「ひとまず。みんなお疲れ様!」
小さな肉球を高く掲げて笑う小さな校長に相澤も他の教員もそれぞれ「お疲れ様です」と軽く会釈をしてそれぞれの席に着いた。
「今年も元気な子供達ばかりだったね」
「校長それ毎年いってません?」
ミッドナイトの言葉にそうだったかなと表情を変えないまま高らかに笑う根津に「あれも毎年のやり取りだよな」とプレゼントマイクがそっと相澤に耳打ちする。毎年とまでは言わないが同じような耳打ちを去年も聞いたような気がするなと相澤はぼんやりと思った。
「さて、そんな将来有望な子供達をふるいにかけるのは心苦しいものだけど、これもまたヒーローという狭き門を潜るものの試練というもの。申し訳ないが、最終選考に移るとしよう」
ネズミなのか犬なのか。おそらくネズミなのだろう校長はやはり最初と同じ笑顔のまま、手元にあったリモコンを壁へと向けて操作した。
ピ、と小さな電子音とともに部屋の明かりは落とされ、代わりに壁に映し出されたのは本日執り行われた推薦入試の中でも将来を有望とされる生徒が10名。一番最初に行われた書類選考からすると、随分と少なくなったものだ。そしてここからさらに4人が選ばれ、残る6名はふるい落とされる。そこで奮起して一般入試を受けるのか、はたまた諦めるのかはそれぞれの問題だ。
「おいイレイザー、お前次も1年受け持ちだろ」
「あぁ」
「もう今年みたいのはやめとけよ。いくら雄英が自由主義だからって、初日に全員除籍ってのはやりすぎだぜ」
咎めるようなマイクの言葉に相澤は答えなかった。
確かに初日で全員除籍はさすがに根津からも苦言を呈されたが、しかし自分の判断が間違っていたとは思わない。成長の余地があるという意見も出るには出たが、しかしいざ世に出ればヴィランはそんな余地など待ってはくれない。
「まあ、相澤くんはよく見てるからね。その点の判断を疑ってはいないさ!とはいえ、さすがに初日に全員っていうのはもう勘弁だよ。さすがにあれは保護者の方々を説得するのに骨が折れたからね」
「すみません」
口先ばかりは殊勝だが、とはいえ見込みがないと思えば同じことを繰り返すだろう自分を、相澤はよく知っていた。もちろん根津もよくわかっているからだろう。「それじゃあ、話を戻そうか」と椅子ごとくるりと背を向ける。
「さて、誰かこの中でも特に気になる子はいたかな」
「そりゃあ、もちろん!」
隣で騒々しく立ち上がったマイクに相澤は顔をしかめた。だが気持ちはわからないでもない。なにせ彼の担当したグループは非常に優秀で、うち3人がこの最終選考にまで残された。
「まず圧倒的に早く通過した夜嵐と轟は何と言っても外せねえ!が、その陰で他人に左右されることなく着実に個性を駆使して通過した骨抜も捨て難い!あの実力差を見た上でぶれねえメンタルは最高にCooool!」
「うるせえ」
「それをいうなら私もこの八百万さんが気になるかしら。どうしたってみんながスピード勝負で来るところを、あえてその流れに乗らず自分の個性を巧みに使いこなしていたわ。まあ、課題としてはスタミナが気になるところだけど、個性を満足に使えないはずの中学生なら十分すぎるほどよ」
ミッドナイトが名前を出した少女のパーソナルデータが大写しにされる。同時に表示された調査書に関しても問題らしい問題は見受けられなかった。実技試験についてもタイムは先ほど名前の挙げられた夜嵐と轟には遠く及ばないものの、例年の平均タイムより30秒ほど早い。
「それなら僕も一人。この緑谷くんはとてもいいヒーローになると思います。タイムはパワー系の個性でありながら八百万さんに2秒遅れますが、その理由も同じ受験生の救助のためにロスをすることを厭わないというのは、ヒーローの素質として十分です。確か、イレイザーヘッドの担当グループでしたよね」
災害救助をメインとする13号の言葉に一斉に相澤へと注目が集まった。何か、求められているのだろうがマイクのようにあけすけなく褒めるというのは相澤の得意とするところではない。
「ええ、確かに。自分のことを後回しに人助けのできる精神というのは、ヒーローとして最も重要といえます。ですが、考えすぎるきらいがある。それを自分のうちにとどめておくならまだしも、考えに没頭した挙句周囲にまで情報を与えてしまうという点を踏まえると、危ういかと」
「かーっ、お前はヨォ。少しくらい素直に褒めてもいいんじゃねーの?」
「お前は褒めすぎだ」
気づくと画面には緑谷が大写しにされていた。調査書はクリーンどころか、評価できる点が多い。だが一方で迂闊な点もしばしば目立つようで、その最たる例が今年の春先に起こったヴィラン事件に巻き込まれたという話だ。
被害者がクラスメイトの少女で、ヒーローの制止も聞かず一人ヴィランに立ち向かったという。
ヒーローとして自己犠牲精神は大いに結構だが、行き過ぎたそれは蛮行とさしてかわりない。命と引き換えになんて話は物語だからこそ輝くのだ。現実でやれば、救われた側に一生ぬぐいきれないトラウマを受け付ける可能性も十分ある。
「うん、どちらの意見も尤もだと思うよ。さあ他の先生方はどうかな。気になる生徒や、他に気づいた点なんかがあったらどんどん意見を出してね」
根津の言葉に促され、それまで沈黙を保っていた教師たちも「そうですね」と悩むそぶりを見せる。
その光景に疲れを吐き出すよう、隣のマイクにすら気づかれないほど小さく息をついて相澤は大写しにされたままの少年を見上げた。そして、まだ終わりそうもない今日という日に、もうひとつ小さなため息をこぼしたのだった。
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