その後、不良グループのリーダーである大崎は警察の御用となった。大黒柱を失ったグループは瓦解し、散り散りになり、不良抗争は玲の勝利で幕を閉じた。
「やれやれ、傷を負ったって聞いたから驚いちまったよ、近藤。」
「…ご心配をかけて申し訳ありません。」
警察署で近藤は無精髭が目立つ先輩刑事に頭を下げる。肩を怪我しており、病院に運ばれたが、無理に動かさないようしなければ支障はないと医者に言われた後の事だ。
「んで、大崎圭司。こいつが今までの不良騒動の犯人だと。」
「いえ、それともう一人。神前玲です。」
「んー…、そうか。」
「はい。顔は割れています。もう一度玲がいると思われる場所へ…」
「…なぁ、近藤。張りきってる所で悪いが、上からの通達がある。」
「む、何ですか?」
「今後、お前は降格処分でこの不良騒動に関わるのは禁止。それと自宅謹慎だ。」
「な!?何故ですか!今、神前玲を捕らえなくてはいけません!あんな危険人物を野放しにしてたら…!」
「お前の行き過ぎた行動を撮影した動画が上層部に送られて来たからだ。俺も見させてもらったけど、ありゃやりすぎだぞお前。」
「…!?そん、な…何故…何故!?」
「何故ってお前、満身創痍で無抵抗な奴を容赦なく蹴ってる奴見たらどっちが悪者か、見りゃ分かるだろ?お前が不良を恨んでいるのも分かるが、やり過ぎるとお前の姉を殺したガキ共と同じになっちまう。」
先輩刑事からの説得に目が覚めたのか、近藤は己の手を見て震えだした。
「…まぁ、お前はよくやったよ。大崎圭司を捕らえる事は出来たんだからそれ以上欲張るのは危険ってもんだ。後の事は後輩に引き継ぐ。それでいいか?」
一人うちひしがれる近藤に先輩刑事は肩を優しく叩きながら諭す。
「…それに、これを戒めにして謹慎期間中に視野を広げてみな。気晴らしに音楽聞いてみるのもいいかもしれないぞ。」
近藤の目からは大粒の涙が落ちる。それは目標を捕まえられなかった悔しさからなのか、怒りを制御出来なかった自分への歯痒さなのか。自分が嫌悪していた者になりかけていた恐怖からか。自分でも分からなかった。そんな後輩の姿を見た先輩刑事は見せられた映像を思い出す。
(まぁ、それだけじゃなく、アイドルにスタンガン押し付けたからな…これが公になったらマジでヤバイからな。
玲は重傷を負っていたが、雨宮や部下からの手当てのおかげで何とか歩ける程には回復できた。しかし、服の下から覗く包帯からは戦いの傷が完全には癒えていないことを示していた。そして今はリハビリを兼ねた散歩をしている。
玲が歩いているのはとても静かな公園。のどかな風景があり、遊歩道を挟むように生えている木の間を歩く。その先のベンチに腰掛けて本を読んでいる雨宮を見つけた。
玲はその隣のベンチに座る。
「やぁ。傷はもういいのかい?」
雨宮は本から視線を外さないまま玲に話しかける。
「どっかの誰かさんの気持ち悪いほど手厚い介抱のおかげでな。」
「それは良かった。にしても、よく僕がここにいると分かったね?」
「お前の愛しのお嬢様に聞いたらこういう静かな場所が好きだって聞いたからな。」
「で、僕に何か用かな?」
「ああ、あの時あの暴力刑事との一部始終を録画してくれやがったお礼と、お前の分の給与だ。ほれ。」
玲は乱雑に手を差し出すと雨宮は受けとる。雨宮の手の上には四枚ほどのくしゃくしゃになった千円札とその中心に500円玉がぽつんとあった。
