「やっと着いたぁ…。ったく、あん親どもめ…。」
駅の改札口をくぐった少女はそう言葉をこぼす。今住んでいる福岡から一人で新幹線や在来線を乗り継いでここまで来たのだ。一人で行かせた親に恨み節一つ吐きたくなる。
「えーっと…いつもならしょー兄さんが出迎えてくれとるけど…。」
少女は周りを見渡し、目的の人物を探す。辺りを見渡すと、自分の名前が書かれたウェルカムボードらしき物を掲げている少女二人が目に入った。一人は前髪が長く目が隠れているまだ小学一年ぐらいで、もう一人は自分と同い年に見える子だった。
「…まさか、あれじゃなかよね?」
半信半疑でいると、前髪で目が隠れた少女と目が合ったような気がした。そしてもう一人の少女の袖を引っ張り、こちらを指さすと一緒にこっちに来た。近付いて分かったが、もう一人の女の子は顔半分を覆うような傷が特徴的で只者じゃないような雰囲気があり、少女は息を飲む。
「あんた、古賀麗美?」
「え、えぇと…どちら様で…?」
前髪が隠れた少女に詰め寄られるように名前を言い当てられ、少女、古賀麗美は距離を開けるように後ろに下がる。
「こら、由美。麗美が怖がってるじゃないか。」
顔に傷がある少女が由美と呼ばれた少女を後ろに引っ張って前に出た。
「ごめんなさい。怖がらせてしまって。ボクは勝目友梨。この子は、美竹由美。昇太は料理の仕込みで忙しいからボクたちが代わりに来たってワケ。荷物はそのキャリーバッグだけ?じゃ、早速行こうか。」
「は、はぁ…。」
麗美は困惑しながらも少女の後についていく事になった。
(一体何なん、こん子ら?…大丈夫なん?…まさか、財布とかスられたりとかせんかな?)
麗美はよく、東京は犯罪が多いとテレビで言っているのを聞いていたので、もしかしたら狙われたのではないかと不安になる。その不安が察知されたのか友梨が振り向く。察されたか?そう思い、麗美は体をこわばらせる。
「…ははぁ。ボクたちを疑ってるよね?じゃあ、証拠見せるよ。」
そう言って友梨がポケットから出した写真を見て、麗美は固まった。
そこに写っていたのは確かに昇太と麗美だった。昇太が布団が敷き詰められている部屋でポーズをしているが、昇太が普通にピースしているのに対し、麗美は昇太の背後で飛び上がって口をタコのようにすぼめ変顔をしており、何も知らない人が見たら妖怪か心霊が写り込んでいるんじゃないかと言われそうな写真だった。
「これ、君だよね?」
「………はい。」
何故、よりにもよってこんな写真を、そしてこれで分かってしまう自分とは。麗美は心の中で咽び泣いた。
麗美が商店街の中を歩いていくと、去年来たときには無かった明るい歌がスピーカーから流れていたり、心なしか人通りも多くて活気に溢れているような気がした。
そして、商店街の一角にある定食屋に着いた。入り口にはお休みの貼り紙があり、中には入れないようになっていたが、由美と友梨は遠慮することなく開ける。
「すんませーん!年末年始休みなんでまた日を改めて来て下さー…って、何だ由美と友梨かよ。」
厨房から顔を出した昇太の顔に麗美は笑みがこぼれる。
「しょー兄さん!」
「おぉ?麗美ちゃんか!元気にしていたか!」
「うん!しょー兄さんは変わっちょらんねー!去年のまんまばい!」
「ほぉー、そういう麗美ちゃんは大きくなったな!いくつだっけか?」
「十二!まだまだ成長中やけん、もっとでかなるばい!」
麗美は昇太と盛り上がっているが、由美と友梨は麗美の言葉が分からず、ぽけっとしているしかなかった。
「今、親父と一緒に年越しの飯を何にするか話し合ってて手が離せないから、由美と友梨の二人と一緒に遊んでたらどうだ?」
「え、あん二人?何か怖かけど、大丈夫なん?」
「大丈夫、大丈夫!二人とも優しいから心配しなくてもいいぞ!」
「…って、外に出たけど、何処に行けばよかと?」
