ジナコさんinカルデア   作:クリシュナ実装はよ

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3.1 狭間に揺れる少女

 それから身体機能も回復し、ジナコは無事に第三特異点修復へと乗り出すことになった。第二特異点ではただ待つことしか出来なかったのもあり、レイシフトするまでジナコにあったのは、立香の力になれる喜びだ。しかしレイシフト早々、ジナコは頭を悩ませることになった。

 

「森の中で立香さんとはぐれた上に通信機が死亡……冬木のときもこうだったなぁ……」

 

 今まで碌に役に立っていないというのに、名誉挽回どころか立香と再びはぐれるとは、本当についていない。いかにレイシフトが不安定な装置であるかというのがよく分かるというものだ。

 それでも、サーヴァントとはぐれていないのは行幸である。レイシフトにおいて、サーヴァントとマスターの繋がりは余程強固なものらしい。

 

「ではマスター、今回の方針はどうしますか?」

「うーん。ちょっと気になるのが、塩の香りがすることなんすよね」

 

 森の中にいながら、塩の香りがする。それはこの森を抜けた先に海があり、それが然程遠いところにはない、ということだ。海があるなら食料調達も出来るだろうし、船など、人の痕跡も見つけられる可能性が高い。

 

「でも、海に向かっても立香さんがいるとは思えないしなぁ……」

「今までの傾向からして、彼女たちは人里に向かうでしょう」

 

 アーチャーも同じ結論に至ったらしい。急がば回れ、という言葉に従い、海に向かうか。先の見えない森を潜って人里を探すか。今動くとすればその二つが選択肢になるだろう。

 

「変な特異点だとは聞いてたけど、そもそもここってどこなんすかね」

「気候は穏やかなようですから、現代らしく言って温帯のどこか、でしょうか」

「これって広葉樹林っぽいすけど、ボクそういうの詳しくないんすよ」 

 

 ジナコは森の木々を指差しながら告げる。植生や土から現在地を推測できるほど、ジナコはその方面に詳しくはない。ジナコは現在地を知ることを早々に諦めた。

 

「よし、海の方に出よう」

 

 ジナコたちが所持している食料にも限りがある。水の濾過装置なんて気の利いたものがないのは痛いが、最悪海水を飲んでしまえば少しは生き長らえることが出来るだろう。ロマニたちがジナコを見つけるか、立香と合流出来るまで、無駄に命を落とすつもりはない。

 

「それに、海岸に沿って歩いていけば遭難することはないはず。それで良いっすか?」

「はい。構いません」

 

 アーチャーはジナコの意向に粛々と従う。ジナコはそれに歯応えが足りないと感じた。マスターに対立してほしい訳ではないが、少しばかり物足りない。

 そして思わず相棒だった彼と比較してしまいそうになり──その思考を無理矢理断ち切った。アーチャーも彼も、ジナコにとって欠けがえのない相手であることに変わりはない。比較などするのは失礼だろう。

 

「それじゃ、行こ──」

「マスター」

 

 行こう、と告げようとしたジナコの声は、アーチャーの声によって遮られた。決して声を荒げたわけではないのに、澄んだその声にジナコの緊張が呼び起こされる。ジナコはゴクリと唾を飲み込んだ。そして深呼吸をすると、改めてアーチャーに問い掛ける。

 

「何が?」

「大規模な魔力を感じました。恐らく、宝具かと」

 

 この森のどこかで宝具を使うような事態があるとすれば、それは戦闘以外にあり得ない。ジナコとアーチャーは顔を見合わせると、お互いに頷いた。

 

「立香さんかもしれないっす。行こう」

「では」

 

 アーチャーはいつものようにジナコを抱き抱えると、魔力を感知した方へ走り始めた。そうしているうちに、段々戦闘音が聞こえてくる。肉と金属がぶつかるような鈍い音に、ジナコは身を震わせた。その恐れを、ジナコは必死に飲み込む。第一特異点の二の舞にはしない。

 やがて視界にその戦闘が目に入るようになった。しかし立香たちの姿は見えない。どうやらはぐれサーヴァントの戦闘だったようだ。

 

 アーチャーはジナコを地面に降ろすと、ジナコに静かにするようジェスチャーをした。アーチャーは様子を見てみるべきだと判断したらしい。ジナコはそれに頷くと、改めてその戦闘を見遣った。

