夕焼けと不良少年【本編完結】   作:shinp

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42話 アキレウスの踵

「首尾はどうなっている?」

 

 

 友梨の反逆から次の日、大崎の配下がいるアジトを潰した玲はそこを拠点として部下からの情報を聞いていた。美しくも鋭い目の下には隈ができており、頬には加減を間違えたのか返り血が付いていた。元々いた町から随分離れたが、その周辺に大崎のアジトがいるという情報を掴んだのだ。

 

 

「へぇ、大崎の奴はここの廃工場を根城にしていやす。」

 

 

 偵察に出た部下が地図の一ヶ所を指さして他の部下がその位置にペンで丸を書きポイントする。そこは住宅地から離れた所にあり、周りは林に囲まれている、騒いでも問題ない所にあった。

 

 

「ここなら暴れても問題なさそうっすね、ボス。」

 

 

 部下の一人が素直な感想を述べたが玲は否定する。

 

 

「…いや、これは長期戦になったらこっちが不利だ。まず、住宅地から離れてはいるが、人通りが全く無いわけじゃない。見ろ、ここからちょっと離れた所に遊歩道がある。もし、俺達が襲撃して騒いでいる所を見られて警察に通報されたらどうなる?大崎と仲良く豚小屋にブチ込まれる羽目になるぞ。攻め込むなら誰も来ない深夜だ。」

 

 

 玲の指示に部下たちは納得するように頷き、攻める算段を建て始めた。

 

 これまで玲が戦ってきた戦法はゲリラ戦だ。不定期にバラバラの時間、場所の電撃戦の神出鬼没戦法で相手の不安を煽り、昼も夜も襲い続けて消耗させた。そのお陰か、大崎の手下の大勢は降伏の道を選んだのだ。

 

 

 

 

「た、大変ですボス!」

 

 

 すると、扉を蹴破るように部下の一人が飛び込んできた。

 

 

「おい、今作戦会議中だ!入るならノックして会議中に失礼しますっつってから入れよ!」

 

 

 作戦会議に参加していた部下が怒鳴るが入ってきた部下は逆ギレする。

 

 

「それどころじゃねぇんだよバカ野郎!ボス、町に残ってた昇太の兄貴から連絡です!つぐみさんと由美が襲われたらしいっす!」

 

 

 ガタリ!

 

 報告を聞いた瞬間、玲は無に近かった表情に焦りが生じ、跳び跳ねるように立ち上がって、部下に詰め寄った。

 

 

「本当か!?誰が、誰がやった!?」

 

 

 玲は鬼気迫る表情で報告をしてきた部下の前へ行く。その気迫に押されながらも部下は口を開く。

 

 

「そ、そいつはもう、雨宮さんに叩きのめされてサツの御用になりました…。」

 

「…戻る。お前らは攻め入る準備を進めろ。完了したらすぐ連絡を。」

 

 

 玲はそう言って足早に部屋を出た後、比較的広い部屋で英気を養っている部下たちに声をかけた。

 

 

「おい、少しバイクを借りるぞ。鍵を。」

 

 

 玲が言い終わる前に部下の一人が鍵を渡す。鍵を渡した部下が質問する前に玲は出ていき、残された部下はポカンと口を開けるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 部下のバイクを借りて、戻ってきた玲は雑居ビルで由美がどこにいるか聞き出した。

 

 

「おい。由美は今どこだ?」

 

「あっ、ボス…。い、今、由美は弦巻さんの所が管理してる病院っす。病室は207っす。」

 

「そうか、分かった。ありがとな。」

 

 

 玲はすぐさま踵を返すと病院へと走り出した。ほどなくして着き、部下から教えられた部屋へ行くとそこには、雨宮と昇太。そして、蘭たちがベッドを囲っていた。

 

 

「あ、玲!戻ったのか!」

 

 

 巴が気付き、呼び掛けるとその場にいた全員が振り向く。

 

 そして、ベッドに横たわる二人を見て玲は言葉を失った。

 

 

「玲、戻ってきたんだ。」

 

「やぁ、玲。…こんな姿じゃそんな顔しちゃうよね。」

 

 

 ベッドにいたのは顔の半分ほどが包帯で巻かれた由美とその隣で首や腕から覗く包帯から分かるほど重症の友梨がいた。二人とも、意識ははっきりしているが痛々しい姿だった。

 

 

「お、お前ら…。」

 

 

