イクサの世界
紅渡に黄金のキバが託されず、イクサのみがファンガイアと戦う世界。
止まるところを知らないファンガイアの被害に、青空の会は新たな対策を講じているようだ。
時系列は名護啓介が1986年から帰還した直後(28話辺り)
寂れた工場の中で拳と拳をぶつけ合う音が響き渡る。
紅音也にとってか弱いレディのために喧嘩をすることはそこまで珍しいことではなかった。相手がやたら手強い化け物であるのも、最近では日常茶飯事だ。
「オラァ! とっとと失せろこのマーライオンがぁ!」
「邪魔をするな!」
以前に一度戦ったこともあるこのライオンのファンガイアは正直言って仮面ライダーイクサとなったこの千年に一度の大天才、紅音也であっても手に余るなんてもんじゃないほどの差が開かれている。
ライオンファンガイアの剛腕にイクサが吹き飛ばされるのだって、もう何度目になるのかわからない。それでもイクサはその度に立ち上がるのだ。可哀想に恐怖で声も出ないレディがいる限り、音也の辞書に諦めの文字は存在しないのだから。
そして地を叩いて気合いを入れ直したイクサの背後から、凛とした声がかけられた。
「……イクサ。貴方ではそいつに勝てない。何故そうまでするの」
「んん? そいつはとんだ見当違いだな。この紅音也様がこんな歩く悪趣味彫刻野良猫マン如きに苦戦するはずがないだろう? 待ってな。今追っ払ってやる」
どうみても強がりなのに、彼の言葉にはその女性を安心させる何かがあったのは間違いない。
「貴様ァ! 何故俺の邪魔をする!? そいつはな…!」
「ハッ! レディを守るのに理由なんていらねえんだよ! てめえは大人しく温泉でお湯でも吐いてろ!」
イクサの軽口に激情を露わにしたライオンファンガイアの突撃は今までの猛攻に比べればかなりの勢いがあって、且つかなり単調なものだった。
「さあ、フィナーレだ」
イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ
1986
2008
翌日、名護と待ち合わせした大地は彼に連れられて街に出ていた。ちなみにどういった風に鍛えてくれるのかはまだ知らされていない。
「大地君、君は他の世界から来たといっていたがそれはどんな世界だったんだ?」
「人間を襲うファントムという怪人と魔法使いと呼ばれる仮面ライダーがいました。それ以外の世界はまだ……この世界が2つ目の世界ってところです」
「ほう……」
徐々に口数を増やしていく大地は嘘を言っているようには見えない。
昨日は嶋や恵の手前、名護は異世界について否定的な態度をとっていたが、正直心当たりがないわけではないのだ。
つい先日のこと、これは誰にも報告していない事実であるが、名護は謎の男の導きで22年前の過去に飛んだ経験がある。
タイムスリップという事象を体験してしまった名護にとって異世界の存在はそこまで信じ難い事ではない。
何よりあまり人付き合いに慣れていない大地はどこか名護の気弱で、優し過ぎる知人と重なる。
(だがそれだけで君を信じるのは危険だ。その正体、俺が見極めさせてもらう)
「よし、では訓練を始める」
「え、ここで…ですか?」
今大地達がいるのは街のど真ん中。
とても訓練をするような環境とは思えず、大地は怪訝な顔でキョロキョロと辺りを見渡している。
「あそこに座っている男は指名手配中の志田 雅俊。奴を捕まえてきなさい」
名護が指し示したのはオープンカフェに座って呑気に欠伸をしている普通の男。
