仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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鍛える大地

 

 二十六之巻 『鍛える大地』

 

 私は天美あきら。師匠のイブキさんの下で鬼になるための修行を積んでいました。

 異常発生を続ける魔化魍にイブキさんや、他の鬼の方々と協力して対処に追われる日々の途中、私達の前に奇妙な黒い鎧の男が現れました。

 そして……今、私の前には赤い鎧武者がいる!

 

 

 *

 

 

 天美あきらは恐怖している自分を自覚していた。禍々しい雰囲気を纏う仮面ライダーセイヴァーに。

 多少鍛えているあきらでもこんな存在に対抗なんてできるはずもないからだ。

 それでも師匠に助けを求めるくらいはとディスクアニマルを起動しようと再び伸びかけた腕はセイヴァーに掴み取られる。

 

「待てと言っただろう。俺は怪しい者じゃない」

 

「そんなことを言って…!」

 

「フ、宗家の鬼を師とするなら鬼の鎧*1くらいは知ってるものと思ってたが違ったらしいな」

 

「え……?」

 

 セイヴァーはその恐ろしい外見とは裏腹に襲いかかる素ぶりも見せない。

 しかもそればかりか「鬼の鎧」なんて聞き捨てならない言葉まで吐いたではないか。

 ほら、と一回転して自身を見せびらかすセイヴァーの姿は確かに魔化魍というよりも鎧武者を連想させる。

 

「じゃあそれが鬼の鎧…?」

 

「それの最新式とでも言おうか。アレもその類だと思ってくれて構わない」

 

 赤黒い腕がアレ、と指し示すのは他でもないダークディケイド。

 セイヴァーほどでもないが、あれもまた鎧に見えなくもない。

 さっきまでの警戒心はどこへやら、あきらから向けられるものが興味に変わったことを確信したセイヴァーは仮面の奥でほくそ笑むのだった。

 

 

 *

 

 

 ダークディケイドが出会った二人のライダー、仮面ライダー威吹鬼と仮面ライダー弾鬼。

 魔化魍を長年相手にしてきた二人にとっては互いの得手不得手を理解した上で役割分担に言葉を交わす必要はない。空を飛ぶウワンには射撃を得意とする威吹鬼が、音撃打で倒す必要のあるバケネコには音撃棒・那智黒を構える弾鬼が当たる。

 

「あれがこの世界のライダーってわけか」

 

「凄い…あの人達、相当鍛えてるんだよ。なんか身のこなしが半端じゃない」

 

「一理ある。青空の会でもあそこまでできる奴は名護啓介くらいだろうな」

 

 彼らの実力はかつて遭遇したライダー達と比較しても何ら見劣りしないばかりか、単純な身体能力の高さでは比肩する者など殆どいないと言っていい。

 特に威吹鬼が構えるトランペット型の拳銃、音撃管・烈風の正確無比な狙いは銃撃がイマイチ苦手な大地に感嘆以上の羨望すら抱かせる。

 ファンガイアと対抗する組織で開発されたレイキバットが感心している様子からも彼らの実力が如何に高いのかが察せられた。

 

 

 そんな強者たるライダー達にかかればあのすばしっこい二匹の魔化魍も並みの怪人に見えてしまうほどで、瞬く間に組み伏せられてマウントを取られたバケネコに弾鬼はベルトから音撃鼓・御影盤を叩きつける。

 

「よっしゃああ! 音撃打! 破砕細石(はさいさざれいし)!」

 

 バケネコを地面に押さえつけるようにして巨大化した御影盤に気合一閃、二本の音撃棒が頭上高くから一気に振り下ろされる。

 バケネコの身体そのものを太鼓に見立てた弾鬼が一心不乱に乱打すれば、周囲に漏れた衝撃が力強い音となって響き渡る。

 もがき苦しむバケネコは音撃棒による打撃よりもその音への拒絶反応を示しているようで、あれほど迫力のあった唸り声もどこか弱々しい。

 

