結論から言おう。グラントリノとの戦いは出久がぼろ負けという形で決着がついた。フォローのしようもない完膚無きまでの敗北。いかに戦闘知識があれども、戦うために使ったことのない体が思う通りに動くはずがなかった。
それでも一撃くらいは打ち込もうと懸命に食らいつこうとする出久は、グラントリノのお眼鏡にかなったらしい。
「出久少年!無事かい?生きてる?」
ボロ雑巾もかくやと言う有様で砂地に投げ出された出久に慌てた様子で俊典が膝をついて声をかけてくるが、意識はあれども立ち上がれないほど滅多打ちにされた出久はかろうじて動く指先でサムズアップサインを返すのがやっとだった。
「グラントリノ、いくらなんでもやりすぎです!」
「そうか?お前の時に比べりゃだいぶ手加減してやったつもりだがなぁ」
「私の時って、いつの話をしてるんですか。出久少年は最近ようやく個性が使えるようになったばかりで」「それよ!」
飄々としたグラントリノに俊典がなおも噛みつくように声を荒げれば、その声すらも遮るほどの厳しい怒声が飛んだ。
「根津のやつが言うには、もう2週間ばっか小僧について相談してるらしいじゃねえか。それでまだ個性が出たばっかってのは、ちいとばかしのんびりしすぎじゃねえのか」
「そ、それは……私が至らないからで、出久少年のせいでは」
「その通り!この小僧が弱いのは、お前がちんたらしとるからよ!」
グゥと、喉の奥で呻き俊典はうなだれた。その叱責を横たわったまま聞く出久はどうにかフォローしたかったが、体を起こすどころか声を出すことさえできそうにない。むしろ疲労感に手放してしまいそうな意識をつなぎとめておくのがやっとだ。
「俊典、人には向き不向きっつうもんがある。んで、お前は何かを教えるってことには向いとらん」
「嫌です」
グラントリノはまだ何も言っていない。けれど俊典は答えた。グラントリノもそれを予想していたように「だろうな」と答えた。
そこで出久の意識は途絶え、次に目を覚ました時に最初に見たのはどこかで見たことのあるような味気ない白い天井だった。
病院だろうか。そう思うと同時に出久は布団を跳ね上げ飛び起きた。
目覚めたら知らないようで知っている場所にいる。覚えのあるその感覚に心臓が激しく脈打つ。
ここはどこなのか。自分は緑谷出久なのか。違う何かになってやしないかと確かめるように辺りを見回せば、随分と驚いた顔をした俊典と目があう。
「出久少年、大丈夫かい?」
かつてとは違う、今の出久を呼ぶその声にここが確かな現実の続きであることを確信するとともにホッと体から力が抜けた。
「出久少年?」
「あ、はい、すみません。えっと…ここは」
「田等院の病院だよ。あのあと気を失った君を運んで来たんだ。あぁ、特に体に異常はないから心配しなくていい。先生の提案でね」
「先生というと、グラントリノの?」
問い返した出久の問いかけに、なぜか俊典は逡巡するように視線をさ迷わせ、間を開けて「あぁ」と小さく頷きベッドの横に用意されていたスツールへ腰掛けた。
「グラントリノは君が個性を持つということに、理由がいるだろうと言ってね。君はゴミを片付けている最中、落下して来た冷蔵庫から身を守ろうとして個性を発現させたということになっている」
なるほど、と出久が感じたのはそれだけだった。
ワン・フォー・オールを受け継いだということで人に打ち明けられない秘密を抱えこみはしたが、出久の場合はすでにその秘密を知る年長者が多くいたこともあり、相談相手には事欠かなかった。それに勝己という協力者も早いうちに得られた為、実際のところ苦労らしい苦労があったわけでもない。
「確かに、急になんとなく個性が出ましたっていうよりも、理由があったほうがいいですね」
「うん、まあこれは私がというより、先生が提案してくださったんだけどね。今学校に出すための診断書や書類を用意してくれてるから、あとでお礼を言っておきなさい」
「はい!何から何まで、ありがとうございます」
