遠くで何かを建てる音や指示を飛ばす声が聞こえる。玲はこの日が来たかと心の中で呟く。今朝、昇太からスポドリはまかせとけという連絡が来たので心配する必要は無いが念には念を入れる。
「さて、一応俺も何か買っておくか。」
玲は自分の分のスポーツドリンクを買いに偶然目にはいったコンビニに入る。
「しゃーませー。」
気の抜けた、それでいて聞き覚えのある声が迎える。玲がレジに目を向けるとレジに立っている店員と目があった。
「おー、れーくんだ~。」
レジに立っていたのは幼馴染みのモカだった。
「…そういや昇太が言ってたな。モカはコンビニでバイトしてるって。」
「今日のれーくんは何のご用かな~?」
「買い物だ。それしかないだろ。つーか俺客だぞ?」
そんな会話をしながらドリンクコーナーに向かい、適当なスポーツドリンクを取る。そしてレジに持っていくとまたも聞き覚えがある声が聞こえた。
「モカ?誰か知り合い?」
レジ奥の事務室から出てきた店員に玲は顔をしかめる。
「そうですよ~。れーくん。紹介しま~す。同じバイト仲間で学校の先輩、今井リサさんで~す。」
現れたのは、一年前辱しめたギャルだった。玲の顔を見たリサは身構える。
「あ、あなたは…昇太の…。」
「…どうも。」
気まずい。そう思いモカに助けを求めるよう視線を送るとモカは面白そうにニヤついていた。その顔は「謝ったらどう~?」と言いたげだった。
「あ…、その…。去年の、初対面のときは、スイマセンデシタ。」
「れーくん、適当に謝っちゃダメだよ~?」
「うるせぇよモカ…!」
「え、えーと。モカ、この子とは知り合い?」
モカとのやり取りを見たリサはモカに尋ねる。するとモカは更にニヤリを笑ってリサに話した。
「んーとね~。モカちゃんとれーくんは~、泥だらけで絡み合った仲なので~す。」
「いや、待て。言い方。」
「え、つ、つまり、それって…。」
「あー、その、誤解、です。あの、その、誤解与えるような事してすいませんでした!」
「れーくん、どうしたの~?ほんのモカちゃんジョークだよ~?」
「お前なぁ…!」
すると、リサが笑いだす。
「あはは、やっぱりモカの言った通りだね、とってもいい子じゃん☆」
急に笑いだしたリサにキョトンとしてモカを見るとモカはいつも通りのテンションで話す。
「実はれーくんちにみんなで突撃した次の日リサさんにれーくんの事を話してたのだ~。ネタばらし~。てっててーん。」
「ごめんね?アタシもあの時やられっぱなしなの癪だったからさ、一枚噛ませてもらったの☆」
してやられた。確信した玲は不機嫌になる。
「れーくんそんな怖い顔しちゃダメだよ~。スマイルスマイル~。」
「誰のせいだと…!」
やっぱりモカは苦手だ。玲はギリッと歯ぎしりしたあとスポーツドリンクをやけくそ気味にレジに渡して金を払ったあと、足早にコンビニから出ていった。
玲が出ていった後、いたずら成功と言わんばかりに笑い合うモカとリサ。
「神前玲くんかぁ。弄ると面白そうじゃん?」
「止めといた方がいいですよ~?モカちゃんたちAfterglowに弱いだけでリサさん一人だけで行ったら逆に弄られると思いますよ~?」
「そ、そうかもね…。」
賑やかな喧騒。煌々と照らす屋台。あちこちから聞こえる肉や油を焼く音。そして、響き渡る祭囃子。夏祭りが行われている中、町内会からの依頼で部下の不良たちと共に見回りをする玲。去年からの参加だがこれまでの活動ですっかり町内会の人々からは信頼されており、時々屋台の人が呼び止め食べ物を無料でくれる。見回りなのにこんなのでいいのかと思ったが昇太がリーダーの頃から変わってないそうだ。結果、両手に食べ物を一杯持って祭を満喫している人のような姿になってしまった。
「玲くーん!」
貰われた食べ物をどうしようか考えていると名前を呼ばれて振り向く。そこには浴衣を着たつぐみが手を振っているのが見えた。蘭とひまりも一緒のようだ。
