ナザリックと私   作:梨樹

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 ――序章です。




序章
王国戦士長と私 (一)


 

 

 

「くそっ。この村も遅かったか……」

 

 

 

 眼前に広がるのは、凄惨な光景。

 

 地面に横たわる村人たち。正確には、引きずり回された挙げ句、無造作に棄てられたと言うべきだろうか。その遺体からは一面を染め上げるほどの血が流れ、辺りには焦げた肉と鉄粉を混ぜ込んだような、吐き気を催す臭いが漂っている。

 

 彼らの傷は一つではない。腹や背中、四肢に向けて、無慈悲に振り下ろされていた。しかもそのどれもが、明らかにわざと急所を避けられているという事実。

 それは抗う術など持ち合わせていない無辜の民へ何度も剣を突き立てたことを、ガゼフにはっきりと教えていた。

 ――彼らはみな、苦悶の表情を浮かべたまま亡くなっている。 

 ガゼフは見開かれていた村人の目を閉じてやり何度目か分からないほどに繰り返された黙祷を捧げると共に、目の前に広がるこの凄惨な光景をまた、その心に刻んだ。

 

 

 

 ――王からの御命。

 

 『辺境の村々を帝国の騎士たちが荒らしまわっている。それを退治せよ』

 

 それを為すべく、ガゼフたちは村を駆け回っていた。

 王国に住む無辜の民が理不尽な暴力に苦しんでいると聞いて、王国の守護者であるガゼフが止まるわけがないのだ。

 生き残りがいれば少ない部隊を分けてでも国まで護送させ、寝る間も惜しんで破壊された家屋を片付け、また生存者を探す。

 

 ただ、どれもあと一歩。一足遅かった。

 ガゼフたちが辿り着く村は、どれも既に手遅れだったのだ。それは時に、生き残りを残してでも次の村に向かっているようにも見え、ガゼフの心に一抹の不安を植え付けていた。

 

 普段よりも貴族の横やりが強く、国宝であるガゼフの完全装備を身につける許可は出なかった。

 ガゼフの最も信頼できる部下たち――戦士団の皆を、城の防備という名目で二分されてしまった。

 

 きな臭いとも言えるが、それがどうしたのだ。そんなものは、言い訳にすぎない。すすり泣く、残された者の嗚咽も、親の遺体へとすがりつく幼子の姿も。自分が間に合えば起こり得なかったものなのだと。ガゼフは血がにじむほど強く拳を握った。

 

「――戦士長!」

 

 ガゼフたちは騎士の進んだ方向から次に狙われると見ていた、カルネ村を認識する。

 その馬上より見えた家屋が、無事に残っていると分かっただけでも、自分たちは間に合ったのだと、部下たちと同様にガゼフは微かに安堵していた。

 

 しかし、その村から煙が上がるのを確認し、全員の顔に緊張が走る。

 

 今度こそ間に合ってみせる。この手で民たちを守るのだと。

 

 ガゼフは手綱を握る力を増し、歴戦の戦士の顔をした頼もしい部下たちへと叫ぶ。

 

「ああ。急ぐぞ――っ!」

「――はっ!」 

 

 

 だが馬を急がせ村が間近へ迫ると、ガゼフはおかしな事実に気づく。

 

 ――静かすぎるのだ。

 

 間に合わなかったのであれば、己を責めよう。

 間に合ったのならば、外敵を悉く倒してみせよう。

 

 一筋の煙だけが上がるのみで、他は一切の痕跡が見られないのは、明らかに不気味だ。

 

 ガゼフが怪訝に眉をしかめていると、村の門の先、そこへ佇む二人のシルエットを捉えた。

 

「あれは……」

 

 片方は見慣れた、一般的な村人だ。年が高く、恐らく村長だと思われる。

 

 ――その隣にいる人物。

 

 まず視線が引きつけられる、怒っているような、泣いているような顔を表した不思議な紋様をした仮面。

 そして身にまとう、王家の者が着用するものであっても見たことがないほど豪奢な装い。

 ご丁寧に手袋までしており肌を一切露出していないその御仁はまさしく、不審な人物だった。

 

 ――味方か。それとも……、

 

 ガゼフは顔に緊張を浮かばせたまま、普段よりも強く声を上げる。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。王の御命令により辺境の村々を襲っている帝国の騎士を倒すため参上した」

「王国戦士長……」

 

 村長らしき男が呟く。

 ただ、その言葉に含まれる気持ちは理解ではなく懐疑。明らかにこちらを警戒していた。

 それに、「帝国の騎士」という言葉に対し全く疑問を抱いていない。となればやはり、この村にも騎士が襲撃しに来たのは確実だろう。

 そして、おそらく村人だろう。多くの人間が村の中でも一際大きな家に集まっているのをガゼフはその鋭い知覚で把握していた。彼らは恐る恐るこちらを伺っているが、主な視線――例年の帝国との戦争中、民兵が自分へと向けるものと同種のそれが、ガゼフの目の前で泰然とした態度で構える仮面の御仁へと集まっている。

 それによりガゼフは、彼がこの村にとってどのような立ち位置なのか少しだけ察せられた。

 

