皆さん、覚えていますか?
ここはかつて訪れたあの和気藹々とした研究所と本当に同じ場所なのだろうか。
白いツルツルのタイルの床を歩く音、小さな羽ばたきの音、微かな息遣い、空気清浄機の稼動音、野太い声…………ここで聞こえる音はこれだけじゃないはずなのに。
「で、これからどうするつもりだ」
「ベルトは全部返してもらうつもりです。イクサだって、あんな脅しのために使われていいはずがないから」
「フン、イマイチ頼りねえ男だが、まあ付き合ってやるよ」
大地の側で忙しく羽を動かして付いてくるレイキバットもとりあえずは協力してくれるというので、一応リヴォルに対抗する手段は確保できた………のだが鬼塚を倒すべきか、その答えは未だ出せずにいる。
恵だってイクサを取り返すことが目的であって、鬼塚を倒すとまでは言っていなかった。彼女は気絶したまま他の部屋に寝かせているため、これから鬼塚とはたった1人で対面するというのに具体的な答えを持たずに向かう大地はレイキバットに頼りないと言われても仕方のない有様だ。
さて、鬼塚の部屋がもぬけの殻で、奪われたどのベルトもなかった以上は鬼塚は他の部屋にいることになる。アテもなく彷徨うかと思われたが、レイキバットはこの建物の構造も把握していた。
「この研究所の監視カメラは中央管制室で制御されている。まずはそこに行ってみることだ」
「助かります。でも……いいんですか? レイキバットさんは鬼塚さんに作られたのに」
「へん! 俺は俺のやりたいようにやらせてもらうだけよ! どうせあそこで寝てても退屈なだけだ。大地に付いていく方が面白いに決まってる」
随分と身勝手な機械だとは思うが、それで救われた手前文句は言えない。それにこれからのことを思うと、このレイキバットとの会話でほんの少しは気持ちも晴れてきた。 いっそのこと、今の内に胸の中の疑問を吐き出してみようなどと思うくらいには。
「レイキバットさんはファンガイアは全部倒すべきだと思いますか?」
「藪から棒に何を……俺にはどうでもいいことだ。種族はどうあれ、やりたいようにやるだけ。気に入った奴には力を貸す。名目上はファンガイアを倒すために生み出されたとしても、それに従う義理などないからな」
「そう、ですか」
「どうした? 俺の答えじゃ不服か?」
「いえ、参考になりました」
やりたいようにやる。それは至ってシンプルだが、難しい答えだ。
自分がやりたいことは何だ? ベルトを取り返すことか? 記憶を取り戻すことか?
どれも正しいけど、きっとそうじゃなくて。
ベルトを取り返すのは答えに至る手段でしかない。記憶を取り戻すのだって先の話だ。大地の抱く思いは正義だとか、立場だとかそんな堅苦しい概念で語れるような立派なものじゃなくて、もっと単純な答え。
それは………。
その思考を途中で遮ったのは、探し人の凛と響く声だった。
「やあ、まさか生きているとは思わなかったよ」
「ッ! 鬼塚さん………」
「レイに変身できたことといい、私が思っていたよりも君はまだまだ観察する余地があるようだ。レイキバットとカードを渡すのなら命まではとらないよ」
カードというのはライドブッカーのことを指し示しているのだろう。
命が惜しくない訳ではないが、たった今出した答えのためにここで逃げることはできない。
そう決めた大地は確かな決意を持って言葉を紡ぐ。
「僕は逃げません。ベルトも全部返してもらいます」
「ならば私を倒すというのか? ファンガイアのキングすら超えた私を倒すなど君にはできっこないし、もしそうなれば人類にとっては大きな損失になるはずだよ。それでもいいと?」
「僕は……僕は鬼塚さんを倒すつもりはありません」
これこそがたった今導き出した大地の答え。
それは即興で思いついた、名護の言う信念と呼ぶには余りにもお粗末な思いだけれども、信念に至るための確かな一歩には違いない。
「……残念だよ。君もまた愚かな人間でしかなかったようだ。ならばレイの戦闘データだけとらせてもらおう」
初めて見る鬼塚の呆れた顔が大地への返答だった。
両者の腰にベルトが巻かれ、戦いの準備が整う。
「「変身」」
黒と白、正反対なのはその見た目に留まらず、彼等の抱く思いですら真逆だ。
相手を倒すために仮面ライダーリヴォルが、相手を止めるために仮面ライダーレイが各自の得物を構える。
リヴォルの武器は圧倒的にリーチの長い大鎌であり、剣と鉤爪で戦う自分では間合いを保ちにくい。
だがあそこまで巨大な武器では肉薄してしまえば、有利なのは振りの早いこちらで間違いない。そう考えたレイは相手に向かって一直線に駆け出した。
そうなれば当然抉るような角度で真横から大鎌が振るわれるが、その場で咄嗟にスライディングすることで回避しつつも接近に成功する。
確かに大鎌のリーチは驚異的であるが、振るわれた角度から垂直の位置に潜り込めば回避できるのだとほぼ直感的に大地は理解していた。ハンミョウ獣人の顎をしゃがんで回避した時の経験の応用であり、また一度リヴォルの戦闘を見たことがあるからこそできた行動だが、それ以上に大きいのはある程度の場数を踏んできた大地の成長である。
スライディングでリヴォルとの距離を大幅に縮めたレイはバネの如く跳躍し、リヴォルへの肉薄を果たした。
(よし、後は武器を奪えば!)