 玲は動揺して声を震わせゆっくりと近づく。でも、由美は口をにこりと形だけ動かし、笑う。

 

 

「大丈夫。手も足も無理に動かさなかったら治るって言ってた。」

 

「安心していいよ。ボクも平気だから。…って言っても説得力無いか。」

 

 

 友梨は自虐するように笑う。でも、前見せた暗いような笑みではなく、どことなく晴れやかな笑みだった。

 

 

「…玲くん。」

 

 

 不安そうにする玲につぐみが声をかける。玲はゆっくりとつぐみを見ると、まるで高級な壺を扱うかのように恐る恐る尋ねる。

 

 

「つぐみ…お前、大丈夫か?」

 

「…うん。大丈夫だよ。由美ちゃんが助けてくれたし、玲くんもこんな怖い目にあってたんだなって…。」

 

「そうか…。」

 

 

 つぐみは震えてはいるが立ち直れない程ではない事を確認した玲は安堵しかけた。

 

 

(…待て。最後の言葉はどういう意味だ?)

 

 

 が、すぐにつぐみの言葉に含みを感じ、顔をあげる。

 

 そこにいる全員は由美と友梨の見舞いに来ていたはずなのに、今は玲の心配をしている。寝かされている由美と友梨ですら、こちらを見ているのだ。

 

 

「…な、何だよお前ら?その、顔は…」

 

「…れーくん。ゴメンね。」

 

 

 困惑しているとモカが突然謝ってきた。そして、意を決した巴が真剣な顔でこちらを見据える。

 

 玲の中で嫌な予感が心臓の鼓動を早めていく。呼吸すら忘れそうになるほど息苦しくなる。

 

 頼む。

 

 外れてくれ。

 

 それを知られたくない。

 

 蘭たちだけには、

 

 知らないでいてほしいから。

 

 頼む。お願い。

 

 

「…玲。アタシらな…、アンタの過去、全部知っちゃった。」

 

 

 巴から告げられたのは、玲が一番聞きたくない言葉だった。

 

 

「………………………………………………は、はは、何のことだよ?俺が、お前らと別れた後のこと?何だよ、いきなり。何でそんな……やめろ。そんな目で見るな。そんな顔をするな。お前らだけには知られたくなかったのに!」

 

「れ、玲。ちょっと落ち着い…」

 

「!!」

 

 

 徐々に焦り、冷静さを失っていく幼馴染みを心配し、手を差し伸ばしたひまりの手を玲は叩く。

 

 

「いっ!?」

 

「ひーちゃん!」

 

「ひまりちゃん!大丈夫?」

 

「おい玲!お前なぁ…!」

 

 

 巴が咎めようと玲に目を向ける。が、思わず口が止まった。視線の先にいる幼馴染みは涼しい季節にも関わらず、滝のような冷や汗をかき、まるでこの世で一番恐ろしいものに会ったかのように震えていた。

 

 

「来るな…、来るな!俺はお前らが知ってる俺じゃない!俺は、俺は黒豹だ…。そうだ!向かう敵は噛み殺し、歯向かう奴はたとえ仲間だろうと容赦はしない…、それが幼馴染み(お前ら)であってもだ!俺は、俺は血にまみれた薄汚い獣なんだよ!」

 

 

 その顔は絶望だった。その顔は悲しみだった。知られたくなかったのに。知られないよう努めて来たのに。

 

 何故、何で、どうして、どこから、どうやって。

 

 焦点が定まらない目で辺りを見渡す。

 

 すると、ジッとこちらを見る雨宮と目が合った。

 

 途端に、さっきまでどう言い逃れようかオーバーヒートしかけた頭が冷える感覚がした。

 

 こいつだ。こいつが蘭たちに自分の過去を漏らしたんだ。

 

 

「おい…、喋ったのか…?」

 

 

 うろんな表情で目の前の雨宮にそう聞く。何を喋っても襲われる。そんな一触即発の緊張感が漂う。

 

 

「ええ。私は喋っても良いと判断しました。」

 

 

 だが、雨宮はそんな空気に怖じ気付く事なく、さらりと言った。

 

 瞬間、玲の手刀が雨宮の喉元目掛けて飛び込む。それを雨宮は一歩引いて避ける。

 

 

「死ね。」

 

「乱暴は良くないな。いくらご当主の管轄とはいえ、ここは病院だよ?」

 

「関係ない。死ね。」

 

「やれやれ、しょうがない子だ。」

 

 