 そこにあったのは、神話の戦いだった。ジナコたちは彼らから十メートル近く離れている。しかしその迫力は凄まじく、ここまで余波がやって来ていた。

 

「────」

 

 声にもならない絶叫が森の中に響く。それを出しているのは、筋骨隆々な男だった。バーサーカーだろうか。浅黒い肌に逞しい肉体。それを隠すこともなく晒している様子は、それだけで暴力的だ。片手に岩を削り出して作った、剣のようなものを握っているが、その剣は斬るためでなく、叩き潰すためにあるのだろう。その一振りは理性的でなく、辺りの木々を破壊する。

 その傍らには金砂の髪を持つ青年が佇んでおり、あれがマスターか、とジナコは見当をつけた。

 

 対して、それを必死に耐え凌ぐのは、戦車に乗る三人の者たちだ。一人は戦車の手綱を握っているが、その戦車は最早ボロボロ。逃げる隙を窺っているようだが、あれではまともに逃げ切れはしまい。

 そんな戦車の損耗を辛うじて防いでいるのは、弓矢を持つ美しい少女だ。少女の弓がバーサーカーの体を押し戻しているようだが、バーサーカーの体には傷ひとつない。全く効いていない、ということは、バーサーカーにはそれに類する宝具やスキルがあるのだろう。

 最後の一人は、若草のような髪色をした青年だったが、こちらはまるで役に立っていない。戦闘向きでないサーヴァントなのか、やる気がないのか。必死に戦車にしがみつくばかりだ。

 

「はははは! あのアキレウスと言えど、僕のヘラクレスに勝てるわけがない! 大人しくアークを寄越せ!」

「────」

 

 あの金髪が真名をあっさり漏らしてくれたので、ジナコはバーサーカーの頑強さに納得した。あのヘラクレスとなれば、どこを取っても不足のない、最強の英霊足り得るだろう。ということは、あの金髪はヘラクレスの親友にしてアルゴナウタイの船長、イアソン辺りだろうか。

 

『先程の宝具の発動、アキレウスのものでしょう。あの戦車で特攻したなら、あの惨状も分かります』

『それで無事ってヘラクレスどんだけ!?』

 

 アーチャーとジナコは念話で英霊たちについて話し合う。戦車で牽かれて傷ひとつ負っていないというのは、幾らなんでも頑丈に過ぎる。ジナコは戦慄を禁じ得ない。

 

『ヘラクレスの不死ってそこまで完全なの? そこまでサーヴァントが再現しきれるとは思えないんすけど』

『完全な不死ではないでしょうね。少なくとも、彼の死因であるヒュドラの毒を用いれば、問答無用で死に至るでしょう』

 

 英霊にとって死因は、勝利のための正式な手順とも言える。条件を満たせば必ず死に至る定石。それを用いれば、いかにヘラクレスと謂えども死を免れることは出来まい。とはいえ、ヒュドラの毒を宝具に持つ者も限られている。というか本人が持っていそうなところであるが、どちらにせよこの状況ではそれは使えない。

 

「自分がそのヘラクレスのお荷物になっていることにも気づかぬ愚か者が、吠えるな」

「ふん。負け犬の遠吠えめ!」

 

 少女の挑発にイアソンとおぼしき青年は怒りを見せたが、それでもヘラクレスを無駄にけしかけたりはしない。腐っても英雄。その程度の判断力はあるらしい。

 

「いやー、モテる男は辛いなぁ」

「汝は呑気なものだな」

「それほどでも」

 

 役立たずの青年は特に頭が回るわけでもないらしい。指示を出すでもなくしがみついているだけにも関わらず、こうして傷ひとつないということは、彼が守られるべき対象なのだろう。そしてアークを寄越せ、という言葉から鑑みて、彼はモーセだろうか。最後の持ち主という説のある、ファラオらしい感じはしない。

 

「だが、ここが分水嶺だ。姐さんも、アンタも分かっているだろう?」

「だが、アキレウス、汝を見捨てていけ、と?」

「姐さんは、そういう判断が出来るはずだ」

 

 アキレウスは戦闘に意識を傾けながらも、真摯な表情で少女を説得する。ジナコは思わずアーチャーの顔を見遣った。

 

『アーチャー』

『マスター、介入するつもりですか?』

 

