仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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ドライブ視聴済みの人には今更かもしれない



音速を超えるマッハはどちらか

 

 

 肌を刺すような冷たい風が吹きつける寒空の下、とある病院の側にある公園のベンチで1人の青年がスヤスヤと寝息をたてていた。

 これが昼間の時間帯なら好奇の目に晒されそうなものだが、日が出るか出ないかの境目である今の時間帯なら彼に気付く者もほとんどいなかった。

 やがて公園内に侵入する暖かな日の光に包まれて、その青年、大地はようやく重たい瞼を上げた。

 

 凝り固まった背筋を伸ばした小気味のいい音が小鳥のさえずりに混じり、朝の肌寒い空気が寝起きで淀んだ思考を急速に覚醒させていく。

 ライドブッカーとメイジドライバーを重ねただけの枕に、そこら辺で拾った布団代わりのダンボールではお世辞にも快適な睡眠とは言えなかったが、身体に蔓延っていた疲労はそれなりに取り除けた気がする。

 

「朝か……あの婦警さん、平気だといいけど」

 

 あの後、色んなことがあった。

 進ノ介のナビで辿り着いた病院に霧子が運び込まれたのは良かったが、それから進ノ介からの質問攻めにあったり、気絶していたはずの剛がいつの間にか姿を消していたりと、本当に色々だ。

 

 五回のカメンライドを行った上に、慣れない運転に気力を使い果たしていた大地には、それらの対応をできるほどの体力はもう残っていなかった。

 進ノ介からの質問攻めは刑事として当たり前のことをしているのは重々承知しているが、あのまま相手をしていれば蓄積された疲労は容赦無く身体を蝕み、霧子に続いて大地までもが病院の厄介になっていたであろうことは容易に想像できる。

 後で質問には答えることを約束した後近くの公園でそのまま倒れるように眠りに落ちていた、というのが事の顛末である。

 

 何も敷かずにベンチの上で寝転がっていた所為で薄汚れてしまった洋服を払っていると、近くの木に止まっていたレイキバットの羽ばたきが大地の髪に付いていた落ち葉を払ってくれた。

 

「起きたか、大地」

 

「おはようございます、レイキバットさん。早速だけど、お願いできますか」

 

「うむ。お前も気をつけろよ」

 

 これは眠る前に決めていたことだが、睡眠中の監視に努めてもらっていたレイキバットには写真館に帰ってもらった。

 瑠美とガイドに自身が無事であることと、今後この世界での外出は控えてもらう旨を伝えてもらうためだ。

 いつ何処で起こるかわからない重加速に加えて、バイクに乗ったバッタ怪人まで出現している現状だと見知らぬ土地を出歩くのは極めて危険な行為であり、万が一が起こった場合でもせめてレイキバットには付いててもらいたい。

 

 一応「カメンライド チェイサー」のカードも持たせておいた。これで最悪逃げることはできるだろう。

 

「さて……あんまり気は進まないけど、行こうか」

 

 剛が姉と呼んでいた霧子の無事、剛が消えた理由、魔進チェイサーの正体。知りたいことはまだまだある。

 まずは約束通り、泊進ノ介に会うことから始めよう。この際取り調べでもなんでも受けてやろうじゃないか。

 

 

 *

 

 

 ……なんて心構えで向かったはいいが、やはり刑事に面と向かって話すのは緊張してしまう。

 

 約束した場所は病院のすぐそばにある喫茶店。

 場所が場所なだけにちゃんとした取り調べでないことは確かであるものの、先に着いて待っていたであろう進ノ介から直視されていると自然と背筋が伸びるのを自覚する。後ろめたいことは何もないのに、だ。

 

 そんな大地を気遣ってか、進ノ介は置いてあったメニューを開いて差し出してくれた。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。俺は君を捕まえるために来たんじゃない。何か飲むか? 奢るよ」

 

「はい……その、ミルクティーを頂いてもいいですか」

 

「お安い御用さ、店員さーん!」

 

