夕焼けと不良少年【本編完結】   作:shinp

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随分とお久し振りです。推しのVが引退してしまってモチベ消失していましたが、自分が書いた小説を読み返したらまたモチベが復活してきたので、チマチマ書いてたものを置いておきます。
47話と最終話の間に起こってた出来事です。


47.5話 黒豹から人へ

 寂れた遊園地を盛り上げたい。

 気に掛けていた少年が宛の無い旅へ出るのを見送った後にやって来た敬愛する弦巻こころお嬢様からの提案。雨宮はいつも通り黒服たちと連携し、ハロー、ハッピーワールド!のサポートに徹していた。

 そんなある日のこと。

 

(さて…奥沢様が何かしら悩みをお抱えのご様子ですね…。)

 

 雨宮はここ最近の奥沢美咲の様子がおかしいことを察していた。

 

(ふむ、もし奥沢様の胸の奥に秘めているものが爆発してしまう前に僕が何かしら助言をしようかな?)

 

 メンタルケアのサポートまで雨宮は早速行動に移そうか考えていたところで、雨宮のスマホに通知が入ってきた。

 すかさずスマホを取り出すと、画面に映し出されたメッセージの送信主に目を細める。

 

(…?青葉モカ様?)

 

 あまり会話をしたことがない人物。自分が救えなかった少年、神前玲の心を救ったガールズバンドグループ、after glowのベース担当からだったのだ。

 

『雨宮さん、れーくんが今どうなってるか知ってる?』

 

 文面にはそう書かれていた。

 まさか、もう玲が出ていっているのを察知したのか。

 そう思ったが、雨宮が玲から街を出ていくと知ったのは一昨日。

 彼が幼馴染みたちに出ていくと言うはずは絶対ないので知らない筈だ。

 その言葉の真意を問いただそうと思い、雨宮は返信をすることにした。

 

『いえ、私も詳しくは存じませんが…どうかなされましたか?』

 

 返信を送った直後に既読が付く。そして、しばらくしてモカからの返事が返ってきた。

 

『うぅん。ただなんとなしに気になっただけー。失礼しましたー。』

 

 どうやらふと気になっただけのようだった。

 雨宮はこれ以上気にする必要はないかと…

 

(…一応、手が空いている黒服に探ってみるか。)

 

 ならなかった。玲がこれから進む道は厳しいなんて言葉だけでは生易しいものだ。

 もし、万が一の事があったら?

 そんな胸騒ぎを感じたのだ。

 

「もしもし。今、手が空いていますよね?もし、そうならば頼みたいことがあります。」

 

 すかさずスマホで手が空いている黒服たちに街を出ていった玲の行方を探るよう指示を出す。

 

「ただし、無事を確認できたならば、接触しなくても充分です。では、よろしくお願いします。」

 

 自分が感じた胸騒ぎが杞憂であってほしい。そんな想いを抱きながら通話を切る。そして弦巻こころの元へ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 ここ連日続けられている遊園地再興作戦会議。どうすればお客さんを増やせるのか会議するハロー、ハッピーワールド!の様子を一歩引いた立ち位置で見守る雨宮。

 すると、スマホが震えだした。指示を出していた黒服からだった。

 

「もしもし?神前玲はどうでしたか?」

 

 こころたちの会議の邪魔をしないよう、部屋を出た雨宮は黒服の報告に耳を傾ける。

 

『大変です、雨宮さん!神前玲は、通り魔に襲われて重傷を負っていました!今は弦巻グループ傘下の病院に搬送してあります!』

「…………は?」

 

 黒服の報告は、雨宮にとっても十分ショックな内容だった。思わず間抜けな返答をしてしまう。

 

『どうやら、過激な配信者が世直しなどと宣って神前玲を襲ったようです。肝心の配信は既に消去されていますが、録画していた配信者のアンチがネットに拡散したようです。』

「………分かりました。ご苦労様でした。」

 

 雨宮は言いたいことを全て飲み込み、報告を聞き終えた。

 通話を切った雨宮は暫しその場で立ち尽くし、溜め息を吐いた。

 

(まさか…まさか、そんな事になったなんて…な…。)

 

 胸の奥から湧き出てくるやりきれない感情を必死に掃き捨てようと天井を仰ぐ。

 

(何故だ?何故君は通り魔ごときに不覚を取った?何が君をそうさせた?)