「500円の18:00から2:00までで給料は4000円、そして録画のお礼に500円玉一枚か。律儀にどうも。領収書書こうか?」
「いらねぇ。」
「そうか…。今日、美竹蘭様の退院日だけど、見舞いに行かないのかい?」
「…行かねぇ。俺と一緒にいたらまた蘭は傷付いてしまう。そうなったら俺は傷付けた相手を殺しちまうかもしれない。自分を制御できる自信がないからだ。」
「…それはつまり、君はこの町を出て行くつもりかい?」
「ああ、出て行く。俺はここに居すぎたみたいだからな。また根無し草だ。」
「そうか、寂しくなるなぁ…。」
「…止めないのか?」
「君の決断だ。僕に止める権利はないよ。」
「とか言って、あのお嬢様が俺を捕らえろなんて命令をしたら捕まえるつもりだろ?」
「まあ、そうだね。でも、君は蘭たちに会わないのは、その傷だらけの姿を見られたくないからだろう?だから病院に運ぼうとしても拒否をした。」
「ああ…、今の俺の姿を見たらあいつらは絶対悲しい顔をする。折角仲直りした矢先にそんな顔をさせたくないからな。」
「…ホントに、初めて会った時と比べて変わったよ。君。」
「…そうだよな。あの時、家出した蘭を匿った時はただ久し振りだって思っただけだった。でもな、あいつらと関わっていく内に、あいつらの音楽を聴いていく内に、俺の心が暖かく満たされていく感触がしたんだ。諦めていた暖かな世界…それを思い出させてくれた。…だが、俺の手はもう汚れすぎた。犯される事にも慣れてしまい、人を傷付けるのに躊躇しなくなった。もはや俺の手は…子供の頃、蘭たちと泥だらけになるまで遊びまくった少年の手じゃない。血と暴力で彩られてしまった。もう蘭たちの世界には戻れない。」
玲は自分の手を見てそう独自する。その目には羨望と憧憬、そして諦めが混ざった悲しい目だった。
「…それでも、あいつらの事を想うくらいは、赦されたい。」
雨宮はハロー、ハッピーワールド!結成時に自己紹介されたとき、こころがこう紹介された。
「雨宮はね、何でもできるすっごい人なの!」
それはこころが雨宮に対して最大の信頼を寄せた言葉で、実際その通りだった。
拉致され、知らない外国で人殺しの技術を学ばされ、更にはその居場所すらも追われた先で野垂れ死にになる運命を変えてくれた恩人のために。彼はあらゆる事を学び、恩人の娘の付き人となった彼にできない事はないと自他共にそう自負していた。
だが、たった一人の少年の心を癒せなかった。
そんな少年の心を癒せたのは、Afterglowの在り方だ。いつも通りでいたい。その想いが共通している五人だからこそ、神前玲は心を癒せたのだ。
「…後の事はどうするんだい?」
「昇太にまかせる。…まぁ、無責任だとは思うが、あいつも俺が出て行くのを反対しそうだから何も言ってないけどな。」
困った子だ。雨宮はそう思いながら本のページをめくっていると雨宮のポケットからハロー、ハッピーワールド!の楽曲が流れてきた。すかさず雨宮はポケットに入れてあったスマホを取り出すと、耳に当てる。
「はい、いかがなされましたか?こころ様。…はい。…はい、了解いたしました。」
「次は何の無茶をするって?」
「今回は寂れた遊園地を盛り上げたいそうだよ。」
「はっ、またとんでもない事を思いついたな。」
「でも、面白いと思わないかい?さて、僕は本業に戻るとしよう。」
