そしてひまりちゃん、誕生日おめでとう。
「…困った。」
玲は一人、頭を捻らせ悩ませていた。目の前には様々なファッション雑誌や女性誌等が並べられている。玲はそれらを眺め一言。
「全くわからねぇ!」
事の始まりは昇太と一緒に羽沢珈琲店でくつろいでいるときだった。
「そういえば、そろそろひまりちゃんの誕生日だけど、玲くんは何か用意してる?」
話しかけてきたつぐみの言葉にフリーズする。
「あー、もうそんな時期かぁ。」
昇太が当たり前のように呟く。
「うん、だから、みんなプレゼントは何がいいかなって思ってるんだけど、昇太さんは思いつく?」
玲は知識を総動員させるが全くいいアイデアが出てこない。
「そうだなぁ…。んじゃあ、俺はネット経由で知ったひまりちゃんがハマりそうなアプリでもプレゼンしてみるか。何もないよりはマシだろ?」
「うん、昇太さん色んな知り合いがいるから、いっつも頼りにしてるよ!玲くんは?」
「…悪い。何も考えてねぇ…。助けてくれ昇太。」
何も良い贈り物が浮かばなかった玲に昇太は知り合いから押し付けられた女性誌などを読ませてひまりが喜びそうなものの研究をした。だが結果は
「全然分からん…。」
玲の頭では理解できないことがほとんどだった。元々そういったものには興味が微塵もないのだ。玲には女性を悦ばせる技術は持っているがそれをしたらひまりと気まずくなるし、蘭たちからの報復は目に見えている。すぐに却下した。
「ああくそ。ひまりがやってる自撮りとかSNSとかの事もっと知ってりゃよかった…!」
玲は頭を抱え唸る。一体何ならセーフでどこまでがアウトなのか、そう悩んでいるときにも時間は刻一刻と進んでいく。
「あー!どうすんだよ!?」
頭では処理しきれなくなって思わず叫ぶ。だが声が静寂に吸い込まれただけで良い案は浮かばない。
「…もーいい。少し気分転換に出るか…。」
玲はふらふらと外に出た。
気分転換に外に出たはいいが、まだプレゼントの事が頭のすみに残り、中々スッキリできない。
(いっそ、ショッピングモールのゲーセンで消し飛ばすかぁ…。)
そう考え、ショッピングモールへ足を運ぶ玲。ショッピングモールへ行くと玲は入口にあるインフォメーションをチラ見して中に入った、
かに見えたがすぐに戻ってインフォメーションを注視する。
「これだ…!」
そこにあった情報に玲はこれしかないと考えついた。
誕生日当日。ひまりは待ち合わせ場所の公園でそわそわしていた。いつもと違うとするなら服や髪型、メイクといったことだろうか。
(誕生日に玲くんからお誘いがあるなんて…!服装もビシッと決めてきたし、大丈夫だよね?髪型どっかおかしくないかな?)
そう考えながらにやけ、うろうろする様はまさしく乙女そのもの。そして後ろから声をかけられた。
「あっ、玲!?」
「君可愛いねー。誰か待ち合わせ?」
「あ、ご、ごめんなさい…人違いでした…。」
後ずさる。この手の男は厄介な感じがする。ひまりのセンサーがそう察知していた。
「俺と一緒に遊ばねぇ?悪いようにはしないからさぁ…。」
詰め寄ってくるナンパ男にひまりは少しばかり恐怖を覚えた。
「あ、あの、ホントに、待ち合わせしてるんで…。」
「おい。」
すると、後ろから声が聞こえたかと思ったら男が突然離れた。いや、離れたと言うより離された。
「何、嫌なもん見せつけてんだお前。」
男の後ろには幼馴染みの玲がナンパ男の襟首を引っ張っていた。
「あ、あれ?キミ、この子の彼氏?」
ナンパ男が玲にそう質問すると玲の目が鋭くなる。まるで失せろと言わんばかりに眼光がギラつく。
「あ、あぁー、ご、ご機嫌ななめみたいだね…。じゃ、すんませんでした…。」
身の危険を感じたナンパ男は苦笑いをしながらその場を去っていった。男が見えなくなった事を確認すると玲のギラついた表情が解ける。
「はぁ、悪い。待たせてしまったようだな。」
「う、ううん!大丈夫!大丈夫だよ!」
玲がナンパ男を追い払う時に見せた顔からやっぱり不良なんだと思い直したひまりだったがすぐに戻ってホッとする。
(やっぱり、あの頃の玲だなぁ…。どんな時でもアタシたちの味方でいてくれたあのときのまんまだよ…。)
「さ、行くか。」
「うん!」
玲の言葉にひまりは元気よく頷いた。
行き先はショッピングモール。その中にある映画館だった。
玲は内ポケットに入っていたチケットをひまりに渡す。
「ほい、ひまりの分。」
「あ、うん、ありがと。」
玲から渡されたチケットにはタイタニックと書かれていた。