 

 掃き捨てようとしても、次から次へと疑問が湯水のように沸き上がってしまう。

 

(……今は、お嬢様の方が、優先だ。あの子は、そう簡単に死にはしないさ。)

 

 雨宮は未だに掃き捨てられない感情に無理やり蓋をして、こころ達の元へと戻った。

 

「あ。あまみー!ちょっと戻るの遅かったね?」

「申し訳ありません。少しばかり部下の報告が滞っておりましたので…。」

 

 はぐみが不思議そうに雨宮に話しかける。雨宮はいつも通りを心掛け、普段と同じような笑顔になる。

 

(…?)

 

 しかし、瀬田薫は雨宮の微かな違和感を感じ取った。

 

「…失礼、雨宮さん。どこか、具合が悪いのかな?」

 

「瀬田様?お気遣いは感謝致しますが、私はこころ様のボディーガード兼執事です。この程度で音を上げるほどやわではありません。もし、心配させてしまったのならば申し訳ありませんでした。」

 

「…いや、私の気のせいだったようだ。すまない、忘れてくれたまえ。」

 

 瀬田が話し掛けると、その違和感はすぐに霧散していた。そのまま会議を続けようとした時だった。

 

「あれ?こころ?」

 

 こころが雨宮の顔をじっと覗き込むように近付いたのだ。

 美咲がいつもと違う様子のこころを不思議そうに見ていると、

 

「えいっ!」

「!?」

 

 こころは突然両手で雨宮の頬を挟んで潰したのだ。当然、雨宮は変顔になる。

 

「こ、こころちゃん!?」

「な、何やってんの!?」

 

 突然の奇行に戸惑う花音と美咲。そして戸惑っているのはその二人だけではない。

 

「お、お嬢様!?お戯れを…!」

 

 そう、やられた本人もなのだ。

 

「雨宮!しばらくあなたには休憩が必要ね!」

 

「え、ええぇぇ!?」

 

 こころの突然の発言に美咲はすっとんきょうな声を上げる。

 

「こ、こころちゃん!どうして?雨宮さんがいないと、私たち…!」

 

「今の雨宮の顔よ!」

 

 花音が理由を尋ねる。

 それはそうだろう。

 これまで雨宮はハロー、ハッピーワールド!の活動に手厚すぎるといっても過言じゃない程のサポートを嫌な顔一つもせずにこなしてきた超人なのだ。そんな人を突然何故?

 その疑問にこころは即答した。

 

「雨宮、今のあなたの顔は、何だか悲しそうね!」

 

「そ、そうなの!?あまみー悲しそうなの!?」

 

「えぇ!そうよ、はぐみ!こんな顔をしている雨宮は久し振りだけど、私はいつものニコニコしている雨宮が大好きよ!しばらくお休みしてリフレッシュしてきなさい!」

 

 こころの指示に雨宮は変顔になりながら豆鉄砲を食らった鳩のような反応をしたあと、困ったように微笑んだ。

 

「ふふ…、流石はお嬢様。完敗ですよ。」

 

 観念したかのように両頬を潰しているこころの手を優しく離す。

 

「かしこまりました。これより私、雨宮は暫しの休息を致します。もしかしたら、この計画を完遂までに戻ることは出来ないとは思いますが、極力疲れを取って参ります。では皆様、ご健闘を。」

 

 雨宮はそう、お辞儀をすると部屋を出ていった。

 

 そして、直ぐ様スマホで黒服たちに連絡を入れた。

 

「もしもし、今から私はこころ様の命により休息を取ることになりました。他の者は直ちに…」

『既に手配済みです。貴方様がいない場合もキチンと想定されておりますので、ご安心を。』

 

 黒服の報告に雨宮はまたもキョトンとする。が、すぐに微笑む。

 

「…ふ。もし、こころ様に怪我をさせたならば、減給では済みませんからね?」

 

 

 

 

 

 

雨宮が病院に辿り着くと、直ぐ様緊急対応した医師と共に玲が寝ている病室へと向かっていた。

 

「幸い、内臓に傷は付いてありませんでした。山場は越えたので今は命に別状はありませんが、未だに目を覚ます気配がありません。」

 

「…分かりました。報告、感謝致します。」

 

 無意識に足早になる雨宮に頑張って歩調を合わせる医師。

 そして、辿り着いた病室のドアを開けると、

 

「っ…!!」

 

 そこには、通り魔に襲われた後とは思えないほど、穏やかな顔でベッドに横たわっている少年の姿があった。

 休息を言い渡された雨宮は拡散された世直し配信を見ており、その時は玲が苦しそうにしていながらも反撃をする一部始終もしっかり見ていた。

 しかし、この安らかな顔はどういうことだ?

