ジナコさんinカルデア   作:クリシュナ実装はよ

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第五特異点修復後のカルデアのお話。



間章 Interude
幕間──6.1 失わないために戦う


 

『ジナコ=カリギリ! 誰でもない誰かが、誰でもないアンタのことを待ってる。だから──生きて!』

 

 それは祝福の言葉ではなく、呪いだった。そもそも、カリギリはこの世界の人間ではない。カリギリという存在として依って断つ縁がないこの世界で、生きづらく感じるのも仕方のないことだろう。いつか消えるサーヴァントと違って、カリギリはまだ生きているのだから。

 

 カリギリには、この世界でカリギリとして生きてきた年月の積み重ねがない。それが意味するのは、カリギリはこの世界に居場所がないということだ。余分な人間を住まわせておく隙間は、世界のどこにもない。限りあるリソースでこの世界を生きている人々に割り込めるほど、カリギリは自分に価値を見出してはいなかった。

 故に、カリギリは孤独な世界で生きることを選択するしかない。

 

 頼れる縁はない。信じられるものもなかった。そんなひとりぼっちのカリギリを待つ人がいるような言葉は聞きたくない。カリギリはあの言葉を思い出す度に、言い様のない胸の痛みを覚える。

 

 カリギリを待つ人。そんな者は全て、あの世界へと置き去りにしてきたのだ。いや、そもそもあの世界にだってそんな人はいなかった。

 カリギリは世界を拒絶していたし、そんなカリギリを誰も助けてくれなかった。

 

 それなのに、この現実はカリギリに錯覚を起こさせる。それは余りにも酷くて、息苦しい。

 

「カリギリさん、起きてる?」

 

 扉一枚隔てた向こうから、声が聞こえてきた。どこか戸惑いの混じったその声に、苛立ちを覚える。彼女が悪いわけではない。だが、今のカリギリには世界の全てが腹立たしく感じられた。

 

「あのね、ロールケーキ、持ってきたんだ。良かったら、食べない?」

 

 そんな少女の言葉に、カリギリは沈黙を返す。どうして返事をする必要があるだろう。いや、そもそもカルデアに災いを招いた張本人である自分に声を掛けるなど、どうかしている。少女は沈黙に耐えかねたのか、肩を落としたような気配がした。

 

「……そっか。食べたくなったら、出てきてね。待ってる」

 

 その言葉からほどなくして、少女の気配が扉の前から消える。カリギリはそれに、漸く体の緊張を解いた。カリギリはベッドに寝転がる。

 カルデアのマスター、藤丸立香。彼女はどうして、カリギリにわざわざ声をかけてくるのだろう。どんなに優しくされたところで、カリギリは応じるつもりはない。

 

 カリギリは今、完全に空っぽだった。願いは無駄に終わり、執念は砕かれ、もう何も残っていない。それにこのカルデアは、カリギリの安息の地では決してあり得ないのだ。だからこそ、こうして自室に籠っている。

 

 カルデアにレイシフトさせられたカリギリは、最初にダ・ヴィンチによって尋問を受けた。カツ丼まで用意しているのには、流石のカリギリも顔をひきつらせたものだ。

 しかしカリギリが何も話さないのに呆れたのか、すぐに空いている一室に押し込まれることになった。とはいえ、押し込まれたものの閉じ込められはしなかった。

 カルデアは本当にどうかしている。カリギリはあの自分の相似形に対して監禁し、見張りまでつけたというのに。

 

 そんなわけで、カリギリはこれ幸いとばかりに、引きこもり生活を送っているというわけだ。ただ、そう長くは保たないだろうという自覚もあった。

 

 押し込められた部屋には、水はあるが食べ物がない。水と光だけで腹が満たされるのであれば良いが、カリギリはそんなクリーチャーになった覚えはなかった。ストレスで食が細いのもあって、本当に餓死しかねない。

 しかし外の人間とやり取りしたり、食べ物をもらおうとするのはやりたくなかった。そんなカルデアに対して気を許すような真似は出来ない。

 

 そうなればカリギリは遠からず死ぬ。だが、それでも良いだろう。どうせもう何もないのだから、生きる理由もない。脳裏に過った誰かに見て見ぬ振りをする。カリギリはそうやって思考を完結させると、そっと瞼を閉じた。

 

 

 

 次の日もまた、立香はやってきた。

 

「新しく召喚したサーヴァントのエミヤがね、ドイツ料理を作ってくれたんだけど、どうかな?」

 

 立香はジナコがいなくなってから、なくした何かを埋めるようにサーヴァントを召喚しているらしい。ふざけた話だとカリギリの中に怒りが蓄積する。

 サーヴァントはそんなに安いものじゃない。サーヴァントから信頼を得ることがどれほど大変で、どれほど心に安らぎを与えるか。カリギリはそれをよく知っていた。

 

 だがカリギリは、立香の行動の理由を理解していないわけではない。人は、温もりを失うことに耐えられないものだ。カリギリもまた、そうであるように。

 

