仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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サブタイトルが乱心した


危機一髪! アンノウン対三人ライダー!!

 

 

 警視庁の地下にある格納庫。

 ここはかつて活躍し、役目を終えた数々の装備があるかもわからない次の出番を静かに待つ場であった。

 滅多に人が来ないそこに一人の警官がやって来る。

 

 ──否、正しくはその男は警官の格好をしているだけだった。

 

「さーて、今頃大地はどうなってるかねえ」

 

 缶コーヒーをちびちび煽りながら、装備を一つ一つ物色しているその様を見れば、誰もが怪しいと気がつくはずだ。

 実際にはその態度を咎める者もこの場にはいないし、彼──ガイドの正体も知る者もいない。

 通常公務においてはオーバースペックの塊である黒いバイクを眺めて、右ハンドルが欠けていることに落胆したり、そんな調子でしばらく物色していたガイドの目にとある車が留まる。

 

「鍵はある。中身もある。よし、出発!」

 

 満足げに頷いたガイドは缶コーヒーを空になるまで一気に飲み干す。

 そして空き缶を捨てるゴミ箱を探すが、格納庫にあるはずもなく、溜息と共に乗り込んでいった。

 

 

 *

 

 

 

「V2システムの正体は────アギトだ」

 

 海東の口から語られた驚愕の真実。

 だがここにいる者達が抱いた疑問はその詳細では無かった。

 

「アギト……って、何? どっかで聞いたような?」

 

 大地がポツリと呟いた言葉に小沢も、氷川も、北條も答えられない。誰も知らないから当然である。

 

 アギトとは、すなわち仮面ライダーアギトのこと。

 この世界においては未だに姿を現していないライダーのことなど誰一人として認知しているはずがない。

 一応「アナザーアギト」というライダーのカードなら大地は所持しているものの、不幸にも大地はアナザーの意味すらあやふやで関係性を疑うこともできなかった。

 氷川達も顔を見合わせるが、誰も心当たりはない。

 

 自身が予期していたような反応が得られなかったせいか、海東はこちらを哀れむように首を振った。

 

「知らないというのは悲しいね。仮面ライダーアギトは進化した人類が辿り着く可能性の一つ、アンノウン達が恐れる力の正体さ」

 

「進化した人類、超能力者……まさか、アンノウンが超能力者を狙うのもそのアギトになる可能性があるから!?」

 

「かもしれないね。ここまで言えばいくら察しが悪くとも、僕がV2をお宝と呼ぶ意味もわかるんじゃないかな」

 

 アンノウンは超能力者を狙い、そしてアギトを恐れている。

 ライダーというからにはアギトに変身する者がいて、それが超能力者であるという条件が付くのなら納得がいく。

 そしてキバの鎧を模したレイのようにアギトを模したのがそのV2なのだろう。

 

 なるほど確かに凄い装甲だとは思うも、今度は違う疑問が湧いてきた。

 

「そう……そうなってしまうのね。V2は」

 

「小沢さん?」

 

 まるで「V2が恐ろしい発明」と思ったかのように嘆く小沢。

「V2を凄い発明」としか認識していない大地にはそんな彼女の反応が解せない。逆に小沢の様子を見て氷川、北條は徐々に察しつつあるようだった。

 

「ここ最近アンノウンが活発なのもV2を誘き出して、その力の源がどこにあるのかを絞り込んでいたんじゃないかな。流石にあんな連中の考えは僕にも想像するしかない…………っと、お喋りが過ぎたみたいだ。そろそろレクチャーは終わりにしよう」

 

 そう言い終え、立ち去ろうとする海東。

 いつの間にやら取り出した風呂敷にV2のパーツを詰めて、さりげなく大地のポーチまで持ち去ろうとしていた。

 慌てて呼び止めようとした大地の頬を高熱のエネルギーが過ぎる。

 海東の眉間を狙うそれがエネルギーで構成された矢だと気づくと同時に、海東は難なく回避するも、背負っていた風呂敷には焼け焦げた穴が開いてしまった。その穴が思いの外大きく、パーツやらポーチが地面に散乱する。

 

 あの矢を誰が撃ったかなど今更考えるまでもない。襲撃者は大地達を見下す形で弓矢を構えるあの男だ。

 

「そう急ぐな。クエスチョンタイムは続いているぞ」

 

「ドウマ!?」

 

 すでに仮面ライダーセイヴァーに変身した状態でセイヴァーアローを引き絞るドウマ。

 ここにきて思わぬ乱入者の出現に場の緊張感は一気に増し、面識のない小沢ですら身構えている。この中でもドウマの一番の標的である大地は然るべき対応が求められるはずなのだが……。

 

「氷川さん落ち着いて! ゆっくりでいいですから! ゆっくりで!」

 

「そんな悠長にしている場合ですか!? 氷川さん急いでください!!」

 

「フン! フン! ほ、ほどけない……」

 

 こんな時でも氷川の不器用さは遺憾なく発揮されてしまい、大地と北條は未だに縛られたまま。逃げることも応戦することもできやしない。

 見かねた小沢が助けに入ろうとしても、セイヴァーアローに行く手を阻まれる。

 

「お前達はそこらで縮こまっていろ。俺はこのコソ泥とダークディケイドライバーに用がある。邪魔をしなければ見逃してやる」

 

「なんですって!?」

 

「海東大樹、お前も大人しく引くなら今のうちだが、どうする」

 

「まったく……邪魔をしているのはどっちだい? 君ごときじゃ僕の足元にも及ばない────変身」

 

 KAMENRIDE DIEND

 

 海東はネオディエンドライバーを頭上に向け、仮面ライダーディエンドへと変身。さらに二枚のカードを装填した。

 

 KAMENRIDE TYRANT

 

 KAMENRIDE HEART

 

 もはや見慣れた光景となりつつある召喚の偶像が入り乱れ、形成されたのは禍々しい外見のライダー二人であった。

 黒いスーツの上に赤い装甲を着込み、セイヴァーアローと類似したソニックアローを持つ仮面ライダータイラント。

 左肩に黒いタイヤをかけ、頭部には巨大な角と、どこか怪人を思わせる風貌でややアンバランスな印象を受ける仮面ライダーハート。

 愛銃をポンポンと叩くディエンドには以前土を着けられ、加えて召喚ライダーも加えた3対1となったこの状況、セイヴァーには怪人を召喚する他ない。

 

 明確な強弱があるとまでは言わないが、怪人よりもライダーの方が強いといった印象が大地にはある。前提条件からしてセイヴァーとディエンドの間には埋めがたい差があるように見えてしまうが、余裕綽々のセイヴァーはそう考えていないらしい。

 

「タイラントにハートか。それなりのメンバーで揃えたようだが、果たして俺に勝てるかな?」

 

「見苦しい強がりはやめた方がいい。怪人程度じゃ僕は倒せない」

 

「そういう台詞はこいつらを見てから言ってもらおうか!」

 

 KAIJINRIDE RIDERHUNTER SILVA

 

 KAIJINRIDE IKAJAGUAR YUMMY

 

 自信ありげに召喚された怪人の数は二体で、軟体動物を掛け合わせた気持ち悪い見た目の奴とヒロイックな見た目の銀色のロボットという顔ぶれになっている。

 ここで怪人連合とライダー連合のチーム戦が開催されると思いきや、セイヴァーの行動は大地の安易な予想から外れていた。

 

(ドウマが変身を解いた?)

