ジナコさんinカルデア   作:クリシュナ実装はよ

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5.1 一度目の無知

 

 

 予選を突破するのは、そう難しくなかった。馴染めなかったのだ。高等学校の教員という配役は、私には似合わない。偽物の日常を乗り越え、私はサーヴァントと契約した。しかし、そこまでだった。

 

 恐れと怯えに逃げ隠れようとして、私はそれに失敗した。あの健康管理AIに目をつけられたせいか、単に自分の力を過信していたからか。きっと、過信していたのだろう。自分に力がなくても、強力なサーヴァントがいれば大丈夫。そんなものは幻だ。

 

 一回戦の相手は、訳がわからなかった。敵のサーヴァントを誉め称え、煮え切らない私の背中を後押ししたのだ。どう考えても意味がない。実際、彼は敗北した。

 勝てたことも、何もかも実感が沸かなかった。

 

 

 

 

 

 

 第四特異点でソロモン王と邂逅したためか、第五特異点に向かうまでの小休止の間、カルデアのスタッフたちの士気は高かった。いや、ここで根性を入れていかねばこの先折れてしまうと、誰もが自覚していたのだろう。ロマニがメンタルケアに奔走していることに変わりはないが、カルデアは今までとはまた違った活気に満ちていた。

 

「何だか、僕が場違いに思えてくるよ」

「なーに気にしてんだ、坊主。第四特異点では散々世話になったじゃねぇか!」

 

 第四特異点生還後、新たに召喚されたサーヴァント、ヘンリー・ジキルは所在なさげに縮こまる。そんなジキルの肩を、クー・フーリンがバンバンと強く叩いた。上司の絡み酒に巻き込まれた部下、といった光景に、ジナコは哀れみの視線を向ける。

 

「あのときは生身だったこともあって、あんまり覚えてないんだよ」

「そういやそうなんだっけか?」

「座に記憶が持ち帰られないからね。厳密に生前、ってわけでもないし」

 

 ジキルはそう告げて苦笑する。ジキルが召喚されて判明したことだが、当時生身だった者がサーヴァントになったとしても、その記憶は引き継がれないらしい。サーヴァントの記録とはまた別の話だろう。

 

「ジキルが来てくれて私は嬉しいよ。大英博物館のときは凄く助かったし」

「僕でも役に立ててたなら良かった」

 

 ジキルはそう言って微笑むが、ジナコは立香の発言に冷や汗が止まらなかった。ジキルが役に立つ。その意味を察せないほどジナコは鈍感にはなれない。ジナコは立香を引っ張り出すと口を開く。

 

「……立香さん立香さん。お願いだからこの本読んで」

「へ? えっと……『ジキル博士とハイド氏』? これって……」

「短いからすぐに終わるっす。お願いだから話すのはこれを読んでから!」 

 

 一時の関係ならともかく、これからの彼は立香のサーヴァントだ。一方的に知っているというのは不義理だろうが、決定的な失言をしてしまえば取り返しのつかないことになるのもあり得る。ジナコは小説を渡しながら、立香が同じような失言を仕出かしているのではないかと不安になった。自分の悪性を褒められて嬉しい者がいるだろうか。

 

 とまあ立香にお節介を焼いたものの、ジナコとてサーヴァントとの関係には頭を悩まされていた。何せ、ジナコのサーヴァントはアンデルセンに面倒臭さにおいて太鼓判を押されている。

 問うべきことは分かっているが、果たしていつ問うべきかというのがジナコの目下の悩みだった。第四特異点での活動の終わりに仲違いじみたことをしてしまったことも尾を引いている。

 

「はぁ……」

「溜め息を吐くと幸せが逃げるよ?」

「立香さんが言うっすか」

 

 遠回しに原因はお前だと言ったが、立香はそれに首を傾げた。こういう純粋な人間を相手にするのはとてもやりにくい。ジナコは顔を顰めた。

 そうしてこそこそと話しているからか、清姫がジナコたちに声を掛けた。

 

「あら、あなた様、ジナコさんと何をしているのですか?」

「あ、きよひーやっほー。ジナコにちゃんと本読めって説教されてたの」

「これも人徳なのか……人によっては不敬で斬られてもおかしくないのになぁ。主君だからセーフかもしれないけど、諱とか下手に呼んだら首ちょんぱものっすよ」

 