 また、空を舞っていたウワンの喧しい羽音もいつの間にか鳴り止んでおり、威吹鬼の旋風と一体化したかのような回し蹴りを連続で叩き込まれていた。

 羽を撃ち抜かれたせいで逃げることもできないウワンの身体に音撃菅・烈風から赤い実弾の鬼石が何発も埋め込まれ、威吹鬼は即座にベルトのバックルから音撃鳴・鳴風を烈風の銃口に合体させる。

 

「スゥー………ッ! 音撃射! 疾風一閃!」

 

 深く吸い込んだ息は鋭く貫き通す音に、音は鬼石と共鳴する疾風となってウワンの体内から清めの音を響かせる。

 二人のライダーが奏でる音撃はさながら山奥の演奏会。

 一瞬ここが戦いの場であることも忘れて聞き惚れてしまい、その神秘的とも幻想的とも言える光景に心奪われる大地。

 

「ミギャアアアア!?」

 

「ギギーーギギギギギギ!?」

 

 そんな束の間のコンサートも魔化魍の耐久値が限界を超えたせいで終わりを迎える。

 共鳴する音撃を目一杯詰め込まれて破裂した身体からは落ち葉や土塊しか残らない光景には狐につままれるという言葉の意味を身を以て理解する大地であった。

 

「弾鬼さん、お疲れ様でした」

 

「お疲れ! …で、問題はあいつだよな」

 

 互いを労う威吹鬼と弾鬼からの視線には敵意や警戒は込められていない。

 瑠美達を守って戦った場面をルリオオカミなるものを通して見ていたからかもしれないが、単純な興味だけを向けられるのもそれはそれでやりにくいな、と内心苦笑するダークディケイドは迷った挙句に両手を挙げてこちらの敵意もないことを示す。

 物々しい見た目のダークディケイドが縮こまって両手を挙げている珍妙な光景は鬼達も困惑することで静寂に包まれ、やがて堪え切れなくなったように「フフッ」と吹き出した音は聞き間違いではあるまい。

 

「うん、やっぱり君悪い人じゃないよね。話、詳しく聞かせてもらえるかな」

 

「勿論ですけど…疑ったりとか、しないんですか」

 

「実は武者童子でした、だったら洒落にならねえよな! ハハハハ!」

 

 マイペースというか、なんというか。仁藤だってここまで和やかな雰囲気では無かったのに、こんなにも受け入れられると返って頼もしくも感じてくる。

 

 それから顔だけ変身を解除した彼らに器用だなぁと大地は大地で見当違いな感想を抱きながら、詳しい事情を説明するために彼等が拠点とするテントに向かうのであった。

 

「あきら! 戻るよ」

 

「………はい。イブキさん」

 

 その際に合流した少女が大地に対して懐疑の目をしていたのも、いつものことかと大して気に留めることはなかった。

 

 

 *

 

 

「で、明日から大地くんもイブキさん達と一緒に山籠りすると」

 

「山籠りっていうとちょっと違うような…まあそういうことです」

 

 大地は仮面ライダー威吹鬼の変身者、イブキからこの世界の概要を聞いた後に一旦写真館に帰ってきていた。

 と言ってもまた明日の早朝から同じ山に向かって合流するのだが。

 

 結局弁当作ってピクニックしただけで何もできていない瑠美は大地の手伝いをしようと意気込んで、一緒に行きたいとの発言は大地とレイキバットに即座に却下されることになる。

 

「なんでもあの山の周辺、今すっごく危ないらしいんです。魔化魍の発生頻度が異常に高くて、今の季節にはいないはずの個体まで出現しているらしくて」

 

「原因はまだわかっていないらしいがな。向こうも猫の手でも借りたいようで一緒に戦うと言う大地もすぐに受け入れられた。ついでに少し鍛えてもくれるんだとよ」

 

「そうですか……」

 

 この世界の仮面ライダーとは首尾良く知り合えて、その上で鍛えてまでくれる。

 トントン拍子で進む状況は喜ばしいはずなのに、瑠美の心には拭いきれない靄が立ち込めていた。

 それを外面に出して悟られるような真似はしないが、明日の準備を熱心に整えている大地に何もしてあげられない自分への不甲斐なさは大きくなる一方だった。

 