「うん?君って、毎年ここに来てるんでしょ?ならこの商店街の事知ってそうだけど…。」
「実はあたい、しょー兄さんの家しか知らんくて、どこに何があるのかよう分からんと…。」
「そうなんだ。じゃあ、ボクたちが案内するよ!…とは言っても、ほとんど年越しの準備で閉まってるけどね…。」
「友梨、大丈夫。あそこなら開いてる。」
由美に連れられて来たのは喫茶店だった。中へ入ると優しそうな茶色髪の女の子が出迎える。
「いらっしゃいませ!あ、由美ちゃんと友梨ちゃん!」
「やぁ、つぐみさん。ボクはいつもので。由美は?」
「つぐねえ。私はオレンジジュース。」
「はい、かしこまりました。…あれ?後ろの子は?」
つぐみと呼ばれた従業員の女の子と目が合い、麗美は緊張気味に挨拶する。
「こ、こんにちわ!あたい、いや、私は古賀麗美って言います!」
「あぁ、昇太さんが言っていた女の子だね!私は羽沢つぐみ。よろしくね。」
「は、はい、よろしく、お願いします…。」
さっきの昇太の時と違い、もじもじしだす麗美。そのギャップに由美と友梨は揃って首をかしげる。
「はぇー…中々よか店ねー…。雰囲気あって落ち着くばい。」
三人は案内された席に座ると麗美はきょろきょろ周りを見渡し始める。そんな麗美に由美が質問した。
「…ねぇ。気になったんだけど、どうして昇太に対しての態度と、つぐねえに対しての態度が全然違うの?」
「あー…、やっぱ、さっきんと見た後だと気になっちゃう?」
「うん。何て言うか、借りてきた猫みたいになっちゃってたよ?」
「…ねぇ、誰にも言わん?」
麗美の気まずそうな雰囲気に由美と友梨はアイコンタクトをした後、麗美と向き合った。
「うん。ボクは誰にも話さないよ。」
「あぁ、うん。ありがと。じゃ、話すけんね。」
麗美が語ったのは自分の家族の事だった。
麗美の親は最近親子で会話することが少なくなってきたらしく、その原因が、母親は方言が嫌いで、麗美に標準語で話すよう厳しくしつけいたところ、それに父親が止めさせるように文句を言って喧嘩に発展してしまったらしい。今ではお互いに不干渉で、子供の自分にはどうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。
「…そうか。それは、大変だね。」
友梨は麗美の家庭事情を知ってそう言葉をこぼす。
「やけん、ほんとは両親も来るはずなのに、あん二人は知らんお兄さんお姉さんと仲良くしちょって、あたいをほっぽって…!そんで最近、別れるって話聞いたっちゃけど、どっちがあたいを押し付けるかって!あたいは疫病神なん?ふざけんでほしかとけど!!」
「ま、まぁまぁ。君の事情は分かったよ。随分大変だったろう?ここのコーヒー飲んで落ち着こうよ。」
友梨に飲むよう促された麗美は吐き出してスッキリしたのか、出されたコーヒーを思い切り口の中に流し込んだ。が、
「っ!?ん、んぐっ……に、苦い…。」
慣れないコーヒーの味に顔が渋くなってしまう。その様子を見ていた由美と友梨はフフッと笑った。
「ひ、ひどかよ二人ともぉ~…。」
「ごめんね。でも鬱憤を吐き出せて良かったんじゃないかな?」
麗美は恨めしそうに二人を睨むが、由美はオレンジジュースをくぴくぴ飲んで知らんぷりをしており、友梨も謝りながらも、コーヒーに角砂糖とミルクを入れて飲んでいた。
「うぅ、恥ずかしか…。」
麗美は恥ずかしさに顔を腕に埋めて顔が赤くなっているのを見られないようにしたのだった。
麗美がやって来た翌日は大晦日、午前中は由美と友梨に連れられ、あちこち歩き回った。その時に由美と友梨の知り合いのガールズバンドたちと会話したりと和気あいあいとしていたが、麗美はハロー、ハッピーワールド!はあまりにも濃すぎるメンバー過ぎて、今日限りにしようと決めた。そして午後、麗美は出前の料理を持った昇太に連れられて雑居ビルへとやって来ていた。