 アーチャーの咎めるような声音に、迷いなくジナコは頷く。この状況、どう見てもアキレウスたちが人理焼却に対抗している勢力だ。そしてジナコには、そんな彼らに退却の余裕を与えることが出来る戦力を持っている。ならば、戦わない理由はない。

 

『恐怖は恥ずべきものではありません。生きるために立ち去るのもひとつの英断でしょう』

『でも、ここで逃げたら助けられた人たちが助けられずに終わる。ボクはそんなの、嫌っす』

 

 もう逃げるのには散々懲りているのだ。ジナコにはここで踏ん張る理由がある。諦めたくないと思ったその気持ちをなかったことにはしたくない。

 

「いよいよ僕の宝具を使うしかないかな」

「汝の宝具は無効化された上に、当たる確率が五度に一度ではないか」

「僕にはもうひとつ、とっておきの宝具があるんだ。それなら少なくとも、一度は殺せる」

 

 ジナコは知らないことだが、これまでにアタランテが一度、アキレウスが二度ヘラクレスを殺している。もう一度殺せるとあれば、逃亡の確率はぐんと高まるが、それでもヘラクレスを殺しきるには至らない。その事にアキレウスもアタランテも気づいていた。

 

「ここで全員がくたばればどうしようもなくなるかもしれない、と分かっているだろう」

「最初から負けるつもりでいるなんて酷いな。それに、アキレウス、君にはもうほとんど魔力がない。足止めには不適格だ」 

 

 アキレウスの宝具である戦車は、酷い魔力食いだ。先程の一度しか真名開放していないにも関わらず、無茶をすれば消滅しかねない。青年はそのことを言い訳に、アキレウスの言外の提案を拒否した。

 

「その宝具を放ったら、全力で離脱してほしい」

「…………分かった。だが、それでも追い付かれたときは」

「僕も覚悟を決めるよ」

 

 青年が杖を構えると、先程までの飄々とした雰囲気は霧散する。誰もがその威光を称えたくなるカリスマが、その青年から感じ取れた。そこにいるのはエルサレムを治めた賢しき王に他ならない。ジナコも割って入ることを忘れ、ほう、と息を飲んだ。

 

「主よ、かの者にあなたの祝福があらんことを──」

 

 その真摯な祈りには、ヘラクレスでさえも攻撃の手が緩んだ。そんな彼の周囲を、紫煙が立ち込めていく。

 

「な、何だこれは……いや、ヘラクレスがこの程度でどうにかなるわけがない。ヘラクレス、さっさとこんなものはね除けろ!」

 

 金髪の青年はそう叫ぶが、ヘラクレスがその剣を振ろうとも、紫煙は晴れたりはしない。それどころか、ヘラクレスの回りには雷雲が立ち込める。

 

「──燔祭の火焔(サクリファイス)

 

 青年の宝具の真名開放。それは彼の真名を明らかにするようなものでこそなかったが、その威力は凄まじいの一言だった。天より下った炎は、不足なくヘラクレスを燃やし尽くす。これではさしものヘラクレスもひとたまりもないだろう。ヘラクレスの伝承の再現のようになったのには、偶然以上の何かを感じる。

 

『では、マスター。割って入りますよ』

『え? 何で? ヘラクレスは死んだんじゃ──』

『先程のアキレウスたちの会話からして、ことはそう上手くいかないようです』

 

 アーチャーの発言に、ジナコは青年が一度は殺せると言っていたのを思い出した。それはつまり、ヘラクレスは一度殺したくらいでは死なないということになる。

 

『分かった。じゃあボクはアキレウスたちと一緒に逃げるっす。足止め、受けてもらえるっすか』

『マスターの命令ならば、当然従います』

『危なくなったら、令呪で必ず呼び戻すっす』

 

 ジナコがそう言い終わると、アーチャーは早速ヘラクレスの前へと飛び出した。ジナコも後を追うようにアキレウスへの戦車へと向かう。

 

「誰だよ、お前」

「誰であろうと同じこと。あなたと私は敵同士です」

 

 アーチャーはそう告げながら弓を構える。未だ業火に焼かれるヘラクレスに対して、決して警戒を解こうとはしない。金髪の青年は、そんな突然現れた謎のサーヴァントに歯噛みした。

 ジナコはそれを横目にしつつアキレウスたちに近づき、声をかける。

 

「ここはアーチャーが足止めするっす! だからアキレウスさんたちは逃げるっすよ!」

「は? ……もしや嬢ちゃんはあのアーチャーのマスターか?」

「そうっす! あ、あとボクも戦車に乗せて!」 

 

