それでは、始めていきます。
プロローグ 測る者と赤の雛鳥
ユウヤ達が住むヤマト地方から南方に位置する地方、『カントー地方』。この地方には、151種類のポケモンが生息し、『リビングレジェンド』という異名を持つチャンピオンが生まれた地方でもある事や『アローラ地方』に生息する『リージョンフォーム』と呼ばれるアローラ独自の環境に適応した姿のポケモン達の通常の姿が見られる事でも有名な地方である。
そんなカントー地方の南方に位置し、ポケモンの研究を行うオーキド博士の研究所がある『マサラタウン』に建っているある一軒の家。その家の庭先で一人の短い茶髪の少年が、オレンジ色のヒヨコの姿をしたポケモン――『アチャモ』と一緒に技の特訓を行っていた。
「よし……カルラ、次は『ひのこ』だ!」
「チャモ!」
カルラと名付けられたアチャモは、元気よく返事をすると、目の前に立てられた耐火性のある的に向かって『ひのこ』を撃ち出した。そして、撃ち出された『ひのこ』が的に全て命中すると、的は煙を立てながら地面にパタリと落ち、少年達はとても嬉しそうな様子でニコリと笑い合った。
「カルラ、やったな!」
「チャモチャモ!」
カルラが返事をしながら少年の胸へ飛び込むと、「おっとと……!」と少し驚きながらそれを優しく受け止め、少年はカルラのトサカのような部分を静かに撫で、『この世界』に来る事が出来た喜びを噛みしめた。少年の名前はアサヤ、彼はいわゆる『転生者』と呼ばれる異世界の存在だった者であり、その頃からこの世界やポケモン達が大好きだった。そのため、『転生特典』と呼ばれる能力を手に入れた状態でこの世界に転生を果たした時、アサヤは表情には出さなかったものの、心の中では大喜びをしていた。そして、この地方にはいないアチャモを『ホウエン地方』に旅行で訪れた際に手に入れ、このカントー地方のポケモンリーグでの優勝を目指して、毎日パートナーポケモンとの特訓に明け暮れていた。
「こうして無事にカルラと出会えたし、メガシンカに必要な『バシャーモナイト』と『メガバングル』も手に入ってる上、ポケモンの個体値を簡単に測れる『測る者』の能力もある。だから後は、旅に出るまで精一杯特訓をして、カルラがバシャーモになった時に暴走をしないように強くなる。そうすれば、ポケモンリーグで優勝するのも夢じゃないはずだ!」
「チャモ!」
「ははっ、カルラもそう思ってるみたいだな。……まあ、本当ならこの地方にいるポケモン達でポケモンリーグに挑戦する方が良いんだろうけど、こうして好きなポケモン達と一緒に強くなりたいと思ってるし、このままポケモンリーグ優勝を目指して、全力で突っ走って行こう!」
「チャモチャ!」
アサヤにはカルラの言葉は分からなかったものの、その表情や反応から大体の気持ちは察する事は出来たため、カルラの元気の良い返事に対してアサヤはニッと笑いながら親指をぴんっと立てて応えた。彼らが出会ってからまだ半年くらいしか経っていなかったが、朝から夜まで常に一緒にいた事で、彼らの意思疎通はほぼ完璧と言える程になっており、そのコンビネーションだけならば、並のポケモントレーナーよりも優れていると言えた。
「『リビングレジェンド』のレッドやそのライバルだったグリーンと一緒の旅立ちにならなかった事だけがちょっと残念ではあるけど、その分、また違うトレーナー達との出会いもあるんだろうし、早くこのカントー地方を巡る旅に出たいなぁ……」
「チャモ! チャモチャモ!」
「ふふ、どうやらカルラも同じ気持ちみたいだな。よし……それじゃあ休憩はここまでにして、また特訓を始めるか!」
「チャモ!」
そして、カントー地方のチャンピオンを志すアサヤとカルラのコンビは、技やバトルの際の立ち回りの特訓を再開し、家の庭先からは二人の楽しそうな声が再び上がり始めた。
その日の夜、特訓疲れからアサヤとカルラが夕食をガツガツと食べていると、その様子を見た母親がクスクスと笑いながらアサヤ達に話し掛けた。
「もう……アサヤ、カルラ。ご飯は逃げないんだから、ゆっくり食べたらどう?」
「ううん。特訓でスゴく疲れたし、腹も減ったからそうも言ってられないよ! な、カルラ!」
「チャモ!」
「そう。ふふっ……ほんと、アサヤとカルラのご飯の食べっぷりは見ていて気持ちが良いわよね」
アサヤ達のその食べっぷりに両親は笑みを浮かべていたが、やがて父親の表情は少し暗い物へと変わると、話し辛そうにしながらもアサヤに話し掛けた。
「あー……アサヤ、ちょっと良いか?」