「え、えぇーと…しょー兄さん?ここは?」
「俺のダチがいる所だ。大丈夫だって。みんな見た目怖いけど優しい奴ばっかりだからさ。」
昇太に手を引かれながら麗美は雑居ビルの中へと入っていく。地下があるらしく、その中の一室にドアを開けると、デカイ体の男が近付いてきたので麗美はビックリして昇太の後ろに隠れる。
「昇太の兄貴!持ってきてくれてありがとっす!」
「おう、お前ら!待たせたな!俺と親父が作った大ボリューム年末特製料理だ!今日はこれを食って年を越そうぜ!」
昇太が声を張り上げると部屋にいた不良たちから歓声が上がる。
「す、すごかぁ…。こん人たち、みんなしょー兄さんの?」
「あぁ、そうだよ。」
「ん?昇太の兄貴、この子は?」
「紹介するぜ。俺のいとこ。九州からやって来たんだ。」
「へぇー、九州から!?」
「あぁ、でも待て!こいつ、見ての通り人見知りだからがっついて話しかけんなよ!」
「へい!分かりやした!」
昇太は麗美が部下たちを怖がらないようにするため、自分に離れないように忠告した後、不良たちの宴の中へと入っていった。
「ところで、玲は…って、ああ。今いないんだっけか。」
「ええ、今頃向こうで楽しんでると思いますよ。」
三十分か、一時間ぐらいたった時、ふと口に出した名前を拾った麗美は首をかしげた。
(玲?誰やろか?女の子っぽいけど…。)
昇太が言っていたその名前に麗美の心は疑問を掴んでしまい、離れない。
「なぁ、しょー兄さん。さっき言ってた玲って誰なん?」
「ん?あぁ、そうか。お前は知らなかったもんな。よし、ちょっと来い。」
昇太は腰を上げると麗美を連れてはしゃぐ不良たちの宴会場と化した地下室から出て行き、階段を登り始めた。
一階上がると既に不良たちの騒ぎ声が聞こえない事から、ここの防音対策は完璧のようだ。
こつ、こつ、こつ。一段一段登っていく昇太の後をついていく麗美。そしてたどり着いたのはビルの一室だ。中を覗くと、ベッドに机、そして隅っこにはありとあらゆる物が山積みになっており、誰かが住んでいたかのような痕跡がある部屋だった。
「ここに住んでいた元ボスだ。」
元ボス。その名前を聞いた麗美は目を見開く。
「も、元ボスって…今はどうしちょると?」
「もう、不良を止めたんだよ。」
そう語る昇太の横顔にはどことなく寂しさが滲み出ており、麗美は亡くなったのかと察した。これ以上踏み込むのは良くないと思い、話題を変える。
「え、えぇーと、今の、ボスって…誰なん?」
「今のボスはお前もう会ってるぜ?駅で迎えに来てた勝目友梨だ。」
「ほぉー、あん子が………えぇ!?あん子がぁ!?」
納得しかけて驚く麗美。まさか、あの優しそうで自分と年が変わらない女の子が屈強な不良たちの親玉とは夢にも思わなかったからだ。
「ど、どうしよう…あたい、あん子にため口してしまったっちゃけど…大丈夫なん!?」
右往左往しながら狼狽える麗美を見た昇太は思わず吹き出してしまう。
「おいおい、落ち着けって。あいつはそんなの気にしないし、このグループは不良ばっかじゃねぇんだよ。」
「…ほぇ?それって、どういう…?」
「昔はそれこそ、俺や玲がいた頃は不良ばっかだったんだけど、最近は不登校児やいじめられっ子、色んな心の傷を負った子達を受け入れてるんだよ。ボスになった友梨が言ったんだ。『ボクたちはいじめてる人を撃退しているけど、それだけじゃ弱い人はボクたちを頼るようになってしまう。それじゃダメなんだ。』ってな。当然部下の中には反発する奴もいたが、あいつの言うことも一理あったんだ。実際、いじめられっ子の中には俺らに依存しかけている奴もいた。不良に守られている。これを聞いたらどんな印象かって友梨の奴は俺たちに問い掛けていったんだ。そして、あいつはこのボスの座に着いた。」