 

「…本当に、寝ているだけ、ですね。」

 

 医師に確認しようとして、玲に繋がれている機器から一定間隔で聞こえる電子音で生きていると確信する。

 まだ、希望はある。

 それが分かっただけでも安堵できるが、まだ雨宮には疑問が残っていた。

 

 何故通り魔にやられた?

 

 自分が護身術やCQCなど、あらゆる状況を想定した格闘術を伝授したのだ。

 殺気ぐらいであれば察知できる玲が何故、真正面からやって来た通り魔にやられたのか?

 その疑問がまだ残っていたのだ。

 

「…他に、この子の周りに何か変わったことはありましたか?」

 

 雨宮が医師に確認をする。

 医師は、変わったことですか?と聞き返し、う~んと頭を捻り、あ!と声を上げた。

 

「そうでした!実は、救急車に搬送する際、まるで誰にも奪わせないように大切そうに手紙を持っていたのですよ!あの時は辺りも暗くなっていて、警察も見落としていたんでしょうね。」

 

 手紙。拡散されていた世直し配信で配信者が玲から奪おうとしていたもののことだろう。

 

「その手紙は?」

 

「患者のベッドの横にあります。」

 

 医師に促された先を見ると、テーブルに所々赤い指紋が付いた便箋とチケットのような紙がポツンと置いてあった。

 

「よほど大事なものだったんでしょうね…。我々は警察にまだ証拠があるって言えませんでしたよ。」

「中身は見ましたか?」

 

 雨宮が聞くと、医師は気まずそうにしながら口を開いた。

 

「実は…、少し見てしまったのですが、流石にこれは不味いと思って読むのを止めたので、全部は見ておりません。とても良い友達をお持ちのようですね。」

 

 とても良い友達。雨宮の脳裏に玲は昔っから変わってないと反論するAfterglowの面々の姿が思い浮かんだ。

 

「…まさか。玲くん、読ませてもらうよ。」

 

 雨宮は未だに寝ている玲に断りを入れて便箋に手を伸ばす。

 

 

「………………。」

 

 その内容を黙読する雨宮。

 

(『Afterglowの魂と玲の魂は永遠に一緒だよ。』…か…。これはもう、あの幼馴染み達(Afterglow)からのラブレターだな…。)

 

 雨宮は悲しそうに、手紙を元の場所へ置いた。

 チケットは、Afterglowが参加する予定のライブイベントのチケットだ。

 おそらく幼馴染み達は、孤独の道を歩んで行く彼を引き留めたかったのだろう。そして、それは見事に成功した。

 だが、不良として暴力と恐怖で人を陥れたその代償があまりにも大きかった。怪物から人に変わったその瞬間に理不尽にやって来たのだから。

 

「…どう、されましょうか?その、このまま秘密にしておいたまま治療も可能ではありますが…。」

 

 医師が確認を取る。どうやら患者の友達の身を案じているのであろう。

 

「…彼女たちに話します。もうあの配信はネットに拡散されております。ああいうのは無闇に消してもまた増えてしまうものですからね。無理に隠しても必ず何処かで見つかってしまうのですから。」

 

 もし、あの子を怪物にする一端を自分が担ってしまったのであれば、憎まれ役にもなろう。雨宮は覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、いつもと違い、こころの側に居ない雨宮は蘭達Afterglowが参加するライブイベントを見に来ていた。

 新曲を聞いた雨宮は神妙な顔になる。

 

(新しいいつも通り…か…。)

 

 ここには居ない彼のことも含めて歌っているであろう五人。そんな彼女たちの本気を雨宮は一瞬たりとも見逃さまいと、聞き逃さまいとする。

 

「ありがとうございました!!」

 

 新曲も終わり、ボーカルの蘭は感謝の言葉を放つ。と、雨宮と目が合った。

 何故ここに?そう言いたげな顔をしたが、それも一瞬。そのまま他のメンバーと共に捌けていった。おそらく、裏で自分がいたことを話すだろう。

 

(…さて。イベントが終わり次第、ですね。)

 

 雨宮は気合いを入れ直すのだった。

 

 

 

 

 

「…………何、それ?」

 

 雨宮の話を聞いたAfterglowの面々。全員が茫然とする中、蘭は震える声で答えた。

 

「…雨宮さん。冗談だったら、本気で、怒りますよ。」

 

 巴も声を震わせながら雨宮に掴みかかる。雨宮の服を掴んでいる手も震えている。

 

「冗談でこんなことは言いません。」

 