雨宮は本に栞を挟み、腰を上げると玲に手を差し出した。玲も笑みを浮かべ、差し出された手を掴む。
「じゃあ、死ぬなよ。玲。」
「そういうあんたも、あっさり過労で死ぬなよ?」
二人は握手をするとそのまま別れていった。この先、玲が進む道は茨と呼ぶには過酷すぎる、困難な道になるだろう。雨宮はようやく心を取り戻した少年の行く末の心配とこれからどう生きていくかの楽しみが入り交じった複雑な心境の中、世界を笑顔にするという壮大な目標を持つご令嬢の元へと向かっていった。
それから二日後、新しいいつも通りに戻ったAfterglowは新曲の作成に取り掛かっていた。新しいいつも通りになって、ここにはいないもう一人のために作った歌を最初から最後まで通しで歌った後、一息つく。
「よっし、いい感じだな!」
「うん!この調子で本番も頑張ろう!」
「蘭~。ギターの腕、落ちてないよね~?」
「心配しなくていいよ、モカ。いつも通り弾けてる。」
「良かった。鈍ってたらどうしようって思ってたけど、これなら大丈夫そうだね!」
蘭は殴られ、少しの間入院する羽目になったが、命に別状はなく後遺症も残らなかったのですぐに退院できた。少しの間ながらギターに触れなかったので腕が鈍っているかもしれないと何曲か演奏してみたが、問題はなかった。すると、がちゃりとドアを開ける音がした。
「よっ。精が出てるな。」
音がした方を見ると昇太がいた。顔には殴られた跡や湿布が貼ってあるが、それでも持ち前の気さくな笑顔は失われていない。
「お。よう、昇太!」
巴が最初に挨拶を交わす。昇太も手を上げ挨拶を返しながらスタジオに入る。
「中々良い演奏だったぜ!これなら本番も大丈夫じゃねぇのか?」
「えへへ、ありがとう。昇太さん。」
「しょーくん、しょーくんや、その手に持ってる紙袋はもしや…!」
「ご明察だぜ、モカさんや。やまぶきベーカリーの焼きたてパンだぜ。」
「やったぁ!私ちょっとお腹減ってたんだよねー!」
「おぉ~、さすがしょーくん。パシリの才能がありますなぁ~。」
「いやぁ、それほどでも…って何でやねん!」
昇太はそのままつぐみたちと和気あいあいと会話をし始める。そして、蘭の方に話を振った。
「んで、蘭ちゃん。殴られたとこは痛むか?」
「…うん。痛まない、けどさ。」
昇太は蘭の歯切れが悪いことに気付いた。まさか別の問題でも起こったのだろうか?そう考えていると蘭が口を開く。
「玲はどうしてるの?」
「玲?…まさか、あいつに会えてねぇのか!?」
蘭の言葉の意図を察した昇太は驚いて蘭に聞くと、後ろから巴が話しかける。
「実はそうなんだよ、昇太。あいつ、あの戦いの夜以降、姿が見えなくてな…。」
「無事なのは分かってるんだけどね~。」
「私たち、心配なんだよね…。」
「昇太さん、何か知りませんか?」
Afterglow全員の言葉を聞いた昇太は首をかしげる。
「えぇ?あいつなら無傷とは言えねぇけど、帰って来てるぜ。…でも、何で蘭ちゃんたちに会わねぇの?わっかんねぇな…。」
実は、昇太は玲以外の怪我をした部下の面倒を見ていた為、玲が動けるようになった後の動向は知らずにいたのだ。
「そっか、無事なんだね。…ねぇ、それなら頼んでもらってもいい?」
蘭は玲が無事である事に安堵しながらも、昇太にしかできない事を頼んだ。これしかない。この人にしか頼めないと。
