蓮昇太が宇田川巴と初めて会ったのは巴が中学生になりたての頃だった。
いつか商店街の希望を担うホープとして顔合わせをしようと昇太の父親が言い出した事で出会ったのだ。
昇太は巴の噂はよく耳にしていた。今後の祭り名物の太鼓奏者として申し分無い人物だと。
そして、親に連れられて来た公民館で噂の宇田川巴らしき人物を見つけた。赤髪で側には妹らしき少女と手を繋いでいる。間違いない。そう直感した昇太は話し掛けに行った。
「よぉ!あんたが、宇田川巴か?」
「ん?あんたは…。」
「俺の名は蓮昇太。気軽に昇太って呼んでくれよ。」
そう言って、昇太は男友達にやっている相手の胸に拳を当てる挨拶をする。してしまった。昇太は失念していたのだ。商店街の太鼓奏者と聞いて真っ先に思い浮かんだ人物像が男性だった事に。巴が見た目も相まって女性だと、毛ほども考えていなかった事を。
「ど…。」
「ん?どした?」
「どこ触ってんだお前!?」
「ぶごっ!?」
顔を赤らめた巴に殴り飛ばされる昇太。予期せぬセクハラをされた巴はノックアウトされた昇太を更に追撃するように蹴り始めた。その騒ぎはお互いの保護者が引き離すまで続いた。
昇太と巴の初会合はこんな感じで最悪と言っても過言ではないほどだったのだ。
昇太は後に父親から巴が女性であると教えられ無遠慮に女性の胸を触ってしまった罪悪感で頭を抱え、巴も昇太は気さくで優しい人物だと言うことを聞かされ、挨拶をしに来てくれた人物を殴り飛ばしてしまった罪悪感で頭を抱えたのだった。
それから、二人は何度か会う機会があったが…
「あ…ど、どうも…。」(怒ってる?怒ってるよな?)
「あ…こっちこそ…。」(怖がらせてしまったか?気まずいな…。)
その度に互いの機嫌を窺ってしまいぎこちない会話をするようになってしまったのだ。しかも二人とも罪悪感があるのがより一層気まずくさせてしまう。
ある時、昇太は巴の好物で関係が良くなるのではないかと考え振る舞ったことがある。
「そ、そうだ!俺、ラーメン作ってみたんだが、お前好きだろ?あ、べ、別に狙ってる訳じゃないんだ!」
「い、いやいや!そんな事考えてないから!そ、それでその、ラーメン食わせてくれよ。」
「お、おぅ!これだ。食ってくれ。」
「じゃ、じゃあ、いただきます…。………。」
ぎこちないなりに会話が進む二人。巴が箸を取ってくれたおかげで昇太の顔に余裕が生まれる。巴は麺を箸で摘まみ、そのまま口へと運ぶ。
「……。」
「ど、どうだ?」
味を確かめるように目を瞑る巴に昇太は息を飲む。そして、
「塩っ辛い…。」
「あ…うん…ごめん…。」
この頃料理人を志している昇太なりの心遣いだったのだが、その技術が未熟なせいでまたも微妙な空気を流してしまう。そんな空回りし続ける日々だった。しかし、あることがきっかけでその関係が改善される出来事が起こる。
「あ…ど、どうしたんだ?なんかいつもより深刻そうな顔してよ。」
また店にやって来た巴の顔を見た昇太はいつもとは違う顔をしていた。まるで表情という蓋で抑えていた怒りが沸騰しているような顔だった。
また何かやらかしてしまったか?そう考えた昇太はいつも以上に恐る恐る尋ねると巴は昇太の肩に手を掴んできた。バン!と女の子にしては強力な肩叩きに体が跳ね上がる。そして巴は昇太の顔を見て叫んだ。
「頼む!助けてくれ!」
「……はい?」
聞いた話によると、妹のあこがいじめを受けていると言った内容だった。
どうやら加害者は前々からあこをいじめのターゲットに入れていたが姉という抑止力が存在したため動けなかった。しかし、その姉が小学校を卒業してしまい、後ろ楯が無くなったのをいいことにいじめ始めたらしい。最初はちょっとぶつかるといった感じだったが徐々にエスカレートしていき、今は髪を引っ張り回したり、泥玉を投げつけられる位になっているらしい。それで巴はあこの異常に気付いたのだ。その事を両親に話し、担任に報告したが、「子供のやることだから」の一言で片付けられた。