周りの客や店員も誰1人として彼を不審だと思っている様子はないが、名護が開いた携帯の画面には確かにあの男の顔が写っている。
しかし彼が指名手配犯だとして、彼を捕まえることが訓練だというのは大地には理解できていないようだ。
「俺は日々の鍛錬、そして正義のため、奴のような悪人を追っている。君も俺のように強くなりたいのなら、まずは人間の悪人より強くならなければならない。さあ行きなさい」
「え、いや僕はその強くなるための訓練を」
「行けぇ!!」
「は、はい」
怒鳴られてびくっと首をすくめた大地は困惑の顔のまま志田に近づいていく。
いくら変身できるとはいえ、凶器を持った凶悪犯を簡単に取り押さえることなど並大抵の人間にできることではない。しかし人間を大きく超えたファンガイアの身体能力なら話は別だ。
名護としてはこれで大地が何らかのボロを出すならそれでよし、仮にファンガイアじゃないとしても鍛えるという目的には叶っているためそう悪いことではない。
流石にこれだけで正体を見極めるとまでは名護にも難しいが、判断材料の1つにはなるだろう。
(見せてもらうぞ、君の力を)
図々しくも何も頼まずに無料の水だけでカフェに居座り続ける志田の前に立った大地は恐る恐る顔を覗き込んでいる。
(何をしている。あれでは怪しんでいると言っているようなものだ)
屋外であんなことをされて不審に思わない人間などいない。顔が街のあちこちに張り出されている犯罪者ならば尚更だ。
名護が危惧した通り、志田が勢いよく蹴飛ばしたテーブルが大地の上半身に直撃していた。
材質がプラスチックであったことが幸いして大した傷にはなっていないようだが、大地が怯んだ隙に志田は通行人を掻き分けて逃亡してしまう。
中には無理矢理押しのけられて転んでしまった子供もいる。
焦った犯罪者は新たな被害を生む前にすぐに追跡するべきなのは素人でもわかるはず。だが大地はと言うと…。
「大丈夫!? 痛いところはない!?」
「うん……」
志田が蹴り飛ばしたテーブルを拾って元の場所に戻し、転んだ子供の安否を確認しているのだ。
そうしている合間にも志田との距離はどんどん離れていく。
他者を労わり、礼儀を忘れない大地には誰しもが好感を覚えるだろうが、当初の目的を忘れては意味がないし、これすらも名護を欺く演技かもしれないのだから油断してはならない。
「何をしているんだー!早く追いかけなさい!」
「はい!」
子供の服についてしまっていた埃だけ払うとようやく大地も志田の後を追っていき、さらにその後を名護も全速力で駆ける。
通行人の隙間を縫って最短ルートで逃げる志田は何度もこういう目に遭っていることがわかるが、その程度は名護にとっては造作もないことだ。
しかしやはり大地にはそこまでの技術はないようで通行人に激突しないように走る速度を落としている。
ついに背後にいたはずの名護が大地を追い抜こうとした瞬間、大地は足を止めた。
まさか、諦めたというのか。
大地に抱きかけた好印象が失望へと変わりかけた時、大地は見慣れぬバックルを取り出した。
それを腰に当てた途端にベルトとなって大地の腰に巻きついた。
この一連の行為に名護は見覚えがあった。それもそのはず、名護自身が幾度となく繰り返してきた動作に非常に類似しているからだ。
「変身!」
チェンジ! ナウ
「なっ……!?」
名護の予感と違わず、大地はメイジに変身した。
メイジの煌めく仮面には名護の驚愕に染まった表情を反射している。
(そうか、この人混みの中なら俺は満足に戦えない。目的はイクサの抹殺ということか!)
