(MyGO!!!!!とAve Mujicaを見て)「お前ら何なんだよ!?」
僕が久し振りに彼を見た時、最初はそれが彼とは分からなかった。
こころ様がガールズバンドパーティーの面々と合同合宿をしたいと提案し、丁度よい別荘を合宿場所として提供したのが始まりだった。
合宿当日、僕は何かしら不備がないか、別荘の広い庭を見回っている時に、その少年は現れた。
記憶で見た小さな彼と同じような、濡れ烏のような艶のある短い黒髪、すらりとした肢体、女性と見間違うほど美しい顔。あの彼がそのまま成長すれば、このような姿になるであろう風貌をしていた。
そんな中性的な美少年が、気だるげに、目が隠れるほど前髪を伸ばした見知らぬ子供と手を繋ぎ、合同合宿に参加されるafterglowの面々と共に、庭に足を踏み入れてきたのだ。
他人の空似か?僕がそう考えていると、無意識のうちに彼に向けて、一瞬殺気を放ってしまっていた。
もし、あの彼なら、この程度の殺気に気付くかもしれない。
そんな願望が漏れ出てしまった。
その願望はすぐに叶った。
彼は気だるげな表情から一変、鋭い目付きになり辺りを見渡し始めた。
鳴りを潜めていた五感が、一瞬で彼を包むように現れ、僕が放った殺気の元を、大量の汗をかいている事から全神経を使って探っているようだ。
その姿を見て、僕は確信した。
あの彼だ。檻を食い破って行方不明となったあの少年が成長した姿だと。
彼との出会いは偶然だった。
弦巻家を疎ましく思っている、ある悪徳政治家の尻尾を掴もうと、執事見習いとして潜入した時のこと。
人畜無害で真面目な見習いを演じ、あわよくば信頼を勝ち取った後に、奴の首根っこを掴んで弦巻家に手を出すのを止めさせようと思っていた。
そんなある日、僕はある奇妙なものを目撃した。
その日、僕はいつも通り執事見習いとして、屋敷の通路を歩いて構造を把握していた時のこと。
政治家が雇っていたであろうメイドが部屋から飛び出してきた。
30代程のメイドがやや乱れた服装で、運動をしたかのような、肩を上下する呼吸の仕方で戸惑いと困惑、そして悔恨で余裕の無い表情をしていた。
「ち、違う!私は、私からじゃない!!あの子から誘ってきたの!!」
メイドは僕と目が合うと聞いてもいないことを戸惑いながら弁明している。何の事か分からず、キョトンとしている僕の横をメイドは顔を覆い「何故あんなことを…」と、呟きながら去っていった。
一体彼女は何をしたんだ?
気になった僕がメイドが出てきた部屋の中を覗くと、薄暗い部屋の中、ソファに仰向けで寝そべっている子供がいた。格好はシャツははだけており、ズボンも脱がされててあられもない格好になっていた。
少年か少女かも分からない中性的な美貌。身に付けている下着やはだけた衣服から覗く胸の形から男であると判断できる。
あの政治家は妻がいないはずだが?
子供がいるというのも初耳だ。
さっきのメイドに何かされたのか?