玲は一人、雑居ビルの一室にいた。朝起きて、夜寝るためにいた、見慣れた部屋を入り口から眺める。
「ここもこれで見納めか…。」
無意識にこぼれた言葉はそのまま静寂に吸い込まれる。机の上には玲が書いた別れの言葉と、今後の対策について昇太に託すという言葉が綴られた置き手紙代わりのノートパソコンがあった。
玲は荷物を担ぎ直すと、踵を返し、その場から立ち去る。一歩一歩、階段を降りる音は毎日聞いているはずなのに、この日ばかりは何故だか寂しく感じた。
そして、一階に辿り着き、外へ進めようとした足を止めた。
「……何の用だ?昇太。」
玲の視線の先には入り口に立つ昇太がいた。傾きつつある陽の光が昇太の背中を浴び、逆光によって表情は窺えない。
「…お前、出て行くのか?」
発せられた昇太の声は驚きと戸惑いが半々だった。それに対し、玲はしくじったと言いたげな表情をした後、平坦な声で答える。
「だったら何だ?俺を止めるのか?」
開き直った玲は昇太を睨む。おそらく、その道を退かなければ、たとえ昇太であろうと容赦はしないと言う目だった。
「…わぁったよ。でもな、これは持っておけ。」
昇太はそう言ってジャンバーのポケットに手を入れ、中に入っていた物を差し出す。それは丁寧に封をされている手紙だった。
「蘭ちゃんからお前宛ての手紙だ。読んでおけ。」
「…はっ。言いたいことがあるならメール使えや。」
その手紙を見て玲はそう吐き捨てる。その言葉に昇太は怒りで手を上げようとする。が、おそらく殴って説得しても自分では玲の心には届かないだろう。そう考え、名残惜しそうに玲のポケットに手紙を入れ、抱き締めた。
彼には助けられた事が沢山ある。それまで自分には出来なかった事を易々と成し遂げてきた。だけど、孤独だった。昇太はそれを察して孤独を癒そうとしてきたが、自分には出来なかった。
俺はお前の味方だ。せめて、お前が帰る場所は用意してやる。その想いを込めた抱擁をする。
玲は少し驚いた表情をしたが、すぐに意図を察し、抱き合う。
「じゃあな。…強情っぱりの馬鹿野郎。」
そう言って昇太は後ろ髪を引かれる思いで見送った。玲はその横を通り過ぎ、宛もない旅を始めるのだった。
蘭たち、Afterglowはいつも通り商店街を歩きながら玲の事で話し合う。そんな中話しかけてくる声がした。
「蘭ちゃーん!元気ー?」
「おい、香澄!ゴメン、蘭ちゃん。うるさかったか?」
入ってきたのは香澄たちPoppin'partyだった。
「ううん。全然。」
「よっ、香澄!どうしたんだ?今日は。」
「うん!今日はね、由美ちゃん友梨ちゃんのお見舞いに行ってきたんだけど、二人とも、バンドをやるんだって!」
「おぉ!!そりゃホントか!?」
「うん!それで、誰がどのパートやるの?って聞いたんだけど、二人ともギターって言っちゃって…」
「つーか、友梨ちゃんは自分もやるなんて聞いてないって顔してたよな。」
「でも、友梨って何でメイクでもしてるのかな?」
「おたえちゃん、あれメイクじゃないよ?」
商店街の一角で盛り上がる中、蘭は由美がバンドを始める事を知って微笑んだが、まだ浮かない顔をしていた。
(玲…何となくだけど、あたしには分かる。あんたはあたしたちを不良の世界に巻き込んで欲しくないから、こう言う風景を崩されたくないから会わないんでしょ?でも…、でも、それでいいの?)
