ジナコさんinカルデア 作:クリシュナ実装はよ
0.1 眼鏡の幼女ジナコ=カリギリ
人理継続保障機関フィニス・カルデア。古代メソポタミアの星見屋民族、或いは天文台の名を冠するこの組織は、その拠点を南極に構えている。凍える吹雪に加え、魔術によって隠蔽を施されたその雪山は、尋常の人間の立ち入りを許さない。
そんな雪山に足を踏み入れた、一人の少女がいた。
魔術師が扱うにしては不似合いな、メカニックな車両から少女は軽やかに降り立つ。とはいえここは南極。凍傷の危険を侵してまで凍てつく大気に身を晒すことはなく、降り立ったのは車両の格納庫だ。
そうして入館の承認を受け、白い円形の建物に入るやいなや、少女は顔を顰めた。
「なんか、嫌な感じっすね……」
殺風景と思えるほど完璧に調整された内装は、無機質な迷宮を思わせた。少しだけ背筋が粟立つのを自覚し、少女は自己嫌悪する。
迷宮。その言葉は少女にとって、己の醜悪さを思い出させるものだ。
誰にでも夢を見る自由はある。けれど、いつの日かそれは悪い夢だと気づいてしまうものだ。そんな、救いようのない嘘つきな自分を知ってしまうような、懐かしい記憶。
「……今よりずっと先のことっすけどね」
少女は瞳を閉じると、懐かしい日々を思い返す。自分の全てを暴いていった酷い人のこと。自分を救いすぎてしまった酷い男のこと。自分が羨む誇り高い少年のこと。そして、自分に与えてくれた優しい相棒のこと。
脆く崩れ去っていく記憶の中にあって、鮮烈な思い出。あの短い日々は、少女に余りにも多くのものを与えた。
だからこそ少女は決めたのだ。この先にもしかしたらあるかもしれない、そんな未来の可能性。そんな可能性すら潰えてしまうかもしれないというのなら、自分は戦う。あのとき逃げ出してしまった後悔。活かさなければ悔やんだ意味がない。
人理継続保障機関。
いずれ人類史が焼却されてしまうという未来へのカウンター。
ジナコ=カリギリがここに来たのは、そんな未来を掴み取るためなのだから。
「えーと、君がドイツから来たマスター候補、レイシフト適正者のジナコちゃん?」
そう穏やかな声で話しかけられ、ジナコは振り返る。するとその声の主は手を振り、ジナコへと優しく笑いかけた。ジナコは彼を暫し観察する。淡い桃色の髪を乱雑に束ね、カルデアの制服とおぼしき白い服を身に纏った優男は、人理焼却に対抗するような人材にはとても見えなかった。
「いえ、ボクはプロイセンが誇る鉄血宰相、オットー・エドゥアルト・レオポルト・フュルスト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼンっす。ビスマルクさんと呼んでください」
「なんでそんなすぐに分かる嘘を!?」
優男は大袈裟に反応する。ますますらしくないその様子にジナコは楽しくなってきた。
「嫌だな~。このくらいのジョーク、マギ☆マリオタクの間では基本っすよ」
「マギ☆マリをそんな物騒な存在にしないでくれるかな!?」
この優男がドマイナーなネットアイドル、マギ☆マリを知っていることにジナコは少し驚いた。優男への評価を少しだけ上方修正する。
「ところで同志、お名前は?」
「な、なんかこの流れで同志ってあんまり嬉しくないぞ……。こほん、僕はロマニ・アーキマン。カルデアの皆からはドクターロマンって呼ばれてる」
「なるほど。夢見がちで駄目な大人の典型ってことっすね。仲良くなれそうっす」
「これって褒められてるの貶されてるの?」
もちろん褒めている。この精神性のままこんな組織に所属しようと思うその胆力は、ジナコも是非見習いたいところだ。人類の終末を前提に動く人間なんて、本来は異常なことなのだから。
「では同志ロマン、ボクは
「僕を働かせて一人サボろうなんて、なんて冷血なんだ!」
「大丈夫っす同志ロマン。皆でサボれば怖くないっすよ」
「そうか! うん、そうだね! 僕もサボ──」
「不真面目な気配を察知しました」
そんな平淡な声が聞こえてきて、ジナコはある少女の名前を呼ぼうとし──慌てて口元を押さえた。そこにいたのはアトラス院のホムンクルスなどではなく、見知らぬ少女だったからだ。
「ドクター、余りサボると所長にまた叱られますよ」
「うう~。そんなこと言わないでくれよぅ」
良い大人が子どものように自分より年下の少女にすがり付いているのを見るのは、とても残念な気持ちにさせられる。余り人のことを言える立場ではないが、迷惑そうにする少女に心底同情した。
ロマニが落ち着いたところで、少女は思い出したようにジナコの方を見やった。菫色の瞳がジナコに曇りのない視線を向ける。
