緑谷出久のハッピーアカデミア   作:nitchey

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 ひとしきり泣いて落ち着いた母、引子に促され出久が大人しくベッドに潜り込んだのは彼女の心労を思ってのことであり、スムーズに話を聞き出すためでもあった。「何か欲しいものはない?」と不安を押し殺し母の顔で微笑み側に寄り添うように座る彼女をふとん越しに見上げる。病院生活ですっかり慣れてはいるが、あまり気分のいい光景ではない。そんな不安をにじませつつ、出久はどうしてこんなことになったのか何も覚えてないのだと言えば、引子は話したくないのだと言わんばかりに表情を翳らせながらもポツポツと話し始めた。

 

 

 母、あるいは母と思しき何者か曰く。

 数日前、オールマイトがヴィランと激しい戦闘を繰り広げる中継が突然速報で放送され、それを見ていた出久は突如倒れたらしい。

 なぜ倒れたのか、テレビでどんな放映をしていたのか引子は知らないと言った。そもそも引子はヴィランとの戦闘だとか、救助災害などのショッキングな映像が苦手だった。フィクションでも見たがらないほどで、出久がヒーロー関連のニュースや動画を見る時彼女は大抵画面の見えない場所で家事をしていることが多かった。

 その日も出久がソファの真ん中に陣取ってテレビに釘付けになる一方、ソファの陰に座り込み洗濯物をたたんでいたという。緑谷家では特段珍しくもない日常的な光景だ。そこに突如重い物が落ちるような音が響き、興奮した出久がソファから落ちたのかと顔を上げた時には、もうすでに出久が倒れこんでいたらしい。ただソファから落ちたというよりは頭から倒れたような格好で、それも滂沱の涙をこぼしながら何事かを早口でつぶやき続けていたというのだから、引子はよほど肝を冷やしただろう。

 出久が小声で呟く事自体はよくある話だ。だがそれは概ねヒーローやヴィラン、能力についての考察であり倒れてもなお泣きながら呟き続けるというのは異常以外の何物でもない。

 引子自身パニックを起こしていたこともあり出久が何を呟いていたのかはほとんどわからなかったものの、かろうじて「嘘だ」「ほーあん」「なんでもっと」など簡単な言葉はいくつか聞き取れたらしいが、それらがなんの意味を成すのかはわからずただ言葉の羅列を吐きだし続けているように見えたらしい。

 

 

「そのあと出久うごかなくなっちゃって、お母さんどうしたらいいかわからなくってね。困っちゃって、爆豪さんに電話したら車で病院に連れて行ってくれてね」

「爆豪……かっちゃんの、お母さん?」

「お医者さんは、憧れのヒーローがピンチなのを見て驚いたのと、日常のストレスが重なったんじゃないかって」

「ストレス」

 あまりにシンプル、かつ自分とは無縁とばかり思っていた響きを出久は呆然と繰り返した。それを子供らしい驚きと受け止めたのか、引子は出久をなぐさめるようにふわふわと奔放な髪へ手を伸ばし優しく撫で摩る。

「お母さんね、知らなかった。出久が、無個性のことでいじめられてるって。爆豪さんがね、もしかしたら勝己くんがいじめてるかもしれないって。……謝られちゃった」

「それはっ、でも」

「うん……出久は、勝己君のこと好きだもんねぇ。だけど、好きだからって何をしてもいいわけじゃないし、何をされたっていいってことじゃないよ。それは、わかる?」

「……うん」

 心底辛そうに話す母に、出久はひどく申し訳ない気分になった。仮にこの母が何かしらの個性による偽物だったとしても、かつて出久は引子に同じような思いを抱かせていたかもしれないと思うと、ひどく親不孝だったと自己嫌悪が湧き上がる。

 

 出久が爆豪とどうにかまともにやり取りできるようになったのは高校生活に入ってからだった。

 幼稚園の頃に始まったちょっとしたからかいや嫌がらせは、小学生になればいじめっ子といじめられっ子という関係を確立し、中学時代はいじめなどという言い方でごまかした犯罪といっても過言ではなかった。当時も思ったが屋上ワンチャンダイブなど自殺教唆以外の何物でもない。

 それほど苛烈ないじめを出久がなぜ告発しなかったのか。それは爆豪を慮ってのことではなく、ただひとえに出久の意地だった。爆豪の言動に怯え言い返すことができなくとも、気持ちの上では負けたくないという矜持が出久に沈黙を選ばせた。

 だが今はそれが悪手であったとよく分かる。爆豪のためにも出久自身のためにも、できるだけ早いうちに解決すべきだったのだ。出久の意地として学校には報告しないまでも、幼馴染という関係なのだからこそたがいの親を巻き込んででも話すべきだった。

「爆豪さんがね、出久さえいいなら勝己くんとお見舞いに来たいって。勝己君がね、今までのこと謝りたいんだって。だけど、出久が嫌ならお断りするよ。意地悪なおばさんだって思われたっても、お母さんが出久を守るよ」

 唇を噛み、我が子のためならばなんでもしようというその強い眼差しを出久は知っていた。

 USJの事件を皮切りに立て続けに起こったヴィラン連合の事件。事態を重く見た雄英が全寮制を導入することについてオールマイトが面談に来た時と同じ顔をしていた。最終的にオールマイトが土下座と気迫で押し切る形でその場を乗り切ったが、思えば出久の頑固で負けず嫌いなところは引子譲りなのだろう。 

 あの時初めて知った母の強さと、同じ顔をしている母らしき女性。それだけで出久はここが真実過去の世界だと信じそうになった。

 はたして出久が過去に戻ってしまったのか。それとも何かしらの個性で幻覚か類似するものを見ているのか。その確認をするという点においても、爆豪が見舞いと謝罪のために足を運んでくれるというのは出久としては願っても無い展開だ。

「大丈夫だよ、お母さん。ぼく、かっちゃんと話したい」

「……本当に、いいの?」

「かっちゃんイヤなことも言うけど、かっこいいんだ。だから、ちゃんと話すよ」

 力強くそう答えると、むしろ引子の方が辛そうに顔を歪めて腕を伸ばすと出久を力強く抱きしめた。

「出久、辛いことがあったら言ってね。お母さん、出久が知らないところで辛い思いしてる方が悲しいよ」

「うん……ありがとう、お母さん」

 ここが一体なんなのか、まだ何もわからない。

 けれど今はただ素直に、久方ぶりの母の抱擁に甘えようと出久は抱きしめる腕へと顔をすり寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>03




いじめだめ、ぜったい!
なんというか、原作で出久くんが色々抱え込んでたのはお母さんに心配させたくないのはもちろんだけど、それ以上にやっぱり負けず嫌いだったからじゃないかなっていう私の願望です。
そして、逆行を認めない出久くん。いや、これそんな重い話にするつもりないの、むしろコメディにしたいの。だから、出久くんはよ認めて!
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