姉さんと間違われて役得だと思うのは間違っているだろうか 作:苺ノ恵
それではどうぞ
ナイフというのはホントに良く切れる。
材質や職人の腕にも因るけど、軽く刃を突き立てるだけで皮を裂き肉を断っていく。
刃が骨まで届けば、破かれた血管から溢れ出した血液が、ドロドロとした感触と共に私の手背にキスをする。
空気に触れ生温くなった血は、残った骸のように灰燼とは帰さず。
幾ら布で擦り、聖水で洗い流そうとその感触は纏わり続ける。
非日常が日常へ、異常が通常へ置換されるその時を待ち望みながら私はナイフを振った。
しかし、結局のところ私はその感触に慣れるほどまで耐え続けることは敵わず、早々に得物を手放した。
しかし、それは私が冒険者を辞めることと同義ではなかった。
つまり、言い換えて結論____
「私には後衛が向いている」
その瞬間、約100メドル先のミノタウロスの頭部に狭孔が穿たれた。
◇◇◇
事の始まりはラキア戦。
戦争とは名ばかりの、オラリオの冒険者である私たちにとってはお遊戯のような、戦争遊戯の予行演習にもならない闘い、まさにナンセンス極まりない白紙劇。
しかし、どんなにつまらない劇にも物語はあるはずで、この白紙劇にも一応の文章は申し訳程度に記されていた。
猪突猛進。
神・アレスが率いるラキア軍の戦法はまさに単純明快。
数を撃てばいつか当たる。
いや、当たるまで突き進め。
前進あるのみ。
撤退?前進しかありえない、お前馬鹿なの、死ぬの?
そんな、脳筋の教科書のような一周まわって清々しく思える稚拙な定理。
学習力のない神の我儘に付き合って、手加減に手加減を重ねた魔法によって黒焦げで吹き飛ばされる眷属の方々の心中を察しては涙を禁じ得ない。
その日も同じく、ラキア軍はロキファミリアの防衛線を破ることは疎か接近することもできないまま撤退を余儀なくされた。
しかし、その結末に至るまでの過程は異なっていた。
何故なら、ロキファミリアは一切魔法を使わず、また、白兵戦も行っていないのだ。
一体どうしてそんな結末を招くことが適ったのか。
順を追って綴られた白紙劇をなぞろう。
◇◇◇
ふわりと金糸が舞うように、二人の少女が刃を合わせる。
一人は細剣を、もう一人はナイフを。
眼前に迫った剣先にナイフを滑らせながら相手の懐に潜り込む。
踏み出した左足を軸に、前方へ進む慣性力を利用して後ろ回し蹴りを放つ。
足首を狙った一撃は空気を裂く音が、相手の少女が後方へ跳ぶことで発生する、その着地音を消すだけに終わった。
互いが肩で息をする中、腰から鞘を引き抜き、ナイフを逆手から順手に持ち替え鞘に納める。
それに倣って、相手も鞘に細剣を納める。
そして、呼吸を落ち着けたのか再び距離をとり始め、試合開始地点に向かう相手に対してもう一人の少女は遂に告白した。
「___飽きた」
「…何が?」
「この練習飽きたよ…」
そう言った少女は芝の生えた庭園の縁に腰を下ろす。
ひんやりとした地面の温度が戦闘で火照った少女の身体を鎮めていく中、隣に座った相手の少女は鞘に納められた細剣を、ちょっと泣きそうな顔で少女に差し出す。
「………武器、交換する?」
「うーん…、間違ってないけど正解でもないんだよね」
「…むー…アリスの言うこと、難しい」
自分が細剣を振れなくなるのは嫌だが、それ以上に少女___妹が自分に構ってくれなくなるのが嫌。
そんな、子供らしい素直さを持ったアイズの優しさと儚さに、言いようもない悪戯心のような幸福感を感じたが、なけなしの自制心を働かせて何に対してかよく分からない謝罪をする。
「ごめん、別にお姉ちゃんと練習するのに飽きたわけじゃないの」
「…ホント?」