「アイスヴァイン?とザワークラフトだって。凄く美味しそうだよ」

 

 数日食事を摂っていないカリギリにアイスヴァインは少しばかり重い気もするが、悪意と断ずるには間が抜けている。しかしカリギリはやはり、何も答えなかった。

 

「あのね、カリギリさん……大丈夫だよ」

 

 立香はそんな間抜けなことを告げる。恐らく、食事のことではないだろう。それくらいはカリギリにも察することができる。ただ、その方が余計に間抜けだ。

 カリギリにはもう、安住の地など存在しない。気に食わないソロモン王によって処分されていないだけ、マシというくらいだろう。

 

 懐かしい食事の薫りが遠ざかっていくのを確認して、カリギリは溜め息を吐く。そうしてカリギリはまた、布団の中にくるまった。

 

 

 

 その次の日も、立香は諦めなかった。

 

「ゲーム、持ってきたんだけど、一緒にやらないかな?」

 

 ゲームをしようというのは、あのジナコの趣味だろうか。平行世界であっても、そういうところは変わらないらしい。立香の何とも涙ぐましい努力に、腸が煮え繰り返る。

 

「スラクエ、えっと、スライムクエストってゲーム分かる?」

 

 スラクエと言えば、十年以上前に倒産したゲーム会社のソフトだ。コアなゲーオタであるところのカリギリも、触ったことくらいはある。いや、この世界ではまだ現役の企業なのだったか。既に人理ごと焼却されてはいるけれど。

 

「これが意外と楽しくて、どう?」

 

 カリギリは当然、沈黙を貫く。ゲームに誘われたからと言って、そう簡単に折れてやるつもりはない。

 立香はガサガサとゲームのパッケージの音をさせながら去っていく。それ聞きながらジナコは今日もまた、布団の中へと潜り込んだ。

 

 

 

「マシュが──」

「エリちゃんのクッキングが──」

「ロマンの──」

 

 あれから飽きもせず、立香は毎日欠かさずカリギリの前に現れた。カリギリはそれに耐え、沈黙を保ち続ける。応える理由はない。応える必要もない。カリギリは今日も閉じた部屋で一日を過ごす。

 しかしそんな日々はある日突然、終わりを告げた。

 

 

 

 理由は明白だ。何も食べずに体の弱っている人間が、どれだけやっていけるだろう。カリギリはある日突然、ぱたりと倒れ込んでしまったのだ。

 

「室内のバイタルデータをスキャンして、ビックリしたよ。おかげで皆てんやわんやで」

 

 男はふわふわとした髪を揺らしながら、おどけた様子で告げる。カリギリはそれをぼんやりとした表情で見つめた。

 

「そういうことだから、今後は無理にでも食事は押し込むことになる。取り敢えず今日のところは、点滴で過ごしてもらうよ」

 

 カルデア所属の医師であるロマニ・アーキマンが下したのは、そんな診断だった。カルデアのレイシフト時の検診以来、ほとんど初対面にも関わらず、カリギリはこの男に苦手意識を覚えていた。

 この男には何か、おぞましい執念を感じるのだ。カリギリが言うのだから間違いない。それがとても、気持ち悪かった。

 

 ロマニはそんなカリギリに何を思ったのか、検診を終えると直ぐに医務室から姿を消す。病人に監視は必要ないと思ったのか、これ以上同じ空間にいたくなかったのか。どちらでもカリギリには同じことだが。

 

 それからロマニのいなくなった医務室に立香が入ってきたのは、一時間ほど経ってのことだった。立香は手近な椅子に座ると、カリギリを見るなり顔を顰める。

 

「カリギリさん、倒れる前に教えてよ」

「……」

 

 カリギリはひたすら黙り込む。カリギリが立香の頼みに応える理由はない。カリギリは決して、彼女の仲間などではないのだ。カリギリがどこで野垂れ死のうが、立香には無関係だろう。

 

「そういうところまでジナコに似なくて良いのに……」

 

 どうやら此方のジナコは案外、嫌な奴だったらしい。沈黙は金と言うが、自分勝手な判断は身を滅ぼす。その癖カリギリの代わりに死を選ぶなんて、馬鹿なやつだと思う。カリギリと違って彼女が愛されていたことくらい、閉じ籠っていても分かるというのに。

 

「ねぇ、何か言ってよ」

 

 カリギリの態度に、どうやら苛立ちを覚えたらしい。カルデアのマスターと言っても、所詮はただの人間だ。聖人のごとき清らかな心はお持ちでないらしい。そんなのでも人理修復に王手をかけているのだから、お笑い草だ。

 

「ねぇ、カリギリさんにとって、カルナってどんな人──」

「あの人のことは口にしないで」

 

 カルデアに捕らえられてから初めて、カリギリは口を開いた。カリギリは必死に立香を睨み付ける。

 カリギリにとって、カルナの話は逆鱗だった。最期まで付き従ってくれた忠臣であり、カリギリが手を下した逆賊でもある。そんな彼に、カリギリは今も複雑な思いを抱いていた。

