夕焼けと不良少年【本編完結】   作:shinp

46 / 55
43話 決戦前夜

 翌日の朝、玲はいつもより早く起きてしまった。目元は泣いていたのか赤く、髪の毛もボサボサ。しばらくボーッとしていたが、頭がはっきりしていくにつれて、昨日起こった出来事を思い出し、吐き気が込み上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、蘭が気を失った後、病院に搬送されるのに付き添おうとしたら雨宮に止められた。

 

 

「待つんだ。君が居なくなったら部下たちはどうなるんだい?君にはまだやるべき事があるんだろう?」

 

「ふざけんな…!今は蘭の方が大事だ!肩を離せクソ執事!」

 

 

 逆上した玲は抵抗しようとしたが呆気なく撃沈。薄れ行く意識の中、蘭を乗せた救急車が遠ざかるのを見ているしかできなかったのだ。その後、気がついた玲は雨宮を脅して病院へ行こうと試みたものの、全く動じない雨宮と雨宮から告げられた状況に心が折れ、泣き寝入りをする羽目になってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…くそ!あの時…、あの時もっと周りに意識をしていれば…!」

 

 

 昨日の蘭の苦しそうな顔を思い出し、玲は歯噛みする。自分の注意力散漫のせいで蘭が傷付いた。それだけじゃない。もしかしたら後遺症が残ってギターを握れない、脳にダメージが入り、ろれつが回らなくなって歌も歌えなくなったらどうすればいい?ネガティブな考えや自責が玲の心を苦しめていた。

 

 

「…入るぜ。玲。」

 

 

 そんな中、昇太が声をかけた。ゆっくりと振り向くと、昇太の顔にも後悔の色が混じっているのが見える。

 

 

「例の襲ってきた奴、調べたぜ。二人とも大崎の手先だ。どうやらこのビルに大崎しか知らない抜け道があったようなんだ。」

 

 

 昇太が手招きしてついてくるよう催促する。玲もおぼつかない足取りながらついていくと、屋上に出た。転落防止の鉄格子に梯子が掛かっており、隣のビルから伝って来た事が窺える。

 

 

「盲点だったぜ。まさか隣のビルから侵入するとはな…。」

 

 

 昇太は悔しそうに吐き捨てるが、玲は黙っているだけだ。蘭が搬送された病院がある方角をジッと見ていた。昇太はそんな玲に声をかける。

 

 

「…そんなに気になるなら行ったらどうだ?」

 

「駄目だ。」

 

「駄目って、幼馴染みなんだろ!行きたくないのかよ!?」

 

「本音を言えば行きたいさ!だけどな、今俺ら不良がどういう状況か分かってるのか?」

 

「…どういう事だ?」

 

 

 昇太が首を傾げると、玲はニュースを見ろと吐き捨て、その場を後にした。昇太はとりあえず、スマホを取り出し画面を見ると、

 

 

『まるで昭和の映画!?増加する不良狩り!』

 

 

 ニュースサイトのトップに玲と大崎の戦いがそのようなタイトルと共に掲載されており、記事の内容も主に玲から逃げてきた不良の言い分ばかりでまるで玲が悪者のような扱いだった。

 

 

「…んだよ、これ!ふざけんなよ…!」

 

 

 昇太が絶句していると、昇太のスマホが鳴り出す。すぐに出ると、部下が声を潜めて話しかけてきた。

 

 

「あ、昇太の兄貴っすか?今、由美や蘭さんが入院している病院にいるんすけど、サツが来たんすよ。俺も問い詰められたんすけど、何とか誤魔化して乗り切ったっす。でも、これ以上ここにいたら不味いと思うんで退散します。できれば、蘭さんの現状聞いてから退散したかったんすけど…すんません。」

 

「…くそったれ。」

 

 

 昇太は部下の報告に歯噛みして悪態をつく。それでも、状況が改善することはない。それでも言わずにはおれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘭ちゃん…大丈夫だったね。」

 

 

 蘭がいる病室でつぐみは医師から言われた言葉を反芻する。

 

 病院に搬送された後は皆帰る気になれなかったが、ここにいても進展がないと判断し、一旦帰宅した。次の日に全員で病院へと赴き、先に来ていた蘭の父と一緒に医師から告げられたのは、蘭は命に別状がなく、後遺症も残らない事だった。

 

 

「ああ、特に後遺症も残らないから大丈夫だってな。」

 

