予想以上に崩壊してたらすみません。
「海浜公園で遊ぶ子供?」
「あぁ、ちょっといろいろあって借りたタオルを汚してしまってね。お詫びとお礼をしたいと思うんだけど、あんな場所で一人でいるのがどうも気になったんだよ」
海浜公園での一件から月を跨ぎ今は四月。
あの日であった少年を全く信用していないというわけではないが、とはいえ遊び盛り伸び盛りの子供が相手だ。何かの拍子にポロリと秘密を明かされてしまうかもしれないと覚悟していたオールマイトこと八木俊典の不安は杞憂のようで、世間は未だオールマイトを衰え知らずのNo.1ヒーローとして賞賛していた。
わずかでも疑って申し訳ないと思うと同時に、気がかりになったのは少年自身についてだ。
朝と夕方はだいたいそこにいると言っていたが、一体何をしているのか。ヒーローを目指すため自主トレをしているにしても、あんなところで一人でいては万一ゴミ山が崩れた際に生き埋めになってもおかしくはないし、誰も気づかないだろう。
常駐する地元のヒーローが何か知っているかと、ちょうど引ったくりを取り押さえたところに現れたデステゴロやシンリンカムイに尋ねてみたところ、彼らにも心当たりがなかったようで顔を見合わせるだけだった。
「申し訳ないが、ここ最近そのような話は」
「だいたいあの界隈で騒ぐバカが出たらデクが連絡してくるしな」
聞きなれない名に「デク?」と問い返す。最近活動を始めたサイドキックかあるいはインターン生かと予想をするが、いえと首を振り苦く笑うデステゴロから返された答えはオールマイトの予想をはるかに飛び越えたところにあった。
「ここいらじゃ有名な中学生ですよ。ヒーロー志望で、体鍛えがてら、あの海浜公園のゴミ掃除をしてる、大したやつです」
「言い換えれば我らが情けないという話なのですが……いずれいずれと思いながら、なかなかあちらへ手が回せず至らぬばかりです」
もどかしげな二人のヒーローの言葉に、オールマイトが真っ先に思い浮かべたのは先日の少年だった。
「あの粗大ゴミの山を、一人で?」
「ええ。あれでも当初よりは随分綺麗になってきたんですよ。俺らも手が空いてる時やオフの時なんかに手伝いに行ったりするんですが。ほとんどそいつ一人でやってるんですよ。なので、ゴミ山で遊ぶ子供なんかいたら、多分すぐ連絡よこすと思うんですが」
「デステゴロさん、そろそろ」
サイドキックの呼びかけに「おう」と手を振り返し、「では、我も」とシンリンカムイも軽く頭を下げてそこを離れた。
「……私も、見る目がない」
運動場所にしている、という言葉をそのままに受け取った自分の情けなさにオールマイトはほんのわずかため息を落とし、自らもまたその場を立ち去った。
そうして物陰に身を隠し、マッスルフォームのオールマイトからトゥルーフォームの八木俊典へと戻り、人目を避けるようにしてたどり着いたのはちょうど意識にあったあの砂浜だった。まだ慣れない町なのだから無意識に覚えのある場所へ足を運ぶのは自然かもしれない。
なんとも芸のないことだと自嘲しつつ辺りを見回せば、脳裏に浮かぶ人物の姿は容易に見つかった。
ゴミ山の隙間を縫うようにちょこまかとせわしなく走り回る少年の肩に担がれているのは電子レンジだ。
すでにそうだとは思っていたが、やはりオールマイトが出会った無個性の少年こそデステゴロの語るヒーロー志望の中学生『デク』だったらしい。
デクなりに何かしらルールがあるのだろう。運んでいた電子レンジを不意に下ろすと、きた道を引き返して今度はゴミ山の一つに登り始めたかと思えばそのてっぺんで絶妙なバランスを保っていたテレビを担ぎ、慎重ながらも素早い動きで山を降りて先ほどの電子レンジのそばまで走っていく。
俊典はしばらくその光景を眺めていた。
先日のヒーローコスチュームとは違い私服のため、特に周囲の視線を機にする必要もない。体躯に合わないだぶついた服装の中年男性ということで時折通り過ぎる通行人が不審な目を向けてくるが、見るからに不健康そうな外見のためか時折何事かをささやき合うだけで何かを聞かれることもなければ、警察を呼ばれることもなさそうだった。