 

 ベルトを外したセイヴァーの鎧が解除され、すっかり暗くなった夜の闇にドウマの黒いコートが溶け込む。セイヴァーの仮面を脱いだドウマの表情は薄い笑みが浮かんでいた。

 怪人を召喚した上で生身を晒す意図が大地には全く読み取れなかったが、その答えは間も無く明かされた。

 

「俺はライダーハンターシルバ! ライダー粒子反応を示す者は、全て破壊する!────ライダー粒子反応あり! 破壊! 破壊!」

 

「仮面ライダーに勝ちたい……俺は勝つぞぉぉ!! おおおおーっ!」

 

 外見も仕草も正反対の怪人達に共通すること──それは仮面ライダーに対する激しい敵意。

 銀色のロボット──ライダーハンターシルバの光線銃による射撃はネオディエンドライバーの発砲よりも速く、ディエンド達を正確に撃ち抜く。怯んだライダー達にはもう一人──イカジャガーヤミーの無謀にも見える突進を阻む術もなく、どことなく気の抜ける雄叫びと共に右手の剣を振るう。

 三人のライダー相手に一人で突っ込めば、並大抵の怪人は袋叩きに遭うのがオチなのは言うまでもないが、イカジャガーヤミーはその並大抵に当て嵌まらない怪人であるらしく、タイラントとハートを苦もなく押し返している。

 

「ウハハハ! その程度か、仮面ライダー! そぉれそれ〜!」

 

「なるほどね、仮面ライダー特攻怪人ときたわけか」

 

 ATTACKRIDE BLAST

 

 手下を援護すべく引き金を引こうとしたディエンドにまたもや無数の光弾が殺到する。一歩引いた位置から的確な射撃に徹していたシルバはディエンドに狙いを集中させ、カードを使わせる隙も与えない。

 

「なんだかごちゃごちゃしてるみたいだけど、逃げるなら今しかないわね」

 

 戦闘開始してから大地達の側へ徐々に近寄ってきた小沢には同意するが、ポーチを残して逃げるわけにもいかない。

 ディエンドがやや不利といった戦況だが、重要なのはどっちが勝っても大地のポーチは奪われてしまうことである。ディエンドが言ったようにあの怪人達が「仮面ライダーを特別敵視している」としたらドウマが変身解除したことにも頷けるし、さらに言えば今こそがポーチを取り戻す絶好の機会だ。

 

「小沢さん、縄を!」

 

「今やってるわ! ……氷川くん、貴方余計に結んでない?」

 

「ええ!?」

 

「────はい、解けたわ……って大地くん待ちなさい!」

 

 氷川の悲痛な叫びは置いておいて、小沢のお陰で程なくして解放された大地はすぐさま駆け出した。

 無論目標は変身道具の入ったポーチ。背後から呼び止める声に返事しようにも、ドウマはすでにポーチのチャックを開きかけていた。

 

 全速力で駆け抜けて、横からポーチを奪い取ろうとし────

 

「うぁぁ!?」

 

「デカい足音たてて気付いていないはずがないと、言われなければわからないのか?」

 

 目標がヒョイと持ち上がってしまい、空を掴んだ大地は勢い余って顔面から地面に突っ込んでしまった。

 降りかかったドウマの嘲笑で恥ずかしいやら痛いやら、自身の間抜けさを実感させられる。しかし、今は羞恥心はいらない。

 

「邪魔をしなければ、と警告はしたよな? ダークディケイドの力の価値もわからず、変身もできないお前が何故そうまでして俺に刃向かう?」

 

「わかってますよ。それを貴方みたいな人に渡しちゃいけないってことぐらい!」

 

 地を蹴ってドウマに迫り、バックルを取り返そうと腕を伸ばす。

 あと少しで手が届く、というところで大地の腹にドウマの蹴りがめり込んで距離を離されてしまう。負けじとパンチを繰り出しても、変身もしていない大地の拳がドウマに届く道理は無く、顔面にカウンターを叩き込まれた。

 

 カラカラに乾いた口の中に変な味の水が少し湧いた。殴られた拍子に口を切ったようだ。

 

「そろそろ終いにしようぜ? ガキを痛めつけても、時間の無駄……と言ってもやめんのだろうが」

 

 そう言う割には口元のニヤケが抑えられていない、と心中でドウマにツッコミを入れる。

 まあわかりきっていたことだが、同じ生身の条件では大地に勝ち目は無い。グールや戦闘員クラスの敵ならばどうにかなる今の大地でも、だ。

 だがどんなに無様だろうが、退くことはできない。口元の血を袖で拭い、再び挑もうとしたところへやたらと大きな足音が迫ってきた。

 

「おおおおおーっ!!」

 

「氷川さん!」

 

 氷川の勇ましい突進に大地は歓喜の声を、ドウマは呆れたように溜息を吐く。その闘牛のごとき突進もドウマは横に一歩動くだけで回避されてしまった。ついでに残されていたドウマの足に引っかけられた氷川は派手に土埃を巻き上げて大地の横に転がった。

 

「ヒーローの登場とまではいかなかったな、お巡りさん。ライダーになれないなら首を突っ込まない方が身の為だぞ」

 

「僕はヒーローでも、ライダーでもない。警察官の一人として、お前を逮捕する!」

 

「フン、ならば本当のライダーがどんなものか教えてやろう」

 

 ドウマはそう言ってポーチに手を突っ込んだ。

 お目当ての品を探り当てた彼のニヤつきはさらに深まる。ポーチに隠れたその手に何が握られているのか、なんて野暮なことは言わない。

 

