季節は夏。時期的に夏休みではあるが日菜や蘭たちが通う学校はこの日は登校日である。容赦なく照りつける太陽、そして喧しく大合唱をするセミの声が響き渡る。玲は邪魔者が今日は午前中からいなくてゆっくりできるかと思っていたがそうではない。
雑居ビルの一室で玲はぐったりしていた。タンクトップに通気性がいいズボンを履いて汗ばみ、前髪が額に張り付き半目で寝転がる姿には色気が感じられる。
「くそったれ…夏なんてくそったれだ…。雨も嫌いだが降った後の夏の快晴も嫌いだ…。」
玲はベッドの上で寝転がりながらぼやく。
そう、今の外は昨日まで降っていた雨が止み、所々でできていた水溜まりが蒸発してもわっとした湿気とジリジリした熱気のダブルパンチなのだ。
「よーう、あっちぃなー。」
ドアを開けて入ってきたのはクーラーボックスに入れた賄いを持ってきた昇太だった。
「今日の賄いは何だ?」
暑さでイライラ気味の玲はベッドからのっそりと這い出てくる。
「ああ、今日はこんな猛暑だからな。ウチの店、夏期限定でアイスクリーム出すんだがお前の意見が聞きたくてな。」
「へぇ、お前にしちゃ気が利くな。」
昇太の賄いがアイスクリームと知った瞬間、イラついた声が鳴りを潜めた。そういう所は子供っぽいなと笑う昇太。
「お前にしちゃは余計だろ?」
そう言いながらクーラーボックスを開けてアイスクリームを取り出す昇太。アイスクリームの冷気が容器から溢れだすその様子はよく冷えていることが分かる。
「んじゃ、ありがたくいただくぜ。」
玲はスプーンでアイスクリームを掬い、口の中に入れた。キンとした冷たさと口内で溶けてじんわりした甘さが広がるのを噛み締めながら玲は感想を言う。
「んー、冷たさに文句は無いけどもう少し乳臭さは消せないかな?それが無くなれば俺は満足かな。」
玲の感想に昇太は真剣にメモを取る。
「ありがとよ。あとはひまりちゃんにつぐみちゃん、あとモカちゃんにも聞いてみるわ。」
「おう、ありがとよ。うまかったぜ。」
昇太はクーラーボックスを担ぐと出ていった。玲はもう一眠りするかと横になって目を閉じた。
夢を見ている。また昔の自分だ。動きやすい服装に身を包み、目の前の男に様々な状況下に置いての体術、護身術を叩き込まれる。そして、男は言った。
「いいかい?武道だとかそういうものは実戦には向いていないんだ。空手だとか柔道は礼儀を重んじている所がある。そうやっている間に相手も礼をしてくれると思うかい?」
昔の自分は首を横に降る。
「よし、なら今から教えるのは確実に相手を仕留める技術だよ。ちゃんと付いてきてよ?」
そう言って構える男、瞬間、視界が暗転した。
目を覚ます。どうやらうたた寝していたようだ。玲はゆっくり起き上がるとスマホを取り連絡を確認する。昇太から連絡が一件入っていた。玲は昇太に通話をいれる。
「もしもし、昇太か?」
「お、玲か!今大丈夫か?」
「すまん、ちょっとうたた寝していた。どうしたんだ?」
「あー、口じゃちょっと説明が難しいな…。羽沢珈琲店に来れるか?」
「? ああ、分かった。」
「じゃ、待ってるぜ。」
玲は通話を切るとすぐに出る準備をして羽沢珈琲店へと向かった。
「で、手伝いたいってのはひまりたちの宿題か?」
「いやー、助かったぜ。俺じゃ解けねぇからさ。」
じとりと睨む玲。だが昇太はサングラス越しにどうせ暇だろ?と言いたげな目で返す。
「でも玲は大丈夫か?学校行ってないんだろ?」
巴が尤もな事を言う。だが言われっぱなしの玲ではない。
「言ったな巴、見てろ。ひまり、ちょっと宿題見せてみろ。」
「ふぇっ!?う、うん!」
玲は近くにいたひまりの隣に座り宿題を見る。突然美形になった幼馴染みが急接近してきたひまりは顔を赤らめる。その光景に蘭はどこか不機嫌な様子になった。
「んーと、ここの公式は違うな。ここはこうやって…。」
すらすらと解いていく玲に昇太以外の面々は目を丸くする。
「す、すごい…。」
「お~、れーくん、モカちゃんの宿題も見て~。」
「お前は終わってんだろ?。甘えるなモカ。」
「ちぇ~。れーくんのけちんぼ~。それにひーちゃんばっかりに構っちゃって~。蘭が拗ねちゃうよ~?」
「バッ、す、拗ねてなんかない!」
即座に反論する蘭を見て玲はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ん?どこが分からないんだ?俺が手取り足取り教えてやるからさ…。」
玲は色っぽい声を出しながら蘭のそばに近寄る。
「ち、近い!近いしそんな声出さないで!あと手取り足取りって何!?意味わかんない!」
赤くなりながら押し退ける蘭。玲が見せた色気ムーブに昇太以外の面々も赤くなる。すると巴が昇太に尋ねた。
「なぁ、昇太。玲の奴、一体どこであんな色っぽい動き身に付けてきたんだ?アタシらもドキッとしちゃったよ…。」