 悪いと思いつつもその言葉に甘え、ほどなく運ばれてきた柔らかな香りのミルクティーに口をつける。

 少々濃厚すぎる味わいが、冬の気配が微かに残っていた空気の中で冷え切っていた身体を喉から順に暖めていく。身体を固めていた緊張もほんの少しだけ解きほぐされた気がした。

 

 もう一つ頼んでいたミルクティーのカップに進ノ介も手を伸ばし、二人の間に暫しモーニングタイムに相応しい、静かな時間が流れた。

 

 大地がカップの中身を半分ほど開けたところで、先に進ノ介が口を開いた。

 

「まずは礼を言わせてくれ。君のおかげで霧子をすぐに病院まで運べた。いや、それだけじゃない。君がいなければ俺達はあのロイミュードに全員やられてた。ありがとう」

 

「い、いえ。僕は仮面ライダーとして当然のことをしたまでです。むしろ僕が至らないせいであの婦警さんに傷を負わせてしまいました……ホントにすいませんでした」

 

「君がそんなに自分を責める必要はないよ。霧子の傷だって大したことはないし、1日安静にしてれば大丈夫だって言っていた。それに君には他に聞きたいことがある」

 

 いよいよ来たぞと大地はこれから言われるであろう質問の内容に思考を割いた。

 この進ノ介という刑事はロイミュード関連の犯罪を捜査する「特状課」に所属しているが、マッハの正体等大地が知っている情報のほとんどについて把握していないようだ、とレイキバットとの会話で判明していた。

 今ここには不在の霧子も剛がマッハである事実に驚いていたようだし、家族にまで正体を隠していたというならば、ここで大地がペラペラと喋るわけにもいくまい。

 

 極めて短い交流ながら、進ノ介が信頼に値する立派な警察官だとは理解しているのだが、それとこれとは話は別。剛個人に関わることは喋らない、と決意を固める。

 

 そんな大地に向けられた最初の質問は彼の予想から外れた、しかしその本質を突くものだった。

 

 

「仮面ライダー、って一体なんなんだ?」

 

 

 

「……うーん」

 

 沈黙を経てようやく絞り出せたのは、唸り声に近い。

 

 仮面ライダーとは何か。それは大地にとって、いつの間にか抱かなくなった、忘れてしまった疑問。

 当初は怪物と戦い、人々を守る戦士の名前くらいにしか思っていなかったし、実際仁藤や名護はこれ以上ないほどの良い例だった。しかし、振り返ってみればその定義が当てはまらないライダーだって大勢いた。

 垣間見た記録では王蛇、ガオウ、ソーサラーなど自身の快楽のためだけに戦っていたライダーだっているし、かつて遭遇したサガやリヴォルも純粋な人類の味方ではないだろう。

 

 最初に訪れた「ビーストの世界」では魔法使いが変身する戦士であり、「イクサの世界」では自らの種族のために戦う戦士だった。

 世界ごとに仮面ライダーの定義が変わるというならば、この「マッハの世界」での仮面ライダーとは一体何か?

 それこそ進ノ介が問う答えであり、同時に大地が詩島剛、仮面ライダーマッハを記録するために一考すべきことと言える。

 そのために進ノ介の質問にできる限り答え、知り合いの関係らしい剛のことを問うてみよう。

 

「仮面ライダーはロイミュードと同じテクノロジーで作られた、コア・ドライビアを持つ戦士のことです。だから重加速の中でも自由に活動できる……みたいです。詳しい原理は僕にもわかりませんけど」

 

 知りうる情報を整理して、教えられるものだけを要約した簡潔な回答ではあったが、それでは進ノ介は満足しないらしい。

 

「ああいや、そうじゃなくて、どうして仮面ライダーは戦うんだ? 君や剛は何故ロイミュードと戦うのか、その理由が聞きたいんだ」

 

「僕は……人々を守るために戦います。でも、詩島さんは……僕もあの人のことは会ったばかりで、全然。どんな人なんですか?」

 

 ややこしくなりそうなので記憶の件は割愛したが、少なくとも人を守りたいという衝動に近い想いは嘘ではなかった。

 仮面ライダーマッハ、詩島剛の戦う理由もまた「人々を守るため」だと勝手に思っていたのだが、昨日の戦闘で感じたのはそれ以上の執念とも言える、決して純粋ではない何か。

 

