夢を見ている。これは昔の自分だ。裸に近い状態でベッドに寝かされ、照明を当てられ、沢山のカメラに向けられている。そこに一人の男が部屋に入ってきた。下卑た笑みを浮かべた脂ぎった偉そうな中年男性だ。
(あれが今日の相手か…。)
そう思ってるうちに男が脱ぎ、息を荒げながら覆い被さってきた。
目を覚ます。この花咲町に来てからよく見かける天井だ。
(…久し振りに、見たな。)
玲は天井を見ながらそう思い返した。昔は繰り返すように見ていた悪夢、トラウマ、汚れた過去。そのせいで全く眠れない時期もあったりしていた。だが今は見ることが少なくなった。正確には、蘭たちと再会してから。
(まさか、俺は蘭たちに救われているのか?いや、そんな事はないだろ。偶々この町に来て懐かしいからだろ。)
玲はそう自己完結すると寝間着から着替えて見回りを兼ねた散歩に出た。
昼はそれほど気を配る必要はないが放課後になる夕方は気を引き締める。一人で下校していたり、女の子を狙ったナンパを止めたりするためである。
商店街の人通りが少ない路地を中心に見回り、怪しい者がいないか目を光らせる。その時、玲は後ろから来る気配を感じた。
「玲くん?」
気配の正体は玲の幼馴染みの一人、羽沢つぐみだった。玲は声を掛けられ振り向く。
「やっぱり、玲くんだ。見回りをしてるの?」
つぐみは笑顔で隣に駆け寄ると玲は歩く早さをつぐみに合わせる。
「ああ、そんな所だ。つぐみは何だ?今日バンドの練習はしないのか?」
「今日は生徒会のお仕事があったから、このまま帰るかな。」
「へぇ、俺の記憶が確かならつぐみはしっかり者だからこの後すぐバンドの練習に行くかと思ったら意外だな。」
「あはは…前、ツグり過ぎて倒れちゃったから…。」
「ツグり過ぎて?」
突然出てきた謎の単語に玲は首をかしげる。
「あ、今のはモカちゃんが作った言葉で私が忙しい時の事をツグってるって言ってるみたいなの。」
「プ、アハハハ、なるほど、よーく分かったよ。モカのセンスも中々だな。」
玲が笑う表情が昔と変わらないのを見てつぐみは内心ホッとする。
(良かった…何だか美人になって別人になっちゃったかなって思ったけど蘭ちゃんの言う通りだ…。この笑顔見てたら安心しちゃった…。…ってあれ?急にどうしたんだろ?)
急に玲の表情が笑顔から険しい目付きに変わった。その目はまるで獲物を狙う豹の目のようだ。
「れ、玲くん?」
「つぐみ、後ろを振り向かずに俺についてこい。」
そう言いながら足早に曲がり角へ歩く玲。つぐみは慌てて後を追いかける。曲がり角に入ると今度は玲がUターンしてつぐみの横を通り過ぎた。突然の行動につぐみはどうしたのか聞こうと振り向いた瞬間。玲の前に知らない太った男性が飛び出して曲がり角を曲がろうとしていた。
「何か用?」
驚く男に玲は問い掛ける。その声はさっきまでつぐみと話していた時とは全然違う冷たさを感じる声だった。
「く、くそ!ボクのつぐみちゃんだぞ!何近づいてんだ!」
男は訳のわからない事を言いながら玲に殴りかかろうとした。だが、玲は殴ろうとした腕を掴んで一本背負いで倒し、関節技で固めた。
「い、痛い痛い痛いいいい!?」
じたばたもがく男。片手で押さえながらもう片方の手で淡々とスマホに連絡を入れる玲。つぐみは状況の目まぐるしい変化に付いてこれず混乱する。
「え?えぇ?玲くん?え?あの、どちら様ですか?何で私の名前を…?」
「つぐみちゃん助けてぇ!」
男は自由なもう片方の手をつぐみの足に伸ばして助けを請う。思わず引くと後ろやさっき通った道から不良たちがつぐみを守るようにやって来た。
「ボス!こいつがそうっすね!」
「ああ、連れてけ。後で確認のために被害者を呼び出して面会させとけよ。」
不良と玲の間で話が進んでいく。つぐみは取り残されポカンとしていると男は不良たちに立たされ連行されていった。男は最後までつぐみに助けを求めていた。
「あ、あの、玲くん?何がどうなってるの?あの男の人は一体…?」
つぐみが混乱しながら聞くと玲は置いてけぼりにして悪かったと謝った後、説明を始めた。
どうやら先程の男はストーカーの変質者らしく、数人の女性の下着を盗んでいたらしい。どうやら次はつぐみを標的に入れていたとのこと。説明をしている内に二人は羽沢珈琲店の前に辿り着いた。