レイが剣を振り下ろした先は大鎌を持つリヴォルの右腕だ。
これは本来研究職に就いている鬼塚が相手ならば、武器さえ奪ってしまえば無力化はある程度容易になるはずだと考えた故の一手。
狙い通りに打たれたリヴォルの手から大鎌は離れ、すかさずそれを蹴り飛ばして離れた場所に落下する音が響いた。
ここまでは良かったのだが、しかし武器を失おうともリヴォルは全く動揺を見せずに素早くライドブッカーの剣先を蹴り上げ、脚を入れ替えるように回し蹴りを浴びせる。
そうして取り落としたライドブッカーもまた離れた場所に弾き飛ばされてしまった。
「武器がなければ勝てる、というのはかなり甘い見込みだが大丈夫かな?」
こうなってしまっては互いに徒手空拳で戦うしかない。
研究員とは思えないリヴォルの鋭いパンチを肘で受け流すように弾くレイ。肘の微かな痛みを無視して、虚空に流されたリヴォルの腕を掴んで拘束しようとするが、装甲にめり込む重い前蹴りであえなく引き剥がされてしまう。
これだけの攻防だけでも、相手の近接技術は碌に戦闘経験のない研究員のそれではないことが察せられる。その訳はゴブリン族の身体能力は人間を凌駕しているか、もしくは鬼塚が密かに訓練を積んでいたかのどちらかであろう。
恐らく同じ条件ではレイに勝ち目はない。
「レイキバットさん!」
「任せとけ!」
しかし、レイは1人で戦っているのではない。
大地の意図を瞬時に理解したレイキバットはバックルから離脱する。
レイの変身を司るレイキバットがベルトから離れたが、レイの変身はそれだけで解除されない。
氷結弾を発射するレイキバットが周囲を浮遊することで、リヴォルの注意はレイとレイキバットの両方に分散されることになる。
レイが攻撃されればレイキバットが、レイキバットが狙われればレイがリヴォルを攻撃して互いをカバーし合う戦法で、戦いの流れはレイに傾きかけてきた。
だが、曲がりなりにも2対1という劣勢のこの状況でもリヴォルは冷静さを保っている。
「主人に噛み付くとは、メカでも所詮はキバット族か」
「うるせえ!」
レイキバット渾身の体当たりがリヴォルを微かに怯ませた。その瞬間をレイは見逃しはしない。リヴォルに素早く足払いをかけて覆い被さるように飛び掛かり、残っている全ての力を振り絞って床に抑えつけた。
「で、どうする。トドメを刺すか?」
「倒すつもりはないと言ったはずです! 僕は、鬼塚さんにもキングにも死んでほしくない! 誰にも死んでほしくないだけなんです!」
何故か抵抗する素振りを見せないリヴォルの無感情な問いかけに自身の答えを大地は必死にありのままの言葉にしようとする。
「僕も最初はファンガイアはただの悪い奴らだって思ってた。でもキングは人間の友達を守って、労ろうとしていた。そんな人をただの人間の敵として倒していいのか、悩んでいました。他のファンガイアだって僕が知らないだけで、人間と仲良くしようとしている人だっているかもしれない」
リヴォルは相変わらず無抵抗のまま、大地の話を黙って聞いてくれている。
もしかしたら戦いをやめてくれるかもしれない、なんていう淡い期待が声に出そうになるのを大地はぐっと堪えた。
「鬼塚さんだって同じです! 信じていた貴女は人間じゃなくて、攻撃されて、その上ベルトまで奪われた! それでも、貴女を倒す気にはなれませんでした!」
「…………それは何故かな」
「鬼塚さんはこの世界で1人ぼっちだった花崎さんを保護してくれたじゃないですか! 目的はどうあれ、こんな僕の話を信じてくれたじゃないですか! だから……だから、僕は種族なんて関係なく、キングも鬼塚さんもただ生きててほしい。それだけなんです……」
ファンガイア、ゴブリン、人間の様々な種族の立場が邪魔をして、この答えに至るのに時間がかかってしまった。
キングも鬼塚も人間を襲うかもしれない。でも、それで終わりじゃない筈なのだ。他者を慈しむ心を持つ者同士ならばいつかわかりあえる時がきっとくる。だから、ゴブリンの鬼塚とキングがわかりあえる日だって来るかもしれない。
そんな希望に満ちた可能性のある2人がここで死んでいいわけがない。
「………大地君。君の立派な演説、ゴブリン族の末裔として聞けたことを誇りに思うよ」
「鬼塚さん……!」
鬼塚に思いが通じた。
レイのリヴォルを抑え込む力が緩まったのも望まぬ戦いをせずに済んだという安堵感と、このリヴォルの仮面の奥にはきっと今まで見ることがなかった鬼塚の笑顔が隠されているのだと想像したからである。
