ただし、これは本編より後の世界ではないのでご了承を。
一月。それは新年を祝う月で、年末年始で大騒ぎする月でもある。羽沢珈琲店はCLOSEの看板を掲げているが、中には看板娘の幼馴染みである玲がいた。今年、大人の仲間入りする看板娘が晴れ着を見て欲しいと頼まれたからだ。
「ど、どうかな?玲くん、似合う?」
つぐみの声に玲が視線を向けるとそこには茶色を基調としたデザインの着物に短い髪が結われて綺麗な髪飾りを着けたつぐみがいた。
「うん、良いじゃねぇか。中々素敵だぜ?」
「えへへ、ありがと。」
玲が率直な感想を言うとつぐみははにかみながらお礼を言う。
「…にしても、何で俺に見せたんだ?蘭とかのほうが良くないか?」
玲が突っ込むとつぐみの動きが止まる。
「え、ええと、それは、その…。」
顔を赤くして目を泳がせながらモジモジする姿。それを見た玲は察した。
「ああ、そうか…。つぐみ、お前まだ言えてないのか?」
「うぅ…。」
玲はイタズラっぽく笑みを浮かべてつぐみに近寄る。それに対し、つぐみは更に顔を赤く染めながら俯く。こうなった理由は少し前に遡る。
それは、玲が珈琲店でくつろいでいるときの事だった。普段、玲は客が少なくなった時間帯にやってくる。この日もいつも通りの時間にやって来て、片手で頬杖をつきながらメニューを見て、つぐみを呼び、気配が近付いたのを感じながら注文する。
「つぐみー。今日もいつものやつで頼むぜ。…ん?」
いつも通りコーヒーを注文しようとした時、いつもなら元気よく返事をするつぐみが黙っており、不思議に思った玲が振り向くと、つぐみがポケッとどこか上の空だったのだ。
「…つぐみ?おーい、つぐみー?」
「…はっ。ご、ごめん、玲くん!いつものキリマンジャロでいいんだよね!?」
慌てて注文をとるつぐみ。それを玲はじとっと見つめる。
「…俺がいつも頼んでるのはブレンドだよ。」
「あぅ…ゴメンね…。」
どこか様子がおかしいつぐみに玲はまさかと思い、カマをかけてみることにした。
「…あぁ、そうか。したのか。」
「ふぇっ!?ま、まだ告白してないよ!?…あ。」
カマを掛けたらあっさり引っ掛かった。玲はニヤニヤしながらつぐみを見据える。
「あ、あぁぁぁ~~…。」
やってしまったと言わんばかりに頭を抱え、うずくまるつぐみ。それを見た玲は少しやり過ぎたと反省する。
「あー…ごめん、やり過ぎた。ちょっと戻って頭を冷やしてこい。」
「…うん。」
幸い、店の中に今は玲しかおらず、注文をしてくるような客はいなかったため、頭を冷やす時間は十分にあった。
そして、話せるほど冷静になったつぐみはぽつりぽつり、喋り始めた。
要約すると、たまに店に来てくれる常連客がいるのだが、その常連客は羽丘とは別の高校の生徒会役員らしく、その共通点でつぐみと意気投合したようだ。
「…で、最近その常連客を見てると胸が苦しくなるような気分になる、と。」
玲はつぐみの話をそう纏める。白状したつぐみは顔を赤く染め、モジモジしながら尋ねる。
「こ、これって、やっぱり?」
「…だな。完全にホの字だ。」
「そう、なんだ…これが、そうなんだね…。」
つぐみは今の感情を噛み締めるように呟く。異性を意識するような感情。つぐみの頭からまた湯気がポポポポと沸き出そうな様子を見た玲は肩を叩く。
「お前さ、今日はもう休みな。その状態で接客されたら客が不安になる。」
「…うん。」
頷いたつぐみはふらふらと裏へと歩いて行く。その後ろ姿を見送った玲はつぐみが惚れた相手の素性を調べようと誓ったのだ。
「えぇーーーーーーーーー!!??!!??つぐみさんが初恋ぃぃぃぃ!?!!」
その夜、玲が召集した部下たちの驚愕の声が雑居ビル中に響き渡る。その後の反応は千差万別だった。
「マジかよ、赤飯炊かなきゃ!」
「うぉぉぉぉ!!許さんぞぉぉぉぉ!!!」
「誰なんすか!?どこの馬の骨とも知らん奴っすか!?」
「つぐみさんの彼氏かぁ、ヒモになりそうだな…。」
純粋に祝う者から怨嗟の声をあげる者、付き合ったらどうなるか妄想する者までいる始末だった。
「おい!静かにしろ!」
そんな部下たちの混沌を玲は一声で治める。
シンとなった部下たちを見渡した玲はつぐみが惚れた相手がどのような人物か、つぐみから聞いた素性を伝える。すると、一人の不良が手を上げた。