多くの疑問が産まれ、考えることが増えたが、まずは安否の確認だ。僕は直ぐ様、子供の側に駆け寄る。
「キミ、大丈夫かい?」
少年に近付いて行くにつれて、アンモニア臭がした。おそらく、あのメイドに乱暴をされたのだろう。女性とはいえ、子供よりは力があるのだ。揺り起こそうと伸ばした手を、少年は振り払った。
「触るな。」
短く、それでいて明確な拒絶。歳にすれば、僕が忠誠を誓っているこころお嬢様と同い年だろうか。そんな子供が近付くもの全てを拒絶するかのような目と声をしていた。
一体この子は何者だ?そう考えている間に、少年ははだけた衣服を整えると、そのまま部屋から出ていった。
あの後、あの政治家に聞いてみたところ、彼は政治家の後継者として孤児院から引き取り、英才教育を施している子供、名を玲だと知った。
おそらく、彼の言う孤児院というのは黒い噂が絶えないあの施設のことだろう。
だとすれば、人を信用していないあの目をするのは当然だろう。
政治家はあの子供を後継者として育てているが、同時に悩みの種であるのも知った。
なんでも、お付きの者や家庭教師を老若男女問わず誘惑し、手を出させているらしい。
手を出した時点でクビにし、変えているが、それも限界が近いようだ。
そこで、僕は考えた。
あの子を僕の味方に引き込めば、弦巻家の障害は無くなるのではないかと。
そして、弦巻家が引き取り、こころお嬢様と交流を深めれば、年相応の笑顔を取り戻せるのではないかと。
僕は早速、あの子のお付きの者になりたいと申し出た。
政治家は好きにしろと言い、実質許可を貰えたのでまずは挨拶と思い、手入れされた広い庭を探していると、芝生の上で寝転ぶ玲を見つけた。昼寝中のようだ。
「やぁ。」
僕が話し掛けると、玲は相変わらず子供らしからぬ眼光でギロッとこちらを見た。
「今日から君のお付きの者となりました。雨宮と申します。お見知りおきを。」
玲はただジッと僕の一挙手一投足を見ているだけで何も言わない。
警戒をしている。
信号で表すなら今は黄信号が点滅しているのだろう。
「隣、失礼しますよ。君のお付きの者となったから、会話をしたいのだけれど…大丈夫かい?」
僕は玲の隣に腰を下ろす。昨日のようには逃げない、好奇心があるようだな。まずは、情報収集をせねば。
「……興味ねぇ。」
うーん、無感情で無愛想な顔をするなぁ。どっかの国の外交官の方がまだ愛想があるぞ。
「なに、贔屓の野球チームとか、好きな動物とか、知りたいだけなんだよ。」
「馬は好きじゃねぇ。」
「へぇ!馬が嫌いなのか。」
「別に良いだろ。馬が嫌いなガキだって。悪いか?」
なるほど、馬が嫌いか。良い情報が聞けた。
「いや、そう言う人もいるだろうね。僕も馬には好かれない性質らしくて、撫でようとしても顔を背けられちゃうんだ。」
「もう消えてくれねぇ?鬱陶しいし、眠くて仕方ないんだよ。」
さて、会話はこれぐらいにしておくか。
「そうだったね、邪魔して悪かった。参考になったよ。」
「…?何の?」
「君が馬嫌いで、牧場に行くのは止めておこうかなと。」
僕は腰を上げる。
しかし、玲はあっさり引き下がる僕を不審に思ったのだろう。身体を起こして僕に疑いの目を向ける。
「…あんた、他の奴らと違う…。何者だ?」
「執事見習い、ですよ。」
部屋に戻った僕は早速玲に関する資料を貰い、情報収集を続ける。資料を読んでいくとあらゆる事が分かってきた。
(ほう、彼の父はあの大企業の専務!たしか、彼は海外出張先でテロに巻き込まれた子供を庇って亡くなったんだったな。こっちでもほんのちょっとだけど、ニュースになっていたなぁ。その後は…)
僕が次の資料を見てある項目に目が止まった。
(父が亡くなった後は母方の実家に引っ越して…、母は認知症を患って、同居していた母方の叔父が浪費癖が酷く、ギャンブル依存症!ふむ、彼の馬嫌いはおそらく、この叔父のせいだな…。)
先程の会話のピースが嵌まる。競馬で予想が外れると玲に乱暴をしていたのであろうことは想像できる。
(彼がここに来たのは、この叔父が彼をあの施設に玲を売って賭事の資金を確保するため、か…。)
僕が納得していると視線を感じた。元を辿ると、ドアの隙間からこっちの様子を窺う玲の姿があった。
「何か用かい?」
「…あんたってさ、執事見習いって嘘だろ?」
そう語りかける彼の様子はさっきと違い、警戒よりも緊張しているように見えた。
「ほう。どうしてそう思うのかい?」
「質問に答えろよ。」
ふむ、どうしたのだろうか…。と、様子を見ていると、彼の表情が変わった。
目を細め、舌先をチロリ出す。
細い指を自身の頬に添える姿。
それはまるで、人を誑かす妖艶な妖狐のような顔だ。
