ジナコさんinカルデア   作:クリシュナ実装はよ

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5.3話中、立香たち側の戦争。


幕間──5.1 衝突と慟哭

 いつも通りの聖杯戦争。この永遠に繰り返す試合じみた時間も、あと四半刻余りで終わりの時を迎えようとしていた。半ば退屈な時間と化していたこの時間に、エレナは心の中でため息を吐く。

 エレナは立香たちのサーヴァントを取り込めなかったことを、心の底から残念に思っていた。エジソンに事情があることは分かっている。しかしもう少し融通が利いてほしいものだ、とエレナはないものねだりをした。

 

「ん? 汝、余所見とは良い度胸だな?」

「グ──」

 

 エレナは弓で横っ腹を殴り付けられ、苦悶の声を漏らす。エレナが相対しているのは、カルナと同郷のアーチャーだった。勿論、一人で対応しきれる相手ではない。最大の戦力、カルナに助けを借りつつ、一応白兵戦が出来るエリザベートに前衛を頼んでいる。しかしそれでも、アーチャーとエレナたちの間には隔絶した戦闘能力の差があった。

 

「夫に恵まれず、友に恵まれず、異邦人にも恵まれなかったようで気の毒だな?」

「あなた、まさか今朝のことを──」

「ほう? 今朝、何かあったのだな?」

 

 アーチャーはエレナの反応に笑みを溢す。エレナはこういった舌戦には余り強くなかった。論理的に順序立てて説明するのも、年若い者をからかったりするのも苦手ではない。しかし、エレナは生前の経験のために精神的に揺さぶりをかけられるのを苦手としているのだ。

 その点において、相手は一国の王だ。精神的にも成熟しており、正に水を得た魚。だからこそエレナは普段、話すことを控えていたのだが、今朝のことが余程効いてしまったらしい。

 

「あら、エレナ、何かあったの? 私、昨日の夜から凄く美人に見えるアイシャドウを受け取りに行ってたから知らなかったわ」

「それって黒炭とかがオチじゃないわよね? 別に、大したことじゃないわ」

 

 エリザベートの扱いに関しては、エレナも頭を抱えていた。とにかく自由で制御が効かない。ブラッドバスは止めろと厳命しているが、ネイティブアメリカンに差別的な態度をとっているのではないかという不安は拭えない。

 ふらりと消え、ふらりと現れるその様子は、こちらの味方をしてくれているだけめっけもん、と言った有り様だ。

 

「それにしても、アーチャー。あなた、今まで手を抜いていたんではなくて?」

「まあ、な。下手に倒して均衡を崩すな、と厳命されていたが、異邦人が来たとなれば話は別よ」

 

 そう言ってアーチャーはカラカラと笑う。どうやら大層ご機嫌らしい。その異邦人と刃を交えたいと思っているからか、手応えがある方が楽しめる、というウォーモンガーなのか。どちらにせよエレナには理解しがたい感覚だった。尊敬するインドの英雄であるのに、複雑な気持ちを抑えきれない。

 

「それに我がマスターも昨日からご機嫌でな? あれで案外愛いところもあるものと笑いが止まらぬ」

「あー。何となく理由は分かるわ」

 

 アーチャーの振るう弓を槍で受けるエリザベートの後ろでエレナは魔術を放つ。しかし対魔力の問題で傷ひとつないことに、エレナは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 アーチャーのマスター、メイヴがご機嫌な理由はエレナには理解できてしまう。それは立香のサーヴァント、クー・フーリンが原因だろう。メイヴはクー・フーリンにおぞましい執着心を向けているのだ。

 

「まあ、我が妻の愛らしさには全く及ばぬがな。我が妻を越える者はこの世の後にも先にもおらぬ」

「……」

「僻みか?」

 

 アーチャーの言葉にエレナは容赦なく魔術をぶつける。勿論ほとんど効果はない。エレナは舌打ちを漏らした。

 エレナだって幸せな結婚生活に憧れを抱いていたことはある。今は既に興味をほとんど失ってはいるが、あからさまに自慢されて何もないほど枯れてはいない。

 

