…問題は、今いるところで見れるかと言うところ。
ではどうぞ。
(どうする…俺は、どうしたらいいんだ…。)
昇太は一歩一歩ふらつきながら雑居ビルへと向かう。玲の弱点を白状するか、このまま沈黙して巴やあこを見殺しにするか。その自問自答を繰り返しながら玲の寝室に向かおうとする。それだからだろうか。後ろから近付く気配に気付かなかった。
(今の玲は頼りにならないし、大崎のグループがどれだけの規模なのかも分からない…。下手すりゃ商店街の人たちにも被害が…)
「昇太くん!やっほー♪」
「のわっひゃあ!?」
突然耳元で聞こえた気楽な声に驚きながら後ろを振り向くとそこには蘭と同じ学校に通う天才の氷川日菜、その友人の今井リサがいた。
「お、おう、リサに日菜か。今日はどうしたんだ?」
「あー、ビックリした。昇太くん何だか、どよんって感じだから声掛けてみたら突然変な声出すんだもん。」
「あ、あぁ、悪い。考え事してたわ。で、今日は何の用だ?」
何とか取り繕いながら昇太は日菜に向き合うとリサと日菜は難しい顔をした。
「今日はパスパレとRoseliaの練習がない日だから日菜と一緒に帰ってたんだけど、日菜が玲くんと一緒に遊びたいって言い出してさ。」
「うん。それで今日は玲くんと遊ぼうって思って来たんだけど、玲くんが何だか、るんって感じじゃなかったんだー。どうしたんだろ?なんか、ぶるぶるって感じだったよ?」
相変わらずの天才感覚の造語で会話する日菜に昇太は情報を噛み砕きながら考える。
(ぶるぶる?寒い?いや、寒くて風邪だけならああはならないだろ?一体…あ。)
「…まさか、怖がっているのか?」
「そうそう、そんな感じだったよ。ちょうどホラー映画見てる昇太くんみたいな…あれ、ちょっと待って?昇太くん、何か知ってるの?」
天才故の鋭さで日菜は昇太を見る。流石は日菜だな。と苦笑しつつも、これまで玲にも黙っていた事を話すときが来たと腹を括る。
(玲…お前の過去、バラすけどいいよな?)
「リサ…、日菜…。聞いてほしいことがある。」
昇太は真剣な目でリサ、日菜と向き合う。今の自分にできるのはこれしかない。そう決意し、重い口を開け、友梨から聞いた玲の過去、そして玲が出演していたAVを見てしまい、それを黙っていたことをポツリポツリと語り始めた。
「ただいま…。」
蘭は学校から帰ってきた。登下校でも一緒だったモカたちと会うことはなく、一人で帰ってきたのだ。この時ばかりはクラスが別々で良かったと安堵する。もし、一緒だったならば気まずすぎて授業を受ける気にもなれないからだ。
(つぐみはあの歌詞をそう受け取ったけど…もう分かんない…。)
今現在の状況はつぐみのおかげで辛うじて繋がっている状況だが、それもいつまで持つかは分からない。沈んだ気分で玄関を開けるとトテトテと歩く音が聞こえた。
「蘭ねえ、おかえり。」
「え、由美?なんで?だって、今朝帰ったんじゃ…?」
奥から現れたのは由美だ。今朝、帰ると言って、登校するときに一緒に出ていった筈だ。何故ここにいるのか。
「玲が元気ない。私、そばにいようとしたけど、部下から言われたの。今はそっとしておいた方がいいかもって。それで暇だったから、ここに来た。」
「…そっか。」
玲が元気ない。それを聞いた蘭は昨日の事を思い出した。あの男に名前を言われたときの怯えよう、心に余裕がなかったとはいえ自分を突き放すように怒鳴る姿、そして自分が言い返したときの目。
(最悪だ…あたし…。この前の合同合宿のとき…あたし、話したくなかったら話さなくていいよって言ったのに…。)
蘭は冷静にあの時の事を振り返る。あの男は間違いなく玲の過去に関係がある人物だ。だが、合同合宿で雨宮に会ってから様子がおかしくなった玲に言ったことを反故するような行動をとってしまった。自責の念に駆られていると下から声が聞こえた。
「蘭ねえ。」
由美だ。何故か蘭の目の前に来て、前髪越しにこちらを睨み付けている。
どうしたのだろうか。そう思った瞬間、由美は蘭のスカートを持つと、勢いよくめくり上げた。
「な…ちょっ何すんの!?」
突然の蛮行に蘭は唖然としたが理解が追い付き、慌てて押さえつける。合同合宿で紗夜にやったことをつぐみと日菜に怒られた以降やらなくなった事と、まさか慕っている自分にやるとは思っていなかったからだ。
「蘭ねえ。私、昨日から言ってる。蘭ねえは悪くないって。」
「で、でも、私にはもう分からないんだよ…。あの歌詞の意味だって…どんな気持ちで書いたなんて…。」
「昇太が言ってた。友達って仲良くするのは当たり前だけど、たまには喧嘩もするものだって。だから、多分今の蘭ねえは喧嘩しているだけ。今までもそうだったんでしょ?」