 ジナコは呆れたように独り言を呟く。ジナコが言えることではないかもしれないが、字やら諱やらという文化が現代にない以上、立香がその危険性を知っているはずもない。

 資料で過去の偉人について調べるにも限度があるだろうが、こういう有名な辺りは押さえておいて欲しいところである。そういう明け透けさこそがサーヴァントに好かれる理由、と言われればぐうの音もでないが。 

 

「『ジキル博士と──ああ。あの嘘つき男ですか。本当なら直ぐにでも焼き殺してやりたいところなのですが」 

「ええ……物騒っす……日本オカシイ……」

「ジナコ!? おーい! 帰っておいで!」

 

 噂によると坂田金時がゴールデンを名乗ったとか何とか。鉞担いだゴールデン。語呂が良いのが憎いところか。歴史の浅いドイツの英霊ではこの魔境育ちたちに対抗できそうにない。思えば日本は最も長い王朝の国。魔境であるのも当然かもしれない。

 ジークフリートがオランダ人かドイツ人か。それが問題だ。ネーデルラントはオランダとかいう突っ込みはなしで。

 

「ドイツの誇るビスマルク級超弩級戦艦のネームシップ、それがボクっす……」

「深海棲艦と戦ってる系女子!?」

「あなた様、少々ジナコさんとの距離が近いですよ?」

 

 清姫はそう言うとジナコから立香を引き離そうとする。愛憎の縺れと言う割りには幼げな女子が三人で縺れ合っているためか、光景としては微笑ましい。女三人寄れば姦しいならぬ、女三人寄れば愛らしい、と言ったところか。

 

「マスター、助けた方が良いですか?」

「あ、アーチャー……えっと、お願いします!」

 

 偶然通りがかったアーチャーに救われ、ジナコは清姫に焼かれずに済んだのだった。既に妬かれてはいるようだが、ジナコと立香はそういう仲ではない、というのは清姫にも何となく通じているらしい。立香の他のサーヴァントほど、清姫にきつく当たられたことはなかった。

 それでもジナコは清姫に軽く頭を下げると、逃げるようにその場を去る。

 

「ふぅ……何でカルデア内でこんな苦労をする羽目になってるのか……」

「その割りには案外、楽しそうに見えますが」

 

 つい先程まで気まずいと感じていたのが嘘のように、アーチャーはジナコに話しかける。ジナコはモヤモヤとした気持ちを飲み込んで答えた。

 

「うーん。まあ、ひとりぼっちでいるよりは、今の方がずっと楽しいっすよ」

「マスターは一人が怖いのですか?」

「そりゃ、怖いよ」

 

 ジナコは知っている。孤独というものがもたらす恐ろしいまでの焦燥を。既知ゆえに恐れるのだ。孤独というものの中には何もないことを、誰よりもジナコは知っていた。

 

「マスターはまだ幼き身。親の庇護が恋しい年頃でしたね」

「会えなくても心が通じてるって、どうやったら思えるんだろうね……どうやったら、両親に誇れる自分だって胸を張って言えるようになるんだろう」

 

 ジナコの頭に思い浮かんだのはやはり彼のことだった。父親に誇れる自分であろう、と顔も知らない親のために生きていくなど、ジナコには正気の沙汰とは思えない。

 

「……生前、私は人の親でした。しかし、私の子は戦で、卑劣な方法で殺されました。復讐に走るほどに許せなかった」

「っ……アーチャー……」

「マスター。親は、子が生きて、幸せになっていてくれれば、それだけで嬉しいものです。子を失うことは、己が身を裂かれるよりも苦しい」

 

 それは珍しくアーチャーの口から語られた、アーチャーの人生の一端だった。その言葉一つ一つが、恐ろしいほどの重みを持っている。アーチャーの見た目は年若いが、実際はそれ以上に歳を重ねているのだろう。碌な死に方を選べなかった子どもを思い、どれほど苦しんできたのか。子を持ったことのないジナコには、想像もつかないことだった。

 

「だからあなたが幸福を望む限り、あなたの親も悲しむことはないでしょう。誇れる自分というのは、幸福な自分ではありませんか?」

「幸福な、自分……」

 