「…なるほどなぁ。そりゃ辛いな。」
「でも、アタシじゃもうあこを助けられない…!どうすりゃいいんだよ!?教えてくれよ!昇太ぁ!」
手を伸ばしたいのに届かない。そのもどかしさに巴は涙声で喚きながら机を叩く。その様子を、昇太は真剣な表情で解決の糸口を探す。
「いくら子供のやることでも、やり過ぎは自殺や不登校に繋がる。…それに教師によっては加害者に問い詰めるんじゃなくて被害者に原因があったんじゃないかと疑う事もある…。」
「なぁ、教えてくれ…。どうすりゃあこを助けられるんだ?」
目の前にいる少女は藁にもすがる思いで昇太に尋ねる。
昇太は深く考え込んだ後、解決の糸口を思い付いた。
「よし。俺に任せな。親父と俺のツテで何とかして見せる。」
その数日後、あこがいじめられている映像が動画サイトに投稿された。それは見事に大炎上し、学校側は記者会見を行う羽目になったのだ。
昇太は考えたのだ。もし学校が守らないなら不特定多数の人間に守ってもらおうと。少々やり過ぎな気もしたが知り合いが溺愛している妹の人生に多大な影響を与える可能性があったから妥当だ。そう割り切ることにした。
それから一週間後、あこがようやく学校に通えるほど回復したと聞き、昇太は安堵の息を漏らすのだった。
「いやー、ありがとな。お前のお陰であこがまた笑えるようになったよ。」
土曜日、巴は昇太の父親の店で昇太にお礼を言った。その隣にはあこがいる。
「いいってことよ!困ってる人は放っておけない性分だからよ!」
「…ほんとに、ありがとな。アタシだけじゃあこを救えなかった。昇太にゃ、感謝しかないよ。」
「…おう。」
「ホントに…えぐっ、ありが、ひぐっ…。」
「お、おねーちゃん。あたしはもう大丈夫だから…!」
「あー、あー、もう泣くな泣くな。ほれ、俺のラーメン食って元気だしな。」
泣き出す巴に慌てて慰めるあこ。そして昇太はラーメンを差し出した。巴は涙をぬぐいながらラーメンを啜る。
「どうだ?」
「塩っ辛い…。」
「まだまだ精進が必要かぁ…。」
「でも…、美味しい…。」
「…そうか。じゃ、もっと旨いラーメンを作れるよう研究すっからよ。楽しみにしときな。」
「よー、巴!誕生日おめでとー!」
「よっ、昇太!待ってたぜ!」
今日もこの日がやって来た。誕生パーティーを開催してるラウンジに出前用の箱を持った昇太が現れ、巴は待ってましたと言わんばかりに喜ぶ。Afterglowの面々は今回もかと言いたげな表情をする。
「…?昇太、何を持ってきたんだ?」
ただ一人、首をかしげる玲。すると、昇太は自慢気に箱を開け、取り出したのはどんぶり一杯のラーメンだった。玲は思わず困惑する。
「…おい、何だよこれ。」
「何ってラーメンだろ。」
玲の質問に昇太はさも当然のように答える。
「そうじゃねぇ。何でケーキとかある中でお前はラーメンなんだよ?」
「あー、そっか。れーくんは知らないか~。」
「実はね、巴ちゃんの誕生日に昇太さんが研究したラーメンを食べて評価させてもらうのが恒例になってるんだ。」
「確か、中学の頃からだっけ?」
「そーそー、トモちんいっつも厳しいんだよね~。」
「今回はどうなのか、見ものだよね!」
蘭たちがそう話している間にも昇太はラーメンを巴の側にあるテーブルにラーメンを置く。そして、巴は箸を手に取り、手を合わせた。
「いただきます。」
巴がそう言うと箸をスープに沈め、そして持ち上げる。スープに浸された麺が現れ、巴はそれを口へ滑らせた。
昇太は息を飲む。しばらく味を確かめるように口を動かし咀嚼する。
(…何だよこの空気。)
何故か口を出すのも憚られる緊迫した空気が流れ、玲は心の中で突っ込みを入れる。長いようで短い時間。そして、咀嚼し終えた巴は目を開く。
「ど、どうだ?」
昇太が巴に感想を求める。巴は腕を組んで悩むような動作をしてしばらくした後、頷き口を開いた。
「まだまだイマイチだな!」
「ちくしょぉぉおおおおおお!!!!」