「ドクター、ところでこの方は……」
「ボクの名前はビスマル──」
「あーあー! 彼女はジナコ=カリギリ。新しく加わったマスター候補の一人だよ」
ジナコの自己紹介はロマニに強引に妨害される。少女の瞳より少し淡い頭が、納得したように揺れた。
「なるほど。私はマシュ・キリエライトです、ミスカリギリ」
「マシュマロちゃん先輩っすね。よろしくっす! あと、ボクのことはジナコと呼んでくださいっす」
「マシュマロ、ですか……?」
「あ~、マシュ、これはジナコちゃんジョークだから気にしないように」
ジナコはマシュと握手をしながら、ロマニにじろじろと視線を向ける。全く失敬な話だ。どこがとは言わないが、立派なマシュマロがあるとジナコのセンサーが反応している。
「それにしても、驚きました。マスター候補には彼女のような方まで召集されているのですね」
「僕もデータを見たときにビックリしたよ。まさかまだ
ロマニはそう告げると、観察するようにジナコを見つめる。マシュも不思議そうな顔でジナコを見下ろした。それに思わずジナコは苦笑いする。
ジナコの外見はどこからどう見てもただの少女だ。跳ねやすい茶色の髪は三つ編みにすることで一纏めにしてあり、その先にはオレンジ色の小さなリボンをくっ付けている。背中に背負ったリュックは少女の背丈には大きく、アンバランスだ。
女性的な発育は良いようで、細い手足も相まって──口を開かなければ──美人に見える。とはいえ、幼げな少女であることに変わりはない。
そんな子どもが戦わねばならないなど、この世も末としか思えない。実際その通りなのだが。
「レイシフト適正百パーセント。所長が喉から手が出るほど欲しがっている適正の高さだ。年齢を考慮している場合じゃなかったんだろうね」
「所長が間違っているとは思いませんが、残酷だと思ってしまいます」
「その気持ちは間違いじゃないよ。……彼女の年齢ならすぐに危険なところに送り込まれることはないだろうし、今は安心して良いだろう」
「ドクター……ありがとうございます」
マシュは不安そうに、しかしほっとしたようにロマニに礼を言う。ロマニはそんなマシュに微笑んだ。ドクターと言われるだけあって、カウンセリングのようなことにも長けているらしい。
ロマニの言う通り、ジナコがカルデアに来た理由のひとつは、その高過ぎるレイシフト適正にあった。魔力はカスカスであるにも関わらず、レイシフト適正だけは高いなんて、ジナコとしては全く嬉しくない。
しかし、そうでなければ世界の終わりを何も知らないまま過ごすことになっていたのだ。そのことをジナコは感謝していた。ジナコはもう、いつか訪れる終わりに怯えるだけの自分にはなりなくなかったから。
「フォーウ!」
「うはぁ!」
ジナコがカルデアに来た経緯を思い返していると、顔面に謎生物がぶつかってきた。猫のような謎生物はジナコの背中に回ると、肩にフィットする。
「どうやらジナコさんはフォウさんに気に入られたみたいですね。カルデアで二人目のフォウさんのお世話係の誕生です」
「わぁ……これが噂の……?」
マシュが嬉しそうに微笑み、ロマニは未知の生物に目を見開く。ジナコは首筋に擽ったさを感じながら訊ねた。
「あの、これって何なんすか?」
「フォウさんはカルデアを自由に闊歩する特権生物です」
「あはは、わかんねー」
「フォウ!」
「いて、フォウさんやめるっす!」
謎生物は何かが気に入らなかったのか、ジナコの頭へと突進を繰り返す。その光景にマシュは微笑み、ロマニは同情の視線を向けた。そしてふと何か思い付いたように、ロマニはフォウに手を差し出す。
「フォウ、はい、お手」
「フォウ……」
「謎生物に憐れまれた……だと……」
フォウはそんなロマニに冷たい視線のようなものを向けると、ジナコの肩で落ち着く。それに今度はジナコがロマニに同情の目を向けた。それに余計にロマニは落ち込む。
「フォウさんは賢いのでしょうがありません」
「フォウ!」
「うっ……マシュの言葉が刺さる……」
「ほんと残念な大人っすね……」
ロマニは二名+一匹の扱いに耐えかね、本題を思い出したのか口を開く。
「そういえば、ジナコちゃんを迎えに来たんだった。ジナコちゃん、これからついてきてほしいところがあるんだ」
「え~? ほんとにござるかぁ?」
「なんでそこで疑うのさ!? そんな謂れはないぞ!」
ジナコはAランクの煽りスキルをふんだんに発揮し、無駄にロマニを煽る。今度はマシュがロマニに同情の視線を向けた。
