蘭たちはその後も、ひまりのチャットアルバムの写真で思い出話や新・いつも通りについての話題に花を咲かせて盛り上がる。由美ものめり込むように聞いていたが、いつの間にかひまりの膝上で寝落ちしてしまい、今は蘭のベッドでスピスピと可愛らしい寝息をたてている。
「それで、つぐが最前列で見たいって言った結果、みんなびしょ濡れになっちゃったよねー。」
「うん…、そうだ…ね。」
ひまりの懐古につぐみは船を漕ぎながら答える。どうやらつぐみも限界が近いようだ。
「…ありゃ?つぐ、寝そう?」
「…はっ!?ご、ごめん!こんな時間まで起きてることって無いから…」
ひまりに聞かれてつぐみは飛び跳ねるように我に帰る。普段、つぐみは夜更かしをしないので当然なのだが、
「て言うか、もう朝じゃん。話しすぎちゃったね~。」
夜更かしどころではなく、徹夜だった。カーテンの隙間から覗く空は白け始め、早起きした雀の鳴き声が朝を告げている。
「ん~~~~!一杯話したなぁ。」
ひまりは凝り固まった体をほぐすように伸びをして、蘭たちも各々首や肩を回してほぐす。
「なぁ。外、出ないか?そうすりゃスッキリするだろ?」
「賛成!早く行こ!」
巴の提案にひまりが賛成した途端、モカがひまりに耳打ちした。
「ひーちゃん、ゆーみんが寝てるから静かにね…。」
「…はい。」
「んぅ…んー…はっ!ご、ごめん蘭ねえ!私寝ちゃっ…!」
ようやく起きた由美が少しばかりボーッとして頭が冴えた瞬間、寝ていたと自覚し布団を蹴飛ばすように飛び起きると、目の前には雑魚寝するつぐみ、ひまりと巴。そして机に向き合って真剣にペンを走らせる蘭にその隣に腰掛けるモカがいる光景だった。
「……あれ?」
「あ、ゆーみんおはよー。」
ポケッとする由美にモカは人差し指を口に添え、静かにのジェスチャーをしながら挨拶をする。
「今、蘭は歌詞を書いているから静かにね~。」
声を潜めながら注意するモカに由美は頷く。そして、モカの目に涙が溜まっているのに気付いた。
「モカねえ…、泣いてるの?」
「…あー、ずっと起きてたから眠いや~。ふぁ~~。じゃあゆーみん、モカねえちゃんは少し寝まーす。」
そう言ってモカは由美のすぐ横に倒れるように眠った。
今のモカの心情を推察することは由美にはできない。でも、悪い様子ではないことかもしれない。そう思った由美は寝ているモカの頭を撫でた後、歌詞の執筆をしている蘭の邪魔にならないように、音をたてないようにその場を後にした。
「む、由美ちゃんか。おはよう。」
「はい。おはようございます。」
廊下に出たところに蘭の父と遭遇し、礼儀正しくお辞儀をする。由美は今、蘭の家に住まわせてもらっている間、蘭の父から最低限の礼儀について教えられている。素直で吸収が早い由美は苦言一つ言うことなくこなしていく様子は蘭の父も息を巻くほどだった。
「そろそろ朝食だから、蘭とお友達を呼ぼうと思ったんだが…いいかな?」
「…今、蘭ねえ新曲の歌詞を書いてる。だから邪魔できな…じゃなかった、できません。」
「…そうか。なら、作りおきが必要だな。それと、由美も敬語はまだまだだな。」
新たないつも通り、最初の朝食は作りおきから始まるのだった。
夢を見ている。どうやら昔の自分のようだ。周りにはモカ、ひまり、つぐみ、巴も一緒にいる。皆で喧嘩しあったり、その度に仲直りしたり、そして笑い合う。
でも、何かが足りない。モカたちもいるのに、何が足りないんだろう?蘭は奇妙な違和感に目を凝らして辺りを見渡す。