「っ!!」

 

 雨宮はそれでも動じず、言葉を返す。その言葉を聞いた巴は涙を溢しながら雨宮を殴り飛ばした。雨宮は巴の拳を避けることもせず受け、そのまま尻餅を着く。

 

「と、巴!」

 

「巴ちゃん!やめて!」

 

 雨宮から聞いた話を受け止めきれないながらも、ひまりとつぐみは更に雨宮を殴りかかろうとする巴を慌てて抑えた。

 

「ふざけんじゃねぇ!!アイツが!?通り魔に襲われて目が覚めないまま入院中だと!?でたらめだ!!そんな話、信じられるか!!!」

 

「…事実です。もし、信じられないならば、それでも良いです。私を貴女の気が済むまで殴っても構いません。」

 

 雨宮の殴られても尚、真剣な表情に巴は信じざるをえなかった。

 

「何でだよ…!なんで、何で玲ばっかりこんな目に遭うんだよ!!!おまえ達大人は何やってんだよ!!!くそっ!!!」

「……。」

 

 やり場の無い怒りに喚く巴の声を雨宮はただ一身に受け止めていた。

 本当ならば、玲を襲った男が受けるべき怒り。

 だが、その男は今警察の御用となっている。

 それならば、その怒りは自分で受けよう。たとえ嫌われても良い。それで気分が晴れるならば。雨宮はその覚悟で報告したのだ。

 

「…蘭?だいじょーぶ…?」

 

 モカも声を震わせながら、未だに茫然とする蘭に話し掛ける。だが、蘭はモカの声を聞く余裕もない。

 

(あたしの…せいだ…。あたしが、あんな手紙を書いて、昇太に送ってほしいって、渡さなかったら、こんな事にはならなかった…。あたしが、玲を、大事な幼馴染みを…!)

 

 蘭は目眩を覚えてへたり込む。

 

「玲…。あたしが、あたしが玲を…!」

「それは違います!!!」

 

 自分のせいで玲が、その言葉の先を雨宮は声を荒げて否定した。雨宮の聞いたことがない声にその場は静まり返る。

 雨宮は巴に殴られて切れた口元を拭いながら、蘭の元へ跪く。

 

「美竹様。どうか、どうかそうご自身を責めないでください。誰も、あんなことになるなんて予想は出来なかったのですから。」

 

「でも…、でも!」

 

「蘭~。落ち着いて~。」

 

 取り乱す蘭の背中をモカが覆い被さるように抱き付いてくる。蘭は密着しているモカの身体の震えを感じ取り、少し落ち着いた。

 モカも不安なのだ。その不安を圧し殺して、モカは雨宮に尋ねる。

 

「…雨宮さん、れーくんは死んでないんだよね?」

 

 その言葉に、全員が雨宮を見る。

 

「…はい。最悪の事態は避けられてます。」

 

 雨宮も、ハッキリと答える。それを聞いたモカは安堵したように話す。

 

「そっかー…。なら、また目を覚ますかもねー。」

 

「えぇ。今の様態は安定しておりますが、このまま目を覚まさないかもしれない。というのが、医師の見解です。」

 

「そうだよね…。じゃあ、今から玲の病室に行こう!」

 

「う、うん!もしかしたら、私たちの声で目を覚ますかもしれないし!」

 

「うん…うん…、そう、かも。ありがと、モカ…。」

 

「いえいえ~。モカちゃん、ネガティブは嫌いなので~。」

 

「そうだな…。行こうぜ、みんな…!玲のもとに!」

 

 ひまりが提案し、つぐみも見えてきた希望に調子を取り戻す。茫然としていた蘭もモカに密着されながら頷き、モカはマイペースにおどけ、さっきまで取り乱していた巴も立ち直っていた。

 

 雨宮は一時はどうなるかと思った。しかし、希望を見出だすと強固な絆で立ち直っていくAfterglowを見て、眩しく感じると同時に安堵した。すると、巴が近付いてきた。

 

「雨宮さん。さっき、思いっきりぶん殴って取り乱してしまって、すいませんでした。」

 

「…はい?」

 

「雨宮さんも、玲の事を心配してくれているのに、アタシは殴って何やってんだって言ってしまった!本っ当にすいませんでした!!」

 

 頭を深々と下げる巴を見て、雨宮はポツリと呟いた。

 

「…敵わないなぁ。」

 

「え?」

 

「…いえ、私が玲を助けられなかった理由をまざまざと見せつけられた気がして、ね。」

 

 雨宮は乱れた服を整えながら、Afterglowから顔を背けるように踵を返す。そんな雨宮を見たモカはニヤッと笑う。

 

「あ~。雨宮さん、わたしたちに嫉妬してるんだ~。」

 

「え!?」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「…驚かれるとは、心外ですね。私だって、ちゃんと人の子ですよ?大樹の中から産まれた訳じゃありません。」

 

「…って言うかモカ。アンタいつまであたしに引っ付いてんの?」

 

「蘭が寂しくならないようにするスーパー美少女モカちゃんの気遣いだよ~?」

 

「いらない!」

 

(…そうだ!)

