「いや、本当にすまなかったな少年!」
瓦礫の山から引っ張り出したソファに座りHAHAHA!と快活に笑う骸骨のような男に、もはや出久は憧れの視線は向けられなかった。
もちろん出久にとってオールマイトは永遠の憧れであり尊敬すべき神にも等しいヒーローであるが、今は「ほっといたらこの人間違いなく死ぬ」という焦燥感の方が圧倒的に優っている。
「できることならただの具合が悪い一般人ということで誤魔化したかったが、この格好じゃそうもいかないだろうしね!」
そういってオールマイトが示したのは首元から胸にかけて赤黒く染まった体躯に合わないヒーローコスチューム。普通に考えれば中年コスプレ男が倒れているだけと判じて救急車を呼ぶところを、出久は知っているが故に躊躇した。
その一瞬の困惑が運命を分けた。自分のすぐそばにある気配に意識を取り戻したオールマイトはもはやどう言い訳しようにもどうしようもないと悟ったのか、警察と救急車は呼ばないでほしいと出久に頼み込んで今に至る。
「もしその格好をされていなかったらすぐに救急車呼んでましたよ」
「うん、うん!まあどんな格好だとしても救急車を呼ぶのが本来ベストだろうが、この場合は君が判断を迷ったことに感謝する他ないな!ありが」
言葉を遮るようにゴパッと口元から鮮血が溢れかえった。
「うわっ、ちょ、落ち着きましょう!何だかテンパっているのはわかりましたから、落ち着きましょう!僕誰にも言いませんし話しませんから!!」
人間とはこれほど大量に血を吐いて大丈夫なのかと不安になりながら出久は自分のタオルを押し付けるように渡しオールマイトの背中をさする。元の色がわからなくなるほど赤くに染まった胸元とは違い、少しばかりの汚れが付いているだけの背中が妙に遣る瀬無くみえたのは、実際オールマイトがひどく辛そうに背中を丸めているからかもしれない。
「……すまないね。タオルは新しいものを返そう」
「いいいいいえ!!むしろ僕の方こそ、そんな汗まみれのタオルで申し訳ないっていうか、むしろそのまま返していただいても全然問題ないというか」
「いや、さすがにそんなことはしないさ。それに、もうこれじゃあ洗っても使えないだろうしね」
オールマイトがそういって見せたタオルはうっかり漏れ出た出久のマニア魂を吹き飛ばしかねないほど赤く染まっていた。
「さて、少年も気づいていると思うが、私がオールマイトだ。事情も言わずただ黙っていてくれというのも虫が良すぎるからね。君にこの姿について聞いて欲しいが、他言無用でお願いしたい」
「もちろんです!口が裂けたって誰にも言いません」
やや食い気味に頷いた出久にオールマイトは戸惑いを隠せない様子でたじろいだ。
「……少年、私がオールマイトだって信じるの?」
「え、まぁ。だってオールマイトでしょう?」
「うーん、自分で言うのもなんだけど、今の私ってメディアで見るのと全然違うでしょう。ちょっとおじさん少年が心配になってきたんだけど、ヒーロー詐欺とかあってない?」
あ!とそこで出久はようやく自分の失敗に気がついた。
出久自身かつて初めてオールマイトのトゥルーフォームを見て偽物だの嘘だの散々わめいたのだ。目の前でその変身を見たとしてもなかなか信じられないのが”普通”である。そんなことも取り繕えないほどに浮かれていたらしい自分に恥ずかしくなるも、今更ごまかしたところで仕方がないと出久はから笑いで乗り切ることにした。
ちなみにヒーロー詐欺とはヒーローのコスチュームを着込んでファンや騙されやすそうな一般人から金銭の類をだまし取るその名の通りの詐欺である。
「ヒーロー詐欺は、大丈夫です。されそうになったことはありますけど」
「やっぱりあるんだね、気をつけなさいよ少年。ちなみに、参考までに聞きたいんだけど、どうやって少年はヒーローを見分けているのか聞いても?」
「僕の場合はちょっと特殊で、今のバイトがヒーロー関連のお仕事なので、本物のヒーローコスチュームとコスプレ用の衣装を見分けるのは得意なんです」
「へぇ……」
なお、この特技も出久ならではのものである。未来のヒーローデク時代においてもそんなことが出来たのは出久ぐらいのもので、爆豪に「キメェわ!クソナード!」と怒鳴られた上、ほかの友人たちからもなんとも言えない視線をむけられたのは今となっては懐かしい話だ。
オールマイトの心境も推して知るべしといったところだろう。
「まあ、うん、特技があるのはいい事だね!それで、最初の話に戻るんだが」
触らぬオタクになんとやら。半ば無理やり軌道修正する形ではあったが、ともあれオールマイトから聞かされた話は、概ね出久の記憶の通りであった。あえていうならシチュエーションが違うために話しぶりが少し変わったという程度か。
「私の都合ばかりで申し訳ないが、”平和の象徴”として私は屈するわけにはいかないのさ。だから、」
「最初に言った通りです。口が裂けたってヴィランに脅されたって言いませんよ」
「重いなキミは!さすがにヴィランに脅されたら構わないからね!私のことよりまずは自分の身の安全を考えなさい」
興奮したためか、少量の血を吐きながらも厳しくそう語るオールマイトに、出久は頷かなかった。
「オールマイト、今度は僕の話を聞いてもらってもいいですか?」
代わりにそう申し出た出久の言葉にオールマイトは蒼い瞳を瞬かせ、少し間を置いて「もちろんだとも」と頷くと話を聞くべく居住まいを正した。
>>09
師弟の話し合い。
もしかしたらこのシリーズで初めてのまともな会話シーンかもしれない。
そして長くなったので今回は問答オールマイト編です!べ、別に時間稼ぎとか、そんなんじゃないんだからねっ!
嘘です、時間稼ぎです。
ぶっちゃけちょっと長くなったので、分断して今日と明日に分けちまえ!ってなりました。