 

「カリギリさんは、カルナが大好きなところも似てるんだね」

 

 カリギリはそんな言葉に、分かりやすく顔を顰めた。なんて馬鹿なことを言うのだろう。カリギリはカルナを好きではないし、ジナコとカリギリは似ていない。心から不愉快だと思う。

 カリギリはカルナを捨てた。カリギリにとってはそれだけのことだ。もう過ぎ去った、過去の記憶に過ぎない。

 

「そうやって、アタシをアレに重ねるのは止めなさいよ」

「でも、やっぱりカリギリさんはジナコなんだって思うの」

 

 立香はそう告げると、にこりと笑う。どうして彼女は笑っていられるのだろう。カリギリは、仲間を失って何も悲しまずにいられるほど立香が強くはないのを分かっていた。それなのに、何故笑いながら生きていけるのか。

 

「私、カリギリさんには幸せになってほしい」

「それは、あのジナコ=カリギリへの気持ちよ」

 

 カリギリは、立香の言葉を否定する。幸せなんてもの、カリギリには決して手に入らない夢物語だ。カリギリの幸せは過去にしかない。此方のジナコを幸せにすることとは、訳が違うのだ。

 

「今は、確かに代用にしてるかもしれない」

「む」

 

 素直に認めた立香に、カリギリは意表を突かれて口を噤む。カリギリはジナコの代用品である。そう彼女がはっきりと口にしたも同然だ。

 

「でも私にも、願いがあるの。私は、皆に幸せになってほしい。不幸な人生を選んでほしくない」

「願いか……」

 

 幸せになってほしい。それは傲慢な願いだと、カリギリは理解していた。そもそも、他人の幸福など他人には理解できない。それなのに他人を幸せにしようなどというのは、馬鹿らしい話だ。

 それを願いという言葉で正当化しているが、願いというのは欲望に他ならない。立香のその願いは、ただの自己満足だ。

 

「カリギリさんは、あの子の最後の顔を見た?」

「……」

 

 立香が視線を落としたまま訊ねる。当然、見ていた。見ていたに決まっている。此方のジナコの最後の言葉は、カリギリに向けてのものだったのだ。それを見なかったことになど、どうして出来ようか。

 

『──生きて』

 

 幻惑のように、最期の姿が脳裏に浮かぶ。その表情はカリギリには、とてもおぞましいものに見えた。あのときのカリギリの驚愕を、どれだけの人が理解できるだろう。それは、恐怖と言ってもおかしくない感情だった。

 

「幸せそうだった」

 

 噛み締めるように藤丸立香は告げる。

 

「ジナコは自分が死ぬのに、幸せそうに笑ってたんだ。おかしいよね。だって、いくらちっちゃくても知ってるはずだもん。死んだらそこで、何もかも終わりだって」

 

 その微笑みの訳は、カリギリにも立香にも分からない。分かるはずもない。彼女は実のところ、自分の命よりも自分の生き方に重きを置いていた。一度死んでしまっているから今を生きている者を優先してしまうなんて、分からない。

 

 ただ、その微笑みはとても満ち足りたものだった。あの表情は、今もカリギリの脳裏に焼き付いて離れない。あんな最後を幸せと思える彼女を、カリギリは許せない。彼女は幼くして、己の死を容認していた。 

 ある意味、魔術師に向いていたのだろう。死の受容とは、魔術師の通るべき通過点だ。魔術というのは死を容認することによって、初めてその神秘性を生み出す。しかしその事実は、通過点は、人が至るべきでない地点だ。

 

「私は、嫌なんだ」

「え?」

「私は、あんなのを幸せだなんて思いたくない。だって、ジナコはこれから沢山遊んで、沢山笑って、いっぱいこれから世界の楽しさを知るはずだった。そうやって大人になって、好きな人が出来て、子どもが生まれて……そんな可能性を、ジナコは自分でなかったことにしたんだ」

 

 カリギリは目を見開いた。悔しげに拳を握る立香は、カリギリが今まで見たことのない顔をしていたのだ。

 立香は笑顔を絶やさない。けれどその笑顔は強がりで、本当はかきむしりたいほどの後悔を抱えている。カリギリはその事実に、漸く思い至った。

 

「だから、お願い。カリギリさん、私に利用されてほしい」 

「え?」

 

 と、そんな彼女から思いもよらない言葉が飛び出し、カリギリは間抜けな声を出す。立香のような少女と、利用という言葉は最も縁遠いものに思えた。

 

「私はもう、誰にもあんな結末は迎えさせない。そのために、力を貸して。あなたを利用させて」

 

 そんな立香の結論に、カリギリは既視感を覚えた。そんな選択を、カリギリは知っている。これはまるで、かつてのカリギリそのものだ。何も失うことのない、最良の未来のためにあらゆるものを犠牲にしたカリギリのように、藤丸立香は何も失わないためにあらゆる手を尽くそうとしている。

 

