ヘドロヴィラン事件は出久が知るものと大きく形を変えたが、やはりどんなに変化が生まれようとも変わらない部分はあるらしい。そこにどんな法則性があるのかはわからないが、ともかく今回も勝己は再び新聞の一面を飾った。
【お手柄中学生!】と銘打たれ、率先して市民に声をかけ消火活動に乗り出した件について新聞は実に華々しく彼を褒め称え、テレビでも友人だという生徒や担任がこぞって勝己を褒めちぎるが、けれどどこにも本人の言葉がないのはご愛嬌か。
「くそっ、どこに行っても爆豪爆豪!うっぜええっつうんだよ!つか誰だニュースにコメント出したやつ!俺はてめーなんざしらねえわクソモブども!!」
肩をいからせ普段は滅多に通ることのない人気のない道をガツガツと足音も荒く歩く姿は、さながら腹を空かした熊かライオンか。
どこへ行っても報道陣のカメラや取材を求める記者たちがいるために、こうして遠回りで下校しなければならないことに相当苛立っているらしい。とは言え、勝己はかなり怒りっぽいタチなので何かと吠え立てながら帰り道を歩くのはそう珍しい話でもなかった。
「まあまあ、おちついてよ。実際かっちゃんが真っ先に消火活動をしたっていうのは事実なんだし」
「てめえが言うか!!てめえがやらせたんだろうが!つか、こうなることわかってたなてめえ!美味しいとこ持ってってめんどくせえもん人に押し付けんじゃねえクソデクがああ!」
「ごめんってば」
「んで?埋め合わせしろっつったら用事がありますだああ?何様だてめえはデク様かごらあ!」
「ほんっとーにごめん!許してよかっちゃん。今日はどうしても人に会う約束しちゃったんだよ」
「知るか!!」
ふうふうと毛を逆立てた猫のように目を釣り上げ、まだ全身で怒っていますと主張はしているもののひとしきり怒鳴り散らして気は済んだらしい。荒っぽさやガサツさが目立ちはするものの、実際はその裏で様々な思考を巡らせることができる理知的な人間なのだ。そういう彼の一面を知るものはさほど多くないが。
「で、会うのは昨日のおっさんか?」
「うん」
「なにモンだ、あのおっさん。途中まで消火器運んでたかとおもや急にばっくれやがって。だいたい痩せすぎだろ。変なクスリやってんじゃねーのか」
確かにオールマイトの痩せ方はやや異様であるが、そこまで言うかと出久は苦く笑った。
「変な薬はやってないけど、飲まなきゃいけない薬を飲んでない可能性はあるかも。自分に無頓着な人だから」
「例のバイト関係か?」
「直接は関係ないけど、関連業種の人だよ。身元もちゃんとわかってるから安心して」
出久のその答えに勝己は疑わしげな目を向けて来たが、とはいえ今の出久と勝己の関係はそこそこなんでも話し合う気の合う幼馴染だ。ひとまずは出久の答えに納得したらしい。
「と、言うわけで……おー、じゃなくて。八木さんはバイト関連の知り合いということになってるので、今後かっちゃんに会うことがあったらそういう感じでお願いします」
未だゴミで溢れかえる海浜公園の東屋は密談には最適な場所であった。昨夜の話に引き続くオールマイトの秘密や個性の話をする以上喫茶店などは利用できず、そもそも見るからに学生の出久と全く血縁関係のなさそうな痩躯の男が二人でコソコソと話をするなど、それこそ怪しまれて通報されてもおかしくない案件だ。
「あ、うん、構わないけど。え、出久少年バイトしてるの?」
もちろんゴミ溜めの東屋も十分通報されそうな状況であるが、そこは出久の日頃の行いの良さがモノを言う。
液剤を片手に東屋の落書きを消そうと奮闘する少年と、見守るようにベンチに座る中年男性がいればボランティアの監督役と勝手に勘違いするだろうし、仮に通報されて警察が来てもそのように答えれば万事解決である。
「はい。小6の夏休みからですから、そろそろ3年ぐらいですね」
「小6?!なにそのバイト!こわ!大丈夫なのそれ?!」
俊典の慌てように出久は小さく吹き出した。バイトの経歴を聞けば大抵の人がこういう反応をするため、もはや出久の方は慣れたものである。
「大丈夫です。学校の先生にも言ってますし」
「い、今時ってそうなの?」
「今時っていうか、僕のバイトがちょっと特殊業務になるので。八木さんの関連業種っていうのも、実は嘘ってわけでもないんですよ」
汚れた雑巾を絞りながらそう答えれば、俊典はあからさまに嘘だと言いたげな表情を浮かべた。
「まぁ、オールマイトレベルのヒーローならあんまり縁もないかもしれませんけど、HUCってご存知ですか?」