「っ、あ!」

「シシー!」

「余所見はするなと言ったろう?」

 

 弾き飛ばされたエリザベートに視線をやったエレナは、アーチャーの放った矢に意識を向け損ねた。矢を放たれたことには気づき、せめて急所を庇おうと手を上げたが、衝撃が来ない。

 

「カルナ、か」

「っ、ありがとう」

 

 しかしカルナの助勢はほんの一瞬。カルナは矢を弾くと再びジークフリートの方へと舞い戻る。それこそ、エレナの言葉に何も反応しないうちに。それはどうしようもないことだった。エレナたちは明らかに戦力で負けている。

 

人数申告というルールがある以上、伏兵を忍ばせることは出来ない。なんせ、エレナたちの目的は時間稼ぎ。ルールを破ってやり返されれば、この均衡が崩れるのは目に見えていた。

 

「ほらまだいくぞ?」

「させないわよ!」

 

 再び弓を振りかぶったアーチャーだったが、それはエリザベートによって妨害される。何故か弓を使って近接戦をしようとしていることだけが、エレナたちにとって救いだった。エリザベートの間合いに入ってもらわなくてはとてもではないがやっていけない。

 

 しかし今日は本当にギリギリだ。戦闘になれば生傷の絶えないエレナではあるが、今は片腕が使えず、腹は出血が酷い。応急処置的な魔術をしてはいるが、痛みに慣れていないのが不味かった。

 エリザベートの方も全快とはいえない。スタミナがかなり落ちているし、肩に受けた矢傷が元々低い筋力を更に低下させる要因となっていた。

 

「……」

 

 エレナは現状に悔しさを隠せない。これでエレナが潰れれば、後は転がり落ちるように計画は失敗に終わるだろう。エジソンは孤独になり、エリザベートは離反する。円滑な人間関係に、エレナは必要不可欠だった。

 

「魔力が不安だけど、ここはもう、宝具を使うしかないか」

 

 この聖杯戦争のせいで、魔力の回復は目下の悩みの種だ。現地の魔術師に少し提供してもらって凌いでいるが、とんでもない魔力食いのカルナがほとんど食らいつくしてしまう。エレナはカツカツ気味な魔力を振り絞り、魔術書を片手に詠唱を唱え始めた。

 しかしそれは、思いもよらぬ形で中断される。

 

「わたくしの前にその女を殺すのは、止めていただきたいですわ──転身火生三昧」

 

 鈴のような少女の声が背後から聞こえ、エレナは思わず振り返った。そして絶句する。そこにいたのは巨大な蛇だった。姿を変えるという宝具。それがバーサーカー、清姫の真髄だと知り、エレナは動くことも忘れた。

 清姫はアーチャーに、そしてジークフリートやメイヴに対して業火を放つ。アーチャーは弓で火の粉を払いつつ後退し、ジークフリートは少し火傷をしたようだがすぐに治癒、メイヴもその勘の良さで難なく攻撃の範囲外へと逃げおおせた。

 

「まだまだ! アンサス!」

 

 清姫の火力を後押しするように、炎のルーンが描かれる。炎は恐ろしく燃え上がり、炎の壁となって彼我を分断した。エリザベートが熱そうにエレナの方へと下がる。

 

「エレナさん、無事?」

「リツカ! どうして!」

 

 これは決して喜びの意思を籠めたものではない。むしろ、エレナは立香を責める気持ちでいっぱいだった。この乱入がルール違反だとされれば、折角の均衡が無駄になってしまう。立香と足並みの揃っていない現状で、それは避けたかった。

 

「クーちゃん! クーちゃんじゃない!」

「仕方ねぇ、オレはメイヴの相手をする。マシュ、踏ん張れよ!」

「はい。マスターは必ず守りきってみせます!」

 

 エレナはメイヴの声にはっとした。どうせ乱入されてしまったことはしょうがない。ならば、今は持ちこたえる方が先決だろう。

 

「シシー、私たちは下がるわよ」

「子リスに任せるのね?」

 