「でも、生きた心地しなかったよね…。玲、ホッとするだろうなぁ。」

 

「そだね~。早くれーくんにも知らせたいよね~。」

 

「でも、玲の奴、電話に出ないんだよな…。」

 

 

 巴はそう言葉をこぼしながら自身のスマホに目を落とす。蘭が無事だと分かり、真っ先に巴は玲に電話を掛けたが、ずっと待っても出ず。誰よりも蘭の心配をしていたはずなのに。そのせいで今のところ、巴たちは蘭よりも玲の心配の方が勝っていたのだ。思い出すのは、蘭が気を失った後、雨宮に引き留められるまで片時も子猫を守る母猫のように蘭から離れなかった幼馴染み。

 

 

「玲くん…ずっと取り乱していたもんね。」

 

「…心配だね~。」

 

 

 つぐみの心配からの呟きをモカが拾うが、それ以降、誰も言わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 娘が殴られたと聞き、病院に駆けつけた蘭の父はベッドの上で眠る娘を見て生きた心地がしなかった。が、診察した医師の話によると幸いにも命に別状はなく、後遺症もないそうだ。安堵した父は付き添った幼馴染みたちに見守るよう頼み、一旦気持ちを整理するため、廊下に出た。

 

 

「美竹様ですね?」

 

 

 すると、切れ目の鋭い女性刑事に話しかけられた。

 

 

「…君は?」

 

「申し遅れました。私、警視庁捜査一課の近藤と申します。」

 

 

 そう言って警察手帳を見せる近藤と言う女性刑事。

 

 

 「実は、最近起きている騒動について調べておりまして。不良狩り、と言えば分かりますでしょうか?」

 

 

 優しく話しかける近藤。だが、その目は相手の表情を窺っているようだ。

 

 

「あのニュースでやっている事ですか?勿論、ご存じですが…何故私に?」

 

 

 蘭の父は顔を引き締め女性刑事と向き合う。女性刑事はチラリと蘭がいる病室を一瞥すると、口を開いた。

 

 

「実は、貴方の娘さんが不良に襲われたとの情報を得てここに来たのですが…不躾ながら今、面会は可能でしょうか?」

 

 

 蘭の父は女性刑事の話に嫌な予感を察知し、出払うように話す。

 

 

「…わざわざ来てもらって申し訳ありませんが、娘は今、眠っております。話を聞けるのは、後になるかと。」

 

「…そうですか。神前玲に関する情報を何か持ってないか聞き出そうと思いましたが、分かりました。また時間を改めて来ます。では。」

 

 

 近藤は素直に引き下がり、一礼をした後、歩き去っていった。残った蘭の父は内心冷や汗をかきながら玲の心配をするのだった。

 

 

(玲くん…このままだと君は不味いかもしれないぞ…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。玲は一人、自室で窓の外を眺めていた。巴やひまりから着信が何度も来ていたが出る気にはなれなかった。何も考えず、ただ無心でいるだけ。すると、廊下の方から部下の喋り声が聞こえた。

 

 

「…にしても、昨日のボスヤバくなかったか?あんなにボコボコぶん殴ってよ。」

 

「んなこと言ってんじゃねぇよ!ボコボコにしたのはアイツが蘭さんをぶん殴ったからだろ?」

 

「まぁ、そうだけどよ。ボスも取り乱す事あるんだなって。」

 

「んだよ、お前。まさか、失望したってか?」

 

「違ぇよ、安心したんだよ!だって何でもかんでも出来るボスだからもしかしてアンドロイドか何かだと思ってたんだけど、蘭さんを心配する姿を見たらホッとしたんだよ。ボスも弱いところがあるんだなって。」

 

「あー…何となく分かる。」

 

「だからよ。俺らもボスにおんぶだっこは良くねぇと思うんだ。俺らにも出来ることねぇか今から探そうぜ!」

 

 

 そう言って遠ざかる足音。その言葉が耳に入った玲は改めてこんな自分には勿体なさ過ぎる部下だと痛感した。自分はたった一人傷付いただけでこの有り様なのに。そして、泣きながら蘭の無事を願い始めた。

 

 

「神様…どうかお願いです…。蘭を、蘭から音楽を、命を奪わないでください…。代わりに、俺の命を持って行ってもいいです…。だから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方。ようやく立ち直った玲は部下たちの前に姿を表した。

 

 それまで集合場所の会議室で駄弁っていたのが嘘だったように静まる。

 

 

