玲は雨が嫌いだ。理由としてはごく単純で濡れるのが嫌なのと傘を持つと緊急時の動きに邪魔になるからだ。巷ではドローンのように頭上を飛んで付いてくる傘が開発中らしいが遠い外国での事だ。日本国にいる、それに不良である玲には何ら関係もない。
しかし、見回りのシフトは玲だ。たとえ雨の中だろうと見回りはしなくちゃ部下に示しがつかない。億劫になりながらも傘をさし、歩く玲。舗装された道や傘に落ちる雨水がずっと同じ音楽を奏でている。落ちる場所によって音が変わるのを聞き、天然のドラムだなとらしくないことを考えてしまう。
(そういや、こんな感じの天気の歌があったな…。)
玲はふと、思い出す。思い出したくない記憶の中の一つだが確か、昔の映画で自分と同じ不良グループのリーダーが歌っていた歌だったか。そしてとても暗い内容の映画なのにあまりにも明るい歌。シュールなシーンだったので覚えている。
(こんな、歌詞だったか?)
記憶をたどりながら歌を歌う。その歌はただ自分は嬉しさがこみ上がっているから雨の中歌うのさというポジティブすぎる歌詞だった。
(…確かに、これ歌ってると楽しいかもな。)
今の自分は嬉しさに満ちている実感はないがこの歌を歌っていたら気分が晴れやかになる気がした。
「ねぇ!そこのきみ!」
それで気が抜けたせいだろう、呼び止められた。思わず振り向く。
「…あん?」
呼び止めたのは猫耳のような特徴的な髪の毛をした女の子だった。隣にいるツインテールの子が関わらないよう呼び止めてるがこちらに近づいてきている。
面倒くさそうなものに目をつけられた。そう感じた玲は逃げ出す。後ろから件の少女が追いかけてきているのを気配で感じる。玲は少女の目を見て察した。あれは日菜と同じ純粋な興味しかない目だ。
(ああくそ!今赤信号かよ!)
心の中で舌打ちする。さっきまで青だった信号が横断歩道前で赤になったのだ。そしてその後はもちろん、
「はぁー、やっと追い付いた!ねぇあなたがさっき歌っていたの何の歌なんですか?すっごく雨に似合いそうな歌でしたよ!」
猫耳のような髪の毛の少女に追い付かれた。
「おーい!香澄ー!ちょっと待て!」
それに遅れて切羽詰まったツインテールの子も追い付く。
「あ、有咲。どうしたの?」
「どうしたの?じゃねぇよ!あいつが誰なのか分かってて話してんのか!?」
どうやらツインテールの子、有咲は自分が何者か分かってるようだ。玲は内心安堵する。
「あいつはな、この辺り一帯を仕切ってる不良の親玉。ほら、聞いたことないか?花咲町の黒豹って奴!」
有咲に教えられ、体を震わせる猫耳少女、香澄。しょうがないだろう。町の治安維持とはいえ恐れられている存在なのだから。玲はそのまま自分が危険人物であることを分かった上で去ってほしいと思ったら、
「すごーい!そんなスゴい人が私の目の前に!」
予想外の反応に思わず玲は有咲と一緒にずっこける。不良と言われたらいいイメージは抱かない筈だがこの子の頭は花畑でもあるのだろうか?