「クク……ああ、この肌触り! この感触! このバックルをこうして撫で、構えたのが昨日のように思いだせる!」

 

 やはりドウマが取り出したのはダークディケイドライバーだった。

 恐らくは大地より経験値が豊富なドウマがダークディケイドに変身すればあの怪人達に反逆されようとどうにでもなってしまう。もしくはザビーなどにカメンライドしてそのまま逃走するかもしれない。

 せめてここで感極まってポーチを放り投げてくれたら、まだいくらか対抗の余地はあっただろうに。

 

 結果として出来上がったのは最高戦力が敵の手に渡り、こちら側は誰も変身できない最悪の状況。

 

 

「さあ、本当のダークディケイドを見せてやろう。変────」

 

 

 

「────させるとお思いですか?」

 

 

 ドウマが紡ごうとした言葉はパン、と響く乾いた発砲音に掻き消された。

 ドウマの手を離れたバックルに目を奪われている間に、さらにもう一発の銃声が轟いて、今度はポーチがドウマから離れていく。

 驚愕と苦痛が入り混じったドウマの顔、北條が構える拳銃から漂う硝煙でこの瞬間に何が起きたのかを大地は察した。

 

「北條透……!」

 

「こういう状況でそういった余裕は見せないことをオススメしますよ。特に私の前では、ね」

 

「あんたが言っても何の説得力も無いわよ!────大地くん、受け取りなさい!」

 

 北條が拳銃を構えた時からすでに動き出していた小沢は素早くポーチを拾い、大地へ投げた。

 大地は難なくキャッチし、中身もダークディケイドライバー以外揃っていることを確認して安堵する。しかし安心しているばかりにもいかず、気を引き締めてメイジドライバーを腰に巻いた。

 

 一同の視線が釘付けになった中心で、大地は指輪を構え叫ぶ。

 

「変身!」

 

 チェンジ! ナウ

 

 夜の闇を情熱的な赤に染め上げる紅の魔法陣。ドウマの憤怒に歪む表情もよく見える。

 魔法陣を潜り抜けた大地の身体は仮面ライダーメイジへと変身し、スクラッチネイルから舞う炎ごと暗闇を引き裂いた。

 そして間髪入れず新たに指輪をはめた右手をベルトに翳す。

 

 エクステンド! ナウ

 

「ダークディケイドライバーは返してもらいます!」

 

 メイジはエクステンドの魔法で腕を伸ばし、ダークディケイドライバーをドウマより先に確保する。

 数時間ぶりにこの手に戻ったバックルの感触からは妙に安心感を湧いてきて、これではドウマと変わらないなとメイジは内心苦笑してしまう。普段なら愛着どころか、畏怖までしているのにおかしな話である。

 

「う、腕が伸びた!?」

 

「もうここまでくると漫画の世界ね……腕が伸びるってどんな感覚なのかしら」

 

 まだまだ危機的状況であることには変わりないはずなのに、マイペースを崩さないのはさすが警察官といったところか────そんな微妙にズレた感想を抱きつつ、メイジは怒れるドウマと対峙する。

 ドウマも黒いベルトと赤い錠前を取り出し、喉がカラカラになるほどの殺気を纏う。同士討ちを恐れていようと、大地がメイジになった時点でドウマは変身せざるをえないのだ。

 

「変身」

 

 ハッ! ブラッドザクロアームズ! 狂い咲き・サクリファイス! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道・オンステージ!

 

 何度見ても毒々しいという印象を抱かせる鎧の戦士、仮面ライダーセイヴァーの刃が闇夜に煌めく。

 どう考えても苦戦必須の相手にダークディケイドで挑めないのは心許ないが、変身制限が怪しい上に変身する隙も与えてくれまい。

 

「なんか如何にも悪党って感じの音声ね。開発者のセンスを疑うわ」

 

 やっぱりマイペースな小沢の呟きを背にして、メイジはセイヴァーへ向けて跳躍する。落下の勢いを乗せて突き出したスクラッチネイルとセイヴァーアローが互いに弾き合い、生まれた衝撃がメイジの着地を揺るがせた。

 爪越しに伝わる右手の痺れを振り払い、前進するメイジの雄叫びが高らかに響いた。

 

 

 *

 

 

 珍妙な怪人に拉致されてから異世界を巡る旅に同行を始めて、気付けばもう1ヶ月になる。様々な怪人と遭遇し、その数だけ襲われる人々も目にしてきた。

 しかし、幸か不幸か人が殺される瞬間だけは瑠美は見ずに済んでいた。

 

「おい瑠美! おい! 俺の目を見ろ!」

 

「はぁ……! はぁっ! はぁっ!」

 

 呼吸が安定せず、酸素供給が乱れたせいで膝から崩れ落ちる瑠美。彼女の頭の中では足元に散らばる写真が絶えずフラッシュバックしていた。

 目の前のレイキバット、葦原の怒鳴り声、入山の金切り声、何も認識できない。眼の奥で映るのはグロテスクな変貌を遂げた真島浩二のみ。

 

「チッ! 瑠美にはちとショッキングな内容だったか……!」

 

 人間と怪人を半分ずつドロドロに混ぜたような存在の写真なんて、レイキバットですら嫌悪感を覚えてしまうほどだ。ついこの間まで異形の存在と関わることもなく、普通の女子大生として暮らしていた瑠美がパニックになるのも無理はない、とレイキバットは考えた。

 

 だが、瑠美の心中はレイキバットが推測した状態とは少々異なっていた。

 

(この人、どうして。どうして、ちゃんと悲しんでるのに、泣いてるのに、どうしてこんなになっても笑ってるんですか)

 

 瑠美は両親の言葉に従って、常に他者を気にかけてきた。相手が何を望み、感じているのか。そうやってずっと他者と付き合って行くうちに、いつからか相手がどんな感情を抱いているのか、その本質を顔を見ただけでなんとなく見抜けるようになっていった。

 これは特別な能力などではなく、日常生活で培った技術のようなものだ。

 

 故に写真の中の真島浩二が()()()()()こともわかってしまった。

 

「仕方ない。許せよ瑠美! ガブッ!」

 

「──痛っ!? …………レイキバさん。私……」

 

 瑠美は腕を伝うチクリと鋭い痛みで我に帰る。

 レイキバットの最大限に加減した噛みつきの跡である小さな赤い斑点が右の手のひらに残っていた。

 

「何も言うな。こんなところで呆けるわけにもいかんだろう」

 

「…………はい」

 