 それでもまだできることはないかと、せめて現地での雑用ぐらいはできるのではないか。

 

「あ、瑠美さんはできればあの山の近くには行かないようにね。さっきも言った通り、年間の出現数よりも明らかに多いっぽいから」

 

「え…あ、はい。勿論ですよ!」

 

 しかし瑠美の細やかな願い出も(本人のその意思はないだろうとはいえ)やんわりと拒絶されてはもう頷くしかない。

 これは仕方のないことだ、戦闘できない瑠美など足手まといにしかならないのは子供でもわかる、と無理矢理にでも納得させようとしてもこの無力感に歯を噛み締めなければやっていられない。

 

 いつもと変わらないように、いつも以上に気を使って、浮かべた笑顔の下には無意識のうちに洋服の端を皺になるほど強く握りしめる瑠美。

 その微かな変化に気付いたのはただ一人、いやただ一羽だけだった。

 

「瑠美……?」

 

「どうしたの、レイキバットさん。明日行けますよね?」

 

「ん、ああ…」

 

 

 *

 

 

 大地が山に入ってから数日が経った。

 それはイブキの指導を受けながら相変わらず異常発生を続ける魔化魍と戦う日々。

 

「うーん………課題は多そうだね」

 

 それは銃撃の狙いをつける特訓として台の上に置いた空き缶を撃ち抜くという古典的な訓練だった。

 イブキから言われた通りに撃つ時の姿勢や構えなどを整えて、ライドブッカーで撃ってみるのだが、どうにも上手くいかない。

 空き缶どころか、台そのものを吹っ飛ばした惨状にはイブキも困ったような苦笑を漏らす他なかった。

 

 これが初めてというならまだ救いようはあるが、残念ながらこの特訓もすでに3日目なのだ。

 

「実際に戦う時なら怪人にはまあまあ当たるんです。でもカードの補助無しで一点を狙い撃つのはまだできなくて」

 

「僕もそういう精密射撃が得意ってわけではないんだ。ただバケネコみたいなすばしっこい魔化魍もいるから素早くきちんと狙いをつけるのはいつも心掛けてるよ」

 

 強敵達との激戦を経てそれなりには強くなった大地でもまだまだ経験や技術は不足している。

 せめてもう少し「イクサの世界」に長く滞在できていれば少しはマシになっていたかもしれないが、結末が結末なだけにあれ以上となると…………。

 

(いけない、集中しないと)

 

 苦い思い出を一旦封じ込めて、もう何度目かもわからない空き缶と台を元に戻す作業をする大地。

 ボロボロになる台とは対照的に綺麗な形を保っている空き缶を見て、若干哀しい気分になっていると、土を踏みしめる靴の音が聞こえてきた。

 

「イブキさん、アカネタカが魔化魍を発見しました。たぶん…イッタンモメンだと思います」

 

「ありがとう、あきら。よし、訓練は中断して行こうか………っとそうだ。大地くん、その銃は連射も効いて反動もないみたいだけど、もっと一発を大切に撃つ意識をすると自然と狙う習慣も身につくかもしれないよ」

 

「はい! わかりました!」

 

  丁度いい銃、というかライダーがいたなと思いついた大地は魔化魍退治の準備を手早く済ませる傍で報告をしてくれたあきらに軽く頭を下げる。

 しかしあきらからは何の反応も得られない。ただ真顔のままでそっぽを向かれてしまう。

 これだって初日から続くお馴染みの光景である。

 

(僕、何かしたかなあ)

 

 

 *

 

 

 人里離れた山奥にタタン、タタンと小気味の良い打撃音が木霊する。

 人気のないその場所を賑やかにする音はそれだけではない。草木を掻き分ける音、凄まじい速度で駆ける音。

 中でも異彩を放っているのはジャラジャラと零れ落ちる銀色のメダルが奏でる音だ。

 