「そ、そうなんだ…。狙われてたんだ私…。あ、ありがとう玲くん。」
「別に、鬱陶しかっただけだし、ちょっと仕事をしただけだ。じゃ、俺はここで。」
そう言いながら玲はつぐみの横を通り過ぎ、夕日に向かって歩いていった。その後ろ姿を見送るつぐみは今日見せた玲を思い出す。昔から変わらない笑顔。獲物を狙う猛獣のような目。そして今のどこか儚げな印象の後ろ姿の玲。
(結局、どれが本当の玲くんなんだろ…?何だか今の玲くん、寂しそうに見えるなぁ…。)
結局この日つぐみは答えを得ることは出来なかった。
後日、玲は昇太に連行したストーカーがどうなったのか聞いてみた。
「そういや昇太。あの変態豚はどうなったんだ?」
「ああ。あいつはどうやら大企業のやり手サラリーマンだったらしい。あの後、被害に会った人たちが集まってな、眼力で殺さんばかりに睨まれながら必死に謝っていたぜ。いやー、腹肉を震わせながら脂汗びっしょりで謝罪してて笑うのこらえるのがキツかったぜ。」
「盗んだものは?」
「…まぁ、あったぜ。あったけど俺はあいつが盗んだもので何してたのか想像しちまって吐きそうになっちまったよ。」
「…どんな感じだ?」
「俺の口から話したくねぇから写真で判断してくれ。」
そう言って昇太はスマホを玲に渡す。玲がカメラを見ていくと寝室と思わしき場所で壁にはそれぞれ盗撮したと思われる女性の写真、その写真の前には女性の下着が入ったかごがあった。さらに、かごの横にあるゴミ箱のティッシュの山から何をしていたのか容易に想像できる。玲は眉間にシワを寄せる。
「反吐が出るな…。つぐみもこの中の一人になりかけていたのか…。」
「ああ、この部屋を見た被害者の親が豚を殴ろうとしたからな。気持ちは分かるが法的に裁かれるのを待てって説得するのに苦労したぜ。」
「…もっと殴っとけば良かったな。」
玲は忌々しげに呟く。それを見た昇太はフッと笑う。
「…なーんか、最近のお前変わったような気がするぜ?前にも似たようなゲス野郎の話を聞いたときもあったけどお前眉ひとつ動かさなかったじゃねーか。」
「そうか?」
玲は首をかしげる。全く自覚ない顔に昇太は笑う。
「もしかして、蘭ちゃんたちがこいつの毒牙に掛かったらとか思ってただろ?」
「そんなんじゃねぇよ!冗談はやめろよ昇太!」
玲は机を叩いて脅すが昇太はどこ吹く風だった。
「まぁまぁ、落ち着けって。ま、どの道この豚は出世街道から転落していくだけだ。体も丸いから止まらねぇかもな。」
「…まぁ、そうだろうな。…じゃ、俺はそろそろ見回りに行くぜ。じゃあな。」
「おう。」
話に一区切りが付いたところで玲は席を立ち部屋から出ていこうとする。
「あ、なぁ、玲。」
ドアノブに手を伸ばそうとした所で昇太が呼び止める。
「ん?何だ?」
「…いや、やっぱ何でもないわ。すまねぇ。」
「? 変な奴。」
そう言って出ていく玲。見送った昇太は足音が遠ざかっていくのを聞きながら天井を仰ぎ見て思い出す。
それは被害者と共にストーカー宅に来たときパソコンのそばにあった何も書かれてないDVDがあったのだ。最初は気にもしていなかったがストーカーの性癖が明かされていく内に気になったのだ。
(そういや、これはAVの類いか?何も書かれちゃいないが…。)
昇太は興味本意でDVDをパソコンに入れて再生した。するとまだ未成年の男児が大人の男と絡んでいる映像が映し出される。
(うわ…児童ポルノかよ…なんちゅー物見てんだあの豚。)
昇太はバイだったのかと思い、映像を消そうとした瞬間。犯されている子供の顔を見て硬直した。
濡れ烏のような黒髪に細い手足、華奢な体躯、まるで美少女と見間違うくらいの整った顔立ち。男が動く度に声を上げるその少年はどう見ても自分の親友の子供の頃の姿だった。
「…言えるわけ、ないよなぁ…。」
確実に、玲の過去に関係する物なのだろう。だが、蘭たちの話を聞く限りでは正義感があり、自分より大きいいじめっ子に向かっていくほど強い子だったらしい。その子が何故こんな事をして、今現在は不良グループのリーダーをしているのか、親は何をしていたのか。疑問は尽きなかったが話さないだろうし距離をとられると思い、昇太はこの話題を出すのは後回しにするようにした。