迂闊だった。まさかこんなにも早く馬脚を現すとは。
やはりこの男は青空の会に潜り込んだファンガイア。
疑いはあったが、ここまで大胆に行動を起こすとは完全に予想外だった。
急いでイクサナックルを取り出すが、すでにメイジは指輪をベルトにかざしている。
ファンガイア特有の吸血牙でライフエナジーを吸い取るか、それとも左手の巨大な爪で引き裂くのか。いずれにしても周囲の被害は免れない。
エクステンド! ナウ
原理は全く不明だが、メイジの右腕が魔法陣を介して上空に伸縮した。
何をするつもりかは知らないが、先手を打たせるわけにはいかない。
名護は握りしめたイクサナックルを掌に押し当てようとした瞬間、上空に伸びた腕は名護や通行人の真上を通過してさらに伸びていった。
「貴様、何をするつもりだ!」
レ・デ・ィ
いよいよイクサに変身しようとした名護とメイジの狭間に伸ばしていた腕が割り込んでくる。
しかもその先に人を掴んだままである。
人質を取られては迂闊に変身もできず、己の失態に歯噛みすることしかできない。
ならば隙をみてナックルの衝撃波を当てるしか勝機はない。
名護の射すくめるかのような視線を向けられたメイジは果たして首を傾げるだけだった。
「何って、名護さんが捕まえろって言ったんじゃないですか」
「………何だと?」
「この人ですよね?」
メイジの声に敵意は含まれておらず、あの演技をしていると思われた声色のままだ。
人質かと思った者もよく見れば、気絶してはいるものの、逃げていたはずの志田その人だった。
「まさか……君はこいつを捕まえるためだけに変身したというのか?」
「そうですけど、何か問題ありましたか?」
つまりこの男は変身したのも、先程伸ばした腕も全て人混みに紛れた志田を上から捕まえるためだけにしたというのだ。
突然現れたメイジを化物と認識し、怯えた通行人達は1人残らずその場から逃げて始めた。
肩を震わせながら志田のシャツからボタン1つ毟りとった名護は周囲から響くどの悲鳴よりも大きい声量で叫んだ。
「紛らわしいことをするのはやめなさーい!!!」
志田を警察に引き渡した後、名護達は近場にあった水辺のレストランにいた。
名護と向かい合った大地は何度目かもわからない謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんなさい……名護さんの言う通り、僕が浅はかでした」
「済んだことは仕方ない。そんなことよりこれからのことに目を向けなさい。君はまだまだ未熟、今度こそ俺が鍛えてやろう」
大地は変身したての、ただの未熟な青年。
これが名護の下した判断だった。
大地は自分から手の内を見せたり、目立つ真似をしたりとスパイとしてはありえないほど迂闊であった。
それすらも名護を信用させる演技という可能性もあるが、今に至るまで隙だらけだった大地がそんな悪意を持っているというのはやはりどうにも考えにくい。
となれば自分のやることは彼を立派な戦士に育てあげ、その危うさを正すことだろう。
「君の力は多くの人を救える素晴らしいものだ。だが使い方を誤れば多くの人を傷つける恐ろしいものにもなり得る」
「そんな…どうすれば間違えずにすむんですか」
「俺のように強い信念を持ちなさい。正義のため、人類の輝かしい未来のために戦いなさい。そうすれば君は戦士としての一歩を踏み出したことになる」
「正義なんて、僕にはわかりません。ただ人が襲われるのが嫌なだけなんです」
「それも立派な正義だ。信念と呼ぶにはまだ弱いが、今はそれで十分だ。俺の元で厳しい鍛錬を積めばいずれ理解できる時が来る。だから安心しなさい」
「名護さん……はい!」
力強い返事に満足した名護は薄く微笑んで頷いた。
先程しょげていたのもどこへやら。大地の頭の中は今、名護への敬慕で埋め尽くされていた。
(名護さんは本当にすごい人だ……いつかは僕もこんな風になれるのか?)