「あいつは……剛は霧子の弟で、アメリカ帰りのフリーのカメラマン。でも何か深いものを抱えてるとは思ってたけど、それが仮面ライダーだったなんてな。俺は今でも信じられないよ。あいつはいったいどんな想いで戦ってるのかーーー」

 

「そんなに気になるのは警察官だからですか? それとも、同僚の弟だからですか?」

 

 大地にそう言わせたのは些細な興味からだった。

 

 進ノ介が仮面ライダーについて尋ねてくるのも、最初は警察官の捜査の一環としか考えていなかったが、剛や自分の戦いに対する想いを追求する彼の姿勢には、個人的な感情が含まれているようにも見える。

 言い方は悪いが、ロイミュード相手には太刀打ちできない警察官が仮面ライダーにどんな感情を向けているのか。

 出会ってきた人間は誰も彼もが仮面ライダーに関係する人物で、それ以外が仮面ライダーを、自分をどんな目で見ているのか。気にならなかったわけではない。

 

「恥ずかしい話だけど、俺達は重加速低減装置がなければ現場で動くことだってできやしない。ロイミュード出現の通報を受けても、パトカーで現場に向かうことすら不可能なんだ。殆どの場合、特状課全体を覆う重加速が発生してしまうからな」

 

「……え? 特状課全体を?」

 

 ライダーが所属しているならまだしも、話を聞く限りではまともな戦力を持たない特状課を狙って重加速が発生しているとはどうにも解せない。ロイミュード側の警戒心が強いということなのだろうか?

 

「どうかしたのか?」

 

「あ、何でもありません」

 

 しかしここではあまり関係のない話であり、大地は頭を切り替えて続きを促した。

 進ノ介も一瞬だけ眉を顰めたが、それ以外は大して気にした様子もなかった。

 

「…まあ、つまり俺達は犯罪の捜査はできても、いつも現場には仮面ライダーが先回りしていて到着した頃には何もかも終わってる。仮面ライダーの噂は聞いていても、実際目にしたことはほとんどなかった。大きな責任を背負うはずの警察官が………だから、何故君達が何を背負ってロイミュードと戦うのか。俺はそれが知りたかったんだ」

 

 苦々しく吐き出す進ノ介の言葉の節々に添えられていた、市民を脅かす怪物相手に何もできない悔しさは、目覚めた時から力を与えられていた大地には無縁のものなのかもしれない。

 

 それでも彼が行なった吐露を聞けば聞くほど、懐の変身アイテムが心無しか重く感じるようになる。

 それは、力を持たない者が、戦いたくても戦えない者がいることを認識したその時に初めて意味を為す重みーーー大地がようやく自覚した、力を持つ者に与えられる責任だ。

 

 はっきり理解できたと言えば嘘になる。だが、その一端には確実に触れたのだ。

 特状課に重加速が発生するのならば、大地にはただ一つだけできることがある。

 

「泊さん、渡したいものがあります」

 

 そんな大地がこれから行うことを無責任であると、誰が言えるだろうか?

 

 

 *

 

 

 とある病院の一室、昨日の事件が嘘に思えるほど静かな部屋のベッドで、詩島霧子は横になっていた。

 だが寝ているわけでもなく、既に意識も取り戻しており、ただやることがないからそうしているだけだ。偶然にも他の患者はその部屋におらず、静か過ぎる環境は霧子にとって逆に落ち着かない。

 本音では今すぐにでも起き上がって、弟を探しに行きたいと霧子は思っている。大した怪我もしていないのだが、相棒の進ノ介が一日安静にしているようにと珍しく真剣に言うものだから、仕方なく従った。

 

 弟に化けたロイミュードの光輪が目前に迫り、もう駄目だと悟ったあの瞬間は今でも鮮明に覚えている。あの銀色の仮面ライダーが食らっていた光輪の威力も。

 だからこそ彼女は不思議に思う。何故自分には殆ど外傷がないのかと。

 

