勝己との仲直りを果たしたその夜。母がすっかり寝入っただろう午前2時。出久はそっとベッドを抜け出して自室のデスクライトの元、真新しいノートに鉛筆を走らせていた。
考えるべきことはいくらでもあるが、ひとまず出久が勝己を通して確認したかったことは二つ。
一つはこの世界が過去であるか幻覚であるかについて。
これについてはひとまず実際に過去へ戻ったのだと結論づけた。原因が個性なのか超常現象なのかはわからないが、超人社会のこの時代何があったとしても不思議に思えどありえないということはない。
もう一つは出久が倒れた日に報道された内容について。具体的にはオールマイトが誰と戦っていたのか。
尋ねれば勝己はひどく呆れた顔をしたものの、母の引子には聞けないのだと言えば納得したようで渋々今回のヴィランが「毒々チェーンソー」であり、出久が倒れたと思われる後の展開についても詳しく教えてくれた。
出久ほどではないにしても、勝己もまた熱心なヒーローファンでありオールマイトマニアなのだ。
出久ほどではないにしても。
ヒーローに関する知識ならば誰よりも詳しいと出久は自負していた。ヒーローに詳しいということは、すなわちヴィランについても知識も並大抵のものではないということにつながる。
その中でも毒々チェーンソーは特に印象深いヴィランだった。
とはいえ厄介なのは毒と工具の複合個性だけで、ヴィラン連合のようにカリスマ性を持って成長しただとか、ステインのようにのちにまで影響を与える思想犯だったとかいうことはない。ただ自分の個性に溺れ、力で他者をねじ伏せようとしたどこにでもいるようなチンピラ程度のヴィランだった。普通ならばヴィラン名が付けられることすらなかっただろう。
にもかかわらず毒々チェーンソーが凶悪なヴィランとして名を残すことになったのは、オールマイトを苦戦させ、手傷を負わせた上に市街地へも甚大な被害を与えたことによる誤解のためだ。
子供の頃こそ酷く恐ろしい凶悪犯だと信じていたが、いざヒーローとして見るなら毒々チェーンソーはさして難敵とはいえない相手だ。確かに並みのヒーローであれば毒とチェーンソーの両方に気を配るというのはなかなか難しくなるが、ワン・フォー・オールならば即座に後ろに回り込み個性を使用される前に制圧することができる。
ではなぜ、そうならなかったのか。この件について出久が直接オールマイトに確認することはなかったが、概ねそうだろうという予想はオール・フォー・ワンというヴィランとその因縁について知った時から胸の内にあった。
オールマイトにはいくつかの謎がある。例えば個性のことであったり、出身や其の正体。全くのリアルを感じさせないが故にオールマイトという存在は平和の象徴として君臨し続けたわけだが、其のオールマイトが活動を休止した時期があった。
期間は二週間。他のヒーローであればさして珍しくはない、長いといえば長く短いといえば短いそんな程度の期間。
おそらくその期間こそオールマイトがオール・フォー・ワンとの戦いで受けた傷のために動けずにいた、本当にわずかな療養期間だったのだろう。そしてその傷も塞がりきらないうちに復帰した為に毒々チェーンソー程度のヴィランに遅れをとることになったのだとすれば説明はつく。
つまり、すでにオールマイトのヒーロー生命のカウントダウンはすでに始まっているということだ。
死の間際にも思った通り、出久は自分の人生に不満などなかった。確かに子供時代はいじめられたり無個性だからと理不尽な思いもしたが、オールマイトとの出会いから全てが一変した。
憧れのヒーローから指南を受け、その個性を引き継ぎ、憧れの高校への入学。友人にも教師にも恵まれ、順風満帆とはいかなかったが周囲の人に支えられながらヒーローという人生を歩むことができた。
ただ、出会った当初からどこか予感していたオールマイトとの早すぎる別れだけが辛かった。