 エリザベートはエレナの言葉を理解し、エレナを抱えてマシュの後ろに下がる。マシュは盾のサーヴァント。下手に動いてしまうよりはその後ろにいた方が安全だ。

 

「フフフ! 良いわ! とても良い流れ! 来てくれて嬉しいわ、クーちゃん!」

「こりゃまた面倒な具合だなぁ」

 

 清姫の炎が弱まっていくのに合わせ、クー・フーリンが杖を構える。メイヴの哄笑に不気味なものを感じながらも、エレナも警戒心を高めていると、知っている声に呼ばれた。

 

『何かしら、ロビン・フッド?』

『まずいことになりましたよ』

 

 念話を通して聞こえてくる声は、酷く焦りに満ちていた。アーチャー、ロビン・フッド。それはエレナたちが隠していた戦力の名前だ。ロビン・フッドの宝具、顔のない王はもしもの時に有用性が高い。また、正面戦闘は余り得意でないのも、その存在を隠していた理由だった。

 そんな、ワシントンに残していたはずの戦力がこのタイミングで念話。嫌な予感しかしなかった。

 

『結論から言ってもらえるかしら』

『市街地が狙われました。敵さんの時間稼ぎ、あれは最悪の事態を引き起こすためのものだったみたいですわ』

 

 エレナの顔は一瞬で青ざめた。このタイミングで市街地襲撃なんて、ルール違反の報復かと考え、即座にそれを否定する。それにしては幾らなんでも早すぎるのだ。つまりこれは、サーヴァントと市民を分断した上で攻撃する、最低最悪の作戦。

 

『どうにも、メイヴの手先が紛れていたみたいでしてね。ワシントン周辺の港は全滅。畑や森に火がつけられて、これ、意味わかります?』

『補給を絶ちに来たってことでしょ!? 全滅って、皆殺されたの?』

『いや、まあ、ギリ半分くらいはワシントンに逃げ出して来てるみたいだが、それってほぼ全滅みたいなもんですわ』

 

 エレナは絶叫しそうになる自分を必死に抑え込んだ。鋼の理性というよりは、現実感の薄さと責任感によるものだろう。ロビン・フッドはそんな彼女を追い詰めることに気を悪くしながらも、報告を続ける。

 

『問題はこれからでさあ。港からワシントンに逃げられても、難民を受け入れる態勢がこちらにはない。んで、補給のしやすい海産資源は敵さんに押さえられて』

『難民に消火活動に参加してもらって、貢献度順に北への疎開ルートを誘導するのはどう?』

『まあ、人手がありゃ良いんですけどね。下手に市民への干渉をしなかったことがマイナスに働きましたわ』

 

 要するに、エジソンたちは市民からの信頼が薄かった。それは当然だ。エジソンたちのやっていることは、市民には不透明である。肝心な時にいつも間に合わない。そんな印象が生まれても、仕方のないことだろう。

 信頼が薄いということは、戦闘も、諜報も、ほとんどはぐれサーヴァントたちで補うことになる。貢献度を調べるどころか、疎開の誘導すら不可能だろう。今でこそ暴動の類いはないが、それも時間の問題だ。果たしてそうなったとき、抑えきれるものか。信頼関係を育むという選択を選ばなかったのが、エジソンたちの最大の失敗だった。

 

『ぶっちゃけ最悪です。この時期のアメリカ国民さんは、独立戦争なんてする意欲がある。サーヴァントを排除する方に動かれたら、面倒どころじゃありませんぜ?』

『ちょっと、私も聞いてたけど、エレナを虐めるのは止めなさいよこの緑茶(ミドチャ)! このスパンキング趣味!』

『……誤解だ』

 

 ロビン・フッドから苦々しげな声が漏れる。そのスパンキング趣味が誤解っぽくないところにエレナは本気で引いた。しかしエリザベートの口撃は止まらない。

 

『っていうか、反逆したら処罰すれば良いじゃない? そんなことも分からないの?』

『この貴族的な感じ、嫌になるな……。良いですお嬢さん? オタク、自分の最期を忘れたんですか?』

『……知らないわ』

 