「お、お前、私の話聞いていたのか?こいつは!札付きの!超やべぇ不良なんだよ!機嫌損ねたら何されるか分からねぇぞ!?」
有咲の反論に頷きたくなる。だが、本人の前で言わないで欲しい。
「でも、ホントに悪い人かな?私、そうとは思えないんだよね。」
この周辺にはこんな能天気な奴ばっかなのか?玲は頭を抱えたくなった。
「だって、さっき歌を歌ってるときの顔、とても悪いことをしているようには見えなかったもん。」
そろそろ信号が青になりそうだから逃げる準備をしよう。そう考え徐々に香澄から離れる玲。
「ねぇ、黒豹さん!さっき歌ってたのって何て言う歌なんですか?」
逃げられなかった。名前を教えてないから黒豹なのは仕方ない。こういう奴は指摘すると余計に面倒なことになりそうだ。こちらから突き放すことにした。
「うるっせぇな…。この歌は俺もあまりよく知らないんだよ。ほら、さっさと帰った帰った。」
玲は手でシッシッと払うように動かす。
「ほら、香澄。あいつもこう言ってるんだ。行くぞ。」
香澄は有咲に手を引かれてそのまま離れていった。玲は有咲と呼ばれた少女に感謝しつつ見回りの続きをするのだった。
夜。ベッドで寝転がる玲は目が覚めてしまった。その理由は、
「…あの歌、何て映画に出てきた何て言う歌だっけ?」
気にもしていなかった事が気になりだしてしまった。これも全部あの香澄とか言う奴のせいだ。
「なぁ、蘭。」
「何、玲。」
練習が休みの日で他の面々がバイトやら手伝いやらで一緒になれない日。玲は蘭にずっと気になっている事を聞いた。
「ちょっと歌でどんな映画に出たのか思い出せない歌があるんだが聞いてくれるか?」
「ん、いいよ。」
蘭からの了承を得た玲は例の歌を歌う。蘭は耳を傾け顎に手を当て、考えるような仕草をする。
「ここまでしか覚えてないんだが、どうだ?」
「それって、雨に唄えば、じゃない?」
「雨に唄えば、か。」
蘭から聞かれたタイトルを復唱する。冒頭の歌詞が雨の中歌っているというからそのまますぎるだろうと思った。
「なるほどな。で、どんな内容だ?」
「んー…、アタシもよく覚えてないけど、多分ミュージカル映画だったような気がする。映画俳優が雨の中、傘を差さずに歌って踊ってた。」
「…は?」
おかしい。自分の記憶と全く違う。不良のリーダーが歌ってた歌じゃないのか?そう考えた玲は指摘する。
「いや、違うんじゃないのか?不良が歌ってた歌じゃないのか?」
「…え?いや、何言ってるの?そんな場面一つもないよ?」
玲の指摘に蘭は一瞬何を言っているのか理解できなかった。そんな場面があったのだろうか?お互いに同じ疑問が出てくる。
「でもな、俺が見たやつだと確かにあったんだよ。しかも不良が二回も歌う場面があった。映画俳優なんかえの字も出てきてなかったぞ!」
「それだったらアタシが見たのも不良のふの字も出てきてない!アンタ記憶違いしてない!?」
「いーや!確かに歌ってた!歌ってたぞ!不良が歌ってた!」
「悪趣味すぎるでしょ!玲のバカ!ミュージカルなのに何でそんな場面があるわけ!?」
「バカってなんだバカって!」
激しくなる口論。その声量は部屋の外にいた部下の耳にも届いた。恐る恐る中の様子を覗く部下たち。
「蘭!お前ガキの頃からずっとそうだよな!自分が気に入らないことがあったらずっと石みたいに動かなくなりやがってこの頑固者!」
「そういう玲こそ、自分の意見が通らなかったからってずっとネチネチネチネチ後を引きずって!アンタ男でしょ!?割り切りなさいよ!」
「うるっせぇよ!ただモカたちとクラス離れしただけで寂しがったりしやがって!ウサギかお前?」
「それは関係ないでしょ!そういうアンタこそ、日菜さんの下着を丸出しにさせたり白金さんの制服を着たりして、この変態!」
「あー、もうやだ!とっとと帰れお前!今日はもうお前の顔も見たくない!」
「そうさせてもらう!さよなら!」