 しかしその言葉はジナコにとって、容易に受け入れられるものではなかった。ジナコにとっての幸福とは、帰るべき場所に両親がいるということだ。しかしそれは、簡単に失われてしまうもの。両親なくしてジナコは、真の幸福を得られるとは思えない。

 

「幸福とはつまり、己の手で叶えられる最良の世界でしょう。手の届かないところに手を伸ばせば、それだけ幸福からは遠ざかる。マスターはまず、その無茶を控えるべきですね」

「そんなに無茶してるつもりはないのに……」

 

 しかしこれほどまでに忠告されるということはつまり、そういうことなのだろう。容姿が幼いのもあって、ジナコの無茶は痛々しい。そんなジナコの無茶を、アーチャーは親という言葉で縛ろうとしたのかもしれなかった。

 

 アーチャーの告げたことは、ジナコにとって一つの解答だった。誇れる自分になりたかったが、その方法は見つからない。そんな日々をもう何年と過ごしてきた。そして漸く与えられたこの解答は、余りにも優しさに満ちている。

 これが最高の解答かどうか、ジナコは決めかねていた。けれど、切り捨てるには美しい。それを願っても良いのではないかと思えるほどに。

 

 アーチャーの告げた言葉はきっと、ジナコへの餞別だったのだろう。人間らしいアーチャーは、ジナコの苦悩を見ていられなかった。その心はとても尊いものだ。しかしジナコがアーチャーのことを深く知ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 第五特異点。それは十八世紀のアメリカだ。アメリカといえば、長らくイギリスの植民地だったが、革命によって一つの国家として独立したことで有名だろう。多くの移民から成っており、先住民族との折り合いは悪いが、多くの文化が犇めく多民族国家である。また、第二次大戦での最大の勝者であり、現時点での最強の国家とも言えよう。尤も、世界が滅ばなければ、だが。

 

 敗戦国であり、長らく社会主義と資本主義によって分割されてきたドイツ国民の一人であるジナコにとって、然程良い印象の国とは言えない。

かといって、ユダヤ人の排除から始まり、多くの人々を虐殺したナチスのことを擁護するつもりはないが。ホロコーストによって、敗戦後もサバイバーズギルトに悩まされる人が沢山いたのだ。ドイツの恥である。

 ジナコも情操教育の一環で、ナチスの罪についてはその残虐さと共に叩き込まれた。今でもヒトラーについて話題にするのは、ドイツ人にとってタブーである。

 

 話が横道に逸れたが、アメリカ、という特異点の修復はジナコだけでなく、魔術師にとっても複雑な気持ちを持たずにはいられないものだ。アメリカは比較的新しい国家。過去に向かう学問である魔術にとって、重視していない国家なのだ。それが特異点になっているということは、そんな新しい国家すら人類史において重要なターニングポイントだということだろう。

 アメリカに対して馬鹿にする気持ちがある、古い思考のイギリス人にとっても、気持ち良い話ではない。時計塔の魔術師は大抵、地元ということもあってイギリス人だ。つまり、そういうことである。

 

 ちなみに、ダ・ヴィンチはアメリカに自分の創作物をねじ曲げられたことが不服のようだ。ジナコはあの映画は出来が良かったと思っているのだが、拘り派のダ・ヴィンチには不満があるらしい。『最後の晩餐』と聖杯を絡めてくる辺り、ジナコにはある意味予言のように思えてくるのだが。

 

「アメリカかぁ……行ってみたいと思ってたんだよね」

「私も西部劇には憧れがあります、先輩」

「残念ながら二人の望む時代じゃないんすよね……」

 

 立香の望む現代のアメリカも、マシュの望む西部開拓時代もこの特異点より後の時代だ。というか、よしんばその時代であったとしてもそれを楽しめるような光景は広がっていないだろう。今までの特異点からして。

 

「西部劇ってあれでしょ? 手袋投げつけて、決闘だ!って」

「銃はピースメーカー。後で銃を抜いた方が相手を早撃ちで打破するのがお約束、ですね」

 

 英霊、ビリー・ザ・キッドに会えば速攻でサインを貰いに行きそうな二人であった。銃の種類にまで興味を持っているのは女子としてどうなのだろうか。ジナコはマシュの将来が不安になる。凄腕ガンナー、カラミティ・ジェーンでも目指すつもりだろうか。

