ガルジャムにやって来た玲はライブ会場で親友かつ商店街の若きホープの蓮昇太と駄弁っていた。主に昇太が話しかけてくるのを返しているだけだが。
「いやー、まさかお前が巴の幼馴染みだったなんてな。ビックリしちまったぜ。」
「別に、話すことじゃないと思ってただけだ。」
「全く、素直じゃねーなお前。」
「うるさいな。ん、次か。」
ふとチラシのプログラムに目を落とした玲は次のバンドがAfterglowなのに気付き、前を向く。すると昨日見た顔と小学生以来見ていないメンバーがいた。
「お、来たぜ。」
「分かってる。」
蘭が一呼吸をおいて演奏が始まると玲は目を見開いた。ずっと聞いていたい。そう思えるほどの力強い演奏が玲の心を、会場を、突き動かしていた。隣にいた昇太もノリノリになってきている。
(…はは、何がいつも通りだよ…。お前らも随分変わったじゃん。)
玲の口角が上がる。それほど玲に心地よい音楽が流れる。そして最後の曲を歌い終わったとき、蘭と目が合った。蘭は少し驚いたような顔をして笑みを浮かべるとステージを後にした。
「ヒューヒュー!いやー、最高だったな!流石蘭ちゃんだ!」
昇太は熱が冷めないのかまだ興奮している。
「…さて、帰るか。」
「あぁ、そうだ…って帰るぅ!?」
「?どうしたんだ?」
「お、おいおい、蘭ちゃんたちとは会わねぇのか?」
「俺とあいつらとは住む世界が違うんだよ。あいつらは輝いている。こうやって大勢の人から称賛を受けている。それに対して俺は日陰者。疎まれる存在だ。どうやっても交わらねぇだろ?」
「まぁたお前はそう言って…。あのな、今のステージはける時の蘭ちゃんの顔見たか?あれは多分お前の感想聞きたいんだよ。だったら行ってやったらどうだ?どうせ場所もバレてんだろ?」
昇太の言うことも一理ある。蘭には自分の居場所を知られてしまっているので今行かなかったら後でAfterglowのメンバーで突撃してくるかも知れない。そう考えた玲はガリガリと頭をかくと面倒くさそうに言った。
「…わぁったよ。行けば良いんだろ?行けば…。」
そう言って会場を出て渋々昇太と一緒にAfterglowの楽屋へ向かう。通路を歩いていると昇太が不意に足を止めた。
「あ。」
「どうした?」
「あの着物のおっさん…蘭の親父さんだ…。」
「…呼んでたのか。」
玲たちの前を行く蘭の父親の顔には厳格ながらも穏やかな笑みが見えていた。
「む、君たちは…。」
蘭の父親がこちらに気付く。それに対し昇太は軽く、玲は頭だけを下げて挨拶をする。
「どーも、蘭の親父さん。」
「…どうも。」
蘭の父親は二人の前で止まると玲に視線を向けた。
「玲くん。見ない間に大きくなったな…。それと、うちの娘を、無事帰してくれてありがとう。」
「…俺はそんな大層なことはしてないですよ。」
「いや、せめてお礼は言わせてくれ。そして、蘭たちをこれからもよろしく頼む。」
「…考えときます。」
少し会話をしたあと、蘭の父親は去っていった。
「何か満足そうな顔してんな。あの堅物親父さんがああいう顔するってこたぁ蘭ちゃんのバンド活動認めたってのか?」
「さぁな。」
玲はそう言って楽屋のドアに視線を向ける。すると昇太が玲にAfterglowのメンバーがいる楽屋のドアを開けるようジェスチャーを送る。
「さ、玲、お前から入りな。」
「…は?」
「幼馴染みたちとの久しぶりの再会だ。行きなよ。」
「…分かったよ。ったく、お前は俺の保護者か?」
昇太に促されドアノブに手を掛け、意を決したように開ける。