 写真に何故と問いかけても答えは返ってこない。浩二が何を考えていたのかも、知ることはできないのだ。

 知りたいという気持ちと、知らない方がいいという本能的な警告に従い、再び高なる心臓の鼓動を極力抑えながら、瑠美は床に落ちた写真を脳裏に焼き付けてから裏返した。

 

 埃っぽい空気は美味しくないけれど、それでも我慢して深呼吸して、少しだけ落ち着いた。

 

「大丈夫か」

 

 入山と写真に気を取られていたせいで、瑠美の様子に気付くのが遅れた涼がいつものぶっきらぼうな調子にほんの少しの気遣いを付け足した声をかけてくる。

 涼の人間性を表した下手くそな配慮がちょっぴりおかしくて、そう思うと瑠美の心の乱れも鳴りを潜めてくれた。

 

「はい、迷惑かけてごめんなさい」

 

「そんな風には思っちゃいない。辛ければ外に出てろ」

 

「もう平気ですから。こんな夜だと林にいる方が怖いですし」

 

 涼も必要以上に気遣うつもりはなく、瑠美の言葉を信じて頷く。

 そして二人(と一匹)の視線は自然と、部屋の隅で丸まって震えている丸山に集まった。大の大人が臆病な小動物みたく怯えているのも中々異様な光景ではある。

 

「さっきからずっとあんな具合だ。俺達に怯えている、ってわけではなさそうだが」

 

「俺はてっきり葦原の顔にビビってるのかと思ったぜ」

 

「一度鏡で自分の姿をよく見てみるんだな」

 

 瑠美は足音を大きく立てないように気をつけながら、入山の側に歩み寄る。彼を刺激しないように、震えっぱなしの肩にそっと手を置き背中をさする。

 ここまで怯える人間を責め立てて、尋問する気が湧いてこないというのもあるが、瑠美は単純にあんな顔をした真島が今どうしているのかを知りたいと思った。

 

「入山さん、お願いします。真島くんは今どこにいるのか、彼に何があったのか、教えてください。私達は何の危害も加えたりしません。約束します」

 

 できるだけ優しい声音で、泣き噦る幼子をあやすように。

 数分ほど繰り返していくうちにようやく落ち着いてくれたのか、入山の震えも徐々に収まりを見せ始めて、瑠美も安堵した。

 

「話してくれますか?」

 

 だが、入山に巣食う恐怖は瑠美の予想以上に深いものであった。

 瑠美を一瞥するだけで、その後は目を逸らして口も閉ざした。先程までのうわ言ももう聞こえない。

 それでも根気強く入山を説得しようとした瑠美であったが、そこに一同の目を引く不思議な泡がどこからともなく漂ってきた。

 

「シャボン玉、ですか……?」

 

「なんだこりゃ?」

 

 子供の頃よく遊んだ記憶そのままのシャボン玉らしき無数の泡がフワフワと浮いている。

 ボロ小屋の中でシャボン玉が発生する現象など覚えは無いし、この埃っぽい空間とミスマッチな光景は却って不気味だ。

 

「ッ! ────逃げろ!」

 

 何かに気付いたらしき涼の警告は間に合わない。

 そしてその泡は入山の服に触れて弾け────勢いよく燃え上がった。

 

「うぎゃああああーっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 突如として身を焼かれた入山は喉を突き破らんばかりの凄惨な絶叫を上げ、瑠美も思わず飛び退いてしまう。

 シャボン玉に燃やされるという超常現象を瑠美は理解しきれず、しかしその泡を危険物質として認識だけはできた。

 

「離れろ花崎!」

 

 この中でいち早く事態を察知できていた涼は既に上着を脱いでおり、涼の意図を察知したレイキバットも瑠美に降りかかろうとしていた泡に氷結弾を放っていた。

 氷に貫かれた泡の一つ一つが小さな花火のように弾け、瑠美にもたらす被害を極少量の火の粉のみに留めた。

 

 そしてレイキバットは瑠美の無事を確保すると同時に涼が脱ぎ捨てた上着へ弱めの吹雪を吹きかける。服に付いた霜はすぐに溶けて、即席の濡れタオルを作ったのだ。

 それを持った涼は躊躇することなく入山を焼く炎を叩き、すぐ消火することに成功する。入山の体に火が到達する前であったことが幸いし、命に別状もなさそうだ。

 

「ひいいっ! ひゅうっ! ひゅうぅっ!」

 

「す、すぐ病院へ!」

 

 突然燃やされたパニックの入山はどう見てもすぐに病院に連れていくべきだろう。しかし、そう進言した瑠美を涼は手で制する。その目は小屋のドアに睨みをきかせていた。

 

 それから間を置かず、そのドアは横一文字に線が入り──綺麗に両断された。

 そんな芸当ができる存在など一々考える必要もなく。

 

「シェィイイイ……!」

 

 赤いザリガニを連想させる怪人──クレイフィッシュロードがそこにはいた。

 棘がある甲羅を背負い、左手にはドアを両断した凶器であろう巨大な鋏が獲物を求めてギチギチと鳴っている。その音だけでも怖気がしてしまいそうだった。

 

「さっきの泡もこいつの仕業か.! よっぽど俺たちを亡き者にしたいんだろうな」

 

「お前達は逃げろ! おおおおっ!!」

 

 瑠美達が逃げる時間を稼ぐため、生身のままで単身立ち向かう涼はスティングフィッシュロードの腰に組み付き、出入り口を塞いでいたその身体を押し退ける。

 下手をすれば一瞬で殺されてもおかしくないのに、どれだけ勇気があるというのだ。そう考えながら入山を外に運び出そうと瑠美は他ならぬ入山自身に突き飛ばされてしまった。

 

「あ、あ、アンノウン……! わ、私は嫌だ! うわあああああああああ!!」

 

 入山はそう叫んだかと思えば、強かに打ち付けた腕の鈍痛に顔を顰める瑠美を尻目にして、一目散に逃げ出した。

 その逃げ足の速さはほんの一瞬とはいえ、身体を火達磨にされた人間にはとても見えない。情けなく震えていたのが嘘なのではないかと疑ってしまいそうになるほどだ。

 そんなあまりの出来事に瑠美とレイキバットが呆然としていると、涼に押さえつけられていたスティングフィッシュロードはその拘束を乱雑に振り払い、入山の後を追って夜の世界に飛び出していく。

 その際に壁に叩きつけられた涼に瑠美は慌てて駆け寄った。

 

