夕焼けと不良少年【本編完結】   作:shinp

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聖母つぐみを書きたかった。


14話 トラウマ

 玲は秋の風を受けながらジーンズにパーカーを着てフードを被り目的地に歩く。行き先は羽沢珈琲店。幼馴染みの羽沢つぐみの親が経営する珈琲店である。店は定休日のようで入口にはcloseの文字がある。玲は建物を回り、従業員用の入口をノックする。

 

「つぐみ。来たぞ。」

 

 玲は客として来たのではなくつぐみからのSOSを受けて来たのだ。

 

「玲くん!来てくれてありがとう!早く入って。」

 

 ドアが開き、つぐみが中に入るよう促す。

 

「で、一体何の用件だ?店の手伝いか?」

 

「ううん、そうじゃないんだ。ちょっと助けて欲しい人がいるんだ。」

 

 そう言ってつぐみは自分の部屋に案内する。

 

「イヴちゃん。助っ人、連れて来たよ!」

 

 つぐみが部屋のドアを開けるとそこには女の子らしい部屋の真ん中に人形のような外国人の女の子がいた。

 

「あ、ツグミさん!その方がツグミさんの幼馴染みのレイくん、ですか?」

 

「うん!玲くんは頼りになる人だから相談に乗ってくれるよ!あ、玲くん、紹介するね。この人は若宮イヴちゃん。ここでバイトしているんだ。」

 

「そうか、俺は神前玲だ。よろしくな、若宮。」

 

「はい!若宮イヴです!お見知りおきを!イヴって呼んでも構いませんよ。」

 

 そう言って笑顔で玲と握手をするイヴ。

 

「さて、早速だが用件は何だ?」

 

 握手をしたあと玲は本題に入る。

 

「はい。実は…。」

 

 若宮イヴの話によると最近来ているガラの悪い客の目がイヤらしく、つぐみやイヴにボディタッチをしようとしてきたところをつぐみの父親が出禁にさせたらしい。だが、出ていかされた時の表情からまだ終わってないような気がして玲に頼った。というのが経緯だ。

 

「なるほど。逆恨みに何をしてくるのか分からないから俺に頼みに来たって訳か。」

 

「はい…。あの時の表情からまだ何かしてきそうな気がするんです…。」

 

 そう言ってシュンとするイヴ。

 

「玲くん。どうにかできないかな?」

 

 玲はしばし頭の中で策を考え、よし。と短く呟く。

 

「分かった。この件は持ち帰って部下たちと共有しとくよ。つぐみが困ってるって知ったらあいつら張り切るだろうさ。」

 

「れ、玲くん。大袈裟だよ…。」

 

「スゴいですツグミさん!フリョウたちの心を鷲掴みにする。まさしく玉藻の前です!」

 

「そ、それはちょっと違うかも…。」

 

 イヴのどこかズレてる誉め言葉に苦笑いをするつぐみ。

 

「イヴ。玉藻の前って奴は男をダメにする妖怪で…いや、あながち間違いじゃないかもな…。」

 

「玲くんまで何なの!?もー!」

 

 沈んだ空気が和んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、俺が送っていくよ。」

 

 話し合いが終わったあと、玲はイヴを送り届ける事にした。

 

「今日はありがとね。玲くん。」

 

 つぐみは玄関前までお見送りをしている。そこで玲はイヴに対して聞きそびれていた事を聞いた。

 

「そういや、イヴって何人だ?日本語が上手だけど」

 

「はい!日本人のお父さんと、フィンランド人のお母さんのハーフです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、玲が閉じ込めていた記憶が呼び起こされる。

 

 フィンランド語で喋る外国の男が嬉々として自分を鞭で叩く。叩く。叩く。肌が裂けて血が出ても叩く。叩く。叩く。

 

 にやけ顔だった。沢山のカメラで撮られながら、写真を撮られながら、泣き叫んで許しを乞う自分を鞭で叩く。叩く。叩く。叩く。

 

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して。

 

 そして、男は鞭で叩く手を止めた。許してもらえた。そう思ったのもつかの間。今度は裸に剥かれて男に傷口を舐められる。

 

 悪夢だ。ここに自分を助ける者はいない。カメラを向けている男もタバコを吸いながら静観している男も写真を撮っている男も誰も。誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も。

 

 誰か助けて。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。

 

 

 

 

「どうしたの?玲くん!」

 

 幼馴染みの声が聞こえ、現実に引き戻される。

 

「あの…どうかなさいましたか?物凄い汗です…。」

 

 不安そうにこちらを見るイヴ。額を拭ってみるとびっしょりと汗が出ていた。

 

「あ、ああ、うん。何でもない…。何でも…。」

 

 そう言って気丈に振る舞うも声が震える。

 