ドアの開ける音に振り向く面々、そして玲を見て蘭以外の全員が固まる。
「…その、良いライブだった。じゃ。」
すぐに閉めて帰ろうとした瞬間、昇太にドアを顧客を逃さまいとするセールスマンのごとく足で止められてしまう。
「って、ちょいちょいちょい!何帰ろうとしてんだ!?」
「おー…、れーくんだー。」
「れ、玲?」
「玲くんだ…。」
「蘭から聞いてたけど戻ってたんだな…!」
モカ、ひまり、つぐみ、巴が呟く。
「よっ!巴!今日こいつと一緒にライブに来てたんだが見ての通りでな!付き添ってきちゃったぜ!」
「昇太!?お前、玲といつ知り合ったんだ!?」
「昇太さんそれ私も知りたい!」
「ど、どうどうどう。俺、聖徳太子じゃないから落ち着け。」
「お、落ち着いてひまりちゃん、巴ちゃん!昇太さん困ってるから!」
昇太に詰め寄る巴とひまりにつぐみがなだめる。そんな中、モカは玲の方に近づいて話しかけていた。
「れーくんおひさ~。」
昔と変わらないテンションで話しかけるモカ。そんなモカに苦笑いをする玲は久しぶりと返す。
「変わんねぇな、お前。」
「れーくんはかっこよくなったねぇ。」
「玲。その、アタシたちのライブはどうだった?」
「さっき言っただろ。良かったって。」
「駄目。それだけじゃ足らない。父さんの方がもっと感想言ってた。」
「あー…、その、最初はそんな期待はしてなかった、けど、蘭が歌い始めた瞬間にすげぇって思ったよ。お前たちは変わってないかと思ったけど、あれほど観客のハートがっちり掴めるほどになってるとは思わなかったよ…。…以上だ。」
辿々しく感想を言い終わると蘭は赤くなっていた。
「…ありがと。」
「お~。蘭が赤くなっておりますな~。」
「何でリーダーのお前が赤くなるんだよ…。」
「う、うっさい!それと、アタシリーダーじゃない!」
「は?てっきりボーカルのお前がリーダーだと思ったんだが、違うのか!?」
「玲!私だよ!リーダーはぁ!」
「え、ひまり?お前がリーダーなの?嘘だろ?」
「もー!玲の意地悪ぅ~!」
ひまりが頬をフグのように膨れると他のみんなが笑い合う。その様子を眺めていた昇太はふと、玲の方を見ると思わずサングラス越しの目を見開いた。
(あいつ…あんな顔もするのか…。)
無邪気に笑うその顔は年相応とも言っても良いほどの笑顔だった。その顔はこの町に来てから昇太が見せたことがない顔だった。だが、それも一瞬だけ。すぐに元の顔に戻り踵を返す。
「じゃ、お前らと出会えて良かったよ。またな。」
「あ…!」
蘭が待ったをかける前に玲は楽屋を出ていった。
ライブハウスを出た玲は一人公園のベンチで黄昏ていた。
(全く、こんな下らねぇやり取りで笑ってしまうなんてな。俺も変わってないって事か。)
ふと、自分が今いる公園が昔の記憶と被った。
(そういや、昔みんなと公園で遊んでいたな…。あの頃の俺は…止めよう。思い出したら余計苦しくなる。)
玲は臭いものに蓋をするように頭を降り、立ち上がると自分の住処である雑居ビルへと歩いていった。
蓮昇太(れん しょうた)
商店街で普段は父親が営んでいる定食屋で働いているが、玲が花咲町に来る前は不良グループのリーダーだった。
玲にその座を譲った後も仕事休みや休憩の合間にちょくちょく顔を出す面倒見の良い性格。
戦闘能力は玲には及ばないが多方面に人脈があり、情報収集において右に出るものはいない。
町内会では主に情報通な所からトレンドが何かをよく聞かれる。