 多数のサーヴァント召喚も、カリギリへの訪問も、全ては何も失わないための布石だ。立香がどんな思いでそれを成し遂げようとしているか、カリギリには分からない。

 だが、それくらいの方がカリギリには好ましかった。カッコつけて、お綺麗に生きて全てを失うくらいなら、手を汚しても大切なものを手に入れようとしている方がずっと良い。必死になるその姿にこそ、カリギリは手を貸したいと思える。

 

「アタシを利用するってことは、あなたも利用されるってことよ? 正気かしら」 

「構わない。私はそう簡単に、利用されてなんてやらない。私にも、変えられない気持ちがあるから」

 

 立香の目は、憎たらしいほどにキラキラと輝いていた。これまでの特異点を乗り越えてきたという自負と、此方を食らい尽くさんとばかりの覚悟を以て、彼女はカリギリに手を差し出す。それがとても眩しくて、きっとカリギリは当てられてしまったのだろう。

 カリギリは決めた。利用されてやろうじゃないか。どうせなくなっていたはずの命だ。あの腹立たしい自称ソロモン王に、一発拳を入れてやるくらいはしてやろう。

 

「そう……良いわ。レイシフトでも、アレがやってたっていうカルデアの機器の調整でもね」 

「本当!?」

 

 カリギリは差し出された手を握り返すことなく、頷いてみせる。立香はそれに、特に気にするでもなく目を輝かせた。しかしそれで終わりにするほど、カリギリは甘くない。

 

「条件があるわ──」

 

 カリギリはそう告げると、その内容を口にする。立香は少し視線をを泳がせたが、ゆっくりと頷きを返した。

 

 

 

 

 

 真っ白なテーブルの上には、カリギリには余り馴染みのない料理が置かれている。味つけこそ薄いが、素朴な家庭料理だ。それを作った当人は、どこか困ったような顔で口を開いた。

 

「それにしても、こうして私の料理を振る舞うことになるなんてね」

「ふん。いつまでも禍根を残していたところで、面白いものは何もないでしょうに」

 

 ブーディカの差し出したブリタニア料理を、カリギリは面白くなさそうな顔で食べる。決して美味しくない訳ではないのだが、こうして不機嫌な表情になってしまうのが癖になっているのだった。それをブーディカも分かってか、苦笑する程度で済んでいる。

 

「まあ、そりゃそうなんだけどさ。皆割りきれる訳じゃないのよ。私たちはこっちのジナコちゃんを失ってる訳だし」

「アタシだって、アタシ以外の全てを失ってるわよ」 

 

 このような厳しい言葉にも、ブーディカは怒りを見せない。その寛容さに、カリギリは呆れた。まさか、尤もだと同意している訳でもあるまいに。身一つになったカリギリだが、元々何か大事なものがあったわけでもない。それほど自らの境遇を、悲惨だと思っているわけではなかった。

 

「全く、食事中にする話ではないな」

「げ。正義の味方野郎……」

「その愛称はどうかと思うが……」

 

 やれやれ、と言いたげに赤い外套の男は首を振る。彼、エミヤは、ブーディカと同じく食堂を棲み家としているサーヴァントだ。世界と契約して守護者となった愚か者で、常に皮肉げなのでカリギリには腹が立つことこの上ない相手だった。

 

「正義とかいう自分勝手は好きじゃないのよ」

「その言い分には賛同できないな」

 

 カリギリの言葉に、エミヤは存外真剣な様子で反論する。カリギリは意外な反応に内心首を傾げつつも、からかいついでに口を開いた。

 

「正義の基準を自分で定めている以上、他人には理解できないわよ。それを正義って言葉で正当化するから腹が立つの。悪人だって胸を張っている方がずっと信用できるわ」

「む……」

 

 エミヤは意外に核心に迫る返答をされ、思わず閉口した。エミヤに足りなかったのは、他人に理解される努力だった。それは彼の人生における真実の一つでもあるだろう。

 エミヤは一般化された正義を体現しながらも、弱者の味方をした。それはエミヤの中の正義と、世間の正義にズレがあったからだ。そんな曖昧さが、周囲からの理解を遠ざけた。

 

「だからアタシは自分を悪だと名乗るわ。正義の押し付け合いよりは見苦しくないでしょう?」

「つまり、信用できないと?」

「ええ」

 

 カリギリはエミヤになんら遠慮することなく答える。正義の押し付け合いは、よくある戦争の原因だ。カリギリのいた世界でも、管理好きの財閥と中東のテロリストがお互いの正義を掲げて争っていた。

 カリギリからすれば、どちらにも難がある。小競り合いをしている方がまだ、選択の余地があって健全だと思うくらいだ。 

 

「信用できないという点では、君も変わりないと思うが」

「そうね。隙があればいつでもカルデアを乗っ取ってあげるわ」

「何て言うか、成果を出してくれそうだけど詰めが甘そうな気もするね」

 

 ブーディカが挟んだ言葉で、どこか空気が緩んだものになる。カリギリは成果はきちんと出せるが、案外他人を省みる甘さがある。そういうところがあるのは、このカルデアの面々にはそこそこ広まっていた。知らぬは当人ばかりである。