そう言って蘭は鞄を持って立ち上がると早歩きで部屋から出ていった。不機嫌で出ていった蘭の後ろ姿を見送る部下。
「おい。」
玲の一声で部下に緊張が走る。
「今日はもう疲れた。お前らも帰れ。」
「は、はい…。」
ふて寝するようにベッドに寝転がる玲。こうなってしまっては玲は動かないし無理に動かそうとすると鉄拳が飛んでくる。部下たちは恐る恐る雑居ビルを後にした。
次の日、蘭はどうにも気分が優れなくて屋上で授業をすっぽかしてた。昨日、玲とくだらない理由で口喧嘩をしてしまって絶賛自己嫌悪中だった。どうしてムキになってしまったんだろう。冷静に話し合っていればあんな口喧嘩をしないで済んだかもしれないのに。そんな考えがずっと脳内でぐるぐる回る。今日の練習は中止するしかないかもしれない。そう考えているとチャイムが鳴った。気付けばもうお昼時だった。でも食欲もない蘭はこのまま時間を潰そうか考えた瞬間、
「おっ昼ー!」
天才が屋上に現れた。
「あれ?蘭ちゃんじゃん!どうしたのそんな暗い顔してー。」
「日菜さん…。いえ、何でも、ないです。」
「うーん、何でもなくないよねその顔。どうしたの?」
言おうかどうか迷っていると更に屋上のドアが開く音がした。
「あー、蘭はっけ~ん。」
「蘭ちゃんどうしたの?午前中ずっとクラスにいなかったから心配したんだ!」
「蘭、今朝から何かおかしいよ?昨日何があったの?」
「べ、別に…。」
「別にって訳じゃないだろ?もしかして、玲絡みの事か?」
目を反らそうにも反らせない状況。蘭は観念して昨日玲と口喧嘩してそのまま別れてしまったことを白状した。
「しょーもないねー。」
口喧嘩の理由を聞いたモカがバッサリと斬る。
「んーと、蘭ちゃんは『雨に唄えば』って答えたけど玲くんが言ってたのってアタシ見たことあるよ?」
「え?」
「アタシはあの映画、千聖ちゃんから演技の勉強で見せられたことがあって、あんまりるんっ♪って来なかったけどそういう場面があったの覚えてるよ。だからどっちも正解だよ。」
「そ、そんな…。」
日菜は自分の事に素直だ。素直だから時にはトラブルを起こすこともあるが嘘を言ってるわけではないのでそれを知ってる蘭は愕然とする。
「蘭、やっちゃいましたな~。」
「あ、謝りにいかなきゃ!」
「落ち着け蘭!せめて放課後にしろ!もう慣れたとはいえあそこは不良の溜まり場だぞ!今一人で行ったらどういう目で見られるか…!」
「アハハ、それだったらアタシたちもおんなじだよー!」
何とか蘭を押さえる事ができたモカたちは放課後、いつもの雑居ビルへと向かう約束をした。
玲の目覚めは最悪だった。あまりにも不機嫌な顔で佇むその姿に他の部下はビビってしまって玲を怒らせないようにする緊張が漂う空気を醸し出していた。
ここにいても気が晴れない。そう考えた玲はビルから出る。緊張していた部下たちは玲が出ていったことで胸を撫で下ろし、口々に喋り出す。
「ひぇぇ…めっちゃ怖かった…。」
「なぁ、ボスがああなった原因なんだ?誰のミスだ?」
「ああ、何でもAfterglowの美竹蘭さんとケンカしたそうだ。」
「ケ、ケンカぁ!?あのボスと!?」
「やべぇ…蘭の姉御って呼んだ方がいいか?」
「いや、それよりも蘭さんとは幼馴染みで仲良しだろ?何があったんだよ?」
「うーん、昨日あの場にいた奴の話だと歌に関する事らしい。」
「蘭さんはAfterglowのボーカルだからなぁ…。ボスと意見が衝突しちまったんだろ。」
「バンドマンによくあるやつじゃねーの?ほら、方向性の違いとかなんとか。」
「そうかぁ…。俺は好きだけどなぁ。Afterglowの歌。」
「こればっかりは時間で解決するしかないかぁ…。」
「ねぇ、何の話をしてるの?」
部下たちが会話を区切ったところで話しかける声がした。その声は部下たちにとってよく聞く声だ。振り向くと予想通りの人物と先程の会話に出た人物だった。