 記憶があっても経験ではないのだろう。その答えは全くの嘘ではないように思える。しかし、ロビン・フッドのその言い草は些か配慮に欠けていると言わざるを得ない。

 

『……悪かった。オレもこういうこと言うのはヤなんですけどね、こりゃ市民を焚き付けて敵意をメイヴに向けるくらいしかないですわ』 

『あなた、私に煽動政治家になれと?』

『必要悪ってやつですよ。何なら、オレがやっても良い』

 

 エレナはロビン・フッドの発言に息を飲む。目的のために泥を被ろうとするそのやり方は、正にロビン・フッドの人生そのものだ。その悲しさに、エレナは目を伏せる。

 

『はぁ? 何言ってんのよ? 要するに、メイヴを倒して聖杯を取れば良いんでしょ?』

『いや、それができたら苦労しないって……まさか』

「子リス! アンタ、メイヴを倒しなさい! あなたをマネージャーとして認めてあげるわ!」

 

 エリザベートは高らかに告げる。エレナもマシュも呆気に取られ、立香は「あちゃー」と言いたげな表情をした。

 

『おい、何も起こってないよな! そう言ってくれ!』

『もう何もかも、手遅れだったわ……』

『おいおい……』

 

 ロビン・フッドが頭を抑えている光景をエレナは幻視した。というか、エレナが頭を抱えたい。エリザベートの操縦が出来る者がいればいくらでも金銭を積む。

 

「──貴様ら、そのように腑抜けていては、死ぬぞ?」

 

 そのとき、死神のような声が聞こえた。マシュに向かって人影が急速に迫っていく。

 

「っぁ!」

「軽い!」

 

 それはただの蹴りであるはずなのに、恐ろしいほどの重さを持った攻撃だった。マシュは必死に踏ん張るが、二メートル近く後ろにいた立香の元まで後退してしまう。エレナは立香たちに忠告を飛ばした。

 

「気を付けて! 彼は『ラーマーヤナ』の主人公ラーマ。文句なしのトップサーヴァントの一人よ」

「ラーマ? 誰?」

「先輩、その、今回は後で……」

 

 エレナの忠告が無駄になるという、意外な結果に終わってしまった。立香はひたすら首を傾げるが、立香に思い出せたのは『ラーマーヤナ』がインド二大叙事詩の片割れだということだけだった。それを思い出せたのはジナコのおかげ。立香は心の中でジナコに僅かに感謝する。

 

「ふむ。余を知らぬとは物珍しい。そこのキャスターなど、真名に気づいてしばらくは硬直しておったものだが」

「し、しょうがないじゃない! あなたたちは私たちにとって信仰の対象みたいなものなんだから!」

「え? ラーマって神様なの?」

 

 立香が何も知らないのだとよく分かる質問をする。ラーマは自分のことを説明する気はないのか、立香の言葉を無視して弓を掲げた。

 

「さて、小娘。しっかり守れよ?」

「ぅ……」

 

 宝具の弓でマシュの盾を殴り付ける。罰当たりというか、勿体ない戦法だが、単純に筋力の差があるので馬鹿には出来ない。

 赤髪の美しい美男子ラーマの肉体は、魔王ラーヴァナを倒した頃のものだ。体格からして大きく違う。加えてヴィシュヌ神の化身という経歴による高ランクの神性により、攻撃力にブーストがかかっていた。

 

「ああ、もう! メイヴの前にアンタが先! マシュ、とか言ったかしら? アンタは絶対に子リスを守るのよ?」

「エリザベートさん……はい!」

 

 エリザベートは防戦一方のマシュを見かねてか、ラーマに対して槍を構える。ラーマもそれに対抗するように弓を振りかぶった。

 エリザベートとマシュ、ラーマによる戦闘が再開され、手持ち無沙汰になったエレナは立香に声をかける。

 

「リツカ、あなた、治癒の魔術は?」

「この礼装を使えば出来るよ」

「じゃあ、エリザベートの肩を治してもらえる?」

 