 しかもおかしいのは音だけにあらず。空を舞うのは体長7メートルにも及ぶ巨大なエイのような魔化魍、イッタンモメンや木々の間を駆け巡る数体のバケネコという魔化魍の混成軍団に威吹鬼とダークディケイドといったライダー達。

 さらに昨日の弾鬼に代わって青緑の小柄な鬼、仮面ライダー鋭鬼を合わせた三人が魔化魍の混成軍団相手に立ち回っていた。

 

「もっと良く狙って! 無闇に連射しないで!」

 

「はい! イブキさん!」

 

 猛スピードで宙を舞うイッタンモメンに対抗すべく、今のダークディケイドの姿はDDプロトバースとなってバースバスターで射撃している。

 バケネコを相手取る片手間に威吹鬼が飛ばしてくれるアドバイスに耳を傾けて、DDプロトバースは言われた通りに狙い撃つ。

 

 大した反動もなく連射も利くライドブッカーは優れた武器であるのは自他共に認めるところではあるが、大地の銃撃の技術がいまひとつなのはその性能に頼りすぎている節があるとイブキには指摘されていた。

 ギャレンのバットスコープやスナイプのガシャコンマグナムで補うことも可能とはいえ、その都度カメンライドを挟むのは体力面でも都合が悪い。

 もっと一発一発を大事にすればその分狙いを付ける習慣も自然と身につくのだというイブキの教えに倣って、セルメダルの弾数に制限のあるプロトバースを選んだのだ。

 

「へえ、あいつがイブキの新しい弟子か。見所がありそう()()ねえ!」

 

「………」

 

「お、おい。何か言えよ……まあいいか」

 

 鋭鬼の寒い駄洒落は置いておいて、音速のイッタンモメンにも少しずつバースバスターの弾丸が命中するようになってきた。

 この短期間で空き缶のような小さな的はともかく、イッタンモメンに弾を当てられるほどになった大地の成長速度は鬼達からしても驚愕に値する。

 その理由はイブキの教え方がわかりやすいというのも勿論あるが、何より大地が元々持っていたセンスが優れていたという点が大きく占めている。

 

  FINALATTACKRIDE P P P PROTO BIRTH

 

「そこッ!!」

 

 バースバスターの銃口に圧縮されたエネルギー弾の照準がプロトバースと連動してイッタンモメンに定まる。

 落ち着いて狙い、引き金を引けばバースバスターによる必殺技、セルバーストがイッタンモメンの右翼をに見事命中して撃ち抜いた。

 片方の翼が使い物にならなくなればイッタンモメンに残された選択肢は落下することだけ。

 耳をつんざくような獣の叫びをばら撒きつつ、その巨体は土埃を巻き上げて地面に衝突した。

 

 魔化魍を倒せるのは音撃だけだと事前にイブキから聞いている。つまり大地にできるのはここまでだ。

 

「イブキさん、お願いします!」

 

「了解! 鋭鬼さん!」

 

「あいよ! 音撃打! 必殺必中の型ァ!! そらぁ!」

 

 顔面に威吹鬼の回し蹴りを食らって倒れたバケネコに鋭鬼はすかさず音撃鼓・白緑を貼り付ける。

 ここまでの過程は弾鬼と同じ、異なるのは鋭鬼がこの後に叩き込む音撃棒・緑勝による音撃打の型。

 破細砕石とは違ったリズムで、しかし劣らぬ力強い清めの音を数度振るえばそのバケネコは爆発四散する。

 

「はい次ぃ!」

 

 一旦役目を終えた音撃鼓をキャッチして、ブーメランのごとく投擲した先にはまた別のバケネコがいる。

 素早く距離を詰めて再び振り上げた音撃棒が大気を掻き分けてバケネコを叩いた。

 

「音撃射! 疾風一閃!」

 

 バケネコの始末を鋭鬼に任せた威吹鬼の疾風一閃によって空に逃げようともがいているイッタンモメンも土塊へと還り、残っていた最後のバケネコも音撃打の餌食となることでこの戦闘は終結を迎えた。

 

 

 *

 

 