「あの親父、なんて恩知らずな野郎だ! 瑠美、あんな奴はもう放っておいてもいいんじゃないか?」

 

「そんなことできませんよ! 大丈夫ですか!? 葦原さん!」

 

「くっ……ああ、なんとかな」

 

 その返答が涼の痩せ我慢なのだと瑠美にもわかったが、追及している余裕はない。この数日を共に過ごして、葦原涼がここで立ち止まる男であることも理解しているからだ。

 そして小屋を飛び出した瑠美達の耳朶を打ったのは散々聞かされた男の悲鳴と、車のエンジン音、おまけに服が焦げた臭い付きだ。

 

「あそこだ! あいつ、車で逃げるつもりか!」

 

 上空から周辺を見下ろし、声を張り上げるレイキバットが示す方向に行くと、確かに彼の言う通り入山がどこかに停めていたらしい乗用車のエンジンをかけている真っ最中であった。

 それだけならまだしも、問題なのはその車の屋根にスティングフィッシュロードが乗っていること。あれではどんなに車を走らせようと逃げ切れるはずがない。

 ジェスチャーなどによる必死の警告も空しく、入山の車は急発進して猛スピードで林道を下っていく。勿論上の怪人も一緒だ。

 

「追うぞ!」

 

「はい!」

 

 

 *

 

 

 ディエンド、タイラント、ハート、イカジャガーヤミー、ライダーハンターシルバ、セイヴァー、メイジ。廃遊園地で勃発した総勢七人もの戦士が入り乱れる混戦の最中で、メイジである大地は今の戦況に疑問を感じていた。

 ライダーとしてのスペック、変身者の実力、その両方においてメイジはセイヴァーに劣っている。それは取り繕いようもないれっきとした事実であり、苦戦は必須のはずだった。

 

「せやあっ!」

 

 スクラッチネイルの爪先が捻じ込まれた赤い装甲からオレンジの火花が吹き、ドウマのくぐもった声が仮面から零れた。

 確かな手応えに再び拳を強く握りしめ、続けてセイヴァーの仮面に振るう。本来なら容易くガードされていたであろうその一撃すらも拍子抜けするほどにあっさり直撃した。

 これなら敗北を恐れるどころか、撃破だって可能なのではないかと思ってしまう。

 

 この戦っている当人ですらも困惑するような互角の戦闘を作り上げた原因は偏にセイヴァー側が立ち回りを大幅に制限されているせいであった。

 ドウマが変身してしまった以上、シルバ達の視界に入るか、誤射してしまえばセイヴァーは否応なしに標的に含まれてしまう。自身以外が全員敵に等しいが、何にも縛られないメイジとは真逆で常にシルバ達を意識して動かなけばならないのだ。

 そして本来なら圧倒していたはずであろう相手に苦戦する羽目となり、その苛立ちが募ってセイヴァーの動きをさらに阻害する悪循環をも形成していた。

 

 シルバ達の性質をよく知らないメイジにはそこまで察するには至らず、だが結果としてセイヴァーと互角には戦えている。そんな状況をセイヴァーの次に察知したのは戦場を常に広い視点で把握していたライダー、ディエンド。

 

「どうやら墓穴を掘ったようだね。その隙、付け入らせてもらうよ」

 

 さしものディエンドもシルバ、イカジャガーヤミーの強力タッグに手を焼いていたが、抜け穴を見つけてからの行動は早い。

 ディエンドは掃射を行うことでシルバ、イカジャガーヤミーの注意を自身に引き付ける。当然シルバの銃撃やらイカの斬撃やらが殺到するが、それにも慌てない。

 

「よろしく」

 

 その一声が指令となり、配下であるタイラントがディエンドを狙った攻撃の前に身を躍らせ、それらを一手に引き受ける。哀れな操り人形でしかないタイラントにそれを回避することも、迎撃することもできずに身を引き裂かれ、エネルギーの粒子と化して消滅した。

 一見すると戦力を無為に浪費したようだが、タイラントと引き換えにフリーとなっていたディエンドとハートは既に行動を完了させていた。

 

 カモン! メディック! バイラルカキマゼール!

 

 KAMENRIDE ANOTHER PARADOX

 

「な、なんだぁ!?」

 

 ハートが発動した特殊能力によって伸びた金色の触手に絡め取られ、薙ぎ払われる怪人達。

 そこへ降り立つのは赤と青の複眼以外全身が黒ずくめのライダー、仮面ライダーアナザーパラドクス。ディエンドが新たに召喚したライダーであり、その出現に伴って無数のエナジーアイテムが周囲に散らばった。

 

 そして薙ぎ払われた怪人達はというと────

 

「ムムッ! 貴様らも仮面ライダーかぁ!」

 

「ライダー粒子反応、二人確認!」

 

 ハートの触手で投げ飛ばされたシルバ達が落下した先にいたのは、ちょうど戦闘中であったメイジとセイヴァー。

「仮面ライダーを倒す」という目的のためだけに存在する怪人達には召喚主であろうとお構いなしに攻撃し、メイジ達を混戦に引きずり込んだ。

 

「うわっ!? もう、ただでさえややこしいのに!」

 

「何故こうなった……!」

 

 セイヴァーは自分で召喚した怪人と戦う愚行を余儀なくされ、メイジはイカジャガーヤミーに苦戦しながら逃走のタイミングを計っている。

 こうして自陣営に対するヘイトを逸らしたことでディエンド達には千載一遇のチャンスが到来した。

 エナジーアイテムを操るアナザーパラドクスは選び出したアイテムを全てハートに付与し、その隣でディエンドも一枚のカードを装填していた。

 

 マッスル化! マッスル化! マッスル化!

 

「これでいこうか」

 

 ATTACKRIDE CROSS ATTACK

 

 カモン! ハート! バイラルカキマゼール! ヒッサーツ! フルスロットル! ハート!

 

PERFECT KNOCK OUT CRITICAL BOMBER!

 

 号令をかけたディエンドの左右両隣で荒々しく轟く紅の雷、漆黒すら飲み込む悪しき闇の炎。

 やかましい電子音声と共にそれぞれの複眼を輝かせ、跳躍したハートとアナザーパラドクスのエネルギーが充填された足先がシルバ達へと、矢の如く進んで行く。

 

「ッ! ライダー粒子に追加反応あり! 」

 

「僕は囮ってことですか……!」

 

「させるか!」

 

 自身達へ必殺級の一撃が向かっているとなれば、互いにぶつかっていた面々も一時矛を収め、その対処に徹するしかない。

 メイジ、セイヴァーはそれぞれの必殺技で相殺を目論み、シルバとイカジャガーヤミーは自慢の武器で真っ向から立ち向かう。

 

 イエス! キックストライク! アンダースタン?