 ガゼフが周囲から読み取れる情報より推測していた時、仮面の人物は村長へ耳打ちするように近づく。そして発せられた声はある意味、ガゼフの調子を外した。

 

「――どのような人物で?」

「いえ、私も詳しくは……。御前試合で優勝し、国王陛下から召し上げられたほどの人物としか……」

「ほう……」

 

 仮面の裏から好奇心の籠もった視線がガゼフに向けられる。その視線はガゼフの腕や剣に長い間留まっていたので、()()はこちらの実力を計っているのだと察する。

 

「この村の村長だな? 隣の御仁は誰か、教えていただきたい」

「――それには及びませんよ。初めまして、王国戦士長殿。私は鈴木悟。この村が襲われているのを発見し助けにきた、旅の魔法詠唱者です」

 

 村長が口を開くのを手で制し、ゆっくりとお辞儀をする彼女の言葉に村長も怪訝な顔をしていないことからそれが真実だと分かる。

 

 ガゼフは馬より降り、悟と名乗る人物へ重々しく頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」 

「いえいえ。私も偶然通りかかり、報酬目当てで助けただけですので」

「そうか――」

 

 彼女の言葉は納得のいくものであったが、どこか演じているような雰囲気を醸し出し、それをあえて感じ取らせているような、王の側に長年仕え、人を見る目が培われてきたガゼフだからこそ分かる程度の違和感を覚えさせる。

 

 掴みどころのない人物だ、とガゼフは思う。

 

「では申し訳ないが、今の状況について詳しい話を聞きたいのだが?」

「私は構いませんよ。村長殿はどうです?」

「ええ。もちろんです」

「ここで立ち話という訳にもいきませんし、一度腰を掛けて話しませんか? 村人たちも、このままでは気が休まらないでしょう」

「一理あるが……」

 

 襲われた後の村を連日見てきたガゼフからしても、それは同意する意見だった。

 実際、こうして立っている村長でさえ顔色は優れない。村長という責務から自分を保っているのだ。

 だが、素直に頷けない理由もある。

 騎士が退散したとするならば、ガゼフは直ぐにでも追いかけなければならないのだ。騎士であるからには、何らかの任務に基づいて動いているはず。それが村を襲い虐殺することであるならなおのこと、他の村へと向かっているだろうから。

 

 ガゼフの心中を察してか、悟は落ち着いた声音で口を開く。

 

「ご安心ください。この村を襲った騎士のほんどは殺し、捕虜も確保しております。なので伏兵がいても、しばらくは動かないのではと考えます。その辺りも詳しい説明が必要でしょう」

「……なるほど。それは全て貴方が?」

「はい。これでも多少は腕に自信がありますよ」

「ほう……」

 

 今度はガゼフが改めて目の前の女性の力量を把握すべく観察しようとするが、先ほど彼女は魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言った。戦士であるガゼフでは、魔力のような物を見ることもできないためその実力を測ることはできない。ならば他のところから察するしかあるまい、とガゼフは決断する。

 

「その仮面は?」

「そうですね……」悟は一瞬考え込む。「身の安全を守るため、ですかね」

「外していただいても?」

「申し訳ありませんが、お断りします」

「…………」

 

 ガゼフの強い視線も、まるで意に介した様子は無い。要するに、素性を教える気は無いということか。

 

「――ところで戦士長殿。それに部下の皆さんも。この村は先ほど騎士たちに襲われたばかり。武器を持たれたまま村に入られては、彼らの恐怖が蘇りかねません。よろしければ剣を置いていただきたいのですが?」

「それは出来ん。これは我らが王より賜った物。それを王の御許可無しに手放すわけにはいかないのだ」

 

 悟は肩を竦める。

 

(なるほど。信用ならないのはお互い様という訳だな……)

 

「――鈴木様」

「村長殿」村長の視線に、彼女もその意を理解したように頷く。「……、申し訳ありません。差し出がましいことを」

「いや、貴方も正しい。もしこの剣が王より賜った物でなければ喜んで置いただろう」 

 

 ――素性は分からん。だが彼女が村を救った人物であるのは確かか。ならば、村の状況を聞いておいた方が良かろう。

 

 ガゼフは目の前の人物に対する疑問をひとまず棚上げし、そう頭を切り替えることにする。

 

「――では、話を聞かせてくれるか?」

「かしこまりました。それでは私の家で――」

 

「――戦士長っ!!!」

 

 村長の声は、駆けてきたガゼフの部下の叫びによって遮られる。

 

 周囲を警戒させていた部下が一人、ガゼフの元へ走ってくる。

 

 その顔に浮かぶのは焦燥。

 

 ――ガゼフが数日来、背中にずっと感じていた嫌な視線、その正体を突きつけられることになる。

 

「どうした?」

 

「――っ! 敵影を補足。等間隔に散開し、こちらへと徐々に近づいている模様。囲まれています!」

 

 ガゼフが舌打ちを一つこぼし、

 

「誘い込まれたか……」

 

 そう呟いた顔には、苦虫を噛み潰したような渋面が浮かんでいた。

 

 

 





 気がつけば前回の初投稿より2ヶ月……。

 相変わらずの拙作ではありますが、引き続き投稿できそうなのでご覧いただければ幸いです(`・ω・´)>
 
 

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