それでは、プロローグを始めていきます。
プロローグ 癒しの緑蛇
『カントー地方』や『ジョウト地方』などから離れた場所に位置し、様々な伝説や言い伝えが残る地方、『イッシュ地方』。そんな『イッシュ地方』の端に存在する小さな田舎町、『カノコタウン』のある一軒の民家の一室で、一人の短い黒髪の少年が窓から外を眺めながら小さな溜息をついていた。
「はあ……今頃、皆はポケモンリーグに挑戦するために頑張ってるんだろうなぁ……」
少年は旅立っていった同い年の新人トレーナー達の姿を思い出しながらボーッと街並みを眺めていたが、やがて首を小さく横に振った。
「でも、僕には無理だよね……僕は臆病者だし、ポケモンバトルだってそんなに強いわけじゃないし……だから、僕はこうして町に残って将来の夢に向かってひたすら勉強を――」
その時、部屋のドアが静かに開く音が聞こえ、少年はそちらにゆっくりと顔を向けると、そこにいた『モノ』にニコリと微笑みかけた。
「お疲れ様、アロマ。お手伝いはもう良いって?」
「タージャ」
「ふふ、そっか。アロマはその
「……タジャ」
アロマと名付けられた二足歩行の緑色の蛇の姿をしたポケモン――『ツタージャ』は落ち着き払った様子で答えると、不意に机の方に視線を向け、立て掛けるように置かれていたリュックサックを蔓で指し示しながら「タジャ、タージャ」と少年に声を掛けた。そして少年はそれに視線を向けたが、少し哀しそうな様子で首を横に振ると、アロマへとゆっくりと近付き、その頭を優しく撫で始めた。
「……アロマ、僕にはポケモンリーグ挑戦の旅なんてやっぱり無理だよ。アロマも知ってる通り、僕はそんなにポケモンバトルが強い方じゃないし、近くの草むらからポケモンが出てきただけで怖くなっちゃうほどの臆病者だからね……」
「タジャ……」
自分のトレーナーのその姿にアロマは哀しそうな鳴き声を上げたが、少年は哀しそうな笑みを浮かべながらアロマを撫でるだけだった。少年の名前はリート、ツタージャのアロマをパートナーに持つ『カノコタウン』出身のポケモントレーナーなのだが、彼は自分の性格やポケモンバトルの腕から旅をする事は向いていないと判断し、他の新人トレーナー達が意気揚々と旅立っていく中、アロマや家族と一緒にこの町に残る事を決めた。そして、家族やアロマと共に暮らす中で、自分の将来の夢であるポケモンドクターになるための勉強に日々明け暮れていたのだった。
アロマの事をしばらく撫でた後、リートはアロマの頭からスッと手を離すと、机の上に広げられた参考書やポケモンについて書かれた本の方をチラリと見た。
「僕は旅には出られないけど、こうして町に残ってポケモンドクターになるための勉強をしてるのが一番なんだよ。僕が旅に出たところで、途中で諦めちゃうだろうし、君に色々と辛い思いをさせてしまうだけだからね」
「タジャ、タージャ!」
「……ふふ、違うって思ってくれてるのは嬉しいけど、やっぱりそうなると思うんだ。ポケモントレーナーとして甘いのは分かってるけど、僕は君に出来るだけ傷付いて欲しくないし、辛い思いはしてほしくない。こんな不甲斐ない僕に愛想を尽かさずに一緒にいてくれる君だからこそね」
「タジャ……!」
納得がいっていない様子で鳴き声を上げるアロマに対して首を横に振った後、リートはチラリと窓の方へ視線を向けたかと思うと、「……そうだ」と何かを思いついた様子で両手をポンッと打ち鳴らした。
「ねえ、アロマ。せっかくだから、今から少しだけ外を散歩しようよ」
「タジャ?」
「勉強をしたいっていう気持ちはあるけど、今日は結構良い天気みたいだし、君と一緒に散歩するのも良いかなと思ってね。どうかな?」
「……タジャ」
「うん、決まりみたいだね。さて……と、それじゃあ早速行こうか」
「タージャ」
リートはアロマの返事に微笑みながら頷くと、リュックサックの上に置かれていた帽子を被り、アロマを連れて部屋を出た。そして居間にいた母親に軽く声を掛けた後、玄関のドアをゆっくりと開けながら外へと出ていった。
「ん……やっぱり良い天気だと気持ちがいいね。アロマもそう思わない?」
「タジャ……タジャ、タージャ?」
「どうして散歩に行こうなんて言ったの、って顔をしてるね」
「タジャタジャ」
「簡単な話だよ。さっきも言った通り、君と一緒に散歩するのも良いかなと思ったからだよ。……まあ、さっきまでの雰囲気をどうにかしたいと思ったからでもあるけどね」
「タジャ……」
「ふふ、君が気にする必要は無いよ、アロマ。どちらかと言えば悪いのは――」
そんな会話を交わしながら歩いていたその時、「……あれ、そこにいるのはリート君達かな?」