麗美は楽しそうに語る昇太の横顔を見て、それほど友梨はスゴい子だったのかと感心する。
「さ、戻るか。まだ宴会は始まったばかりだからよ。」
その後、料理はおつまみ程度の感覚になっていき、他の部屋で紅白を見る組、年末定番のバラエティーを見る組、ゲームで遊ぶ組に別れて行った。
麗美はゲーム組についていき、格闘ゲームをやっていたのだが。
「だぁぁ!負けたぁ!」
「うっそだろ!?こいつ超強いのに何でそんな弱キャラで勝てるんだよ!?」
コントローラーを持った不良が崩れ落ちる。画面には麗美が操るキャラクターが立っており、勝敗を決するK.Oの文字がでかでかと表示される。
ここまで、麗美は不良相手に三勝も勝ち抜きしているのだ。
麗美は驚く不良たちの視線に恥ずかしがりながらコントローラーを握る。
「え、えぇと、このキャラは、体が小さいから当たり判定も狭くて相手がでかいから当たりにくいんです。その上、罠を設置して戦うトリッキーなキャラだから、それを生かしただけなんですけど…。」
「次、俺!俺がやる!」
「あ、ど、どうも、お手柔らかに…。」
二分後、不良が崩れ落ちた。
そうして、更けていった夜。麗美は不良たちから格ゲー女王の称号を勝手に授けられ、困惑していたが悪い気はしなかった。
そして、年越しの合図が紅白見ていた組からカウントダウンが告げられ、全員その場で明けましておめでとうの歓声を上げた。
その後は、家に帰る組と、残って騒ぎ続ける組、そして初詣に行く組の三つに別れ、麗美は初詣に向かうことになった。
「さ、寒かねー、しょー兄さん。」
「おう、カイロやるからこれで暖まれ。」
麗美は完全暖房の装備で出てきたが、それでも冷たい風が体を包む。昇太はそんな麗美にカイロを渡す。
そして、見えてきた神社に向かうと、昇太は最初に目が入った人物に話しかけに行った。
話しかけに行った人物は麗美にも覚えがある人だ。
(あん人は確か、宇田川巴さん、だったかな?)
昇太と仲良く話しているようで自分が入っていいのか尻込みしていると、
突然後ろから引っ張られた。
「うぇ、ちょ、何?」
麗美の理解が追い付かない内に段々昇太から離されて行って、道に外れた明かりが少ない場所に放り込まれてしまった。
「な、何なん!?あたいをどうするつもり!?」
麗美は困惑しながらも引っ張っていった人を見ると、頭にニット帽を被り、目が見えないほど濃いサングラス。そして口にはマスクをはめており、人相が分からないようにしてあった。
「はぁ、はぁ、君ぃ、この辺りじゃ、見かけない子だねぇ…。」
そう興奮したような男の声で不審者は息を荒げながらナイフを取り出す。麗美は背筋が寒くなり、逃げ出そうとしたが、足がすくんで動けなかった。
「とっても綺麗な足だねぇ…しゃぶりつきたいくらいだよ…。」
(い、嫌…、あたい、どうなるん?何であたいなん?怖か…誰か助けてぇ…。)
震えながら身を縮みこませ、守るが、そんなものは意味がない。
「じゃあ、そのセーター脱ぎ脱ぎしようね…!」
そう言って一歩、一歩ずつ近付く不審者。麗美はもう駄目だと言わんばかりに目をつぶった。が、
「おい、ようやく見つけたぞクズ野郎。」
知らない声が聞こえた瞬間、不審者が短い悲鳴を上げ、どさりと倒れる音がした。
何が起こった?そう思い、目を開けると、
不審者を見下す濡れ烏のような黒く短い髪、少し力を入れたら折れてしまいそうで、よく見たら鍛えている細い手足。そして、その上にはとても美しく、綺麗な顔が乗ってあった。
「さてと、お前がここを狙って来るのは分かってたぞ。サツにつき出してやるから覚悟しな。」
「や、やだ、やだよぉ…警察は、やだよぉ…。お願いします。許してくださいぃ…。」
「そう言った他の子供にお前は何をした?虫がよすぎるぞ、てめぇ。」