「お前ら。今日の深夜、俺は大崎のアジトへ攻撃を仕掛ける。」

 

 

 玲の一声に更に場の空気が張り詰める。

 

 

「正直、激しい戦いになることは予想される。最悪、重症を負うことになるかもしれない。そんな危険な場だ。それでもついて行く奴は手を上げてくれ。」

 

 

 玲は会議室を見渡し、ついて行く部下を見る。やはり、痛いことはゴメンなのか、手を上げるのは肉体派だったり、喧嘩慣れしている者だけでまばらだった。それでも大崎の部下ににゲリラ戦を仕掛けた時の人数と合わせたら十分な数だ。しかし、その屈強な腕の中に不良とは思えない、細くて綺麗な腕が混ざって生えているのに気付いた。玲は呆れたようにその腕の主に話しかける。

 

 

「…おい、お前は呼んでないし、連れて行くつもりもないぞ。」

 

「えー、なんでー!?」

 

 

 不満そうに声を出したのは玲と同じ天才、アイドルである少女、氷川日菜だった。

 

 

「なんでって決まってるだろ。お前はアイドルだし、本来、無関係だ。」

 

「あたしに護身術教えたのに?」

 

「それはお前がしつこく付きまとうからだろうが!」

 

 

 ああ言えばこう言う。そんな二人の掛け合いを部下たちは眺めるだけだ。

 

 

「それに聞いたもん!蘭ちゃんが殴られたって。」

 

「っ!」

 

 

 日菜のその発言に玲は言葉がつまる。今聞きたくない言葉だったからだ。

 

 

「あたし、蘭ちゃんが大変な目に遭ったって聞いたとき、何で側にいてやれなかったんだろうって悔しかったんだ…。ねぇ、あたしにできる事はないかな?」

 

「…紗夜はどうすんだよ?アイツがお前を危険な目に遭わせるのを良しにするとは思えないぞ?」

 

「大丈夫だよ!おねーちゃんにはお友達の家に泊まってくるって言ってる!」

 

「嘘ついてんじゃねぇよ。」

 

「でも、そうじゃないとおねーちゃん許してもらえそうにないし…。」

 

「…だとよ、おねーちゃん?」

 

「え?」

 

 

 玲は呆れ気味に会議室の扉に声をかける。日菜は不思議そうに玲の視線の先を追うと、

 

 

「…あなたに姉呼ばわりされたくありませんよ、神前さん。」

 

「お、おねーちゃん!?」

 

 

 自宅でギターの自己練をしている筈の姉がいた。日菜は冷や汗をかき始める。

 

 

「美竹さんと由美のお見舞いに行ったときから様子がおかしいと思ったら、こんな危ないことに首を突っ込んで…。」

 

「お、おねーちゃん…ダメ…?」

 

「駄目です!…と、言いたい所ですが、許可しなかったとしてもあなたは黙って行くでしょうね…。」

 

 

 厳しく却下する、つもりだったがもし却下した場合、日菜がどう動くか予想してため息を吐く。

 

 

「じゃあ…!」

 

「ただし!無事に帰ってくること!もし、怪我をしたら神前さんとは金輪際関わらない事にしますよ!」

 

 

 日菜が目を輝かせるが紗夜が釘を刺す。だが、日菜には紗夜が自分を心配してくれている事を察し、紗夜に抱き付く。

 

 

「分かった!わーい!おねーちゃん大好き!」

 

「…まったく、しょうがないんだから。」

 

 

 まるでなついてくる子犬のように飛び付く妹に困ったようにそれでいて満更じゃない表情を浮かべる紗夜。そんな紗夜に玲は声をかけた。

 

 

「良いのか?」

 

「あなただって予想しているのでしょう?この子は鎖で繋いでも、檻に入れても自分で抜け出すような天才だと。それに、こうなった日菜にあなたがどれだけ弁舌を尽くしても絶対聞き入れませんよ?」

 

「……。」

 

 

 否定できない。氷川日菜は自分に正直だ。もし、説得して追い払ったとしても自分に気付かれないようにこっそりついて来るのは目に見えているし、取り押さえても取り押さえた部下を引きずりながら来るかもしれない。とんでもないじゃじゃ馬だ。

 

 

「…分かったよ。ただし、面倒は見きれないし、日菜に万が一あっても自己責任ってことで。」

 

「…承知しました。」

 

「よろしくね、玲くん!」

 

 