「あ、日菜さんとAfterglowの皆さん。今日はボスは外出中っすよ。」
「あれま。れーくん見回り中だったか~?」
「え、そうなの?」
蘭がどうしようと言いたげな顔をする。
「あの、玲くんがどこに行ったか分かりますか?」
つぐみが尋ねると不良たちは目を見合わせ、覚悟したように頷く。
「じゃあ、ちょっと付いてきて欲しいっす。」
たどり着いた先は図書館だった。不良である玲の行き先とは思えなかったので少し呆気に取られるAfterglow。
「ここに、玲がいるのか!?」
「ええ、そうっす巴さん。ボスは不機嫌な時と一人になりたい時はよくここに行くんすよ。」
「ふーん、ここで何してるんだろ?」
「それは俺らにも分からないっすよ。」
「でも、ありがと。教えてくれて。あとはアタシ一人で行く。」
「あ、気を付けてくださいっすよ!ボス、一人の時間を邪魔されるの大っ嫌いなんすから!」
不良の心配に手をあげて答える蘭はそのまま図書館の中に入っていった。
図書館の中。大量の、様々なジャンル分けされた棚が並んでいる。その間を蘭は玲がいそうな場所を探して行く。玲ならどこへ行くか。
蘭は図書室の読書スペースへ向かうとそこに玲はいた。不良とは無縁そうな空間の中、頬杖をつきながら本を読むその姿はある種の美しさが出ていたが、蘭はそんな玲の姿がとても寂しそうに見えた。
意を決し、蘭は無言で玲と向かいの席に座る。
「……。」
「……。」
玲がそっぽを向く。まだ根に持っているんだろうか。
「その、昨日は、ごめん。」
蘭は謝る。玲はまだそっぽを向いたままだ。
「あのあと、アタシも調べてみたんだ。そしたら、玲の言う通りだった…。」
玲はほれ見ろと言いたげな顔をしていた。
「でも、アンタにも見せて欲しいところがあるの。…来れる?」
その後続いた蘭の言葉に首をかしげる玲。何を見せるのだろうか?だが、一人で謝りに来た蘭の意思を尊重しようと思った玲は本を閉じ、元の場所に戻した後、外に出た。
「あ!やっほー♪玲くーん!」
外に出ると氷川日菜とモカたちがいた。
「お前らなんでここに…って、あいつらか…。」
玲は頭を掻きながらこの場を教えた不良たちの姿を思い浮かべ、舌打ちをする。
「れーくん、聞いてくださいな~。日菜先輩が喧嘩の原因にもなった歌を検証してくれました~。」
モカが後ろから押す。日菜はスマホを持って準備していた。
「よーし、じゃ再生するねー♪まず玲くんが見たって言うやつ。」
日菜が再生ボタンをタップするとそこには不良たちがやりたい放題している場面だった。
「そう、これだ。これだよ!」
玲はそら見たことかと言いたげな目で蘭を見る。だが蘭は特に悔しがりもしていなかった。不審に思っていると、
「で、蘭ちゃんが言ってたやつがこれだね。」
日菜が再生ボタンをタップすると、スーツの男が雨の中踊りながら歌っていた。蘭が言っていた通りの状況が映像で流れてて玲の目が見開かれる。
「嘘だろ…。」
「れーくん、蘭ちゃん、両成敗~。」
「玲、お前次に何すべきか分かってるだろ?」
愕然としている玲にモカと巴が追い討ちをかける。玲はぎこちなく蘭と向かい合う。
「あー、その、俺の、知識不足だった…。すまん…。」
「…ん、いいよ。許す。」
蘭はそっぽ向きながら玲の謝りに応えた。そしていつも通りの雰囲気に戻る。
「よし、今日はこのまま練習に行くか!」
「ひーちゃんみたく丸く収まったしね~。」
「あはは!モカちゃんに座布団一枚!」
「上手いね…って日菜さん!モカー!それどういう意味~!?」
「あはは…落ち着いてひまりちゃん。」
「…結局いつも通りだな。」
「うん…それがアタシたちだから。」
いつも通り。それがAfterglow。そしてそのいつも通りの中に自分も入ってることに玲は気付かなかった。
ポピパ好きな人すみませんね…。こんな役回りしか思い付かなかったんす…。