「うん……父さん、どうかした?」
「アサヤ、アサヤの夢はこのカントー地方のチャンピオンになる事……だったよな?」
「もちろん! カルラや旅の中で出会ったポケモン達と一緒にポケモンリーグで優勝して、カントー地方のチャンピオンになる。これは昔から絶対に叶えたいと思ってる夢だし、叶えるためなら全力で頑張るつもりだよ!」
「そう、だよな……やっぱりそうだよな……」
アサヤのその答えに父親の表情が曇ると、アサヤとカルラは顔を見合わせながら父親の様子に疑問を抱いた後、不思議そうな表情を浮かべながら父親に話し掛けた。
「父さん、そんな暗い顔して一体どうしたのさ?」
「チャモ……?」
「……父さんが『ヤマブキシティ』にあるシルフカンパニーに勤めてるのは、もちろん知ってるよな?」
「あ、うん。毎朝、リザードンの背中に乗って行ってるのは見てるから、それは当然知ってるけど……」
「それで……さ、父さん……転勤を命じられたんだよ」
「転勤……って、シルフカンパニーはあそこしか無いんじゃ……?」
「そうなんだけどな……実は、別の地方にシルフカンパニーの支社を建てる計画があって、父さんは支社が建ち次第、そこに転勤する事になったんだよ」
「別の地方……それって、『ジョウト地方』とか『ホウエン地方』とか?」
「いや……『ヤマト地方』っていう地方で、『シンオウ地方』の近くにある地方なんだ」
「『ヤマト地方』……」
アサヤが聞き覚えがあまり無い様子でポツリと繰り返す中、父親はふぅと一度息をついてから真剣な表情で話を続けた。
「それで……そろそろ本題に入るんだが……アサヤさえ良ければ、家族全員で『ヤマト地方』に引っ越すのも良いかもって母さんと話をしてたんだが、アサヤはどうしたい?」
「家族全員で『ヤマト地方』に引っ越し……」
「ああ。もちろん、俺だけ単身赴任という形で向こうに行くという選択肢もある。けど、この家も中古物件として買ったから、築年数もそこそこなわけだし、それだったらこの家は引っ越す際に解体して、向こうに新築の家を建ててしまうのもありかなって思ってるんだ」
「なるほど……だから、さっき俺の夢について確認を……」
「そういう事だ。まあ、向こうに転勤になるまでまだ少し時間はあるから、すぐに答えを出そうとしなくても良い。けど、もし早めに答えを出せるなら、来週くらいには答えを聞かせてほしいかな」
「……分かった。とりあえず考えてみるよ」
「ああ。けど、本当にゴメンな……突然こんな事を言いだしちゃってさ」
「いや、別に良いよ。突然だったからビックリはしたけど、今回の転勤は父さんの実力が認められての事だと思うし、むしろ喜ぶべき事なんだからさ」
申し訳なさそうな父親とは対称的に、アサヤはニコリと笑いながらそう答えたが、このカントー地方を離れる事になるかもしれないという事実を知り、アサヤの心には小さな迷いが生じていた。
「ふぅ……風が気持ちいいなぁ……」
夕食後、入浴を済ませたアサヤはカルラと共に部屋へ戻ると、浮かない表情で窓枠に手を掛けながらボーッと外の景色を眺めていた。窓の外に何があるというわけでもなかったが、何となく外の風を感じたくなり、アサヤは外を眺めながら夕食時の話について考え始めた。
「引っ越し、かぁ……正直な事を言えば、父さんの考えの方が良い気はするけど、この『カントー地方』に生まれる事が出来たからには、カントーのポケモンリーグで優勝したい。でも、転勤先の『ヤマト地方』っていうのも気になるし……」
『カントー地方』のチャンピオンを目指すという夢と自分が知らない地方に対しての好奇心、その二つを天秤に掛けながらアサヤは「うーん……」と小さく唸っていたが、一向にその答えが浮かばなかったため、アサヤは考えるのを一度止めて、視線を部屋の中へと移した。そして、ベッドの上でスヤスヤと眠るカルラの姿を見た瞬間、アサヤの頭の中にある出来事が想起された。
「……そういえば、『カントー地方』に生まれたいと思ったのは、アニメとゲームが理由だったっけな……」
そんな事を独り言ちながらベットに腰掛けると、カルラの事を優しく撫でながらアサヤは生前の自分について独り言ち始めた。
「アニメも最初は『カントー地方』から始まって、俺が初めてやった『ポケモン』も『カントー地方』が舞台だった。それで、この世界に来るならカントー地方が良いと思って、転生先の希望を訊かれた時にここを希望したんだったっけ……。まあ、そんなにカントーを推しておいて一番好きなポケモンが、この地方にいないバシャーモなのはちょっとおかしい気がするけどな」