「こほん、取り敢えず、ついてきてもらうよ」
「はーい」
「うむ、よろしい」
ロマニが偉ぶって答えると、マシュが口を開いた。
「それでは、ジナコさん、私は別のところへ向かうので、また後程」
「マシュマロちゃん先輩も頑張ってくださいっす~」
「その呼び方で決定、なのですね……分かりました……」
マシュは少しばかり遠い目をすると、ジナコの前からフラリと立ち去った。ロマニがジナコにチクチクとした視線を向ける。こんな優男も女の子には優しいらしい。
「ドクター
「僕の名前を改悪して釣り合いを取ろうとしないで!」
「ソロマン王……」
「それが悪口なら僕凄く傷つくぞ! ほんとだぞ!」
ロマニは少し涙目になりながら訴える。そんな軽口を言い合いながら、ジナコとロマニは目的の場所へと向かった。
「ここがジナコちゃんに来てほしかった場所、シミュレータールームだよ」
「ほうほう」
着いた部屋は例に漏れず、近未来的な作りをした部屋であった。というか、未来版カタコンベである。棺にピッタリなサイズの箱が五十近く並んでいるとなれば、背筋がぞくりとする。
「カルデアに来て早々サスペンスの予感……?」
「何を想像したの!?」
「英霊、シャーロック・ホームズとか召喚できそうっすよね……」
「ジナコちゃんはホームズに何をさせようと!?」
もちろん、謎解きである。ちなみに犯人はセイヴァー魔性菩薩でいかがでしょう。うっかり喚んだらカルデア崩壊間違いなしである。いや、もしかしたら既に潜んでそうなところが恐ろしい。
「碌でもないことを考えてるだろうことはこの短い間にも分かったよ」
「人理消失への対抗に備えてストレス耐性がつけられて、良かったっすね!」
「僕はそんな耐性つけたくないよ……」
ロマニはがっくりと肩を落とす。ジナコはそれに反して御機嫌だった。ロマニは普通の人間だ。その普通さが、ジナコにはとても好ましい。
「まあ、それはともかく、ジナコちゃんにはこの装置を使って、戦闘シミュレーションをしてもらう」
「電脳空間での戦闘、ムーンセルの聖杯戦争みたいなもんっすかね……」
「何か言った?」
「何でもないっす」
電脳空間での戦闘シミュレーションといえば、ジナコには一日の長があった。無論、ほんの一瞬で埋められてしまう程度の優位だが。それに、ジナコには元々魔術の素養はない。初心者であってもジナコに勝ることが出来る者など、星の数ほどいるだろう。
「ボク、自分で言うのもなんすけど、弱いっすよ?」
「あれ? これから僕らは英霊召喚をするんだから、自分で戦わなくても良いんだよ?」
「あ」
ジナコはそう言われ、カルデアの人理修復の手法について思い出した。システム・フェイト。それはカルデアにおける、英霊召喚のシステムだ。人理のための存在である英霊であるならば、人理の継続のために力を貸してくれる。容易なことではないが、英霊を人理のために使う、というのは道理に敵っているだろう。
「まあ、今回はお試しだから、あんまり気を張らなくても良いよ」
「はーい」
ジナコは明るく返事をすると、促されるままにコフィンの中に寝転がった。様々な機器がロマニの操作するボタンひとつで、ジナコの体に巻き付いていく。
「君くらいの女の子にこんなことを強いるなんて、本当はおかしいことなんだろうけど」
ジナコの頭にも装置が嵌められ、視界が真っ暗になる。そうして意識が仮想世界へと沈み行く前に、ロマニは告げた。
「カルデアに歓迎しよう、ジナコ=カリギリ。今日から君は僕たちの仲間だ。これからの旅路が良いものになることを、僕は祈っているよ」
その言葉に安心しながら、ジナコは意識を落とした。
ジナコ=カリギリには前世の記憶がある。それは別に、自分がビスマルクだったとか、未来人だったとか言うものではない。ただの、ジナコ=カリギリの別の可能性だ。
十四歳で両親を亡くし、二十九歳で月の聖杯戦争に参加、帰還し、その後、結果はどうあれ精一杯人生を生き抜いた。そんなあったかもしれない可能性の記憶。今の世界では既に解離してしまっているが、それでもその記憶が紛れもなく、ジナコの可能性のひとつであることに間違いはない。
だからこそ、ジナコは思ってしまうのだ。自分の両親はいずれ、あのときと同じように亡くなってしまうのではないか。そして、自分が頑張れば、それは回避できるのではないか。再びチャンスを得たのはそのためではないか。
ジナコもそれがただの妄執であることは自覚している。かつて人生をやり直したいと願った中には、両親の命のこともあった。あのときと考えてることに違いはあれど、両親の命を救いたいという気持ちは本物だ。