「あの、ボス。そいつ、俺が通ってた高校の風紀委員っす。」
「そうか。じゃあ、どんな奴だった?」
「うーん…、小学校から一緒でしたっすけど、ずっと無遅刻無欠席で真面目を具現化したような奴でしたよ。」
「…そうか。もっと他に無いのか?」
「う~ん……あ、確かあいつ、女が苦手で、小学校の時、運動会の恒例の女子とフォークダンスすることになったんだけど、破廉恥だとわめいて運動会無くそうと募ったら先生にこってり怒られ運動会出禁になったって伝説があるんすよ。」
「……そうか。」
判断に困る話だ。玲はそう思い、どうするべきか腕を組み、考える。
「なんでぇ、女嫌いかよ。」
「つーか、運動会の恒例行事に文句つけたりするくらい女嫌いって、もう筋金入りじゃねーのか?」
「じゃあ、何でつぐみさんは平気なんだ?」
「これもつぐみさんの優しさが成せる業じゃねぇの?」
「やべ…なんか、俺応援したくなってきたかも…。」
何やら部下の間で同情が出始めた。これはいけない。そう考えた玲は手を叩いて注目を集めさせる。
「まぁ、そいつの外面はそんな感じだと分かった。後日、直接見て俺が判断する。今日はこれで解散だ!」
玲の指示でその日の集会はお開きとなった。
後日、つぐみが働いているときにお邪魔させてもらった玲はいつものコーヒーを飲んで件の相手が来るまで待っていた。
時間にして二十分。来客を知らせるベルが鳴る。
「いらっしゃいませー!あ、今日も来てくれたんですね!」
「ど、どうも、つふみ、つぐみさん。」
来たか。何やら噛んだようだがどのような男だろうか。そう思い、視線を向けると、
ブリキのロボットのような動きをする好青年がいた。あれがつぐみが好きな男性なのだろうか?そう怪訝に思い、つぐみの表情を見ると、ほんのり頬が赤くなっているのが見えた。
(…あぁ、このロボット野郎かよ。)
「え、えぇと、いつものブラックだよね!」
「は、は、は、はい!そうです!」
男の方もやましい事など考えていないようで純粋につぐみに惚れたようである。これだけで判断材料は十分だ。玲は店を出る事にした。
「行けると思うんだがなぁ。コクったらOKだと思うぞ?」
玲はため息を吐きながらつぐみに指摘するとつぐみは顔中真っ赤になる。
「で、で、でも」
「でもも何もねぇよ。…はぁ、つぐみ、ちょっと来い。」
玲はそう言ってつぐみの手を取ると、店を飛び出していった。
「あ、あの、玲くん?どうしたの?」
公園まで連れて来られたつぐみは困惑する。連れてきた玲はポケットからガムを取り出し、咀嚼する。
「…そろそろ来るな。」
「え?」
玲の発言の意図が掴めず首を傾げると誰かが公園に入ってきた。その足音を聞いたつぐみが目を動かすと、
「つ!?つつつつつつぐみさん!?」
「あ、あぁあああぁあぁああなたは!?」
つぐみの想い人がいた。つぐみが困惑していると玲がつぐみに近付いて来る。
「れ、れれれ玲くん!まだ心の準備が…!」
目をぐるぐるさせながら玲に文句を言おうと顔を向けた瞬間、
玲とつぐみの顔がくっついた。
「…え?」
それは誰が出した声だろうか。その場の時間が停止したかのような空気が流れる。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!つぐみさんに何をするんだぁ!!」
一番最初に動いたのはつぐみが惚れた好青年だ。玲に向かって拳を突き出す。
が、玲は空に舞う絹のようにするりとかわすとそのまま逃げて行った。
「つ、つぐみさん!大丈夫ですか!?」
玲が逃げ去ったのを確認した好青年はつぐみの肩を掴み、呼びかける。
「う、うん?大丈夫、だよ?」
急な展開についていけず、つぐみは目をパチクリさせながら頷く。
しかし、青年もつぐみの肩を掴んでいることに気付き慌てて手を離す。
「はっ、すっすいません!!でも、あぁ…つぐみさんの唇が…。」
「あ、あの…」
落ち込む青年につぐみが呼びかけ、青年が顔を上げる。
「実は、ファーストキスは、まだだよ?」
そう言ってつぐみが手を広げると、つぐみの手には、ガムの包み紙があった。
(ガムの包み紙?…あいつ、さては僕には見えない角度でこの包み紙でキスをする振りをしてたのか!?…いや、でもどうして?)