 

 雨宮は玲を目覚めさせる方法を思い付き、Afterglowの面々に向き直る。

 

「皆様、ここで提案なのですが、玲を目覚めさせる方法を思い付きました。聞いていただけますか?」

 

 雨宮の提案にAfterglowの全員は顔を見合わせ、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒豹がいた。

 

 黒豹はいつも孤独だった。

 

 黒豹は近付くもの全てを威嚇し、傷つけ、怖がらせ、恐れられていた。

 

 でも、それは黒豹が優しいからだった。

 

 実際、黒豹が自分から攻撃することはない。傷付けても、逃げれば追わない。

 

 ならば、何故黒豹は孤独だったのか?

 

 それは、黒豹がみんなとは違う苦しい生き方をしてきたから。

 

 他のみんなと同じ生活を知らないから。

 

 近付くな。自分に関わると不幸になる。誰かが自分のせいで傷付くのを見たくない。だから近付くな。

 

 黒豹は脅す。ほとんどは怖がって逃げていくが、放っておけず手を差し伸ばす優しい者達もいた。だけど、黒豹はその手を受け取らなかった。どうせ、また傷付けてしまうから。

 

 ある日、黒豹は思い立った。

 

 自分が誰もいない場所に行けば良い。

 

 そうすれば、誰も傷付かない。

 

 黒豹はたった一匹で険しい雪山を登り始めた。

 

 吹き荒ぶ雪が、黒豹の身体の動きを、体温を奪っていく。

 

 それでも、黒豹は立ち止まらない。

 

 こんな生き方しか知らないから。

 

 痩せ細り、歩く気力も無くなった黒豹はその場で倒れ伏した。

 

「ぃ…!れ…!」

 

 その時だ。声が聞こえた。

 

 黒豹は不思議に思って閉じかけた目蓋を開く。

 

「お…て!めを…さ…し…!」

 

 声が聞こえるのは、黒豹が歩いてきた道からだった。

 

「れ…くん…パ…ほうだ…よ~」

 

 声のほうへ目を向けると、山の麓から声がした。しかし、山の麓は暗闇しかない。

 

「お…てよ…!ねぼ…け!」

 

 だが、声は確実に闇の中から聞こえていた。

 

「かえ…て…きて…!」

 

 声を聞いていると、無くなったはずの体力が戻ってきた。

 

「あたし…アンタに!死んでほしくない!」

 

 あの声の元へ行こう。黒豹は山を下っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒豹は暗闇の中を歩き続ける。しかし、行けども行けども、あるのは一寸先の闇。今、自分は何処にいるんだろう?

 進んでいるのか?戻っているのか?それとも、同じ場所を回っているのか?

 それすらも分からないまま歩いていく。

 聞こえていた声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 

 体力も無くなり、また倒れ伏してしまう。

 

 もう、終わろうか。

 そう考え目を閉じた矢先、

 

「玲さん!いつか玲さんにも聞かせてやりたいな!私たちのキラキラドキドキの演奏を!」

 

 声が、聞こえた。

 

「玲さーん。早く、目を覚ましてくださーい?常連が一人減っちゃって、妹達も寂しがっちゃってるんですよー?」

 

 聞き覚えのある声がした。

 

「玲さん!あんたのお陰で…、その…」

「蘭ちゃんやひまりちゃんと仲良くできたの、感謝してます!」

「だ、だから早く起きろこの、ねぼすけー!」

 

 その声は自分を呼んでいた。

 

「あんまり話したこと無いけどさ、由美ちゃんにアンタがどれだけいい人か聞かされたから、私も一度話してみたいなー。」

 

 声がするほうへ目を向ける。

 