男性だか女性だか見分けがつかない美しい人は嫌がる不審者を踏みつけている足に体重を掛けながら縄で縛り上げ、身動きをとれなくした後、麗美に近付き、手を差し伸べる。
「大丈夫か?怖かっただろ?」
優しく笑いかけた人の美しさを見て呆気に取られたが、すぐに首を縦に動かす。
「あ、あの、ありがとう、ございます…。」
麗美は見惚れながらお礼を言うとその人の背後に近付く影があった。
「ねぇ、あんた。こんな子供にまで色気使ってんじゃないよね?」
声がした方を見ると赤い振り袖姿に髪の一房を赤メッシュで染めたボブヘアーの少女が冷めた目で目の前の人を睨んでいた。
「おいおい、蘭。そんなわけないだろ?この子が無事かどうか確認しただけだっての。」
「…どうだか。」
無実だと言わんばかりに両手を上げる人に、疑わしげに目を細める蘭と言う女の人。
この二人はカップルなのだろうか?そんな事を考えていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「麗美!良かった、無事だったか!」
昇太は麗美を見つけるとすぐさま抱き締めてきた。
「すまなかった!ほんっとうに怖かっただろ!?」
「しょ、しょー兄さん、あたいは、大丈夫やけん、く、苦しい…。」
「あ、あぁ、悪い悪い。」
強く抱き締めすぎたせいでぐったりしかけた麗美は昇太の背中をタップすると昇太は慌てて離れる。すると、その様子を見ていた美しい人は呆れたように昇太に注意した。
「ったく、子供は常に視界に入れとけ。」
「あぁ、悪かった。助かったぜ、玲。」
「……………え?」
れい、例、礼、玲。麗美は一瞬、昇太が何を言ったのか分からなかった。
「あ、あの、こん人って…」
「あぁ、紹介が遅れたな。こいつは、神前玲。元不良のボスだ。」
麗美は今日一番の大声が出た。
「あっはっはっ!死んだと思ってたのかよ!」
「もー!笑わんといてよー!」
麗美は今までの話で玲が死んでしまっていたと勘違いしていた事を告白すると昇太は大笑いして、麗美は恥ずかしさに悶えながら昇太を叩く。
自己解釈で勝手に死人にされていた事に、玲と蘭は微妙な顔になっていた。
「さ、気を取り直して参拝に行くか!」
「お、降ろさんね!自分で歩けるけん!」
昇太は麗美を抱き上げるとそのまま歩いていった。
その後ろ姿を見送る玲と蘭。蘭はジトリと玲を睨むと口を開いた。
「玲…、もしかしたら本当に死んでたかもしれないんだよ?」
「…悪かったよ。」
玲は蘭に釘を刺され、気まずそうに目をそらす。思い出されるのは、玲にとっても蘭にとっても生きた心地がしない思い出だった。
玲が生還する事ができたのは、偶然が生んだ奇跡だった。
あの後、反撃された男がスマホを拾いに戻ってきて逆上し警察に通報。駆け付けた警官が目にしたのは、スマホとナイフを持った太った男とベンチで血を流しながら横たわっている美少年。どちらが怪しいかは明白で、男はそのまま連行、玲は病院へと搬送された。
その後、玲が意識を取り戻すまでの間、蘭とその関係者たちは数日間、元気がなかったが、それはまた別の話。
「…もう、あんなの二度とゴメンだから。」
蘭は拗ねたように玲の服の袖を引っ張る。もう離したくない。その思いを察した玲は苦笑いながら蘭を抱き締めた。突然の行動に蘭は驚き、もがきだす。
「ちょ、玲!?何やってんの、いくらここら辺、人が少ないからって…!」
「…ばーか、何考えてんだよ。お前で暖を取りたいだけだっての。」
「だ、だからって、こんなとこ、モカに見られでもしたら…!」
蘭が反論しようと睨んだ瞬間、玲の口と蘭の口がくっついた。
「…!?」
呆気に取られながらも押し退けようとしない蘭。
その時間は短かったかもしれない。長かったかもしれない。でも、お互いにとっては嫌な時間ではない。
