「れーくん、今日はモカちゃんに一日中付き合ってもらいたいのだ~。」
「…急になんだお前。」
青葉モカ。玲の幼馴染みの一人であり、afterglowのギター担当。小学生の頃から変わらずマイペースで独特な話し方をする女の子。そして玲が苦手とするタイプの性格である。
その青葉モカが玲の部屋に急にやって来たのだ。玲は今日は部下も数人が外に出払っている中午後までゆっくりする予定が丸潰れになる予感がした。
「実は最近蘭ちゃんたちが急によそよそしくなってしまってモカちゃん寂しくて死にそうなのです~。よよよ~。」
「はぁ、分かったよ。今日は何も予定無しだから付き合ってやる。どこに行きたいんだ?」
「ん~。まずは~。」
モカが行きたいところ。それは真っ先に商店街のパン屋、やまぶきベーカリーだった。
「おっす~。」
「あ、モカいらっしゃーい。あれ、玲さんも一緒なんですか?」
モカはこのやまぶきベーカリーの常連で看板娘の山吹紗綾とは気軽に話し合う仲なのである。そして玲との関係は昇太経由である。
「モカに今日一日付き合えと言われたんだよ。ほらモカ、何買うんだよ?」
「れーくんせっかちだな~。パンは逃げないよ~?」
「もしかして玲さん照れてる?」
「うっせぇ。こちとらゆっくりしようとしてたのに全部台無しになって機嫌が悪いんだよ。」
「その割には満更でもないよね~?」
「いいからさっさと選べ。って、おいこら、そんなに買って食えんのかお前?」
「ありがとうございましたー。」
やまぶきベーカリーを出た後の玲の手には大きな袋があった。持ち手に食い込んでいて早くも置きたい気分だった。
「なぁ、ずっと思ってたんだが、お前こんなに食ってその体型って食ったものどこに消えてんの?」
「ふっふっふー、実はひーちゃんにカロリーを送っているのだ~。」
「悲惨だなひまり。…さて、次はどこに行くんだ?」
「次は公園に行ってみよ~。」
次は公園に着いた。公園には子供たちがサッカーをしていて楽しんでいる姿が見える。モカはベンチに座ると玲もその隣に腰を下ろす。
「あー、手が痛い。」
プラプラと大量のパンを持っていた右手を振る。
「お疲れさーん。じゃあ、一緒に食べよ~。」
モカはおもむろに袋の中のパンを取り出すとかぶりつく。やまぶきベーカリーのパンは地元の人からは大層愛されている。焼きたてのパンの香ばしい香りと食感。玲も嫌いではないのだ。
「んー、やっぱりこういう場所で食べるパンは一味違いますよ~。」
「ふーん、そんなもんか?」
二人でパンを食べる。ただただ食べる。黙々と。すると口に余裕ができたのかモカが喋る。
「なんていうか、私たちと玲ってここから始まったよね~。」
「…おう。」
どうやら思い出の公園に来ていたようだ。玲は口にパンを含んだまま応える。
「あの時上級生に立ち向かっていくれーくんがいたから一緒になれたんだよ~。」
モカが言っているのは子供の頃の事だろう。玲も思い出す。
出会ったきっかけは上級生の無垢かつ残虐な遊びからだった。子猫の体を砂場に埋め、顔だけを出しその近くに石を投げれた者が勝つという遊びだった。その遊びが始まろうとしたとき待ったをかけ飛び込んだのが蘭たちだった。
しかし、力で叶う訳がなくあっさりと押さえられ遊びが再開され、石を投げられた瞬間、子猫を庇う少年が出てきた。少年は石が当てられているにも関わらず子猫を手で掘り起こすとすぐに逃がした。上級生が文句を言うが少年は振り返って言い放った。
「あんなかわいいねこが何をしたんだ!いじめるのは俺が許さない!」
そう言って上級生に噛みつく少年。しかし、悲しいかな。当時の蘭たちと同じ年齢で上級生に対抗できる手段はなくぼこぼこにされた。
が、現場を見た大人たちにより上級生は親に説教される羽目になり後日、蘭たちに謝りに行った。
「あの日以降知り合って色んな事して遊んだね~。」
「…そうだな。」
玲は思い返す。夏は保護者つきで沢登りにキャンプ。冬は雪だるまや雪合戦と、色んな遊びをとにかくした。
「できればまたしたいよね~。」
「…ああ、そうだな。」
すると公園で遊んでいた子供が何か叫んだ。モカが前を向くと眼前にサッカーボールが迫っていた。
「あぶねぇ!」
のを玲がキャッチした。
「…おー。れーくんナイスー。」
状況把握が追い付いたモカはパチパチと手を叩く。ボールが飛んできた方向を見るとさっきの玲のガードに興奮した子供がもう一回とせがんでいるのが聞こえる。玲はボールを子供たちに投げ返しながら
「悪いが一日一回が限度だよ!」
と丁重にお断りした。
「ふぅ、大丈夫だったか?モカ。」
「いや~。ありがとれーくん。おかげでモカちゃんはパンを一つも犠牲にすることなく食べられるよ~。」
いつも通りなテンションのモカに呆れ果てる玲。だがその顔は笑顔だった。
公園で駄弁りながらパンを消費していると蘭から連絡があった。ライブハウスCiRCLEに来て欲しいとの事だった。
「なんだろね~?」
「さぁ、俺が知るかよ。」
そう言ってモカを連れてCiRCLEに来た玲はドアを開けると
「モカ、お誕生日おめでとー!」
蘭たちや部下の声とあちこちからなるクラッカー。そして眼前には様々な料理が並ぶテーブルがあった。
「…は?」
「おー、そうだった。今日はモカちゃんの誕生日だったよ~。」
それで玲はようやく理解する。
(そうか…そういや、モカの誕生日、今日だったな…。)
「なんか、モカちゃんがいつも通りだから玲がサプライズ食らったみたいになってんな。」
クラッカーを持った昇太がそんな感想を漏らす。
「ほー、モカちゃんの誕生日はれーくんの誕生日でもあった…?」
「何だその哲学は。」
「ごめんなモカ。バレちゃいけないと思ってさ。」
「ふっふっふ~。こんなサプライズを用意してくれたのだ~。許すぞ~。」
「さ、モカ様の許しを得たことでパーっと祝おうぜ!」
昇太の音頭で一気に食べ始める面々。その様子を後ろから眺める玲にモカが手を引っ張って来た。
「れーくんも来なよ~。早くしないと無くなっちゃうよ~?」
「…俺はここでいい。」
「今日のモカちゃんはスペシャルなんだよ~。この機会を逃したら後悔しますぜ~。」
「はいはい。」
玲はモカには敵わないなと苦笑しながらパーティーの輪の中に入っていくのだった。