「由美…。」
「歌詞の事は私にも分からない。だから力にはなれないけど、絶対モカねえたちとまた仲良くなれるから。それまで我慢だよ。」
由美はそう言うと蘭に抱きつく。そして最後にこう言った。
「…スカートめくってごめんなさい。」
「…もうしないでよ?」
少しだけ、蘭の気持ちが和らいだ。
「…それで、玲は去年ここに来たってワケだ。もしかしたら、玲が怯えているのはそのエセ孤児院の関係者がこの町に来ているせいかも知れない。」
昇太は語り終えた。つぐみを狙ったストーカーの家から玲が出演していたAVが見つかったことを、友梨から聞いた玲の凌辱され続けた過去を。顔を上げるとリサは口を手で押さえて絶句しており、日菜はただ黙って昇太を見据えていた。
「何、それ…。玲くん、そんな酷い目に会わされていたの…?」
気まずい沈黙の後、リサが声を震わせながら口を開く。
無理もない。蘭たちAfterglowのもう一人の幼馴染みが、蘭たちから聞いた話では正義感溢れる優しい少年が、口にするのもおぞましい事をやらされ続け、道具のように扱われ続けていたのだ。普通に両親に愛されながら、幼馴染みでもある友希那と仲良く遊んで暮らしてきたリサにはショックが大きすぎる話だ。
「…蘭ちゃんたちには話してないの?」
ずっと黙って昇太を見据えていた日菜が聞く。その視線に耐えきれず昇太は思わずそらしてしまう。
「言えるわけねぇだろ…。お前らでもそんな反応なのに蘭たちに話したら…」
「昇太くんのバカ!!」
昇太の言い訳に日菜は昇太に思い切りビンタをした。
「あいってぇ!?え?え?何すんの?!」
「ちょ、日菜!?」
日菜から渾身のビンタをスパァン!といい音をたてながら食らい、サングラスが吹っ飛び、昇太は殴られた箇所を押さえながら困惑する。
「あのね!今、私たちが会って話しているのってその玲くんなの?違うでしょ!?」
「い、いや、でもさ。」
「いやもでももないよ!」
日菜の剣幕に押され、昇太は黙ってしまう。後ろにいたリサも突然の急展開に呆然とする。
「だって!あのとき玲くんが助けてくれなかったら今のアタシはいなかったかもしれないんだよ!?怖かったもん…!男の人に囲まれて…押さえつけられて…!そんな時に助けに来てくれた玲くんはカッコよかった…。私も玲くんみたいになりたいと思った…。」
玲が助けに来てくれた事を思い出しているのか、日菜は身体が震えそうになるのを両手で自分を抱いて押さえつけながら喋る。
「だから…だからアタシは玲くんに恩返しをしたい!もしこの町に玲くんを虐めてた人が来ているなら、アタシが玲くんの代わりに追い出す!」
「日菜…。」
日菜の啖呵を聞いた昇太はアホみたいに口を開けていた。が、すぐに反省する。
(なんだよ。日菜がこんなに玲に肩入れしていたなんてな。…うじうじしてんのがバカらしくなってきた。)
地面に落ちたサングラスを拾い上げながら昇太は自傷気味に笑う。そして、決意した。
「なぁ、日菜、リサ。もひとつ、聞いてもらいたい事があるんだ。」
サングラスをかけ直した昇太はもう一度日菜たちを見据える。まだ何かあるのかと言いたげな二人を見て昇太は口を開く。
「実は今、玲に恨みを持っている連中が徒党を組んでこの町に来ているんだ。最悪、俺たちのグループと戦争になる可能性がある。」
「せっ…!?」
戦争。日常生活からは程遠い単語が出てきてリサは戸惑う。それでも昇太は気にせず喋り続ける。
「俺はその親玉に脅迫されたんだ。お前が玲の弱点を吐かなければ、巴やあこを部下のおもちゃにするってな。」
「あこを!?なんって汚い奴なの!」
まさかの自分のバンドの身内の名が出てくるとは思わなかった上に関係ないあこを巻き込もうとする相手の魂胆にリサは憤る。
「だから頼む。俺たち不良は見回りをしているが万全じゃない。必ずどこかに監視の穴ができる。そうなってからじゃ、遅いんだ。お前たちで埋めてくれないか?」
「分かった!パスパレのみんなやお姉ちゃんに伝言しておくよ!」
「アタシも、出来る限り友希那や学校の友達に伝えておく!」
「ああ、ありがとう。」
昇太は徹底抗戦を選んだ。もしどちらを選んでも苦しいのなら、自分で新しい選択肢を作ってしまえばいいんだと。
「でもまず、やることあるよね?」
「…ああ。そうだな。」
日菜の言葉に昇太は頷く。
まずは、怯える子猫を獲物を震え上がらせる黒豹に戻すことからだ。覚悟を決めた昇太と玲を元気付かせようと張り切る日菜、そんな二人の背中を眺めるリサは雑居ビルへと向かった。
蘭たちAfterglowが知らないところで、戦いの準備が進められ始めた。