「だんまりか。なら、吐かせてやろうか?俺と一緒に、気持ちいいことして、さ。」
彼は吐息と共にそう言い、自身のシャツのボタンを外して、僕の胸元にもたれ掛かる。
指もしなやかに、且つ敏感なところを責め立てるように動かす。
(なるほど、皆これで堕ちていったってワケか。)
常人ならば、女性にも男性にも見える目の前の獣に絆されるもの納得だなと思った。残念ながら、僕は色仕掛けには通用しないよう鍛えられている。彼を押し返し、シーツをくるめるよう被せる。
「コラ、子供がそんな事言うんじゃない。」
まさか通用しないと思っていなかったのか、ポカンとした後、不機嫌そうな顔をして「じゃ、一人で耽ってろ。」とシーツを投げ付け、吐き捨てて行った。
やれやれ、こころお嬢様とは違う方向で困った子だ。
玲はとても頭が良い。
授業内容のレベルや科目の豊富さにも驚いたが、それだけではなかった。
玲と年相応の子供たちが見たらショートしてしまいそうな内容でも理解している様子は正に天才だ。
玲は外出すると、不良集団とよく絡む。
適当に買ったラフなTシャツを着てこっそり後をつけていくと、普段の玲で分かることが更にあった。
玲の容姿は非常によく目立つ。中性的でパッと見、美少女に見えるその姿。
元々整った容姿ではあったのだろうけど、あの施設で強制的に女性にも見えるよう整形させられたんだろう。
柄が悪く、肉体的な不良の中にいるその様子は、端から見れば、絡まれている黒髪の美少女だろう。
目立つということは、それだけ目を付けられやすい。
玲は案の定、別の不良集団に絡まれてしまう。
助けに行った方がいいか?僕はいつでも行けるよう、身構える。だが、それはすぐ解くことになった。
玲は絡んできた不良たちを返り討ちにし始めたのだ。
自分の容姿を相手を油断させる武器に使うとは驚きだ。
周りの玲の味方と思われる不良たちも玲を応援するように囃し立てている。
徒手空拳では勝ち目がないと判断したのだろうか、不良の一人がナイフを取り出した。
しかし、玲は刃物を持った相手が目の前にいても冷静だった。
普通、刃物を持ったものが相手だと怯えてしまうのが人間だ。
打撃とは訳が違う。手で防御しても大怪我、出血多量で重傷は避けられないし、刺さりどころが悪ければ即死。
この
それだけでなく、相手が落としたナイフを拾い、相手の頬に押し付けて脅しているのだ。
もし、彼が銃社会である海外にいたならば、眉ひとつ動かすことなく相手の額に風穴を開けているのだろう。
そう思わせるほどの度胸が感じられた。
警察からの許可が無ければ銃が手に入らない日本にいたことを幸いというべきか。
玲と喧嘩をしていた不良たちはすっかり怖じ気付いて逃げていった。
仲間と思われる周りの不良からは囲まれ、称賛されている。
カリスマ性もあり、か…。
益々、比較的平和な日本にいたことを幸運に思う。
もし、彼が
あの政治家が日本に根付いてて本当に良かったと思う。
それと同時に、疑問が膨れ上がる。政治家はこの少年の何を見たんだ?
玲は屋敷に戻り、僕もその後をこっそりついていく。すると、見慣れない男が玲に話し掛けていた。
確か、あの男は、あの孤児院の職員、だったかな?
玲の顔が恐怖に染まる。
さっき見た不良を油断させる演技ではない。心の奥底からの恐怖だ。
男は玲を連れて屋敷の庭の奥にひっそりと建ってある別館へと連れて行ってしまった。
あの男の下卑た視線と玲の表情…、察する要素がありすぎる。
しばらく別館の入り口を見張っていたら、満足げな男が出てきた。しかし、玲の姿がない。
不安に駆られた僕は直ぐ様別館の中へ入っていった。
別館の中は整備はされているものの、微かにアンモニア臭がした。
おそらく、あの政治家にとって後ろめたいものはここに納めているのか。
さしずめ、部外者に見られたら、まずいものを押し込むクローゼットのような場所だ。
そして、その中の一室に人の気配を感じた。アンモニアの匂いも他の部屋に比べて強い。ここにいるのだろうか。
「玲くん、いるのかい?」
返事はない。鍵は開いている…
「入るよ?」
そして、ドアを開けると
そこにはぐったりした黒髪の少年が、ベッドに横たわっていた。
肌には所々に強く握ったような爪痕が付き、手首にはロープが巻き付いており、ベッドに縛り付けられていたであろう事が確認できた。
「玲くん!!」
僕が呼ぶと、玲は怯えた表情をしていた。錯乱しているのか、僕だと認識も出来ていない様子だ。
「く、来るな、来るな来るな、く…あ…。はっ…はっ…。」
うわ言のように拒絶していると身体が酸素を求めるように痙攣し始め、過呼吸になり始めた!