 ジナコは早口で告げると、答えを聞く前に戦車に乗り込む。アキレウスは突然のことに混乱したが、すぐに味方だと理解して手綱を握り直した。

 

「よく分からんが、あのアーチャーは置いてって良いんだな?」

「令呪があるんで大丈夫っす」 

「よし、なら舌を噛まないように気を付けろよ!」

 

 アキレウスが手綱を引くと、三頭の馬が勢い良く走り出す。ジナコは若草色の髪の青年と同じように、戦車に必死にしがみついた。無理矢理四人も乗り込んでいることもあって、狭くて仕方がない。油断すれば簡単に振り落とされるだろう。

 ジナコはふとアーチャーの様子が気になったが、信じてただこれからのことを考えることにした。

 

 

 

「ここまで来ればさしものヘラクレスでもそう追い付けはしまい」

「し、死ぬかと思ったっす……」

 

 落ち着いた様子のアキレウスに対し、ジナコはぜえぜえと息が荒い。これというのも、その原因はアキレウスの戦車にあった。ライダークラスにありがちなことに、アキレウスの戦車も空を飛ぶ。とんでもないスピードで動く戦車が空を舞えば、乗っている方は気が気でなくなる、という当然の結果だった。

 

「度胸があるかと思えば戦車酔いとは、良い女になれんぞ?」

「余計な! 御世話! っす!」

 

 アキレウスは先程までの激闘が嘘のように、さっぱりとした笑顔で笑う。この切り替えの早さは確かに英雄らしい。

 

「それで、嬢ちゃんはこの聖杯戦争のマスターってとこか?」

「ああ。ボクたちは──」

 

 アキレウスの問いに、ジナコはカルデアについて説明する。アキレウスはそれを聞きながら、納得したように頷いた。

 

「アンタの状況には納得した。では、此方の状況も説明しよう」

「お願いするっす」

「待て、その前にひとつ問いたい」

 

 アキレウスが語ろうとしたのに、少女が口を挟む。その表情には、ジナコへの警戒心がありありと映っていた。 

 

「何すか?」

「汝の名、ジナコ=カリギリに相違ないか?」 

「はい?」

 

 ジナコは思わず聞き返す。ジナコは少女とは完全に初対面だ。前世ですら面識がない。しかしジナコの名を知っているということは、もしや冬木のときと同じパターンだろうか。平行世界のジナコ=カリギリの可能性。それを知っているというのなら、まあ、あり得なくはない。ただ、異様に警戒されているのが不可解ではあるが。

 

「姐さん、知り合いか? どう見ても普通の嬢ちゃんだが」

「いや……いや、その通りか。この者も今は愛すべき幼子に過ぎない。ジナコ=カリギリ、私の発言は忘れよ」

「は、はあ。……改めましてジナコさんです。よろしくお願いします」

 

 少女の発言は気になるが、さして重要なことでもないのだろう。ジナコは疑問を飲み込み、何となく自己紹介をする。するとその手を今までじっとしていた青年が掴んだ。

 

「よろしくね、ジナコ! 僕はダビデ。クラスはアーチャーさ」

「よろしく…………ダビデ? デジマ?」

「デジマさ!」

 

 やけにフレンドリーな青年は、自らをダビデと名乗る。ジナコは意外な真実に目を瞬かせた。アーチャーであることに違和感はないが、何もかもイメージと違うにもほどがある。主に全裸のあの像的に。

 

「息子さんじゃなくて?」

「やだなー。アイツと僕は全然似てないよ」

「いや、でもアークといえばどっちかと言えば息子さんでは?」

「何でだろうね? まあ、でも所持してたことがあるのは間違いないし?」

 

 ジナコはまあ、英霊なんてそんなものかと納得する。英霊は人の思念によって形作られる部分が大きいためか、生前には持ち合わせていない宝具や能力を持っていたりすることもあるのだ。服装で時代を推測できないのも、その辺りが原因ではないかとジナコは推測している。

 

「じゃあ、俺も名乗っておくか。我が名はアキレウス。此度はライダーのクラスにて召喚されている」

「私はアタランテだ。見ての通り、アーチャーとしての召喚になっている」

「有名人ばっかりっすね……」

 