名護は仁藤と同じ人々を守る仮面ライダーというだけでなく、その言葉には仁藤よりもはっきりとした具体性がある。
状況に流されがちな大地にとって名護のしっかりとした芯を持った立ち振る舞い、言動は憧れを抱くには十分だった。
きっとこの人ならダークディケイドのような力に飲み込まれるようなこともないんだろう。
「僕、名護さんみたいになりたいんです。さっきみたいに力を振り回して誰かに迷惑をかけないように、もっと強くなりたいんです」
「安心しなさい。君のような素晴らしい志の若者ならば、1週間もあれば俺……とまではいかなくとも恵レベルには到達できる」
「は、はい!僕頑張ります!」
かなり失礼な発言が飛んできた気がするが、冗談の一種だろうととりあえず流しておいた。
「まあ、とりあえず今日の訓練はもういいだろう。他にやることがあるからな」
「やること?訓練じゃなくて?」
「ああ。ここでとある人物と落ち合う予定がある」
「それなら、僕は邪魔にならないよう、今のうちに帰りましょうか?」
「それには及ばないよ」
席を立とうとした大地の耳にどこか気怠げな、女性の声が響いた。
振り向くと、そこには恵と見覚えのない赤髪の女性が立っていた。
半開きの目は一見眠たげに見えるが、その瞳の奥には大地への興味による微かな輝きが宿っている。
白シャツに破れたジーンズと中々ラフな格好である彼女もまた青空の会の一員なのだろうか。
「1つ、私は青空の会の研究者。2つ、名前は鬼塚。3つ、イクサナックルを早く出して」
言われるがままに名護はイクサナックルを鬼塚に差し出す。
すると彼女は大地に向かい合う形で座って、そのまま取り出したノートパソコンをイクサナックルに繋いだ。
眠たげな表情のまま、忙しくキーボードを叩いているが、それがどういうものなのかは画面が見えない大地にはわからない。
興味はあるが、何となく覗いてはいけない気がするし、多分見ても理解できないんだろうと思い、大人しく水を飲んでいることにした。
そこに鬼塚と一緒に来ていた恵が大地の隣に腰かけ、声を潜めて話しかけてきた。
「ねね、大地君。名護君に変なことされなかった? あんなのと2人きりで大変だったでしょう」
「いえ、名護さんのおかげで僕がいかに未熟だったのかを認識できました。名護さんに鍛えてもらえれば、僕もっと強くなれる気がするんです」
大地がそう言うと、恵は疑わしげな視線をジロジロと向けてくる。
そんな表情でも恵の美貌が損なわれることはないが、あまり気分のいいことではない。
「本当に〜? 名護君にそう言わされてるだけじゃないの〜?」
「そんな、名護さんに失礼ですよ」
「んんっ!」
そんな会話の途中にわざとらしい名護の咳払いが割り込んでくる。
もしかすると最初から聞こえていたのかもしれない。
「構わないさ。彼女の嫉妬などもはや聞き慣れている。大地君も卑しく妬むのではなく、妬まれるようになりなさい」
「はい!名護さん!」
名護の機嫌を損ねてしまったかと思いきや、名護にとってこの程度の陰口はどうってことはないようだ。
しかし、大地は安心するとともに、恵はこんなにも完璧な男のどこが気に入らないのか、と新たに疑問も生まれる。
「はあ!? 一体私がいつどこであなたに嫉妬したって言うのよ!?」
「いつもしているだろう。君が俺に向ける羨望の眼差しに気づいていないとでも思ったのか?
「あれは羨望じゃなくて憐憫って言うのよ? ただ正義に酔ってるだけの哀れな男のどこに妬む要素があるのかしら?」
「下らないな。大地君の前でみっともないことを言うのはやめなさい!」
「あなたこそ!」
名護と恵の眼中にはすでに2人の口論の間でオロオロするばかりの大地は入っていない。
記憶を失い、人付き合いの経験がまともにない大地にはこういった場をどうやって鎮めればいいのか、見当もつかなかった。
そんな大地を見かねてか、それまで画面に釘付けになっていた鬼塚がうんざりしたように手を振ってくる。
「あの2人はああしておけばいいよ。そのうち終わるから」
「そのうちって……」