これは不味い!!
「玲くん!」
僕はすぐに玲を抱き締める。
「落ち着いて!君を傷つける奴はいない!深く、呼吸するんだ。出来るかい?自分で出来ないなら、僕の呼吸に合わせてくれ。」
僕の腕の中で温かく、震えながら、大人しくなっていく少年。
ああ、こんな子供に、こんな残酷な事をするのは、この国ではあまり無いことだと思っていたんだけどねぇ…。
…それに、自分から誰かをこんな感じに抱き締めるなんて、久し振りだ。
あれから、ようやく冷静になれた玲は語った。
あの男は政治家とは親戚であること。
そのツテで自分が政治家に飼われてしまったこと。
この別館は政治家と同じ嗜好を持つ人間達がレストランと呼ぶ建物で、自分だけじゃなく、他にも政治家やその仲間たちのお眼鏡にかなった子供たちが食い物にされていることを。
食い物にされた子供たちは、飽きられるとまた孤児院に戻されるか、捨てられてしまうことを。
(驚いたな。表向きは清廉潔白な政治家で、余りにも怪しいと思っていたけど、まさかこんな童話の青ひげみたいな事をしているとは…。)
「あいつらは、俺たちの事をただの食い物としか見てないんだ…!」
玲の声に殺意が宿る。大人からの不条理や理不尽に対する恐怖と怒りが混在している。
「俺が嫌だと言っても、あいつらは嬉々としてやり続けるんだ…!それで満足したら檻にぶちこんで、また欲求不満になったらまた檻から引きずり出して満足するまでやりやがる!!あいつらの目には欲望しかねぇ…化け物だ。あの化け物共ぶち殺してやる!!」
そして、怒りが恐怖を越える。
復讐に燃える様子から見るにこの状態になると恐ろしい力を発揮するようだ。
「…この事、あいつらにチクるか?」
溜め込んだ怒りを発散して我に返ったのか、バツが悪そうに聞いてくる。
まるで悪戯がバレた子供みたいだな。
僕はクスリと笑う。
「君が嫌なら言わないさ。それに、君をその檻から出す手伝いもしようと思ってるんだが…乗るかい?」
「…ふーん。」
僕が提案すると、玲は笑った。
「あんた、その格好似合ってないぞ。」
「え、そうなのかい?周りに馴染むよう買ったんだけどな…。」
「いーや、似合ってないって。何だよそのプリントTシャツ!バカじゃねーの!?あっはははは!」
「ひ、酷いなぁ!?そこまで笑わなくてもいいんじゃないかな!!」
子供っぽく、可愛らしく笑う玲。
僕が持てる限りの事を教え、いつか、彼にこころお嬢様と引き合わせたい。
僕に笑顔を思い出させてくれた彼女ならば、もしかしたら…。
そんな僕の願いが今、叶おうとしている。
殺気の元を探ろうとしている彼を心配そうに声をかける少女たち。
「玲?」
「…玲?どうしたの?」
「あ、ああ、何でもない。」
「れーくん、圧倒されちゃうのは分かるけど人様の別荘でボーってしちゃダメだよ~。」
「お前に言われたくねぇよ。モカ。」
…もしかしたら、彼女たちが笑顔を取り戻す切っ掛けになりそうだな。
さて、ちょっと後ろから声をかけて驚かせてみようかな。
僕を呼ぼうとしているお嬢様の元へと馳せ参じた。
「お嬢様。呼ばれずともここにおりますよ。」