「ん、お前らか。」
玲は足を止め、蘭たちに向き直る。
「昇太から見回り中って聞いたんだけど、玲、あんた仕事ほっぽって楽しんでんの?」
「違ぇよ。お節介なおっさんどもから押し付けられたんだよ。お前らは巴の太鼓か。」
「うん!あ、じゃあアタシが持っとこうかな。玲も気を付けてね。」
ひまりが玲が持っている焼きそばや綿菓子といった祭りの定番を持ってつぐみや蘭に配る。ようやく両手が自由になれた玲は感謝する。
「ありがとよ、ひまり。お前も屋台の食べ物食い過ぎに気を付けろよ?」
「なっ、玲~!乙女にその話は禁句~!」
玲はちょっとした八つ当たりに申し訳なく思うも笑いながらその場を後にする。すぐに意識を見回りに切り替えた。
ひまりたちと別れた後見回りを再開した玲は祭りの中を見回って道行く人々を観察する。親子、あるいは友人と共に笑い合いながら祭りを楽しむ人。ただ、気まぐれで訪れた人。食べ物制覇目当てで張り切る人と、まさしく十人十色な風景。玲はそんな人々を羨ましそうに眺めながらもすれ違う人の目や一挙手一投足に目を光らせながら歩いていく。すると、玲の携帯が震えだす。玲は携帯を取り出すと部下からの通信であることを確認して電話に出る。
「もしもし、俺だ。」
「あ、ボス!実は迷子の連絡でして、見失った場所がボスが見回りをしているエリアが近かったんで掛けました!」
「そうか、分かった。特徴はどんな子だ?」
「ええ、えーと、特徴はっすね、女の子で水色のウェーブで背中まで伸びてて、」
玲の脳裏に鬼が浮かび上がる。
「それで大人しめで困ったとき口癖のようにふぇぇと言うらしいっす。あ、あと、名前は松原花音っていう子っす。」
「…了解だ。すぐに探す。」
鬼から小動物になった。一年前のこの頃、大崎の事件の時巻き込まれた被害者でもあり、ふぇぇと言う特徴的な口癖もよく覚えていた。なのでまたあの神社に迷っているのだろうと考え、億劫ながらも神社の方へ向かった。
「…変わってねぇな。まぁ、神社なんてそうそう変わるもんじゃないだろな。」
ぼやきながら去年と変わらない静けさの神社にやって来た玲は感覚を研ぎ澄まし、探す。
「ふぇぇ…またここに来ちゃった…。」
見つけた。件の少女は階段に座り込んでしょぼんとしている。玲はその少女に近寄り声をかける。
「えーと、きみ?」
「ふぇ!?は、はい!あ、あなたは…。」
声をかけられて跳び跳ねるように反応した少女は玲を見てハッとする。
覚えていたか。玲は心の中で舌打ちをした。こうなるとおそらく自分のせいでやられそうになったから謝りたいと言うタイプなのだろうと推測する。
「あ、あの、あの時、私の方向音痴のせいで…。」
「ストップ。別に俺は謝罪されたくないんだよ。ま、それであんたの気が済むならいいけどさ。」
玲は花音の謝りを遮って必要ないと言う。あの時の事で謝らなければならないのは自分の方だ。玲は大崎に連れて行かれた時、あの神社裏に連れていってと頼んだのだ。だから松原花音が来るのは予想外だったのだ。あの時は昇太が救援に来てくれて助かったが来なかったらと考えると億劫になる。だから思い出さないようにしていたのだ。玲は逃げるように携帯に先ほど連絡をした部下に繋げる。
「もしもし、俺だ。今祭りに近い神社にいる。そこで見つけたから依頼主にもそう伝えてくれ。」
「はい!あ、こっちから行くそうです。そこで待機しててもらっていいっすか?」
「…おう、分かった。じゃ。」
そして通話を切る。玲は一人分のスペースを空けた花音の隣に座る。
「…あんたの友達。こっちに来るってさ。」
「あ、そうなんですね…。」
「……。」
「……。」
沈黙が流れる。お互いにとって気まずすぎる沈黙。
(ど、どうしよう…これって私から話しかけた方がいいのかな…?)