「あ?さぁ、俺も聞いてみたことあったけどよく分かんねぇんだ。すまん。」
昇太はさらりと嘘をつく。聞いてみても分からなかったのは事実だがあんな事を今この場で話す物ではない。
「にしても玲くんって教えるの上手いんだね。ビックリしちゃったよ。」
「まぁ、参考書があればもっと分かりやすく説明できるけどな。ひまり、持ってるか?」
「あ、そうだね!ちょっと待ってね。今…」
玲の提案にひまりはバッグの中を探すが探す内にひまりの表情は固まっていった。
「どうした?」
「参考書…学校に忘れて来ちゃったかも…。」
「全く、学校に忘れるとかなんだよお前…。」
「だからゴメンってばぁー!」
頭を掻きながら愚痴る玲にひまりは謝る。
ひまりの参考書学校に忘れた宣言のあと、明日以降完全閉鎖される忘れた参考書がある学校まで取りに戻ることになったのだが夜道は暗いし危険なので玲や昇太も巻き込まれる形になったのだ。
「…にしても夜の学校かぁ…。」
昇太は暗くなった羽丘女子学園を見て昇太は尻すぼみする。
「何だ昇太、ビビってのか?」
「な、なーに言ってんだ!?ただ参考書取りに行くだけだろ!?」
「…別に女子高の中まで付いて来いなんて言ってないぞ。」
「いや~、れーくんも入っていいかもよ~。」
「は?いや、女子高だろ?」
「れーくん女の子っぽいから大丈夫だよ~いけるいける~。」
「俺は?俺はどうなんだよ?」
昇太が突っ込みを入れる。
「お前入りたいのか入りたくないのかどっちだよ…。」
「だって!夜の学校の校門前で一人とか怖すぎんだろ!?」
「めんどくせぇ…。」
玲は面倒くさがり、頭を掻きながら夜の学校へと入っていった。
「な、なぁ、あったか?ひまりちゃん?」
廊下で待機している昇太は生まれたての小鹿のように玲にしがみついて震えながら確認する。
「…離れろよ。」
玲はうんざりしたような顔で払い除けようとする。
「うわぁ!?」
「ひぎゃあ!!?」
突然蘭の叫び声が教室から聞こえた。その叫び声に反応して昇太も悲鳴を上げ、玲に引っ付く。玲はコアラのように抱き付いた昇太を引き剥がしながら教室に入った。
「うわ!?どうした蘭!」
「モカが、モカがいきなり後ろから話しかけてくるから…!」
「モ、モカ!止めろよな!俺がビックリする!」
「昇太の言う通りだぞ。止めろよそういうの。」
「いやいや、蘭が怖がってたからリラックスさせようとしただけだよ~。」
ビビった昇太と巴に注意されるもマイペースで答えるモカ。すると
「あった!あったよー!」
ひまりが参考書を発見したようだ。昇太の顔に余裕が出てくる。
「よし帰ろうもう帰ろうもうこんな怖いところ出て帰ってさっさと宿題終わらせて家に帰ろう。」
「しょーくん帰ろう言い過ぎ~。」
心に余裕はないようだ。
「さて、さっさと出るぞ。」
玲は昇降口のドアに手をかけて開けようとする。だが、
「…?」
ビクともしないドア。
「っ…!こっのっ…!!」
力任せに押したり引いたりしても全く動かないドアにイラついた玲はドアを蹴る。しかし、ガラスにもヒビが入らない。
「くそったれ!何で閉まってんだよ!」
「も、もしかして…警備員さんが…!?」
つぐみの推測に血の気が引く玲とモカ以外の面々。玲は落ち着かせるように提案する。
「落ち着けよ。二階から飛び降りれば済む話じゃん。」
「あ!そうか!俺と玲が先に飛び降りてあんたたちを受け止めてやりゃ充分だ!」
「そ、そうだよね!玲と昇太さんが受け止めてくれたら…。」
ひまりが名案と言わんばかりに喜ぶとモカが待ったをかけた。
「…れーくん、しょーくん、ここで問題です。今の私たちは学校の制服を着ています。れーくんたちが降りて受け止め役になったとき、二階から飛び降りる私たちの何がれーくんたちの目に写るでしょーか?」
「あ?そんな、の…。」
「…あー。」
玲と昇太はモカの問題の答えに気付き気まずい顔をする。そしてモカ以外の面々も察して赤くなってスカートを押さえたり、侮蔑の目を向けたりした。
「玲と昇太さんのエッチ!スケベ!」
「最悪。」
「お、落ち着け。俺はそこまで考えてなかったんだよ。つーか今は俺ら男を罵倒してる場合じゃないだろ!?」
「ま、まぁ、蘭もひまりも!玲の言う通り今はここを出ることが先決だろ?」
巴が軌道修正することで何とか事なきを得た。
「で、どうやって出るんだ?男である俺はここの事は全く分からん。」
「んーと、確か、体育館に部活で遅くなった生徒のために開いている非常口があるんだ。そこへ行こう!」
「よっしゃ!じゃあ行こうぜ!」
巴の情報に乗った昇太が我先に行くとひまりが不安げに呟く。
「ここから、体育館って結構距離、あるよね?そこまでを歩くの?」
ひまりの疑問に我先に行っていた昇太が早歩きで戻ってきた。
「…そんな歩くの?」
嘘だと言ってくれよ。
昇太の顔はそう物語っていた。