現実はそんな甘い幻想とはかけ離れているのだと大地はまだ知らなかった。
「だが非常に不愉快だ」
「……えっ?」
おかしい、この冷たい口調が鬼塚の笑顔と一致しない。
おかしい、リヴォルは一歩も動いていないのに背中が痛くて堪らない。
自身の上に力無く倒れ込んだレイをまるで汚いものを扱うように跳ね除けて立ち上がるリヴォル。
レイの背中には一筋の深い傷が刻まれており、その原因となった大鎌は小さく軌道を描いてリヴォルの手元に収まった。
リヴォルの大鎌は必殺技に関係なく、通常時でもある程度は遠隔操作できることを大地は知らなかったのだ。
大地が自身の思いを述べている最中にリヴォルは落ちていた大鎌を念じて浮遊させ、レイは隙だらけの背中を深く斬り裂かれた。
つまりこの問答が鬼塚の心に全く響くことはなかったということだ。
「なるほど、レイの装甲は今の一撃でも傷付いた君を仕留めきれないほどの耐久があるようだ。良い実験結果をありがとう。ライダーシステムといい、君は私にとってかなり有益な人物と言えるよ」
「そ、そんな、立派な演説だって」
「1つ、君は口だけで何も成し得ていない。2つ、君はレイに変身できたから私にもそんな強気でいられるだけだ。3つ、そんな君は紅音也の足元にも及ばない、ただの薄っぺらいガキでしかない……要点は纏めた。もういいだろう」
やはりリヴォルの声は酷く冷徹で、あの仮面の奥にあるのは笑顔などではない、冷めた表情としか考えられない。
度重なるダメージと心の痛みがレイの行動を抑制し、大鎌を首筋に当てられもなお抵抗の素振りすら見せない。しかもリヴォルとは違う正真正銘の無抵抗だ。
「チッ、喰らえ!」
「無駄だよ」
レイキバットが放った氷結弾ですらあっさりと弾き返され、いよいよレイの打つ手はなくなった。
己の無力さを実感した大地の頰を自然と涙が伝う。
名護さんに鍛えてもらったのに、新しい力を手に入れたのにこのざまだ。
この世界に来てから最初は順調に進んでいたのに、一体どこで間違えてしまったというのだ。
今にも自身の首を刈り取ろうとするリヴォルを見つめながらそんな事を考えていると、徐々にその輪郭は歪み、いつの間にか全く別のライダーへと姿を変えていた。
大鎌は見慣れた剣に、恐ろしい鬼の仮面はいつも被っているものになって、大地の心を揺さぶった。
それは仮面ライダーダークディケイドの幻影。
(ダークディケイド………そうだ。鬼塚さんがこうなったのも元を正せば僕のせいじゃないか………)
今ならガイドの言っていたことがわかる。
鬼塚の所業は大地がこの世界に来なければ成立しなかったことなのだ。
大地がいなければいつの日か鬼塚はファンガイアとわかりあえる時が来たかもしれない。その可能性を潰したのは他でもない大地自身なのだと。
ダークディケイドの不気味な佇まいを見ていると、こんな罪深い己の末路としてはこれはむしろ妥当なのではないかというネガティブな考えさえ浮かんでくる。
(死ねば記憶は戻るのかな。それとも、ずっと空っぽのままなのかな……もうどうでもいいか)
いよいよ最後の時が来たようだ。
振りかぶったリヴォルの、ダークディケイドの剣先がレイの首を刈り取るーーーーー直前に凄まじい轟音と衝撃が研究所内に鳴り響いた。
研究所の付近の木々が生い茂る森の中、先ほど研究所の中に密かに侵入した男、次郎が大木にもたれかかって研究所に起きた異変を眺めていた。
「全く……無茶をする男だ。俺がいなければどうなってたことか」
呆れたように呟く次郎の側には気絶したまま寝かされている恵の姿があった。レイとリヴォルが戦闘している合間に研究所の中から彼が恵を救出したのだ。
「ま、俺ができるのはここまでだ。後は自分達でやるこったな」
かつて惚れた女の面影を持つ恵やゴブリン族の末裔に思うところがないわけではないが、次郎には必要以上に介入するつもりもなく。
故にその場から煙のように消え去るだけだった。
「無事か、大地」
「な、なんとか……」
衝撃に伴って落下してきた瓦礫がレイ達に降り注ぎ、リヴォルに直撃。その結果としてレイの首が刈り取られることはなかった。
我に帰ったレイが這うようにライドブッカーを取りに向かう一方で、リヴォルも自身に降りかかった瓦礫を押し退けて立ち上がった。
「何だ……今のは?」
リヴォルの頭上に空いた穴から瓦礫の正体はすぐにわかった。
まさかひとりでに天井が壊れるなんてことはあるまいし、あの衝撃が原因なのは明らかだ。だが一体誰の仕業だというのだ?