 

「アタシを無罪放免に等しい扱いにしてるカルデアの方がおかしいわよ」

「マスターの人徳のおかげだね」 

「ああ。今回のマスターも中々甘いところがある」

 

 皮肉げにしていながら、どこか誇らしげにエミヤは告げる。カリギリの扱いに関して、立香がかなり口出ししたのは知っていた。それがカリギリの協力の条件の一つだからだ。ただ、ここまで無罪放免扱いされるとは思っていなかったが。 

 

「今回の、ね……」

「ああ、エミヤは他の聖杯戦争にも参加したことがあるんだっけ」

「ああ。私はマスター運に恵まれているとつくづく思わされるよ」

 

 そう嬉しそうに語るエミヤに、カリギリは目を細めた。特異点Fでの彼のことは、己のサーヴァントからよく聞いている。あそこだけは違う。それは、カリギリもつくづく思い知らされていた。

 あそこだけは切り離されている。いや、繋がっていない。このエミヤの語るマスターとやらも、あの特異点Fの彼のマスターと異なっているのだろう。

 

「どうにも、見落としている気がするわね……」

「どうかしたかね?」

「いや、何でもないわよ」

 

 カリギリは己の中にある疑念に、敢えて蓋をした。カリギリはどちらかと言えば考える方が得意だが、他人と協調することが得意だとはとても言えない。他人に相談して共に解決に向かうなど、立香だけで十分だ。

 

 疑念はそれだけではない。件のソロモン王。彼の目的には気づいている。彼は世界を滅ぼすつもりなど、最初からない。いや、ある意味滅ぼしているも同然か。

 ソロモン王の目的は人理再編。平行世界の管理、或いは無の否定にも抵触するだろう。彼は人類史そのものを作り直そうとしている。カリギリと同じだが、それよりもずっと規模の大きなことだ。

 

 ソロモン王のポテンシャルからすれば、それは不可能ではないだろう。今までの人類史全てを否定する覚悟があるのなら、寧ろ尊敬しても良いことだ。だが、理由が見えない。ムーンセルと接続していたときに調査したこともあるが、ムーンセルの情報があるのは精々世界の内側のこと。此方の世界の事情全てを読み解くことは出来なかった。

 

 人類史をある一点以降滅ぼすのなら分かる。そこからエネルギーを得て、変革したい一瞬をねじ曲げる。剪定事象に抵触する可能性は否めないが、そちらの方が無駄がない。だが人類史全てとなると、どうにも理解しがたい。

 どのように成すかではない。何のために成すのかが問題なのだ。その理由だけが、靄がかかったように判然としない。

 

「もしや、明日ご期待の初レイシフトで緊張しているのかね?」

「んなわけないでしょう。肉体の霊子化に関しては専門よ?」

 

 カリギリは出来の悪い生徒にするように告げる。カルデアでの生活にも慣れてきたカリギリだ。カルデアは、猫の手も借りたい気持ちでカリギリを微小特異点に送り込むことを決めた。勿論、裏切られないよう立香のサーヴァントが付き添いとなる予定だが。

 

「ウィザードとしての基本スキルだったか。此方の魔術師には衝撃だったようだが」

「メイガスが電子機器を忌避する方が不思議ではあるけれどね。魔術師というのは古来、科学者でもあったわけだし」

 

 ウィザードとメイガスの間には、大きな違いがあることにはカリギリも気づいていた。ウィザードとしてもメイガスとしても三流だが、エンジニアとしてはそれなりに腕の立つカリギリだ。此方の魔術師が彼方で適応していくのが全く想像できなかった。携帯電話すら持っていないとは、いつの時代の人間なのだろうか。

 

「言っておくが、カルデアは進んでいる方だ」

「え。ま、まあ、人間は廃れたものにこそ神秘を感じるから仕方ないのかしら」

 

 エミヤの衝撃的な発言に口ごもってしまったカリギリだった。動揺でついメイガスをフォローしてしまう。

 魔術の呪文が古めかしい言葉であるのも、その辺りに原因があるとカリギリは見ている。古めかしさに神秘性を感じるその信仰こそが、魔術基盤に力を与えているのだろう。

 

「明日はくれぐれも、キャスターのサーヴァントを惑わせんようにな」

「聖杯の知識のバックアップもあるから大丈夫よ! 本当に腹の立つ男ね!」

 

 カリギリは異世界人である以前に未来人でもあるが、カリギリのいた世界では技術の進歩は緩やかになっていた。そのため、言語の上でもこの時代にない専門的な用語はほとんどないはずなのだ。意思持つAIなんかが存在するムーンセルの方がおかしい、というのは否定できないが。

 

「寧ろ、アタシの方が用語が分かんないわよ……」

「ああ。分かる」

 

 カリギリとエミヤは、星占術やら数秘術やらが絡んだ魔術式を鼻息荒く語るキャスターのサーヴァントや、自分の著書を自慢げに読み聞かせてくるキャスターのサーヴァントを思い浮かべる。有り体に言って、地獄絵図だ。

