「なんだか本当に申し訳なかったね」
「はい。わざわざ駅までありがとうございます」
そう言って出久はハンドルを握ったままどんよりとうなだれる俊典に苦笑する。もう3回目ともなるやり取りに返せるものはそれぐらいしかない。
受験日当日、それも前回とは異なる推薦入試ということもあり出久は心地よい程度の緊張感に胸を昂らせていた。が、周囲の人々の緊張具合は出久の比ではなかった。
まず母からして朝から2度も所持品チェックをされ、どうにか家を出てみればついさっき2、3人やっちゃったかなというような面構えの幼馴染が待ち構えていた。どうにかそれを振り切ったところで携帯に担任からの着信が入ってガチガチにこわばった激励を2回ほど聞かされ、さすがに煽られた不安を落ち着けようと海浜公園へ足を運んでみれば、ずいぶんこざっぱりとしたごみ山の中で途方にくれた俊典が立ち尽くしていた。
そこで「激励をかけようと思った」とでもいえばいいものを、素直に「今日が受験日だって忘れてたんだ」と申し訳なさそうに告白する俊典に出久の緊張はすっかり消えてしまった。
しかし思い返せばこの半年は出久の人生史上、最も充実した日々であった。前回の人生も含めて。
もちろん前回の人生が不幸だったなんて髪の毛一筋ほども思わないが、幼かった出久には与えられる全てを受け止めるのが精一杯で、そこにあった幸福を噛み締めるほどの余裕は持っていなかった。だからこそ人は今ある時間を大切にしようとするのだろう。振り返って見たときに後悔することがないように。
「駅からの道はわかるかい」
「はい。地図もありますし、説明会の時にも一度確認しているので」
駅前のロータリーにはすでに何台かの車が停車し、おそらく出久と同じように激励を兼ねて送られてきたのだろう少年少女が両親と抱き合ったり、車の窓越しに手を振りあって束の間の別れを告げる姿がちらほらとあった。そんな乗用車の中で俊典がゴミの搬出用に借りた軽トラックは少しばかり異色に見える。
トゥルーフォームの俊典の正体が誰であるかなどばれるとも思わないが、あまり目立つのも良くないだろうと手早く荷物をまとめて俊典に向き直る。
「ここまでありがとうございました。終わったら、また連絡をします」
「うん、頑張っておいで」
「はい!」
車を飛び降り、一礼とともに車のドアを閉める。けれど車は発進することなく、代わりに先ほどまで出久の座っていた助手席側の窓が開き「出久少年」と俊典が席を乗り越え身を乗り出してきた。
何か忘れ物でもあっただろうかと荷物を気にする出久の前に突き出されたのは骨ばった大きな拳。思いがけないその仕草に一瞬目をまたたかせたが、次の瞬間には強気な笑みを見せ、突き出された拳よりも小さな自分の拳をコツンと押し当てる。
「僕が来たって、見せつけて来ますよ」
「その意気だぜ出久少年。Plus Ultra!!」
その言葉を最後に今度こそロータリーを出て行く軽トラックへ向けて出久は深々と頭を下げた。決して譲ることができないのは誰しも同じこと。深呼吸とともに体を起こし、出久は懐かしい学び舎への道へ足を踏み出した。
出久が求める未来のための戦いを始めるために。
雄英の推薦入試は大きく4つの行程となっている。
まずは学校から提出される書類審査。学業面に限らず日頃の行いやボランティアなどの課外活動も重要視されるのはヒーロー科ならではといったところだろう。もちろん、どのような個性であるかということも重要項目の一つだ。出久は当初この項目だけは諦めていたが俊典から個性を受け継いだことにより、お情け推薦から立場は一変した。
その書類審査が無事通過できれば、残る3つの行程は当日。45分の小論文試験と90分の筆記試験を当日の午前中に行い、午後からは実技試験と面接。
出久にとって最難関と言えたのは小論文であった。分析と考察を得意とする出久にとって何が難しいといえば、書ける文字数が少なすぎるという点だ。
筆記試験については主要5科目に合わせて一般常識問題のみであったので、いつも通りに落ち着いて取り組めばさほど難しいと言えるものではなかった。正直こんな程度でいいのだろうかと困惑してしまったほどだ。あまりにあっけなく午前中は終了してしまい、出久は午後の試験まで待機するべくあてがわれた控え室で頭を抱え込んでいた。
本当に天下の雄英がこんな程度なのか。自分だけが何か間違った空間に紛れてしまったのではないか。そんな不安に思わずブツブツと呟き始めてしまうのはもはや出久の直しようのない癖である。
とはいえそんなお気楽な不安を抱えているのは出久ぐらいのもので、大抵の生徒は試験の問題が全然できなかっただとか、小論文が全然書けなかったなどと言って嘆いているのだが。
だが何と言っても出久は見た目通りの子供というわけではないのだ。人生において2度同じことを勉強して遅れをとるようでは、それはそれで少しばかり問題があるというものだ。
「……まあ、考えたって終わっちゃったものは仕方ないよね」
人一倍悩み多き出久であるが、思考の切り替えも人一倍早い。そんな彼がぐずぐずとした気持ちを切り替えるべく少し外の空気を吸いに行こうかと椅子から腰をあげるのと、控え室の扉が開け放たれるのはほぼ同時であった。
何事かと緊張を漲らせる受験生たちの中で、ただ一人出久はのそりと部屋に入って来たその男に息を詰まらせた。
「あー、これから番号を呼ぶ受験生は、直ちに移動する。1度しか言わんからな、聞き漏らしたやつはその場で帰れ。03、11、22、27、34、42。他の受験生は担当の試験官が来るまでこの場で待機。以上だ」
忘れるはずもない、少しダルそうな声と突き放すような言い草。しかし懐かしさに浸るよりも出久は慌てて自分の番号を確認し、扉の方へと駆け寄った。
出久が駆け寄ったことで、他の受験生も同じように彼の元へ集まったがその人数は4人。不幸にも聞き漏らした生徒がいたのだろう。ちらりとゼッケンを確認すれば、足りないのは22番と42番。
「あの!22番と42番の方、いませんか?」
思わずそう呼びかけた出久に視線が集中するが、そんなことを気にしている場合ではない。
出久をジロジロと睨め付ける彼の名前は相澤消太。非合理的なことを嫌う彼はやると言ったらやる男である。
出久の呼びかけによって、自分の番号が呼ばれたかどうか確信できなかった受験生2名が慌てて群衆の中から駆け出して来る。
「……移動する。そこのお人好しに礼を言っておけ。実戦じゃ誰も助けてくれないぞ」
それきり背を向けて、何も言わずに控え室を出て行く相澤に受験生たちはどこか不安げな面持ちでその背中を追いかける。
これが午後の実技試験の幕開けだった。
>>21
単行本とアニメを何度か確認して推薦入試編は書いていますが
シチュエーションは原作と少し変えています。
本来なら特にいじる必要もないこの場面でなんで改変したかって
プレゼントマイクの口調かけないからです!!
無理、あの人のハイテンションかっこよすぎてついていけない!
ので、割と任せてしまったらなんでもやってくれそうなダウナー系オジの相澤先生召喚しました。