「うん、だからそんな顔しないで。
「斬る」
「そういう言葉だけ流暢に喋る癖、早く治そうねお姉ちゃん。というか斬っちゃダメ。ビンタで許してあげて」
「……………うん」
「不安だなぁ」
相変わらず天使で最恐の姉に嫌な汗を搔きつつ、アイズがナイフを注視していることに気がつく。
「…武器、変えるの?」
「変えるというより、増やしたいって感じかな?今は何とかお姉ちゃんと戦えてるけど、たぶんその内、私じゃ敵わなくなるから」
「…そんなことない。アリス…強くなってる」
「…ありがと。でも、お姉ちゃんはそれよりももっと強くなってる。悔しいけど、ステータスは嘘を吐かないから」
「………」
先ほどのナイフでの剣戟の受け流しで、先日までは剣を跳ね上げて、アイズの体勢を崩せていた。
しかし、今回は剣を跳ね上げることは疎か軌道を逸らすことさえできていなかった。
その分、踏み込みが甘くなり回し蹴りが不発に終わったのだ。
ステータスの差。
それは抗いようのない、どうすることもできない壁だ。
「だから私は力じゃなくて技術で戦わないと、この先生き残れない」
妹の悩みに、姉として何かできないかと熟考したアイズは知恵を振り絞る。
「…じゃあ、投げナイフ…とか?」
「確かにそれもありだけど、注意を引いたりすることしかできないから」
「………!…じゃあ、私と一緒のにすればいい」
「うん、それも考えたけど、それじゃあ私は姉さんの贋作になっちゃうから」
「…がんさく?」
「___ごめん、なんでもないよ。今のは忘れて。よし!もう一回やろう、お姉ちゃん」
「…うん、分かった…」
再び、金糸が舞う。
しかし、先ほどのような鮮烈な剣戟は見られず、お互いにどこか精細さを欠く動きだった。
バレないように稚拙な手加減をしようとする姉と、手加減されていることに気付いていることをバレないよう必死にナイフを握る妹。
そんな二人の表情は真剣なようでどこか痛々しい膿のような猜疑心を帯びていた。
◇◇◇
ファミリアの規模は外観もだが、内装の方に評価の裁定が下され易い。
特に人が生きる上で欠かせない衣食住を満たす、キッチンや浴場は建設の際に特に力を入れられやすい設備である。
ロキファミリアもその例外ではなく、浴場には見事な装飾が施された像があり、明らかに湯浴みだけが目的ではない癒しを与える空間へと昇華されていた。
女神の像が抱える壺から湯が流れ出す。
その湯を頭から被り続けていた少女が、小さな滝つぼとなった浴船の水泡にその身を包まれながらゆったりと身を委ねる。
年相応に少し膨らみかけた胸を優しく押し込むと、心臓の鼓動が確かに手のひらに伝わり不思議な安心感を得る。
(私は弱い…。お姉ちゃんのマネをしてても、私はお姉ちゃんになれない。)
ため息を吐くように肺腑の空気を吐き出す。
そっと瞳を開くと、柔らかな歪さを携えた気泡が水面に向かって登っていく。
肺の空気が無くなったことで浮力が失われ、私の身体は水面に触れる権利を剥奪される。
浴槽の底に縫い付けられながら、ゆらゆらと揺れる水面の幻想的な光をぼんやりと眺める。
(強さが欲しい。誰にでもあるような力じゃない。私だけの特別な力が…)
光を掴むように、胸に置いていた右腕を水面に向かって伸ばす。
その時、不思議な感覚を覚えた。
拳を握った状態から親指と人差し指を伸ばす。
手のひらに包まれていた気泡が指を伝い、人差し指の先に集まり、そして水面を目がけて飛んでいく。
(あ___)
カチリ。
頭の中で歯車が組み合わさったような。
小さく鉄を叩くような衝撃が脳内に響き渡る。
(___コレだ)
その日、新たな武器の構想が誕生した。
疑問:編集中
絶賛迷走中
(転スラを視聴しながら)