 立香は頷くと、エリザベートに治癒の魔術をかける。礼装ありきとはいえ、中々の手並みだ。余程これまでの戦場が恐ろしかったと見える。エリザベートもやり易くなったようで、積極的にアーチャーを攻め始めた。

 

「エリザベートはああ言ってたけれど、今メイヴを仕留めるのは不可能よ」

「どうして?」

「今対応しているクー・フーリンとエジソンはキャスター。機動力のあるライダーとやりあうには攻めがたいのがひとつ」

 

 エレナはワシントンのことを思うと、メイヴのことをこの場で倒すのは悪くないように思えた。しかしそれはそれとして、そもそも戦力が足りない。ラーマとやりあうには、マシュとエリザベートは力不足で、加勢することは出来ないだろう。エレナも、魔力も少なく傷が深い。

 

「それと、エジソンはメイヴを正面切って倒しきるつもりはないわ。カルデアに聖杯を渡したくないんですもの」

「でも!」

「分かってる。でもそれは今の状況を知らないから。でも、この状況で説明なんてしていられない」

 

 下手をすれば、エジソンがクー・フーリンを討とうとする可能性すらあり得るのだ。彼に巣食うおぞましい意志、もとい遺志がそうさせる。ならば、エレナは言葉を尽くして納得させる必要があると考えた。

 

「私も結構混乱してて申し訳ないんだけれど、ここは撤退した方が良いわ。けど、撤退するにも戦力不足。持久戦に持ち込むにはエリザベートやエジソンがもうスタミナ不足。ねぇ、リツカ。あなた、残りの戦力を動員してもらえないかしら?」

「それは……」

 

 エレナは迷う立香の目を見据える。立香の迷う理由。それは何だろうか。そう思って、ジナコのことを思い出す。残りのサーヴァントたちは、ジナコを離れた場所で護衛しているのかもしれない。

 

「念話で頼んでみてもらえないかしら。あと三人いたわよね。そのうちの二人でも良いわ」

「分かった」

 

 立香は自らのサーヴァントたちに念話で呼び掛ける。エレナはそれを不安混じりに待った。金属の打ち合う音が何度も響いた後、立香がエレナに向かって頷く。 

 

「ブーディカの戦車に乗せて全力で撤退すれば大丈夫だろう、って。準備が出来たら直ぐに来るからって言ってた」

「そう。なら待ちましょう。私ももう少し考えたいことが──」

「あ、その前にエレナも治癒するね。こんな傷、放っておいちゃ駄目だよ」 

 

 立香はそう告げると、エレナにも治癒魔術をかけた。中身はともかく、表面はきちんと繋がった感覚がある。エレナは立香がサーヴァントに信頼される理由が、よく分かったような気がした。

 

「ありがと──あ……」

 

 エレナは礼を言おうとした瞬間、横っ腹を抉られるような感覚を覚えた。エレナは尻餅をつき、そのまま地面へと寝転がる。

 

「エレナ!?」

 

 立香が異常に気づき、エレナへと駆け寄る。エレナはそれを見て、まずいと思った。この腹の痛みと熱さは、間違いなく負傷が原因。エレナに当てられて、立香に当たらない理由があるだろうか。

 

「リツカ!」

 

 エレナはサーヴァントの筋力を発揮し、リツカへと体当たりする。それが致命的な傷を招いた。エレナは自分の背中からも熱さを感じることを自覚した。サーヴァントであってもドクドクと流れる血は、もう長くないことを思わせる。魔術師とは死ににくいものだが、相手は宝具だ。そう易々と生かしてはくれない。

 エレナは最期の力を振り絞って、立香へと言葉を残した。

 

「リツカ、令呪を……」

「っ……分かった。二画の令呪を以て命じる、ブーディカ、ダビデ、来て!」

 

 令呪が赤い光を放った。その力は問題なく発揮され、立香の前に戦車が現れる。

 荒野での戦闘は、新たな局面へと移行しようとしていた。

 