 怒りのあまり語彙が減って聞く耳を持たない玲に雨宮は呆れる。

 

 

「や、やめて!玲!あたしたちが聞きたいって言ったから…!」

 

「止めなくてもいいですよ、美竹様。今の彼は聞く耳持たずですから。」

 

 

 玲の猛攻を雨宮は踊るように避けながら、説得しようとする蘭たちを止める。

 

 

「さてと、ちょっと眠ってもらうよ。」

 

 

 雨宮はそう言うと殴りかかる玲の腹に素早くボディーブローを放った。

 

 

「がっ、は…。」

 

 

 腹に鈍い痛みがじわりと広がる。そのまま玲は雨宮を殺さんばかりに睨みつけたが、程なく気を失って電池が切れたおもちゃのように動かなくなった。

 

 

「はぁ、きみ、いつから寝てないんだい?素人程度なら問題ないけど、僕くらいになったら赤子の手を捻るよりも簡単に倒せちゃうよ?」

 

 

 雨宮は玲の状態を見抜いていた。

 

 玲の身体は全く休まっておらず、これまで満身創痍で不良たちの戦いに身を投じてきたことを。

 

 自分が忠誠を誓った令嬢と同い年とは思えないほどの業。そこまでしてあのAfterglow(幼馴染み)を守りたいのか。

 

 そう考えた雨宮は玲を両腕に抱え、立ち上がった。

 

 

「さて、由美ちゃんと友梨ちゃんのお見舞いはこれくらいにして、場所を移しましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕のお父さんは死にました。なんでも、外国へお仕事に行ったとき、悪い人たちに殺されちゃったみたいです。お母さんはずっと泣いてました。いつもお父さんとの思い出話を聞かせてくれてとても楽しかった。でも、あの時、笑顔を見せてくれたお母さんは今、朝も、昼も、夜も、ずぅっっっっと泣いています。だから、僕が頑張らなきゃ。僕がお父さんの分まで頑張らなきゃ。そう思って、お父さんのお部屋にあった難しい本をいっぱい読んでいました。お母さんに誉められたい。そして、お母さんを元気にさせたい。だって、お母さんのあの笑顔がまた見たかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は引っ越しました。場所は長崎の…何だっけ?とにかく、長崎に引っ越しました。蘭ちゃんたちとお別れしちゃうのは寂しかったけれど、いつも一緒だよ、絶対また会おう。と約束しました。引っ越した所はお母さんが昔住んでいたお家らしいです。でも、その家に住んでいるおじさんは僕の事が大嫌いです。どうして嫌いなんだろう?全く分からず何で嫌いか聞いてみても殴られるだけでした。お母さんはおままごとのお人形を大事そうに抱えるようになりました。まるで、赤ちゃんをあやしているみたいで、僕は興味本意で抱かせてほしいと頼もうとしたら、怒られました。その人形の事を僕だと言うのです。どうしてしまったんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 僕は孤児院に引き取られる事になりました。おじさんは施設の人と何か話しているようで暇だったのでぐるりと周りを見ました。何やら元気がない子が多くて可哀想だと思いました。よし!ここで僕がみんなを元気付かせよう!そしてお母さんにみんなを元気にさせてえらいねって誉めてもらうんだ!よーし、頑張るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄だ。ここは地獄なんだ。誰も助けてくれない。もう痛いのは嫌なのに。もう裸になるのは嫌なのに。何で大人の人たちは僕をいじめるの?何で?どうして?嫌だ。家に帰して。もう知らないおじさんおばさんに色々恥ずかしい事だったり痛い事されるのは嫌だ。撮らないで。夜もシャッター音が響き渡って眠れなくなっちゃうから。パシャパシャパシャパシャ。誰か助けて。お母さん、お父さん、蘭ちゃん、モカちゃん、巴ちゃん、ひまりちゃん、つぐみちゃん。助けて。もう苦しいよ。助けて。助けて。助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく俺は抜け出せた。…いや、抜け出せてないか。檻が変わっただけと言った方がいいか。俺を引き取ったのは悪徳政治家だった。勿論、俺をペットのような扱いをして、何度ベッドの上で抱かれたか。だが、表向きは人当たりが良い政治家で通っており、たちが悪い。俺はずっと学者やら家庭教師から勉強させられ、たまに発情した奴らに犯された。その度に教えに来る奴は変わったが、どれも長続きはしなかった。俺は決めた。あのくそったれ政治家の喉元食い破ってやる。