「やっぱりあの時のあれは……」

 

 爆炎が霧子を飲み込みかけた刹那に見えた黒い影。

 あの存在が自分を守ってくれたのだすれば辻褄は合う。

 かつて命の危機を救ってくれたのも黒い仮面ライダーであったと霧子は記憶している。

 はっきりと姿を見たわけではないが、もしかするとグローバルフリーズの日に助けてくれた仮面ライダーなのかもしれない、なんて妄想に等しい考えすらも思い浮かぶほど、あの影と仮面ライダーが霧子の頭の中で重なり始めていた。

 

 

「ーーーそんなしかめっ面してたら美人が台無しだぜ?」

 

 考えを巡らせていた霧子は、そこで初めてベッドの傍に立っている人物に気が付いた。

 

 詩島剛、霧子の弟であり、昨日、仮面ライダーマッハの正体として霧子を驚かせた張本人である。

 

「剛!? 貴方、どうして!」

 

「ちょ、姉ちゃん! ここ病院。ね? お見舞いに姉ちゃんの好きなもの沢山買ってきたからさ、一緒に食べようぜ」

 

 慌てて口元に人差し指を当てる剛にかける言葉が次から次へと浮かんでは消えていく。

 

 どうして仮面ライダーになったのか。何故黙っていたのか。もう1人の仮面ライダーは誰なのか。あの時自分を庇ったのは?

 

 そのどれもが姉として弟に聞きたいことであったが、剛の目を見た途端、その全てを飲み込んでしまった。そして実際に言葉として声にするのは警察官として聞くべきこと。

 持参してきたらしい袋を覗いて中を弄っている剛に、霧子はそれをぶつけてみる。

 

「剛ーーー貴方は本当に剛なの?」

 

「姉ちゃん、それ本気で言ってる? 弟の見分けぐらいついてくれよ」

 

 わざとらしく溜息を吐いて、しかしにやけた表情で剛が茶化しても、それとは真逆の真剣な表情の霧子はニコリとも笑わない。それどころか睨んでいるように見える覇気すら纏っている。

 常人ならば震え上がってもなんら不思議ではない彼女の眼光を受けても、剛は身動ぎ一つしない。弟だったら当然のことだ。

 相変わらずの無愛想だな、と呟いて頭を掻いた剛はやや慌てたように疑いを解こうとしてきた。

 

「姉ちゃん警察官だもんな。それも特状課に所属してて、俺をコピーしたロイミュード見てるんだから疑うのも無理ないか。でもさ! 偽者の俺はすぐにぶっ潰すから安心して。姉ちゃんは知ってるだろ?俺、超強いからさ!」

 

 言っていることに別段不自然な箇所はなく、剛らしいとも感じる。

 もし相対しているのが霧子ではなく、進ノ介だったならこれで信じるかもしれない。

 だが、彼女には疑惑が拭いきれない。

 

「…そうね。貴方が仮面ライダーなら、ロイミュードとも戦える。でも、一人だけでは危険よ」

 

「大丈夫だって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()から。あ、進兄さんや追田のおっちゃん達にも白いライダーは敵じゃないってちゃんと言っといってくれよ? いきなり撃たれでもしたら大変だからさ」

 

「ええ、わかったわ。泊さん達にはちゃんと伝えておく」

 

 

 ようやく誤解を解けたと思ったか、剛はホッとした表情を見せた。

 

 

「ーーー貴方が、剛をコピーしたロイミュードだって」

 

 

 一瞬だけ凍りついた空気は決して霧子の気の所為ではないだろう。

 溜息をついて、少しの悲しみを漂わせて弁明を始める剛にも彼女は少しも動じない。

 

「…はあ? なんだよそれ。姉ちゃん、ちょっと冗談にしてはキツいんじゃないの? 酷いなあ、世界でたった1人の弟なのにさあ」

 

「無駄よ。他の人を騙せても、私はそうはいかない。剛のたった1人の姉だから」

 

 完全な確信があるかと言われれば、答えはノーだ。

 唇を尖らせて不満げに抗議の声をあげる彼の外見は産まれた時からずっと一緒にいた弟となんら変わりない。もしかすると、職業柄疑ってかかってしまった霧子の勘違いであるという可能性だって十分考えられる。