 この数日間は大体こんな調子で魔化魍の撃破を手伝っており、実戦を通しての訓練で大地の実力もメキメキと上昇をしている実感があった。

 イクサの世界での名護による訓練はどちらかと言えば大地本人の体力をつける内容が殆どで、バリエーション豊かな魔化魍達との実戦は辛いものであってもかなり有意義だった。

 

「イブキさん、エイキさん、ありがとうございました!」

 

「お疲れ様でした。だいぶ良くなってきたね」

 

「お疲れさん! 他の世界だなんて半信半疑だったが、こうして手伝ってもらえるのは願ったり叶ったりだ。これからもよろしく頼んだぜ? じゃ、俺はこの辺で」

 

 拠点としているテントに戻る途中でエイキは言いたいことだけ告げると足早に去っていく。

 鬼とは普段の時、組織によって決められたシフトに従って任務に就いていてこの場所もイブキの担当であったらしい。

 しかし最初に出会った弾鬼もそうだったが、今この山周辺には複数の鬼が出入りしておりイブキの支援を行なっていると聞いている。

 エイキもまたその一人であり、他にも仮面ライダー勝鬼や仮面ライダー剛鬼などとも共闘した。

 

「僕は音撃射の遠距離が得意でね。一応音撃打も習得してるけど、太鼓が有効な夏の魔化魍と普通の魔化魍が混在してるこの状況じゃ太鼓専門の人に来てもらった方がいいって判断なんだ」

 

「僕も多分音撃斬は真似できると思うんですけど……ほんとに見よう見まねなんで魔化魍にちゃんと効くかは怪しくて……トドメまで刺さずにすいません」

 

「ううん、今でも全然助かってるよ。大地くんも中々筋がいいし、なんなら本格的に鬼の修行でもしてみる? 君なら立派な鬼になれるよ」

 

「いやあ…それはちょっと」

 

 年単位で見ると出現する魔化魍はイッタンモメンのような巨大な個体がメジャーのようで、大地が初めて遭遇したバケネコのような等身大のサイズは夏に出没する特殊なタイプらしい。

 何度も述べたが、そんな魔化魍の生態系すら無視して大量発生しているこの状況は鬼達も頭を抱える事態だった。そこへ現れたダークディケイドはまさに喉から手が出るほど欲しかった援軍。

 そんな事情もあってどの鬼達も例外なく大地には好意的に接してくれていた。

 

 

 ーーー鬼に限れば、の話ではあるが。

 

 

「イブキさん、お疲れ様です」

 

 イブキの弟子、天美あきら。

 鬼になるためにイブキの元で修行を重ねている彼女は大地から見れば一時的な姉弟子になる。

 今後のカメンライドで世話になるかもしれないディスクアニマルの扱い等、できれば色々と話をして親睦を深めたいのだが……。

 

「天美さんもお疲れ様です」

 

「……別に私は何もしてませんから。イブキさん達の足を引っ張らないようにしてくれればそれでいいです」

 

 労いの言葉一つでこれだ。

 このあきらという少女、どういうわけか大地に対する態度がどこか刺々しく感じてしまう。

 イブキや他の鬼には普通に接しているし、こんな対応なのも大地だけ。突然やって来て受け入れてくれ、という方が無理があるとはいえこの数日間ずっとこれなのだから流石に何か悪いことを無意識のうちにしてしまっているのではと不安にもなってくる。

 

 申し訳なさそうに頭を下げてみても、あきらはぷいっとそっぽを向いてディスクアニマルを弄るばかり。

 興味を持って覗いてみれば今度は明らかに嫌そうな顔をされたので、大地はすごすごと引き下がる。

 そこで流石に見兼ねたイブキが助け舟を出してくれた。

 

「どうしたのあきら。最近ちょっと変というか、大地くんにだけ冷たく接してない? もしかして何かあった?」

 

「別になんでもありません。追加のディスクアニマル放ってきます」

 

 師匠であるイブキにもぶっきらぼうにそれだけ答えたあきらは彼女の鬼笛と待機状態のディスクアニマルを持ってどこかに行ってしまった。

 その背中を見送る他なく、残された二人から示し合わせたわけでもない溜息が同時に漏れた。

 