 賢者として名高いダビデ王。高い不死性を持つアキレウス。純潔の狩人として知られるアタランテ。誰もが憧れる英雄、英傑がこうも揃っているのはやはり壮観だ。また、これだけの戦力であっても逃げざるを得ないヘラクレスのとんでもなさがよく窺える。 

 

「ん? あれ? 何か忘れてるような?」

「ジナコ、そういえばジナコのサーヴァントは?」

 

 ダビデに指摘され、ジナコは顔を青くした。アーチャーは今もヘラクレスと戦っているのだろうか。少なくとも、魔力のパスに違和感はない。令呪からも魔力を感じる。

 

『アーチャー! 返事してください! アーチャー! 生きてるっすか!』

 

 ジナコは念話を通して、全力でアーチャーに声をかける。返事がなければすぐにでも令呪を切ろうとジナコは魔力を高めた。

 

『マスター……』

『アーチャー! しっかり! 今令呪を──』

『ヘラクレスを倒しました』

「ヘラクレスを、倒した?」

 

 ジナコは念話を忘れ、思わず口に出してしまう。ジナコは自分の耳がおかしくなったのかと思った。あのアキレウスでも逃げるので精一杯だったヘラクレスを倒したなど、とてもではないが信じられない。

 

『丁度倒しきれるだけの宝具があったことと、アキレウスたちが命のストックを削っていたおかげです』

『ぱーどぅん?』

『私、ヘラクレス、倒しました』

「なんでさ……」

 

 ジナコが正面を見ると、アキレウスたちも三者三様に驚きの表情をしていた。それはそうだ。ヘラクレスの伝説に沿うならば、その偉業の回数分命が与えられている、ということになる。アーチャーがヒュドラの毒を持っていない限り、アーチャーがその実力でヘラクレスを何度も殺すことが出来た、ということになるのだ。

 

「因みに俺達は四回殺しているが、ヘラクレスの宝具はBランク以下の攻撃の無効化に加え、一度食らった宝具への耐性を付与する」

「ということは」

「あのアーチャーはAランク以上の攻撃で八回殺したことになるな」

 

 ジナコはアーチャーが大英雄であることは分かっていたつもりだ。しかし本当にどうやら、つもりだったらしい。最早言葉が出てこない。これで自爆もしていないなど、一体誰ならあり得ると言うのか。いや、該当者はいなくもないが、ジナコはその男の容姿と中身を知っている。あの金ぴかがアーチャーと同一人物なわけがない。

 

「あの聖杯大戦もまだ生温かったか……」

「あれはあれで凄まじかったと思うが……余りその記録は掘り起こさないでくれ」 

 

 アタランテはその聖杯大戦とやらに良い思い出がないのか、渋い顔をする。ダビデだけが気楽そうにカラカラと笑った。

 

 

 

 結局、何だかんだで令呪でアーチャーを呼び出し、アタランテにこれまでの経緯の説明を受けた。その結果、ジナコは立香たちとは行動を別にすることに決めた。というのも、ジナコたちがアークを持っているなら、立香たちと合流すれば、この地に召喚されているという神霊と遭遇するリスクが高いと見たためである。立香の性格上、神霊を狙う敵に遭遇すれば、その神霊を保護するに決まっている。ふとした拍子に世界が滅亡したのでは、笑い話にもならない。

 

 ヘラクレスを打倒したというのも、別行動を決めた大きな要因のひとつだった。敵軍に残るのは、アルゴナウタイの船長イアソンと、その妻メディアだけらしい。新たにサーヴァントを召喚される可能性もあるが、イアソンのあの気質からして、再びヘラクレスを召喚しようとは思うまい。であれば、アキレウスがいれば大抵のことは何とかなる。

 

 この特異点についての説明で、ここには島が点在しているが実在の地理とは違う、というのはジナコを驚かせたが、此方にはアキレウスという足がある。空を駆ける戦車は気候に左右されにくい。イアソンの船に特攻をかますのに不足はないだろう。

 

 ジナコはそこまでテキパキと判断すると、次の日の特攻に備えて眠りに就いた。アーチャーの真名や、宝具について考えることも、問い詰めることもジナコは放棄することにしたのだ。アーチャーが望まないのなら無理に聞き出すことはない。その実力で以て信頼を示してくれるのであれば、ジナコには充分だった。

 

 翌朝、ジナコたちは準備を整えると、アキレウスの戦車にすし詰めになる。アーチャーはどちらかといえば細身だが、それでも大の男が一人増えれば窮屈で仕方ない。

 