玲は町を離れ、歩いていたが流石に歩き疲れたのかベンチに座り込む。一息つき、ふと、昇太から押し付けられた手紙を見る。
(…蘭からの手紙、か。)
玲は最後くらい読んでおくかと手に取り、封を切ると中には便箋が二枚、そして便箋とは違う質の紙があった。それを取り出し、見た玲は目を見開いた。
(ライブのチケット!?蘭が参加する…。)
何故こんなものが。疑問を持ちながら玲は便箋に目を移すとそれは、昇太の言う通り蘭の文字で書かれた手紙だった。
『玲、あの日以来、あんたに会えてないから無事かどうか気になって仕方ない。』
一文目で玲が便箋を持つ手の握力が強くなる。破り捨てたかったが、その後に続く文に目を奪われる。
『あんたは言っていたよね?俺とは住む世界が違う。もう昔の俺じゃないって。でも、本当にそうなの?だってあたしたちから見たあんたは、ずっと一緒に日が沈むまで遊び合った幼馴染みでしかないから。あたしはあの日、家出して良かったと思っている。だって、そのおかげでまたあんたに会えたんだから。』
玲の手紙を持つ手が震える。しかし、その震えは恐怖ではなかった。
『あんたはあたしに言ってたよね。俺が怖いかって。あたしの答えは決まってる。怖くない。むしろ、守りたいと思ったんだ。』
『力だって、知恵だって、あたしたちとは比べ物にならないほど、それこそ月とすっぽん位の違いがある。でも、頼もしい筈なのに、時々あんたの背中が消えてしまいそうに感じることがあった。そんな姿を見てあたしはあんたを守りたいと、ずっと側にいたいと思った。』
『おかしいよね?あたしは、あんたを何から守りたかったんだろう?今までその答えは見出だせなかったけど、今なら言える。』
『あたしは、あんたをあの酷い過去と運命から救いたかったんだ。』
そこまで読んだ玲は、感極まり、来た道を戻り始めた。
蘭たちに会いたい。もう一度、蘭たちの歌を聴きたい。もう一度、蘭の顔を…
玲はその事だけを考え、疾風のように走り続ける。
そして、向こう側から走って来る人にも気付かずにぶつかった
ドン
その瞬間、腹に激痛と、何か異物が入ったような感触がした。
「あ。」
現実は甘くなかった。
「…玲?」
「ん、玲がいたのか!?蘭!」
突然ここにはいない幼馴染みの名を唐突に呟いた蘭の言葉を巴の耳が拾った。それと同時に幼馴染み全員が振り向く。
「…いや、何でもない。気のせい。」
誰もいない方向をじっと見た後、少しがっかりしたような声で気のせいだと答える蘭。
(…もしかして、れーくんに何かあったのかな?)
しかし、モカは少し嫌な予感がして、スマホのある人物にメッセージを送った。
「よーし!みんな、行くよ!明日は本番!玲にも届くように歌うんだー!」
「おう!その意気だひまり!やってやろうぜ!」
ひまりが音頭を取ると巴たちがその後に続いていく。すると、つぐみはモカが来ていないことに気付き、振り向いた。
「モカちゃん?何してるの、早く行こ!」
「つぐー、ちょっと待ってて~…おっけーおっけー。今行くよ~。」
モカは素早く連絡を入れた後、スマホをポケットに入れ、蘭たちの後を追って走っていった。
ぶつかって来た人と玲の間に赤い水滴が落ちる。玲が腹を見るとぶつかって来た人の手を伝って赤い水滴が落ちる。
刺された。そう認知した直後、ぶつかって来た人の手が身体から離れる。
「は…、はは、やったぁっひゃはははー!」
シャツが赤く染まり、崩れ落ちる玲を見て太った男が狂ったように叫び、笑い出す。その両手にはそれぞれナイフとスマホが握られていた。男はスマホに向かって大声で喋る。
「やったぞ!見てるかクソアンチ共!今日!俺は!不良を殺しましたー!世の中の役に立ったよー!」
どこかで見た顔だったか、玲はもう覚えていない。どこかで恨みを買われるような事をした因果が回ってきたんだろう。そう自己完結している内にも男は玲の頭を何度も踏みつける。
「ほらぁ、どうしたぁ?抵抗してみろよ!あひゃひゃー!」
