神前玲の足取りを追っていた近藤は今この時がチャンスだと思った。
病院で見た気弱そうな少年。何やら引っ掛かりを感じ、己の直感を信じてその後をこっそり追い掛けていた。
車に乗り込み走らせたところで、近藤も覆面パトカーで追い掛けたが、途中で信号機に捕まってしまい、遠くなっていく車を見て思わず舌打ちをしてしまった。
信号機から解放され、どこに行ったか探していると、何やら争うような声が聞こえてきた。耳を澄ませ、声がする方向へ覆面パトカーを走らせると、廃工場へとたどり着いた。覆面パトカーを少し離れた場所に停めると手錠、警棒、護身用のスタンガンを持って廃工場へ向かった。
「玲くん!?いきなり何なのあんた?玲くんに乱暴をしないで!」
日菜は玲を地面に押し付けている女性に噛み付く。しかし、女性の鋭い視線は崩れない。日菜をギロリと睨み付ける。
「あなたは…この不良の仲間ですか?」
「玲くんとは友達だよ。」
「仲間のようですね。貴女にも事情聴取をしますので同行願えますか?」
「じゃあまず玲くんを離して。」
「それは出来ない相談です。この危険人物から目を離せば二度と捕まえられないでしょうからね。」
「…!玲くんを化け物みたいに言わないで…!」
「おかしな事を言いますね、あなた。神前玲は実質化け物ではありませんか?これまでの不良集団に対するゲリラ戦のような不定期且つ神出鬼没の侵略。降伏し、抵抗力のない者を徹底的に痛めつけ、そのまま放置。これを化け物と言わないならば何と呼べばよろしいのでしょうか?」
「それ以上言わないでよ…。玲くんを悪者みたいに言うなぁ!」
日菜は親友を化け物扱いする近藤に殴り掛かろうと走り出す。しかし、近藤が素早くポケットに手を入れ、スタンガンを取り出して日菜の身体に押し付けた。
「あっぐ!?」
日菜の身体を電流が走り抜け、力が抜ける。そして、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「ご安心を。護身用のスタンガンです。痺れも一夜の内に消えます。無駄な抵抗はしないでください。」
「れ、玲、くん…。」
「日菜ぁ…!てめぇ…、そいつは関係無ぇ…。俺が目的だろ?俺を連れていけよ…!」
玲は痛みで動けない身体で近藤を睨む。すると、近藤の態度が一変した。
「はっ、何を言い出すのやら。お前らの頼みを聞くなど、虫酸が走るぞ。社会不適合者の言葉など聞くに値しない。」
先程までのキチッとした口調が嘘のように荒げ、鋭い視線に侮蔑の感情を滲ませる。それはまるで出荷寸前の豚を見るかのような表情と声だった。
「じゃあ…、まずはその凝り固まった顔と考えをほぐしな。」
しかし、玲は近藤を挑発した。日菜から引き離すために近藤を煽る。その言葉が耳に入った近藤はこめかみに青筋を浮かばせ無言で玲の身体を力を込めて踏みつけた。
「あっぐぁ…。」
「その汚い口を閉じろ、薄汚い不良風情が。」
近藤は玲を踏みつけた足をぐりぐりと動かし、傷口に塩を塗るような行為をする。
「おいおい…っ、不良なら何してもっ…許されると思ってんの…っか…。」
しかし、玲は屈しない。昔、同じような事をされていた玲にとっては慣れてしまった物だ。痛みに耐えながらも近藤を挑発する。
「当たり前だ。これでも私は寛容なのだぞ?本来ならそのまま達磨にさせて、車に括り付けて引き回してやりたいくらいだ。」
「おっか…ねーな。どうして、っそこまで不良を恨んでんだ?身内が、不良にやられたのか?」
玲はそれでも煽る。すると、その言葉が引き金となったのか、近藤の目が見開いたかと思うと、段々と眉間にシワを寄せ、憤怒の表情で、蹴るように踏みつけてきた。
「黙れぇ!貴様らの!貴様ら不良のせいで私の姉さんは死んだんだぞ!彼氏と結ばれて!結婚も間近で!順風満帆だった姉さんの人生を!貴様ら不良が襲って!犯して!!殺して!!!台無しにさせたんだ!!!!償え!!!!!あの世で姉さんに償え!!!!」
「げほっ、がはっ…!」
突然ヒステリックになり、言葉を発する毎に玲を蹴る。もはや痛いかどうかも分からなくなってきた玲は怒り狂う近藤の顔を見てぼんやりと考えていた。
(あぁ…蘭が殴られた時の俺も、こんな感じだったのかな…。)
「や、やめ、やめ、て…。れい、玲くんが、死ん、じゃう…。」
日菜は玲を守ろうと動くが、スタンガンの痺れによって、身体が思うように動かせない。声を出そうにも上手く話せない。
それでも、日菜の声が耳に入ったのか、近藤はゆっくりと日菜を見る。
「安心しろ。死ぬ寸前まで痛めつけるだけさ。寝転がっている不良のボスの仕業に仕立て上げればそれでいい。お前のような不良少女がいくら喚こうが世間は刑事である私を信じる。貴様も加担者として事情聴取するから大人しくしていろ。」
すると、日菜は目を見開いた。近藤は自分の言葉に絶望したと思い、ニヤリと嗤う。
「くた、ばれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
だが、次の瞬間。叫びと共に近藤の肩に激痛が走った。驚いた近藤が振り向くと、そこには玲にやられていたはずの大崎が近藤の肩にナイフを突き刺していたのだ。
「き、貴様!?」
近藤は危険度が低いと思っていた者が襲いかかってきたことに狼狽え、バランスを崩してしまい、頭から地面に激突した。
「がっ…!?」
打ち所が悪かったのか、頭に強い衝撃を受けた近藤はそのまま気絶してしまった。大崎は息切れしながら近藤のポケットをまさぐり、手錠を取り出す。そして、何も言わずに自分の手首に手錠を嵌め、もう片方を近藤の手首に嵌めた。
「な、なん、で?」
日菜は大崎の一連の行動に疑問を抱いた。どうしてあれだけ玲を憎んでいたはずなのに。あれだけ玲を陥れたかったはずなのに。どうして玲を助けたのか。
大崎は日菜を見ると空を見上げ、口を開く。
「………さぁな。俺でも分かんなくなっちまった。さっきまで俺が望んだ玲が苦しむ様を見れたはずだったのにな。この女が玲を痛めつけている姿を見てると、左遷され、石を投げられている親父の姿が被っちまって…気が付いたらこいつをブッ刺してた。もう分かんねぇよ。」
どうしてだろうな?
大崎のその言葉は自分自身に向けての物だったが、それに答えられるものはいない。いや、答えなどないのだろう。
「お前らは勝者だ。さっさとこんな負け犬に気をかけず退散しな。」
「う、うん。そうし、そうしたい、けど。から、からだがしび、びれちゃ、って。」
「おーい!日菜ちゃーん!玲ー!どこだー!?」
日菜はどうしようか考えようとした時、廃工場の方から昇太の声が聞こえてきた。どうやら向こうの戦いも終わったらしい。
「しょ、しょうた、くーん。こっ、ちー。」
日菜は出来るだけ手を上げ、昇太を呼ぶ。その姿が見えたのか、足音が段々大きくなって来るのが聞こえてきた。
玲と大崎の戦いは終わった。
次回は多分ものすっごい時間がかかると思います。