 だが、戦力にはなる。そう判断した玲は日菜を加えることを渋々ながら引き受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、一時解散だ!今日の深夜!志願者はボスが言った場所へ、サツに気付かれることがないように遅れるなよ!」

 

 

 ビルから出ていく部下たち。その中で玲も戦闘準備で待たせている部下の元へ行こうとしたが、

 

 

「やぁ、玲。」

 

 

 行く先に雨宮がいた。後ろには車が停めてあり、今しがたやって来たところだろう。

 

 

「…お嬢様の護衛はいいのかよ?」

 

「実は急に有給を取らされてしまってね。仕事人間な僕としては暇で仕方ないんだ。僕を雇ってみないかい?」

 

「傭兵ごっこなら他所でやれ。」

 

「三食まかない付きで時給500円でも良いけど?」

 

「はぁ…!?」

 

「悪くない条件だと思うが、どうだい?」

 

 

 玲は暫し呆気に取られるが、困ったように笑う。

 

 

「…運転手程度ならいいぜ。」

 

「それはありがたい。」

 

 

 雨宮はにこやかに微笑んだ後、車に乗り込んだ。玲も助手席に座り、目的地を指示する。

 

 

「行き先は?ご主人様(マイマスター)。」

 

「××市○○町の7番地だ。」

 

「了解しました。」

 

 

 雨宮は承ると車を走らせた。

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 

 沈黙が支配する。聞こえるのは車を走らせるエンジン音だけ。

 

 玲は窓の外を何も言わずに眺めている。そんな玲の様子を見た雨宮は口を開いた。

 

 

「美竹様が気になるんだろう?」

 

「…言ってねぇ。」

 

「顔に書いてあるよ。」

 

「…気持ち悪いぞクソ執事。」

 

「容態は安定。これといった後遺症や怪我もないとの事だよ。」

 

「…そうか。」

 

 

 少し、短い言葉ながら安堵が混じる声。素直じゃないな。そう感じた雨宮はもう一押し声をかける。

 

 

「面会するかい?」

 

「いらねぇ。つーか、今俺がどういう状況にいるか分かってて言ってんのか?」

 

「大丈夫。手はあるさ。と、言うわけでちょっと寄り道するよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 蘭と由美がいる病院。そこに一人のおどおどした少年を連れた雨宮が正面口から入る。だが、その二人に声をかける者がいた。

 

 

「失礼。私、こう言う者ですが…。」

 

 

 声をかけたのは刑事の近藤だった。警察手帳を見せながら二人を呼び止める。

 

 

「ふむ、私どもに何か?」

 

「呼び止めてしまって申し訳ありません。弦巻家の執事でございますね?実は今、不良狩りに関する情報を収集しておりまして。お時間、よろしいでしょうか?」

 

「えぇ。勿論。」

 

 

 雨宮が了承し向き合う。近藤は鋭い目を隣にいた少年に向けると、少年はその視線に怯えたのか、雨宮の陰に隠れるように動いた。

 

 

「そちらの少年は?」

 

「この子はここ最近明らかになった私の親族の息子です。私の仕事に興味があると言っておりましたので仕事を教えるついでにお嬢様のご友人を紹介しようかと。」

 

「…その子の親はご同伴ではないのですか?」

 

「…実は聞いてください。この子の両親は子供が嫌いなようで、この子を雑に扱うような親でございまして、去年帰省したときにこの子が弱っているのを見かけて保護したのです。」

 

「……。」

 

「ですので、こころお嬢様と交流すれば、少しは心の負担を減らせるかと思い、執事の仕事をやってみないかい?と誘ったところ、快く受け入れました。そして…!」

 

「…もう十分です。分かりました。引き留めて申し訳ありませんでした。」

 

 

 雨宮の説明に熱が入り始めた瞬間、近藤は長くなりそうだと察して引いた。雨宮は少しがっかりしたような表情をする。

 

 

「…そうですか。では、これで。」

 

「えぇ。申し訳ありませんでした。」

 

 

 近藤が退いて行くのを見送った雨宮は少年の手を引き、エレベーターへと乗り込む。扉が閉まったと同時に少年の庇護欲を掻き立てられるような怯える表情は鳴りを潜め、雨宮に白い目を向けた。

 

 

「…おい。お前のあれ、素が入ってるだろ?」

 