そう疑問に思った直後、またもや起こった衝撃が研究所を揺るがした。しかも先ほどよりも大きいばかりか、外壁までもが音をたてて崩れ落ちていくではないか。
「これって地震ですか!?」
慌てふためくレイもまたこの現象の原因に心当たりはないが、このままではこの研究所そのものが崩れ去ってもおかしくないことはわかった。
今最も危険なのは鬼塚の部屋に残してきた恵であり、すぐに救助に向かうべきと判断したレイは踵を返して引き返そうとするが、頻発する衝撃によってまともに歩くこともままならない。
「早く麻生さんのところへ行かないと……ってうわあっ!?」
「何ッ!?」
ライダー達のバランスを崩す一際大きい振動が起こった時、リヴォルの付近の壁や天井が完全に崩落した。
レイに降りかかる大きな破片等はライドブッカーで切り裂いて難を逃れることができたが、細かい破片や土埃で埋め尽くされた視界では現状の把握ができない。
右も左も全て土煙にぼやけて襲いかかってくるかもしれないリヴォルも、存在するかもわからないこの地震の原因も何も見えず、それでも少しでも土煙を払おうとするレイは小刻みにライドブッカーを扇ぐ。
目と鼻の先すら視認できない環境下に突然置かれたことで大地は内心パニックを起こしかけるが、レイキバットは挙動不審な大地と違ってすでに対策を講じている。
「何をチンタラやってんだ。フエッスルを使え」
「え!? あ……あ、はい」
ウェイクアップ!
ギガンティッククローを装備したレイの周囲に超小規模の吹雪が巻き起こる。
雪が土埃と混ざって共に強風に掻き消されることで、ようやくレイの視界も多少は改善された。
そして安心したのも束の間、その視界に飛び込んできたのは研究所の側面に空いた巨大な穴とそれを呆然と見つめるリヴォルの姿。
「……? 一体何、を………!?」
釣られてその空いた穴を覗いたレイがその先で目撃した物はとんでもない代物だった。
まず目に入ったのは瓦礫を砕く白い巨大な顎を備えた頭だ。かつて研究所の外壁だった壁の一部をいとも簡単に粉砕して瓦礫の山に変えている。
ギロリと光る目が僅かに茶色く汚れているのはあの頭で研究所を破壊していたのだろう。
そして当然頭があれば首も、身体もある。長い首に続くやはり巨大な身体には黄金の輝きを放つ爪に赤くて丸いボールのようなものまで背中に背負っている。
まるで現代に蘇ったティラノサウルス。その金属特有の質感、異質な構造はあれが機械でできていると知らせてくれる。
長々と分析してしまったが、この機械の最も重要な箇所を見落としていることに大地は気づいた。
それは機械恐竜の首の下にある座席らしき箇所であり、そこに座っている人物だ。
鬼気迫る形相で操縦桿を動かしているあの男はそう………
「鬼塚ァァ!! イクサを返せぇ!!」
「名護さん!?」
「名護啓介……!」
名護啓介その人である。
そして彼が操縦しているのはイクサ専用の巨大重機、パワードイクサー。
あの後自力で這い上がった名護はこのパワードイクサーが保管されている場所に向かい、操縦してここまでやってきたのだ。
操縦キーであるイクサナックルを奪われなかったのは名護にとって不幸中の幸いであったものの、それでも強烈な負担がかかるパワードイクサーを生身の状態でこの山奥まで操縦してきたのは名護の並外れた執念があればこそだ。
(此の期に及んでパワードイクサーだと!? 面倒な!)