けれどその前に、人理焼却という問題が起こってしまった。両親の命どころか、人理が燃え尽きる。それは今のジナコにとって、耐えがたいことだった。放っておけば勝手に修復されてくれる、などと楽観視できるほど、ジナコはお気楽ではない。
だから戦うことにした。何があっても諦めなかったあの人のように、世界の終わりに立ち向かうことにしたのだ。それはきっと、あの人や月の聖杯戦争で出会った人たちの未来にも繋がっている。そんな未来を選び、勝ち取りたいと思った。
恐れもある。不安もある。けれどジナコはこうして、それに力を貸すことを請われた。ならばきっと、自分にも。そんな希望が生まれた。
それがジナコ=カリギリがマスター候補として、カルデアにいる理由だった。
──微睡みの中でふと、体が切り替わるような感覚がした。
「両親と共にある人生を送りたい、と言ったか」
「む。なんすか、文句あるんすか?」
相棒の言葉に、ジナコは思わずムッとしてしまう。この男はいつもそうだ。見透かしたようなことを言ってジナコを苛立たせる癖に、ゲームなんて少しも出来ない。直裁な言葉はジナコの心を抉り、己の悪辣さを思い出させる。そんな彼がジナコは苦手だった。
「いや、オレが召喚されたのも、そういう縁なのかもしれない」
「は?」
彼の言葉に首を傾げながら、ジナコは考えた。月の聖杯戦争において、マスターとサーヴァントはお互いの性質などの相性によって召喚される。ムーンセルの選ぶ相性というのは様々だ。戦闘での相性、血筋による相性、そして時にマスターと似たサーヴァントが召喚されるというが──。
「ボクのパパとママは、アンタの両親みたいに酷いやつじゃないっすよ。変なこと言ってないで…………ぁ──」
「──」
そのとき、ジナコははっきりと恐怖を覚えた。彼は何も口にしない。しかし、怒っていた。その怒気に、ジナコは当てられてしまったのだ。
彼の両親。太陽神スーリヤと、クル王の妻クンティー。太陽神スーリヤは彼に鎧こそ与えたが、インドラのように奸計を用いてまで我が子に手を貸そうとはせず、クンティーも自らの利益のためだけに名乗り出た上、結果的に彼に枷を与えることになった。
ジナコはそんな両親が、とても許せないと思ったのだ。育ての父でさえ、虎の威を借りようとしたことがあった。
しかし、忘れてはならないことがある。彼は、父のために気高く生きることを決め、育ての父への感謝を抱き、母の勇気に報いた、義理堅い人間であった。
それが彼の、彼らしい生き方だったのだ。
始めに、暖かい感触に包まれているのを感じた。これはなんだろうか。先程まで自分は彼と一緒に──いや、あれは夢だ。この現実らしい光は、電子の海では味わえない。つまり今、自分は布団に横になっているのだろう。
「ん……」
「あ、ジナコちゃん、目が覚めた?」
うっすら目を開けると、優男が嬉しそうにこちらを見てくる。誰だろうかと少し考え、ロマニだということを思い出した。
「おはようっす、ロマニートさん」
「僕すっごく働いてるよ! ニート違うよ!」
慌てたように否定するロマニは実に怪しいが、ジナコも本気で疑っているわけではない。ロマニの場合、ただひたすらに真面目なだけだろう。凡人らしく、無駄に気を使って生きているに違いない。
それにしても、懐かしい夢を見た。月の聖杯戦争──前世の記憶だ。彼と一緒にゲームをして、彼の余りの弱さに溜め息を吐いた日々。そんな、短い日常のような時間が、とても楽しくて、その代わりに苦しかった。いつか訪れる終わりに、とても耐えられなかったのだ。月の裏側で全て忘れて生きていられた日々が、唯一の安寧だったのかもしれない。
「ジナコちゃん? 聞こえてる?」
「あっ……何か言ってたっすか?」
「うん、言った。霊子ダイブは慣れてないと酔って眠たくなったりするから、気を付けてってね」
今、恐らく医務室であろう部屋にいるのは、ロマニが気を遣って運んでくれたのだろう。ロマニの言う通り、今のジナコは酷く眠気を感じていた。霊子ダイブなど慣れたものだと思っていたが、どうやら鈍っていたらしい。
「バイタルのチェックをするから、もう少し寝てても良いよ。また起きたらマイルームに案内するから」
「……ロマンさん」
「何?」
ジナコは何故かロマニに声をかけていた自分に驚く。そして少し考え、言葉を口にした。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
その優しい声音はどことなく、あの相棒の最後の言葉を思わせた。