こんな試験は非合理的だ。
そう言わんばかりにむっすりと背を丸めて先を歩く相澤に、出久を除く受験生はすっかり油断しきっていた。無名ヒーロー、あるいはただの事務員と勘違いでもしているのだろう。ここにいるのがメディアで華々しい活躍を見せるヒーローであったなら、そんな彼らの態度はもう少し殊勝なものだったかもしれない。相手によって態度を変えるというのもどうかと思うが。
それが証拠にリラックスした様子でペラペラと受験生同士でおしゃべりを始めた数人に相澤の機嫌が下降して行くのが出久には手に取るようにわかった。だが、現時点においてまだ出久たちは雄英の生徒ではない。ヒーロー以前に一般的にもあまりマナーが良くないとされる態度が叱責されないのは、叱責するほどの価値すら見出されていないからか。
数分ほど歩いて出久はここでようやく緊張に身を強張らせた。
まるで巨大アトラクションを思わせる人工的な岩山と勢いよく滝が流れ落ちる溜め池。出久も初めて見るそれらはパッと見ただけでもわざとらしすぎるほどに丁寧な作りをしていた。おそらく入試向けに用意されているものなのだろう。
「ルールは簡単だ」
意気投合したらしい数人はまだ話を続けていた。相澤を見ているのは出久ともう一人、27番のゼッケンをつけた女子生徒のみだった。相澤はおしゃべりを叱責することもなく、彼らへ視線を向けることさえせず淡々と説明を続ける。
「全長3キロのコース。完走すれば実技は終了だが、ただ走るだけでゴールできると思うな。個性を駆使して乗り越えろ。試験が終了したものから順次面接を執り行う。万一棄権するという場合には挙手して棄権の旨を報告。随時モニターをしている職員が救助に向かう。また、こちらが続行不能と判断した場合にも職員が救助に向かうので、君たちは安心してただ走っていればいい」
相澤の言葉に27番の彼女は心なしか安堵したように肩の力を抜いたが、しかし出久はどうも安心などできそうにない。
「完走するだけ?本当にそれだけなのかそれとも妨害ギミックが設置されているのか。合格基準がタイムなのかもわからないし、そもそもこのテストは何を見るつもりなんだ。自分の個性をどれぐらい」
「おい、34番!」
「は、はい!!」
鋭く飛ばされた相澤の叱責に出久は顔をあげ、残る彼らもおしゃべりをやめた。同時に沸き起こる小さな嘲笑。またしても没入していつものブツブツ癖が出ていたらしいと出久は顔を赤く染める。
「……始まる前から試験の反省をするとは随分余裕らしいな」
「すみません」
ため息とともに出久をとらえていた視線はそらされ、「全員、スタート地点につけ」と唸るような声とともに受験生はぞろぞろと矢印の書かれたゲート前に並んだ。出久も彼らの後に続いて端っこに立ち入り口らしきゲートを見据える。
「じゃ、スタート」
なんの緊張感もないような合図に出久が対応できたのは、雄英という組織が持つある種の理不尽さをずっと警戒していたおかげでしかない。なんの身構えもなく、相澤の声に鞭打たれた馬のごとくただ飛び出した。
続いて他の受験生もそれぞれの個性を駆使して走り出す。うち一人はちょうど御誂え向きの個性だったのか、まるでスケートでも滑るかのように軽やかに出久を抜き去る。前方に見えたゼッケンの番号は先ほど出久の隣で相澤の話を真剣に聞いていた27番の少女だった。摩擦に干渉する個性か、あるいは。
そこまで考えて出久は慌てて思考の渦から抜け出した。考察は後からいくらでもできる。まずはこのコースを走りきるのが先である。
踏み込んだ足にグッと力を込め、全身に力を漲らせると共にフルカウルをその身に纏う。だがスピードを上げすぎるのもよくない。飛翔系や地形に影響されない個性であれば、どんな状況であろうと完走するのは問題ないだろう。だが今の出久が使えるワン・フォー・オール10%程度の力では空へ跳ぶことはできても、オールマイトのように拳や蹴りの風圧で自在に空を翔ぶことはできない。