「鬼塚ァァ!」
研究所が壊れようとおかまいなしに突っ込んできたパワードイクサーは回避行動をとろうとしたリヴォルをそのアームで鷲掴みにして拘束する。
もがくリヴォルは勢いよく下に叩きつけられ、その影響でいくつかの部屋が灰燼となっていく。
さらにその背部にある赤い砲丸をアームで掴み取り、瓦礫に埋もれているリヴォル目掛けて投下した。
砲丸が直撃した場所が爆発の炎に包まれ、さらにその周囲の無事に済んでいた箇所すらも吹き飛ばしていく。
しかも巨大ファンガイアを相手に想定した砲撃の威力はまさに絶大で、爆発の余波はアームの真下にいたレイにまで及んだ。
「うわあああああああああッッ!?」
爆風に煽られたレイが落下した先もまたすでにパワードイクサーによって瓦礫の山に変えられており、すでに研究所の9割が倒壊していると言っても過言ではなかった。
これでは名護の無茶苦茶な突撃で自分はともかく、恵まで被害を被っているのではないか。
そんな不安を抱きながら若干瓦礫にめり込んだ身体を引き上げて辺りを見回すと、なんと離れた森の中に恵が横たわっているではないか。
「麻生さん!」
一体誰が、なんて考える余地はない。
急いで駆け寄って安否を確認するが、どうやら倒壊に巻き込まれてはいないようで目立った外傷もなかった。
となれば残った問題は視線の先で狂ったように暴れるパワードイクサーと蹂躙されているリヴォルだけだ。
「パワードイクサーとは、中々味な真似をするじゃないか。やはり君は忌々しい男だ!」
巨大なアームを巧みに躱し、隠そうともしない憎悪の叫びをあげるリヴォル。
パワードイクサーの圧倒的な火力こそリヴォルを上回っているものの、当たらなければ意味がない。
いくらか小回りがきくとはいえ、このサイズ差ではパワードイクサーの鈍重な攻撃は回避し続けるのはそう難しいことではないのだ。
そうやって翻弄していたリヴォルは隙を見計らって大鎌を操縦席の名護へと放つ。
ダークキバやサガの装甲にさえ通用する威力の攻撃を生身で受けられるはずもなく、名護はやむなくパワードイクサーから脱出し、リヴォルを翻弄した重機は沈黙する。
これで名護がリヴォルに対抗する手段は事実上潰えたことになるが、名護啓介がこの程度で諦める男などではないとこの場にいる誰もが理解していた。
「まだだ! イクサを返してもらうぞ!」
「やれやれ……同じイクサでこうも違うか」
案の定ファンガイアバスターを構えて徹底抗戦の意思を示す名護にリヴォルは心底呆れたように蔑む。
そしてリヴォルが怠そうに、しかし一直線に駆け出すのを見たレイもまたその場から飛び出し、両者の間に割り込む。
「2人とも待ってください! 話を聞いてください!」
「邪魔だ」
先ほどの拒絶を連想させるリヴォルの異様にゾッとする冷たい声に一瞬たじろぐ。
だが、すぐに気を持ち直したレイにまたも振るわれる大鎌の一撃を同じように回避しようとするのだがーーー。
(速い!?)
レイに迫る大鎌の速度は明らかに先の攻防の時よりも上回っていた。
脳裏を過るのは抑えつけられていた時の余裕のある態度とレイを試すかのような言動。
それらから導き出されたのはリヴォルはレイに対して手加減していたという事実。
しかし、意思を挫かれかけていたレイにはそれに気づいたところで避けられる攻撃ではなかった。
「ぐああああっっ!!?」
「大地くん! おのれぇ!」
火花を撒き散らして倒れたレイはさらに無理矢理立たされ、名護からの援護射撃の盾にされてしまう。
ファンガイアバスターの射撃程度ではレイにとって些細なダメージにしかならないが、傷つき疲れ果てた大地の身体には堪えるものだ。
テイクアップ
足蹴にされ、地に面して伏せるレイに駄目押しの如く走る味わった経験のある脱力感。
あのダークキバの記録に訴えかける哀しき旋律がレイを惑わせ、その魔皇力を奪う。
サガやダークキバには及ばないにしろ、レイもまた魔皇力を糧とする仮面ライダーであり、リヴォルのテイクアップの効果は適用されるのだ。
「君はそこで寝ていてくれ。先にあの目障りな男をやってくるよ」
「ぐぐ………!」
「ぐぅ、動けん!」
レイの変身をギリギリ維持できるだけの魔皇力だけを残して、リヴォルは再び名護へと歩んでいく。レイキバットの動きも封じられているらしく、変身を解くこともできない。
「名護啓介、イクサナックルを返してもらおう。君には似つかわしくない」