 

 

 敵の攻撃を魔術でいなし、杖、デル・フリスで殴り込み、クー・フーリンはメイヴとやりあう。エジソンと二人がかりで戦っているにも関わらず、分が良いとは言えなかった。射程の問題ではない。問題はその堅さだった。

 メイヴは女王であるにも関わらず、当代一級の戦車乗りである。ケルト神話でも有数の知名度を持ち、それ故に英霊としての格が高い。クー・フーリンを追い詰めた相手でもある。

 

 そんな様々な要因が重なって、ドルイドとして呼ばれたクー・フーリン、近代の英霊であるエジソンでは、負けることはなくとも勝てないのだった。聖杯の持ち主にしては出鱈目さはないが、エジソン曰く、いつもより手強い。クー・フーリンを相手取っているためだろうか。クー・フーリンはいよいよ、チーズを探すことを考え始める。

 

「さて、どうすっかねぇ」

「カルナくんがあの剣士を倒してくれることを期待するしかないだろう」

 

 クー・フーリンは横目でカルナとジークフリートの戦いを見遣る。お互いにその堅さもあって、拮抗している状態だ。しかし、エジソン陣営のどの戦場よりも安定している。

 あそこまでいけば宝具勝負になり、そこで機を違えなければカルナが勝つだろう。なんせ、あの槍は神造兵器。単純に、その格が違う。

 

 しかし当然、カルナにそれを使わせる訳にはいかない。今使えばこの場にいる全員が巻き込まれ、人理修復どころではなくなる。その膨大な威力に、魔力が足りるかも問題だ。使えばカルナが消えてしまう可能性も否めない。今戦力の低下を招くのは、クー・フーリンにとって本意ではなかった。

 

「厳しいな……」

「だが、あと少しで今日の戦争も終わる。それまで持ちこたえれば……」

 

 エジソンは最早それ以外に考えられぬ、といった声音で語る。クー・フーリンはその様子に辟易とした。消極策をクー・フーリンは望まない。勇猛果敢が騎士としての在り方。それが彼の中の常識だった。

 

「まあ、つべこべ言うのも違うか」

 

 しかしエジソンの考えも、全くの間違いではない。世界がアメリカだけになっても、それでもこのアメリカは存続できる。少しでも先見性のある人間であれば、この人理修復の無謀さを理解できるだろう。マスターが誰もいなくなった時点で負けなのだ。であれば、こうして切り取られた世界で生きていく方がずっと先がある。

 

 いかな国家も、守るべき民を失えば戦争をする意味がない。軍人や騎士が国家を作るのではなく、民草が国家を支えているのだ。滅ぶくらいならば、降伏した方がずっと幸せに終わるだろう。立香たちの後ろに既に民はないが、エジソンたちの後ろには民がいる。それだけのことが、エジソンに苦しい選択を迫った。

 

「戦争が終わる、ねぇ。さて、どうかしら?」

「あん? おいメイヴ。そりゃどういうこった」

 

 エジソンたちの発言に対し、メイヴは意味深な言葉を告げる。メイヴの戦車による突撃が迫り、クー・フーリンたちは仰け反った。メイヴが嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「ルール違反をしたのはあなたたちなんだから、文句を言うのは筋違いじゃなくて?」

「馬鹿言え、オレはそんな約束はしてねぇ」

 

 メイヴはそんなクーフーリンの言葉にきょとんと言葉を失った後、何故か嬉しそうに微笑む。クー・フーリンは嫌な予感を覚えた。

 

「そうね! あなたはケルトの勇士、クー・フーリン! こんな簡単な約束、交わすはずがないものね!」

「は? クー・フーリンくん、これは一体……」

「誓約で身を滅ぼそうとも、あなたは誓いで自分を縛る……素敵……ああ、何で私の所には王様ばっかりなんでしょう!」

 

 クー・フーリンは最後に付け足された言葉に、思わずこめかみがピクリと歪んだ。クー・フーリンは全員の真名を聞いてはいなかったが、メイヴ、ジークフリート、ラーマの三人は、どれを取っても間違いなく王だ。クー・フーリンの誓約、目下の者からの食事を断らない、に適用される可能性は低い。