 初期の決闘は盾と棍棒だったと言えば喜び勇んで決闘をしそうだ。絶対に言わないでおこう。そもそも早撃ちは後から撃った方が上手くいくという科学的な根拠があるらしい。ロマンも何もなかった。

 

「まあ、いくらアメリカでも特異点で決闘なんてしないっすよ。基本、特異点の戦闘はルール無用だったし」

「そう言えば、フランスでは市街戦もありましたね」

 

 百年戦争といえば未だ、騎士の時代だ。騎士は戦闘において、ルールや誇りを重視する。よって厳格さは薄れ始めていたとはいえ、当時の戦争と言えばもっとスポーツ的なはずなのだが、偽者とはいえジャンヌ。随分と型破りなサーヴァントだった。ワイバーンを使ってくる辺り、航空戦力の優位も解している節すらある。戦力の逐次投入という愚かな真似をしなければ、ジナコたちはあっさり敗北していたかもしれない。

 

「戦争にルールなんてあるの?」

「はい。今もありますよ。戦時国際法、と言えば分かりますか?」

「確かに中学生のときに聞いたような……」

 

 立香は思い出すのが嫌になる、といった顔だ。受験勉強のときに相当苦しんだのだろうか。

 

「有名どころでいうと、宣戦布告をしなきゃいけない、とか」

「ああ。そう言えば歴史で皆してるね。あれってルールだったんだ」

 

 ちなみにその皆の中にはナチス・ドイツは入っていない。思わぬところで恥の上塗りだった。立香の母国も日露戦争のときには宣戦布告していなかったのだが、あれは国際連盟による規定前。というか、それが宣戦布告に関する規定を作る切っ掛けだった。

 

「あ、でもその点で言えば偽ジャンヌは守ってたか」

「え? そうでしたか?」

「ほら、あれって前口上にならないっすか?」 

 

 ジャンヌを見つけた瞬間、高笑いを始めた偽ジャンヌ。それを思い出したマシュと立香は微妙な表情をした。あれを前口上に入れてなるものか。

 

「そう言えば、ジナコさんの好きな『マハーバーラタ』も戦争にルールがありましたね」 

「あー……その話はパスで」

 

 『マハーバーラタ』の戦争で、特に戦争のルールに関する話は余り気持ち良いものではない。なんせ、クリシュナが五王子たちにルール破りをするよう誘導してしまうのだ。ビーマセーナとドゥリーヨダナの下りは生々しく、読んでいて辛いものがある。

 とはいえ、クリシュナも決して悪意があってやったことではない。パーンダヴァの者たちを守りたかっただけなのだろう。ジナコにも、その心は理解できる。

 

「あ! マシュ、ジナコ、そろそろ急いで着替えないと」

「わ。もうこんな時間に!」

 

 立香の指摘に、のんびりレイシフト用のスーツに着替えていたジナコとマシュは慌て始める。立香は早着替えが得意なのか、先に行くと言って着替え部屋を出ていった。ジナコとマシュは慌ただしく着替え終えると、急いで後に続く。第五特異点の攻略は、慌ただしく始まったのだった。

 

 

 

 ジナコもマシュも立香も、コフィンへと正常に入っていく。サーヴァントたちもそれに続き、全員がコフィンへと収まった。そうしてレイシフトを待っていると、アーチャーが念話で声をかけてくる。

 

『マスター、いよいよですね』

『うん。折角のアメリカなのに、こんな理由で行かなきゃならないのは残念っすけどね』

 

 このようなタイミングで話しかけてくるのは珍しいと思ったが、案外アーチャーも緊張しているのかもしれない。もしかしたら、アーチャーの母国はアメリカなのだろうか。先住民族という可能性も、なくはない。

 

『マスターなら、大丈夫です』

『お世辞っすか? ボク自身は大したことないんすけどねぇ』

 

 これはジナコからの遠回しの賞賛だった。アーチャーなくして今までの特異点はやっていけなかっただろう。ジナコはアーチャーに対して、心の底から感謝を抱いている。アーチャーと話し辛くなったり、アーチャーのことを何も知らなくても、その気持ちは本物だ。

 

『いえ、ただの事実です』

『へ?』

『あなたのことは私が必ず救います』

 