 

「ま、まあまあ。ご飯食べて元気出しなよ」

 

 ブーディカがそう言って、カリギリの肩を叩いた。エミヤもそれに賛同するように肩を竦める。カリギリはそれに異を唱えることなく、黙々とフォークを進めた。 

 

 

 

 

 

 カリギリがカルデアに来てから、一月以上が経っただろう。カルデアの様子は普段より、忙しないものになっていた。それもそのはず。新しく特異点が確定されたというのは、おおよそ全てのカルデアの職員に広まっている。そうしてカリギリもまた、そんな話を耳にしていた。

 

 特異点を攻略する前に、ブリーフィングをする。それが、立香たちにとってのいつものやり方というものらしい。ただでさえ準備不足なのに、それくらいはやっていないと話にもならない。それは分かる。

 しかし不可解なことが一つだけ。その場にカリギリがいるのは絶対におかしいと思う。

 

「立香ちゃんもカリギリさんも、皆揃ったね」

「突然ここに呼び出して何のことかと思えば、帰っても良いかしら?」

 

 カリギリは利用されてやると言った。しかし量子記録固定帯にレイシフトするかどうかと言えば別の話。それを為すにはカリギリにはカルデアからの信用が足りない。そんなカルデアをカリギリが信用できようはずもないだろう。また、カリギリ自身にもリスクが伴う。

 ソロモン王が本当に手出ししてこないとも限らない。カリギリのせいでソロモン王に目をつけられるなんてことになれば、カリギリにも不都合だ。

 

「誰かと思えばあの嬢ちゃんの偽物か」

「クー・フーリン、そんな言い方はないでしょ」

「いえ、正しいわよ。この世界にはアタシは偽物。あのお子様が本物だった」

 

 己のサーヴァントを嗜める立香に対し、カリギリはケルトの大英雄に同意を示した。カリギリにとって、それはただの事実だ。

 

「ふーん。で、その偽物さんは、尻尾巻いて逃げ出すってか?」

「面白い冗談ね? あのお子様が逃げなかったのに、アタシが逃げるわけないでしょう?」

 

 クー・フーリンの売り言葉に買い言葉。カリギリは怒りを滲ませながらも、まんまと立香の望む言葉を口にしてしまう。それにクー・フーリンは、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

 

「ついていくらしいぞ、マスター」

「カリギリさん!」

「ちょ、くっつくのは止めなさいよ」

 

 立香は喜びのあまり、カリギリに抱きついてどさくさに紛れてお腹を揉む。どうやら引きこもり気味なおかげでそれなりに肉がついてきた様子。そんな診断を下しているうちに、脳天にキツいチョップが振り下ろされた。

 

「あ、あなた、アタシ以外にもそんなことしてないでしょうね?」

「マシュのへそ出し、良いよねぇ……」

「せ、先輩……」

 

 マシュは顔を真っ赤にして立香をチラチラと見る。どことなく嬉しそうにも見えるそれに、カリギリは立香のことを諦めた。立香は天然の人間たらしだ。それも、質の悪いタイプ。

 

「よしよし。仲良きことは美しきかなってとこだけど、本題に入らせてもらうよ」

「いつまでこのコントが続くのかと思ったわ」

 

 そんな辛辣な、或いは愉しげな言葉を口にしたのは、アーチャーのエウリュアレだ。艶やかな薄桃色の髪を弄びながら、エウリュアレは美しく微笑む。神の一柱であるところの彼女も、何の気紛れか今回の特異点に出向くらしい。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、お願いします!」

「第六特異点へのレイシフトにおける座標固定が上手くいきそうのは皆分かっていると思う。でも今回はカリギリのこともあるからね。ちょっと丁寧にやっていくよ」

 

 頭を下げる立香にダ・ヴィンチはそう告げると、勿体ぶったように眼鏡をかけた。銀縁がきらりと光る。

 

「観測結果によると、第六特異点は一二七三年の聖地周辺だということが分かった。魔術王の選んだ特異点として、当然と言うべき結果かもしれないね」

「アメリカよりは狭いと良いなぁ」

「それはまあ、広いことはないとは思うけれど」

 

 ダ・ヴィンチはそう答えると、どこか申し訳なさげに眉根を下げる。聖地周辺ということは、今回は砂漠地帯である可能性が高い。アメリカの荒野を超えるのと、甲乙つけがたい過酷さが待っているだろう。

 

「それはまた、厄介そうな特異点ね。どの時代でも碌なことになりそうにないじゃない」

「特に現代人にとっては足を運びにくい地域だしね。立香ちゃんの故郷みたいに、夜中にふらふら歩き回ってたら酷い目に遭う可能性はかなり高いかな」

 

 カリギリの呟きに、ダ・ヴィンチが恐ろしいことをさらりと告げる。しかしそれよりカリギリが気になったのは、立香の故郷の治安の良さだ。三十年前ならともかく、現在の荒廃した日本しか知らないカリギリは、この世界の治安の良さに感服した。少し信じられないくらいだ。