 

 

 

 

 

 

 変わった奴が俺のお世話係になった。執事見習いだと言ってにこやかに笑う気持ち悪い奴だった。だが、そいつは今までの教えに来た家庭教師や学者の誰とも違った。一挙手一投足に隙が無く、色んな護身術に人体のツボ。あらゆる哲学や道徳まで教えてくれた。俺は試しに色仕掛けをしてみたが、毛布を掛けられて「子供がそんな事言うんじゃない。」の一言であしらわれた。…何かムカつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はあのタヌキ親父の化けの皮を剥がす決行日だ。俺は仕事でいない日を狙ってタヌキ親父の部屋に忍び込み、私用のパソコンを立ち上げた。パスワードは知っている。奴が俺でよろしくヤっている時に、俺は奴のパソコンのパスワードを覚えたのだ。パスワードを打ち込み、デスクトップが開く。そこからスケジュールと書かれたファイルを見ると、出るわ出るわ。今まで手に付ける予定の賄賂やあの娼館に資金を送る証拠など悪行の数々が。俺はそれをUSBメモリにコピーしてさっさとパソコンの電源を切り、退散する。そして、何も知らない使用人にUSBメモリが入った封筒を送るよう頼んだ。使用人は100%善意で承ったが、送り先はスキャンダルに目がない新聞社だ。さーて、明日が楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝。屋敷の中が蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。部屋に備え付けられてあったテレビを見ると、俺が送った情報をトップニュースで報じており、ニュースキャスターやコメンテーターがタヌキ親父の事を好き勝手言いあっていた。ざまを見ろ、俺を弄んだツケが来たんだ。俺はほくそ笑むとタヌキ親父が急いで屋敷から出ていく姿を見た。記者会見の場に急ぐのだろう。逃げるなら今だ。俺は火事場泥棒で大量の現金を盗み出した後、誰の目に付けられることなく逃げ出した。やった!俺は自由になったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。見慣れた天井だ。どうやら雑居ビルに戻ってきたらしい。

 

 

「あ、玲くん、気付いた?」

 

 

 つぐみが声をかける。玲が首だけを動かし、声がした方を見ると、そこにはおしぼりを持っているつぐみがいた。その後ろには蘭たちや昇太もいてつぐみの声で玲が目を覚ました事に気付き、駆け寄る。

 

 

「れーくんおはよー。…って言っても、もう夜だからこんばんわだね~。」

 

 

 モカがいつも通りのとぼけた様子でボケる。だが、玲はツッコミを入れる元気がなかった。

 

 

「…もう行かなきゃな。寝すぎた。」

 

 

 玲はつぐみを優しく押し退けそのまま去ろうとした所、巴がドアの前でとうせんぼをした。

 

 

「…どけよ。」

 

「どかない。」

 

「聞こえなかったか?ど け よ 。」

 

「そんな状態のアンタを放っておけるかよ。」

 

 

 互いに譲らない。こうなった巴は絶対に引かないし、玲も部下を待たせている手前、引けない。こうなっては埒が明かない。そう感じた昇太は玲に忠告した。

 

 

「おい、玲!お前さぁ、いい加減休みなよ。」

 

 

 そう言って、玲の肩に手を置き、受け入れるよう提案した瞬間、

 

 

「!!」

 

 

 玲は急に肩に置いた昇太の手を払いのけた。

 

 

「お、おぅ、どうしたんだ?」

 

 

 昇太は驚いて玲を見る。

 

 玲の顔は恐怖に染まっていた。

 

 

「あ…悪い、昇太…。何でもない。何でも…。」

 

 

 玲はふらりとふらつき、壁に寄りかかった後、その場に座り込み、膝を抱えて縮こまってしまった。おそらく、過去のトラウマが出てしまったのだろう。昇太がどうしたものか悩んでいると、玲の前に出てくる者がいた。

 

 それは、蘭だった。蘭は縮こまって震える玲を正面から見据え、玲と同じ目線に屈み、優しく抱きしめた。

 

 何も言わない。でも、それは玲の過去を知った蘭ができる最大限のメッセージだ。

 

 辛かったよね。苦しかったよね。もう大丈夫だよ。色んな想いが籠った抱擁に玲の目から一筋の涙がこぼれた。

 

 それを見たモカたちも顔を見合わせ、玲の周りを囲むように抱きしめる。みんなで玲の苦しみを背負おう。特につぐみは玲が体験したかもしれない恐怖を理解していた。他のみんなに負けないくらい強く抱きしめる。