「…なぁ。」
沈黙の耐えれなさに話しかけようか考えていた時、話しかけられて花音は少し驚く。
「ふぇっ…。」
「去年の事だがな…。」
去年の出来事を話題に引き出した。花音は怒られるだろうと思い目をつぶる。
「その…、怖い思いをさせてすまなかった。」
「…え?」
怒られなかった。むしろ謝ってきたのだ。視線は合わせてないがその後ろ姿はもうこの話は終わりと言わんばかりの雰囲気を出していた。
(もしかして…この人…。)
花音は玲があの時どう思っていたかに気付きかけたその時、
「ねぇ、君ら二人だけ?」
二人組の男に話しかけられた。おそらくナンパだろう。
「すいません。ちょっと友人を待ってるんです。」
玲は男にやんわりと誘いを断る。その仕草と声は自分に話しかけた時の態度とは全く違う。まるで女の子のようだった。
「えー、いいじゃん。なんならその友人も一緒に楽しんじゃお?」
それでもしつこく話しかける男たち。
「いえ、大丈夫ですよ。」
「そっちの彼女もどう?」
「ふぇっ、わ、私は…。」
「おい。」
花音も絡まれて戸惑っていると男たちの後ろから低い声が聞こえた。男たちが振り向くとそこには強面の大きな体の男が立っていた。
「ウチの女に何か用か?」
そう言ってギロリと睨みを効かせる男。
「あ、いや、何でもないっす…は、はは…。」
ナンパをした男たちはすっかり怖じ気付いてしまってそそくさと退散していった。ナンパ男たちが見えなくなると睨んでいた顔が疲れたような顔に変わる。
「ボス、勘弁してほしいっすよ…。ボスの事を自分の女だとか言うのすっごい緊張するんすから…。」
「いいじゃん。お前、中々似合ってたぞ?」
「すっごい嬉しくないっす…。」
さっきまでの態度とはうって変わった態度をする部下。さっきまでの演技を見ていた花音は玲が男なのか女なのか分からなくなっていた。
「それより、ボス。この子が例の迷子で?」
「ああ、ご友人もいるんだろ?じゃ、俺は行くとこがあるから後は頼んだぞ。」
そう言って退散する玲。花音はその後ろ姿を見送った。そしてすれ違いざまに同じバンドメンバーの奥沢美咲と北沢はぐみがやってくる。
「かのちゃん先輩!大丈夫?置いてっちゃってごめんね!」
「花音さん、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。大丈夫。」
(あの人が、花咲町の黒豹、かぁ。)
「花音さん?どうしたんですか?」
「あ、ううん、何でもない。」
噂に聞いた危険人物は男なのか女なのか分からないがそれほど危険ではないのかもしれない。花音は心の中でそう思った。
「はぁ、慣れない事をした…。」
玲は頭を掻きながら祭りのある場所に向かっていた。謝るなんてことはしたくはなかったがしなくちゃ胸のモヤモヤも晴れないような気もしたのだ。だが、いざ謝ってみたらものすごく気恥ずかしくなってそっぽを向いていた。そんな時にナンパ男が来たのは幸運だった。おかげでまぎらわせる事ができたし、いいタイミングで部下も来てくれた。だが、やっぱり思い返すと恥ずかしい。
「はぁ、憂鬱だ…。」
「何がそんなに憂鬱なの~?」
突然後ろから話しかけられて玲は驚いて振り向く。そこにはバイトを終えて来たであろうモカがいた。
「モカか…。ビックリするだろうが。」
「れーくんまるで猫みたいだったね~。何か食べてる最中にキュウリ置いたら飛び上がるかな~?」
「飛び上がんねぇよ。ほら、もう蘭たちが席確保してると思うから行くぞ。」
「らじゃー。びゅーん。」
ある場所とは、巴の太鼓演奏が繰り広げられる場所だ。そこへたどり着いた玲とモカは蘭たちを探すと手を振るひまりの姿があった。
「遅いよ~!モカも玲も~!もう巴の演奏始まっちゃうよ!」
「いや~メンゴメンゴ~。」
「俺は迷子の面倒を見てただけだ。別にいいだろ、間に合ったんだから。」
「そういうのは10分くらい前に着いてるものなの!」
「…そういうもんか?」
「あ!始まるよ!」
つぐみが言うと玲はやぐらの方を見る。そこには髪を纏めて鉢巻きを頭に巻き、青い法被を着た巴がバチを持って太鼓の前で精神統一をしていた。そして辺りが静かになったあと、巴がバチを振りかぶる。
「…すごい。」
玲は無意識のうちに呟く。去年聞いていたはずなのに。幼馴染みが演奏しているのを見るだけでこうも印象は変わるのか。太鼓を叩き続ける巴と力強く響く太鼓の音。玲の心は初めて見たAfterglowのライブとはまた違った心の情動が沸き起こる。そして、最後に巴が締めの音を鳴らすと歓声が沸き起こった。
「ひゅーひゅー。ともちんカッコいいよ~。」
「ウチのドラムは世界一の太鼓奏者なのだー!」
「かっこよかったでしょ、玲くん!」
「…ああ、そうだな。」
今日くらいは素直になろう。玲はそう思い、拍手を送る。
あの後、巴や昇太に演奏どうだったと問い詰められ良かったと一言返すと蘭たちにもっとないのかと退路を塞がれたのは別の話である。
ここから多分不定期になっていくと思われます。ご了承を。