 もう終わったことだ。奴は捕まった。世間からも制裁を受けた。こいつはお前を傷つける者ではない。もう苦しめる者はいない。誰にも、何処にも。だから、震えるな。怯えるな。俺はもう誰にも襲われない。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

 

「…玲くん。」

 

 するとつぐみが優しく抱きしめる。

 

 暖かい。優しい匂いが玲を包む。玲はつぐみに寄り添い、震えが収まるまでの間、ずっと離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 偶然その場を目撃した昇太によりイヴを送り届けてもらうことになった。玲はすまなそうに昇太に頼む。

 

「悪いな…、昇太。イヴを頼む。」

 

「いいってことよ!俺は羽沢珈琲店の常連だし親友の頼みとあっちゃ断れねぇからな。玲、今日お前はつぐみちゃんちに泊まっていきな。部下には俺が話しとくからさ。」

 

 つぐみに抱かれてた事情を深くは聞かない。そんな親友の気遣いに感謝しつつ自分がやろうとしていたことを引き継ぐ。

 

「じゃ、イヴちゃん行くか。」

 

 そう言って昇太はイヴを送っていった。

 

 

 

 

 

「あの、ショウタさん。」

 

「んー?どした?」

 

 玲の姿が見えなくなったところでイヴが尋ねる。

 

「レイさんってとても強いって聞いていたんです。学校でも、とても怖がられている人って聞きました。…でも、実際に会ってみたら全然怖くなくって、むしろ噂とは正反対のお人でした。どうして、あんな噂が広まったんでしょうか?」

 

「ああ、あの噂はな、玲が流せって言ったんだ。俺を怖がってくれたらバカなことをしようとする奴は減るからってな。実際効果覿面だったもんな。いじめの現場に出会うといじめっ子をぼこぼこにして成敗したらこの辺りでのいじめはまるっきり聞かなくなったしな。」

 

「スゴいです…!弱きを助け、強きを挫く!まさしくブシドーです!」

 

「あっはっは。あいつはそんな武士道精神なんか考えちゃいないけどな。イヴちゃんはあいつと仲良くなりたいのか?」

 

「…でも、怖がらせてしまったようです。」

 

「…こればっかりは、時間が解決するしかないか。」

 

 昇太は空を仰ぎ見て、考える。

 

 イヴの両親の事であのような状態になった。と、するとおそらく蘭たちと別れた後、児童ポルノに出演していたとき、外国人に何かをされたのだろう。

 

「でも、大丈夫だと思うぜ。イヴちゃんがとても優しい子だってのは知ってるようだったから絶対仲良くなれるさ。」

 

「そうですね…!はい!私、頑張ります!」

 

 イヴが張り切る表情を見て昇太はニッと笑う。

 

 そんな二人の後ろに怪しい影が近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玲はそのまま羽沢家にお泊まりをすることになった。つぐみの父と母は玲を歓迎してくれて玲もぎこちないながらも会話をした。そして、夜。寝ることになったがそこで問題が発生した。

 

「俺は別の部屋で寝るからいいだろ?」

 

「ダメだよ!今の玲くんを一人にはできないよ!」

 

 そう。寝る場所だ。つぐみが部屋に一緒に寝ようと言い出すと玲は飲んでいたお茶を吹きそうになり、つぐみ父は複雑そうな微妙な顔をしていた。母は微笑ましそうに見守っていた。今はどこで寝るかの論争に発展したのだ。

 

「だーかーらー。俺はもう平気だっての。」

 

「昔は一緒に寝たのに?」

 

「ガキの頃だろそれは!今は違うだろ!?つーか、年頃の女の子の部屋にいる俺の気持ちも考えやがれ!」

 

 お互い平行線の主張。その状況を打破すべくつぐみは奥の手を使った。

 

「…カボチャ。」

 

「うっ…。」

 

「一緒に寝なかったらひまりちゃんや巴ちゃんに玲くんのカボチャ嫌いの元凶をバラしちゃうよ?」

 

 ひまりや巴にカボチャ嫌いの元凶をバラす。そうなるとひまりは口が軽いからすぐ言いふらすし、巴は弄ってくるだろう。酸素を求め口をパクパクする金魚のごとく狼狽えているとポケットに入れていた携帯が鳴った。宛先は昇太からだった。

 

「すまん、つぐみ。昇太から電話だ。」

 

 そう言って電話に出る玲。

 

「もしもし、どうしたんだ昇太。」

 

「ああ、玲か?イヴちゃんを狙ってた奴らの件だけどさ。もう解決しちまったわ。」

 

「…は?」

 

 昇太からの報告で玲は思わず首をかしげる。

 

「いやー、実はな、帰ってる最中に…」

 

 

 

 

 

 

 