「さて、どうだろうね?とにかく、病室から先は自分で行きなよ。君と美竹様、二人の時間を邪魔しないよう僕は見張っておくからさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面会終了時間が近付いているためか、人通りが少ない。玲と雨宮はその静かな廊下を歩き、目的の部屋へと辿り着く。玲は一歩、一歩、蘭がいる部屋に近付くにつれ、自分の心音が高鳴っているのを感じる。そして、蘭がいる病室に辿り着く。扉は他の病室と変わりない普通の扉。だが、玲には手をかけるのが憚られる。しかし、今会わなければ二度と会えないかもしれない。自分の心に叱咤をかけ、意を決してドアをゆっくりと開けた。

 

 

「…玲?」

 

 

 そこにいたのは意表を突かれたような表情をする、ベッドにいる蘭。

 

 無事だ。普通に話せてる。普通に認識できている。その事実をこの目で確認できた玲は自然と目から涙が出てきた。

 

 

「良かった…!本当に…、良かった…!」

 

「ちょ、ちょっと玲、大袈裟じゃない?みっともないから泣かないでよ。…て言うか何でここに?」

 

「俺は…俺はお前を守れなかった。許してくれ…。」

 

 

 そう言って蘭のベッドの前で崩れ落ちる玲。この一日。彼はずっと耐えていた。蘭が無事であってほしい。その一点しか考えられなくて、今すぐにでも自分の役割を放棄したい筈だ。だけど、彼は不良のリーダーとして、蘭たちを守る為に戦う事を選んだのだ。

 

 

「…玲。あんたにはまだやるべき事があるでしょ?」

 

「蘭…?」

 

 

 だから、蘭は敢えて厳しくする。自分が目を覚ましたとき、父から玲が警察に目をつけられた事を聞いたから。

 

 

「行って。ここにいたらあんたは警察に捕まっちゃう。だから、早く…」

 

 

 本当は言いたくない。自分の視界がぼやけていってるのが分かる。蘭は思い切り声を張り上げた。

 

 

「行けーーーーーー!!!!!」

 

 

 そうしないと彼はずっとここにいてしまう。それでは駄目なんだ。まだすべき事があるから。

 

 蘭の意図を察したのか、玲は病室を何も言わずに飛び出した。その時、見た顔は整った顔立ちをくしゃくしゃにして泣いている顔だった。

 

 

「うっ…うぅ……玲…ゴメン…こんな事しか…言えなくて…本当に…。」

 

 

 遠くなっていく足音。その足音を聞きながら蘭は一人、咽び泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい、大崎さんよ!ここにいても不味いから早く逃げようぜ!」

 

 

 太った男が大崎にそう提案する。大崎が玲に恨みを持つ人間としてスカウトしたがそんなに大したことはやっておらず、ただいるだけの存在だった。

 

 

「逃げる?どこかアテでもあるのか?」

 

「そ、それはぁ…そのぉ…。」

 

「いいか?そんな根拠のない発言は慎め。何度言わせりゃ分かるんだお前は?お前は腹だけじゃなく頭にまで脂肪が詰まってるのか?」

 

 

 大崎は男を蔑む。だが、それでも男は下がらなかった。

 

 

「ふ、ふざけんなよ!俺様の意見ばかり無視しやがってよぉ!」

 

 

 堪忍袋の緒が切れたように男はわめきだす。無理もない。何せ大崎のグループは玲に恨みを持っていれば誰でも良かったのだ。しかし、それだけを基準にしていた事と、部下が増えすぎた事から意見の衝突が多くなってしまい、玲のゲリラ戦に翻弄される羽目になったのだ。

 

 

「もうこんな所いられるか!俺は抜ける!あばよ!」

 

「…ああ。もう好きにしな。」

 

 

 太った男は大崎にそう吐き捨てアジトの廃工場から出ていった。その様子を見ていた部下はまたかと言いたげにため息を吐いた。

 

 

「これで十人目…。遂に何もしてなかった寄生虫が出ていきましたね。」

 

「そうだな…。」

 

「襲撃に向かった部下二人からの連絡がない以上、俺達の敗北では?」

 

 

 部下はこの戦いは敗けだと言うが大崎はそうではないと言いたげに笑う。

 

 

「いや、俺の予想だと、()は今日ここを襲撃する。それに奴は甘ちゃんだからな。それを利用するぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボス。大崎のアジトからまた一人出ていきました。どっかで見た太った男っすけど、どうします?」

 

「放っておけ。アレは一人じゃ何もできない肉塊だからな。…さて、そろそろだ。」

 

 

 大崎と玲。二人の最後の戦いは、目前に迫っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。