青年はキスをした少年が何をしたかったのか分からず、困惑していているとつぐみがモジモジしながら意を決したように口を開く。
「あ、あの、その、私で良ければ、そのお付き合い、しません、か?」
(なんだ、言えるじゃねぇか。)
隠れながら様子を見ていた玲はニヤリと笑う。
実は、これは玲が手引きした作戦だ。つぐみを連れ出し、青年も知り合いである部下を使って呼び出させる。
そして、ガムの包み紙を使い、つぐみにキスをする振りをして激昂したらそのまま退散する作戦だ。
見事に引っ掛かってくれたようで、今はぎこちないながら会話しあっている様子だ。
(ちょっと早い誕生日と成人祝いのプレゼントだ。幸せにな。)
玲は心の中で祝杯をあげながらその場を後にした。
誕生日当日。つぐみの誕生パーティーを行っている羽沢珈琲店で四人分の驚愕の声が響き渡った。
「つ、つぐがぁ!?」
「おー…、これにはモカちゃんビックリだー。」
「大丈夫なの?そいつ本当はつぐみを狙った悪漢じゃないの?」
「蘭!そんな事言わないの!はぁー、つぐの彼氏かぁ…。どんな人なの!?」
彼氏ができたことを報告すると案の定、幼馴染み四人組から質問攻めされることになった。
そして、彼氏の話をするとその度にひまりが黄色い歓声をあげ、蘭は半信半疑ながらも相づちを打つ。
「…にしても、ここに玲がいないのがほんっとうに惜しいなぁ。あいつ、どんな顔したんだろうな。」
巴はここにいない黒一点の幼馴染みの事を話題に出した。
「あ、玲くんには私が付き合えるように手助けしてもらったんだ。」
「えぇ!?れ、玲がぁ!?」
「…何であたしらには黙ってたわけ?」
「うーん、仲間外れはヒドいよね~。」
巴の呟きを拾ってそう返してしまい、また騒然となってしまった。つぐみのいいところでもあり、悪いところが出てしまい、慌てたつぐみは必死に取り繕う。
「あ!た、ただ、アドバイスみたいなものを受けただけだよ!?」
「えー!?何?玲はどんなアドバイスしたの?!教えてよ~、つぐ~!」
切り上げようとしてもひまりが食らい付く。どうやら今後の参考にしようと根掘り葉掘り聞き出す気だ。
でも、つぐみは言えなかった。何せあんな大胆すぎる方法で彼氏とくっつくことができたと知ったら、少なくとも蘭は阿修羅と化すかも知れないからだ。
「え、えぇと、それは…その…」
「あ。窓の外にれーくん発見。」
どう話を反らそうか考えているとモカが外を指さした。
指さした先には玲が足早に去って行く姿が見えた。おそらく、様子を見に来ていたようだが、モカと目が合った瞬間に逃げ出したのだろう。
「ま、待って玲!どうやってつぐに彼氏作らせたのか教えて!!」
このままじゃ見失う。最初に行動を起こしたのはひまりだった。
「よし、追うぞ、蘭!」
「…つぐみのあの反応、何吹き込んだのか聞き出さなきゃ。」
「蘭もやる気満々だね~。じゃあ、モカちゃん超特急で行きまーす。びゅーん。」
四人は騒々しく店を飛び出した。だがすぐに騒々しく戻ってくるだろう。
静かになった店内につぐみはポツンと取り残されるが、くすりと笑い、
「…ありがとう、玲くん。」
段々と近付き、大きくなってくる幼馴染みたちの声を聞きながらつぐみは呟くように、はにかむようにお礼を言うのだった。
ちなみに最後、玲が来たのは見回りの最中に気まぐれに寄っただけ。
「別につぐみの様子が気になった訳じゃないから。」とは本人の弁。