 イヴを送り届ける最中、後ろから誰かの気配を感じた昇太は振り向く。

 

 そこにはイヴの話に聞いていた外見そっくりの男二人がいた。手には鉄パイプやバットを持っている。

 

「なぁ、あんちゃん。その可愛いお嬢さんをこちらに譲ってくれないかねぇ?」

 

「イヴちゃん。こいつらか?」

 

「は、はい…。」

 

「下がってろ。こいつらの相手は俺がする。」

 

 イヴから確認がとれたところで昇太は素早くスマホを取りだしマップの位置情報を部下のグループチャットに送ろうとしたその瞬間、鉄パイプを持った男が襲いかかってきた。

 

「ぅおっ!くそったれ!」

 

 すんでの所で避けた昇太はイヴの手を取り、走り出す。

 

「逃げるぞイヴちゃん!今は部下に情報送る時間がない!」

 

「は、はい!」

 

 昇太はすぐさま別の端末を取りだしボタンを押す。

 

(今の玲には頼れないから…、ああくそ、これでまたあのお嬢様に借りを作っちまった。本人気にしちゃいないだろうけどな…。)

 

 そして走り続けて昇太とイヴは路地裏の行き止まりに入ってしまった。

 

「ショウタさん…。行き止まりです…。」

 

「ああ…、そうだな…。」

 

 昇太は振り向くと二人組が追い付いた。

 

「おいかけっこは終わりかい?兄ちゃん。」

 

「…あぁ。終わりだ。」

 

 昇太はイヴを守るように前に出る。それを見た男はヘラヘラと笑う。

 

「おかしかったら笑えよ。俺だってこいつを守る意地があるんでな。」

 

「へぇー…随分カッコ付けてんじゃん…。そういうの一番腹立つんだよ!」

 

 バットを持った男が殴り掛かろうと振りかぶった瞬間、

 

「確保!」

 

 突然、男たちの後ろから黒服たちがタックルをしてきた。

 

「うぉ!?何だこいつら!?」

 

 突然現れた黒服に戸惑う男たち。それを見て昇太は苦笑いをする。

 

「いやー、相変わらず仕事が早い…。」

 

「昇太様、イヴ様。お怪我はありませんか?」

 

「は、はい…。」

 

「おう、助かったぜ。」

 

 黒服と昇太が会話しているのを見てイヴは目を点にする。

 

「いえ、あなたはこころ様のご友人でいらっしゃいますから。」

 

「ショウタさん…もしかして、ココロさんとお友達なのですか!?」

 

 驚くイヴに昇太はニッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳でな。」

 

 事の顛末を聞いた玲は溜め息を吐く。

 

「今さらお前の人脈には突っ込まねぇよ…。さてはあの雑居ビル、弦巻の差し金で買ったな?」

 

「いや、造った。」

 

「…もう何も言わねぇ。で、その男どもは?」

 

 玲が聞くと昇太は困ったような声で話す。

 

「いやー、今は地下に閉じ込めてるんだが、別に拷問やってるわけじゃねぇのに叫んでんだよ。どうしたんだろな?」

 

「…さぁな。」

 

 叫んでいるわけを知っている玲は適当にはぐらかす。例の学校の幽霊がいると知ったら昇太は男と部下をほったらかして逃げ出してしまうかも知れなかったからだ。

 

「じゃ、切るぞ。つぐみちゃんと喧嘩すんなよ?」

 

 耳が痛いことを言い残して昇太は電話を切った。

 

「…くそったれ昇太め。」

 

 思わず呟く。

 

「昇太さんからなんて?」

 

「もう件の奴ら捕まったってさ。じゃ、俺は」

 

「帰ったらカボチャだよ?」

 

 玲の足が止まる。そして頭をガリガリ掻いた後やけくそ気味に叫んだ。

 

「ああくそ!好きにしやがれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 説得されてつぐみの部屋に入った玲は雑念を捨てるように眠ってしまった為、それほど会話もできなかった。

 

 夜が更けた頃、つぐみは目を覚ます。何かの呻き声が聞こえたからだ。

 

「…玲くん?」

 

 呻き声が聞こえる方を見ると床に布団を敷いて寝ている玲が汗をかきながら呻いていた。

 

 どんな夢を見ているのかつぐみには分からないが、とても辛い夢なのだろう。つぐみは玲の布団の中に入り玲を優しく抱きしめ背中をさすった。すると玲の呻き声は鳴りを潜め、静かな寝息に変わっていった。寝顔は苦しそうな顔から穏やかな寝顔になり、涙がこぼれる。

 

(玲くん…。私には玲くんがどんな事を経験してきたのかは分からない。けど、私たちAfterglowは玲くんを守るから…。)

 

 つぐみは玲の涙を指で拭い、そのまま眠りについた。

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