「その、俺はひまりみてぇな女の子の欲しいものがよく分かんなかったんだ。だから、俺にできるのはリバイバル上映の昔の映画を見せるくらいしかなくて…。」
そっぽを向きながら恥ずかしそうに頬を掻く玲。そしてチラッとひまりの顔を見て困ったように言う。
「…ダメか?」
「ううん!全然!だったら一緒に見よ!えい、えい、おー!」
「すまん、その号令は無理…。」
「もー!なんでよー!」
玲が誘った映画鑑賞は効果覿面だった。ひまりは楽しんでくれたが…。
「ひまり、お前泣きすぎだろ…。」
「えぐっ、えぐっ…だってぇ~!」
泣ける映画だと言うのは分かっていたがここまで泣かれると逆に引く。玲の記憶が確かならもう前半の色々な場面ですすり泣きして豪華客船の沈没と同時にひまりの涙腺が決壊したのだ。
「はぁ、コメディものが良かったか?俺もちゃんと見るのが初めてだったがあんな悲恋だったなんてな…。失敗だ。」
玲は困ったように頭を掻く。だがひまりはぐずりながらも首を横に振る。
「ううん…。私もちゃんと見たことなかったからお互い様だよ…。悲しいけど、とても面白かった…。」
「…そう言ってくれたら助かる。」
すると、玲の携帯に着信が入り玲は確認するとすぐひまりの手をとる。
「うぇっ、玲?」
「行くぞ。」
訳も分からず急に走り出す玲にひまりは困惑する。そして向かった先はあの雑居ビルだ。
(ま、待って?もしかして、もしかして玲と…二人だけの部屋で…!?わ、わ、私まだ、心の準備が…!)
ひまりの妄想が暴走してるなか、玲がビル一階の一室をノックする。
「用意できてるか?」
玲がそう聞くと向こうからノック音が二回返ってくる。
「よし、ひまり。先に入れ。」
「う、うん。」
ひまりはギクシャクしながら玲に促され、中に入ると同時に、パンという破裂音が聞こえ、紙吹雪が舞い散る。
「ひまりちゃん!誕生日おめでとう!」
眼前にはクラッカーを持った幼馴染みたち。そして、ハロウィン風に模様替えされた部屋に沢山のお菓子だった。
「…え、みんな?」
「おめでとうひまりちゃん!実は、昇太さんがここの一室使ってもいいって言ってくれたから、玲くんの部下の人たちと一緒に、みんなで準備していたんだ!」
つぐみが駆け寄って説明する。すると、後ろからツッコミが飛んできた。
「な、何でハロウィン風なんだよ!?普段ひまりをからかってる俺に対する嫌味か!?」
振り向くと玲が文句を言っている。カボチャ嫌いなのはAfterglow全員の知ってる情報だがその理由を知らないひまり、巴、蘭は何故そこまで嫌うのか分からずキョトンとする。
「あ!そっか、玲くんは…。」
「ひーちゃんの誕生日、ハロウィンが近いから~、一緒にやっちゃおうって思ってね~。これ、私の提案~。」
うっかりしていたと顔に出すつぐみに代わり、得意気に語るモカ。それを玲は忌々しげに睨み付ける。
「モカぁ…!お前なぁ…!」
玲がモカを追いかけ始め、モカは逃げる。
「きゃー、助けて~。かわいいモカちゃんがこわーい黒豹にイタズラされちゃうよ~。」
緩い口調で、なおかつ楽しそうに走り回るモカを玲は追いかける。
「まぁまぁ、玲!今日はひまりの誕生日だ。カボチャくらいどうって事無いだろ?少しくらい多目に見ろよ。」
巴が玲を押さえるも、玲はじたばたする。
「離せ巴!あいつに制裁を加えないと俺の気が済まねぇ!」
「…何でそんなムキになってるの?カボチャ料理しかないなら、まだ分かるけど、明らかにカボチャそのものを嫌ってる感じじゃん。」
「確かにそうだよね…。ねぇ、何でなの?」
蘭の指摘に便乗したひまりが玲に聞くと玲はそっぽを向く。
「…玲くん。もう言っちゃってもいいと思うよ。」
つぐみがポンと玲の肩に手を置く。もう白状する以外の道はなかった。
「あっははははははは!!そんな訳かよ!」
「ぷっ…く、ゴメン玲。あたしも笑わずにいられない…あっはっは!」
「お、お腹が痛いよぉ…!苦しい…!」
観念した玲のカボチャ嫌い原点のエピソードを話した直後、しばしの静寂の後、巴、蘭、ひまりの笑いの合唱が沸き起こった。
「ああもう、最悪だ…。」
白状した後の玲はこの世の終わりのような顔をする。こんな結果になるのが目に見えていたので今まで言わずにいたが今日ここでその秘密がバレてしまった。
(…まぁ、今日ぐらいは良いよな…。)
玲はそう自分を納得させる。そして、ようやく笑いが落ち着いたひまりに歩み寄る。
「誕生日おめでと。ひまり。」
「…うん。」
やっぱり、自分達のために笑ってくれる昔と変わらないな。
ひまりは今日一日の玲をそう思い返すのだった。