「それはこちらの台詞だ! 俺の、俺達のイクサを返せ!」
ファンガイアバスターの掃射、鎖による乱打、イクサナックルの衝撃波、いずれの攻撃もリヴォルには微量の痛みを与えることすら叶わない。ただ鬱陶しいだけの行為を繰り返す名護はリヴォルにとって羽虫にも等しい存在だった。
人知を超えたスピードで接近してしまえば、息を呑む名護とリヴォルの距離はほぼ無くなる。ファンガイアバスターを奪い取って握り潰され、名護に残る武器はイクサナックルだけになる。
持ち前の身体能力でリヴォルの乱雑な蹴りをギリギリで躱し、名護はイクサナックルで直接殴りつけるが、変身もしていない状態ではリヴォルを揺るがすには及ばない。
「ぬぅああああっ!?」
イクサナックルごと腕を捻り上げられた痛みに叫ぶ名護は強引にイクサナックルを奪われると同時に膝蹴りをめり込まされ、苦悶の表情で膝をついた。
「ぐ……! クソォ! まだだ!」
それでもリヴォルに追い縋ろうとする名護の姿が大地の視覚を通して身体に動けと命じるのだが、未だにレイは倒された体勢のままだ。どんなに動かそうとしても、魔皇力を失ったレイの鎧が大地をその場に縫い付けて離そうとはしないのだ。
だからリヴォルが名護の顎を蹴り飛ばすのも歯を食いしばって見守ることしか大地にはできない。
「名護啓介、確かにイクサは返して貰った。後は君を殺して終了だ」
リヴォルはイクサナックルを眺めながら、球遊びをするかのように名護を蹴り転がして痛ぶっている。名護がどんなに悲鳴をあげようと、リヴォルの執拗な痛ぶりは止まらない。
「これぐらいの痛みは当然だよ、君にはいつもイライラさせられていたからね。紅音也以外の人間がイクサを使うなど、宝の持ち腐れもいいところだ。彼の嘆きが私にも伝わってくるよ」
「何を……言っている!自分の欲望を示すために死者の名を使うな!」
名護のその言葉にリヴォルの動作がピタリ、と停止した。それは今のレイのような他者の介入による停止ではなく、やがてリヴォルが可笑しくて仕方がないという風に笑い出したのだ。
「紅音也は死んでなどいない!私は紅音也と共に戦っているんだよ!? この鎧には彼のライフエナジーが宿っているのだから!」
「は………?」
名護と大地が言葉を失い、鬼塚の狂気の笑いが木霊する。
確かに彼女は紅音也に対して特別な感情を抱いているとは思っていたが、そんな冒涜的な行為に手を染めてしまうほどであったというのか。
それに彼女の放った言葉が真実なのか、大地には判別はつかないはずだが、思い当たる節があった。
リヴォルのベルトからはダークキバの記録に響く、息子かもしれない紅渡を惹きつけたかもしれない旋律が2度も鳴ったのだ。
もしダークキバのカメンライドにあったのが紅音也の記録だとしたらーーーー証拠と呼ぶには想像の域を出ないその推測も今の鬼塚を見る限りあながち間違っていない可能性は高かった。
「紅音也の死の寸前、私は彼の微かなライフエナジーを回収し、22年の歳月の果てにリヴォルのベルトに宿らせることで再びこの世に再臨した! ファンガイアを殲滅する絶対的な英雄としてね!」
「どうして……何故そこまで紅音也に拘る。命を救われたというだけでここまで崇拝できるのか?」
「……彼はゴブリン族の末裔たる私の命を救ってくれただけじゃない。他の魔族との戦いに明け暮れ、血生臭い世界しか知らなかった私に音楽をくれた。それがゴブリン族の復讐として22年間の戦いを続けるに足る理由だ」
嗚呼、もう考えたくなくなってきそうだ。
イクサも、リヴォルも、恐らくはサガもそれぞれの種族の信念の下に戦っている。そんな彼等の戦いにちっぽけな感情一つで乗り込んだ大地の言葉なんて届くと思う方が愚かだったのだ。
鬼塚の拒絶の意味を今になって実感し、心に暗い影を落としかけた大地は、そこであるものを目にする。
「鬼塚、お前は間違っている。この俺が青空の会の理想を、正義を以ってその歪んだ想いを否定する!」
全ての武器を失っても尚、正義に燃える身体で立ち上がる名護啓介という男を。
「はぁ……名護啓介、歪んでいるのは君の方だよ。己の理想に取り憑かれた君ごときがどうやって私を止める? イクサに変身できたとしても、君はすでに負けただろう?」
「負けたのはイクサじゃない、俺だ」
時間の無駄でしかない問答を億劫に感じたか、リヴォルはうんざりとした様子で首を振って、いよいよ名護に向かって止めていた歩みを再開した。そんな万に一つも勝てる見込みがない相手を前にしても名護の表情に怯えは全く見られない。