という若い男性の声が近くから聞こえ、リート達は会話を打ち切ってそちらに視線を向けた。するとそこにいたのは、白と黒のツートンカラーの帽子を被った和やかな笑みを浮かべる緑色の髪の青年であり、リートはその姿に一瞬驚いたものの、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……Nさん、『カノコタウン』に来ていたんですね」
「ああ、まあね。リート君はその子と一緒に散歩中だったのかな?」
「はい、ちょっと気分を変えようと思って。Nさんはどうしてここに?」
「僕も気分転換だよ。まあ、僕の場合は旅の気分転換だけどね」
「旅……今回はどこに行ってきたんですか?」
「それはね――」
ワクワクした様子で自分を見つめるリートの事を微笑ましそうに見た後、Nは自分の旅の様子を楽しげに話し始めた。リートとNが出会ったのは、およそ一年前にNがとある人物を訪ねてこの町に来た際、偶然リートに声を掛けたのがきっかけだった。最初はNのミステリアスな雰囲気と知らない人物から声を掛けられたという状況に強い警戒を示していたが、Nの『特異な能力』に興味が湧いた上、敵意が無い事を知った事でリートはNへの警戒を解いた。そして、Nの尋ね人には結局会えなかったものの、Nがリートとアロマの関係性に興味を持った事で、Nは時折リートと話をするために『カノコタウン』を訪れるようになったのだった。
そしてNの話が終わると、リートは目をキラキラとさせながら楽しそうに声を上げた。
「……今回の旅も色々な事があったんですね……!」
「うん、この『イッシュ地方』を旅していた時もそうだったけど、やっぱり旅では色々な事が起きるよ。もちろん良い事ばかりじゃないけど、『あの頃』に比べれば楽しい毎日だと言えるよ」
「あの頃……確か『プラズマ団』っていう組織に協力をしていた頃があったんですよね」
「ああ、そうだよ。あの頃はポケモンバトルは『トモダチ』を傷付ける物だと考え、トレーナー達から解放をしないといけないと思っていた。けれど、様々な出会いを経て僕の考えは徐々に変化していき、今では旅の中で出会ったトレーナーとポケモンの絆を見るのも楽しみの一つになったよ」
「そうなんですね」
「もちろん、君達の絆も素晴らしいと思っているよ。けど……だからこそ、旅に出ていない事は実に惜しいと感じているよ。君達が旅に出たならば、その絆は更に強固な物に変わり、絆を結ぶ仲間だって確実に増えるだろうからね」
「あはは……そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、やっぱり僕には旅なんて無理ですよ。旅に出たとしても、アロマの事をただ傷付けてしまうだけになってしまいそうですし、皆みたいにポケモンリーグに挑戦するみたいな旅の目標はありませんから……」
「旅の目標、か……でもそれは、本当に必要なのかい?」
「……え?」
Nの言葉にリートが疑問の声を上げると、Nは真剣な表情で言葉を続けた。
「確かに、僕が出会ってきたトレーナー達は何かしらの目標や目的のような物を持っている人が多かった。リーグへの挑戦や自分の腕試し、中にはあるポケモンのためだけに旅をしているなんて人もいたよ。けれど、それはあくまでもその人達には目標や目的があっただけで、それが無いからといって旅をしてはいけないという理由にはならない。フラリと旅に出てからそういった物が見つかるなんて事も無い事も無いからね」
「それは、そうですけど……でも、やっぱり旅に出たからにはポケモンバトルは避けられないですし、強くなかったらアロマをいたずらに傷付けるだけなんじゃ……」
「そうかもしれない。けどね、傷付く事も成長をするために必要な時があるんだよ。傷付いたり辛い思いをしたりする事だって自分が前に進むためには必要になるんだ」
「自分が前に進むために……」
「リート君、君の将来の夢はポケモンドクターだったよね?」
「あ、はい。そうですけど……」
「ポケモン達を癒すにはそれなりの知識と経験がどうしても必要になる。君は毎日本などで『知識』は手に入れているけれど、傷付いたり毒や麻痺にかかったポケモンを実際に診たりという『経験』は積んではいないだろう? まあ、どこからか状態異常に出来る技を持ったポケモンを連れてきたり、公害問題を抱える場所に連れて行ったりして誰かを実験台にすればその問題は解決できるけど……君は絶対にそんな事はしない。となれば、旅に出る事でその最中に出会った苦しんでいるポケモン達を診て、治療についての最低限の経験を積むのが一番だと僕は思う。近くにポケモンセンターが無い時、応急処置程度でも出来る人が近くにいれば、心から助かる人だって絶対にいるからね」
「Nさん……」
「だが、僕もこの意見を君に強制するつもりは無い。君がそれを必要ないと判断するなら、それはそれで良いからね。だから、これはあくまでも僕からの提案みたいな物で、どうするかを最後に決めるのはリート君自身なんだ」