男はまるで魔女が嗤うかのような耳障りな笑い声を出しながら玲を踏みつけ、蹴る。すると、男が何かに気付き蹴るのを止めた。
「ん?何だこいつ、手紙なんか持ってる!彼女にやるラブレターだったのかな?音読してみたいと思いまーす!」
そう言って大切に握っていた蘭からの手紙を取り上げようと手を伸ばす男。玲は持てる限りの力を振り絞り、ナイフを振った。
男の手のひらに赤い線が走る。男は少し硬直して自分の手のひらを見る。そして理解が追い付くと、顔面蒼白になり叫んだ。
「ぎゃー!斬られた!痛い!人殺し!誰か助けてー!」
男は反撃されると思ってなかったのかパニックになり、手に持っていたスマホとナイフを放り投げ、逃げ出していった。
「はぁ…はぁ…。殺るつもりなら…、心臓を狙いやがれ…。」
激痛で顔中に汗が吹き出し、ふらつき、大事そうに手紙を持ち直しながら、ゆっくりと起き上がる。致命傷ではないが、このまま放っておくと多量出血で命に関わるだろう。腹を押さえ、よろめきながら公園のベンチに座り、救急車を呼ぼうとした。が、蘭からの手紙に続きがある事に気付き、読み進める。これが最善の方法ではないことくらい玲は分かってた。だが、今読まなければ駄目だという直感に従い、読む。
『今まであたしたちはあんたに守られてきた。これからも、あんたはあたしたちを守って傷だらけになるかもしれない。人質にならないように自分から離れようとするかもしれない。でも、忘れないで。どんなに離れて、時間が経って絆が解れても、何度でも結び直してやるから。今度はあたしたちが玲を守る。あたしたちがそばにいる。Afterglowの魂と玲の魂は永遠に一緒だよ。』
所々に血の指紋が付いた手紙に水滴が落ちる。雨は降ってない。玲の目から涙が止めどなく溢れだしたのだ。
玲の心を蝕んでいた記憶が消える。
玲の心に刺さっていたトラウマという名のナイフが抜け、その傷跡が癒される感覚がした。
それはまるで、押さえていた感情が飛沫を上げて吹き出すようだった。
(蘭…俺は…。)
空を見上げる。夕焼けが空を赤く染め上げ、一番星が瞬いている。
その光は玲の体を優しく暖かく包むように光っており、天からのお迎えのようだった。
Afterglow全員が和気あいあいと話し合う中、蘭たちは心の中で玲の事を考えていた。
(玲、あんたにゃ、沢山借りがある。あこの事だけじゃない。子供の頃、一緒にいじめっ子相手に戦ってくれたりしたよな。他にも一杯あるけど、一人でもどうにもならない時が来たら返させてもらうからな!)
(玲ってさ、私が泣いちゃったりするといつも泣き止ませようと変な顔したり、お菓子を買ってきたりして頑張ってたよね。それに、いらないって言ってたのに私が作ったマスコットを持ってるの、知ってるんだからね!今日その事を問い詰めて弄ってやるんだから!)
(れーくんってさ、やっぱり不良は向いてないと思うんだ。だって、ゆーみんみたいに困ってる人を放っておけず、結局養っちゃうところとかさ、ちっちゃい頃、捨てられた子犬の里親探ししていた時のれーくんそのまんまだったよ。)
(玲くん…。昔、玲くんが感じていた恐怖が、今は分かるよ。だから、一人で心細くなったらいつでも来ていいよ。玲くんが心落ち着かせるようなブレンドコーヒーを作って待ってるから!)
(玲…あんたがあの手紙を読んでくれたら、あたしは少し気恥ずかしいけど、嬉しいかな。だってあの手紙はあたしだけじゃない。ひまりも、巴も、つぐみも、モカも、みんな同じ気持ちなんだから。勝手に消えるなんて真似をしたら許さない。あたしはあんたを追い掛けるよ。ずっと。)
だって、あんたは最高の友達だから。
日が沈んで辺りが暗くなり、誰もいない公園のベンチ。そこに女の子と見間違うほど美しい少年が横たわっていた。腹は赤く染まり、ベンチをも赤く染めているその状況は、誰の目から見ても重症である。しかし、その顔に苦悶の色はなく、良い夢を見ているかのように穏やかで安らかだった。
次回、エピローグ。