つい先ほど自分を抜き去った27番を追う形で、しかし抜くことはせず出久は最初に巨大アトラクションのようだと感じたこのコースの全景を脳裏に思い浮かべた。
パッと見て目についたのは巨大な滝。そしてそこから少し離れた岸壁に記された上を指し示す赤い矢印。手前の方にはその滝へと続く、途切れた通路があったはずだ。つまり、少なくともあのアトラクションじみた人工の崖をなんらかの手段で越える必要がある。
状況の把握と迅速な行動。レスキューにおいてもヒーローを目指すのなら基礎中の基礎。そこに合わせて妨害ギミックなどの可能性を考えると、中学生に求めるにはなかなか高いハードルだ。
こみ上げる緊張と高揚感に出久は笑みを深め、緩めるつもりなどない気を引き締め直し、まだ見えぬゴールを見据えてさらに力強く地面を蹴りつけた。
それがおおよそ10分ほど前のこと。気づけば出久は相澤の捕縛布に絡め取られ宙づりにされていた。
「え、あ、あれ?」
「どこまで突っ走る気だ34番。お前の試験は終了だ。控え室に戻って着替えたら面接行け」
しゅるりと布擦れの音とともに支えを失い、出久は慌てて猫のように身を丸めて着地する。
振り返れば、少し後ろの方で喘ぎながら走る少年の姿が見えた。視線を少し上げればゴールらしいゲートのランプが点灯している。もう後一分もあればあの少年もここへ来るだろう。
何が起こったのか。いや、何か起こったのだろうか。出久はここまでただ矢印に従い走ってきただけだ。何かあったとすれば、先を走っていた少女がため池ゾーンで足を滑らせて溺れそうになったぐらいだ。
もしかして試験中に他の受験生に手を貸したのがまずかったのだろうか。だがあの場面ではそうでもしなければ危険であったし、何よりそれを見過ごして走るなど出久にはできなかった。
しかしそれは出久の問題である。もし他の受験生が手を出したために彼女の受験資格が失われたのなら。今になって浮かび上がってきた考えに出久は顔を青くして相澤を見上げた。
「あ、あの!27番の人、その、試験は」
「……あぁ、27番なら棄権して今は保健室だ」
「きけ、……まさか僕が手を出したせいで」
「本人の自主申告だ。わかったらさっさと行け」
思わず高く声を上げた出久に相澤はわずかに目を見開き、鬱陶しげに眉を寄せつつ答えを返してきた。だがそれ以上話すつもりはないとばかりに背を向ける姿にそれ以上問うこともできず、出久はひとまずの安堵感だけを抱え相澤の背中に向かって一礼して踵を返す。
一応のところグループ1位という形で実技を終えることはできたが、27番の少女といい特に何事もなかった試験といい、なんとも言い難いわだかまりが出久の胸の内でグルグルと渦を巻いていた。
>>22
というわけで、実技試験終了!
正直中学生が受けるレベルの実技試験にOFA10%の出久くんぶち込んだらぶっちぎるに決まってるっていうね。
普通の高校の体育祭ににボルト参戦させるようなもんです。
実際、推薦入試の実技って何を重要視してたんでしょうね。
プレゼントマイク曰く筆記試験終わったら実技試験で、その後面接らしいですけど。
タイムだけで決めるのなら、正直ヤオモモ以上に早い人がいたんじゃないかなと思ってしまう。あの試験場地形にかなり変化があったから、創造の個性で脂肪使いすぎて最後が追いつかなさそうだし。
それに「完走すればいい」という言い方からして、タイム競ってるわけじゃなさそうだから、あの3kmの間に個性アピールをしろってことなのかなと推測してます。
まあ、これ以上原作の方で推薦掘り下げられちゃったら
その時はその時ってことで!!