「それより君の話を聞いてみたいよ。恵君が言うには異世界の人間なんだろう? あの娘とはまた別の世界から来たのかな?」
「あの娘?」
「実はつい昨日、他の世界から来たっていう女を保護してね。最初は信じてなかったけど、異世界の怪人……ファントムだったかな。その話は非常に興味深いものだったね」
「ファントム……ってええっ!?」
サラッと言われてしまったが、今鬼塚が言ったことが正しければ自分と同じく世界を超えた人がいるというのだ。
しかもファントムを知っているということは恐らくビーストの世界から来たことになる。
もしかして仁藤が自分を追ってきたのかと一瞬だけ考えたが、鬼塚は女性と言ったし、ビーストが時空を超えられるなんて聞いた覚えはない。
だがそれが誰にせよ、同じ境遇の人がいるならば会って話を聞いてみたいとは思う。
「その人は今どこにいるんですか? できれば僕も直接会って話してみたいんです」
「私のラボにいるよ。何なら今から来てみないかい? 私の用事はもう済んだし、君の話をもっと聞いてみたい」
大地がこくん、と頷くと鬼塚はノートパソコンを鞄にしまい、イクサナックルを恵との口論を続ける名護に投げつけた。
ぞんざいに扱われたナックルを名護は器用にも口論したまま、片手で難なくキャッチし、懐に仕舞い込んだ。
「訓練すればあんなこともできるようになるんだ……」
「何してるんだ? 行くよ」
鬼塚に手を引かれて、2人は店を出た。
暫くして鬼塚がいなくなったことに気づいた2人が慌てて追いかけてきたのだが、当の鬼塚は全く気にしていない様子であった。
名護の運転する車に揺られること数時間、一行は人里離れた山奥の研究所に到着した。
「こんな山奥まですまないね。青空の会の意向で研究所の場所はなるべく秘匿しなければならないんだ。ファンガイアに襲撃されてはひとたまりもないからね」
(そうか。だから麻生さんはこの人についてたのか)
ファンガイアからすれば人間を襲う上で邪魔になる青空の会の研究所を潰すことは大きな意義がある。
あの短時間でライダーシステムの調整を個人で行える鬼塚は特に狙われやすいのかもしれない。
研究所を見つめている恵の表情が複雑なのも、その責任感からきているのだろうか。
研究所の中は何重ものセキリュティがかかっていて、入るのに20分は要した。
それだけ重要な施設なのだから、中の雰囲気も重苦しい空気なのでは……とやや緊張していたが、いざ入ってみればそこはアットホームな雰囲気の実験場といったものだった。
白衣を着た職員達は皆忙しそうに作業をしているが、時折笑い声が聞こえたり、談笑している者もいるし、それは咎められたりはしないようだ。
「システムの持続時間はまだ伸ばせます。問題はこれ以上の魔皇力の制御ですが……」
「とりあえず1つ1つ課題をこなしていきましょう。まずはスーツの耐久度の向上から」
「お茶入りましたー!」
昨日の名護達から感じた圧迫感から青空の会はもっと暗い雰囲気の組織なのかと勝手に思いこんでいたが、どうやら違うらしい。
「結構明るい感じなんですね。もっとこう……皆黙々と作業してるイメージでした」
「いや、以前俺が来た時にはまさしくその通りの場所だった。随分様変わりしましたね」
「彼女のおかげだよ」
鬼塚が指差したのはお盆を持って研究員達に笑顔でお茶や菓子を配る女性だった。
この研究所でただ1人白衣を着用していない彼女はかなり目立っているが、当人は全く気にせずに研究員達にお茶を渡している。
研究員達も彼女を邪険に扱うことなく、皆笑顔でお茶を受け取っている。
だがそんなことよりも大地が一番気になったのは確かに見覚えがある彼女の笑顔だった。
いや、見覚えがあるなんてものではなく、確かに何度か見た顔だ。、
そう、あれはまさしく……。
「は、花崎さん!?」
ビーストの世界で出会った花崎瑠美に違いなかった。
「だ、大地さん!?」
大地の顔を見た瑠美は思わずお盆を落としそうになるほど驚いていた。
無理もないことだ。大地だってまさかこんなところで再会するなんて夢にも思っていなかったのだから。