 しかし、霧子の疑いを強めた原因は単なる勘以外として、彼の発言にあった。

 

「アメリカから帰国して剛は良く言ってたわ。危険は大好物だ、って。私を安心させるためとはいえ、絶対にしない、なんて嘘を不器用なあの子が言えるはずない」

 

「そんなことで疑ってるのかよ。単なる言葉の綾かもしれないのに?」

 

 彼の言うことは最もらしく聞こえる。霧子の勘を補強するには、少々苦しい言い分とは自覚しているが、一番の理由がまだ残っていた。

 

「それに、貴方は剛の見た目をコピーしていても、目の奥にある悪意だけは隠しきれてない。剛は私をそんな目で見ない」

 

 これこそが一番の理由にして、疑惑を抱いた切欠。

 一切の淀み無く言い放たれた剛は呆気に取られたように、ポカンと大口を開けた表情をしてーーー次の瞬間には吹っ切れたように笑い声を吐き出した。

 

「ーーーック、ハハハハハハハハハハハ! いやあ、さっすが姉ちゃん! 確かに見た目まではコピーできても、あのシスコンっぷりまでは真似できなかったってわけだ! こりゃ傑作! でも、いいとこ突いてるよ、俺が一番コピーしたかった感情はしっかりコピーできてたみたいだからさ! ハハハハハハハハハハ!!」

 

 やはり霧子の睨んだ通り、この男は剛をコピーしたロイミュード 019であった。

 もはや隠そうともしない邪悪な笑みを表に出して笑う彼には弟の面影などどこにも有りはしない。

 同じ顔、同じ声で剛を嘲る彼に激しい怒りを感じながら、なるべく冷静を努めて霧子は問う。

 

「黙りなさい。どうして剛をコピーしたの!?」

 

「言ってもしょうがないでしょ。あんたは今からーーー眠るんだからさぁ!」

 

「ッ!」

 

 その瞬間、詩島剛の皮を脱ぎ捨てたスピードロイミュードはその正体を現す。

 嫌悪感を持たざるを得ない姿を間近に見て一瞬怯んだ霧子ではあったが、スピードの腕が振り下ろされる寸前にベッドから飛び上がる。

 下級ロイミュード相手でも見劣りしないであろう、霧子の身体能力にスピードはヒュウと口笛を吹いた。

 そのまま逃げるかと思いきや、他の入院患者を見捨てるわけにもいかない霧子は交戦するつもりで背後に回り込んだ。

 上手くスピードの脇をすり抜けて背後を取るとは、大した瞬発力と反射神経の持ち主だが、スピードの名は伊達ではない。

 気合の声を発した霧子の鋭い蹴りがスピードのボディに命中する直前、彼の姿は残像を残して掻き消えた。

 

(速いッ!?)

 

 長い髪を揺らす突風が背後から吹けば、スピードがどこに行ったかは誰でも察せられる。

 恐怖に乱れる間も無く、首筋に当てられた硬い感触から伝わる無言の圧力に、霧子は抵抗を諦めるしかない。

 

「うーん、惜しいねえ。まあ俺が進化してなかったらわからなかったかな?」

 

「私をどうするつもり……?」

 

「とりあえずは一緒に来てもらうよ。その後は内緒かな」

 

 いくら気丈に振る舞っていても、霧子にだって背後のおぞましい怪物に恐怖を感じない訳ではない。

 視界の端にチラチラと映る、人間の皮膚など容易く引き裂くのは想像に難くない鋭利な棘がより一層それを掻き立てられ、それでもなんとか注意を引ける物はないかと眼球だけを動かして探る霧子は、そこである物を見つける。

 

(あれはーーッ!…… ミニカー?)

 

 真っ白な床を滑るそれに目を凝らすと、どうやらそれは霧子も見慣れた白黒のパトカーであると判ったが、いかんせんサイズが小さ過ぎる。車好きの進ノ介が持って来た玩具が落ちていただけにしか思えない。

 期待外れから来る落胆と、同僚への理不尽な怒りを抱きかけた直後、霧子も予想だにしない事態が起こった。

 

(ミニカーが……浮いた?)

