「俺は、ヒーローってむちゃくちゃカッコいいって思うんっス」
「あ、うん、そうだね」
その点について反論するつもりは微塵もない。ただ、問題はなぜ試験が終わったばかりのこの状況でそんな問答をしているのかということだ。
いや、なぜといったところで原因は分かりきっている。
思いつめたように俯いていた彼に声をかけた出久のお人好しから始まっているのだ。とは言え、それがこんな濃厚なヒーロー談義に繋がるとは微塵も思っていなかった。
しかも試験が終わっているのは出久だけであり、目の前の彼は今から面接に挑もうかという立場である。
いかに天下の雄英と言えども面接までが常識はずれということはなかった。
実に無難に、おきまりのような自己紹介から始まり、ヒーローという職業に対する抱負。目指すに至ってなぜ数多ある学校の中で雄英を選んだか。課外活動や、中学時代で印象に残ったこと、など。ヒーロー科ならではという点を除けばありきたりな質問ばかり。
もともと自分の意見を言うのが苦手なところはあるものの、面接用に作った答えではない、自分自身の揺らぎないヒーロー像というものをすでに持つ出久にしてみれば未来においてのインタビューに比べるとたやすいぐらいだった。
退室の間際に投げかけられた、たった一つの質問を除いては。
問いかけてきた面接官、根津の方も「これは試験とは関係ないけどね」と前置きしていたのだからとっさに答えられなかったことが試験結果を左右するということはないだろう。
「君は、オールマイトになれるのかい」
そう問いかけた根津の目に感情は見えなかった。人間とは違う、つぶらなその瞳から読み取れるものは多くない。
出久の覚悟を問うたのか、全てを知っているが故の興味だったのか。それ以上に責められているような心地さえしたのは、さすがに被害妄想が過ぎるかもしれない。
「頑張ります」なんて言葉すら返せないまま、出久は一礼とともに教室の扉を閉めた。
いつだって手を抜いたことはない。やれるだけのことはやってきたつもりだ。今日の試験も。ヒーローとしての人生も。
けれど、その問いかけの答えだけはどうしても見つけられそうになかった。
出久自身そんな心情を抱いたままでおせっかいなどしている場合ではなかったのかもしれない。それでもそうせずにはいられなかったのは、控え室の前で着替えもせずうなだれる彼が出久の知る彼とまるでかけ離れた表情を浮かべていたからだ。
前回の人生においては他校生ということもあり、出久もほとんど言葉を交わしたことはなかったがそれでもレップウと名乗る彼がいつでも笑みを絶やさなかったことだけはよく覚えている。さらに言えば雄英の推薦を蹴り士傑に入学したというエピソードや、初対面の時の印象のせいで彼自身をよく知らずとも忘れられるような存在ではなかった。
あいにくヒーロー名の方が印象に残りすぎていて、本名の方はイマイチ思い出せなかったが。ともかく、そんな彼が怒りでもなく泣きそうな悔しそうな顔をして拳を握り固めている姿に何も言わずいるということはできなかった。ので、「どうしたの、着替えないの?」なんて無難なところから話を切り出してみたのだが、その返答が先のアレである。
「えっと、」
「でも、あんなのは……あんな目は、ヒーローの目じゃない」
あんな目っていうのはどういうことなのか。というかなんの話をしているかさえわからず、出久は戸惑いながらひとまず控え室に入ることを促そうと彼の肩へ手を伸ばした。同時にガラリと控え室の扉が音を立てる。
ちょうどいいタイミングだ。そう思いなんとなしに扉の方へ顔を向けて、息を詰まらせた。
「……邪魔だ」
特徴的な赤と白のハーフカラーの髪と灰と青のオッドアイ。
かつてのクラスメイトであり、うまくすれば今度もまた友人になりたいと願う相手。轟焦凍がそこに立っていた。
「あ、ごめん……」
持ち上げた手をそのまま、目の前でうなだれる彼の手に添えて轟に道を譲る。
出久の知っている彼であったなら、きっと「ありがとう」と柔和な表情で言ってくれただろう。けれど轟は出久のそうする仕草にも、横でうなだれる彼にも微塵も興味を示さず、目を向けることすらなく足早に立ち去った。
遠ざかるその背中にそっと隣の少年を見上げれば、ひどく悔しそうな顔をして歯を食いしばっていた。
改めて思い返してみれば基本的にいつでも笑顔であったレップウだが、初めて出会った仮免試験においてなぜか試験中に轟と喧嘩をおっぱじめていた。それも、ヴィラン役であるギャングオルカの目の前で。
その直前にも、試験後和解した時もエンデヴァーがどうこうと言っていたため、出久はてっきりエンデヴァーアンチとのトラブルかと思っていたのだが、様子を見るからにこの試験中で何かしらの因縁ができたのだろう。