 

 ザクロオーレ! ブラッドオレンジオーレ!

 

「ヌゥオオオーッ!────ギャァアア!?」

 

 真っ先にダブルライダーキックの餌食となったのは、口先からイカ墨ミサイルを乱射して特攻していたイカジャガーヤミーであった。二人のライダーが一体となった砲丸に等しい必殺技は抗う抵抗を正面から粉砕し、イカジャガーヤミーの頭部を蹴り砕いた。彼の身体を構成していたセルメダルごと塵と消え、しかもキックの勢いが衰えた様子もない。

 その圧倒的な威力に続いて立ち向かうは、光弾を連射しているシルバであった。必殺級とはいかずとも、敵を屠るには十分な威力の光弾はダブルライダーキックの勢いを少しずつ削ぎ、しかし、シルバへの到達までは防げない。シルバの堅固な装甲が一瞬だけ二つのキックを押し留めるも、次の瞬間には融解して大爆発を起こしていた。

 

「俺の粒子反応消失……破壊!!」

 

「ツァァァァァ!!」

 

 これで残る標的はメイジとセイヴァーのみ。

 セイヴァーは弓に纏ったエネルギーを扇状の斬撃として繰り出し、メイジもろとも薙ぎ払おうとしてくる。

 自身を狙うダブルライダーキック、扇状の斬撃を一挙に防ぐ技として、メイジはストライクメイジを回し蹴りの形で放つ。

 そして四人のライダーのエネルギーが一箇所に集中することとなり、目も開けられない光が辺りを包み込んだ。

 

「うああああっ!?」

 

「ぐおっ……!?」

 

 そして巻き起こった閃光と衝撃波がライダー達をまとめて吹き飛ばし、その中心地でもあったメイジは耐えきれずに変身を解除してしまった。

 身体のあちこちがズタボロになってしまったが、大地が唯一安堵できたのはポーチとダークディケイドライバーを手放さずに済んだことだ。しかしボロボロの自分と違って、他のライダーが未だ健在なのを見ると、あのライダー達の必殺技に挑むにはストライクメイジは力不足だったと痛感する。

 

 すると変身は保ったままであるが、少なからずダメージを負ったらしいセイヴァーはふらつく足取りでゆらりと立ち上がって大地に向かってきているし、ディエンド達もゆっくりと距離を詰めてきている。

 いよいよダークディケイドを使う時が来たか、とライドブッカーからカードを取り出したはいいが、その色は微かに薄い。

 

(まだ時間が足りない……!? こんな時に限って!)

 

「ダークディケイドライバーを渡せぇぇ!」

 

「こっちに渡した方が賢明だよ?」

 

「わ、渡せませんって! 絶対に駄目! 駄目です!」

 

 精一杯強がってもどうしようもない。

 もう一度メイジに変身したとして、どの魔法を駆使しても逃げ切れる気がしないし、氷川達だっている。

 こんなことならダークディケイドはもっと温存さておくべきだったと大地は今更ながら後悔してしまう。

 

(もう終わりなのかな……ん?)

 

「……なんだ?」

 

 最初は小さな音に過ぎなかった。

 徐々に大きくなる、すなわち近付いてくるにつれてその正体がサイレン音だと判明したが、ハイテンションな電子音声に溢れたこの廃遊園地には酷く不釣り合いでもあった。

 サイレン音といえばパトカーとか消防車が思い浮かび、小沢の同僚が助けに来てくれたのではと若干の期待が付随した。

 

「このサイレン音……まさか」

 

 顔を見合わせる小沢と氷川には心当たりがある様子で、やはり警察の応援が来たのだろう。

 この状況下で警官が何人いたところで頼りになるかは甚だ疑問だが、最悪パトカーで一緒に逃げることは可能になるかもしれない。

 大地は悟られないようにすぐに走れる体勢にして、サイレン音が近付いてくる方向に目を向けた。

 

 だが、やってきたのは予想していたパトカーとは大幅に異なる車種、青と白で彩られたかなり大型のトラックだった。

 所々の模様はちゃんと警察由来っぽいし、サイレン音を鳴らしていたのもこのトラックで間違いない。かなり頑丈そうで、これならライダーの攻撃も数発くらいは耐えられるはずだ。

 

 大地が喜び勇んで目の前のトラックに駆け出そうとし────

 

「やっぱりGトレーラーじゃない!」

 

 小沢の叫びで走る速度が遅くなり、何故叫ぶのかと思う間も無く、そのGトレーラーの運転手と目が合った。

 キッチリとした制服と帽子は真面目な印象なのに、ニヤニヤした顔で全部帳消しにしている男だ。というか、その男を大地はよく知っている。

 

「よう、大地。助けに来たぞ〜」

 

「…………」

 

 そして呑気に手を振っている運転手──ガイドに盛大に溜息をついた。

 かつてないくらい驚いているし、腹の底から叫び出したい気分で一杯であったが、唐突すぎて呆れることしかできなかったのだ。絶体絶命のところで普段助けに来ない男が突然やってきて、なにもかもぶち壊しに来たのはもう何を言うべきかもわからない。

 

『え〜本日の営業は終了となりました。お帰りのお客様はこのGトレーラーまでどうぞ。行き先は警視庁となっております』

 

「人のものを観光バスみたいに言うとは、良い度胸してるじゃない」

 

 スピーカーでそれっぽいアナウンスが垂れ流され、呆気に取られていた小沢や氷川は急いでトレーラーに乗り込んでいく。

 北條だけは未だに転がっているV2の回収に向かいかけ、しかし断念して後に続く。

 最後に大地も搭乗しようとしたが、まあそれをみすみす見逃してくれるはずもなく、セイヴァーアローの照準が向けられる。

 収束していく光の矢にたじろいでいると、Gトレーラーの窓から腕がにゅっと出てきた。ガイドが握っているのはスコープ付きの黒い小銃だ。

 

「ガイド、貴様!」

 

「おっと、お前の出番はこれで終わりだ。お勤めご苦労さん!」

 

 そう言うとガイドはその銃──GM-01と呼ばれる装備を涼しい顔で連射する。

 薬莢が落ちるごとにセイヴァーから火花が上がり、大地は色々ツッコミを抱えながらも無事にGトレーラーに乗ることができた。

 反動なんかなんのその、ガイドは余裕で精密射撃までやってのけて、セイヴァーアローを握っていた手まで狙い撃っていた。

 セイヴァーがそれを拾った時にはもうすでにGトレーラーは発進した後である。

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

「ま、待て!」

 