だがデクはそんなわずかな騒めきも拾い上げたのか、はたまた視界に違和感でも感じたのか。不意に動きを止めた少年は軽く辺りを見回し、俊典の姿を認めると遠目に見てもはっきりわかるほど嬉々とした様子で大きく手を振って見せた。
「オ……に、いっ、さん!」
オールマイト!と叫ぼうとしたのをすんでのところで飲み込んでくれたらしい。しかしお兄さんというよりおじさんじゃないだろうかと苦笑いしつつ俊典も軽く少年へ向けて手を振り返す。ますます表情が華やいだのがわかった。
身軽にひょいひょいとゴミ山を登り飛び越え、足場の悪さも気にせずまっすぐに走ってくる姿にふとチワワという小型犬を思い出し、一人想像に笑い出しそうになるのを咳払いでこらえる。
「こんにちは、また来てくれたんですね!」
「やぁ、こんにちは。近くまで来てね。悪いけど、タオルは持って来ていないんだ」
「そんなの気にしないでください!お元気そうで何よりです」
ニコニコニコニコ。そんな文字がデクの背中に見えるような気がする。それほどに上機嫌を隠そうともしない少年の姿に、俊典も釣られるようにして「まあね」と機嫌よく答える。
とはいえ、デクがそれほどまでに喜びをあらわにするのは正直よくわからなかった。No.1ヒーローとして人気がある自覚はあるが、今の姿は痩せぎすの骸骨男だ。先日の不甲斐なさを思えば幻滅されても仕方がないだろうに。
「ここを、掃除してるって聞いたよ」
「あ、いえ、まぁ、掃除っていうかちょっと筋トレがてらやらせてもらってるっていうか」
「謙遜する必要はないよ。立派なことだ」
「……ヒーローの基本は奉仕活動だって、教えてくれた人がいて。だから僕がっていうよりもその人がすごいんです」
ヒーローの基本は奉仕活動。全くその通りである。しかしその基本を実行できずにいるヒーローがほとんどというのがこの世界の実情だ。
公務員といえど貢献率で給料が変わってくるシビアな職業だ。副業をこなしつつやっと事務所を経営できるという厳しい現実を思えば、無償の奉仕よりも派手で目立つ仕事が優先されるのも仕方ないことで、デステゴロやシンリンカムイが後ろめたそうにするのもその為だ。
「誰かの受け売りだとしても、今それを実践してるのは君だ。だから遠慮せず胸を張るといい」
「っ……はい!」
感無量、とばかりに目をキラキラと輝かせて力強く頷くデクの髪に手が伸びたのはとっさのことだった。ガシガシといささか乱暴に掻き撫ぜた髪は見た目の通りふわふわしていた。
無個性だから絶対にヒーローになれないとは言わない。少なくとも俊典は無個性がヒーローになる術を知っている。同時に、それを容易に人に与えてはいけないことも。
自らの将来の展望を強い決意で見据える少年の眼差しは、久しく見ないふりをし続けて来た俊典の何かを揺さぶり起こそうとしていた。
「さて、私はそろそろ行くよ。今度来るときはタオルを持って来るから」
「本当に気にしなくてもいいんですけど……でも、またお会いできるのを楽しみにしています」
嬉しげに頷くデクの頭をもう一度撫でようとして、やめた。思春期の少年相手に知り合ったばかりの中年男がやたらとする仕草でもない。
「次に来るときは、是非ここの掃除も手伝わせてもらうとするよ」
「ありがとうございます。無理だけは、しないでくださいね」
時間のことではなく、体調面についてだろう。身近な人間以外からの心配にどうにもむず痒さを覚えながら「そうだね」と答えて俊典は少年に背を向けた。
何度か振り返り、手を振り続けるデクに戻るよう促し、名残惜しげに海岸へ戻って行く姿に微笑ましさを感じながら、俊典はスマホを取り出した。簡単な操作で表示された履歴画面に並ぶのは同じ人物の名前だけ。
それをタップすることを一瞬ためらい、意を決して軽く名前に触れればスマホは直ちに相手を呼び出し始めた。
せめて次にあの少年に会うまでに、遠ざけていた問題にケリをつけよう。誰にでなく自分自身にそう強く言い聞かせ手のひらに収まる小さな機械を耳に押し当てる。
この時の俊典は、まさか会いに行く前にとんでもない形でかの少年と再会することになるなどとはほんの少しも想像していなかった。それが、ほんの数日後であることも。
>>11
出久くんのバイトネタ出したいけど
出す機会ない!
結構がっつりしっかりネタ突っ込むつもりなのに、ネタ突っ込む隙がない!