「気を悪くしたなら代わりに謝るよ。彼女、本当はあんなにツンツンしてる娘じゃないんだ。連日この山に籠ってるせいで気が立ってるのかも」

 

「それだけだといいんですけど……」

 

 以前出会った詩島剛にも似ている拒絶の背中ではあるが、彼とはまた微妙に違う気もする。

 しかし彼女が何故こんなにも頑なな態度を取るのか、その理由までは大地には察することもできず、結果イブキの言っていることに無理矢理納得するのであった。

 

 

 *

 

 

 その日はもう魔化魍が出現する気配もなく、月夜の下で各々は思い思いに過ごしていた。

 

 あきらはディスクアニマルの整理、大地はレイキバットと一緒にカードを眺めながら教わったことの復習や戦法の確認といった具合だ。

 今この時も夕飯時も会話は殆ど成立しておらず、しかめっ面のあきらが何を考えているのかはわからず終いだった。

 秋の寒空に合わせるように冷え込んでいく雰囲気の改善方法を考えてながら、音撃菅の手入れをしていたイブキの携帯が沈黙を破るかのように鳴り出した。

 

「はい、イブキです。…………はい、はい」

 

 深刻そうに話すイブキの声で大地もあきらも、レイキバットでさえもその手を止めて聞き耳を立てる。

 確かに連日の実戦による訓練は実を結んでいるものの、あきら達をずっと山に籠らせているこの状況は好ましくないはずだ。

 そろそろ打開策が見つかったのかもしれないと大地は淡い期待を抱きーーー

 

 

「わかりました、失礼します。……朗報、と言えるか微妙だけどこの現象の正体に大体の目星がついたそうだ。早ければ明日には決着が着くかも」

 

 

 イブキが言ったことはまさにその期待通りだった。

 

 

「明日には……ってことは原因がはっきりしたんですね。もしかして、何かの仕業とか」

 

「その通りだよあきら。どうやら今回の元凶はかなり珍しい魔化魍、天馬の仕業って判断なんだ」

 

「「天馬?」」

 

 その名は大地は当然として、多くの魔化魍をその目で見てきたあきらにも聞き覚えのないもの。

 しかもイブキでさえ詳しくは知らないというのだから驚きだ。

 

「うん……上が言うには日本で確認されるのも初めてらしいんだ。遥か昔に海外で、それでもかなり珍しい存在だったらしくて……言うなれば絶滅されたと思われてた外来種ってところかな」

 

「別にそいつの由来はどうだっていいだろう。もっと詳しい情報を教えろ」

 

 敬意が全く感じられないレイキバットに向けられるあきらの鋭い視線に大地は内心冷や汗をかくが、イブキは大して気にした様子もなくその概要を語り始めた。

 

 まず魔化魍の異常発生についてだが、天馬の身体には共生関係になっている寄生虫がおり、他の魔化魍に寄生させて操ることができるという。

 他の魔化魍の生態系を乱すその特性のせいで季節や地域を無視して魔化魍が発生しているのではないかとの推測が組織の方でされた。

 ディスクアニマルや他の鬼達の目撃情報も証拠として重なり、今回は天馬が原因ということでほぼ間違いないとのこと。

 

「ただ文献にも殆ど情報が載ってなくて、どんな戦法が有効なのかもまだ判明してないんだ。だから明日には援軍と合流して出現が予測されている場所に全員で向かう。できれば大地くんにも手伝ってもらいたいんだけど……」

 

「勿論、一緒に戦いますよ。ここまで来て帰るなんてありえません」

 

「ありがとう。でもあきらの方は流石に今回は……」

 

 言い淀むイブキ。

 少々冷え込んだこの空気でその先を告げるのは辛そうで、それよりも先に察したあきらはあっさりと了承した。

 

「わかってます。ここで終わるまで待ってます」

 

「ごめん…じゃあ明日も早いことだし、そろそろ寝ようか」

 