すると、自分たちから離れた場所にもう一人の幼馴染みが傷だらけで遠くから自分たちを見守るように、それでいて自分たちが仲良くしているのを羨ましそうに見ている幼馴染みがいた。
蘭が声をかけようと近付いた瞬間、突然虚空から黒い手が幼馴染みの首を絞めるように鷲掴みにしてきた。しかし、幼馴染みは苦しんで抵抗する素振りを見せず、あるがままを受け入れるように空中に宙ぶらりんになる。そしてどこからともなく声が聞こえた。
罵声だった。下卑た笑いだった。嘲笑だった。悪意ある笑いだった。
ありとあらゆる罵詈雑言がもう一人の幼馴染みに集中する。段々幼馴染みの光が消え、生気が失いつつある目から涙を流しながす。
思わず息を飲む。でも助けなきゃ。そう思い、蘭は手を伸ばし幼馴染みの名を叫んだ。
「玲!!」
「うぉ!?ビックリしたぁ!」
飛び起きると巴がビックリするように声をあげた。どうやら歌詞を書き終えた瞬間に寝落ちしてしまったようだ。
「蘭、おはよ~。れーくんに何があったの~?」
「あ、ごめん。ただの夢だから…って、もうお昼じゃん。」
謝りながらふと時計を見るともうお昼だった。そして、机には作りおきが置かれており両親が用意してくれた物だと気付く。すると由美が興奮気味に蘭の体にダイブしてきた。
「蘭ねえ。この歌詞カッコいい!早く完成したの聞きたい!」
「由美ちゃん、ずっと蘭に歌詞の感想を言いたいってウズウズしてたんだよ。でも、本当にいいよねこの歌詞!」
「夕焼けから夜空になってそして朝が来る…。アタシたちの新しいいつも通りが全部詰まってるな!」
「それで、どんなアレンジで行こうかみんなで話し合ってたんだ。」
「そっか…。みんなで演奏できる歌詞ができてよかった。」
この前とは違う、いつも通りのOKが入り蘭は安堵してはにかむ。
「後は昇太と相談して、いい感じのライブ会場を見つけないとね!」
「この調子なら新曲すぐに出来そうだしな!」
「まー、それもそうだけど~。他にやることあるでしょ?ねー、蘭?」
モカの一声に蘭は頷く。さっき見たあの夢は現実味があったのだ。
「…うん。まずは、玲の過去を知ろう!」
蘭たちが外へ出た直後の純和風の居間。そこで蘭の父は難しい顔をしていた。昨日、昇太から聞かされた話が子供が経験するには余りにも過酷すぎたからだ。
(…まさか、蘭たちと別れた直後にあんな目に遭わされていたとはな…。)
「あなた…顔色が優れませんよ?」
「昨日、あんな話を聞いたばかりだからな。こんな顔にもなるさ。」
心配した妻に心配ないと前置きをした後そう言う父。吐き気がするほど胸糞悪い話。他の者が話したなら冗談はよせと一蹴したが、話した相手は商店街一の人望有りで人脈持ちである蓮昇太だ。本心を言えば信じたくはなかったが、昇太の全く目を反らさない真剣な眼差しに信じざるを得ない要素があったのだ。妻も苦い顔をする。
「まさか、あのとてもいい子な玲くんがね…。あなた、今のあの子に会ったことがあるんでしょ?」
「ああ…前、蘭の音楽活動を認めたときに偶々ばったり会うことがあったのだが、あの時見た印象は猛毒の棘を持つバラだった…。美しくもあり、何者も寄せ付けない威圧感を感じた。子供の頃はコンクリートの中でも咲くタンポポのようなめげない力強さと活発さ満ち満ちていたが、全く別の華に変わってしまったような感じだった…。それもこれも全部、大人たちの欲望と暴虐に振り回された結果だと思うとな…。」
「今、蘭には話してないって言っていたけど、あの子は鋭い所があるからね…。いつか気付くかも知れないわ。」
「…いや、もう薄々気付いてるかもな。玲くんとずっと交流してきたから、彼の弱い部分も見てしまっているかも知れない。」
