合わせにアイドルとしての可能性を見出し、ヤグルマの治療の迅速さや適切さなどからアイドルのマネージャーとしての素質を感じ、ナデシコ達を揃ってスカウトしたのだった。
「……まさか、気まぐれの散歩からこんな事になるなんてね……。ふふ、人生って本当に何が起こるか分からないものなんだなぁ……」
その日の事を思い出し、サクラを撫で続けながら一人でクスクスと笑った後、ナデシコは穏やかな寝顔で眠り続けるサクラに声を掛けた。
「サクラ、旅は大変な事ばかりだと思うけど、一緒に頑張っていこうね」
「ブィ……」
まるでそれに答えたかのようなタイミングでサクラが寝言を言った瞬間、ナデシコは一瞬だけビックリしたような表情を浮かべながら手を止めたが、その表情はすぐに微笑みへと戻った。そして、スヤスヤと眠るサクラを見守りながらサクラとヤグルマとのヤマト地方での旅に思いを馳せた。
いかがでしたでしょうか。基本的にはナデシコのバトルがメインとなりますが、物語の展開的にはヤグルマのバトルも書いていくつもりですので、楽しみにしていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。