「名護さん逃げて! 僕は動けません!」
「わかっている。弟子を見捨てる師匠などあってはならないからな」
ここで立ち向かえば殺されるなんてわかりきったことなのに、何故名護は戦おうとするのか。
その理由が恵を守ろうと生身でハンミョウ獣人と対峙した自身と同じものであることに大地は気づかない。
もはや痛ぶるつもりもないリヴォルが大鎌を構えて近づいてくるのを見据え、手頃な瓦礫を拾っては投げつける名護。
鍛え上げられた腕力で放たれる瓦礫の砲丸であろうが、その程度ではリヴォルを怯ませることすらできない。
打ち払うのも面倒と言わんばかりに当たる瓦礫を無視して歩み続けるリヴォルだったが、その狙いがある一点に集中していることに気づく。
(……なるほど、イクサナックルか)
その一点とはリヴォルが握りしめているイクサナックル。確かに瓦礫よりかはリヴォルに効果があるかもしれないが、名護の敗北の結果が変わることはない。
それでも必死に瓦礫を拾っては投げる名護の姿を眺めている内に、鬼塚の中である企みが生まれた。
そして名護が投げた瓦礫がイクサナックルを持つ手に直撃した瞬間、イクサナックルがその手から零れ落ちた。
すぐさま名護は駆け出すが、それはリヴォルがわざとやったことだった。
(あまりウロチョロ逃げ回られても面倒だからね。餌を撒かせてもらったよ)
素早くイクサナックルを拾おうとする名護は結果的にリヴォルの懐に飛び込んでくる形になる。その直前を狙って大鎌を振るえばいいのだ。
その狙い通りに接近してくる名護を見据え、リヴォルはイクサナックルが落ちている場所で下から掬い上げるように大鎌を振るう。
流石に罠にかかったと気づくだろうが、この距離では間に合うまい。
しかし、リヴォルのその思惑は外れることになる。
「かかったな!」
「何ッ!?」
名護はイクサナックルとは逆の方に滑り込み、見事にリヴォルの一撃を回避してみせたのだ。そうなれば大鎌は虚しく空を切り裂くしかない。
だがイクサナックルが狙いでないとするなら、名護は何故こんな真似をしたのか。その答えは振り向いたリヴォルが身を以て知ることになった。
硬直したリヴォルから微かに舞い散る火花。その出所はリヴォルのベルトに他ならない。
そして名護がリヴォルのベルトに突き刺している道具とはーーーー。
「ファンガイア……スレイヤー!?」
名護はイクサナックルを狙っているのだと誤解させ、リヴォルに隙が生まれるのを待っていた。そして背後に回り込み、瓦礫から突き出ていたファンガイアスレイヤーを握りしめ、リヴォルのベルトを突いた。
これはリヴォルのベルトが破損すれば鬼塚の変身は解除されると睨んだ名護の一発逆転だったのだ。
だがこんな場所に都合良くファンガイアスレイヤーがあるのはある意味でリヴォル自身が招いた必然でもあった。
何故ならそれは鬼塚が飾っていた紅音也のファンガイアスレイヤーなのだから。
「これが紅音也の答えだ。彼は決してお前の自分勝手な復讐に手を貸す男ではない」
「名護さん……やっぱりすごい」
しかし悲しいかな、名護の奮闘もここが限界だった。不意を突いた一撃だったが、結果はリヴォルのベルトは微かな破損で留まり、変身の解除には至らなかった。
だとしても敬愛する男のライフエナジーが宿ったベルトを傷つけられたリヴォルの怒りは計り知れないものであるのに変わりはない。
「グゥゥ……おのれおのれおのれェェェ!! 貴様如きが音也を語るな! 傷つけるなァァァ!!」
「うわぁっ!?」
鬼塚が出しているとは思えないほどの激昂と共に名護は突き飛ばされた。
ファンガイアスレイヤーをゆっくりと引き抜いて丁重に地面に置くと、鬼塚は仮面越しに名護を睨みつけた。
相手を少々甘く見ていたようだ、もう油断はしない。
「ぐぐぐ………! うううう!!」
当たれば致命傷間違いなしの攻撃を名護は避け続けている。
変身していない名護がリヴォルに一矢報いたというのに変身している自分がここで棒立ちになっているわけにはいかない。
だというのに身体は相変わらず動く気配はない。リヴォルのベルトに傷が入ったことが原因か、ほんの少しだけ拘束が弱まった気がするが、レイの自由にはまだ程遠い。
「うぉ……うううウウぅウゥぅぅウウ!!!」
動け。名護が意地を示したように!
動け。ちっぽけな我儘を押し通せ!