「そんじゃ、振り落とされんなよ!」

 

 アキレウスが手綱を引くと、馬車は地上を飛び出した。昨日とは違い、速度も落ち着いていることもあって、美しい海がよく見える。その麗しい景勝には、アタランテやダビデもほう、と溜め息を吐いていた。

 

 しかし、そんな時間も長くは続かない。視界に入ってくるのはアルゴー号。イアソンたちが乗り込む船だ。全員の体に緊張が走る。ジナコは改めて今回の作戦を思い返した。

 とても単純な作戦だ。今いる戦力はアキレウスを除き、全員がアーチャー。となれば、上空から矢を放てば向こうは手出しが出来ない。

 

「では、私から。この一矢で必ずイアソンを倒して見せましょう」

「うん。お願い、アーチャー」

 

 ジナコの言葉にアーチャーが弓を引き絞った瞬間。予想外の事態が起こった。

 アルゴー号が急発進し始めたのだ。アーチャーはそれに少し動揺したが、すぐに持ち直してその矢を放つ。しかしその動揺は、致命的な隙だった。

 

「────」

 

 イアソンの体が突然姿を変えた。その姿はおぞましい悪魔のようで、縦長い体の至るところに目玉のようなものが貼り付いている。あれにジナコは見覚えがあった。第二特異点で立香たちが遭遇した、レフの本来の姿。

 

「魔神柱──」

「どうやら、そのようですね」

 

 アーチャーの矢は魔神柱の体に刺さったものの、大したダメージにはなっていないように見える。もう少しタイミングが早ければこのような事態にはならなかっただろう。

 

「……ボクの采配ミスっすね」

「なーに言ってんだ」

「いたっ! めっちゃ痛い!」

 

 ジナコの呟いた言葉に、片手を手綱から話したアキレウスがチョップをかます。英霊のとんでもない腕力で繰り出されたそれは、ジナコに脳震盪を起こさせるかと思わせるほどのものだった。

 

「このくらいの失敗で落ち込んでたら世話ないだろうが。大事なのは転び方と起き上がり方って言わないか?」

「うーん。言いたいこと全部アキレウスに取られちゃった。これでも僕、賢者とか言われてるのになぁ」

「そっか。……うん」

 

 ジナコは励まされたことに気づき、顔を赤らめる。ジナコは恥知らずではない。情けない姿を見せたことを恥じながら、ジナコは改めて戦況を考え直す。

 

「魔神柱を相手するなら、一旦引いて立香さんと合流すべきですかね……通信機の故障が痛いっす……」

「アーチャーの宝具は使えないのか?」

「実は、自前の魔力を使ったのでもう魔力が……」

 

 ジナコはそんなアーチャーの報告に固まった。いざというときはヘラクレスを倒したという宝具があればどうにかなると思ったのだが、アーチャーは身を削ってまでヘラクレスを倒していたらしい。質問をしたアタランテも眉を顰める。

 

「──そして、逃がすなんてことを私は許しません」

 

 ヒヤリと背筋を悪寒が撫でた。鈴の音のように愛らしい音は、冷たい響きを以てジナコに言葉を投げる。妄執的な愛情。盲目的な恋情。その甘やかな想いが行き着く先は、反転した憎悪に他ならない。他者への攻撃によってしか自己の存在を確立できない幼い情動が、ジナコに牙を剥いた。 

 

「メディア!」

「あら、アタランテ。そのような顔をしては愛らしい顔が勿体無いわ」

 

 宙空に浮かぶ妖精のような少女、メディアはアタランテに優しく微笑みかける。それは清らかで、戦場など知らぬ小娘のようだ。であるからこそ、この場ではその歪さが際立つ。

 

「……」

「貴女に髪を結ってもらうの、私、とても好きだったのよ? その敵意は、ええ、とても悲しいわ……」

「何を企んでいる……汝は仮初めであったとしても、イアソンに愛情を見せていたではないか。それとも、それすら復讐のうちに入っていたのか?」

 

 イアソンが魔神柱へと変貌したということは、それを行ったのは残るメディアということになる。メディアと言えば、イアソンへの愛情故に魔女へと変貌したことで有名な女性だ。神の奸計によるものだったとはいえ、メディアの愛情を裏切ったイアソンを今も恨んでいるというのだろうか。