「大地さんもこの世界に来たんですね! 季節も時代も違うし、もしかしてと思ってたんですけど、本当に別の世界に来ちゃったみたいです」
「ええと、花崎さんはどうしてこの世界に? もしかして……またファントムに何かされて?」
すでにゲートではない瑠美がファントムに狙われる可能性は低いはずだが、念のため訪ねてみる。
それに対する瑠美の返答は曖昧なものだった。
「ファントム……なんでしょうか。大地さん達と別れた後に怪人に襲われて、気づいたらこの研究所の近くで倒れてたみたいなんです。確か外国の方のような喋り方だったんですけど」
外国の方のような喋り方というのはよくわからないが、それだけでは瑠美を襲った犯人を特定するのは難しい。そもそもゲートを絶望させ、ファントムを増やそうとする連中が瑠美を生かしたまま、この世界に拉致(?)したことも腑に落ちない。
「君達、積もる話もあるんだろうが、とりあえず立ち話はやめにして私の研究室に来てくれ。そこなら落ち着いて話せるだろう」
鬼塚のありがたい提案に頷いた大地は瑠美と一緒に研究所のさらに厳重なセキュリティの階層へと案内された。
この時の大地はここに案内されたことがただの親切心だと信じていたし、「狭くなるから」という理由で名護と恵が研究室には入れてもらえなかったことにも大して気に留めることはなかったのだった。
鬼塚の研究室はこの研究所の中でも一番セキュリティが厳重らしく、仕組みすらわからないシステムが何重にも仕掛けられていた。
それらを解除していって辿り着いた鬼塚の研究室の内装はいささか奇妙なものに思えた。
色鮮やかなモニターとバックルらしき機械を繋ぐやたら太いコードが床を埋め尽くす勢いで敷き詰められ、さらにそのコードを意味不明の単語が羅列してある書類が散乱している。
そのバックルの横には白い蝙蝠が飾られており、質感からしてあれも機械でできているとわかった。
そして何より目についたのは、部屋の隅っこに飾られている写真だ。写っているのは自信に満ち溢れた表情でバイオリンを弾く男性であり、しかもその写真の周辺は同じ部屋であるのが嘘だと思えるほどに片付いていた。
その異質な雰囲気は写真の男を祭り上げる祭壇のようにも見える。
隣の瑠美もこの部屋に入るのは初めてなのか、若干引いているようだ。
「鬼塚さんの部屋は私も初めて入ったんですけど、こんなに散らかってたんですね……掃除しましょうか?」
「いや、このままでいいよ。どうせすぐ散らかすし、清潔にすべき箇所はあそこだけだからね」
目を細めて写真を見つめる鬼塚の顔が一瞬、何かを懐かしむ穏やかな表情を見せた。
「青空の会に入る前の、22年前の話だ。私はかつてファンガイアに襲われた。いくら私が優秀であったとしても、あんな化け物相手では殺されるしかなかった。相手がチェックメイトフォーのルークであるなら尚更な」
チェックメイトフォー。それはファンガイアの種族の頂点に立つ者達の総称。
チェスの駒になぞらえてルーク、ビショップ、クイーン、キングの役割を持つ4人で構成されているということ以外、青空の会にもわかっていないらしい。
「いよいよ私が覚悟を決めた時だった。イクサが現れ、私を助けてくれたんだ」
「イクサ……名護さんですか?」
「違う。当時のイクサは写真に写っている彼、紅音也だ」
彼は22年前の現在よりも出力の低いイクサで、私を守るためにあのルークに立ち向かった。
当然ながら力の差は歴然。すぐにイクサは劣勢になったが、それでも音也は逃げなかった。
いい加減鬱陶しくなったルークの怒りの問いかけにも怯むことなく答えて見せたのだ。
『貴様ァ! 何故俺の邪魔をする!? そいつはな…!』
『ハッ! レディを守るのに理由なんていらねえんだよ! てめえは大人しく温泉でお湯でも吐いてろ!』
そこで一瞬の隙をついたイクサの一撃がルークを怯ませて、見事私達は離脱することに成功した。
「それから私は彼に報いるために青空の会に入った。少しでも彼を支援したかったの。残念ながら彼はすでに死んでしまったけれど、ファンガイア殲滅のために私は今もここにいる」
微かに口角を釣り上げて話す鬼塚の言葉には確かな決意が込められていた。