 大地は就寝の流れに従ってカードを全て収納し、ポーチにしまう。

 ファスナーを閉める前にレイキバットに入るか否かをジェスチャーで尋ねてみたが、寝場所として入るつもりはないとのことでそこら辺の木々に飛び去って行く。寝床を魔化魍に襲撃されないことを祈るばかりだ。

 

 男女でテントを別々にしているが、飛び入り参加の大地の分が用意されているはずもなく、場所を取るドライバーが入ったポーチを音撃菅などと一緒に外に置いておく。

 

「おやすみなさい、イブキさん、天美さん」

 

「大地くん、あきら、おやすみ」

 

「おやすみなさい、イブキさん」

 

 

 ーーーそうして寝静まった夜にポーチを手に取る人影がいることを知っていれば、そんなことはしなかっただろう。

 

 

 *

 

 

 翌朝、大地達は行動を開始した。

 

 援軍となる鬼達との合流、偵察用のディスクアニマルを解き放つなどやることは目白押しで慌ただしい朝になるかと思われたが、イブキとあきらもその道ではベテラン。テキパキと準備を終えたお陰で意外にもゆったりとした朝食を迎えた。

 

「援軍も含めた全員が初めて戦う相手だから今回はアドバイスを送る余裕はないかもしれない。でもできる限りのサポートはするよ」

 

「僕も今日は全力でいきます。イブキさん達の足手まとい……に、ならないように…」

 

「………」

 

 しかし気の所為か、あきらは今朝から殆ど会話に参加しない。

 事務的な会話ですら本当に必要最低限の返事だけ。これは明らかに何かおかしいと、いくら大地でも疑問に思う。

 だが師匠のイブキが特に言及しない以上、部外者の大地が何か口出しするのも憚られる。

 

 そうして時間は過ぎ去り、朝食を終えた大地とイブキは予め決められていた合流地点へ向かう。

 レイキバットが姿を見せないのが気掛かりだが、あの気まぐれなコウモリのことだ、戦闘になれば出て来てくれるだろう。

 

「じゃあ、あきら。行ってくるよ」

 

「気を付けて下さい」

 

 イブキの運転する大型バイク、竜巻に二人乗りで山道を進む。

 整備されていない山道なのだから乗り心地だって良くはないし、緊張のためか途中でのイブキの口数も少ない。

 長年鬼をやっていると言っても初めての相手なら緊張するのは当たり前だと思うし、その気持ちは大地には痛いほど良くわかる。

 

 

(毎回強い怪人と戦ってるからなあ……僕ってそんなんばっかりだよね)

 

 

 そんな嘆きのような思考をしているとあっという間に目的地に到着してしまった。

 そこにいた二人の男、イブキと同年代くらいの男性と三十代くらいの男性だ。

 二人とも楽器型の武器を持っていること、そして纏う雰囲気にはイブキのそれと同じ覇気があることから二人とも鬼なのだと直感で理解した。

 

 若い方が竜巻から降りた大地を目に入れた途端に真っ直ぐ突っ込んできたかと思えば、その手を取って物凄い勢いで痛いほど上下に振ってくる。

 

「あ! 君が大地くんっすね! 俺トドロキって言います! よろしくお願いするっす!!」

 

「そんな、こちらこそよろしくお願いしま…っす!」

 

「こ、こちらこそ!」

 

「こちらこそ!」

 

 暑苦しいとしか言い様のない握手をしつつ、おうむ返しのような会話がいつまでも続く……前にもう一人がそれを中断してくれた。

 

「その辺にしとけ、トドロキ。日が暮れるぞ……っと、遅れたが俺はサバキだ。今回の天馬討伐は俺たち四人で担当することになる。頼りにさせてもらうぞ」

 

「ご期待に添えるかどうか…精一杯やらせていただきます!」

 

「いい返事だ。さて、挨拶も済んだことだし、ちゃっちゃと終わらせちまうか。もう天馬の居場所はほぼ掴んでる。案内しよう」

 

 四人の戦士はそれぞれの武器を携えて戦場に歩みを進める。

 その先に誰も予想のつかない事態が待っていることなど、この時はまだ知りようもなかった。

 