 

 その様子を見ていた昇太は肩を竦め、こっそりと極力音をたてないように部屋を出る。そして、下の階へ降りると、そこには不良がたむろする雑居ビルには似つかわしくない執事がいた。その執事に昇太は話しかける。

 

 

「よ。雨宮さん。」

 

「…彼はどうだい?」

 

 

 雨宮が聞くと昇太は親指を立てる。その意味を察した雨宮はやはりと言いたげに目を伏せた。その反面、昇太はご機嫌に声をかける。

 

 

「あれなら、安泰でしょうよ。」

 

「…ええ。そうですね。」

 

「…なんだよ、なんか不安なモンでもあるってのか?」

 

「昇太くん。君は、アキレウスを知っているかな?」

 

 

 雨宮から聞かれた質問に昇太は首を傾げた。

 

 アキレウス。よくは知らないが、聞いた話だと、とても強いヤツ。くらいの認識だ。

 

 

「ギリシャ神話に出てくる英雄ですよ。完全無欠で一騎当千の力を誇る最強の英雄です。」

 

「へぇー、そんな奴が…でも、何でいきなりギリシャ神話の話になるんだよ?」

 

「…敵はいない。そう解釈されてもおかしくない彼には弱点が一つありました。それは、踵です。彼は踵が唯一の弱点でその弱点を知っていた人物に殺されてしまったのです。」

 

「へぇー、そうか…ん?待て。それって…」

 

 

 素直に勉強になると感心しかけた昇太は雨宮が言おうとしていた事に思い至った。

 

 

「ええ。神前玲。彼にとっての踵はあのAfterglowです。もし、彼女らに危害を加えれば、彼はその加害者を徹底的に追い詰めるでしょう。今、彼の精神状態は、死にかけていた昔の自分と今の自分が混ざってしまっている状態です。その彼を救えるのは美竹蘭様たちAfterglowですが、その逆も言えます。」

 

「…そうだな。」

 

 

 昇太は天井を仰ぎ見る。玲は幼馴染みたち(Afterglow)を守っているつもりだったが、いつの間にか守られている。その事を自覚していないのだ。

 

 

「よ。昇太。」

 

 

 すると、後ろから声を掛けられて振り向くと蘭を除いたAfterglowが階段を降りていた。

 

 

「おう、巴か。…ん?蘭ちゃんはどうした?」

 

 

 昇太が気付いて巴に聞くと全員困ったように、それでいて微笑ましく笑い、ひまりが代表して答えた。

 

 

「ちょっと蘭と一緒にしてくれってね。」

 

 

 一抹の不安は残るものの、大丈夫そうだな。昇太はその報告を聞き、肩の力を抜くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやくメンタルが回復しつつある玲は蘭と懐かしむように昔話に花を咲かせた。本当は幼馴染み全員で話せば良かったのだが、玲が「蘭に話したい事があるから、外してくれないか。」と頼み、それを了承した結果、二人だけの空間になったのだ。昔話に一区切りが着いた玲は真剣な顔で蘭と向き合う。

 

 

「なぁ蘭、これから俺の言うことを聞け。明日の深夜、大崎のグループに本格的な攻撃をする。規模はおそらく大崎の方が上。正直、俺だけではお前たちを守りきれない。だから…」

 

「分かった。戻って帰りを待ってるよ。…何、その顔。」

 

「…なんだお前。てっきり、それでもついて行くって言うかと思ったじゃねぇか。」

 

 

 あっさり引くとは思わなかったのか、玲が心に思ったことを正直に言うと蘭は呆れたような顔になった。

 

 

「…あのね、あたしたちまだ新曲の公開もしていないのにそんな危ない橋を渡るわけないでしょ?」

 

「こんなところに来たのにか?」

 

「もう慣れた。」

 

「…しょうがない奴。」

 

 

 玲がそう締め括ると二人でクスリと笑い合う。そして、玲は後腐れがないように話しかけた。むしろ、蘭と二人きりになった目的だ。

 

 

「…なぁ、蘭。実は俺、その…、お前らのライブを見てからさ、ギター弾いてみたいと思うんだけど、教えてもらってもいいか?」

 

 

 玲がそう言ってきた事に目を丸くした。

 

 

「…あたしでいいの?ギターならモカの方が…」

 

「俺はお前に教わりたいの。」

 