 

「それで今回だけど、カリギリのサポートも兼ねて私もついていくよ」

「え!?」

「本当に!?」

 

 立香はどれほど意外だったのか、ダ・ヴィンチの言葉に立ち上がる。ロマニも然り気無く腰を抜かした。言われてみれば、ダ・ヴィンチがレイシフトするのをカリギリは聞いたことがない。

 

「ジナコの置き土産も、ウイルスの使い手がいなくなれば便利なAIだしね」

「あら、時限式じゃないとも限らないし、あのお子様の作る程度のものならアタシだって簡単にハッキング出来るわ」

「そう思うなら寧ろハッキングしてほしいくらいだよ。調整の仕方すら分からないんだから……」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に馬鹿にしたように告げたカリギリに、ロマニが呆れたように告げる。それをカリギリはじろりと睨んだ。ロマニはそれに小心者らしく目をそらす。そしてその矛先は、盾の少女へと向かった。

 

「そ、そんなことよりマシュ、君はついていく気かい?」

「? はい。第五特異点での疲労は回復しました」

 

 露骨に話を反らされた先で、マシュが困惑しながら告げる。カリギリはマシュをちらりと見ると、興味をなくしたように視線を戻した。

 

「マシュ、今回は休まない?」

「そうそう。ここに良い盾があるしな」

「クー・フーリン、あなたいつから自虐趣味を覚えたのかしら?」

 

 カリギリとクー・フーリンの皮肉の応酬に、立香は冷や汗を流しマシュは首を傾げる。クー・フーリンにとってはからかい半分だが、カリギリにとっては腹立たしい会話だ。カリギリがクー・フーリンを苦手に思っているせいか、二人の会話はエスカレートしやすい。計算してか生来のものか、そんな二人を遮るようにマシュが口を開いた。

 

「先輩、私もカルデアの一員として、マスターを守らせてください」

「う……マシュ、私はジナコみたいな無茶は絶対に、絶対に許さないよ」

「はい。私は、死ぬために戦うつもりはありません。ジナコさんが望んでいた、次の未来のために」

 

 マシュの瞳に理性の光を見た立香は、名残惜しげに頷く。ジナコだって、死ぬためには戦っていなかった。ジナコはいつだって、自分の中の何かを止めないように戦っていたのだ。それが止まることを知らないかのようで、立香にはそんな姿がマシュと重なって見えた。

 

「過保護ね。人間ってものは死ぬときには死ぬのよ」

「カリギリさん!」

「別に、過保護が悪いなんて言ってないでしょう? いざというときはあなたが守れば良いじゃない」

 

 カリギリはそう告げて、下らないことを言ったと思った。カリギリは守られてばかりだったのだから、こんなことを言っても何も重みはないだろう。そんなカリギリの言葉に何を思ったのか、クー・フーリンも好漢らしく言葉を放つ。

 

「そりゃ、男なら守ってやらねぇとな」

「私、花も恥じらう乙女なんだけど!」

 

 と、下手な男より男らしい乙女は供述した。それにマシュが微笑ましげに破顔する。

 

 そんな風に冗談を交えながら、ダ・ヴィンチに代わってロマニが聖地の時代背景について解説し始めた。十字軍遠征と言えばロビン・フッドも無関係ではないが、今回は彼はついていく気はないらしい。

 それはカリギリにとっても、助かる話だった。カルデアに召喚されたロビン・フッドは何も覚えていなかったが、一緒にいて気分の良いものではない。

 

 そうして一通り説明が終わったところで、ロマニがぽんと手を叩いた。

 

「それじゃあ、各自これからレイシフトの準備に入ってくれ。用意が出来次第レイシフトだよ」

「カリギリ、君は置いてきたサーヴァントを連れていくように」

 

 ロマニの号令に合わせ、ダ・ヴィンチがそんなことを告げる。サーヴァントもなしにレイシフト。そんなことは許されない。しかしそんなダ・ヴィンチに、カリギリは胡乱な視線を向けた。

 

「あなた、正気?」

「私はいつだって正気さ。喩えどんな経緯があったとしても、使えるものは使う」

 

 ダ・ヴィンチは至極真面目に告げる。カリギリはそれに諦めたように溜め息を吐いた。そう言えばダ・ヴィンチという人間は、困難を乗り越えるのを楽しむタイプだ。カリギリのような不安要素は、寧ろ喜んで受け入れるだろう。

 

「あなたたちは本当、大概ね」

「それにね、それは彼の望みでもあると思うよ」 

 

 ダ・ヴィンチが告げた言葉に、カリギリは胸の内にもどかしさを覚えた。

 カリギリは彼の望みを知っている。しかしそれを叶えてやれないどころか、より苦しめることになったのはカリギリのせいだ。そんなカリギリには、もう彼にマスターとして何かを命じる資格はない。

 

「アタシは、彼を苦しめるつもりはないわ。ここで過ごしていればきっと、何か救われることもあるでしょう。彼はもう、自由になるべきよ」

「と、いうことらしいけど、どうする?」

 