そして、お互いの口が離れる。ぷはっと空気を求めてお互い口を開けると、その間に二人を繋ぐ糸が引いていた。
「…すまん。いくらお互い好きでも、これはマズいよな?」
少し静寂が流れ、玲は火照った顔を隠しながら気まずそうに蘭に謝る。
「………………バカ。」
それに対する蘭は顔を隠しながら小さく罵倒する。
「キス魔、変態、不良、ケダモノ、…ヘタレ。」
「おい、最後のは聞き捨てならねぇぞ?ヘタレってなんだヘタレって。」
「何でもない。ほら、巴たち待たせてるからさっさと行く!」
「おい、待てよ!足早いっての、置いてくな!」
「止まるつもりはさらさら無いから!」
足早に去っていく蘭にそれを追い掛ける玲。その光景は、新たないつも通りの一部となった。
「…あん人が、玲なんやね。」
参拝し終えた麗美は五人の女の子に囲まれながら、困ったように笑いながらも歩いている少年を見てそう呟く。
「あたい、あがんきれか人、初めて見たよ。笑った顔もすごか…。」
「…そうだな。でもな、あいつがああやって笑えるようになったのは、つい最近なんだ。」
「…え?」
それから、昇太の口から語られた内容は、麗美にとっては衝撃的すぎる内容だった。
こんな事があっていいのか。自分と同じぐらいの頃に親が死に、別の大人から暴力を振るわれ、売られ、そして人権を弄ばされた。自分の親の夫婦喧嘩や浮気よりもよっぽど酷い。途中から涙が溢れ、拭っても、拭っても止まらず昇太の身体に抱き付いて顔を押し付けた。
「…うんうん。だからな、自分だけが不幸だって考えるのは止めな。」
「うん…、って、しょー兄さん!?な、何であたいの家庭事情を…!?」
「おいおい、俺は不良のボスだった男だぜ?顔色見て察するくらい朝飯前だ。」
「えぇ?嘘…。あたい、そんなに分かりやすか?」
昇太に見抜かれた麗美は思わず手で顔を覆う。
「それにな、別に両親について行かなくても良いんだぜ?お前だって立派な意思を持ってる人なんだからな。」
「え…しょ、しょー兄さん、何でその事を…?」
「由美から聞いたぜ?」
「あ、あいつ…!約束破って…!」
誰にも言わないという約束を破った少女を見つけるため、麗美は顔を真っ赤にして人混みの中へと走っていった。
「どこやー!どこ行った由美ー!あたい言わんといてって言いよったよねー!?」
その後ろ姿を見送る昇太。すると、横から巴が話しかけてきた。昇太が視線を向けるとそれぞれ色とりどりの振り袖姿の蘭たちの姿があったが、玲だけがコートを着ていた。
「よっ昇太。麗美ちゃんは?」
「由美を探しに行ったぜ。お前らは参拝済ませたみたいだな。」
「うん!これからも、みんないつも通りでいられますようにって願ったんです!」
「えぇ?モカちゃんはいつまでもやまぶきベーカリーのパンを食べられますようにって願ってたんだけど…。」
「でたらめ言うなモカ。」
「れーくん。ジョークだよ、ジョーク。」
「そうか…んで、玲。お前は何願ったんだ?」
「……教えねー。」
「あ、昇太さん。玲くんのお願いはね、由美ちゃんと友梨ちゃんに新しい友達ができますようにって願ってたよ!」
「お、おいつぐみ!何漏らしてんだ!?」
「あ!ご、ごめん玲くん!ついうっかり…。」
わいのわいのと騒ぎまくるAfterglowと玲。その声をBGMに昇太は麗美の方に視線を戻すと、屋台の食べ物を頬張っている由美に噛み付く麗美と、それを宥める友梨の姿があった。
(…もう、叶っちまったっぽいな。)
これからも、新しいいつも通りは巡っていく。
と、言うわけで『夕焼けと不良少年』最終話を迎えました。BANANA FISHを読み終えた衝動に任せ、書き始めた落書きにここまで読んできてくれたり、評価、お気に入りに入れてくれたりした読者の皆様には感謝しかありません。
さて、今後の予定は活動報告の方に書かせてもらいます。
では。