出会った時は無愛想な人かと思っていたが、音也の話をする鬼塚は命の危険にあっていたというのにどこか楽しそうで、とても饒舌で。
鬼塚がこんな風に話すのだから、紅音也という男は立派な仮面ライダーであったということなのだろう。会えなかったのが残念でならない。
「それが鬼塚さんの正義……なんですかね」
「正義、か。そうだね、名護君風に言うのならばその表現は適切だ。私はこの正義に従って組織に貢献してきた。イクサのヴァージョンアップ、さらなるライダーシステムの開発……そこで大地君に頼みがある」
鬼塚が前のめりになる勢いで、瑠美を押し退けて大地に詰め寄る。
香水とも違う不思議な香りが鬼塚の赤髪から漂ってきた。
真剣な表情の中にある瞳を見つめ返すと、その奥に薄ら寒い何かを感じる。
(今のは……)
感じた違和感を気のせいにして、大地は鬼塚の目から視線逸らした。
それにも構わず鬼塚は口を開く。
「君は異世界のライダーシステムを所持しているそうだね? それを少しの間でいい、私に見せてもらえないだろうか。今後の開発の参考にしたいんだ」
ライダーシステム。それはつまりメイジ、ダークディケイドのベルトのことだろう。
戦う術を初対面の人に預けるなど、大地にとっては簡単にできることではない。
そのはずなのだが。
「いいですよ。僕がこの世界にいる間でよければ」
あっさりとメイジドライバーと指輪を差し出したのだった。
こんな簡単に渡されるとは思っていなかったのか、ベルトを手渡された鬼塚も、瑠美でさえも呆気にとられている。
「頼んだ私が言うのもなんだが……本当にいいのか?」
「そうですよ。大地さんにとってもそれは大事なものなんじゃないんですか?」
この2人の反応は当然のものだ。
人間を超える力をこうも簡単に差し出すのは、側から見れば正気の沙汰とは思えないはずだ。
だが大地も何も考えていないというわけではない。
戦闘に関してはダークディケイドがあるし、得体が知れない危険なダークディケイドライバーよりもメイジドライバーならば比較的安全だろうと思って渡したのだ。
「構いません。僕にはもう1つのベルトがあります。それに正義を知るためにも、鬼塚さんに協力したいんです」
記憶を取り戻すためにはカードにライダーを記録しなければならない。
記録するにはそのライダーを知らないといけない。
名護の、音也の、イクサの正義を知るために、まずは彼等のように鬼塚に協力してみることにした。
それが正義を知らない大地なりに考えて至った答えだから。
「そういうことなら、有り難く受け取ろう。君の好意は無駄にはしないよ」
メイジドライバーを見つめる鬼塚の感情は全く読み取れなかった。
同じ頃、とある場所に1人の青年が佇んでいた。
そこには青年1人しかいなかったが、いつの間にか背後に長身の男が立っている。
青年がそれに動じる様子はなく、また長身の男も恭しく膝を地につけて主従関係を表している。
「先日、我等の同胞を狩る存在が新たに現れました。恐らくはあの忌々しい青空の会の一員かと」
「…………」
「これ以上奴らをのさばらせるのも面倒です。ここは私、あるいはルークに……」
そこで初めて青年は口を開いた。
「君に任せるよ、ビショップ。ルークでは目立ち過ぎるかもしれない」
ビショップと呼ばれたその長身の男は感極まったように声を震わせ、より深く頭を下げた。
「お任せ下さい。必ずや貴方の期待にお応えしてみせましょう……キング」
ああ、と返事を返した青年の右手には王を示す紋章が刻まれていた。
鬼塚
青空の会に所属する女性研究員。年齢は不明。
過去に紅音也のイクサに命を救われた恩義を果たすべく、青空の会で研究を続けている。イクサのヴァージョンアップの他、新たな研究も続けている。
黄金のキバが存在しないので、ファンガイアの被害が原典よりも増えています。青空の会はこれに対してイクサの強化以外の対策を講じているので、ライジングイクサはまだありません。
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