「最後に決めるのは……僕自身……」
リートは呟くように独り言ちた後、不安げにチラリとアロマに視線を向けた。しかし、アロマは何も言わずに首を横に振り、ただリートの目をジッと見つめるだけだった。リートはそのアロマの姿に一瞬『どうして……』という非難めいた視線を向けそうになったが、アロマの眼差しから『ある思い』を感じとった瞬間、リートは「……そういう事、なんだね」と小さな声で独り言ちた。そしてNへと視線を戻した後、一度気持ちを落ち着けるように息をついてから静かに話し始めた。
「Nさん、やっぱり僕には旅なんて向いてないと思います」
「……そうか」
「でも、たとえ向いていなくてもやってみる価値はあるかもしれない、Nさんの話を聞いてそう思ったんです」
「…………」
「僕は自他共に認める臆病者で、アロマと出会ってからはずっとアロマに引っ張ってもらいながら自分の夢に向かって歩いてい――いえ、歩いていると勝手に思っていました。自分の世界を自分から縮めているのにそれに気付かないフリをして、それで自分は満足なんだと言い聞かせていただけだったんです。でも、今のNさんの話を聞いて、僕が自分の夢を叶えるにはまずは自分の世界をもう一度広げていかないといけないと感じました。小さな世界で満足している人の治療なんて誰だって受けたくないですし、僕自身もそんな無責任な事はしたくないですから。だから、僕は今すぐにとはいきませんけど、旅に出てみたいと思います。アロマに頼り切るんじゃなく、協力してもらいながら自分の世界を広げて、本当の意味で自分の夢に向かって歩いて行けるように頑張りたいと思うんです」
「……なるほど、ね。実に君らしい結論だと思うよ。それに……その子も君の事を信じて突き放してくれた甲斐があったようだね」
「タジャ、タジャタージャ」
「……うん、そうだね。君が信じたトレーナーだからね、これくらいは当然かもしれない。でも、リート君が旅に出る事を決めた以上、君がリート君をサポートしてあげないといけない時だって必ず来る。その時はしっかりと支えてあげるんだよ?」
「タジャ」
アロマが当然といった様子で胸を張りながら返事をする中、リートはハッとした表情を浮かべた後、顎に手を当てながらうーんと唸り始めた。
「……旅をすると決めたからには、まずはこの『イッシュ地方』からの方が良いよね。あ、でも……せっかくの機会だから行けるなら別の地方という手も……」
「タジャ……」
悩み続けるリートの姿にアロマが両手を軽く広げながらやれやれと首を横に振っていたその時、Nはそんなリート達の姿を見ながらクスリと笑った。
「旅先に悩んでいるなら僕にオススメの場所があるよ?」
「オススメの場所……ですか?」
「うん。ここから遠いところにはなるけど、『ヤマト地方』という地方がオススメだね」
「『ヤマト地方』……確か、生息しているポケモンの種類が多く、イッシュのように言い伝えや伝承が多い地方ですよね?」
「そう。さっきも言ったようにここからは遠いけど、腕試しや観光目的で行くトレーナーも多いと聞くし、もし行けるなら経験を積むには良い地方だと思うよ」
「なるほど……」
「もし本当に『ヤマト地方』に行く気があるのなら、僕の『トモダチ』に力を借りても良いけど……どうする?」
「えっと……それはとてもありがたいですけど、やっぱり旅に出ると自分で決めた以上、自分の力で『ヤマト地方』に行く事にします。Nさんと一緒に『ヤマト地方』に向かうというのも面白くて楽しいとは思うんですけど、今回の旅の後にまた別の地方に行こうと思った時、またNさんの力を借りるというわけにもいきませんし、これも自分の成長に繋がると思いますから」
「……分かった。それなら、僕は成長した君の姿を楽しみに待っているとするよ。リート君、アロマ、君達の旅がより良い物になるように願っているよ」
「はい、ありがとうございます!」
リートはとても嬉しそうな笑みを浮かべながら深く頭を下げた後、やる気に満ちた視線を向けてくるアロマの方へ向くと、拳を軽く握りながら声を掛けた。
「アロマ、これからの旅でどんな事が待っているかは分からないけど、僕達は僕達なりに精一杯頑張っていこう!」
「タジャ!」
力強く頷きながら答えるアロマの姿に頼もしさを覚えた後、リートはこれからの未来を暗示するような晴れ渡る青空を見上げながら『ヤマト地方』での旅に胸を膨らませた。
いかがでしたでしょうか。次回をどのような話にするかはまだ決めていませんが、出来る限り早めに決めて投稿をしていきたいと思っています。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。