「ふっく、ってまさかHelp Us CompanyのHUCのことかい?」
「はい、そのHUCです。僕はそのHUCの要救助者のアルバイトをしてるんです」
「……Oh my god」
やけに発音のいいそのフレーズとともに大げさに天を仰ぐ仕草は、オールマイトならではというべきだろう。他のヒーローがやったところでギャグにしかなるまい。
「あぁ、いや、でも納得したよ。思い返せば、私たちが初めて出会った時、君は実に手際よく私をここまで運んで来た。対応も完璧とは言い難いが、応急処置としてみれば文句なしだ。私の吐いた血を吐血ではなく喀血だと判断したのもHUCの経験あってこそということかい」
「はい。体を鍛えたりするのはネットや本で調べたりできますし一人で実践もできますが、救助に関しては知識だけじゃどうしようもないので」
ヒーローデクの知識を多く引き継いだ出久であるが、実のところレスキューは苦手としていた。
ヒーローの本分といえばレスキューであるが、出久をはじめとしたA組はヴィラン事件の遭遇回数が多く、教師たちが優先させたのはまずは身を守る術を覚えることだった。
最低限の救命措置や講習こそ受けはしたものの、訓練回数は戦闘訓練に比べて圧倒的に少なく、プロデビューしたのちもそれぞれ自主的に学ばなければならないことだらけで、十分できていたとは言い難い我流に等しかった。
「元々無個性のまま雄英を受験するつもりでしたし、ヒーローに必要な技能はできるだけ多く学んでおきたくて。要救助者のプロということは、つまり救助に関するプロということですから。色々勉強させてもらっています」
「まったく、君ってやつは本当に行動派だね。なんか、私教えることなさそう」
「そんなことありません。確かに、色々やってはいますけど、無個性ってことでヒーロー志望向けのトレーニングジムや塾にはいけないので。こうして誰かに教えてもらえるのが、すごく嬉しいんです」
かつて出久がいざ本格的に体を鍛えようと海浜公園に出入りするようになったばかりの頃、少しなりと出久との距離を縮めようとした勝己も同じように浜でのトレーニングをしようとしてくれたことがある。それを断ったのは、ほかならぬ出久であった。
確かに勝己と二人で試行錯誤を重ねながら体を鍛えるのは楽しかっただろう。しかし勝己には個性がある。個性は使用しなければ衰える一方だ。そして公共の場である海浜公園では個性を大っぴらに使用することはできない。
不器用な勝己の優しさをうまく断るのは至難の技であったが、どうにか納得させ勝己は勝己で頑張るように仕向けたのは今となってはいい思い出である。
「そうかい、だったら君が絶対合格できるよう今から入念なトレーニングプランを作らなくてはな!ひとまず、明日の放課後までに君のこれまでのタイムスケジュールやトレーニング内容をまとめておいてくれるかい。あぁ、あと食事内容も見直してみようか」
「はい!」
出久の威勢のいい返事に俊典も立ち上がると、トゥルーフォームから筋骨隆々のマッスルフォームへと姿を変える。
「入試まで残り10ヶ月!気合を入れていくぞ!!」
「はい!!」
互いに握りこぶしを固め気合は十分。さらに声を大きく返したところで、出久は大変なことを忘れていたことに気づき「あ」と小さく間抜けな声を漏らした。
「八木さん、すみません」
「え、なに、どうしたの?」
「僕、学校の先生から推薦の話もらってて」
「……え?」
「受験、もしかしたら7ヶ月か、8ヶ月後です」
奇妙な沈黙が二人の間に落ちる。先ほどまでの勢いは何処へやら、ふしゅうと蒸気にも似た煙とともに再びしぼんだ俊典は握りこんだままの拳をやがてガタガタと震わせ、やがて現実に脳が追いついたのだろう、盛大に頭を抱え込んで天を仰いだ。
「Jeeeeeeez!!」
やがて響いた叫びとともに吐き出された血飛沫は、殺人現場もかくやというほどに東屋の床を赤く染め上げたのだった。
>>15
ようやく出せた出久くんのバイトネタ。
とりあえず当初は無個性ルートも視野にあったので、とにかく出久くんを個性以外でハイスペックにしようとした結果です。
HUCが実際どの程度すごいかわからないので捏造捏造!
ちなみに一般向けの普通・上級救命講習は修了済み。
ちなみに想定として未成年のバイトは瓦礫なんかのある被災現場ではなく、山や海での遭難、公共施設での占拠事件ぐらいを想定しています。
そして安全面を考慮し、学生向けの訓練ではなくプロやインターンなどの仮免取得以上の現場。
今のところはこんな感じでの設定です。
また出す機会があれば出したい。