「…全くもう、我が儘だから。」

 

「そう言って、満更じゃねぇくせに。それに、モカじゃあ擬音だらけな上に眠くなりそうな説明になっちまうだろ?」

 

「…確かに。言えてる。」

 

 

 間延びした声で擬音だらけの説明をするモカは容易に想像できる。蘭は納得したように頷くと、玲は部屋の隅の山積みになっているガラクタへと歩いていく。

 

 

「ちょっと待ってろ、確かこの辺に…あったあった。部下から貢ぎ物として貰ったが置物になってたギターだけど、これでいいか?」

 

 

 玲が取り出したのは埃を被り、長く使われてないであろうギターだった。

 

 

「うん、いいよ。じゃあ今は基本的な事しか教えられないけど大丈夫?」

 

「ああ、後は自分でコツを掴む。」

 

「ほんっとうに、あんたのその天才っぷり、腹立つ。」

 

「別にほしいと思った訳じゃねぇよ。」

 

 

 そう言い合いながら玲は蘭からギターの使い方を勉強し始めた。この時の玲の顔は不良としての眼光はなく、蘭からギターの持ち方から教われているその姿はとても不良の頭領とは思えないほどだった。

 

 

「で、ここはこう持って…」

 

「おい、いつもこんな持ち方とか気にして歌ったりしてんのかお前。」

 

「大丈夫、慣れればそう気にしなくてもいいよ。」

 

「慣れればって…んで、これでそのまま弦を弾けばいいのか?」

 

 

 そう言いながら指先に弦を引っ掛け音を鳴らす。

 

 

 ぺぇ~ん…

 

 

 その音はまるで死にかけの蚊が飛んでいるような気が抜けた音が部屋中に響いた。

 

 黙って難しい顔をする玲を見て、蘭は唇を噛み締め、笑いをこらえながら誉める。

 

 

「うん…、いい感じだよ。」

 

「ほんとかぁ?とても厳しい華道の娘だから皮肉が込もってんじゃねぇか?」

 

「まぁ、八割方皮肉だよ。ふふっ。」

 

「このやろ。俺、真剣にやってんだぞ?笑ってんじゃねぇよ。」

 

 

 玲は蘭を小突き、また笑い合う。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうだ?」

 

「背中向いてるぞ、今がチャンスだ!」

 

 

 しかし、この時の玲は入口に背を向けており、背後に忍び寄る気配に気付けなかった。

 

 だが、蘭は武器を持っている見慣れない不良が玲の背後に近付いているのに気付いた。

 

 玲はギターの方に意識が向いているのか近付く不良の気配を察知する気配もない。不良が金属バットを振り上げたのを見て、蘭は叫ぶ。

 

 

「危ない!!」

 

 

 蘭が玲を押し倒すのと不良が金属バットを振り下ろすのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玲は一瞬、何が起こったか理解できなかった。

 

 何かに気付いた蘭が叫んだと思ったら突然押し倒してきた。

 

 驚く間もなく、押してきた蘭の背中に金属バットが落ちてきた。

 

 いや、落ちてきたと言うより、振り下ろされたと言った方がいい。

 

 目に見えるもの全てがスローになる。

 

 痛みに悶えながら玲の身体にそのまま崩れ落ちる蘭。

 

 蘭が、殴られた。

 

 ようやく理解が追い付いた玲は叫んだ。

 

 

 

「うわああああああぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 玲の叫びはビル中に響き渡った。

 

 

「今のは!?」

 

「ボスの所へ急げ!」

 

 

 玲の悲鳴を聞いた部下たちは各々立ち上がり、玲がいる部屋へと走っていく。

 

 その悲鳴はモカたちにも聞こえた。

 

 

「みんな!私たちも行こ!」

 

「ああ!」

 

「れーくんに何があったんだろ?」

 

「モカちゃん!早く!」

 

「しまった…!こっそり僕も付いておくべきだった!」

 

「雨宮さん!早く来い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、しくじった!」

 

「ば、バカ野郎!狙いが逸れたからと言って怯むな!」

 

 

 蘭を殴った不良が戸惑っているともう一人がすかさず床に倒れている玲を殴ろうと鉄パイプを両手で振り上げる。

 

 が、その無防備な顔面にギターが飛び込んできた。

 

 鼻がひしゃげ、仰向けに倒れる不良に玲は蘭を傷付けないよう床に寝かせた後、幽鬼のように立ち上がる。そして倒れた不良の顔面を何度も踏みつけ始めた。

 