出久がそう答えると、俊典は困ったように視線を落とした。メディアやオールマイトとして活動している時こそ常にポジティブなイメージのある彼だが、その実思い悩むことも多く、こうして言葉に悩む姿は珍しいものではない。
奇妙なところでよく似通っているからこそ、こういう時は急かすべきではないだろうと出久はベッドヘッドに背中を預け彼が切り出すのを待った。
「その、あの時何も聞かず嫌だなんて言ってしまったわけだけど」
「待ってください。なんの話ですか?」
口をはさむつもりはなかった。だが予想以上に話の意図がつかめずつい割り込めば、俊典自身もあまりに唐突だったことに気づいたらしく「ああ」と吐息のような声を漏らしなおも背を丸める。
「……実を言うと、雄英の教師にならないかと言う話があってね。でもあの通り私は人に何かを教えると言うことに向いていない。だからグラントリノは私に教職についての指導をする傍ら、君を指導するためにこちらへ出向いてくださったそうだ。実際、グラントリノに任せるほうが君のために」
「嫌です」
とっさに出久はそう答えていた。昼間の俊典と同じように。
ただ俊典は、出久がそう答えるとは思わなかったとばかりに驚いた顔をした。
「確かに、その、八木さんの教え方は若干不慣れな部分が多いような気がしましたけど…それで不満ならちゃんと言ってます」
「だけどね、出久少年。君には時間がない。この先長い目を見るなら確かに君は前途ある少年だが、その前に受験という壁がある。そのためには、素人以下の私よりももっと向いている人に教わるほうが君のためになるんじゃないのか」
俊典の言うことは尤もではあった。実際受験だけを視野に入れて考えるなら、俊典を育てたグラントリノに師事するほうが効率よく鍛えられるだろう。
だがそんなことを言い出せばキリがない。大体、効率だけで言うのならそもそも俊典の忠告など聞かずに個性の自主トレをしていただろう。
「グラントリノは僕の先生じゃない。僕の先生は、師匠は八木さんあなたなんです!あなたが師匠としてグラントリノに教わるよう言うのなら僕もそれに従いますが、それでも僕の師匠があなたなんだってことは忘れないでください」
同時に、出久は前回を思った。
前回において、出久がオールマイトから弟子として教えを受けたのは中3の10ヶ月だけと言っても過言ではなかった。
その後出久は雄英に無事合格し、オールマイトからは時折密談という形でワン・フォー・オールにまつわる話や、先に待ち受けるだろう巨悪、負うべき責任などを口頭で聞かされるばかりだった。
贔屓がないことは良いことなのだろうが、それでも彼の後継者として教えを受けることができないことを寂しく思わなかったわけではない。
そしてもしそれが、今俊典が考えているような理由だったのだとすれば、それは大きな間違いだと出久は叫びたかった。
「……私じゃあ、十分に教えられないことの方がきっと多いよ」
「それでも、僕はあなたがいいです。それに出来ないから諦めちゃうなんて、オールマイトらしくないですよ。いつもみたいに笑ってください」
かつてオールマイトがして見せてくれたように、出久は自分の頬に指を添えニッと笑って見せた。
奇しくもそれは、俊典にとっても師匠から見せられた仕草であり、彼にとってのオリジンに通ずるものだった。影の差す眼窩の奥で青い瞳がわずかに見開かれ、今日1日頼りなく揺らいでいたそこに再び光が灯された。
「そう、だね。その通りだ出久少年!出来ないからと君を投げ出してしまっては、それこそヒーローの名折れと言うものだ!不自由をかけるが、少しだけ私に時間をくれるかい」
いつもの調子で強気な笑みを浮かべる俊典に出久は力強く頷いた。
「はい!絶対、二人で合格しましょう!」
「ああ!もちろんだとも!」
あるいは情けないところは見せられないと言うカラ元気だったのかもしれない。けれど今はそれで十分だった。笑っていられるうちはなんとかできるものである。
こうして、出久の受験は二人の決意のもと新たなスタートを切ったのだった。
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