 

 *

 

 

 一行はそれなりの規模を誇る湖が一望できる丘の上に辿り着いた。

 天馬はこの湖付近にいるそうだが、あいにく深い霧が立ち込めていてその全貌は把握できない。

 

 しかしだ。

 

 深緑の鬼、仮面ライダー轟鬼と赤茶の鬼、仮面ライダー裁鬼。さらに威吹鬼とダークディケイドの鉄壁の布陣ならば並大抵の魔化魍に遅れを取ることはないだろう。

 それは過信や慢心などでもなく、単純な戦力差から予測される客観的な事実だ。

 

 炎、風、雷の中から変身を遂げる鬼達に続いて大地もまたポーチからダークディケイドライバーを取り出そうとするがーーー

 

「……あれ? ダークディケイドライバーが………ない!?」

 

 ドライバーだけではない。ライドブッカーさえポーチには入っていない。

 忘れてきてしまった? ありえない、昨夜からポーチの中身を弄った覚えはない。

 だがどう考えを巡らせても無いものが出てくるなんてこともない。

 

「おいでなすったぞ……構えろ!」

 

「はいっす!」

 

「ーーーーなっ!?」

 

 ーーーーーーそれは一言で表すとすれば、美しき幻獣。

 

 深い霧の奥で目を光らせて、威厳すらある透き通るような雄叫びが一同の警戒心を強く煽る。

 その威圧感を前にした威吹鬼達は最後尾にいる大地が未だ変身していないことに気付く余裕もない。

 

「これが…天馬」

 

「なんか、綺麗っすね…」

 

 やがて霧を掻き分けて現れた巨体にはそのサイズに見合うだけの大きく白い翼が胴体に、クリスタルで構成されているような美しい角が頭部に付いている。

 こんなにも幻想的な魔化魍、誰も予想だにしておらず、こうしてその迫力に呑まれるのも仕方ないことだ。

 

 されど、大地の視線はその真逆、振り返った自身の背後に向いていた。

 その耳に届いた音声は天馬なんかよりもよっぽど気を引くもので、それを無視するなんて到底できないからだ。

 

 

  KAMENRIDE

 

 

 霧は深い。だが何も見えないこともない。

 音は届くし、光るものは辛うじて見える。

 

 

  DECADE

 

 

「な、何で……何で!?」

 

 霧の奥に光る青藍の瞳は何度も夢に見た、何度も見せ付けてきた輝き。

 

 ーーーそれこそが大地の目の前に立つ戦士、仮面ライダーダークディケイド。

 

 自分が変身した姿を自分で見ているこの状況は悪夢として見た光景で、しかし夢だからこそ見れるもの。現実にはありえない。

 ましてや、彼女が変身していることなど特に。

 

「なんで……天美さんがダークディケイドに…!?」

 

 驚愕と困惑を含めて呟く大地には一瞥もくれずに、ダークディケイドは空高く跳躍して天馬が潜む霧の中に飛び込んだ。

 

 

*1
着用することで人間でも鬼と同等の強さを発揮できる。ただし相当鍛える必要がある。




天馬

古来より伝説として伝わる魔化魍。サイズや戦闘力は他の魔化魍と大差ないが、特筆すべきは天馬の体内に共生している寄生虫の存在である。
寄生虫を他の魔化魍に寄生させることで、獲物となる人間を攫わせる、子供を守らせるなどして操る。他の生物を操るその姿を目撃した者から幻獣としての伝承が残された。
身体の翼は飛行手段にも武器にもなり、頭部の大きな角と合わせて戦う。
詳しい経緯は不明だが、生息地の欧米では遥か昔の時点で絶滅されたと認識されていた。今回の個体が侵略的外来種として日本に降り立ったのは何かに引き寄せられたからなのかもしれない。


いっそ振り切った設定のオリジナル魔化魍。もしも海外にも魔化魍がいたら? という想定なので今まで以上に違和感あるかも。
ご意見、ご感想はいつでもお待ちしております。

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