カルラを起こさないように小さくクスリと笑った後、アサヤは窓の外に見える月に視線を移した。
「だから、旅を始めたりリーグを制覇したりするならまずは『カントー地方』からって思ってたけど、これはあくまでも希望通りにこの『カントー地方』に生まれたからで、『イッシュ地方』とか『カロス地方』とかに生まれてたら結局まずはそこからってなってた気がする。だから、本当は別にカントー地方に拘る理由は無いのかもしれない。俺が本当に『拘った』と言えるのは、カルラ――
カルラへ視線を移しながら一度頷いた後、アサヤは覚悟を決めた表情で静かに立ち上がると、そのまま部屋を出た。
引っ越し当日、アサヤとカルラが玄関先に並びながら出発の時を待っていると、そこに白衣を着た一人の人物が近付き、親しげな様子でアサヤに声を掛けた。
「アサヤ君、ついにこの日が来てしまったのぅ」
「あ、オーキド博士。そうですね、父さんは向こうに支社が建つまではまだ時間はあるなんて言ってましたけど、何だかんだで俺の10歳の誕生日を迎える前に引っ越す事になったので、ちょっと驚いてます」
「そうじゃろうなぁ……しかし、『ヤマト地方』にはおよそ400種類のポケモンが生息しており、自然なども豊かだと向こうの博士からは聞いておるし、きっと向こうでの旅も良い物になるじゃろう」
「はい、そうなるように俺達も祈ってます。な、カルラ」
「チャモ!」
カルラの元気一杯の返事に対し、アサヤがニコニコと笑いながらトサカ部分を静かに撫でていると、オーキド博士は少し不思議そうな表情を浮かべた。
「それにしても……『ヤマト地方』についていく事にしたのは、どうしてなんじゃ? 今更引き留めるわけでも無いが、元々の夢だった『カントー地方』のチャンピオンを目指しても良かったんじゃないのか?」
「……ああ、その事ですか。簡単な話ですよ、俺の夢を再確認したからです」
「夢を再確認した?」
「はい。俺の夢は確かにチャンピオンになる事ですが、それはあくまでもカルラ達と一緒に旅をして最終的になる物です。だから、これは『カントー地方』じゃなくても叶えられる夢だと思って、『ヤマト地方』についていく事にしたんです。『ヤマト地方』でカルラや旅の中で出会ったポケモン達と一緒にポケモンリーグで優勝を果たす事、これが俺の本当の夢です」
「パートナーや旅で出会ったポケモン達と一緒に、か……。うむ、とても素晴らしい夢じゃな!」
「ありがとうございます、オーキド博士」
アサヤが頭を下げながらお礼を言っていたその時、引っ越し業者との話を終えた両親が二人の元へと近付くと、オーキド博士へ揃ってお辞儀をした。
「オーキド博士、わざわざ来て下さりありがとうございます」
「いやいや、お二方にはもちろんの事、アサヤ君やアチャモ――カルラにも色々とお世話になっていましたし、これくらいは当然の事ですよ」
父親の言葉にオーキド博士は片手を上げながら答えた後、「……おっ、そうじゃそうじゃ」と何かを思い出した様子で白衣のポケットからモンスターボールを一つ取り出し、それをアサトに手渡した。
「このポケモンはワシからのプレゼントじゃ。きっと、向こうでの旅でアサト君達の事を助けてくれるはずじゃ」
「オーキド博士……ありがとうございます!」
「どういたしまして。アサト君、『ヤマト地方』でもポケモンゲットじゃぞ!」
「はい!」
オーキド博士の言葉に懐かしさと嬉しさを覚えながら大きな返事をした後、アサトはモンスターボールの中にいるポケモンへのワクワク感を感じながら手渡されたモンスターボールを腰のホルダーへと付けた。そして、カルラをボールに戻し、それを同じく腰のホルダーに付けたその時、引っ越し業者から完全に荷物を積み込み終えたという知らせを受け、アサヤ達はオーキド博士に別れを告げた後に車へと乗り込んだ。
「さあ、俺達の新たな旅立ちの始まりだ……!」
腰のホルダーに付けたカルラ達のボールを軽く撫でながら言葉を掛けた後、オーキド博士に見送られながらアサヤ達は新天地――『ヤマト地方』へ向けて出発をした。
いかがでしたでしょうか。オーキド博士からのプレゼントであるポケモンは、次回辺りで出そうかなと思っていますので、楽しみにしていて頂けるとありがたいです。
そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
それでは、また次回。