 

 霧子は知るよしもないが、それは決して進ノ介の玩具などではなく、彼女を護衛していたシフトカー、ジャスティスハンターであった。

 

 圧倒的なサイズ差を物ともせずに突撃するハンターの姿をスピードが認めた時にはすでに霧子に向けていた腕を弾かれた後だ。

 思わぬ邪魔をされたスピードは、その隙を見逃すことなく距離を取る霧子を追うわけでもなく、果敢に挑むハンターを余裕の態度で躱しながら、外に通じる窓を叩き割った。

 

「へえ、シフトカーが見張ってたか。そう上手くはいかないってことね。じゃあまたね!」

 

「待ちやがれ!!」

 

 割れた窓から飛び降りたスピードと入れ替わるように、病室へ飛び込んで来た男を見て霧子は驚愕の叫びをあげる。

 ついさっき病室に入ってきた弟に化けたロイミュードと同じ顔の男、つまりは本物の詩島剛であったために。

 

「剛!?」

 

「無事か、姉ちゃん!」

 

 終始余裕を崩さなかったスピードとは対照的にかなり焦った様子のこの剛だって必ずしも本人とは言えないのだが、状況と態度を鑑みてまず間違いない。

 それに霧子を見つめるその眼の奥に宿る色はまさしく剛そのものだった。

 

「あんの野郎……!! 姉ちゃん、あいつはすぐにぶっ壊すから安心してくれ!」

 

 眉間に皺を寄せて、憤怒の形相のまま、スピードが出て行った窓に足をかけた剛に霧子は無意識のうちに呼び止めてしまった。

 

「待って剛!……気をつけて」

 

 言うべきことは他にもあるはずなのに、出てきたのは彼を案ずるものであり、その優しい声音を聞いて時間がないと知りつつも剛は振り返る。

 心配してもらった本人が目を丸くしているというのもおかしな光景だが、彼にとってはそんな風に言われること自体が意外であったのだ。

 

「……どうしたの?」

 

「いや…姉ちゃんは怒ると思ってたから。俺が姉ちゃんに黙って仮面ライダーやってることとか、さ」

 

 そのどこか後ろめたそうな俯向き加減な様はとてもロイミュードと戦っている秘密の戦士とは思えず、霧子は苦笑を漏らす。

 

「怒ってるといえばそうね。けど、それよりも私は剛のことを信じてるから。剛ならきっとあのグローバルフリーズの黒い仮面ライダーと同じように、みんなを守るために戦ってるって。でも、帰ったらちゃんと説明すること! いい?」

 

 微かにだが、剛の表情が震えた気がした。

 しかし、彼が霧子に背を向けたためにどんな心境なのかまでは窺い知ることはできない。

 

「俺には姉ちゃんにそんなこと言ってもらえる資格なんてないよ…」

 

「え?」

 

「…変身!」

 

  シグナルバイク! ライダー! マッハ!

 

  ズーットマッハ!

 

 スピードの後を追って一陣の風となったマッハ。

 窓から飛び出した青白い軌跡を目で追いながら、霧子は最後に彼が呟いた言葉に言い知れぬ不穏を感じた。

 

 そして思い出したかのように携帯を取り出してどこかに通話をかける彼女の足元で、護衛を続けるハンターは忠実な番犬の如く、目を光らせていた。

 

 

 *

 

 

 シグナルマッハの加速能力を限界まで引き出したダッシュで、病室から逃走したスピードを追跡していたマッハは、病院からさほど離れていない開けた場所で足を止めた。

 スピードなんて名を冠するぐらいなのだから、相当な距離を逃げていると予想していたのだが、それに反してスピードは余裕綽々といった様子で寝そべっている。

 駆け付けたマッハに対しても一切慌てずに伸びなどをしているスピードは挑発しているようにしか見えず、どうしようもなくマッハを苛立たせた。しかも自身をコピーしたロイミュードがそうしているのだから猶更だ。