 外から制止の声だったり、セイヴァーアローが着弾した音が聴こえてきて冷や汗をかいたが、このGトレーラーはその程度なら平気らしい。

 Gトレーラーの中は運転席のあるトレーラー部分と奇天烈な白バイが鎮座するコンテナ部分に別れていて、氷川達はコンテナ部分の方に腰を落ち着けていた。他にも英語が羅列されたディスプレイとかキーボードとかあったが、考察する気力が残っていない。

 大地も警官でごった返した場所に座り込み、ようやく得た休息に肩の力を抜く。他の面々も大なり小なりの疲労を隠しきれないようで、口を開く者もいない。だが、とりあえずガイドのことは説明した方がいいだろう。

 

 そう思って口を開きかけるが、声が出てこない。

 

(なんか、すっごく……ねむ、い……)

 

 既に目を閉じていたと自覚する間も無く、大地は微睡みに誘われていった。

 

 

 *

 

 

「寝ちゃったわね、彼」

 

「無理もありません。僕達に代わって、一人で戦ったんですから。北條さんもお疲れではないんですか?」

 

「否定はしませんが、どこの誰とも知らぬ輩が運転している車内で大口開けて眠れるほど私は危機感に欠けていませんからね」

 

 確かに北條に言われた通り、このGトレーラーを運転しているのは素性が不明な人物であった。危機的状況を脱したことで気が緩んでいた自分を反省し、氷川は改めて気を引き締めて直す。

 そもそもこのGトレーラーだって警視庁で厳重に管理されているはずであり、この現場に一人で乗り付けられるような扱いをされるとは思えない。

 

 コンテナ内で再び緊張感が張り詰め始めた。

 

「あのガイドと呼ばれた男、大地くんと知り合いみたいだけど、どういう関係なのかしら。まあ友達だったとしても、人の車を無断で使った始末はキッチリ付けてもらうけど」

 

「先ほども思いましたが、貴女の車というわけではないでしょう。これは警視庁の所有物だ」

 

「いちいち煩いわね。細かいことはどうでもいいの。だいたいあなたこそ──」

 

 三人で話し合っていたはずが、気付けば小沢と北條の口論になっていた。放っておいたらすぐこうなってしまうのは知っているが、この時ばかりは氷川も天を仰いでしまう。

 そして触らぬ神に祟りなし、とそっと腰を上げて火花を散らす二人の邪魔にならないようにコンソールを操作して通信回線を開く。

 

 相手は勿論運転手である。

 

「はじめまして、警視庁捜査一課の氷川です。あのような危険な状況での救助、ありがとうございました」

 

『なんのなんの。こっちも仕事でやってるから』

 

 返事はちゃんと返ってきた。

 

「ですが、貴方の正体もわからない以上手放しで信用もできません。何故貴方がGトレーラーを運転しているのか、大地くんとはどういう関係なのか、お答えしてください」

 

 次の返事は一瞬の間が開いていた。

 

『俺はガイド。その名の通り、大地の旅の案内人さ。いつもは彼の好きなようにさせてるんだが、今回ばかりはヤバいと思って手助けさせてもらった。このGトレーラーもそのためにちょっと拝借しただけだから』

 

 大地の態度を思い返しても、彼の言っていることは正しいように聞こえる。しかしこの飄々とした態度もそうだが、どうにも怪しい。

 

「貴方の言うことが本当だとするなら、どうやってGトレーラーを盗み出したと────」

 

『あんたの上司の言葉を借りるが、細かいことはいいじゃないか。別にどっかに攫う気なんかないし、警視庁に着いたらちゃんとお返しする。それにどうせ必要になるんだから手間も省けるだろう?』

 

「どういうことですか?」

 

 氷川が口にした疑問に答えるのはガイドでなく、彼のポケットから鳴った携帯である。

 同僚の名前と番号が示されていることを確認して耳に当てると、聞かされたのは衝撃の事実だった。

 

 

 *

 

 

 入山の運転する車を追ってどれだけ経ったことだろうか。

 林道を抜けて人通りの多い道に入っても、車の上に乗ったクレイフィッシュロードは車から飛び降りることも、入山を運転席から引きずり出すこともしなかった。

 

 やがて辿り着いたのは警視庁。入山は自分の勤め先を逃走先に選んだとすれば納得もいくが、アンノウンに対する安全性はいささか頼りないと言える。

 

「た、助けて! 助けてくれぇ!! アギトぉぉ!!」

 

 這う這うの体で、しかも火傷だらけの服と身体で降りてきた入山を不思議そうな顔で見ていた警官達も一緒に付いてきたクレイフィッシュロードに気付くとギョッとした様子で発砲を開始している。

 アンノウンに狙われた哀れな男としか映らない入山は警官達に助け起こされながら警視庁へと避難していき、弾丸の嵐をものともしないクレイフィッシュロードがその後を追いかける。

 

 辿り着いた涼も阿鼻叫喚になりかけているその様相に驚くが、すぐに自身かすべきことを認識する。

 だが駆け出す前に語りかけておかなければならない人物がいた。

 

「花崎、お前はもう帰れ」

 

「え……? 突然どうしたんですか、葦原さん」

 

「もう手伝いは十分だ。お前が知りたがっていた秘密……だったか、あいにくこれ以上俺といてもわかることはない」

 

 涼にはここで事件の決着がつくという、そんな予感があった。ならば別れは先に済ませておくべきだ。

 唐突に別れを告げられた瑠美の方は眼を白黒させて混乱しており、切羽詰まったように涼に縋ってくる。

 

「お願いします! まだ帰れないんです! こんなに写真館を開けて、心配もかけて、大地くんに役に立つ情報の一つもないなんてできるわけありません! そ、それに葦原さんだって私の素性とか気になるでしょう!?」

 

「興味ないな。だが、一緒にいてくれた礼は言っておく。ありがとう」

 

「……え?」

 

 別れの次はお礼を言われて、瑠美の困惑もますます深まっている。彼女からすれば微々たる手伝いこそすれど、それ以上に迷惑をかけていたという認識であったからだ。

 

「身体がおかしくなってから、俺はずっと独りだった。この変身を知れば、みんな離れていく。だがお前は違った。短い間だったが、一緒にいてもらった。俺にとっちゃ、それが何よりも有り難かった」