過去に戻ったというからには自分には何か未練があったのかもしれないと考えた時、出久が真っ先に思い浮かべたのはオールマイトの痛々しい大きくいびつなあの傷跡だった。あの傷さえなければオールマイトはもう少し長く健康的に生きていたはずだ。ワン・フォー・オールはあくまでも代々培われた力を受け継ぐ個性であり、その持ち主の生命力まで奪い取るようなものではない。だから出久に変えたい過去があるとすれば、オールマイトがあの傷を負うこととなったオール・フォー・ワンとの戦いだけだ。
もちろん個性を受け継ぐ前の出久は無個性の無力な子供でしかない。仮に勝己のようにヒーロー向きの派手で火力の高い個性があったとしてもできることはないだろう。
だがその危険がある可能性を訴えることはできる。オールマイトのファンサイトからメッセージを送るも良し。オールマイトでなくとも、根津校長やグラントリノに同じメッセージを送れば生粋のオールマイトファンで、その熱意でもってサイドキックの座をもぎ取ったナイトアイは間違いなく警戒する。そしてナイトアイの個性ならば、そこに待ち受けるだろう凄惨な未来を予知できたに違いない。
とはいえ、すでに終わっているだろう今となってはどうともしようがない話だが。
「僕、なんでここにいるんだろう……」
静かな部屋の中で思いの外大きく響いた自分の声に慌てて口を押さえ、そっと部屋の外の様子を伺う。幸い隣室の母はまだ目覚める様子もなく穏やかに眠っているようでホッと息をつく。
このままここで二度めの人生を送るのであれば、今度はヒーローを目指さないというのもありなのかもしれない。勝己には「ヒーローになれないなんて言わないで!」なんて大見得を切ってしまったが、出久が個性を受け継ぎヒーローを目指したことで母を泣かせ悲しませた数は両手足の指の数でも足りないほどだ。
テレビ越しにヒーローを応援する人生。どこかの勤め人にでもなって、ほどほどいいところで結婚をして。まぁ、無個性ゆえに結婚もハードルの高い話ではあるが、別に結婚せずとも母の余生に寄り添って生きるのも悪くはないだろう。だが。
「みんなに、会えないのは嫌だなぁ」
蘇る記憶の中で、それだけが諦められなかった。
極端な話、ヒーローにならずとも人助けはできる。けれど、ヒーローを目指す道でなければ彼らに会うことはできないのだ。たとえ楽しいばかりの学生生活ではなかったとして––。
「んん?」
不意によぎった何かに背を預けていた椅子から身を起こす。見下ろす先にあるのはとにかく覚えていることを書きなぐっただけの汚いノート。
ページを荒っぽくめくり、出久は再び鉛筆を走らせ始めた。今度はできるだけ丁寧に、時系列ごとに罫線に沿って一つずつ。段を下げる程に出久の表情は険しくなる。けれど書き記す手を止めることなく、出久は思いつく限りの全てを書き終えたところで乱暴に鉛筆を投げ捨てた。
「これだ……これだったんだ。僕の未練は」
ノートを握る手に力がこもりぐしゃりと歪む。
書き綴られたそれらは出久にとって実際に起こった出来事であり、忘れることのできない大切な出来事の数々だ。
けれど気づいてしまった以上出久は何もせずにはいられないだろう自分を知っていた。
たとえそれが、自身の望む未来を壊す結果につながるとしても。
>>05
次回!出久くんの未練について。
実際問題オールマイトの負傷をパーフェクト回避させようと思ったら多分ヒーローデビューしたのちの全盛期ヒーローデクをなにがしかの方法でそのまま過去に宅配して、ワン・フォー・オールx2と言うパラドックスの元、街一個犠牲にしなきゃ回避できないと思ってます。
正直AFOってそう言うクラスのヴィランですよね。どっかのユニバースのさのっさん的な。
ところでAFOって略すとアフォって読めるなーって思いました。
きっと明日の私は死柄木さんに粉々にされてる気がします。