 

「あれ? よーやく来たのか。マッハってもっと早いと思ってたけど、そうでもないねえ」

 

「てめえ…昨日といい、今日といい、なんで姉ちゃんを狙った!?」

 

「えー、だってお前姉ちゃん好きだろ? 他の奴に姉ちゃんもコピーもさせれば姉ちゃん二人に増えるんだぜ、お前も喜ぶかと思ってさあ。でもよくよく考えてみたら、俺はお前から生み出されたようなもんだしお前のことは『父さん』って呼ぶべきかなあ? ハハ、ハハハハハハハ!」

 

 マッハは返事をしなかった。返事ができないほど怒りと憎しみに震えていたのだから。

 

  シグナルバイク! ライダー! デッドヒート!

 

 無言で変身を遂げたデッドヒートマッハの装甲は、まるで内から燃え盛る怒りの炎で彩ったように、紅の蒸気を噴き上げた。

 デッドヒートの熱が生温く感じるほどに身体が熱を灯していようと、それすらも今のマッハにはエネルギーとなり得る。

 仮面に隠されているはずの、激しい憎しみに歪ませた剛の表情を全身で体現しているマッハを前にすれば、殆どの敵は恐怖に慄くだろう。

 

 しかし、そんなかつてないプレッシャーを放つマッハが接近してきても、スピードは恐れるどころか、寧ろ喜んでいるようにも見える。

 

 上等だ。バラバラの破片になっても笑えるものなら、笑ってみるがいいさ。

 

  バースト! キュウニデッドヒート!

 

 装着者である剛自身にもダメージを与えかねないエネルギーを放出して、握り込んだ拳からは骨が砕けてもしまっても不思議ではないほどの軋む音が響く。

 強く踏み込んだ地を蹴って、高速でスピードに迫りながら、全身を焦がす熱も、湧き上がる負の感情に乗せて、マッハの拳が突き出される。

 激昂の叫びと共に放たれた腕はその勢いに任せてスピードのボディを貫いたーーー

 

「おっそ」

 

 否、手応えはない。貫いたのはスピードの残像だった。

 勢い任せのパンチを放った体勢のマッハには標的を見失ってよろめく、というほんの一瞬の隙ができる。

 そうしてがら空きになっている腹部にスピードの膝がめり込むのと、ブゥン、と風を切る音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 

「がはッ!?」

 

 腹部から響く鈍い痛みを感じる間も無く、頭部が剛の意思に関係なく横を向く。殴られたのだと理解した頃には、背中を削られる激痛から反射的に叫んでいた。スピードの姿を一瞬捉えたかと思えば、次の瞬間には顔面を蹴り飛ばされている。

 

 暴風にも等しい苛烈な攻撃から解放された時、装甲のあらゆる箇所から火花を吹き上げたデッドヒートマッハが地に伏した。

 

 通常形態と比べて、デッドヒートマッハでは確かにスピードが微かに落ちるというデメリットはある。しかし、幹部クラスでもない通常のロイミュードが至る進化態ごときではマッハに追いつけるはずがない。だが、スピードロイミュードとは単に詩島剛をコピーしただけの進化態ではなく、マッハドライバー炎のデータまでも取り込んでいる。つまりこれはスピードの進化態本来の性能に加えて、仮面ライダーマッハの速度を上乗せしているに等しい状態なのだ。

 

 こうして長々と説明を述べたが、重要なのはただ一つの事実。

 

 スピードロイミュードは仮面ライダーマッハよりも速い、ということだ。

 

「チクショウ……ッ! どうして!」

 

 だが、ブーストがかかったデッドヒートの速さを相当なものであるのは確かだ。にも関わらずここまで圧倒的な差で叩きのめされた事実に納得できず、マッハは悔しげに唸る。

 

「どうしてって、そりゃあお前のおかげだよ。俺はお前の憎しみとマッハをコピーして進化した。お前がロイミュードを憎めば憎むほど、俺が抱くロイミュードへの憎しみとシンクロし、俺はさらに強くなる! 中途半端で独りよがりな誰かさんよりもなあ!」

 