 

「復讐? 復讐ですって? ふふふ。おかしなことを言うのね。私はイアソン様に復讐したりなんてしないわ」

「何だと?」

「私は愛に盲目な少女ですもの。イアソン様を傷つけることなんて望まない」

 

 ジナコもアタランテも絶句するしかなかった。サーヴァントはどんな年齢で召喚されたとしても、その生涯全ての記憶を持っている。ならば、その恐ろしい顛末も知っているはずなのだから。

 そして更に恐ろしいことは、この少女はその全てを受け入れ、尚もイアソンを愛し続けるつもりらしい。

 

「なら、あの気色悪いのはどういった了見だ?」

「アキレウス、貴方との不愉快な噂を忘れてあげようと思ったのに、よりによってイアソン様を気色悪いだなんて……」

「ははは。もしかしてこれって修羅場? 修羅場だね?」

 

 ダビデだけはとても楽しそうだが、メディアの表情は冷たいを通り越して凍りついている。メディアとアキレウスの間には、死後に結ばれた、という説があるが、それはどうやらデマだったらしい。歴史家が知れば泣いて喜ぶことだろう。

 

「イアソン様はこうおっしゃられたわ。あなたたちを試すべき、と」

「は? あのイアソンがか?」

「そう。あの方は友を亡くし、目が覚めてしまったの」

 

 その言葉の意味するところははっきりしなかったが、どうやらイアソンたちはレフたちとは全く別の目的を持って行動しているらしい。試す、などという言葉があのレフから出てくるはずがないのだから。

 

「人数でも格でもあなたたちが圧倒的に勝っているのだから、これくらい打ち勝ってみせなさい」

 

 メディアはそう告げると、手に持つ杖を構えた。ジナコはメディアに向き合うと、震える足を抑えながら口を開く。

 

「なら、ボクが相手っす」

 

 ジナコの言葉にメディアは薄く笑む。そして招くような仕草をすると、イアソンの船へと向かった。

 

「正気か、嬢ちゃん」

「正気も正気っす。ボクにはアーチャーがいるっすから」

「はい。お任せください」

 

 アーチャーの目に気迫が宿る。それにアキレウスが諦めたような、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「それじゃ、オーダーを頼むぜ、リーダー?」

「ん。じゃあ──」

 

 アキレウスの言葉に応え、ジナコは口を開いた。

 

 

 

 

 

「今回はジナコがお手柄だったね」

「いやいや、立香さんが黒髭からエウリュアレを守ってくれたから上手くいったんすよ」

 

 第三特異点からジナコと立香は無事帰還した。

 予定調和というべきか、あれからジナコは見事魔神柱とメディア相手に勝利をもぎ取った。勿論魔術戦でメディアにジナコが勝てるわけがないので、戦力の運用、という点でジナコが勝利したと言えるだろう。

 立香の方も黒髭一味に加え、イアソンの側についていたヘクトールを打倒したらしい。通信機の故障さえなければ正にパーフェクトだった。

 

「ジナコはやっぱり凄いよ」

「そこまで言われると照れるっていうか……」

 

 照れ臭そうにしたジナコの手を立香は手に取る。その仕草はとても丁寧で、ジナコの手を包む立香の手は暖かだった。

 

「こんな小さい手に、皆の希望が詰まってるんだね」

「立香さん?」

「お願いだから、今回みたいなのはもうやめてね」

 

 ジナコのマイルームとは言え、ジナコの肩に顔を埋める立香の姿は余りよろしい光景ではないだろう。ジナコが離れるように告げようとしたとき、肩に違和感を感じた。

 

「私、ジナコが、しん、じゃった、かと」

「立香さん……」

「私を頼って、甘えてよ……ひとりぼっちは、ダメ、なんだから」

 

 嗚咽を漏らす立香の背中をジナコは恐る恐る撫でる。ジナコは思い違えていた。立香はいつも明るく、弱音を吐くことをしない。しかしそれは、あの人と同じような性質だったからではないのだ。

 恐れを、怯えを、苦しみを噛み締め、それでも進もうと努力している。諦めを知らないわけではない。不屈でないわけではない。どこにでもいる普通の少女が強がっているだけだ。その姿のなんと美しいことか。

 

「……」

 

 立香が泣き止むまでジナコは彼女の言葉を噛み締めながら、彼女の背中を優しく撫で続けた。

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