「全く、いつまでも寝ているなんて、玲ったらお寝坊さんね!雨宮が心配しちゃうのも分かるわ!」

「あぁ、儚き孤独の少年よ!君はいつまで眠り続けるのだ!?君の儚い名演を私はまたこの目で見たいのに…!」

「かんちゃん!またはぐみんちのコロッケも食べて欲しいよー!起きてー!」

「あの、方向音痴な私をいつも助けてくれて、感謝してます。ですから、その、頑張ってください!」

「あー、何て言うかー…、合宿で話して以来、あたしと同族っていうか、シンパシーっていうか、そんな感じがするんですよね…。頼むから起きてください!あたしの愚痴聞く相手にだけでもなってほしいんです…!」

 

 声はだんだん増えていく。

 

「レイさん!ワタシ、レイさんにいっぱい感謝、してます!でも、まだまだ、返しきれていません!」

「正直、私はあなたの事をよくは知らない。でも、日菜やイヴちゃんを心配させないで。」

「瀬田さんからもアンタの話はよく聞いてるっす。気配りのできるいい人って。ジブン、玲さんの事はよくは知らないっすけど、こんなに慕われているなら起きてほしいっすね。」

「一度でも良いから、私達の歌を聞かせたい!だから、起きてください!」

「玲くーん!玲くんがいないと何にもるん♪って来ないよー!早く起きてー!」

 

 その声に、少年は立ち上がる。

 

「貴方には、あこや燐子が世話になったわね。でも、貴方が眠っているせいで美竹さんが病院に通いつめちゃってるわ。練習出来なくなって調子を落とされたら、困るの。だから、早く起きなさい。」

「あの、玲さん。いつかRoseliaの演奏を聞きに来てください...!」

「そうだよ!玲兄ちゃーん!あこ、ずっとこのまま目を覚まさないなんてやだよー!」

「神前さん。いつまで寝ているつもりなのですか?それでもあなたは不良のトップですか!?…日菜やつぐみさんを守っていただいたのは本当に感謝しています。ですから、起きてください。」

「玲くんにはさ、何だかんだで助けてもらっちゃってばっかりだったからさ、早く起きなよ☆」

 

 足を踏みしめ、前へ進む。

 

「なぁ、玲…お前が刺されたって聞いてさ、飯が喉を通らねぇんだよ。早く起きてくれよ。いつものように可愛くねぇ愚痴吐いてくれよ…。」

「玲…ボクがあの地獄から解放できたのは君のお陰だ。だから、ありがとう…本当に…!ありがとう…!」

「玲、早く起きて。蘭ねえ、ずっと病院に通ってるの。玲が起きてるか毎日確認してるの。だから、起きて。」

「君は慕われてるねぇ、ホントに。…僕も、君には生きていて欲しいんだ。だから、早く目を覚ましてくれ。」

 

 前のめりになって走り出す。

 

「玲、アタシはアンタに数えきれない借りがあるんだよ。それを返せないまま眠ってるなんて卑怯じゃねぇーか?それにな、あこがずっとアンタにドラム聞かせてやりたいって言ってんだ。だから、起きてくれよ。」

「玲くん、おはよう!今日はお花の水替えに来たよ。…まだ、搬送されてから数日だけど、不安になるね。やっぱり。でも、玲くんは起きてくれるって、私、信じてるから!」

「もしもーし、私は今、れーくんの耳元でこそこそ喋ってまーす。モカちゃんはれーくんと一緒にやりたい事いっぱいありまーす。パンをいっぱい食べたり~、蘭やひーちゃんを弄ったりしたいで~す。期間限定ですよ~?これを逃したらモカちゃん一生拗ねちゃいますよ~?」

「玲!あたしが作ったマスコット持ってるでしょ?フフン、リーダーのあたしには、お見通しなんだから!…それにね、いつか、蘭達と一緒に行きたい所、いっ~ぱい!見つけたんだ!だから早く起きてね!」

 

 声が段々、大きくなってきた。

 そして、遂に光が見えた。

 少年はその光に目掛けて駆けていく。夕焼けとも、朝焼けとも取れる空の下で、声が聞こえた。

 

「玲、あたしの、あの手紙、本心だから。あたし達の新しいいつも通り。それにはあんたも入ってなきゃ駄目。あんたにも、聞かせてやりたいから、あたし達の新曲を。」

 

 だから、起きて。

 

 少年は光の元へ手を伸ばし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、見慣れた人達が病室で真っ白なベッドに寝ている自分を取り囲んでいた。

 それぞれ、呆気に取られていたり、驚いたり、喜んだりしている中、

 

「…おはよ、ねぼすけ。」

 

 愛しの幼馴染みが手を差し伸ばしていた。

 

 

 




最終話へ続く。
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