「ぅゥゥぁアあアアアアアーーーッッ!! ガアアアアアア!! 動けええええ!!」
「なっ!?」
強烈な衝撃にベルトから弾き出されたレイキバットが上げた驚愕の声も、大地の尋常ならざる絶叫の中に飲み込まれた。
さらに大地の絶叫に合わせて瓦礫の中にも変化が生じた。とある一角が崩れ去ったかと思えば、そこから大小様々な破片を撒き散らして飛来するのは黒い影。
レイのバックルに覆い被さるように展開したダークディケイドライバーと遅れて飛来したライドブッカーから射出されたカードがバックルに装填される。
KAMENRIDE DECADE
レイの装甲が解除されるのと入れ替わって大地の身を漆黒の装甲が包んだ。
魔皇力を吸い取る枷もダークディケイドへの変身によって完全に無力化され、自由を取り戻した仮面ライダーダークディケイドが青藍の瞳を妖しく輝かせた。
自身の切り札を破られたリヴォルは名護を追い詰めるのも忘れて、ただ狼狽している。
「馬鹿な! どうやってテイクアップを抜け出した!?」
「フゥ! ふぅ………ふぅ、よし」
昂った感情を落ち着かせ、冷静になった頭にドライバーがとあるライダーを示した。
KAMENRIDE ROGUE
紫と黒の装甲、仮面に走る白いヒビがダークディケイドを仮面ライダーローグと同一の姿へと変えた。
ダークディケイドの未知なる形態にリヴォルは警戒するが、このDDローグにフォームチェンジした理由は攻撃ではない。
ATTACKRIDE MAGNET
「これは……磁力?」
マグネットフルボトルの力でDDローグを中心に瓦礫に埋もれていた無数の金属やリヴォルなどがゆっくりと引き寄せられていく。
強力な磁力に抵抗しているリヴォルには周囲の浮遊物を物色するDDローグを邪魔することはできない。
そして目の前に浮かぶその金属の山の中からDDローグはついに目当ての物、イクサベルトとイクサナックルを探し当て、掴み取る。
最初の目的を果たしたのでDDローグの変身を解いたダークディケイドは側に駆け寄ってきた名護にイクサナックルとベルトを手渡した。
「よくやった、大地君。流石は俺の弟子だ」
「いえ、これからです。名護さん」
そうだ、まだ大地は何も成し遂げてなどいない。
今度こそ鬼塚を止めるために、誰にも死んで欲しくないというちっぽけな意地をこれから果たすのだ。
「変身!」
レ・デ・ィ フィ・ス・ト・オ・ン
名護もイクサへの変身を果たし、ここにWライダーが並び立った。
油断なく武器を構えるリヴォルもすでに臨戦態勢だ。
「名護さん、僕はやっぱり鬼塚さんを止めたい。あの人はどこかおかしいけど、だからこそ彼女の狂気の鎖をを解き放ってしまった僕が止めなきゃいけないんです」
「君は優し過ぎる。戦士は時には非情に徹することも必要だ」
「そんな」
「だが!」
一歩踏み出し、イクサカリバーを構えるイクサ。その声音は勇ましくも、どこか優しい。
「君は君のままでいい。その優しさがあれば力を正しく使える。さあ、一緒に彼女を止めるぞ!」
「は、はい!」
この後に及んでも鬼塚を救おうとする大地には名護が思う真の戦士にはなれないかもしれない。
しかし、他者を労わるその優しさこそが大地にとって欠かせぬ原動力であり、名護にとっての正義なのだ。
瓦解しかけていた思いがより強く、堅固になることを裏付けるようにライドブッカーから飛び出した、名護の正義を記録したイクサのカードがその手に滑り込んだ。
強敵のリヴォルを相手にこのボロボロの状態で長期戦は困難だろう。ここは通常のダークディケイドよりもさらに負担が少ない姿が望ましい。
そしてこの条件を満たすカードは今まさに手に入れたばかりなのだ。
KAMENRIDE IXA
ダークディケイドがカメンライドしたのは隣に並び立つイクサとほとんど同じ姿のDDイクサ。しかし、ベルトの他に決定的に違うのは赤い複眼が隠されたそのマスクだ。
DDイクサ セーブモード。
紅音也の22年前のイクサと同じ姿の、長い調整の末に最も負担の少ないフォームとなったセーブモードのDDイクサとバーストモードのイクサ。
彼等の間にもう互いに言葉は必要ない。
「やめろ……! その姿は、イクサは音也のものだぁぁぁ!!」
2人のイクサを前にして抑えきれぬ激情を吐き出すリヴォルに、2人の白き聖職者達は悠然と立ち向かっていった。
紅渡は周囲から聞こえる戦闘音に自身のペースを乱さないように深呼吸を繰り返していた。
目の前で建造物が壊れるのを目にした渡は驚愕で固まっていたが、やがて渡の耳に流れて来た父に似た演奏に何故ここまでやって来たのか思い出した。
そして心を落ち着けた彼は父が遺したバイオリンの名器、ブラッディローズの導きに従うように演奏する。
そこには理屈なんてない。ただ父のものに似たあの演奏にあった哀しみが父の魂から奏でられている気がしたから、それを鎮めるかのように渡は琴線に弓を当てるのだ。
父の音楽を守りたいという祈りをこめて。
パワードイクサーを覚えていますか?
次回、イクサ編最終回です。
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