出久に個性が譲渡されてからの日々は瞬く間に過ぎ去り、気づけばゴールデンウィークに差し掛かる初夏の頃。
主に指導面において紆余曲折あったものの、師弟揃ってああでもないこうでもないと試行錯誤を重ねた末、出久の個性訓練はようやく第一歩をふみだすことに成功していた。
ぶっちゃけ最後の方は出久が俊典を誘導したり、ごみ山に『はじめての個性』だとか『個性は怖くない!』とかいう育児本を汚しに汚して目立つように設置したりして、どうにかこうにか出久の望むアドバイスを俊典から引き出すことで個性発動にこぎつけた。
ヴィランのこととなると鋭いオールマイトであるが、身近な人間に関しては割と鈍い俊典であるので、自らの所業はバレていないと信じたい出久である。
ともあれ、こそこそと育児本を読み込み出久が個性を扱えるようアドバイスを重ねる俊典と日々研鑽を重ね、ついに発動に至ったその日は二人手を取り合って歓声を上げたほどだ。
一度個性を使ってしまえばこっちのもの。
あとはなんとなく使えますという顔をして日々のトレーニングをこなすだけである。
俊典も俊典で何やら色々とやることがあるらしく、毎日様子を見にこれるというわけではなかったが連休の間はこちらに滞在するということで出久は浮かれていた。
そんな出久の様子に勝己も何かあったと察しているようであるが、彼は彼で自身の受験に合わせてこのところ忙しくトレーニングジムに入り浸っている様子であった。話す時間が減ったのは寂しくあれども深く聞かれることがないと言う意味では好都合と言える。
勝己は出久が無個性だということを知っている。勝己だけでなく学校の教師もであるが、推薦を受ける可能性を思うと個性が発現した事について上手い言い訳を考えねばならないだろう。
その辺りも次回俊典がきたときに相談しようと考えながらいつも通り海浜公園に足を踏み入れた出久が見たのは、程よく熱せられているだろう砂浜に背広で正座をする師匠の姿。そして、それを睨みつけるように仁王立ちになる小柄な老人の姿だった。
「え、ええ?!八木さん?」
「おお、お前が俊典のいっとる有精卵小僧か!」
出久の驚きに声を返したのは俊典ではなく老人の方であった。白い半袖のカッターシャツに地味目なグレーのスラックスと木製の杖。一見どこにでもいる好々爺然とした老人であるが、それがただの老人ではないことを出久は知っている。
「や、やあ、出久少年」
「八木さん…えっと」
「驚かせちゃったよね。この方はグラントリノ。プロヒーローで私の学生時代の担任さ」
はははと笑う声に力はなかった。アルファベット調ではなく平仮名なあたり完全に気迫負けしている。
「こ、こんにちは。八木さんにお世話になっています。緑谷出久と言います」
「ふむ、礼儀正しいが元気がないな!」
この状況で元気に挨拶できる人がいれば、それはそれで神経が図太すぎるというものだ。というより、背広で正座させられている師匠の姿に動揺しない弟子はいささか薄情が過ぎるだろう。
「え、と……すみません。状況がよく」
「その、ね。ちょっと君の特訓について人に相談してたんだけど」
「全くこやつめ!俺に連絡も寄越さねえで!根津のやつが知らせなきゃ、俺がこの小僧のことを知ったのはいつになったろうなあ!」
「も、申し訳有りません。その、決して忘れていたとか、そういうことではなくて、その私も色々と」
「そういう色々を、普通は、恩師に、相談するもんじゃねえのか?ええ?!」
振り上げた杖で木魚よろしくポクポクと叩かれる俊典に、助けに入るべきかどうか出久は悩んだ。決して痛そうというような威力ではないが、精神的ダメージが大きそうである。
「あ、ああの?!」
「ん?」
「グ、グラントリノ、さんは、今日はどういったご用で。八木さんも、今日は来れない予定じゃ」
物理的に割り込むことはできない。代わりに大声で問いかければグラントリノは杖を振り上げたまま「そうだったそうだった」と暢気な声を上げた。
「なに、俊典の指導ついでにワン・フォー・オールを継いだ小僧がどんなもんか見てやろうと思ってなぁ」
「わ、私の指導?!いえ、その前に!出久少年はまだ個性を使えるようになったばかりで先生が」
「黙らんか!お前にまともな指導ができるわけねえことぐらいお見通しだ」
ズバリ突きつけられた杖先に俊典は仰け反り、そのままバランスを崩して砂浜に倒れこんだ。
「八木さん!」
「大体お前は何でもかんでも力でねじ伏せるのが悪い癖だ!考えが浅いのよ!誰もかれもがてめえみてえにやれると思うんじゃねえぞ。おい、小僧。俊典をそこの東屋に投げ込んでこい」
言うが否や、グラントリノは手にしていた自身の杖を投げ捨て、ゴミに混ざるようにして置かれていたボストンバッグに手をかけた。
それを横目に出久は慌てて八木を抱え起す。
「あ、た、あたた……足が」
「大丈夫ですか八木さん。って言うか、どのぐらい正座してたんですか?」
「さあ…1時間は超えてるだろうね。本当は別の用事があったんだけど、そこで先生に会っちゃって、あとは見ての通りさ」
すっかり痺れて立てない様子の俊典に出久は少し悩んだものの、結局「失礼します」と声をかけてその体を抱え上げた。特に怪我をしているわけではないので素直に横抱きに抱え上げたが、どうしても振動が伝わるのだろう。足のしびれのせいかなんともいえない悲鳴をあげる俊典を急いで東屋まで連れて行きそっとベンチに下ろす。
「とりあえず、あのおじいさん僕に用事があるみたいなので、行ってきますね。八木さんはここで休んでてください」
「ありがとう。しかし、気をつけろよ。見かけ通りの老人だなんて思ったら大間違いだぜ。……ほんと、怖いんだから。もう、なんで根津くんもなんでよりによって先生に」
今になってと言うやつか。頭を抱え込みガクガクと震える俊典に苦笑いをこぼし、出久は「行ってきます」と声をかけ東屋から駆け出した。
実際、グラントリノがどういうつもりかはわからないが、何も得られないということはないだろう。
「お待たせしました」
砂浜に戻った出久の前に立つグラントリノは、もはや好々爺なんてものではない。不敵な笑みをたたえヒーローコスチュームを身にまとうその姿に出久はこみ上げる様々な感情すべてを押し殺し、唇をわななかせながらも笑みを浮かべた。
「いいツラしてんじゃねえか。及第点ってとこだな。さあ、かかってこいや!有精卵小僧!」
吼えたてるグラントリノの声に震えるものを感じながら、出久も構えを取り力強く砂を蹴りつけた。
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