 アーチャーが突然、奇妙なことを口にする。アーチャーの言葉をジナコは理解出来なかった。ジナコを思っているのは伝わってくるのだが、それだけだ。寧ろどこか、苦しげにも思える。

 ジナコが答えあぐねているうちに、体の霊子化が始まった。いよいよレイシフトということだろう。ジナコは回答を保留し、意味消失に耐えようと気を引き締める。

 

 まさか、その回答すら出来なくなるなど知らないで。

 

 

 

 

 

 あれは、ジナコが四人目の衛士(センチネル)として階層の守護者になり、あの人のサーヴァントに敗北した後のことだった。ジナコはBBから解放された後、旧校舎の用務員室に引きこもり、怠惰な日々を過ごしていた。

 

 あれからもしょっちゅうあの人の訪問には遭っていたが、敗北ぐらいでジナコの性根が大きく変わるでもなし。ジナコはあの人の訪問を好ましく思いながらも、結局誰かと関わりを持とうとすることはなかった。

 例外はそれこそ、向こうから押し掛けてきた慎二くらいのものだ。そのときはまだ、慎二はエリザベートのマスターだったが。

 

 そうしてその日も相棒が瀕死の憂き目に遭っていることにも気づかず──尤もあれは黙っていた彼の方が悪いとは思っているが──ジナコはいつも通りスレを荒らし、ゲームをしていた。その用務員室のドアが無数の武具によって粉々になる前は。

 

「う、うわぁ!? な、何すか!? 助けてよカルナ!」

「それは出来ない。甘んじて受け入れた方が良いだろう」

 

 この通り、カルナは全く役に立たなかった。尤もこれは瀕死なせい、もっと言えばジナコに治癒のコードキャストが使えないせいであるので、責めるのはお門違いなのだが。

 

「ふははは! 雑種、何だその呻き声は! 色気の欠片もない!」

「それには同意するしかないか……」

「カルナ! アンタはどっちの味方っすか!」 

「無論、お前だ」

 

 ジナコはこのとき既に、カルナの言いたいことは何となく察せるようになっていた。しかしそれとこれとは感情が別。というか色気に関する話で我慢できるような女性はこの世にいない。

 その光景を黄金のサーヴァント──ギルガメッシュは愉快そうに見つめた。

 

「ハ、まずはその肉を落とすことから始めねばなぁ」

「さ、最近はロールケーキを我慢してるっす」

「あれは我慢していたのか……そうか……」

 

 一日五個食べていたのを三個にまで抑えているのだ。充分我慢していると言えるだろう。しかしそんなジナコの主張をギルガメッシュは嘲笑った。

 

「ふははは! さぞかしお前は立派な養豚家になれるだろうよ!」

「それには同感だ」

「もうこの人たちやだ……」

 

 ご機嫌なのは良いが、このようないびられ方をするのはジナコの望むところではない。というかそもそも、この金ぴかは何のためにジナコの元を訪れたのだろうか。あの人ならともかく、ギルガメッシュが訪問する理由が想像できない。

 

「我がマスターが本題を聞きたがっているようだが」

「そう急かすな。短気は損気、だったか? あの守銭奴が好みそうな言葉だが」

「かといって、冗長は良いものとは言えないだろう」

 

 珍しくというべきか。カルナが全面的にジナコの意見を汲んでいく。ジナコにとってはある意味感動的な場面だった。

 

「む。まあ良い。何、少しばかり面白いことを知ったのでな」

「我がマスターを地獄へと突き落とすつもりか?」

「地獄に落ちるのならそれは我の手ではなく、己の業によるものだろうよ。して、雑種──」

 

 カルナとギルガメッシュによる飛躍した会話をぼうっと聞いていたジナコだったが、矛先が自分に向いて、思わず息を詰まらせる。ギルガメッシュにはそれだけの存在感があった。なんせ、最古の叙事詩、ギルガメッシュ叙事詩の主人公であるのだから。その重圧に頭を垂れることも出来ず、ジナコはただギルガメッシュを見返した。

 

「お前に良いことを教えてやろう。何、悪い話ではないぞ?」

「な、何すか?」

「お前のこの先の話、だ」

 