「あんたはエンデヴァーってどう思う」
「え」
「俺は、あのヒーローは嫌いだ」
唐突に投げかけられた低い問いかけに反応できなかった出久を置き去りにして話を進めて行く彼に、ひとまず黙って耳を傾けることにした。
「こっちをみない。どっか遠くを睨んで、憎んでるみたいな。冷たいあんな目で、なんでヒーローって言えるんっスか」
「……エンデヴァーに、あったことがあるの?」
それ以上続かなかった言葉に問いかけてみれば、彼はこくりと頷いた。
「最初は、炎とか、すげー熱いヒーローだって。すげーかっこいいヒーローだって思った。けど、サイン頼もうとして、振り払われて……なのにこっちを見もしない」
エンデヴァーならよく聞く話である。伸び悩んでいた数年前は特に苛烈だった。それだけにアンチも多く、女性や子供からの支持率はほぼゼロ。だが逆にそう言った決して媚びない姿勢に惚れ込む根強い男性ファンが多いヒーローである。
オールマイトの引退後、世相を気にしてNo.1ヒーローらしく振る舞おうとした時期があった。しかしいわゆるガチ勢に「そんなのはエンデヴァーじゃねえ!」と男泣きされて、最終的には初代ツンギレヒーローと囁かれるようになった。ちなみに二代目はあえていうまでもないかもしれないが爆豪である。
「俺、雄英辞退するっス」
「は?」
「アイツと、あんな目をしたやつと一緒に高校生活なんか送れるわけがない!俺は、もっと」
「ふざけるなよ!!」
地声の大きなレップウにかぶせるように叫んだ出久の声は無人の廊下に響き渡った。自分でも驚くほどの大声に息をつくことで気を落ち着けようとするが、しかしこればかりは聞き捨てならない。むしろ、彼の雄英辞退の理由に普段滅多に逆立つことのない神経がざわめくのを抑えられそうになかった。
「こっちを見ないって。見てないのは、君じゃないか」
努めて落ち着いて、怒鳴り散らさないように深呼吸しつつ言葉をぶつける。思い返してみれば、彼と出久の視線が交わることはなかった。
「見てないって、俺はそんなこと!」
「じゃあなんで轟くんが合格するって決めつけてるんだ!」
「それは」
「君はもう自分と彼だけが合格した気でいるみたいだけど、控え室にはこれから実技をする受験生だってまだいるし、君は面接だってまだ終わってない。それで雄英やめるって?つまり君は、目の前にいる僕のことなんか見てないってことじゃないか!」
できるだけ声を荒立てないつもりでいても、自然と声のボリュームが上がってしまう。
何度目になるかわからないため息を大きく吐き出しながら顔を上げると、ようやくそこで彼の視線が出久をとらえていた。
「どの高校に進学するかは、君の自由だ。だけど、まだ決まってもない合格の話をさも当然のようにして、ここにいる他の人をないがしろにするのは失礼だよ」
そう、失礼な話だ。つい今しがた吐き出した言葉が自分に返ってくるのを感じ、嫌悪感に顔が歪んだ。まだ決まってもない合格。けれど出久はどうしてもその決まり切った結果の先にあるA組を探してしまう。
いけないことだとわかっていても、けれどどうしてもその結果だけを欲してしまう出久は無自覚に他者を押しのける彼よりよほどたちが悪い。
自己嫌悪からこぼれ落ちたため息は彼にどう聞こえただろうか。
「なんか、偉そうなこと言って、ごめん……」
「いや、アンタが怒るのも、当たり前だ。俺の方こそ、ごめん」
先ほどまでの騒がしさから一転、どうにも居心地の悪い沈黙に「先行くね」と彼の脇をすり抜けて控え室に戻ろうとしたが、それよりも一瞬早く出久の手は彼に捕らえられた。
「あの!」
「あ、はい!」
「俺、夜嵐イナサ」
告げられた名前に、確かにそんな名前だったなと思いつつ彼に向き直る。
「えっと、僕は緑谷出久って言います」
「出久くんっスか。……しょーじき、やっぱちょっとあいつと同じ高校って抵抗あるっスけど、もうちょい考えてから決める。ほんと、ごめん」
「ううん、僕の方こそ」
本当は、君が雄英を選ばないことを望んでいる。
そんな誰にも言えないだろう後ろ暗い気持ちを押し隠しながら笑みを浮かべた出久に、イナサはかつての出久が見慣れていた快活な笑みをようやく浮かべて見せた。
>>23
だから!
わたしは!
楽しい学校生活がしたいんだよ!
シリアスはお呼びでないんだよ!!
と言いつつ、どうしても気になる部分を拾わずにはいられない僕の悪い癖。
自分で悩ませておきながらあえていう。
出久少年、これコメディだから!決まり切った結果とか求めることに悩まなくていいから!
コメディだから!!お願いコメディにして!300円上げるから!!