 

 そして先程の発言から、適用できれば犬を食べないという誓約との合わせ技をしようとしていたと考えられる。誓約を破れば、ステータスのランクダウンは免れない。クー・フーリンの表情が歪むのも、やむ無いことだった。

 

「なら、ルール違反はしてねぇよな?」

「ええ、まあ、お目こぼししてあげなくもないわ」

「らしいぞ。良かったな?」

 

 クー・フーリンはそう言ってエジソンの方を見る。心なしか、エジソンの表情は落ち着いたものになっていた。そうとうストレスが溜まっているらしい。

 

「けどね、もう誰がルール違反をしたとか関係ないの」

「何?」

  

 怪訝な顔をしたクー・フーリンに、メイヴは美しい笑みを返した。

 

「賽は投げられたなんて、ローマっぽくて微妙だけれど」

「杖は振られた、とでも言えば良いんじゃねぇか」 

「じゃあ私は手綱は引かれた、かしら。それはともかく、もうあなたたちには手遅れ。それこそ、この特異点に来てしまった時点で、ね」

 

 クー・フーリンの軽口を軽く流したメイヴは、不吉な言葉を告げる。この特異点が碌でもないことは、何となく予想がついていた。しかし取り返しのつかない事態にまで進んでいる、というのは今までにないことだろう。

 

「メイヴ、何をした?」

「あなたたちが一番嫌がることを。私はあなたたちに残酷な選択を迫るつもりよ」

「クー・フーリンくん、一体……」

 

 エジソンはクー・フーリンにメイヴの言葉の真意を聞いてくる。しかしそれにはクー・フーリンも答えられなかった。というより答えられるはずもない。今のクー・フーリンは最早死者。それを迷わせるような選択など、早々思い付くはずもなかった。

 

「……どうやら、全て上手くいったみたいね」

「なんだと?」

 

 メイヴはそんな言葉を告げる。しかし、今度は律儀にクー・フーリンの問いに答えるようなことはしなかった。次々と武器を収めるジークフリート、ラーマに合わせてメイヴは前に出る。

 妙な様子に立香たちは攻めあぐねた。いつの間にかやって来ていたブーディカたち。そして姿の見えない清姫。クー・フーリンには凶兆にしか思えない。

 

「アメリカを救おうとする者たちよ! 麗しき英雄たちよ!」

 

 メイヴはエジソンたちの前で高らかに告げる。その様子にクー・フーリンは思わず呆気に取られた。

 

「あなたたちに問います。このアメリカと、カルデアのマスタージナコ=カリギリ。あなたたちはそのどちらを選ぶのかしら?」

 

「何の話……?」

 

 立香がメイヴにその言葉の意味を問う。誰もがメイヴの言葉に、妙なものを感じていた。

 

「っ! まずい、マスター! ジナコが!」

「あ!」

 

 いち早く思い至ったダビデが立香に言葉をかける。立香もその言葉で気になることを思い出した。この特異点にいるはずのサーヴァントで、この場にいない者がいる。

 

「アーチャーか!」

「御名答。しかしよもや、真名すら知らぬとはな。あやつ、生真面目にもほどがある……クク」

 

 ラーマが心底おかしそうに笑う。一方立香は顔が青ざめるのを自覚した。ジナコの側にはサーヴァントはいない。立香の失態によって、三人のサーヴァントを呼び出してしまったからだ。自分のせいでジナコに危険が迫っているも同然だろう。

 

「ジナコちゃんの身柄は押さえたわ。そして、あなたたちが彼女を見捨てるというのなら、こちらはアメリカの民草を襲うのを止めてあげる」

「アメリカの民草、だと?」

 

 エジソンは動揺しながら言葉を漏らす。エレナが気を遣って何も言わなかったのが悪い方に働いた。

 

「そうよ。あなたたちが何もしなかったら、あと一週間で特異点は駄目になるわね」

「どうやら嘘ではないようだ」

 