 ダ・ヴィンチがそんな噛み合わない言葉を告げる。すると、カリギリの隣によく知った気配が現れた。

 

「無論、ついていきます」

「アルジュナさん……!」

 

 カリギリはアルジュナの言葉につい厳しい口調で咎める。それにアルジュナは微笑んだ。それはこれまでとは違う、どこか毒の抜けた笑みだった。

 

「マスターは抜けたところがありますからね。私が見ていなくてはいけないでしょう」

「あなた、アタシを何だと思ってるわけ?」

 

 カリギリはアルジュナを恨みがましげに見るが、アルジュナはどこ吹く風だ。それどころか、何だか楽しそうでもある。

 

「何か言いたいことでも?」

「いいえ。あなたは私のマスター。私はあなたのサーヴァント。それで充分でしょう」

 

 アルジュナはそれだけ告げると、再び霊体に戻ってしまった。カリギリはそれに不満げにしながらも、どこかスッキリとした様子でレイシフトの用意を始める。それもまた、カリギリとアルジュナらしい信頼の形だったのだろう。

 

 これから先のことなど、もうカリギリにも分からない。カリギリはこれより先の特異点、カリギリによって無駄に終わるはずだった特異点のことなど、欠片も気にしていなかったからだ。故に、その特異点が既に別物になっていることなど、知りもしない。

 

 聖地と円卓の騎士を巡る戦いが、幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 真っ白な部屋の中、赤毛の少女は栗毛の少女を見つめた。

 

「分かった。でも、そんな条件で本当に良いの?」 

「ええ」

 

 立香の動揺は理解できる。カリギリの願いは、今はまだ叶えられないものだ。それどころか、本当に叶えられる日が来るか、立香にすら自信がない。そんな願いを、カリギリはあっさりと告げてみせたのだ。

 

「ドクターロマンやダ・ヴィンチちゃんにも掛け合ってみるけど、出来るかは分からないよ」

「一番の問題は、全てがうまくいった後でしょうけどね。それでも、問題ないわ。あなたが頷いただけで信用する」

 

 カリギリの信用するという言葉は、立香には空虚なものに思えた。カリギリはそれが実行されることを、信じていない。なのにこんな条件を受けると頷いただけで協力してくれるなんて、理屈に合わない。

 

「それじゃあ逆に無欲だよ」

「無欲、ね。寧ろ、欲張ったからこうなったのよ。アタシは、幸せになりたかった」

 

 幸せになりたいという願いに含まれるおぞましさを、カリギリは知っている。願うだけなら別に良い。だが、それが実現できるとなると人はどこまでもおかしくなれるのだ。自分と同じ苦しみを味わう人が増えると知っても、残酷な選択を選んでしまう。

 

「あなたも、聖杯に関わるならよく考えた方が良いわ。自分の望みは何か。それ以外に逃げ道はないか」

「聖杯にかけてまでの願いなんて、私にはないよ」

 

 立香は首を振る。その様子をカリギリは嘲笑った。

 

「欲望と愛は、全ての骨折りと仕事を少ないものにする。マシュ・キリエライトが死んだら? 戦うのが怖くなったら? そんなとき、あなたは聖杯に願わずにいられる?」

「…………」

 

 立香はマシュの死を想像してか、顔を青ざめた。これは今の彼女には酷な話だったかもしれない。サーヴァントの清姫、妹のようだったジナコを亡くし、立香は他人の死に過敏になっている。

 

「アタシが言えたことじゃなかったわね」

「ううん。カリギリさんだから言えることだと思う」

 

 失敗したカリギリだから言えることとは、立香も中々口が悪い。そんなことをカリギリは思う。そもそも、どうして自分は彼女にこんなことを言っているのだろう、とカリギリはふと思った。別に彼女が破滅しようが、それは彼女の勝手じゃないか。

 

「カリギリさん? どうかした?」

「いや……眠くなったから、さっさとどこかに行ってくれる?」

 

 カリギリは敢えて冷たさを装って立香を追い出す。立香は混乱しながらも、特に文句を言うでもなく出ていった。カリギリは一人になったベッドで目を閉じる。思考が纏まらなかった。自分の行動と、願いと、考えれば考えるだけ頭は混乱していく。

 

 つい先程、願いが生まれた。空虚だったカリギリの中に、願いがある。それはただ、幸福なこの世界のジナコの両親の姿を一目見たい。そんな、細やかな願いだ。しかしそれは、叶わなくても良いと思っている。

 カリギリはここにいるべき人間ではないのだ。平行世界とはいえ、両親を一目見ようなど馬鹿馬鹿しい。だから、自分はこれで良い。

 

 それはとても消極的で、自己否定の混じった思いだった。それでもカリギリが願いを持って前に進もうとしていることは、否定されるべきではないだろう。

 そうして思い悩んだ先に掴めるものも、きっとあるのだろうから。彼女のことを待つ人がきっと、この世界のどこかにいるように。

 

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