 

「そんな、ただ一緒にいただけなのに、お礼だなんて…………でも駄目なんです。今のままじゃ、役立たずの私じゃ大地くんの傍にいちゃいけないんです。命に恩人に何も返せないなんて、あっちゃいけないんです!」

 

「傍にいることに理由なんていらない。傍にいたいと思うなら、そうしてやれ。もしそれで文句を言う奴がいたら、俺が殴ってやる」

 

「葦原、さん……」

 

 瑠美の頰で一筋の涙が伝い、雫となって地面を濡らす。

 恐怖以外の涙を見たのが随分久しぶりに感じて、涼は思わず自分の目頭まで熱くなってしまった。精一杯堪えてから瑠美の涙を拭い、彼女の肩を叩く。

 別れの挨拶にしては無作法なのだろうが、これでも涼なりの感謝は込めている。

 

「もう行け。ここは俺がなんとかする」

 

 そう言って涼は全力で駆け出す。呼び止める声もない。それでいいと思う。

 体力も万全とはいかないが、十分に残っている。抵抗を続ける警官達に今にも鋏を振るおうとしているクレイフィッシュロードを見据えて、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 駆けていく涼の真横で腕を広げて走る仮面ライダーギルスが出現し、やがて一つになる。

 本能のままに叫び、全てを解放して走るギルスの存在を察知したクレイフィッシュロードもまた振り返る。

 接敵と同時にギルスの広げた腕がラリアットとしてぶち当たり、腕にクレイフィッシュロードをぶら下げたまま警官達から離れた場所まで走って行った。

 

「行っちまったな、葦原の奴」

 

 レイキバットが感慨深そうに呟く傍らで、瑠美は涼が残した言葉を反芻する。

 人に受けた恩を返すのが普通として生きてきて、あんなことを言われたのは生まれて初めてだった。

 もし、もし涼が言ったことが正しいのなら。

 

「こんな私でも、戦えなくて、何も知らない私でも大地くんと一緒にいてもいいんでしょうか」

 

「気になるなら直接聞いてみたらどうだ?」

 

「ほら」と白い羽が指す先には、警視庁に向かって駆けていく、見るのが随分久しぶりに感じる黒い戦士がいた。

 

「────大地くん!」

 

 

 *

 

 

 涼がギルスとなっていたすぐ近くに停車していたGトレーラー。

 車から降りた氷川、小沢、北條は見慣れた職場が戦場に変わり果てた光景を見つめていた。

 氷川が受けた連絡によると、警視庁内部に複数のアンノウンが突如として出現し、建物の中は大変な事態になっているとのことだった。建物内のあちこちから轟く銃声が響き、それに伴っていくつも悲鳴が上がっている。

 入り口にいたクレイフィッシュロードなど序の口に過ぎず、あと何体のアンノウンが侵入しているのか、氷川には想像もつかない。

 

「あれは入山さん……!? くっ!」

 

「北條くん、待ちなさい!」

 

 入り口付近で何かに気付いたらしい北條は脇目もふらずに警視庁へ行ってしまった。

 無謀と言えるかもしれないが、警察官である氷川にも北條にも戦う義務がある。今も必死に応戦する同僚に加勢しなければならない。豆鉄砲も同然の拳銃を抜き取ろうとした時、ヨロヨロとコンテナから降り立った人物に気が付いた。

 

「大地さん! 貴方は休んでいてください!」

 

「休めればいいんですけどね。あそこには僕の助けが必要な人達がいるから、僕は戦います。人が怪人に襲われるなら、僕は助けたいから!」

 

 ほんの少し仮眠を取っただけの大地は明らかに戦える状態ではない。

 セイヴァーとの交戦に始まり、それからずっと飲まず食わずで立っていられるのもやっとのはずだ。

 そんな青年を戦地に赴かせまいとする氷川に、大地は疲れ切った笑みだけ返してバックルを巻きつける。

 抜き取ったカードの色を確認し、大地は力なく構える。

 

「変身」

 

 KAMENRIDE DECADE

 

 氷川の目の前で展開された幾多ものビジョンが大地に重なり、漆黒の装甲となる。

 身体を包む黒い装甲の重みに負けぬよう、「よしッ!」と気合を入れた仮面ライダーダークディケイドは疲労困憊の身体に鞭打って、警視庁に飛び込んで行く。

 

 その黒い背中は彼の体力を示すようにどんどん小さくなっていく。

 その黒い背中は彼と氷川との距離を示すように遠ざかっていく。

 あの背中には警察官 氷川誠では追いつけない。

 

「小沢さん」

 

「何かしら」

 

 小沢はそう言いながらも、氷川が言おうとしていることを理解しているように見える。

 そしてその言葉を待ち望んでいるようにも。

 

「G3がV2に取って代わられた時、僕は自分の力不足を嘆きました。だからG3として戦えない分、刑事として戦うと決めてやってきました。事実、北條さんのV2は僕のG3より遥かに多くのアンノウンを倒していて、これで良かったと思うこともあった。だけど、僕は」

 

 脳内を掘り返せば、そこには決して色褪せない記憶がある。

 初めてG3を装着した時、アンノウンとの初戦闘と敗北の苦い思い出、防げなかった犠牲者、役立たずと糾弾された会議。

 

 そしてアンノウンから人を救った時、自分でもやれるのだと実感できたあの時。

 

「僕は、もう自分に言い訳はしません。G3として人の命を守りたい。大地さんを助けたい! これは理屈なんかじゃなく、僕が僕としてやりたいことです! お願いします、小沢さん!」

 

 自分でも無茶を言っているとはわかっている。この緊急事態かつV2不在だとしても、無断でGトレーラーを持ち出して戦闘オペレーションを行うなど懲戒処分されても文句は言えない。

 だとしてもここで引き下がっては、あの背中はいつまでも遠いままだ。

 

「よく言ったわ! 後のことは私が責任を取るから気にせず行きなさい! ────氷川くん、G3システム出動よ!」

 

「はい!!」

 

 輝く光を宿した目で、氷川誠は強く、とても強く頷いた。

 

 

 





クレイフィッシュロード

ザリガニを模したロード怪人。
左手の巨大な鋏と口から出す発火性の泡が武器であり、背負っている甲羅は盾として使う。
入山照を狙っていたようだが、本当の狙いは別にあるのかもしれない。

感想、質問、評価はいつでもお待ちしております。次回はG3編ラスト、更新は今月中です! なるべく!
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