 そう告げると、ギルガメッシュはジナコを舐めるように見回す。その赤い瞳に全てを見透かされたような気がして、ジナコの体は思わず緊張してしまう。SGを散々摘出されたジナコだったが、己の内面を弄くられるのが好きなわけではない。

 

「ギルガメッシュ──」

「ああ。そのことではない。ただ、このような運命もあったものかと思ってな?」

「……」

 

 ギルガメッシュはニタリといやらしい笑みを浮かべる。嫌な予感がしたが、さりとて聞かねば帰りそうにない。ジナコは意を決して耳を傾けた。

 

「人理、という言葉に覚えはあるか?」

「いや、ないっす」

「人理。それはな、人の歩む歴史。人類の行く道程のことよ。これには大河のように大きな流れがある」

 

 それはジナコには全く聞き覚えのない話だった。というより、今までの話からの流れが掴めない。その人理、とやらが何だというのだろうか。

 

「随分と迂遠な言い回しだな」

「む。分からんか? まあ良い。その大きな流れの中に、そうさな、ダムがあると思うと良いだろう」

「ダムっすか……?」

 

 ギルガメッシュは一つ一つ確かめるように、丁寧に説明する。今までにないその態度を疑問に思いながらも、理解しようとジナコは頭を捻った。

 

「そのダムが完全に塞き止められれば川は枯れよう。そのダムが決壊すれば民が苦しもう。お前はいずれ、そのような窮地に追い込まれる」

「は──?」

 

 その言葉を理解し、ジナコは目が点になった。つまりギルガメッシュはこう言っているのだ。いずれ人類は滅亡し、ジナコはそれに立ち向かう羽目になる。ジナコが人類を背負うことになるのだ、と。

 

「ダムで例えたが、それを一言で言えば、人理焼却、と言って良いだろうさ」

「人理、焼却……人類は燃え尽きるの……?」

 

 そんなもの、背負えるはずもない。そもそも、そんな事態にどうやって立ち向かえというのか。あの人だって今、似たような状況に立ち向かってはいるだろう。しかしそれは、起こる前に回避しているのであって、起こった後に手を出しているのではない。しかしギルガメッシュの言い分では、人理の焼却は定められた未来のようではないか。

 

「お前はな、そんなものに相対する羽目になるようだぞ? まさかそのような世界もあろうとは、と思わんでもないが、いずれ必ず訪れる未来だ」

「う、嘘! ボクは、ボクはそんなの!」

 

 信じられない、と続けようとした言葉は、口にすることなく終わる。だって、ギルガメッシュには嘘を吐く意味がない。こんな嘘を吐いて、どうしろというのか。

 

「まあ、逃げる、という選択肢も、なくはなかろうよ。お前がそれで満足できるならな?」

「そんなの……」

「まあ、お前が成せたのならば、そうさな、飴でもやろう」

 

 逃げるに決まっている。ジナコは臆病者なのだ。そんなものに相対して、とてもやっていけるはずがない。

 しかしそんなジナコの心情は関係ないと言わんばかりに、ギルガメッシュは気の抜けたことを言う。飴くらいで報酬になるか。

 

「解せんな。お前はそういう男ではあるまい」

「何、明らかな無謀に立ち向かう者を我は好ましく思うのでな? その芽がここにあるとなっては言葉の一つや二つ、かけるのは吝かではない」

「おぞましい道楽の一環というわけか」

 

 カルナの辛辣な言葉にあの高慢なギルガメッシュは特に反応を示さない。それどころか、ジナコを試すようにしたり顔で舐め回す。

 

「しかしな、そのいずれ難題に挑戦するジナコは今のジナコではあるまい」

「……ふん、まあ良い。お前の顔を立ててやろう」

 

 カルナの言葉に思うところがあったのか、ギルガメッシュは用務員室を出ていく。ジナコは緊張から放たれ、思わず床へと寝転がった。そうして冷静になって、一つ明らかな疑問を抱いた。

 ジナコには未だ、しののろいがかかっている。この呪いはこのムーンセルにいる限り、決して解かれることはない。つまり、用務員室に籠ることを決めたジナコに、そんなものに立ち向かうチャンスはあり得ないのだ。

 

「……あー。考えるのやーめた。どうせボク、死ぬしなぁ」

「…………」

 

 ジナコはその別れのときまで、そのときのカルナの決まり悪そうな表情の意味を知ることはなかった。

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