 

「ぷっ、げっ、やめっ、やめってっ…!」

 

「ひっ…!ひぃぃぃぃ!!」

 

 

 喋る暇も与えないほど何度も踏みつけ、段々赤く染まっていく床。

 

 その様子を見ていたもう一人は血相を変え、金属バットを捨ててその場から逃げ去る。

 

 だが、それを許す玲ではない。標的を切り替え、捨てられた金属バットを拾い、殺意に満ちた眼で逃げた不良の後を追いかけ始めた。

 

 

「お、おい、玲!何があったんだ!?」

 

 

 巴が呼び掛けるも無視をして逃げる不良の後を追って走っていく玲。巴は玲を追いかけようとした瞬間、

 

 

「きゃあああああ!?」

 

 

 ひまりの悲鳴が聞こえた。

 

 

「巴!お前はひまりちゃんの所へ行け!俺は雨宮さんと一緒に玲の後を追う!」

 

 

 巴は玲の事で後ろ髪を引かれる思いだったが、昇太の指示を聞き、ひまりの元へと走る。

 

 走った先にはひまりとつぐみが口を押さえて震えており、モカは呆然と部屋の中を見て、立っていた。

 

 

「ひまり!何、が…!?」

 

 

 巴が部屋の中を見た瞬間、言葉を失った。

 

 

 

 

「た、助けてくれぇ!化け物に殺される!」

 

 

 息を切らしながら逃げる不良。階段が見えたところで駆け降りようとした瞬間、足に激痛が走り、階段の踊り場へ転げ落ちる。

 

 咄嗟に足を見るとナイフが膝裏に刺さっていた。おそらく、玲が投げたのであろう。そして、顔を上げるとそこにはギラついた眼で不良を見下す黒豹の姿。手にはさっき捨てた金属バットを床に引きずる形で握られている。玲は不良を見下しながら口を開いた。

 

 

「なぁ…お前さ、これで蘭を殴っただろ?」

 

「ひっ…ひっ…」

 

「おい…、答えろよ。てめぇの泣きっ面なんざ見たくねぇんだよ。」

 

「ご、ごめ…」

 

「あ、わりぃ。手が滑った。」

 

 

 不良が謝ろうとした瞬間、玲はわざとらしく謝りながら金属バットを不良の足に振り下ろす。足からボキリと嫌な音がなる。

 

 

「ぎゃあああああああ!?足!足がぁぁぁぁぁ!!?」

 

「お前死ねよ。今すぐここで死ね。」

 

 

 静かで虚ろな、それでいて殺意がこもった声で呟きながら男を容赦なく殴り続ける。

 

 大勢の部下が駆けつくが、そこには無抵抗な男を殺意しか感じられない目で殴り続ける、あまりにも恐ろしい玲の姿があった。その光景に固唾を飲み込み、誰も近寄れなかった。ミイラ取りがミイラになるかもしれない。だから近寄れない。

 

 だが、ただ一人を除いて。玲の背後に近寄り、肩に手を置く者がいた。

 

 

「玲、もう止めなさい。彼はもう逃げる意志もない。」

 

 

 玲を止めたのは雨宮だ。諭すように声をかけると玲は動きを止め、ふらふらと自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「蘭…!蘭!しっかりしてぇ!」

 

「蘭ちゃん!聞こえる?返事できる?」

 

「なんで…なんで蘭を殴ったの…!」

 

 

 部屋に戻るとモカたちが蘭を囲んでいた。ひまりとつぐみは大粒の涙を流しながら蘭を呼び掛け続けており、モカは玲が顔面を潰し、気絶させた男に詰め寄る。

 

 

「お、おいよせ、モカ!早く救急車を…あっ、玲…。」

 

 

 玲は巴にも目をくれず、蘭の側に膝から崩れ落ちるように座る。

 

 

「蘭…蘭!大丈夫か!」

 

「う…。」

 

 

 玲の呼び掛けに蘭はゆっくりと目を開ける。背中を金属バットで殴られた痛みから汗が吹き出しつつも、玲の顔を見て安堵の表情を浮かべる。

 

 

「良かった…。無事だった…。」

 

 

 それだけ言うと気を失ったように目を閉じた。

 

 

「蘭…?蘭!らぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

 

 玲の悲痛な叫びは蘭を呼びかけ続ける幼馴染みたちの声に埋もれていった。

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