巴の感想から昇太は大きな賭けを外したギャンブラーのように地団駄を踏む。見守っていたひまりたちからも「あーっ!」と声が上がる。
「ちくしょう…今度こそ…今度こそは行けると思ったのにぃ…!」
「まだまだ旨いとは言えないな!でも確実に去年より美味しくなってるぜ!もっと自信もてよ!最後までしっかり食ってやっからな!」
「と、巴ぇぇぇ…。ヴぁああああああああああ!!!!!!!」
落ち込む昇太に巴は慰めるように肩を叩く。慰められた昇太は情けないぐらいに大泣きをしてしまう。そんな風景を呆れた目で見る玲は大泣きしている昇太に視線が集中しているのをいいことにさりげなくラーメンのスープを飲んでみた。
(…!これって…。…後で昇太に耳打ちしとくか。)
誕生パーティーがお開きとなり、それぞれ帰路に着く。
「いやー、家に帰った後もあこに祝われるんだろうなぁ…。」
巴は独り言を言いながら歩いていく。その顔には満足げな表情が浮かんでいた。それだからだろう。後ろから近付く気配に気づかなかった。
「よっ、巴。」
「ぅおわぁ!?」
話し掛けられキュウリに驚く猫のように飛び上がった巴が振り向くとそこには玲が立っていた。
「れ、玲!?急に話しかけんなよ、ビックリするだろ!」
「悪い悪い。で、お前。あの感想、嘘だろ?」
玲は謝りながらも鋭い目で巴を射抜く。すると巴は分かりやすいくらいにビクりと体を震わせた。
「な、何のことだよ?」
「昇太のラーメンの感想だよ。イマイチっての、嘘だろ?」
玲は目を細め、じろりと巴を睨み付ける。
「や、ヤダなぁ~!あれは本気だっての!お前も知ってるだろ?アタシがラーメン好きだって事。だから…その…」
「………。」
「…はい。嘘吐いてました。物凄く美味しかったです…。」
何とか建て直そうとした巴だったが、玲の氷のように冷たい懐疑的な視線には勝てず、素直に白状した。玲は直ぐ様、鋭い視線を解き、巴に嘘を吐いた理由を聞く。
「はぁ、別に責める訳じゃないが、何で嘘を吐いたんだ?」
「その…実はな、最初出されたときからもういつもと違うなって気付いてたんだ。それで口にした瞬間、めちゃくちゃ美味しかったんだ。…でもな、もし、アタシが美味しいって言ったら、昇太は満足しちゃって作ってくれなくなるんじゃないかって、思ってな…。」
申し訳なさそうに証言する巴。巴は自分にとってのいつも通りが無くなるのではと危惧していたのだ。玲はやれやれと言いたげに息を吐くと後ろを振り向く。
「だとさ。昇太料理人?」
「…え?」
巴は耳に入ってきた言葉に釣られ、顔をあげる。すると、そこには先ほど以上に滝のような涙を流す昇太がいた。
「ど、ども"え"ぇぇ…。」
「あ!しょ、昇太!?いや、その、これは別に、」
「お前が旨いっで言っでも作っでだよぉ…。」
「巴、嘘を吐いた罰だ。昇太と一緒に帰りな。じゃ、俺はこれで。」
「お、おい!?玲!置いてかないでくれぇ!!」
悪戯っぽく笑みを浮かべた玲はそのまま走り去る。残されたのは、自分と自分より年上の癖にグズっている知り合いだけだ。巴はしばらく茜空を仰ぎ見て途方に暮れた後、決意したように昇太と向き合い頭を下げた。
「スマン!あのラーメンすっげぇ旨かった!嘘を吐いたのは悪かったよ。許して…」
巴が精一杯謝罪の言葉を述べていると頭に手が置かれる感触がした。
「俺はな、お前が嘘吐いて失望して泣いてたんじゃねぇんだよ…。ずずっ。嬉しかったんだよ…。すんっ。」
「昇太…。」
「あの時、塩辛いって言われてからどうやったら旨くなるのか、研究を続けてよ。何度も鍋をひっくり返したくなったことか…。ようやくその苦労が報われて幸せだぜ!旨いって言ってくれたなら俺はもっと精進するぜ!」
「昇太ぁ…!ありがとなぁ!!」
商店街の一角。そこで二人の男女が暑い抱擁をしあってお互いの友情を確かめる。来年もまた、自分の為だけの特別ラーメンを作ってくれるだろう。それも変わらぬいつも通りとなったのだった。