「…あなた。私たち大人にも玲くんの為に何かできることがあるかしら?」
「今度、蘭の友達の保護者たちと話し合ってみよう。今も昇太くんが玲くんの為に東奔西走しているんだ。私たちも動くとしよう。」
外に出た蘭はまず玲がいる雑居ビルへと向かった。玲がいる所と言ったら最初に思い付いたのがあのビルだからだ。しかし、
「今、玲はいないの?」
「へぇ、ほんっとうに申し訳無いんすけど…。」
ビルに残ってた不良からそう告げられた。ひまりはもっと聞いてみる事にした。
「どこに行くとか、言ってなかったですか?」
「それが…俺らにも知らされて無いんすよ。もし、敵に捕まって情報が漏れたら不味いからって訳でさぁ。」
「おぉ、徹底してるね~。」
「ど、どうしよう、図書館にもいなかったし早々に行き詰まっちゃったよぉ…。」
「ひまねえ、諦めちゃダメ。」
早速ひまりは不安になってしまい、由美に慰められる。まさかこの前から外出しているとは思っても見なかったのだ。
「う~ん…またの機会にする~?」
モカがそう言い、諦めムードが濃厚になっていく中、蘭は玲の過去を知る方法を思い付く。
「…待って。丁度いい人がいるじゃん。」
「やれやれ、アポ無しで呼び出すのはお行儀が悪いですよ、美竹様。」
現在、蘭のボディーガードの仕事をしている雨宮は困ったように笑いながらも注意する。だが、蘭は気にしてないように話す。
「急に呼んだのは申し訳ないと思ってるよ。…こころの方は大丈夫なんでしょ?」
「ええ、私が鍛えた黒服たちもいますのでご心配なく。」
蘭が思い付いた方法、それは雨宮が知っている限りの玲の過去を話してもらうことだった。
前々から雨宮に対する玲の態度は初対面とは思えない所からもしかしたらという一縷の望みに賭けたのだ。蘭は雨宮の目を見て尋ねた。
「それで、単刀直入に聞くけど、雨宮さんって玲の過去を…」
「勿論、存じ上げています。」
蘭が質問を言い終わる前に雨宮は答えた。言い終わる前に言われた蘭はジト目で睨んだが、雨宮の表情は変わらなかった。
「ほ、本当なのか?教えてください、雨宮さん!」
「玲が私たちと別れた後、何があってああなったんですか!」
「と、巴ちゃん!ひまりちゃん!落ち着いて!」
巴とひまりが詰め寄り、つぐみは慌てて制する。その様子を雨宮はにこやかに見守る。
「ふふ、…ではビルの中へ入るとしましょう…。」
そう言ってビルの中へ入ろうとした雨宮は突然言葉を切って視線を変えた。その顔にはさっきまでの笑顔がなかった。
何があったのだろうか?そう思い、全員雨宮の視線の先を見ると
「つ、つぐみ、さん…。」
そこには身体中傷だらけで顔も殴られた跡、服も所々破れ、痛々しい姿の、右目の辺りにある血のような痣が特徴の少女がよろよろ歩いていた。
「ゆ、友梨ちゃん!?」
つぐみが駆け寄ろうとしたが、先に雨宮が今にも倒れそうな友梨の身体を支えに行く。
「キミ、しっかり!」
雨宮が呼び掛ける。そして偶然見張りをしていた部下に指示を飛ばす。
「早く、救急箱を!」
「へ、へい!」
「友梨ちゃんどうしたの!?こんな…ひどい…。」
つぐみは口を押さえながら近付き、肩を触ろうとする。が、雨宮が待ったをかけた。
「羽沢様。ご心配なのは分かりますが不用意に触ると更に痛みが増します。」
「あっ…、はい。じゃあ、救急箱を持って…」
そう言ってつぐみは手を引く。すると、後ろから巴がポンとつぐみの肩に手を置いた。
「…なぁ、アタシら置いてけぼりなんだけど…この子、つぐとどういう関係だ?」
まずは説明する方が先だろう。つぐみはそう思ったのだった。