「ロイミュードへの憎しみ……? 何言ってやがる、お前だってロイミュードだろうが!」

 

 困惑を滲ませたマッハに、スピードは可笑しそうに鼻を鳴らす。わかりやすく侮蔑を込めたその仕草がまたマッハを苛立たせた。

 

「何がおかしい!?」

 

「いや、お前の視野の狭さに思わず、さ。だって同じロイミュードを憎むのがそんなにおかしいか? 人間だって互いに憎みあうくらいだ。それなら俺が大した実力も無いくせに偉そうにしてるブレンや、ハートに媚びてばっかのメディックをぶっ潰したいと考えてもおかしくないってわけ」

 

 ああ勿論、と続けるスピードはパチンと指を弾いた。

 それが合図だったのか、どこからともなく現れたロイミュード 051が何か黒い物体を抱えてスピードの隣に並んだ。

 粗大ゴミを扱うよりも遥かに雑な仕草で投げ捨てられたそれが何かモゾモゾと悶えていると、甲高い音がした。

 それが足先をその物体にぶつけることで愉悦を感じているらしい051の奇声であると理解するのに時間はかからなかった。

 

「ヒャヒャヒャ!! どうだぁ? 痛いか死神ィ!? 苦しいかぁぁ!? お、俺の受けたのはこんなもんじゃねえぞぉぉ!!」

 

「グッ、グアアアアッ!?」

 

 聞き覚えのある声、見覚えのある髑髏のマーク。

 火花を散らすそれは見るに耐えないほどボロボロであったが、マッハも幾度となく激突したロイミュードの死神、魔進チェイサーに違いなかった。

 

 しかしあの死神とまで呼ばれた魔進チェイサーが下級ロイミュード相手にここまで痛めつけられるというのも、マッハからすれば不自然な光景である。

 そもそもマッハに何度も辛酸を舐めさせたあの強敵がこんなボロクズのようにされているのがどうにも腑に落ちない。

 その疑問を読み取ったか、スピードは這い蹲るマッハに語り掛ける。

 

 そうして紡がれた言葉は理解し難い、というよりも理解したくないものだったが。

 

「見ろよ、あの時こいつが庇ってくれたおかげで姉ちゃんは助かって、俺達もボロボロになったこいつを労せず捕まえられたんだぜ?」

 

 霧子が爆炎に呑まれた時、確かに剛はその一部始終を見届けてはいない。彼女が無事で済んでいるのは剛も不思議に思っていたことだが、進ノ介が助けたのだろうと大して気に留めていなかった。

 

 その真相が、魔進チェイサーが霧子を庇っただと?

 

「は……? 何であいつが、あいつはロイミュードでーー」

 

 憎むべき悪のロイミュードが、その幹部が姉を庇った。

 認められるわけがない。

 どうせあのムカつくスピードロイミュードの出まかせに決まっているのだ。

 

 

「あー、そっか、知らないんだったな。あいつはロイミュード 000。クリムが作った最初のロイミュードのプロトゼロにして、最初の仮面ライダー、プロトドライブ。あいつには元々人間を守るプログラムが組み込んであったんだよ」

 

 

 思い切り頭部を殴られたような衝撃に言葉を失い、思考が停止したマッハは悶える魔進チェイサーを見て、完全に硬直した。

 

 信じたくない、知らない方が良かった、そんな事実を知ってしまった彼の心情はまだ誰にもわからない。

 

 

 




スピードロイミュード

汚い超デッドヒートマッハ、もしくはアナザーマッハをイメージした外見。攻撃的な見た目に違わぬその性能はマッハの上を行く。ゼンリンシューターが大型化したような右腕を使った接近戦を得意としているが、光輪による遠距離攻撃もできる。
その能力はデッドヒートマッハを翻弄するほどの高速移動。
目的は気に食わないロイミュードへの復讐のようだが…?


ドライブ視聴済みの人にはプロトドライブの正体なんて今更ですよね。未視聴の人はごめんなさい…でもこの機会にドライブ観てくれると嬉しいですね。ちょうどアマゾンプライムビデオで配信開始したので。

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