 貧者の見識、という嘘を見抜くスキルを持つカルナがエジソンに告げる。エジソンはそれにあからさまに狼狽した。彼にとって、アメリカは彼の肉体のようなものだ。それを知るエレナはメイヴを睨み付け、言葉を放った。

 

「こんな取引、応じちゃ駄目よ。たとえ事実であったとしても、向こうがそれを破らないとは限らないんだから」

「守るわよ? ねぇ、カルナ、あなたなら私が嘘を吐いてないって、分かるわよね?」

「……メイヴは嘘を吐いてない」

 

 カルナはエレナに向かって申し訳なさそうに告げる。エレナは口を噤んだ。ここまで言われれば、エジソンを励ますのは難しい。

 

「彼女を見捨てれば……」

「なんだ、見捨てるの。つまらないわね。じゃあ、貴方たちカルデアは?」

 

 ジナコを見捨てる選択をしようとしたエジソンに、メイヴはつまらなそうに言葉を放つ。メイヴは英雄らしい人物を好む。エジソンの選択は、御世辞にも英雄的ではなかったということだろう。

 エジソンの代わりに矛先の向いた立香は、絞り出すように告げた。

 

「……そんなの、認められるわけない」

「なら、交渉は決裂ね?」

 

 交渉は決裂、と言っているにも関わらず、メイヴは立香の返答に満足げだった。それに怒りに満ちた声を漏らしたのはエジソンだ。

 

「立香くん! たかがジナコくん一人。その選択は間違いだ!」

「間違いじゃない。私は、ジナコに死んでほしくない」

「サーヴァントを連れていないのだろう! いてもいなくても変わらない!」

 

 エジソンは苦しげに告げる。使命感と罪悪感の間でエジソンは板挟みになっていた。犠牲を許容し、多数を救う正義。それが必要な時は確かにあるだろう。国の長となれば尚のこと。

 だがそれは、この場では適用されない。メイヴの提案に安易に乗るのは悪手だというのもある。しかし何より、エジソンは少数の犠牲でなく、少数の生存を取ったということだ。

 

 彼はこの時代のアメリカだけを救おうとしている。それは、その他の時代のアメリカ、あらゆる時代のあらゆる国々、そしてジナコ含むカルデアを見捨てるということだ。故に少数を見捨て、多くを取ったと思うのならそれは間違いでしかない。エジソンはそれを理解するからこそ、この提案に罪悪感を覚えてしまう。

 

「諦めたくないんだ。今もジナコが苦しんでると思うと、覚悟したつもりでも、凄く辛い」

「先輩……」

「助けられるのに助けないのは、やっぱり違うよ。諦めるのは人事を尽くしてから。私たちは今まで、そうやってきた」

 

 立香は決意に満ちた口調で告げる。その声は少し震えていたけれど、その言葉はエジソンの心に一石を投じることとなった。

 

「……考えさせて、くれないか」

「ふーん。ま、結論を先伸ばしにしても良いけど、滅ぶ前に行動しなきゃどうにもならないわよ?」

 

 メイヴは先程よりは冷たさの抜けた視線をエジソンに送る。期限は一週間というが、行動する時間を考えればもっと短いだろう。それまでにエジソンは結論を出さねばならない。

 

「それじゃあ、結論が出た頃に探しに来て? あなたなら出来るわよね、クーちゃん?」

「ああ。あんまり油断してると寝首を掻きにいくかもな」

「そのときはそれまでだったということね」

 

 そんなメイヴとクー・フーリンの掛け合いを見て、立香は何となく、この二人は分かり合えているのだろうな、と感じた。実際、クー・フーリンもそんな彼女を悪くないと思い始めている。それが死後になってから、というのは皮肉な話だが。

 

「行くわよ、セイバー、アーチャー」

「ああ」

「うむ」

 

 メイヴの言葉に乗じて、ジークフリートとラーマは去っていく。何故あの二人がメイヴに従っているのか。そんな疑問が立香の心に引っ掛かった。

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